白い約束アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 葵くるみ
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/19〜07/23

●本文

  昔から、たったひとつ。
  ぼくには、たったひとつだけ、足りなかった。
  ぼくはそれがほしくてほしくてたまらなかった。
  記憶の片隅にも残らない昔々。
  ぼくはそれを知っているはずなのに――

 ある、梅雨どきの夕方。
 気分転換に買い物にでかけていたぼくは、店を出ようとして、ちっと舌を鳴らした。
 ‥‥雨。
 急に雲が出てきたのだろう。ぼくはあいにくと傘を持参していなかった。
「‥‥傘、お持ちでないんですか?」
 うしろから声がして、ぼくははっと振り返る。
 白いワンピースに身を包んだ二十歳過ぎの女性が、優しく微笑んでいた。
 女性はぼくに折り畳み傘を手渡す。
「もしよかったら、使ってください。私の分は大丈夫ですから」
 ぼくが返答に窮したままでいると、女性はまたもにこりと微笑んだ。
「ありがとう、ございます」
 ぼくはその傘を受け取ることにした。女性にやましいところがなかったし、何より断ることの方が悪いような気がしたからだ。
 傘をさしてもう一度振り返ると、すでに女性の姿はなかった。

 これが、運命の出会いであるなんて、まったく知らずに――

 守りたかったもの、喪ったもの、それらが複雑に絡み合って。
 ぼくの、平凡な毎日は、その日から変わる。
 白い、約束とともに。

●ハートウォーミングファンタジー「白い約束」では、出演者・スタッフを募集しています。
 基本的なラインとしては、主人公である「ぼく」が「白いワンピースの女性」と出会い、そこから不可思議な出来事に巻き込まれ、「ぼく」が遠い昔に交わした約束にからめて物語が進む感じとなります。

●配役
「ぼく」(名前設定はご自由に・必須)
 平々凡々な大学生。幼いころに母親を喪っており、母親の記憶がない。性格はやや引っ込み思案。現在はアパートを借りて生活している。
「白いワンピースの女性」(名前設定はご自由に・必須)
 二十代半ばの女性。「ぼく」に何かと近づいてくる。いつも白いワンピースを身にまとっているため、「ぼく」はこっそりあだ名をつけた。(あだ名はご自由に)
「父」(名前設定はご自由に)
 「ぼく」の父親。40〜50歳代。辣腕のサラリーマン。息子である「ぼく」がのらりくらりとしているため、苛立ちを感じている。亡き妻のことは忘れられない。
 ほか、大学の同級生や、「ぼく」や「ワンピースの女性」、「ぼく」の母親などに関わる人物の追加はかまいません。

 皆さんの参加、お待ちしています。

●今回の参加者

 fa0756 白虎(18歳・♀・虎)
 fa1742 スティグマ(23歳・♂・狐)
 fa2605 結城丈治(36歳・♂・蛇)
 fa3159 妃蕗 轟(50歳・♂・竜)
 fa3566 だいふく(15歳・♂・狼)
 fa4941 メルクサラート(24歳・♀・鷹)
 fa5450 皇 流星(18歳・♂・一角獣)
 fa5820 イーノ・ストラーダ(23歳・♂・狐)

●リプレイ本文

「よかったら、この傘をどうぞ」
 そんな言葉を言い残して、ぼく――夏木太郎(皇 流星(fa5450))の前に現れた女性(メルクサラート(fa4941))。
 白いワンピースに身を包んだ、清楚な女性。
 忘れられない。
 何か忘れているような気がして、忘れられない。

●七月某日、昼
「あれ、夏木くん? 夏木くんったら、聞いてるの?」
 大学の昼休み。大講義室から動かずにぼうっとしていた太郎に、クラスメイトの西園れな(白虎(fa0756))が声をかけてきた。元気な彼女は、太郎がいつにも増してふぬけたような表情をしているのが気になって、尋ねる。
「何かあったの? もうすぐ前期テストなのにぼうっとして」
「実は‥‥」
 太郎は少し悩むと、先日のくだりをかいつまんで話した。始めは面白そうに聞いていたれなだったが、どこか楽しそうに話す太郎に呆れた顔を浮かべた。
「で、ぼくは幽霊とかじゃないかなって、そう思うんだ。見たことない人のはずなのに、なんとなく懐かしい気持ちになったしね」
「幽霊?」
 真面目な顔でうなずく太郎。一瞬の間を置いて、れなはけたけたと笑い出した。
「ぷっ、あっはっは‥‥もしかしてそれ、本気で信じてるの? そんなわけないじゃない」
 れなの笑い声に太郎は少し顔をしかめたが、やがて立ち上がると移動の準備を始めた。
「あ、ちょっと待ってよ」
 こんな突拍子もない話をすぐに信じるのもおかしな話だ。それよりも、とれなは別の話を切り出した。
「明日の講義、出るんでしょ?」
 ゼミの発表は太郎たちの番だ。その話を持ち出したのだが、太郎は小さく首を振った。
「ごめん、明日は用事があっていけないんだ。教授には伝えてあるから」
 その一言にれなは呆れ顔になる。
「そんな。でも、準備はしてよね」
 しかし太郎はれなの変化に気がつくことはなかった。
(「‥‥何か、何か約束をしたような‥‥思い出せない‥‥」)

「夏目さん」
 ちょうどそれとほぼ時を同じくして、太郎の父・夏目賢三(妃蕗 轟(fa3159))は数人の部下に声をかけられた。会社では出世街道からは外れてしまってはいるが、人情に篤いということで懐いてくれる者はかなりいる。ただ、それを愉快に思っていない人物も少なくなかった。
「明日の定例会議なんですが、休まれるって本当ですか?」
「ああ。君たちは確かまだこのセクションにきてから間もなかったね。うん、毎年この日は休みを取らせてもらっているよ。家族『四人』で過ごすのでね」
 社員の一人(スティグマ(fa1742))が悲鳴にも似た声をあげた。
「そんなあ。ぼくらが部長を苦手なの、知ってるじゃないですか」
 そんなことを言ってごねていると、後ろから咳払いが聞こえる。慌てて振り返ると、そこには真行寺三郎(結城丈治(fa2605))が立っていた。やり手で有望なエリート部長という彼からしてみると、賢三の存在は色々な意味で目の上のたんこぶだった。
「夏目くん、たしかこの間の書類のミスがまた直っていなかったよ。また取引先から苦情がきてね。とりあえず謝ってきてくれないか」
 嫌味たらしい口調で、真行寺が言う。慌ててデスクに戻る賢三を見て、部下たちはぼそぼそと言い合った。
「夏目さんはいい人なのになぁ」
「真行寺部長は夏目さんをリストラさせたいって言うのがもっぱらの噂だぜ」
 と、先ほどの社員がそういえば、と口にした。
「夏目さん、どうして毎年休みを、何ですか?」
 別の、もう少しキャリアのある者が、小さな声で答える。
「夏目さんの奥さん、もう十五年位前に亡くなっているんだよ。たしか、その命日じゃなかったかな」
 ああ、とさらに別の部下が合点がいったという顔でうなずいた。
「だから家族『四人』って言ったのか。夏目さん、確か三人家族だったよなと思っていたんだ」
 部下たちは家族思いの上司に、いっそうの尊敬の念を抱くのであった。

 その日の帰り道は雨。
「あの人に会ったのも、こんな日だった‥‥」
 太郎はそう思いつつビニール傘で帰宅する。
「あの日――あいつが死んだ日も、こんな雨が降っていたんだったな‥‥」
 賢三はそう思いながら、かばんに入った折り畳み傘をさっと取り出した。かなり使い込まれた物だ。
「明日‥‥会いに行くよ」
 賢三は呟いて、傘を開いた。

●母の命日
「太郎、太郎! 早くしろよ、今日は墓参りだろうが」
 電話の向こうでがなりたてているのは太郎の兄・一郎(イーノ・ストラーダ(fa5820))だ。母が亡くなったときにはすでに自分から何でも進んで行う兄だったが、いまだに面影を忘れることは出来ないらしい。毎年命日になると騒ぎ立て、一番長いこと墓石のそばにたたずんでいる。
「父さんたちは先に行くからな。盆暮れ正月バイトに明け暮れて、母さんにまともに顔も見せに行かないつもりか? 必ず来るんだぞ」
 父の険しい声も電話から聞こえる。
「‥‥雨が降りそうだな。昨日も雨だったし。傘の準備はちゃんとしていたほうがいいかもしれないぞ」
 一郎が釘を刺す。アパートから寺まで一時間弱、寺でもけっこうゆっくり滞在するので確かに携帯に便利な折り畳み傘が必要そうだ。
「かさ‥‥傘ねぇ‥‥」
 太郎はぼんやりと部屋を見渡したのち、机の上に転がっていた折り畳み傘を見つけた。あの白いワンピースの女性から借りたものだ。シンプルな白地の折り畳み傘。借り物だが、仕方がない。太郎はそれをぱっと手に取ると慌てて飛び出した。

「ごめん、遅くなった」
 結局、寺に着いたのは午後になっていた。天気も予想通りというか、暗い雨雲が空を覆っている。
 賢三たちと会うと、わずかに睨まれた。
「傘は? 持ってるんだろうな」
 そう言われて、太郎はかばんから例の折り畳み傘を出す。と、父の表情がわずかに変わった。
「それは?」
「借り物。ワンピース着た女の人に借りた」
「‥‥!」
 賢三は信じられないという顔で傘を見つめる。そして優しい声を出した。
「まだ傘はささなくていいだろう。‥‥太郎」
 賢三はゆっくりと静かに声を出した。
「昔話をしよう。‥‥母さんが亡くなったときのだ」

●傘とワンピースと約束と
「十五年前のあの日は、今日みたいな梅雨空だった」
 賢三は空を仰ぎながら言う。
「あの日、忘れているだろうが‥‥お前は迷子になってね。街中でうろうろとしていたらしい。母さんは一生懸命になって探して、そしてお前を見つけた」
 ――白いワンピースに、折り畳み傘を持って。
「――そして、そのワンピースを着て友人に会いに出かけた帰り‥‥母さんは死んだ。事故だ」
 賢三が呟く。
「詳しいことはきっと母さんが教えてくれるだろう。ほら、あそこに――」
 母の墓石の前。
 そこには白いワンピースを纏った、年若い女性が立っていた。

「母さん!」
 一郎が駆け出す。心の奥に押し込めていた慕情が一気にあふれ出したのだろう。
「かあ‥‥さん?」
 太郎は驚きを隠せない。いつも仏壇に飾られている遺影よりもうんと若い姿だからだ。
 ワンピースの女性――母は、優しく微笑むと口を開けた。
「久し振り、賢三さん、一郎。太郎はこの間ぶり」
 ポツリ、ポツリと地面にしみこむように、空から雨粒が落ちてくる。
「なんとなく‥‥我慢できなくなっちゃってね。あなた達に会いに来たの」
 そう言うと、母はそっと太郎と一郎の頭をなでた。
「背もすっかり伸びちゃって。大人らしくなって」
 そして、賢三の方をすっと見た。
「‥‥あららぎ」
 あららぎというのは、母の名だ。賢三もやはり驚いているのか、声がやや上ずっている。
 母は、くすっと笑った。
「天国でも、あの傘‥‥大事にしてくれていたんだな」
「ええ。あなたにもらった、大事な思い出だから」
 賢三は自分のかばんからそっと折り畳み傘を取り出す。それは、太郎が今もっているものの色違いであることが見てとれた。
「太郎」
 母に名前を呼ばれ、太郎ははっとする。
「約束、覚えている?」
 約束――。太郎は懸命になって、記憶をたどる。

  『今度、お母さんが雨で困ってたら、ぼくが傘を持ってくるね』
  『ありがとう太郎。でもね、迷子にならないでね?』

「傘‥‥?」
 太郎が遠慮がちに呟くと、母は嬉しそうに笑った。
「覚えていたのね。そう、太郎と最後に話した約束」
 そうだ、確かに約束があった。太郎はそっと、広げた折り畳み傘を母に渡す。
「ありがとう」
 その言葉を残して、傘と母は――笑顔を浮かべて消えた。
 何事もなかったかのように、雨が降り続いていた。

●そして‥‥
「ふーん。じゃあ、お母さんだったんだ」
 れなは笑った。
「見たことないとか言ってたくせに。一番身近な人じゃない」
「だって、ぼくだってまさか母親だとは思わないよ」
 太郎は必死に弁解する。
「ま、よかったじゃない。もやもやも晴れて」
(「私のもやもやも晴れたけどね」)
 れなは心の中で呟く。
「でも、この間は‥‥ごめん、馬鹿にしたりとかして」
「いいよ、気にしてない」
 太郎は少し笑った。
「じゃあ‥‥今日一日、私がお母さん代わりになってあげる。だから‥‥甘えていいよ。私をお母さんだと思って‥‥ね?」
 その瞳には、慈愛の光。母性の光。
「‥‥うん」
 太郎は小さくうなずく。

 ここから先は、また別の話。