絵夢が絵夢になる日アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 葵くるみ
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.7万円
参加人数 6人
サポート 0人
期間 10/21〜10/23

●本文

「‥‥ふう」
 『ドリームリサーチ』の事務所内で、助手の末永が入れてくれた紅茶を飲んでいるのは、この事務所の最高責任者・絵夢だ。
 久々に得た休息の時間に、テレビもつけずソファに座ってゆっくりとした時間を楽しんでいる。時折お茶請けのクッキーをつまみながら。末永も向かい合うようにソファに座り、
「ほかに欲しいものはありますか、絵夢?」
 そういって微笑む。宿敵であった合歓を倒したのはつい数日前。依頼も入っておらず、本当にのんびりできる、気持ちのいい時間。
「‥‥そういえば」
 絵夢はすっと立ち上がって、自分のデスクに飾ってある写真立てを手に取った。
 写っているのは今と変わらぬ姿の――人間でないから、基本的に老化をしない――末永と、まだ幼い自分自身。
「‥‥ふふっ」
 絵夢はつい笑顔をこぼす。
「どうかしましたか?」
 末永は不思議そうな表情を浮かべている。
「ううん。ただ、懐かしいなと思って」
「絵夢がそういうことをいうのは珍しいですね。‥‥でも、そうですね。本当に懐かしい――」
 末永が遠い目をする。

 末永とはじめて出会ったころ、まだ絵夢は絵夢ではなかった。
 さあ語ろうか。絵夢が如何にして今の絵夢になったかということを。
 そう、それは5年前の冬の日。二人の出会いは真っ白い病室だった――

●アニメ「絵夢が絵夢になる日」では、キャストおよびスタッフを募集します。
 なお、今回は夢先案内人絵夢の外伝になっておりますが、回想シーンがメインですのでメインシリーズ時のキャストにこだわる必要はありません。
 絵夢‥‥現在『ドリームリサーチ』の最高責任者にしてサイコダイバー。今回は回想シーンメイン。メインシリーズでは性別および年齢、本名不詳。一見10代の少女でしたがその外見特徴に縛られる必要はなし。今回の回想の中では謎の昏睡(?)で入院している。
 末永‥‥メインシリーズにおいて絵夢の片腕ともいえる助手。その正体は悪夢を食べる幻獣貘である。メインシリーズ内で普段人の姿を取るときは人のよさそうな青年の姿。ひょんなことから絵夢(仮)に出会う。
 絵夢の母‥‥名前は適宜。原因がよくわからないままに入院した絵夢(仮)を心配している。
 医師‥‥名前等は適宜。絵夢(仮)の担当医だが、原因を見出せず困っている。
 このほか必要と思われたキャラクターはどんどん追加してください。
 今回の主目的は『絵夢』が『絵夢』になること、および末永とのコンビ結成です。
 物語のメインの舞台は冬の病院。
 皆様のご参加、お待ちしています。

●今回の参加者

 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa2132 あずさ&お兄さん(14歳・♂・ハムスター)
 fa3957 マサイアス・アドゥーベ(48歳・♂・牛)
 fa5302 七瀬紫音(22歳・♀・リス)
 fa5353 澪野 あやめ(29歳・♀・ハムスター)
 fa5870 Judas(25歳・♂・狼)

●リプレイ本文


 病院の一室に、少女(都路帆乃香(fa1013))が横たわっていた。目を瞑ったまま、静かに呼吸をしているだけ。
 ――眠っている。
 と、ノックをして、一人の女性(澪野 あやめ(fa5353))が入ってきた。やや疲れ気味のその顔は、しかし面差しが少女とどことなく似ている。
「絵瑠、今日はもうすぐ雪が降りそうよ。ほら、積もったらきっと綺麗でしょうね」
 そういって女性――絵瑠と呼ばれた少女の母親である有紀絵がカーテンをさっと開けた。薄暗いけれどほのかな外の光が部屋に差し込む。けれど、少女は目を瞑ったまま、ぴくりとも動く気配を持たない。それを見て、有紀絵は肩を落とす。
「今日もまだ、目は覚めないのね‥‥絵瑠。あなたが眠り始めてからもうずいぶんとたつけれど、早く元気な姿を見てみたいわ」
 傍らの椅子に座り、そっと手を握る。毎日の日課だ。
 少女は目を覚まさない。けれど、それに落胆したままの有紀絵でもない。顔を上げると、にこりと微笑んだ。
「今日もね、花を持ってきたわ。あなたの好きな花」
 毎日のように生けられる花。少女はそれに気づくこともないまま、――もうすぐひと月が経過する。
「お嬢さんの様子はいかがですか」
 担当医の郷田(マサイアス・アドゥーベ(fa3957))が、顔をのぞかせた。有紀絵はあわてて立ち上がり、ぺこりと礼をする。絵瑠の原因不明の昏睡状態が始まってからこちら、ずっと世話になっているが、真面目な一方でなかなか成果が上がらない。焦りの色が伺える。
「ええ、相変わらずで‥‥でも、先生のせいではありませんし」
「こちらとしても手は尽くしているのですが、なにぶんわからないことだらけで‥‥すみません」
 郷田の説明を一通り聞くと、有紀絵は外をふと見た。
「雪が、降ってきましたね」
 静かに、白い雪が降り始めていた。


「ここは‥‥どこかしら」
 絵瑠はふわふわとどこかを漂っている。母親の声が聞こえるけれど、医師の声が聞こえるけれど、それに反応しようとしてもできない。理由はわからない。何もできない。
「でも、ここは‥‥なんでこんなに空虚なのかしら」
「それはあなたのココロが今、空虚だから」
 そこに現れたのは、一人の少女(あずさ&お兄さん(fa2132))だった。自分よりも幼い、まだほんの小さな女の子の声。
「だれ?」
 絵瑠はたずねる。
「私? 私‥‥私は私。呼ばれるための名前を持っていないの」
「じゃあ、私がつけてあげる。絵夢‥‥どうかな、お嬢ちゃん」
「絵夢‥‥うん。いい名前。ありがとう、お姉ちゃん」
 絵夢と名づけられた少女は、にこっと笑う。小学校の低学年くらいだろうか? 顔立ちがどことなく自分にも似ている。
「絵夢ちゃんはどうしてここにいるの?」
 絵瑠がたずねる。
「お姉ちゃんを守るためだよ。ここに悪い気配がすごくするの。夢の中には悪いものがいるの、それがお姉ちゃんを苦しめるから‥‥お姉ちゃんを助けたくって」
 絵夢はそういってにこっと笑う。
「ここは、夢の中?」
「そうだよ‥‥。あ」
「どうしたの?」
「何か、気配がするの。ここに普段いない気配。私、ちょっと行ってくる」
 絵夢はぱっと飛び出していった。


「ここは‥‥悪夢ではないけれど、なんて虚ろな‥‥」
 異形の存在――貘(Judas(fa5870))が、顔をわずかにしかめた。
 病院という場所には悪夢が巣食っていることが多い。この貘も、それを知ってテリトリーをこの病院にしていたのだが、絵瑠の夢に入ったとたん、その異質さを感じ取ったのだ。
「誰?」
 少女の声がする。まだ幼い声だ。
「え――私、ですか。私は貘という、悪夢を食らう幻獣。固体名を尋ねられたのなら、――末永と名乗っていますが。あなたこそ、私の気配に気がついたんですか」
「え、っと‥‥うん。お姉ちゃんを悪いものから守るために、ここにきたの。でもあなたは悪いものじゃないみたい」
 末永と名乗った貘と、絵夢と名づけられたばかりの少女。
「この夢の持ち主は眠っていて、あなたはここにいる? ここには二人存在している?」
 確認を取るように、末永が尋ねる。絵夢はこくりと頷いた。
「お姉ちゃんは、本当は私の本当のお姉ちゃんになるはずだったの。‥‥私はここに取り残されたけど」
「ふむ‥‥いわゆるバニシング・ツインの名残の魂ですか」
 末永は納得したように頷く。バニシング・ツイン――双子として生まれるはずが、何らかの理由によって失われた生命。その魂の名残があっても、確かに不思議な話ではない。
「それにしても、あまりいい状態ではなさそうですね、あなたのお姉さんは。このままではきっと目覚めない。そしてこういうことを言うのは残酷かもしれませんが‥‥夢の世界は無限ではない。先ほど私は悪夢を食らうといったけれど、昨今の人間たちの夢は私たちのような存在にも住みづらくなっている‥‥私も、おそらくあなたも、遠くない未来には消滅する運命でしょう」
「そんな。お姉ちゃんも、私も、消えちゃうの? あなたも?」
 絵夢は顔を青くする。
「お姉ちゃんを助けたいのに」
 絵夢の言葉は悲痛だ。このままでは、みな消えてしまうだなんて。
「‥‥ひとつ、もしかしたら方法があるかもしれません」
 末永は言った。絵夢は顔をぱっと赤くさせて尋ねる。
「なに?」
「あなたは強い意思の力を、この夢の中で持っている。意志の力は夢の中で一番強い力となる。私を媒介に、あなたの力を増幅すれば、あるいは」
 その代わり、ひとつお願いがありますと末永は言う。
「あなたのその強い意思の力を、私の依り代とさせてください。世界との結びつきを強くするんです。あなたは実体を持つことになる。それはすなわち、この夢からはじき出されることになりますが」
 そうしなければ、存在すらも消えてしまうのだ。今の末永には荷の重い行動。けれど、そうしなければ三人とも消える。
「‥‥お姉ちゃんと、もっとすごしたかったけれど。でも出会えたから、話ができたから‥‥かまわないよ。私、お姉ちゃんを助けたいし、‥‥外の世界も知りたい」
 見た目の幼い少女らしからぬきっぱりした声で、絵夢は宣言した。
「じゃあ、手を出して。私と手を重ねて‥‥」
 絵夢はそっと目を伏せ、そして手をかざす。末永の手のひらに重ね合わせる。
「汝、夢を繋ぐ者。我、力を貸さん。汝の名、絵夢。夢に生き、夢に遊び、夢を現とする者。‥‥現の器を我、汝に授けん」
 末永の声が、体中にしみわたる。力が流れ込んでくる。絵夢はかっと目を見開いた。その瞳に宿るのは、命の輝き。‥‥それまでの彼女よりも、何倍も強い光。
 末永もヒトの姿をとっていた。人のよさそうな、長身の青年にかわっていたのだ。それまでの彼はヒトに近いがどこか違う姿をしていた。そして、末永は絵夢にそっと羽ペンを渡す。
「これはあなたの、思いの力が生み出した、あなただけの武器です。さあ絵夢。夢に巣食う悪しきものを払って‥‥そして、行きましょう。私たちの現実に」
 絵夢はそれを受け取り、そしてこくりと頷いた。


 深夜。病院はしんと静まり返っている。外に降り積もる雪は音を奪い取り、もともと静かな病室はまるで無音。
 絵瑠はそこで静かに眠っていた。
 絵瑠の中に巣食っていたモノを払ったので、長い眠りから彼女ももうすぐ目覚めるはずだ。
 その傍らには、絵夢と末永が立っている。その顔には小さな微笑み。
「今までずっとありがとう‥‥そして、さよならお姉ちゃん。‥‥絵瑠姉さん」
 別れはひどく惜しい。けれども、これは彼女のための別れ。そう思って、つとめて明るい声を出す。
「え、む‥‥?」
 絵瑠が、ぽつんとそう呟いた。寝言だろうが、間違いなく妹に対する言葉だった。
「‥‥行こう、末永。ここにいつまでもいたら、姉さんのためにならないから」
 絵夢は笑う。そして、そっとその場から立ち去った。

 それから数時間後。
 絵瑠が目を覚ましたことは直ちに看護婦から医師に、そして有紀絵にと伝えられた。
「絵瑠‥‥本当によかった。ありがとうございます‥‥!」
 有紀絵は何度もぺこぺこと医師たちにお辞儀をしている。郷田は自分はたいしたことはしていませんから、と言ってはいるが嬉しそうだ。それをぼんやりと見つめながら、絵瑠は不思議な喪失感を抱いていた。
「何か悲しいことがあった‥‥ような」
 けれども思い出せない。大事なことだったはずなのに。ぽろり、と涙が一粒こぼれた。


 それから五年。
「それにしても最近はおかしな病気がはやっているんですね」
 テレビキャスターの沢(七瀬紫音(fa5302))が、テレビ番組でそんなことを言う。
「眠り病。原因不明の昏睡状態に陥り、何週間も目覚めないというこの現代の奇病は、ストレス性のものなのかいまだに原因が判明していません。別名を眠り姫症候群というように、夢の世界に依存しているのでしょうか」
 テレビをちらりと見た絵夢はくすりと笑う。
「だから、私がいるのよ」
 キャスターは言葉を続ける。
「次の特集は都市伝説にもなっている『ドリームリサーチ』について、お送りしたいと思います」
 
 五年間で、絵夢は多くのことを知り、多くの人に接し、多くの夢魔を撃退してきた。
 『ドリームリサーチ』はいまだ伝説の存在だが、人々の心に根付いている。
「がんばるからね、姉さん」
 姉を救った日の誓いを忘れぬまま、絵夢は小さく頷いた。