28回目の未来アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 5Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 47.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/01〜03/07

●本文

●舞台演劇『28回目の未来』
 卒業式のその日。
 僕は最後まで、教室に残っていた。
 傾いた夕方の太陽が、斜めに教室に差し込んできていて。
 僕と彼女の影が、長く伸びていた。

 言葉は無かった。目を合わせることも無かった。
 二人手を繋いでいるわけでもなく、ただ、ずっと。
 そこで一緒に、一緒の時間を過ごしていた。

 今日、僕はこの学校を卒業する。数日後には、別の街へと引っ越す。
 今日、彼女はこの学校を卒業する。数日後には、別の国へと引っ越す。
 今日、僕と彼女はこの学校を卒業した。数日後には、もう互いの顔を見ることもない。

 数日は、あっという間に過ぎ去った。
 空港で、僕は彼女を見送る予定だ。
 二度と会えなくなるワケじゃない。それでも、涙が溢れた。
 二人を乗せたバスが空港へと近づいて、僕は、近づいてくる別れの時に頭が真っ白になっていって。
 そして。

  やめろ。

 体の軸がぶれた。
 ものすごい力で背を押されたようだった。
 背中から何かに突っ込んで、それは粉々に砕けて、そのまま体はどこかへ飛んで。
 後から、大きな音が二つ、追いかけてきた。
 巨大な鉄の塊が、相手を弾き飛ばそうとぶつかり合った大きな音と。
 その鉄の塊に填められていた硝子が、粉々に砕け散る音と。

  やめろ。

 自分の意思とは無関係に宙を舞った僕の体は何度か回転して、やがて来る着地を待つ。
 その最中に。
 ふと。
 見えた空が。
 とても青くて綺麗で。

  やめろ!

 最後に聞こえるだろう僕がコンクリートにぶつかる音は、結局聞こえなかった。
 そんなものを認める余裕なんて無かった。
 薄れていく視界の中で、彼女の乗ったバスが燃えていた。

 ・ ・ ・

「やめろぉぉぉっ!!!」
 いつも決まってそこで目を覚ます。体はびっしょりと汗で濡れていて。
 時間と一緒に日付も表示される時計を見ると、そこには2月8日の表示。
「また‥‥また、戻ってきたのか‥‥」
 あの夢を見たのは何度目だろう? もう確かな数は覚えていない。
 あの夢は‥‥いや、あれは夢じゃない、現実だ。あの、3月10日は、これから起こる未来。
 3月10日の事故。あの瞬間を体験した直後。僕の体は2月8日に戻ってくる。
 あの事故に遭わないように、色々とやってみた。
 飛行機の日にちを変えるように言ってみた。親の仕事の都合があるからと言われた。
 バスに乗る時間を遅らせられないか。飛行機に間に合わなくなるから無理だ。
 逆に早くバスに乗ったらどうだろうか。結局変わらず、僕らは事故に遭った。

 これは、変えられない未来。
 これは、変えられない未来?
 だったら、何で、僕は、こうして、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
 ここに、この日に、帰ってくるのか。

 これは、変えられる未来。‥‥なのか?
 これは、変えられる未来。‥‥どうやって?

 2月8日は、彼女が未来を決めた日だ。
 国を離れる両親と共に海外に行き、そこの学校に通おうと。
 2月8日は、僕の未来が決まった日だ。
 海外に行く彼女を笑顔で送り出すと、そう話した。

 未来を知った今、彼女を笑顔で送り出すなんて出来ない。何とかして止めなければならない。
 止めなければ、彼女が、死んでしまう。

 制服に着替え、母親の準備した朝食を手早く食べて、何回目か分からない2月8日の登校。

 僕は、彼女を止めに行く。

●とある数日前の某所にて
「って舞台」
「へえ‥‥それで、結末はどうなるんです?」
「それは秘密。ていうかまだ書いてない」
「締切いつでしたっけ?」
「今日」
 そこは劇団『gathering star』の稽古場。主宰の円井 晋は団員の川上 雄吾とのほほんと話しながら、全然のほほんじゃない状況を語ってみせた。
 円井が執筆している脚本は、いつもより少々大きなステージで、いつもより少々高い予算で、いつもより少々派手なキャストとスタッフで行われる舞台用のもの。円井の劇団の公演ではなく、外部からの依頼である。オールスターといえば分かりやすいだろうか。様々なところの有名人に声をかけて、舞台を作るらしい。だが昨今見るのも出演するのも敷居が高いと思われている節のある舞台演劇、どれだけ有名人が集まるかは募集してみないと分からない。
「いや、詰まってて書けないってワケじゃないんだよ。結末は考えてあるし、そこに至る道筋も頭の中にある。けど、役者さん達の意見も取り込んで、書いてみたいなって」
「間に合うんすか」
「さあ。『僕』には30日の猶予があるけれど、実際は『彼女』が海外に行くのを決めるのは8日その日。実質は1日しか無いんだよね」
「劇じゃなくて‥‥いや劇っすけど‥‥」
「何度か過去へのシフトを繰り返すのか、一発で決めるのか。どうやって『彼女』を救うのか。どんなことを皆考えるのか、楽しみだよ」
「ところで、その締切破りの理由、先方に連絡は?」
「まだ」

●今回の参加者

 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa2132 あずさ&お兄さん(14歳・♂・ハムスター)
 fa2340 河田 柾也(28歳・♂・熊)
 fa2341 桐尾 人志(25歳・♂・トカゲ)
 fa2832 ウォンサマー淳平(15歳・♂・猫)
 fa3742 倉橋 羊(15歳・♂・ハムスター)
 fa4591 楼瀬真緒(29歳・♀・猫)
 fa5353 澪野 あやめ(29歳・♀・ハムスター)

●リプレイ本文

●パンフレット
成宮シュン‥‥倉橋 羊(fa3742)/ウォンサマー淳平(fa2832)
長峰清子‥‥あずさ&お兄さん(fa2132)のあずさ
櫻井先生‥‥伊達 斎(fa1414)
長峰パパ‥‥河田 柾也(fa2340)
長峰ママ‥‥澪野 あやめ(fa5353)
箱島運転手‥‥桐尾 人志(fa2341)
バスの乗客‥‥楼瀬真緒(fa4591)


「ゲホッ、ゲホッ‥‥はい、分かりました。明日、3月10日の運転。‥‥はい。失礼します」
 箱島は受話器を置くと、大きな溜め息をひとつ挟んでから愚痴をこぼす。
「全く、こっちは風邪引いてるってのに。ホールの中は携帯やPHSの電源切ってるからって、家の電話にきたか‥‥あーあ、朝早いのか。ギリギリまで起こさないでくれよ? カメラのフラッシュなんか厳禁だ。‥‥ん? ああ、薬は飲んだよ。ホールの中は飲食禁止だから、今のうちにね。酒? 酒も煙草もやってないよ、大丈夫だ」

●27回目の過去
 落ちる瞼、世界が暗闇に包まれる。
 揺らめく炎の音。車のブレーキ音。人の足音。自分にかけられる声。全てフェードアウトしていく。音は消え去り、世界は無く。
「ああ、これは‥‥いつもの‥‥。また、助けられなかった」
 ひとつ、ふたつ‥‥幾つかの感覚が身体の中を通過し消えていく。戻っていく。過去へ。そして到着、リアルが近づいてくる。
「僕は今、何度目かの過去にいる」
 目を開く。自分を包む光。柔らかい布団の感覚。少し遅れて鳴り響く目覚まし。
「未来は変わらない!」

 ・ ・ ・

「なあ清子、パパな、ヨーロッパで仕事することになったんだ。イタリアだぞイタリア、アルマーニやフェラガモの生まれた国だ」
「パパは、アルマーニよりカルボナーラの方が嬉しいんじゃないですか?」
「そんなことないぞ、人のキャラを体型だけで判断しちゃいかん」
 清子の父親、青司は衣料品関連の会社に勤務している。そのことも関係して、小さい頃から身の回りにあった『デザイン』というものに清子は興味があり、また学びたいと思っていた。世界のファッションの最先端であろうイタリア、そこへ行くことは清子にも多くのことを与えてくれるだろう。だが。
「イタリアに、引っ越すの?」
「パパは単身赴任でも良いんだが、清子はデザインに興味があるんだろう? なら、外国の文化を感じることは良い経験になるぞ。ひとつの文化だけじゃなく色々な文化を知っておくことで初めて生まれるものもある」
「でも、一家で引っ越すって決まったわけじゃないわよ。引っ越すことになったら、こっちのお友達とは離れ離れになるし‥‥清子が日本に残りたいっていうなら、パパだけ未知の世界に放り出すわ」
「‥‥ううん、私も行く」


「そうか‥‥じゃあ、卒業したらイタリアか」
「はい、そう決めました」
 2月8日。学校での進路相談。だいぶ時期としては遅いが、これは一部の生徒や清子のような生徒のための再確認。そのために行われたもの。
「今この時の決断は、一生の内に二度と無いものだからね。後悔しないように、何も思い残すことが無いように、もう一度しっかり考えるんだよ」
「‥‥分かりました」

 ・ ・ ・

「‥‥だから、進路についてはしっかり、親御さんとも話し合って‥‥」
 確か、そんなことを言っていた。清子はこういう理由でイタリア行きになったと。櫻井先生からはこういうアドバイスをもらったと。
「どうしたんだい、成宮君。何か、悩み事でもあるのかい?」
「いえ、特に無いです、先生」
「そうか。‥‥人生は一度きりだ。同じ時間、同じ選択を何度も出来るわけじゃない。だから、そのたった一度の人生の中で、君のやりたいことを迷わずにやるべきだ。後になって「あの時に戻れたら」なんて思わないように、後悔しないように、ね。僕から言えるのはそんなところかな」
(「それは嘘だ」)
「そうですね‥‥分かりました。ありがとうございます」

 それは嘘だ。同じ時間、同じ選択は何度でも出来る。しかもやりたいことは叶わない。
(「僕には絶望の未来しか待っていない」)
「シュンくん!」
 進路相談室から出て。このタイミングで話しかけてくるのは清子。
 清子は、もっと早く進路相談は終わっているはずだった。それなのに今の今まで残っていたのは。
 話したいことがあるの。
「話したいことがあるの。‥‥実は私、卒業したらイタリアに行くの。それで‥‥その、会えなくなっちゃうから‥‥」
「そんな‥‥イタリアなんて、大人になってから行ったっていいだろ?」
「ううん、もう決めたの‥‥私だって、シュンくんや皆と分かれるのは辛いけど」
 そして、何十回目かの見送りの約束へ。学校を出て17分後、お互いの家へ帰るために別れる。ここまでの流れは台本どおり。全く変わらない状況。
「だけど僕は、彼女を助けたい。どうしても」

●28回目の未来へ
「色々な手を試した‥‥それでも‥‥」
 「先生、将来何がしたいかなんて‥‥分かりません」
「説得はどれもダメだった」
 「どうして海外なんか行くのさ。‥‥いや、だって上手くいかないかもしれないだろ」
「清子に言ってダメなら、周りの人」
 「運転手さん、体調大丈夫ですか? 顔色悪いですよ、休んだ方が‥‥」
 「出発を遅らせてください! 1時間だけでも! お願いします!」
「出発前を変えられないなら、出発してから」
 「すいません、全員、バス降りてください。バス、止めて、止めてぇぇっ!!」
「色々な手を試した。でも全部ダメだった‥‥何をすれば、彼女を助けられる‥‥? そうだ、大きな事故が起こる前に、僕が飛び出して小さな事故を起こすとか」
(「そして彼女は助かったが、自分が助からなかった」)
「‥‥このループ、そうなったら終わるのかな? でもそれは‥‥」

 ・ ・ ・

 バス停には、既に清子と両親が到着していた。空港までは遠い。片道1時間半ほどの道のり。父親は近くのコンビニで梅のおにぎりを買って来(確か「しばらく食べられないかもしれないから」と言っていた)、母親は清子に、日本に残ってもいいんだよと声をかけていた。この言葉に清子が頷いていたら、どれだけ嬉しいことか。
「でも、もう決めたことだもん。大丈夫だよ」
 しかし、出るのはこの言葉。すぐにバスはやって来て、清子が両親に僕のことを紹介して、母親は微笑み、父親はそれまでのニコニコ笑顔がハンターのそれへと豹変し、バスへ乗り込むと僕と清子は運転手さんの真後ろの席へ、清子の両親は(特に父親の方は)僕を監視するかの如くすぐ後ろの席に座る。
 そして。バスは走り出す。


 事故の原因は、ハンドル操作ミス。公道の制限速度をギリギリのラインで超えて、道路に飛び出してくる動物を避けようとして事故に。
 すぐ前の運転席で大欠伸をする運転手を見ながら、やはりこれまでと何一つ変わらない状況に肩を落とす。運転手は相当に眠そうだ。風邪薬でも飲んだのだろうか。こういうところ、薬は優しくないと思う。絶対半分も優しさは入っていない。
「どうしたの? シュンくん」
「いや‥‥何でもない。何だか運転手さん、眠そうだね」
 清子は何も知らない。これから起こる事故のことを。乗員も乗客も、皆知らない。知っているのはたった一人だけ。
「運転手さん、バスの運転は何年くらいやってるんですか?」
「え? 運転はね‥‥もう20年くらいかな」
 作戦その1。運転手を眠らせない。
「いつもこの区間なんですか?」
「そうだね。いつも走ってる時間とは今日は違うけど、場所は同じだ」
「じゃあ走り慣れてるんですね。目を瞑ってもいけるんじゃないですか?」
「はは、さすがにそれは無理だ」
 突然始まった会話に、背後から多くの視線が向けられる。珍しいと見る者、運転の邪魔してんじゃねーよと見る者、様々だが。そんなもの気にしていられない。
「でも、何だか眠そうですよ。猿も木から落ちるって言いますし、気をつけてくださいね」
「猿かぁ‥‥僕はトカゲっぽいってよく言われるんだけど、猿かぁ」
 苦笑しながら、運転に戻る運転手。バスはなおも走り続ける。運命の地点に向かって。

 ・ ・ ・

 半端に長い道のりのせいで、また半端に休憩時間の入れられるバスの旅。休憩所にてシュンはトイレに立つ。別に、トイレに行きたいわけではないのだが。
(「出発を早める‥‥遅らせる‥‥どっちだ?」)
 出発前に、運転手は乗客の人数を確かめる。そこに自分がいなければ、出発を遅らせられる。しかし飛行機の時間もあるため、せいぜい数分。
 だが。遅らせれば遅らせるほどバスは速度を上げ、時間どおりに到着してしまう。事故現場に。
「また、何も変わらないのか‥‥もうダメなのか‥‥?」


 そのころ。シュン不在のバス内で、これまでに無かったある出来事が起こっていた。
「はい、運転手さん」
「え?」
「差し入れです。随分眠そうなので」
「ああ、すいません‥‥」
「それをしっかり飲んで、目を覚ましてくださいね」
 シュンと運転手の会話を聞いていた乗客の1人が、缶コーヒーを手渡す。
「分かりました。‥‥ここから先の道は、時々動物が飛び出してくることがありますからね。気をつけて行きましょうか」
 時間の歯車がひとつ、填まった。


 定刻通りに再び走り出したバス。時計を見る。あと数分。運命の場所、運命の時間へ。
(「何も変わらない、何も変えられない」)
 違う。
(「もう無理だ、間に合わない」)
 そんなことはない。
(「これから事故は起きて、また一ヶ月前に戻る」)
 起きない。事故は起きない。もう戻らない。
(「でも何も変わっていない。変わるはずがない」)
 そんなことはない。諦めない。僕は死なない。彼女も失わない。何回も何十回も時間を繰り返したラストを、そんな結果で終わらせない。
 そんな終わり方、真っ平ごめんだ。僕は‥‥諦めない!

 デジタル時計の表示がまたひとつ進む。あと1分。50秒、30秒‥‥
「やっぱり嫌だ!」
「‥‥シュンくん!?」
「嫌だ、いかないでほしい。僕は君と、未来に生きたい!」
 響くブレーキ音。やってくる衝撃。
 そして。
 シュンにだけ聞こえた、何かの切れる音。

●未だ来たらぬ世界へ
 体の軸がぶれた。
 ものすごい力で前方へ押されたようだった。
 背中を強く座席の前の台にから打ちつけて、続いて胸に飛び込んでくるものを受け止める。
 後から追いかけてくるはずの音。

 それは変えられない未来。そう思っていた。

 バスがレールにぶつかり転倒する音は聞こえなかった。
 僕が硝子を砕き外へ放り出される音は聞こえなかった。
 最後に聞こえるだろう僕がコンクリートにぶつかる音も聞こえなかった。

 バスは止まっていた。

 ・ ・ ・

「‥‥私ね。ずっと会えなくなるんだったら、お互い忘れた方がいいのかなって思ってた」
 清子の声が、すぐ近くから聞こえた。急ブレーキの直前立ち上がったシュンの胸に、清子は飛び込んでいた。
「でも‥‥やっぱり私、ヤだよ‥‥イタリア行っても、いっぱい手紙書く。電話もする。そして絶対帰って来る。だから‥‥シュンくん、私のこと、待ってて?」
「待たない」
「え?」
「清子こそ、僕のこと待ってて。僕、イタリアの大学に行けるように頑張るから。僕が迎えに行くから。だから‥‥3年だけ待ってて」
「‥‥ありがとう。大好き」

 ざわつく車内。事故が回避されたと、アナウンスで興奮気味に伝える運転手。乗客も皆前の座席にぶつかった程度で、怪我は無いようだ。
 ざわつく車内。事故に遭いかけた恐怖と、助かった安堵。そして娘とその彼氏らしき少年の行動と会話に黒いオーラを出す父親約一名。
「微笑ましくていいわね」
「ふふふふふふ‥‥成宮シュン、その名覚えておくぞ‥‥」

 ・ ・ ・

「イタリア語?」
「イタリアの大学に行きたいんですけど、行く前にちょっとだけ勉強したいと思って‥‥」
「でもイタリア語を教える高校は少ないぞ? それに成宮君、もう受験は終わってる」
「そうなんですけど‥‥」
 3月11日。櫻井先生は苦笑する。あれほど後悔しないようにと念を押したのに。シュンはもう隣町の高校を受験済みだ。
「よし分かった。毎週土曜日、こっちに戻ってきなさい。先生が教えてやる」
「え!? 先生、イタリア語出来るんですか!?」
「もちろん。ボンジュール?」
「‥‥あとは?」
「‥‥ばーむくーへん?」
「それドイツ語です」
「ぴろしき?」
「ロシア語です」
「冗談だよ。僕の友人に、イタリアに留学していた人がいるんだ。その人を紹介するよ。‥‥でも、高校の勉強の方もしっかりな?」


「ママ、買ってきてほしいものがあるんだ」
「何ですか、パパ」
「盗聴器と監視カメラ」
「娘の動向が気になるからって、それはレッドカードですよ、パパ」
 結局、やはり清子はイタリアへ来た。両親とも日本に残ってもいいと改めて言ったが(父親は渋々)、清子は首を振った。シュンくんを信じると。
 清子に不安は無かった。絶対に、シュンは迎えに来てくれる。
 ただ。それが3年後か5年後か10年後か分からないのは、ご愛嬌だ。
「‥‥場合によっては、私が帰ったほうがいいよね‥‥」


 時間が繰り返された原因。それはきっと、『ある未来』に行き着くための時間を送らなかったから。
 彼女が行くことを、僕は止めなかった。それが彼女のためだと、事故に遭わぬよう無事送り出そうと、それだけを考えていたから。
 あの時、僕は彼女を引き止めた。二人でいる未来を望んだ。時間も場所も関係無い。ただ一緒にいたい。
 結果、『二人でいる未来』に行き着く今が作られた。ループは終わった。
「ようやく時計が進んだんだ。新しい未来を望んだから」
 あとは、望んだ未来へ向かって。

 走れ!