トクベツな夏休みアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
葵くるみ
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/23〜07/27
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●本文
「あっつーい‥‥」
夏らしい涼しげな格好をした少女が一人、寂れた駅に降り立った。
遠くから聞こえるセミの声。遠くに見える、真っ白い入道雲。影がひどく黒い。
少女の手には大きなトランク。‥‥一見、避暑にでも来たかのような風体。いや、実際彼女は避暑目的でこの田舎町にやってきたのだ。遠縁の家にしばらく厄介になることになっている。
「たしか、迎えにくるっていってたわよね‥‥」
駅前で、少女はぐるりと辺りを見回す。それらしい人影は見当たらない。まるで時間が止まっているかのように、人の気配が感じられない。空気はねっとりと少女にからみつく。風がないのだ。
――と、少女はそのとき、不思議なものを見た。いや、普通なのかもしれないが、そのときの少女には不思議に思えたのだ。おそらく暑さのせいで頭が回っていないためなのだろう。
それは白い和服を着た、幼稚園児くらいの小さな女の子だった。そんな子が、足音も軽やかに目の前をするりと通り過ぎ、そして雑貨屋らしき店舗の脇を曲がって、視界から消えた。
この風景にそぐわないような気がして、少女は慌てて追いかけた。
少女の消えた角を曲がると、そこには誰もいなかった。
腑に落ちない表情で少女は周囲を見渡す。さっきの子はどこかの家に入ったのかもしれない、でもそうではないかもしれない。
(「気のせいだったのかしら?」)
そう思い、少女が振り返ろうとしたとき。
みゃあ。
すぐそばで、そんな声がした。よくよく見ると、白い毛並みの猫がいた。大きくはない。ただ‥‥尾の先が二股になっている。
「?!」
少女は呆然と口を開けたまま。しかしそんなことは気にしていないのだろうか、猫は今度は流暢な日本語で、言った。
「いらっしゃい、『勿怪町』へ」
童女めいたかわいらしい声で挨拶され、少女は言葉を失うしかなかった。
●夏休み向けアニメーション「トクベツな夏休み」のキャスト募集です。
「少女」(名前はご自由に・必須)
都会育ちの少女です。年齢は中〜高校生くらい。事情(この設定は自由に)があって親類のいる『勿怪町』(もっけちょう、と読みます)に避暑目的にやってきた。少女の滞在予定は一週間。
「猫又の童女」(名前はご自由に・必須)
文字通り猫又の少女。人間に化けることも可能である。その場合の見た目は5〜6歳の女の子。ただ、猫又という猫の年経た妖怪であるため、発言はやや大人っぽい。
他、オープニングには登場していませんが、少女の親類一家や勿怪町の住人(他の『人でない存在』)を演じてくださる方も募集。
他に必要と思われるキャストはどんどん取り入れてかまいません。
●補足説明
『勿怪町』(もっけちょう)は人間と、いわゆる妖怪などの『人でない存在』がともに暮らしている奇妙な町です。ただし、普通に見ただけではひなびた田舎町です。主人公の少女はその非凡な勿怪町を垣間見たということになります。
ストーリーの基軸は何らかの理由でやや頑なになっている少女の心を勿怪町の住人たちがほどいていくという形になると思います。
是非皆さんの力で、ハッピーエンドを迎えましょう。
参加、お待ちしています。
●リプレイ本文
●ようこそ、勿怪町へ
「よう来たなあ、歩ちゃん」
電話の向こうで何度か聞いた声が聞こえて、歩(姫乃 唯(fa1463))ははっとした。顔を上げると、人のよさそうなもんぺ姿の女性が笑っている。
「‥‥ミネおばさん?」
「やあなあ、他人行儀で。もっと気楽になり。さ、それよりも早うおいで。みんな待ちわびとる」
そう言うと、ミネ(エマ・ゴールドウィン(fa3764))――歩の大伯母は、また笑う。よく見るとやや古風な車が止まっていた。運転席には、誰もいない。
「ミネさんが、運転してきたの?」
歩がそう尋ねると、一瞬目を丸くしたミネが笑い出した。
「歩ちゃんはこの町を知らないんじゃね。こりゃあベンさんちゅうて、町でも働き者の‥‥と、ましろさんも迎えに来たんかい?」
ミネは、歩の足元にいる真っ白い猫――猫又(笹木 詠子(fa0921))――に視線を向けて尋ねる。猫はごくごく当たり前のように首を伸ばし、そしていった。
『ミネ、この子じゃろ? おんしの言うてたツネの孫言うんは。忙しいかと思うて迎えに来たんじゃが』
「ましろさんはありがとうなあ。この子はしばらくうちにおるから色々頼めるかい? 歩ちゃん、これはましろさんちゅうて、町でも長老格なんよ。なんかあったら相談するとええ」
そこまで言うと、ミネはまた笑う。
「暑いじゃろ。とりあえず家に行こう。スイカ冷やしてあるでな」
そう言ってクラシックカーのドアを開ける。するりとましろが乗り込み、歩も戸惑いながら乗り込んだ。ミネは助手席。ドアを閉めると、車はひとりでに、静かに動き出した。
『ベンさんは付喪神の一種じゃよ。おんし、知らんのかえ?』
ましろが童女の姿になって笑う。こう何度も不思議な光景にぶち当たると、さすがに感覚も麻痺してくる。とりあえず、歩はぎこちない笑みを浮かべるしかなかった。
●出会いと出会い
――私、がんばって勉強したよ。
――私、がんばって、第一志望に入ったよ。
――でも私‥‥この先どうすればいいの?
ミネの家で彼女の孫・望(ジュディス・アドゥーベ(fa4339))を紹介され、スイカを食べると、だいぶ混乱はおさまってきた。望は同い年だというが、都会育ちの歩から見るとそのセンスはどうしても泥臭い。東京に憧れを持っているということで、色々と質問攻めにあった。
「望。あんたせっかくだし、歩ちゃんと町をまわって案内し立ったらどうじゃね」
ミネがまたスイカを持ってきて、優しく笑う。
「子どもは外で遊ぶもんじゃ」
「うん。歩ちゃん、行こうか」
歩はうなずく。でもスイカはどうしようかと思っていると、ミネは奥の和室にそれをそっと運んだ。
「蛍ちゃん。スイカじゃよ、食べんかい?」
たしかこの家に今は二人だと聞いていたのだが、まだ誰かいるのだろうか。見ていると、おかっぱ頭に緋い着物を見につけた童女(各務聖(fa4614))がすっと現れてスイカを受け取っていた。嬉しそうにスイカを食べている。
「ああ、あれは座敷童の蛍ちゃん。うちに住んでるの」
望はあっけらかんとそう言う。彼女も『人でない存在』との共存をごく当たり前に感じているようだ。
「東京にはこんな、お化けとか妖怪とか、昔話でしかないよ?」
「ここは特別だから。もうすぐお祭りもあるし、きっと人も妖怪もいっぱい来るよ」
望はそう言って笑った。
「あっれぇ、望。その子は?」
そう声をかけてきたのは、大正浪漫な衣装を着た、同い年くらいに見える少女(豊田そあら(fa3863))。木の上にいる図は、ひどく時代錯誤だ。
「ああ、茜。親類の歩ちゃん。しばらくうちで預かるの。歩ちゃん、この子は茜」
望がそう言うと、
「歩ちゃん、だっけ? あたしは狐の茜。この町の人気者、茜ちゃんだよ」
茜と名乗った少女はひょいと飛び降りてぴょこんと狐耳を出して見せ、表情が強張っていたのだろう歩の眉間をつんとつついた。
「そんなおっかない顔しない。幸せもにげちゃうよ?」
「う、うん‥‥」
茜の突然の行動に、歩は思わず身じろぎしてしまう。
「そうだ。他の仲間も紹介しなくちゃ。祭りまではいるんでしょ?」
「‥‥多分」
じゃあ、あたしも付き合うとばかりに、茜は一緒に歩き出した。
「でも――なんで、勿怪町に?」
茜の問いに、歩は寂しそうに笑う。
「都会に疲れちゃって。少し休んだ方がいいってすすめられたの」
「そっか。あ、すねこすりー!」
質問は中途半端に終わる。と、茜はなにやら小犬のようなもの(大曽根千種(fa5488))を呼び止めた。
『なに、茜。おいしい木の実でも見つけたのー? あ』
その犬っぽい何かはごく当たり前にしゃべる。
「それ、なに?」
「すねこすり。気のいいやつだよ」
紹介された妖怪は、きゅい、と鳴いて歩のすねに体をじゃれ付かせた。愛情表現らしい。
『そういえばさっきまで智もいたんだよ。あっちの方に行っちゃったけど』
すねこすりの発言に、
「智には、まだ歩ちゃんを会わせたくないんだけど‥‥」
望が戸惑いの表情を見せた。しかし茜はどこ吹く風。すねこすりにどちらへ行ったか確認している。
『あっち』
「ありがとね、すねこすり。じゃあ、いこっか」
茜はうれしそうに歩き出した。と、ひょろりとした青年(藤井 和泉(fa3786))が前を歩いている。あれが智だろうか。
「智ー!」
茜が声をかけた。歩はまだ少し及び腰だ。
「あ、茜に望。そっちは‥‥ふうん、望の親戚か」
茜も望も、歩ですらまだ名乗っていないのに、そう言って智と呼ばれた青年は一人ごちる。
「‥‥東京から逃げてきたの?」
智の発言に、歩は凍りつく。何でそんなことを、という驚愕の表情。
「‥‥望ちゃん、いこ」
歩は硬い表情のまま、すたすたと足を動かし始めた。
●心の闇、心の光
――疲れたの。
いつだったか、母に言った言葉。
――勉強、勉強、勉強。私、何したらいいのか、自分でわからない‥‥!
何度も泣いた。親に怒りをぶつけた。
そして、――勿怪町で身体と心を休めることをすすめられたのだ。
それなのに。
(「何であの智って子は、わかったんだろう」)
夕食後。ミネの作った梅シロップのカキ氷を食べながら、歩はそんなことを思う。
家族全員――ましろや蛍もいる――で囲んだ食卓はひどくおいしく感じた。
「‥‥歩ちゃん、智に会ったんだって?」
話しかけてきたのは、蛍だ。おとなしそうな顔つきをした童女は、他のものが聞きづらそうにしていることを無邪気ゆえに問いかけてくる。
「うん‥‥」
「あの子ね、悪い子じゃないの。サトリだから、しょうがないの」
「さとり?」
「人の心を読んじゃう物の怪よ。だから、町の人間には自分から近づかない」
悪い子じゃないんだけどね、と望が付け加えて言う。
「‥‥とりあえず、しばらく様子を見よう?」
「――うん」
歩はあいまいにうなずいた。
それから数日は平和だった。
歩はなるべく智を避けるように心がけ、町の奇妙さにもだいぶ慣れてきた。祭りも近いということで、その準備を少しずつ手伝うようにもなった。
そして、自分を何度も見つめなおした。ここの空気と水にたくさん触れ、自分でもなんとなく自信がついてきた。そんな時、
「‥‥歩ちゃん?」
四日目の午後。智に、声をかけられた。
「――あの時はごめん。勝手に、心を読んで」
誰だって知られたくないことはあるよね、そう言って深く礼をする。
「そんなことない‥‥逃げてきたのは本当だし。でも、今は少し大丈夫」
「そうみたいだね。それがわかったから、声をかけたんだ。――強いんだね」
また心を読んでごめん、と言う智。しかし、今はそれもなんだか笑って飛ばせそうだった。
「そういえば、もうすぐ祭りだね。行くの?」
「うん、ミネさんに勧められてる」
「そっか。ここの祭りは楽しいよ」
智は、初めて歩に笑顔を見せた。優しい笑顔だった。
●祭りの夜
六日目の夕方。
太鼓の音が町の奥、神社から聞こえる。
「うわあ、歩ちゃんかわいい!」
望が歓声を上げる。望の母が若い頃に着ていたという藍染の浴衣を着付けてもらい、祭りの準備は万端だ。
「行こうか、みんな」
歩が明るい声で言った。勿怪町に来た頃とは段違いに元気になっている。それを見て、ミネとましろは安堵していた。
「よかったなあ、歩ちゃん」
「祭りの準備も手伝っていたしの」
ミネはにこにこと笑っている。ましろも童女の姿となり、微笑んでいた。
「じゃあ、行ってきます」
留守番役のましろにそう言って、少女たちはいそいそと出かけた。
「そういえば、明日帰る予定なんだっけ?」
祭りの場で望が尋ねる。歩は小さくうなずいた。
「次は望ちゃんが遊びに来てよ。大歓迎だから」
少女二人は微笑みあう。と、町で出会ったさまざまな物の怪たちが歩を囲んでいた。
「帰っちゃうの?」
「うん。もともと一週間の予定だったし」
「歩ちゃん、忘れないでね?」
「うん。忘れたくても忘れられないよ、こんなこと」
歩はくすっと笑う。そして、一歩引いたところからじっと見つめている青年――智に声をかけた。
「智くんもありがとう。まだ私、頑張れる」
智は少し頬を赤くしている。
「みんな、ありがとう。本当に、ありがとう」
人の心の優しさに触れて、歩は少し成長した。勿怪町の面々は、そんな歩を心から応援している。歩は嬉しくて、思わずポロリと涙をこぼした。
歩の一週間が終わる。けれどそれは、彼女の新たな世界の始まりでもあった。