すれちがうことアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 2.1万円
参加人数 7人
サポート 0人
期間 03/31〜04/03

●本文

「富士さん」
「ん? どうした?」
 劇団『AVANCEZ』の稽古の休憩中。織石 薫(恋愛沙汰にはにぶちん猫)は飲み物を買いに出た劇団最年長の富士 耕明(頼りないパパ的狼獣人)を追いかけてホールを出て来た。
「実は‥‥ちょっと相談したいことがあって」
 言って、手に持っていた一冊の本を見せる薫。簡素な装丁のその本は、表紙に『Nights』とだけ印字されてあり。
 本をパラパラとめくってみて、富士は何の話題なのかを察知した。本の中には役者のセリフと思われる文字が並び、ト書きがあり、一部カメラワークなども書かれてあって。
「映画? ドラマ?」
 そう。それはテレビ番組用の台本だった。それもまだ放送されていないもの。それが示すことはただ一つ。
「ドラマ‥‥でいいんですかね。毎週18時からやってた『奏デ歌ウ想イ』の次の番組です。それに出演することになったんです」
 それが本当ならたいした事件だ。全くの無名、新人女優である薫がこういったメジャーな番組に出演するとは。それも台本を見た感じ、毎回の出番はそれほど多くないもののレギュラーである。
「それで、受けることにしたのかい?」
「はい。今度の公演が終わったらすぐに、収録に合流します」
「そうだったのか。じゃあ皆にも伝えとかなきゃね。打ち上げの日にちを早めないと‥‥」
 飲み物を買いに出たその目的も放り出して、ホールに戻ろうとする耕明。だが、その服の袖を薫が掴んで止める。
「あの‥‥皆にはまだ、知らせないでください。多分、今知らせると、皆混乱するかもしれないので‥‥」
 混乱。それは混乱するだろう。同じ劇団の仲間がテレビ番組へ出演するのだ。次は自分たちに声がかかるかもとか、これがきっかけで劇団の人気が高まるかもとか、皆喜ぶだろう。
 いや。ああ、そうか。俯いている薫を見て、耕明は何となく、言わんとしていることを理解した。
 薫がテレビ番組へ出演するとなれば、確かに皆喜ぶだろう。クールを装っている崎野 丈二(音響チーフの蝙蝠。クール。ひねくれ者)などは表には出さないかもしれないが、しかし皆喜ぶだろう。『様々な意味で』。
 劇団の代表である窪田 弥(リーダー性と高い才能。決断力不足)は、純粋に手放しで喜ぶだろう。そこに他意は無い。弟の窪田 京(制作)も祝ってくれるだろう。守末 絢(役者専任。弥に誘われ加入)も高橋 夕季(役者専任。弥に誘われ加入)も、島谷 千恵(照明。有芽奈が勧誘)や橋本 真子(小道具。夕季が拉致。男前)、小田中 瑞希(音響。劇団の姉貴分)もそうだ。もちろん、耕明自身も。丈二は無関心を決め込むだろうが、彼と恋人同士の倉篠 アキ(メイク専門の蛇)はそれを真似つつも真似きれずに喜んでくれると思う。
 だが、別の意味で喜ぶものもいる。川上 由太(装置担当の牛。兄が円井 晋の劇団にいる)や彼の弟子的位置づけの中野 識(役者専任、自意識過剰気味)は劇団の注目度が上がる、そのことについて喜ぶだろう。同時に今の劇団の力でその注目に耐えられるかどうかを危惧もすると思われる。
 『夏の大演劇祭』直後から劇団に加入した保田 紬(役者専任。男装経験多数)は、薫が劇団からしばらく離れることについて喜ぶだろう。彼女は弥に好意を持っている。それ故に劇団にやって来ている。だが耕明の見立てでは、弥は薫のことを想っている。紬にとっては、薫の離脱は降って湧いた好機になる。
 一番厄介なのは葉中 有芽奈(照明チーフ)だ。彼女は弥や薫と高校の演劇部時代から一緒に芝居をやってきた。有芽奈はその時の弥の手腕と、劇団を立ち上げたその実行力を盲目的に崇拝している。人間が多数集まれば、意見の違いも出るだろうし意見の近い者同士でグループを作ったりもするだろうが、彼女はそれを許さない。全権が弥にあることを良しと思っている節がある。
 現在劇団には大まかに分けると3つのグループが出来ている。弥と彼を慕う面々、由太を中心に弥の甘さを心配する面々、そして無所属或いは無関心。弥のグループの実質的首領である有芽奈は、比較的弥寄りの立場にいる薫が抜けるということについて、おそらく直接的に反対してくるだろう。
「ふぅむ‥‥どうしたものかな‥‥」

 ・ ・ ・

「そんなわけで、プロデューサーの娘さん、薫さんをどうにかしてほしいってことなんだそうです」
 テレビ局の局員なのか織石プロデューサー(親バカ猫獣人)専属のパシリなのか自分の立場がいまいち分からなくなっているディレクターの小関(虎のディレクター2年生)は、電話口でそう話した。
 プロデューサーの娘、薫は今何事か悩んでいるらしい。何について悩んでいるかと言えば、父親の目で見たところそれは恋だろうという結論に至ったのだという。
「いや、そっちは冗談っぽいんですけどね。本当は、多分、テレビ番組への出演の誘いについてだろうって」
 薫には今春放送開始のテレビ番組へのレギュラー出演の話が来ていた。それ自体は承諾したらしいのだが、おそらくそれと劇団の兼ね合いについて悩んでいるのだろうと。薫は弥をはじめ劇団の仲間達の実力を高く評価していた。その仲間達を差し置いて自分ごときが、という思いがあるのだろうとも。
「まあ、この業界獣人でなけりゃそう簡単にはやっていけないですからね。聞いたところ、あの劇団の核は人間だそうですし」
 そう、AVANCEZの団員は半数以上が人間だ。獣人なのは薫、由太、丈二、アキ、耕明の5人だけである。
「そういう悩みとか何とかを、解決してやってほしいそうです。これといって報酬があるわけじゃないんですが、まあ皆さんで飲みに行けるくらいは礼をするって言ってましたよ」
 それじゃ、よろしくお願いします。そう言って電話を切りかけた小関は、大慌てでちょっと待ってと叫ぶ。
「忘れてました。劇団内のことについては、富士 耕明っていう人に聞けば一通り教えてもらえるそうです。富士君と薫ちゃんから、必要な情報を集めて、ミッション遂行をお願いしますよ」

●今回の参加者

 fa0013 木之下霧子(16歳・♀・猫)
 fa2683 織石 フルア(20歳・♀・狐)
 fa4203 花鳥風月(17歳・♀・犬)
 fa4768 新井久万莉(25歳・♀・アライグマ)
 fa4946 二郎丸・慎吾(33歳・♂・猿)
 fa5442 瑛椰 翼(17歳・♂・犬)
 fa5541 白楽鈴(25歳・♀・狐)

●リプレイ本文

「初めまして。AFWの‥‥」
 劇団『AVANCEZ』の稽古に潜入するための見学という名目を作るため、新井久万莉(fa4768)は所属プロの名前を出して耕明に接触しようと考えた。が。
「はい。小関さんから連絡をもらってます」
 その必要も無く終了。既に話が行っていたようだ。


 そして、都合の良い日を見繕って練習場であるホールに集合。団員達に見学者が来たと告げに行く耕明。その後ろについて、織石 フルア(fa2683)は準備や練習の様子を見る。
(「‥‥壁、か」)
 見たところ、団員達がギクシャクしているようには見えない。
「別に大丈夫なんじゃないの? この様子だったらさ」
 二郎丸・慎吾(fa4946)がホッとしたような口調で話す。何か嫌な想い出でもあるのか、今回の話を聞いた時はひたすらに嫌がっていた。‥‥恋愛か? 恋愛事件なのか!?
「あ、どうも皆さん」
 奥の通路から出てきたのは弥。その斜め後ろには有芽奈がくっついてやって来る。
「初めまして、演劇の勉強をしている木之下霧子です! よろしくお願いしますネ☆」
 木之下霧子(fa0013)が元気よく挨拶し頭を下げると、それに続いて弥も頭を下げる。さらに続いて、皆もそれぞれに。
「役者陣は今、レッスン室で準備運動と発声をやってます。だから役者練にはもう少しかかりそうです」
「裏方の作業が遅れてるんですよ。一度決まったプランを急に変えようとしたから‥‥」
「ンな事言ったって、仕方ねぇだろ。上に役者が乗っかる関係上、あんまチャチな造りにゃ出来ねぇんだからよ」
「だったら始めから、頑丈なの作ればいいじゃないですか」
「お前が角度決めるのに手間取ったから、先に決めなきゃならん装置の作業から遅れたんだよ」
 装置の裏から出てきた由太と有芽奈の間で始まる口喧嘩。頭を抱える慎吾。その肩に瑛椰 翼(fa5442)が同意とばかりぽむぽむ。それらをスルーして、渉は舞台から降り久万莉達にプリント類を配る。
「あれは、放っておいて大丈夫なのか?」
 花鳥風月(fa4203)の疑問に。
「大丈夫ですよ、いつもああですから。ああしてるうちに、面白い案が出来上がったりもしますし」
「地降って雨固まる、か」
「地球滅亡のシナリオかそれは」
 風月の間違いをフルアが正し。


「‥‥まあ、何かな。皆一生懸命なのはよーく伝わってくるな」
 瑛椰の言葉に皆頷く。過ごし易い劇団ではありそうだ。アマチュアとしては。
「ただプロを目指すには、ちょっと混沌とし過ぎてるね」
 久万莉が断ずる。このように皆が並列した位置にいれば、和気藹々とやれるだろう。だがプロとして一定以上のレベルを目指すなら、きっちりと指揮系統を定めるべきだ。
「このホール、意外と大きいんで迷っちゃいました。薫さんからオッケーもらってきましたよ」
 小走りで戻ってきた白楽鈴(fa5541)が、皆に行動可能のサインを出す。今回の事について、まだ薫に話していいかの確認はとっていなかったのだ。無断でその辺ばらすわけにもいかず、気付いた鈴がひとっ走り会ってきたのだった。

●状況把握
 休憩の指示が出て舞台袖に消えた瑞希を追って、久万莉は外へ出た。廊下を見渡すと、自販機にコインを投入している姿が見えた。
「いきなり現れた私からこんな事聞かされて面白くないかもしれないけど、そういう事情なんだ。幾つか聞きたい事もあるし、協力してもらえないかな?」
 休憩スペースのソファで、久万莉は今回自分達がここへ来た理由を話す。
「ええ、あたしは構いませんよ。喜んで協力させてもらいます。で、聞きたい事って何なんですか?」
「薫は、劇団の活動と今度の番組と、両立出来そうな子?」
「スケジュール次第ですけど‥‥可能だと思えばやると思いますよ。逆に難しいなら、無理に両方やってコケるようなことはしない子だから、大丈夫だと」
 時々考える間を開けながらも、ハキハキと答える瑞希。久万莉が続けて尋ねる。
「他の劇団員はどう? 薫が大変そうな時とかフォロー出来そう?」
「それも多分大丈夫です。皆、人の苦労くらいは分かりますよ。薫の仕事を増やさないようにするくらいはします。もし苦労増やす奴がいたら、あたしが叩き出しますよ」
「ふふ、叩き出すか。そりゃいいや」
 静かな通路にこだまする二人の笑い声。何だか二人とも、似たような性格のようで。
「そういえば、何であたしにこんな相談を?」
 瑞希の疑問に、久万莉は耕明が言っていた事を話し。すると瑞希はちょっと考える仕草をして。
「ってことは、丈二のとこにも誰か行ってるんですか?」
「そうだよ。フルアが行ってるかな?」
「‥‥拙いかも」
 残っていた飲み物を一気に飲み干し、歩き出す瑞希。久万莉もその後について歩き出す。

 ・ ・ ・

 その頃。観客席最前列。
「へぇ、じゃあこれを動かす時はまずこっちを動かして‥‥」
「ああ、そうしないと時間がかかるからな。で、そん時注意しなきゃならんのが‥‥」
 霧子は由太から装置の動かし方などを聞いていた。バイオリニストである彼女に裏方仕事などそうそう来ないとも思うが、人生無駄になる経験など無い。
 由太は豪快で近づくと取って食われそうな印象のあった霧子だったが、その印象は半分正解で半分違っていた。何事にも厳しく怖いが、自ら学ぶ意志がある人物には、この上なく真面目な態度をとる。
「なるほど、勉強になります。‥‥この劇団の人達って、プロみたいで凄いですネ♪」
「そりゃそうだ、プロになるのを目指してんだから。理由はそれぞれだけどな。家族の七光りから抜けたいって奴もいれば、ドラマみたいな話じゃ、物心つく前に離れ離れになった親を探したいって奴だっているんだ、マジな話。‥‥まあ、どれが誰かってのは言えんが」
「そうなんですか‥‥きっとチャンスが巡って来たら、理由の違いなんか飛び越えて団結するんでしょうネ☆ 誰かが弱っても、疲れても、皆が助け合って」
「そうだな。弥さえ折れなきゃ。‥‥別に弥に依存してるってわけじゃなく、組織の運営が硬直するのが心配だからな」
 久万莉が言っていた、きっちりした指揮系統の不在。現在は弥から団員に降りているが、その弥が一時でも消えた場合どうするか。今は耕明がリーダー代理らしいが、彼は今回の公演を最後に劇団を抜ける。知識や経験の足りない団員達のため、始めから1年だけと所属していた彼。
 由太はこれからを見据えて、劇団を見ていた。まずは、しっかりした組織作り。

 ・ ・ ・

 音響や照明の操作を行う部屋、調整室。そこへ久万莉と瑞希が到着した時。
「いつもの事ですから気にしないでくださいね?」
「?」
 疑問符を頭上に浮かべながら調整室へ入ると、中ではアキが一人暴走中。丈二は呆れた顔で操作卓に突っ伏し、フルアはいつもの無表情に困惑の色を薄く浮かべて立ち尽くしている。
「丈二はこんなアフロ女のどこが好きなのよ!」
「‥‥今はかぶっていない」
「ネタなのはもう分かってるから勘弁してくれ」
 何か昼メロちっく。
「丈二に女の子が一人で会いに行くと、アキが暴走するんですよ。ただ丈二と相手の子を困らせたいだけの演技ですけど」
 久万莉、深く溜め息。瑞希がアキにアフロカツラをかぶせて「やかましいわ!」と外へ追い出すと、ようやく調整室内は静かになった。
 本題。丈二に、今回の事について話す。薫の離脱によって劇団が混乱したり、最悪分裂したりすることはありうるのか。
「無い」
 以上。
「‥‥根拠は? アンタいつも言葉が不親切なのよ」
「明かり屋は怒るかもしれんが、窪田に歯向かうまではしねぇだろ。保田も窪田が適当にあしらうさ。窪田は純朴そうに見えて、女の子の迎撃はうまいぜ。攻撃はヘッタクソだけどな。由太と識は、劇団と心中する腹積もりだから考える必要無し」
「ふむ‥‥なるほどな。参考になった」
 考えをまとめるフルア。丈二の言葉が全て正しいとすると、今回の問題の行き着く先が2つ見えてきた。
 弥に問題がある可能性と、今回の件は単なる杞憂である可能性と。

●渦中の人物
 弥は、頼れるリーダーを演じているのかもしれない。
 フルアの言葉を思い出しながら、慎吾は稽古を眺めていた。フルアの兄も役者だが、普段から『演じている』時があるように思えるというのだ。その感覚は、慎吾にも多少なりとも分かった。
 役者達に指示を出している弥。裏方のチェックに応じる弥。自ら動いて仕事を片付ける弥。
(「‥‥ん?」)
 ふと気付く。見たところ、弥がやっている仕事内容はすごい。皆の仕事の穴を埋め、うまく回るように仕立てている。だが、弥が周囲に指示する内容はそうでもない。演出としての指示は薄いもので、その指示で出来上がってきたものを調整して当てはめて舞台を作っているように見える。
 短い休憩時間。弥を呼んだ慎吾は、思ったことを尋ねてみた。全体の対立を防ぐために主張を弱めていないか。
「自分の推測だから、違ってたら言ってほしいんだけど‥‥弥君はもしかして、劇団より劇団員を見て舞台を作ってるんじゃないかな?」
 つまり。劇団にとってプラスになる運営ではなく、劇団員にとってマイナスにならない運営。劇団員達は楽しく芝居をやっていける。だがそれでは一定の枠を破ることが出来ない。由太などが『頼りない』と指摘しているのは、そういう点だったのではないか。
 弥は良い意味でも悪い意味でも『部長』なのだろう。『主宰』ではなく。
「リーダーの演技って、出来ないかな? 弥君の主義とは違うかもしれないけど、劇団を強く一つにまとめるって仕事は、これから劇団が大きくなるために絶対に必要だと思うんだ」
 団員を慮ってのこれまでかもしれない。だが、現状明るい未来は見え辛い。薫さんにも心配かけてるぞ、と言うと、少し驚きつつも、弥は「はい」と頷いた。
「カリスマ性はあるんだ。もう少し‥‥強引な男になってもいいと思うよ。色んな事に対してね」
 そういう慎吾も、そろそろ『万年駆け出し』を脱出する野望を抱いてもいいのではないだろうか。
 どう?

 ・ ・ ・

 テレビ番組の仕事は是非やってみたいということ、可能なら劇団と両立したいということ。それが、鈴が薫に尋ねた質問への答えだった。
 ちなみに、弥に告白されたら、の質問については「兄みたいに思ってるので」。
「やっぱり自分の口で、皆に事実を話した方が良いと思いますよ。仕事をしたいと思っているなら」
 鈴が促す。
「そう‥‥ですよね」
「薫。本当にお前のやりたい事って何なのさ? やりたい事が何なのかはあたし達には分からないしどうだっていいんだ。あたし達や仲間を気にする必要は無いんだよ。自分にとって後悔の無い決断をしな。それが結果として失敗に結びついても、自分の道を貫き通さないで後悔するよりは絶対に良い。あたしが言えるのはそれくらいだよ」
「風月は正しいこと言ってると思うよ。それにドラマに参加したからって劇団を抜けるわけじゃないんだし、やり方によっては両立だって出来るんだから。もっと、自分に自信を持ちなよ。‥‥あ、今回の仕事が『プロデューサーの娘だから』って考えるのは筋違いだと思うよ。最終的に、この世界で生きていけるかは本人の実力次第なんだから。悩む必要は無いんだよ」
 沈み気味の薫に、風月が、久万莉が発破をかける。続けて、フルア。
「結局は気持ちが全てを決めるんだ。自分で道を選んで、胸を張って、自分の言葉で皆に伝えればいい。頑張れ」
 去っていく4人を見ながら、考え込む薫。そこに、残った瑛椰が声をかける。
「前作の『奏デ』には俺も一度出演したことあるんだけどさ、プロデューサーは同じなのかね?」
「え、あ、はい、同じ人です。でも、結構毛色の違う話になってるみたいです。前作は『強い想い』がテーマだったらしいんですけど、今回は『最高の友情』だそうです」
「丁度いいじゃん」
「え?」
「どんな離れていようが、同じ『芸能界』という舞台に立ってるんじゃん? なんつーか、劇団で過ごした日々は消えないわけで。それはいつしか大きな力になる。そのこと忘れないで、この先、一人立ちしようが大きな成功を収めた時、劇団にいた事に胸を張れたなら‥‥それが恩返しになるんじゃねーかな?」
「‥‥‥‥」
「最高の仲間達に、最高の報告してやんなよ」

 ・ ・ ・

 その日の稽古終了後、薫は皆に報告をした。今まで黙っていてごめん、とも。反応はそれぞれ。喜び、驚き、不安も少々。
「プレッシャーはあると思いますけど、皆がそれで潰れる程度かどうかは、皆が一番よく分かっているでしょう?」
 鈴の言葉に、皆は当然とばかり頷く。
 一人を除き。
「それじゃ、お祝いの宴会を開きましょう! おめでたいことは新鮮なうちに祝うのです♪」
 なんだそりゃ、と皆笑いながら、公演終了日と薫が去る日の間でどこがいいかを話しながら、解散していく。
 舞台上に残ったのは、二人。
「有芽奈。大丈夫だよ、もう」
「先輩?」
「もっと、皆をちゃんとまとめられるリーダーになる。すぐには無理だけど、でも皆の助けがあれば大丈夫だよ。薫がデビューすればうちにも視線が集まるかもしれないから、それまでにもっと強くなりたいんだ。‥‥一緒に、頑張っていこうよ」
「‥‥はい、分かりました」

●どうしようもないこと
「ところで弥さん、聞いてくださいよー! 俺、何処へ行っても酷い扱い受けるんです! も〜芸人街道まッさかさまー!」
 芸人が聞いたら怒りそうなセリフである。せめて『まっしぐら』と言おう。
「どうすればいいんすかね‥‥?」
「えーと‥‥いや、そう言われてもどうしようもないっていうか‥‥」
 確かに。