奏デ歌ウ想イ―終曲・前アジア・オセアニア

種類 シリーズEX
担当 香月ショウコ
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 3.7万円
参加人数 11人
サポート 0人
期間 03/08〜03/12

●本文

●『奏デ歌ウ想イ』の世界
 奏歌楽士とは、『奏』『歌』という特殊な能力を使用し『歪』と戦う者達のことである。『奏』を使用する者を『奏士』、『歌』を使用する者を『歌士』という。
 この『奏デ歌ウ想イ』は、彼ら奏歌楽士達の戦いの記録を記す特撮番組である。

 『歪』とは、特定の形を持たず宙に浮く影のような存在である。楽士達は世界各国にある楽士協会に所属し、そこから下される指令によって『歪』退治を行う。

●出演に当たって
 出演者には以下注意点各種を踏まえてテンプレートを埋め、番組の登場人物を設定してほしい。

【能力】「奏」もしくは「歌」を選択。
【ジャンル】能力の種類を設定。いずれか一つ。
 奏‥‥白兵(+5)、単体射撃(+3)、複数射撃(+2)、散弾/扇状/放射(+1)、回復(+3)、補助(+3)
 歌‥‥単体射撃(+4)、複数射撃(+3)、散弾/扇状/放射(+3)、回復(+3)、補助(+4)、修復(+5)
【射程】能力の射程を選択。いずれか一つ。
 奏‥‥短(+5)、中(+3)、長(+1) ※短:0〜1m 中:1〜12m 長:12〜100m
 歌‥‥短(+4)、中(+4)、長(+2)
【効果】4つのパラメータに合計20ポイントを1〜15の範囲で振り分けてください。
 威力/効果:破壊力、回復力等。
 速度:演奏・歌唱から発動までの速度。射撃であればその弾速。
 持続:その能力が発動してからどれだけの間効果を持って存在し続けるか。
 安定:発動確率、効力の安定、妨害に対する抵抗。
【回数】能力を一日に使用できる回数。
 ジャンルと射程を決定後、()内の数値を足した数。
 パラメータポイントを2点消費することで使用回数+1することも可。
【その他】能力についての注意点
 『奏士』と『歌士』の掛け持ちは不可。しかし、『奏士』なら『奏』、『歌士』なら『歌』の複数習得は可。

<キャラクターテンプレート>
キャラ名:
能力:能力・ジャンル・射程/効果:威力・速度・持続・安定・回数
備考:

※皆さんが演じるのは奏歌楽士です。一般人、マイスターは現在選択できません。

※フリー楽士オプション
 今回、参加者はフリーの楽士を選択することが出来ます。フリーの楽士となる方は以下の制限に注意して設定を作ってください。
 ・無条件で『奏歌』の持続+1、使用回数+2。
 ・3人以上での『共鳴』『共声』『共音』の発動・参加不可。

●終曲
 負傷したシードルを連れ脱出した奏歌楽士達に、外で陽動を行っていたロシア楽士、アドリアンとボリスが合流した。彼らはシードルを保護すると、楽士協会日本支部への再襲撃を提案した。彼らの話では、日本協会の精神支配『楽団(オーケストラ)』は既に稼動準備に入っているとのことだ。時間は残り少ない。
 奏歌による精神支配は奏歌に耐性のある楽士達には効果が薄く、多くの楽士達は自分の意志を保ち続けることが出来るだろう。だが、耐性の無い一般人はほぼ間違いなく支配を受け、結果、他協会を襲撃する剣となり、日本協会を守る盾となるだろう。文字通りの。
「もう、手段は選んでいられん。君達が破った結界の穴を通って再度侵攻する。目標は、地下にあるらしい『楽団』の『楽譜』の破壊。そして日本協会主席楽師、桐原 藤次の捕縛または処分」
「だが厄介ごとも多いぜ。中には日本協会No2楽師と大量のヒヨコどもが健在だし、キリル‥‥俺らの仲間だが、そいつの情報だと『歪』退治に散ってた協会寄りの楽士達も戻って来始めてる。正直、9割方返り討ちで全滅だ」
「それでも、バカげたお遊びは止めねばならん。手段は『突撃』一択、作戦は任せる。自分達が戦いやすいスタイルで戦え。それが双方にとって利益になる」
「タイムリミットまでは短いぜ。キーワードは『ヒヨコ対策』『増援排除』『次席楽師突破』『主席楽師捕縛または処分』『楽譜の在り処探し』『楽譜の破壊方法』。効率良く片付けたい。何か情報やら心当たりやらあったら、どんどん言ってくれ」
 ボリスが、アドリアンが楽士達の顔を見回して。
 正義は一体どこにあるのか。どの真実を信じればいいのか。様々な立場や思惑が絡み合ったこの『事件』は、どこに向かうのか。
「正義は自らの内に。真実は己の道の先に。‥‥我ら、世界の調和のために。調和を乱す我らの歪みを、調律せよ!」

●今回の参加者

 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1276 玖條 響(18歳・♂・竜)
 fa1359 星野・巽(23歳・♂・竜)
 fa1465 椎葉・千万里(14歳・♀・リス)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa3319 カナン 澪野(12歳・♂・ハムスター)
 fa3369 桜 美琴(30歳・♀・猫)
 fa3742 倉橋 羊(15歳・♂・ハムスター)
 fa4769 (20歳・♂・猫)
 fa5498 雅・G・アカツキ(29歳・♂・一角獣)

●リプレイ本文

●OPキャストロール
如月 春燈‥‥富士川・千春(fa0847)
葉月 舞‥‥月見里 神楽(fa2122)
カナン・藤堂‥‥カナン 澪野(fa3319)
アルーシュカ‥‥椎葉・千万里(fa1465)
エレオノーラ‥‥桜 美琴(fa3369)
北野 薄荷‥‥美森翡翠(fa1521)
灯‥‥倉橋 羊(fa3742)
楓雅‥‥星野・巽(fa1359)
鵠夜‥‥玖條 響(fa1276)
景山 千歳‥‥忍(fa4769)
暁‥‥雅・G・アカツキ(fa5498)

●再突入
「ひとつ、確認しておきたいことがある」
 ボリスを呼び止め、楓雅が尋ねる。
「精神支配『楽団』の『楽譜』というのは、灯が以前に見たというものなのか? 大体どんなものなのか分からないと、探しようがない」
「残念ながら、我々は『楽譜』の形状については知らない。だが、君の言っているそれの正体が何かは分かる。それは『転送弦』の本体だ」
 欲しかった答えとは違う答えに、傍で話を聞いていた灯は舌打ちをしつつ。
「そうか‥‥『楽譜』じゃなかったのか」
「ちょっと待って。『楽団』は『転送弦』を通して撃つのよね? だったら、どっちを壊しても結果は同じじゃない?」
 如月 春燈の言葉に、楓雅と灯はハッと顔を上げる。その様にアドリアンはニヤリと笑って。
「その通りだお嬢ちゃん。だからどっちを壊してもいいんだ。ただ、『転送弦』の破壊だけだと精神支配を広域に放てなくなるだけだから、脅威がゼロになるわけじゃないんだがね」
「それでも、充分な効果がある。それに、『転送弦』の在り処が分かっているのならば、自ずと『楽譜』の在り処も絞られる」
「どういうことだ?」
「奏歌の出力の関係上ですよ」
 突然の別方向からの答え。「どーも」と手をひらひらさせながら景山 千歳は皆のもとへやって来ると、笑顔で言う。
「皆さん賑やかだったのでね、俺は楽させて貰えましたよ」
 千歳はロシア協会から潜入している密偵である。つい先程の『不審者は手当たり次第に捕まえちゃえ大作戦』のターゲットの一人になっていたが、この様子だとおそらく見つかってもいないのだろう。
「で、どういうことだよ、うすらデカいの」
「名家如月のご兄妹は気付いたようだけど、おチビさんは分からないかい? 勉強不足ですよ」
「チビとか言うな!!」
 決してチビというほど灯はチビではないのだが、しかし周囲の男性陣が悪かった。楓雅や千歳などと比べると必要以上にチビに見える。さらに踊る変態と比べると差は頭一つ分以上。大差である。
「変態とは聞き捨てならないわ、後で」
 体育館裏には行かない。
 で、出力云々。説明は面倒臭いとでも言わんばかりの春燈の視線に苦笑いして、楓雅が話し始める。
「俺達が使う『奏歌』は、一日に使える回数に制限があるだろう。それが何故なのかっていうのは、俺達の中にエネルギータンクがあって、能力を使う毎にそこからエネルギーを汲み上げて放っている、そんなイメージを持てばあまり間違いは無い」
「それと『楽譜』の位置と、どう関係があるんだ?」
「話は最後まで聞け。俺の能力、風の太刀はそのエネルギー消費が小さい。サイズが小型だし、弾丸として飛ばす推進力も必要無い。エネルギータンクである俺と切り離されてから、その形を維持し続ける必要も無い。逆に灯の場合、消費が非常に大きい。矢そのものの威力を高めるために莫大なエネルギーを使っているし、弾速の維持にもエネルギーを使う。‥‥つまり、高威力で長射程の能力ほど、エネルギーの消費が大きい。連発が利かず、弾数も少なくなる」
「‥‥だから?」
「楽士のエネルギーをまとめる『楽譜』と、俺達の『楽器』にあたる『転送弦』、この二つの距離が開けば開くほど、効果の維持にかかるエネルギーが大きくなる。だから、射程が地球半分もある『楽団』を放つ時に、エネルギーロスは最低限に抑えたいだろう。そう考えれば、『転送弦』と『楽譜』は非常に近い場所にある。‥‥ところで灯、『転送弦』の大きさはどのくらいだった?」
「部屋一つ埋めるサイズだった」
「なら、簡単に動かせるものじゃないな‥‥そこまでのルートを教えてくれ。最短ルートで向かいたい」
「真正面から向かうのは危険ですよ。次席楽師が指揮しているヒヨコ君達がごっそりいますから」
 脱出と共に内部の配備状況を把握してきた千歳の指摘。新人楽士達に追われ脱出した面々には、その厄介さがよく分かっていた。一人ひとりは対して強くなくとも、あまりに数が多い。それに加えて、各個人の能力の詳細が分からないため、不意打ちを喰らう可能性もある。
「まともに相手をするのは得策ではありませんが、適当にあしらいつつ調査をするにもこの戦力では不足ですね」
「強力な結界があるっていうなら、『結界解除』のあの子を探した方がいいかもしれないし‥‥」
 カナン・藤堂がいう『あの子』とは、歪に憑かれたのをカナンらが助け出した少年のことである。協会からの脱出時、協会の楽士になったこと、その能力が非常に珍しい『結界解除』であることなどが分かっていた。
 ちなみに『結界解除』の能力は意識して触れるだけでどんな結界でも消し去るというもので、奏歌のどちらにも分類されない。だが、一応便宜上は奏に分類されている。奏でても歌ってもいないが、結界という奏歌に触れてその存在を変化させる。言うなれば指が楽器であり、音に触れて結界を消す(=音を操る)能力である。
「戦力なら、多少はマシになる。丁度増援のご到着だ」
 ボリスのその言葉に千歳が懐かしそうな表情で反応する。二人は過去に会ったことも話したこともあったが、千歳の潜入任務が始まってから一度も会うことが無かった。以前シードルやキリルと共にボリスが日本協会に侵攻した時も千歳の立場がばれるのを警戒して接触は無かったため、かなり久しぶりである。ボリスだけではなく、アドリアンについてもそれは同じ。
 そして。到着した増援とも。
「久しぶりね千歳。元気にしてた?」
「エレ‥‥貴女の歌を聴かずに済んでいましたから、とても平和な日々でしたよ」
 出迎えたアドリアンの顔にパンッと何かの書類を叩きつけて渡したエレオノーラは、彼女よりずっと高い千歳の頭に手を伸ばすとぐりぐりとかき回す。
「知り合いなのか?」
 千歳は楓雅の問いに「ええ」とだけ答えて、エレの手を無理矢理払う。そして紹介を始めようとしたところに、さらに割り込んでくる声。額を押さえて項垂れる千歳。
「こらエレ! 自分の娘くらい自分で面倒見ぃや!」
「そうだよ、あたしと離れちゃダメだよお母さん。あたしが守るんだから」
 声の主はパッと見一般家庭の姉妹。姉に見えるアルーシュカは茶髪で妹っぽい北野 薄荷は黒髪だが、姉が髪を染めていると思えば違和感は無い。いや、姉妹じゃないんだけど。
「おっとっと。ロシア協会から増援第一波として来ました、アルーシュカや。よろしゅう頼んます」
「そのアルーシュカとこっちのエレが、かの有名な『不協和音コンビ』」
「千歳君、その名前次言うたら、真冬の海岸に顔だけ出して埋め立てるで」
「‥‥お母さんとアルーさん仲悪いの?」
「そうじゃないのよミント、それは‥‥えーと」
 一応確認しておくが、ここは生きるか死ぬかの大決戦に臨む人々の集まりである。ガチガチに緊張していてもいけないが、この抜けた雰囲気もどうなのだろう。
「それで、一応皆さんの奏歌などは教えて頂けるのですよね? そうでなければ作戦の立てようもありませんので」
 周囲の主張が強過ぎ、さらに自己を前面に出さないため隠れてしまっていた鵠夜が、ようやっと場を締めにかかる。さすがに談笑で時間を使いまくるわけにはいかない。
「ああ、ごめんね。私はエレオノーラ。ロシア協会所属の歌士で、能力は精神回復」
「あと、精神崩壊やね」
「アルーも同類でしょ」
「うちは音痴とちゃうもん!」
 音痴? とロシア楽士以外の皆が首を傾げるのをよそに、続いてアルー。
「名前とかはさっき言うたね。能力は、相手の能力発動を妨害する歌や。そんで、この子が」
「北野 薄荷です。協会には所属していません。能力は、強化‥‥です」
 人見知りなのかエレのもとまで走っていくと、エレに隠れるように立つ。エレと薄荷(エレは『ミント』と呼ぶようだ)は親子だということだが、父親の遺伝の多いミントはエレとあまり似ていない。
 合流した楽士達に内部からの脱出組も簡単な自己紹介を終えると、細かい作戦の相談に入る。
「あんたはどうするんだ? わざわざ協会に敵対しなくてもいいとは思うんだけど」
 そういえばと灯の問いに、暁は珍しく悩むような表情を浮かべて答えた。
「アタシ、難しい話は正直実感薄いンだけど‥‥可愛い女の子に多勢に無勢で攻撃してくるって、悪役の代名詞じゃない? この人たち‥‥」
 とボリスやアドリアンをちら見して。
「も悪役っぽい感じがしていまいち気に入らないんだけど」
「本人目の前にしてそーいうこと言いますか」
「こんなシリアスな状況、子供達だけで行かせるのも気が引けるのよ。だから、アタシで足りるんなら力を貸してあげるわ。袖擦り合うも、ってやつね」
「それは助かりますね。暁さんの、姿を隠せる結界は重宝します」
「鵠夜、いいのか?」
 すっかり行く気のような鵠夜に、楓雅が尋ねる。と、鵠夜はいつものように「何がですか?」とでも言いたげな表情で返してくる。
「すまない、毎度世話をかける」
「別に、頼まれたから手伝っているわけではありませんからね。謝る必要も感謝する必要もありませんよ」

 ・ ・ ・

「さて、そろそろ時間も無いな。行くぞ」
「おい」
 ボリスの指示に、灯が声をあげる。
「オレは、あんた達が正しいと思ってるわけじゃない。でもあれは止めなきゃならないものだ。それは、分かる。オレ達はあんた達に言われたから動くんじゃない。自分達の意志で動くんだ」
「結構」
「他は知らないけど、お前のことは信じてる。大丈夫だな」
「当たり前でしょ。任せなさい。あんたこそ、ヘマして人質にでもなってたらぶん殴るわよ」
「暴れ過ぎてガス欠を起こさないように、ほどほどにやるんだぞ?」
「お兄ちゃんは、どこかの猪突猛進バカがガス欠を起こさないようにちゃんと見張っててよね」
 協会内部へ。そこには待ち構えていたかのように、既に多くの新人楽士達が並んでいて。中にはカナンの探す『結界解除』の少年もいた。
「見たところ、左翼が手薄ですか?」
「身隠しの結界を張るわよ。中に入る人は準備して」
「さっさと安定させろよ‥‥うすらデカいの、何でもいいからこれにぶつけろ!」
「はいはい、分かりましたよおチビさん」
 千歳に向かう、灯の放った光の矢。それを千歳の透明な弾丸が撃ち落とす。爆裂した光はその衝撃で暴風を伴いながら、辺りに満ちる。共音、『明ノ陣二型・閃嵐』。
 眩い光が収まり、風が止む。再び映る世界には灯や楓雅達の姿は無く、その代わりに槍を携えた春燈が、ヴィオラを構え臨戦態勢のカナンが、すぐにでも歌を発動させられる態勢のエレが、アルーが、ミントが。
「さあ、派手にいくわよ!」

●総力戦
「気合の入ったところで申し訳ないんだけど、前衛が貴女一人じゃちょっと危険よね」
 春燈の横に並んで、エレが言う。
「私が入ってもいいんだけど、結界相手じゃ戦えなくなるからね。先に敵の力を削ぐわ。アルー、手伝って」
「ええー‥‥あれ、やるんー? しゃあない、ほな皆さん、ちょい下がって」
 呼ばれたアルーがエレに並び、何事が起こるのか分からないが一応春燈は言われたとおりに下がる。二人は息を合わせ、歌を発動‥‥
 の直前。
「そぉれえぇぇぇぇっ!!」
 高速でカッ飛んでくる巨大な円盤。それはエレたちを通り過ぎ、カナンやミントの横も通過し、どこかへと消える。あの速度で転回するには相当距離を飛んで減速しなければならないのだろう。
「‥‥って、今の技は‥‥ごめん、ちょっと抜けるわ!」
 円盤の去った方向へ走る春燈。少し先の話になるが、春燈は戻ってきた後、これから起こる出来事について興味を持ち、その場に居合わせられなかったことに残念がる。だがしかし、この場でその出来事を見なかった・聞かなかったことは、おそらく彼女の一生において指折りの幸運になる。
「それじゃ、覚悟しなさいヒヨコども!」
「まず、うちが覚悟せんとなー‥‥『不協和音』」
「とりあえず、死なないようにだけ気をつけろよ皆?」
 アドリアンが苦笑しながら言う。ボリスはとっくに耳を塞いでいた。

 ・ ・ ・

「舞!」
「春燈! 久しぶり、どしたの?」
 乗り回していた巨大チャクラムを飛び降り、回収など考えることなく放り出して葉月 舞は春燈に飛びついた。
「どうしたのはこっちのセリフよ」
「何かね、侵入してくる敵を押し留めろって市村楽師が言ってたんだよ。で、舞は新人の中でも実戦経験済みだから、さっきの隊の小隊長なんだよ」
 えっへん、と胸を張ってみせる舞。だがそれは、春燈達を討伐する部隊の責任者の一人でもあるということで‥‥
「大丈夫、分かってるよ。春燈が悪いことするはずないもん。春燈がそっちにいるってことは、こっち側が悪者なんでしょ? 舞が手薄な道とか教えてあげるよ、何たって小隊長だもん!」
「で、でも舞、危険なのよ? 私達は人数も少な」
「よーし、レッツゴー! ほら春燈、乗って乗って!」
 既に全く話を聞いていない舞に、そういえば昔からこんな子だったと春燈は軽く溜め息を吐いて。それとも全てを聞いて理解した上で、協力してくれると言っているのだろうか。
「よーしっ、人間ボウリングだっ!」
(「‥‥やっぱり思い違いかな‥‥」)

 ・ ・ ・

 戦慄が走った。言葉に視覚的効果が付かないのが非常に残念、というどころの話ではない。
 描写を躊躇うほどの衝撃。その効果範囲内にいた新人楽士達は悉く倒れ伏し、効果は受けずとも体調不良を感じる楽士達は敵味方に続出した。
 共音『不協和音』。何か間違っている、いわゆる『ボエー』。奏歌の安定を奪い、また奏歌を使用するための精神力も奪う共音である。絶対別のものも奪い去っている。
「今だね‥‥えいっ!」
 不幸和音‥‥もとい、不協和音から何とか立ち直りそれぞれ武器を持つ新人楽士達に、カナンが差し出した弓から無数の弦が伸びる。実物の『弦』ではないそれは新人楽士達に次々絡みつくと、その動きを縛っていく。
「よし、そろそろ頃合かな‥‥ちょっとあんたら、今日本協会がどないなっとるんか‥‥」
「それいけーっ!!」
 アルーが声を張り上げて新人楽士達に話しかけようとしたその時、横合いから突っ込んでくる巨大チャクラム。それは新人楽士達の、かつての小隊長の武器。不憫な。
「皆、戦うのはストップだよ! 協会はアレの封印を解くつもりなんだっ!」
 そう語りかける舞。戦うのはストップとか、側面から奇襲かけた人が言うセリフではないがその辺はスルー。
「そうよ、私達はそれを止めるために来たの。危険だから封印したアレを、今度は完全に破壊するために!」
「それを、マイスター達は舞達を利用して止めようとしていたんだよ! マイスター達は嘘吐きなんだよっ!」
 春燈が出した言葉に、舞がさらに言葉を重ねる。春燈自身はある程度状況を把握した上で言っているが、舞は完全にアドリブである。全て知っている的な発言だが、実際は舞は詳細をこれから聞こうと思っている。
 聞かされた言葉に、新人楽士達の間でざわめきが広がる。春燈や舞が言っていることを信じる要素は全く無い。だが同時に、この戦いについて、何故春燈たちが攻めてきたのか理由を伏せられている新人楽士達は、楽師達を信じる要素も多くは持ち合わせてはいない。
「いいえ。嘘吐きは彼女らの方です」
 停止した状況に、再びエンジンをかける声。それは新人楽士達の後方から響いた。
 楽士協会日本支部次席楽師、市村 七海。
「私達は日本の、そして世界の調和のために戦っています。確かに彼女らが言うとおり、私達はあるものを創り上げ、それを発動させようとしています。ですがそれは、ロシア協会など世界の調和を乱す存在となりつつある者たちを調律するためのものです。決して危険なものではありません」
「あの『精神支配』が、危険じゃないって? こっちは色々と調べてあるんだ、それが混乱と歪みしかもたらさないものだって」
「調べたのはあなた達でしょう? それを信じろと? ロシア教会に都合良く内容が書き換えられているとも考えられるのに?」
「それはお互い様やろ。危険やないってことを示しとんのは、今のところあんたの言葉だけや。証拠も何もない」
「ええ。ですからこの件に関しては引き分け。次の話をしましょう。ロシア楽士4名、所属不明楽師1名、計3名。日本協会への武力行使の現行犯で調律します。同時に如月 春燈、カナン・藤堂、葉月 舞の3名を、侵入と破壊活動の手引きを行ったとして逮捕します。大人しく従わない場合、調律も止む無し」
 七海の言葉に、次第に落ち着きを取り戻し戦闘態勢をとる新人楽士達。
「調和を乱す我らの敵を、調律せよ!」
「くらえーっ!!」
 舞のホルンが新しいチャクラムを作り出し、敵に向かい放たれる。その後を追うように春燈が走り、それを防ぐため立ち塞がろうとするものにはカナンの弦が伸び、射撃能力を向けてくる者はアルーの歌がその能力行使を妨害する。
「『母の声は炎の様 全てを暖め癒しゆく』」
「ヒヨコどもは退いてなさい! 蹴り飛ばすわよ!!」
 ミントの歌の援護を受け、白兵『奏』を振るう新人達を蹴り飛ばしていくエレ。ミントの能力は奏歌の強化だが、奏歌は行使する者の『気持ち』『想い』の強さで能力の強さも変化する。逆を言えば、奏歌が強化されることで、『想い』も高揚する。昂ぶる『想い』は人を強くする。
「『静寂の檻は時を止め その存在は忘れ去られゆく』」
 七海が小さく呟き、その手を掲げる。すると彼女に向かっていた舞のチャクラムが青く透き通った結界に囲まれ、阻まれる。
 いや。『障害物に阻まれた』のではなく『停止した』。
 チャクラムが停止して数秒。長時間持続するはずのその能力は効果時間が切れた時のように霧散して消えていく。
 『時の結界』。それが楽師、市村 七海の能力。
「てぇいっ!!」
 消えたチャクラムの後ろから、春燈が飛び掛る。その姿に七海は表情を動かすこともなく、再び呟く。
「『時の潮流は満ち、欠け、その理、神のみぞ操る』」
「‥‥!?」
 先のチャクラムと同じように結界に包まれる春燈。同時に動き出す結界。結界は春燈を内側に収めたまま、ビデオの巻き戻しのように春燈を後方へと運ぶ。
 そして途中で結界は消え去り。春燈は慣性によって放り出され、床に激突する。
「春燈、大丈夫!?」
「大丈夫よ‥‥しっかし、厄介な能力ね」
 七海の能力はそれ単体ではあまり恐ろしくない。回数に制限もある。だが、この能力で足止めを受けている間、何十人もの楽士達の能力が雨のように降ってくるのだ。強力な結界を張れる仲間がいれば耐えられなくもないが、それも考慮に入れて七海は『結界解除』を連れてきている。やはり持久戦に持ち込みたくはない。
「楽師を相手に平楽士がまともにやり合えると思うな」
「そうそう、ここはボリスに任せて俺達は休憩」
「お前も手を貸せ、アドリアン」
 言って何かしら『音』を歌い始めるボリス。歌は長く、すぐに発動するものではないのだと分かる。その隙だらけのボリスのもとに、七海の結界が飛んでくる。
「さて。それじゃ正面は俺が受け持つから、両サイド任せたぜ」
 アドリアンは一人前に躍り出ると、手近な新人楽士を引っ張り寄せ結界にぶち当てる。結界に包まれる新人楽士。そしてすぐさま、歌う。
「『お ま え ら ぜ ん い ん じ ゃ ま く せ え う せ ろ く ず ど も』」
 アドリアンの表情が一変する。同時に、彼に睨まれた楽士達が次々に後方にぶっ飛び、ある者は壁に、ある者は床に打ち据えられる。その数、1撃で21人。
「『そ ん な も ん と ど か ね え む だ だ』」
 続いて飛来する、攻撃から逃れた楽士達の奏歌。その13発全てを、やはり一瞥しただけで消滅させる。
 アドリアンの能力。それは歌に含まれる文字の一つひとつが弾丸となる能力。但し対象の数と文字の数が一致していなければならないという制約があるが。
 そして、ようやくボリスの歌が終わる。音の途中に妙な単語も混じり何の歌だったのかは分からない。が、最後の一言で何が歌われていたのかが判明する。
「『Fine』」
 楽譜の終わり。
 ボリスを中心に激しい衝撃が巻き起こる。頭上には数十の黒い弾。お玉杓子のような形のものもあれば、鈎針のような形のものもある。そう、それは楽譜に含まれていた音符と記号全て。
 それら全てが一斉に、散弾銃のように前方の敵に襲い掛かる。
「‥‥っ! 『時は常に我らの内に 時は常に我らの外に』」
 襲来する黒い弾丸。それは七海を狙ったものではなかった。七海の周囲の新人楽士達、その全てをターゲットとしていた。
 七海は急ぎ歌を紡ぐ。ボリスの弾丸が部下達に到達する前に、その歌は成った。
 新人楽士達に向かっていた高威力の弾丸を、七海の張った小さな無数の結界が受け止める。結界に包まれた弾丸は急速にその威力を失い、消え去る。
「‥‥今よ! 舞、カナンくん!」
 春燈の声に反応し、すぐさま舞がチャクラムを形成。そこから水の竜巻が伸びる。七海はそれを結界で防ごうとするが、広範囲に多くの結界を張った直後の彼女に、大きな結界を張るだけの力は残っていない。結局張られた小さな幾つかの結界も間に入ってくる水全てを防ぐことは出来ず、七海の体を濡らす。
 そこに、春燈の雷の槍が迫る。回避しようにも、七海の足元では水が凍り動くことが出来ない。上体だけ逸らそうとしても、水の竜巻の内部に舞う氷の欠片がそれを許さない。
 春燈の槍が、小さな結界を片端から砕いていく。行動を封じられ、結界は既に無く、完全に無防備な状態の七海。そこに、カナンの束縛の光が絡みついた。
「チェックメイト、だね」
 エレが呟く。新人楽士達は数が揃い、反撃の出来ないところから攻撃をしてくる分には強敵だった。だが、彼らを守る楽師は捕らえた。同時に彼らの士気の支えであった楽師が敗北したとなれば、抵抗するだけの気力を起こすのは難しいだろう。


「ねえ‥‥どうして、君は戦うの?」
 カナンが話しかけたのは、『結界解除』の少年。突然こんなワケの分からない世界に放り込まれ、混乱しているはずなのに、何故彼は戦うのか。何が彼を戦わせるのか。
「市村楽師が‥‥歪が存在する世界を無くすために、一緒に戦おうって言ったから。僕のように、歪に憑かれて、不幸な目に遭う人がもう出ないように‥‥」
「‥‥ちょっとだけ、話を聞いてもらってもいいかな?」
 カナンは今協会内で起こっている事件について、全てを説明した。この方法が果たして、本当に彼の望む世界を作るために良い方法なのか。
「だから‥‥僕達を手伝ってくれないかな?」
「‥‥少し、考えさせてください」

●転送弦調査、そして楽譜探索
 タンタタンタン、タンタタン♪
 薄暗い地下4階で、場違いなタンバリンの音が響く。タンバリンを鳴らす暁の姿を灯や楓雅は真剣な眼差しで見つめ、千歳と鵠夜は周囲を見張る。
 通り過ぎていく足音。結界で姿を隠していた彼らに気付くことなく、巡回の楽士達は去っていく。
「‥‥‥‥そんなに見つめちゃイヤンよ」
「待て灯、早まるな」
「離せ、このウザい奴絶対一発ぶん殴る!!」
 千歳の話すルートを通り、目的の階までやって来た。運良く楽士の集団とはさっきの一度以外は遭遇せず、暁の結界の使用回数は節約出来ていた。少人数との遭遇時は結界に隠れず、速やかに全員をのしてきた。
「意外と敵の数は少ないですね‥‥結界の防御力を当てにして殆どが上に集まっているのか、何かの罠か」
 鵠夜が自分の武器であるクラリネットを様々な角度から眺めながら言う。ここまで武器化せずそのまま殴打してきたので、どこかにガタが来ていないかチェックしているようだった。
「まったく、花の無い連中ね。人が華麗に舞っている間くらい、笑顔で手拍子くらいしなさいよ」
「そんな余計なことはいい。ここじゃあんたの結界が頼りなんだ。真面目にやってくれ」
「じゃあ手拍子、手拍子♪」
「はいはい、パンパン」

 ・ ・ ・

「ここだ。ここが『転送弦』のある部屋」
 灯が指した部屋。そこはやはり、誰も過去に入ったことの無い立ち入り禁止の区域で。
 千歳と鵠夜が扉の横に待機し、楓雅が一気に扉を開け放つ。開けた途端の襲撃を警戒していたが、どうやらそれも無いらしい。
「灯‥‥これか?」
「ああ。結界もそのまま‥‥でも」
「でも?」
「何か違う。皮膚がピリピリするみたいな‥‥」
 灯の感じた違和感は正しい。以前の『転送弦』はエネルギー節約のため出力が落とされ、それを守るための結界が張られていただけだった。だが今は、フル稼働に備え徐々に出力が上がっていっている。どこからか流れてきているのだろう『楽譜』のエネルギーも、圧迫する感じで部屋に満ちている。
「暁、この結界の強度について何か分かりますか?」
「‥‥これ、堅いとか強烈なんてものじゃないわよ。ありえない」
「ありえない?」
「幾ら日本協会の心臓部チックなところだからって、これは‥‥もしかすると主席楽師や次席楽師がフルパワーで当たっても壊せない」
 目の前に張られた結界。それは単なる壁としてでなく、心理的な圧迫も近づく者に与えてくる。接近も破壊も躊躇わせるような圧力。
「破壊するにはどうしたらいい?」
「支部の結界と同じで共音のみで壊れる‥‥ようなものではないですよね、きっと」
 楓雅の問いに、鵠夜も言葉を重ねる。
「一番簡単なのは『結界解除』。それをする子の心が、結界に近づく前に折れなきゃだけど。次に簡単なのがこれを張った本人を倒すことだけど‥‥こんな結界を張れる人間聞いたこともないわ。探せば見つかるってことは絶対に無いと思う。あとは、きっと無理だけど‥‥ぶち抜く」
「‥‥出来るのか?」
「この協会を中心に半径50mのクレーター作るくらいの威力があれば、もしかしたら」
 行きつく結論。破壊は困難。
「‥‥試しに、一度攻撃するだけしてみよう。鵠夜」
「では、いきましょうか」
 共鳴の気配を隠すための結界が完成したのを確認してから、楓雅と鵠夜が能力を発動する。千歳と灯は念のため、周囲を警戒し。
「行くぞ、『不動嵐』‥‥くっ」
 二人に襲い掛かる『圧迫』。それでも何とか振り切った楓雅の太刀から風の刃が飛び、鵠夜の槍から土の力が乗せられる。だが。
 結界に到達した『不動嵐』。それは結界に衝撃を与えることもなく消え去った。威力不足。それも結界が堅いだけではなく、共鳴自体が弱かった。
 結界を前にすると襲ってくる『圧迫』。それは二人の『攻撃する意志』を躓かせた。それによって心は折れなかったまでも、共に攻撃は腑抜けとなってしまったのだ。
「‥‥無理ですか‥‥長居は無用、脱出しましょう。‥‥結界を解除するには、やはり」
 千歳の言葉に従い、一旦部屋から出る楽士達。結界を破壊するには、どうすればいいのか。