楽士達の歌・弦楽器科編ヨーロッパ

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 10.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/13〜04/18

●本文

●静寂と音楽の満ちる世界
 そこは街から遠く離れた、自然の奏でる音以外存在しない、雑音の無い世界。
 マリアンネ音楽学院。創設者の名が冠されたこの学院には、クラシック音楽の道の先頭を歩きたいと願う若者が集う。

 学院は全寮制で、学院の生徒達は親元を、都会の喧騒を離れて、仲間と、ライバルと切磋琢磨しながら己の腕を磨いていくのだ。

 そんな、多少細部は違っても普通の学校のような音楽学院には、裏の顔が存在する。それは、優れた音楽家を育成し、有望株として世界各国の楽団などへ『売る』。狭いマーケットゆえにコストのかかる『クラシック』という市場に、オーダーメイドスーツに対抗する大量生産のスーツのように切り込む『音楽家専門の人身売買機関』もしくは『音楽家専門の職業安定所』。

 マリアンネ音楽学院。
 そこは街から遠く離れた、自然の奏でる音以外存在しない、雑音の無い世界。
 の、はず。

 音楽学院の敷地の一角、弦楽器科では‥‥

●怪しいアイツ
 その日、入学式でもないのに弦楽器科には生徒が一人増えた。編入生。イェランという男子生徒。あまり周囲に積極的に溶け込んでいこうという姿勢を持つ生徒ではなく、編入した日から数日経っても、友人と呼べる友人はいない状態だった。同じカルテットの面々と話くらいはするが、それもあまり多くない。カルテットを組むことで生徒に様々な刺激を与えようとする学院の方針に、これはうまく沿わない。
 イェランが学院に編入してきたのとほぼ時を同じくして。学院にもう一つ、騒動が起きた。『不思議』が生まれたのである。それは『開かずの練習室から流れるヴァイオリンの音色』や『学院長が不在でも開いていることがある窓』『音楽準備室の幽霊』など一部の関係者は真相を知っているそれらを吸収して、『七不思議』となった。
 『七不思議』のひとつ、『歩く野菜男』。それは『不思議』が現実の被害を与えた最初の事例だ。それによってカフェのお客は減り、マスターも(あまりそんな風には見えないのだが)困っている。
 突如現れた編入生と七不思議。この時期の重なりに、あらぬ噂を囁くものも出始めた。「編入生が噂の大元、出所だ」と。そんな噂によって、ますますイェランの周囲には人がいなくなった。
 だが、そういう噂を鼻から信じない生徒もいた。ブラウリオ、ベリンダ、レイラ。カルテットBの生徒達。
「あまりたくさん話したわけじゃないけど、でも彼の音楽に対する気持ちは本物だよ」
「イェランの音は、認められるわ。悔しいけど、努力の量も質も私は負けてるわ」
「イェランがあんなことをするとは思えません。イェランへの侮辱はカルテットBへの侮辱ですわ」

 そんなマリアンネ音楽学院での日常を描く舞台演劇『楽士たちの歌』。
 その弦楽器科編。

●成敗、噂の中心・あらすじ
 イェランの編入と『七不思議』の広まり。その関連性を疑う者はなかなかに多かった。そんな噂に無関心なイェランだったが、レイラ達3人に噂の真偽を問われ、また自分達はイェランを信じていると言われ、初めての笑みを見せる。

 噂はさらに広まっていく。それを打開するにはどうすればいいか4人は考えるも、良い案はすぐには浮かばない。数日、休憩時間の度に相談した結果、ようやくたどり着いた結論。

「口では何とでも言える。音楽家なら音楽で示す」

●『楽士たちの歌』キャスト募集
 舞台演劇『楽士たちの歌』へ出演する役者を募集します。募集する役は、以下の通りです。
・『カルテットB』‥‥イェラン・ブラウリオ・ベリンダ・レイラ
・マリアンネ音楽学院の関係者‥‥4名

 劇中に弦楽器科生徒達による演奏がありますが、楽器演奏が出来なければならない等の制限はありません。出来ない場合でも録音などで対応します。

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa1325 玉置 美也(17歳・♂・猫)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa2683 織石 フルア(20歳・♀・狐)
 fa3768 ジョゼ・ジャクリーン(12歳・♂・リス)
 fa5331 倉瀬 凛(14歳・♂・猫)
 fa5407 瑛樹(25歳・♂・豹)

●リプレイ本文

●パンフレット
イェラン‥‥倉瀬 凛(fa5331)
ブラウリオ‥‥織石 フルア(fa2683)
ベリンダ‥‥アイリーン(fa1814)
レイラ‥‥マリーカ・フォルケン(fa2457)
アウレリア‥‥エルヴィア(fa0095)
フェリクス‥‥玉置 美也(fa1325)
シンシア‥‥ジョゼ・ジャクリーン(fa3768)
ウィリアム‥‥瑛樹(fa5407)

●それぞれの悩み
「じゃ、次の定期演奏会の曲は『春』ってことで大丈夫かな。今日はここで切り上げるから、各自楽譜の読み込みはしっかりとね」
 カルテットAリーダーのフェリクスは他の面々を見送ると、一人練習室に残った。ゆっくりと慣れた様子でヴァイオリンを片付けると、ケースを片手に立ち上がり、部屋を出ず。
「‥‥誰かに話すべきかな?」
 一人呟く。彼の悩み。
「気持ちは分かる。分かるけど‥‥彼にそんな事をしても何も変わらないだろうに。彼のせいじゃなく、学院が決めたことなんだから」
 それが悩みの一つ目。最近やってきた編入生と彼の周りで起こっている事件について。他人事ではないからどうにかしたいが、どうにもならない。そして、先の「誰かに話すべきかな?」に続く。
 ふと窓から見える風景。学院裏の木々。一番大きな木の下で、寝転がっている人影約一名。
「‥‥‥‥」
 それが悩みの二つ目。


「貴方も大変ですね、お化けにまでなっちゃって。‥‥野菜は、お腹空いてたんですか? あはは、冗談です。‥‥疑われている少年のことはご心配なく。彼らならきっと」
「誰かとお話し中ですか? 学院長」
「‥‥うん、妖精さんと」
 フェリクスの言葉に妖精さんとの会話を止め、上体を起こす学院長、ウィリアム。
「居眠り自体を止める気はありませんが、涎は気をつけてください。甘いマスクの持ち主が涎を垂らして居眠りすると、女生徒が隠し撮り写真を裏取引して校内秩序が乱れます」
「ああ、ごめんごめん。‥‥それで、どうしたんだい?」
「学院内で流れている『七不思議』について‥‥すいません、場所、変えて頂けませんか」
「分かった。私の部屋に行こうか」

●示すべき心
「論外だ。練習の邪魔になる、帰ってくれ」
 誰かに対してぴしゃりと言い放ち、練習室に入ってくるブラウリオ。椅子へ座ると買ってきたパンを鞄から取り出し。
「何をそんなに苛ついているのですか、ブラウリオ」
「別に、俺は苛ついてなんかいない」
「調弦」
「あ」
 レイラの指摘に、ブラウリオは自分が練習室に来るといつもは何より先に行うことを思い出し、始める。
「何に苛ついているのかは分かるけどね。私もレイラも」
「まあ、そうだろうなとは思っていたが。‥‥大体、なんで学院に入って日が浅い『編入生の』イェランがそんな事をしなきゃいけないんだ?」
 ベリンダ達3人が憤っているのは、カルテットB新メンバーのイェランにかけられた容疑である。カフェの『野菜男』事件。イェランの編入と事件発生が重なっているのだから一瞬なら疑ってしまうのも分からなくはないが、しかし少し冷静に考えてみれば的外れな議論だと分かりそうなものだ。編入したばかりのイェランには動機がない。
「気にしないのが一番なんだろうけど、そうもいかないのよね。‥‥陰でコソコソ言うしか出来ない連中のせいで音に集中できないのも面倒ね」
 ベリンダが深く溜め息をついたところに、やってくる話題の人。
「すまない、少し遅れてしまった」
 イェランは素早く荷物をその辺に置くと、ヴァイオリンを取り出し調弦を始める。と、周囲の微妙に違う雰囲気に気付き。
「‥‥知ってるだろ、お前に関する『噂』の話。カルテットの一員として確かめたい。犯人はお前じゃないよな?」
 ブラウリオが尋ねるそのことに、イェランは何だそんな事かとばかりに、ああ、とだけ答える。
「なら、どうして反論しない」
「言いたい人には言わせておけばいい。僕はそんなのに構っている暇はないから」
「あなたがどう思っているかは分からないけど、私達は反論してほしいのよ。私達は、あなたの音を誰より知ってる。つまらない噂なんかよりよっぽど耳に残る、悔しいけど良い音よ。その音を、妙な噂に上辺だけでも汚させたくないのよ」
「俺達はイェランを信じてる。お前の音は、あんな馬鹿げたことをしてる奴に出せる音じゃないからな」
「ですから、一緒にどうにかしてやりませんか? あの噂を」
 3人の言葉に、イェランの調弦の手が止まる。驚きの表情を浮かべて3人を見渡し。
「‥‥ありがとう」
 この学院で初めて見せる、笑顔。
「感謝する必要はありませんわよ、こんなことに」
「そうよ。私達はカルテット。仲間同士信頼しあい協力し合うのは、当然のことでしょう?」
「そう‥‥だね。ありがとう」
「同じことをまた言わせる気か?」
 練習室に響く笑い声。形ばかり揃えられたカルテットが、完全に気持ちも揃えられる瞬間。


 そして議題は別のことへ。どうやって、イェランへの疑惑を払拭するか。嘘発見器? アリバイ工作? 前者は信頼性が何となくいまいちだし、後者は工作どうこうの前に普通にある。
「下手に動くと噂を助長するだけだし、運が悪ければ俺達も共犯にされるかもしれない。そうなると、状況の打開は今より難しくなる」
 うーむ、と考え込むブラウリオ。イェランも自分を信じてくれる仲間達のためにどうにかしたいと思いはするが、これといって妙案は浮かんでこない。
 そこに、ずっと口を開かず思案していたレイラが手を挙げる。
「わたし達は音楽家ですわよね。口であれこれ言うよりも音楽で勝負するのが一番ではありませんか? イェランがどんな人間かは彼の奏でる音を聞いて貰えば、いやしくも学院に在籍している者ならば、解るはずですもの」
「それは確かにそうだが、どうやって生徒全員に聞かせ‥‥そうか」
「定期演奏会ね!」
 ブラウリオが、ベリンダが、レイラの意図を理解する。イェランはまだ、定期演奏会がどういうものか大体のところしか把握していないから理解し切ることは出来ず。
 定期演奏会は、その月の生徒の成績を決定するために弦楽器科にて毎月開かれる演奏会。学院の生徒のほぼ全員と教員達が参加し、そして来ていれば学院への訪問者も入場する。演奏はカルテットAからZの順で行われ下位カルテットになるほど聴衆は減っていくが、幸い彼らはカルテットB。その場でなら、一度にほぼ全ての生徒へ聞かせることが出来る。
「次の定期演奏会‥‥曲目はモーツァルト弦楽四重奏第14番ト長調K387『春』。Aと同じ曲を演奏するわ」
 ベリンダが宣言する。自分達より上位のカルテットと同じ曲を演奏する、それは自分達の粗がより際立って見えてしまうもの。だがそれだけに、正しい技量を見せるにはうってつけだ。
「下手すると降格かもしれない。けどブラウリオ、レイラ‥‥イェラン、私たちカルテットBなら‥‥出来るわよね?」
 聞くまでもない確認事項。皆それぞれに頷いたり、笑みを浮かべたり。そこにやって来たBの担当教師アウレリアは、その雰囲気に首を傾げる。
 説明されるこれまでの状況。噂、容疑、そして『音楽家なら音楽で示す』こと。
「アウレリア先生もかつて音楽で自らの主張を貫かれたことがおありだと聞いております。でしたら、わたし達の気持ちもわかって頂けると思います。イェランの汚名を返上する為にもご協力頂けませんか?」
「ええ、もちろんよ。イェランのことはきっと大丈夫。素晴らしい演奏をすれば、周りはきちんと認めてくれるわ。ただし、技術がどうこうという問題ではなくて、どれだけ気持ちの篭った、一生懸命な演奏かということが大事なのだけれど」
「はい!」


 時間はいつもどおり、しかしいつもより濃密な練習を行ったようなその日のレッスン。それを終えて解散した後、練習室では。
「音楽準備室の幽霊や開かずの練習室から流れるヴァイオリンがそんな形で伝わっているなんて‥‥不思議なものね」
 呟くアウレリア。音楽準備室の幽霊は彼女の恩師がこの学院に在籍していた時に組んだカルテットのヴァイオリニストで、開かずの練習室のは、抜け道から入室した彼女の友人がそこで練習していただけ。ちなみに学院長室の窓が開くのは、定期演奏会の度先代学院長カトリーネが母親に音を聞かせるため窓を開け放っていたのが原因である。
 今となっては、その全てが存在しない。ライナーは天へ昇り、練習室の鍵は直され、学院長は代が変わった。
「そしてきっと、『野菜男』の噂と一緒に、全て消えていくのね」

 ・ ・ ・

「彼に謝るんだ。そして、今回のことは全部作り物だったと」
「そんなのフェリクス兄様には関係無いことだわ。私なんかよりずっとずーっと腕の良い、こんな気持ちとは無縁の兄様には」
「シンシア!」
「兄様は野菜男よりヴァイオリンのことを気にしていればいいのよ」


 話し終えると、フェリクスはやっと落ち着いたと深く息を吐く。
「よく、話してくれました」
「僕は正直‥‥仲間以外の『音』に興味ありませんでした。仲間もそれでいいと言ってくれてました。でも‥‥シンシアの叫びとイェランの『音』を聞いて‥‥それはダメだと気づいたんです。それは‥‥勿体無いと」
「そうですね。確かにそれは勿体無い。自分の音を聞き、仲間の音を聞く。それは演奏するには必須のこと。そして、加えて、他の音楽家の音を聞くこと。それは新たな可能性を自らの内に育てるために必要なことです」
 学院長室にて、フェリクスは自らの悩みについてウィリアムに打ち明けた。悩みとは、彼の従妹シンシアのこと。彼女は元カルテットB所属のヴァイオリニストで、現在はCに所属している。‥‥イェランの編入により、降格とされたのだ。その彼女が広めた、『野菜男はイェランである』という噂。
「分かりました。何か手立てを考えておきます。また何かあったらいつでも聞きますから、その時はここか、あの場所に」
「居眠りはダメですよ」
「妖精さんとお話をしに行くのさ。音楽の妖精さんと」
 そういうことにしておきます、と退室しようとするフェリクス。それをウィリアムは呼び止めて。
「カルテットBが、定期演奏会で君達と同じ曲を弾くそうですよ。もし問題があれば、どちらかの曲目の変更も出来るけど‥‥」
「そうなんですか。‥‥いえ、受けて立ちますよ。楽しみにその日を待つことにします」
 今度こそ退室するフェリクス。その姿だけでなく足音まで聞こえなくなるのを待ってから、ウィリアムは大きな窓の外を眺めながら、思い出す。
 疑惑の目を向けられている生徒、イェランについて。担当のアウレリアから聞いた話を。
 あの子達なら大丈夫です。
 あの子『達』。
「期待しても、大丈夫そうですね」

●春の定期演奏会
 定期演奏会、当日。普段は頼りない雰囲気のフェリクスがヴァイオリンを手にAの仲間達を引き連れ「やれるものならやってみろカルテットB」的なことを言い残してステージへ向かったあたりで、ウィリアムはステージ袖へ繋がる楽屋を訪ねた。カルテットAは舞台上、Bはステージ袖、現在ここにいるのは、C。
「やあ、シンシア。今日の調子はどう? 心配事なんか無いかな?」
「問題ありませんわ。強いて何かを挙げるとするなら‥‥どうすればこの子の本来の音を引き出してあげられるか。それくらいです」
 自分のヴァイオリンを愛しそうに撫でるその姿に、しかしウィリアムは表情を緩めず。
「あの噂は、どうして?」
「さあ、どうしてかしら? 彼らを見ていたら何となく思いついて、いけないと思いはしたんですけどつい口が滑って」
「謝る気は」
「ありませんわ。この程度のこと、別に上位カルテットにいる天才音楽家様達は気にも留めていらっしゃらないでしょうし。わざわざお時間を取らせるわけにもいかないでしょう」
「‥‥そう」
「それでは、私達はそろそろ袖へ参りますので。失礼します、学院長」
 さっと踵を返して立ち去るシンシア。止めるわけにもいかず、その後ろ姿を見送って、ウィリアムは。
「やれやれ。俺もまだまだですね」
 養母である前学院長を思い出しながら、そう呟いた。


「皆は自分なりの、最高の演奏をすればいいわ」
 アウレリアのその言葉を胸に4人はステージ上へ進むと、各々に楽器を構え。演奏を開始する、その前に。
 ブラウリオが一歩前に出て、集まる視線に臆すること無く告げる。
「最近、俺達Bカルテットのメンバーに在らぬ疑いがかけられているそうだが。今日は俺達の演奏でそれが嘘であると証明させる‥‥しばしのご静聴を」
 シン、と静まり返ったホールに響く声。その反響も消えた時、カルテットBの演奏は始まった。弦楽四重奏曲第14番ト長調K387『春』、ついさっきこのホールに響いた楽曲。
 カルテットBに共通すること。それは音楽への情熱性。強い向上心を持つベリンダのそれは分かりやすいが、他の面々にもそれは共通して言える。仲間を信じるブラウリオの情熱。音楽に誇りを持つレイラの情熱。そして、
「今までは自分一人が上手く弾ければいいと思ってた。補いあい、調和させる事が、こんなに素晴らしい音を引き出すなんて!」
 仲間の意味と温かさを真に知った、イェランの情熱。

 これから、季節はゆっくりと夏へ向かっていく。今はまだ完全に調和した高い温度の熱ではないかもしれないが、各々の情熱は、急速に高まっていく。
 カルテットBの定期演奏会は、大きな拍手に包まれて終了した。

 ・ ・ ・

 この定期演奏会の結果、カルテット間の順位の変動などは起こらなかった。生徒達は皆、また次の演奏会に向け練習を始める。
 噂がどうなったか。そちらの結果については、今さら触れるまでもないだろう。