知らない記憶アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
葵くるみ
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/31〜08/04
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●本文
――その日はひどく暑かった。
ぼくはぼんやりとした頭のまま、空を見つめていた。
‥‥ぼんやりとしたままで、動けずにいた。
気がつくと、そこはバス停だった。駅前の、ロータリーというやつだ。
「あの」
ぼくはそばにいた老人に問いかける。
「新聞、見せてもらえませんか」
無言で差し出されたそれには、――自分が思っているよりも、五日あとの日付が入っていた。
そう。ぼくは五日間の記憶を失っていた。
クラスメイトの由梨に、告白した日。その日はたしか終業式で、ぼくは白い開襟シャツに黒いズボンという制服姿だったはずだ。
今は、ごく普通のTシャツに、ジーンズと言ういでたち。しょっちゅう着ているお気に入りだ。
「‥‥どうして」
ぼくはごくりとつばを飲む。
「どうして、この五日間、記憶がないんだろう」
他に何か手持ちのものを探してみる。と、ポケットに小さなガラスの小瓶が入っていた。
これまた記憶にない。
ふと思って中を透かし覗く。きらきらとした水晶のようなものが入っているようだった。
何でこんなものが?
と、その瞬間、ひどいめまいに襲われる。
『ごめんね、本当にごめんね。忘れない。あたし、絶対に忘れない』
響く少女の声。お日様のにおい。
ぼくは、大事な何かを失ってしまったのだろうか?
●ドラマ「知らない記憶」の出演者およびスタッフを募集します。
今回の収録では主に『失われた五日間の記憶』を担当します。
登場人物
ぼく(名前は適宜・必須)
高校生。何らかの理由で一学期終業式から五日間の記憶が抜け落ちている。
同じクラスの由梨(下記参照)に恋心を抱いていた。謎の水晶のかけらの入った小瓶を現在所有している。
由梨(苗字は適宜・必須)
主人公である『ぼく』のクラスメイト。母性を感じさせる微笑みが愛らしい。
『ぼく』の失われた五日間に、何らかの理由で関わっている。
他、必要と思われる役(友人・家族など)の追加は自由です。
物語の流れとしては、記憶を失った『ぼく』が何らかのきっかけで記憶を取り戻し、その後は主に回想シーンとなると思います。
皆様の参加、お待ちしています。
●リプレイ本文
●消えたもの
「‥‥どうして、僕はここに?」
ぼく――緑山一登(ウォンサマー淳平(fa2832))は周囲を見渡す。
なんてことのない、ごく当たり前の日常。空が高い。
それなのに、何かが抜け落ちている。
ぴりりりり。
携帯の着信音で、一登ははっとポケットに手を突っ込む。着ているのはこざっぱりしたTシャツにズボンだ。そのズボンのポケットに、いつも携帯を入れている。
「もしもし」
「あ、一登。なにやってるのよ、まったくもう」
はきはきしたその声は、水泳部のマネージャーである千葉さくら(武越ゆか(fa3306))だ。一登は安堵したようにひとつため息をつく。
「なにそんなため息ついてるのよ。それよりも、なにしてるの? 今どこ?」
矢継ぎ早の質問に、一登はやや気圧される。バス停にいると告げて、
「どうしてここにいるかわからないんだ」
そう言うと、さくらは呆れた声を出した。
「なに? もしかして由梨の‥‥」
由 梨 ?
その瞬間、一登の頭が割れるように痛み出した。ワスレテシマエワスレテシマエワスレテシマエと頭の中でぐるぐる響く声。そして、一登は絞り出すような声で、尋ねる。
「由梨、って?」
それだけ言うと、一登はわけのわからない痛みに思わずうずくまる。立っていられない。顔は真っ青だ。
「ちょっと、君、大丈夫?」
そばに居合わせたボーイッシュな少女(紗原 馨(fa3652))が、慌てて助け起こした。
遠くで、救急車のサイレンが聞こえる。それは一登の耳の中で、こだまする。
●彼女の声
『ごめんね、本当にごめんね。忘れない。あたし、絶対に忘れない』
そう言って、意識を失った少女(湯ノ花 ゆくる(fa0640))がいる。
その言葉に絶望して、記憶を絶った少年がいる。
二人は出会っているのに、すれ違う。
それは少し前のこと。
「お姉ちゃん、さっき、すごく嬉しそうだったねー」
少女――由梨の妹、蓮(月見里 神楽(fa2122))が、そわそわと声をかける。由梨は上機嫌でうなずいた。
「今度初デートなんだ」
「うわ、お姉ちゃんやったー! 楽しみなんだ?」
妹の言葉に、当然とばかりに微笑む由梨。
その笑みが消えるなんて、誰が思うだろう。
それとほぼ同刻。
「っしゃあ!」
一登は自室でガッツポーズを決めていた。隣の部屋にいた弟の繁(藤拓人(fa3354))が
「兄ちゃんうるさいよ。なにしてんの」
と呆れ顔だ。
「夏休みはきっといいことがあるぞー!」
一登はにやりと笑うと、すぐに携帯でメールを出した。
『さくらへ とりあえず由梨をデートに誘えた。やったぜ! ありがとな!』
一登と由梨の架け橋になってくれたさくらに、感謝のメールだ。やっぱりこういうものがないと、人間関係は悪化する。
その記憶が封ぜられると、誰が想像しただろう。
●暗黒の日
その日は、ひどくいい天気だった。
空には入道雲。抜けるような青空。夏本番といった天気。
「じゃあ、行ってくるね」
「お姉ちゃん、気合はいってるぅ」
由梨は清楚なワンピースを身につけて、照れくさそうに笑う。蓮はそれが微笑ましくて、つい姉をからかっていた。
「彼氏さんによろしくねー!」
蓮は笑いながら手を振った。姉の初デートの行き先は映画館らしい。さすがにデバガメなどは考えていないけれど、つい見守りたくなる。
「‥‥あたしが後ろについていっても、多分気がつかないよね」
蓮はにやっと笑った。
いっぽう一登はというと。
「えーとえーと、財布は持った。一応定期も持った。あ、ハンカチとか持ってないと」
‥‥自分を少しでも良く見せようと一生懸命だ。
お膳立ての手伝いはさくらにしてもらったが、さすがにこういうことは自分できっちり決めないとだめだ。
ばたばたと支度をすると、時計を見て慌てて出発した。
このままだと、初デートだというのに遅刻してしまいそうだ。
由梨はにこにこしながら待ち合わせのロータリーを目指す。
その少し後を、蓮がこっそりついてきていた。今のところ、気付かれていない。
(「お姉ちゃん、本当に嬉しそうだなあ」)
そんな姉を見て、蓮もにこにこしてしまう。
その時だった。
派手なクラクションの音。
ハンドルを切り間違えたと思われる乗用車が、由梨めがけて突っ込んでくる。
由梨は恐怖にかられ、その音に怯え、そして一歩も動けない。
「お姉ちゃん、逃げてー!」
蓮が叫ぶ。けれども、動けない。
そして‥‥惨劇は、起こった。
待ち合わせのロータリー。
一登は腕時計をちらちらと見ながら、待ち合わせ場所に立っていた。
(「由梨、遅いな‥‥」)
どきどきと高鳴る心臓がうるさい。
けれど、いくらなんでも遅すぎないだろうか。
「‥‥むこうで‥‥自動車‥‥」
「女の子が‥‥」
そんなときに聞こえてきた、ぼそぼそという声。事故があったらしい。
(「まさかね」)
そう思っていた矢先。
「あ、あなたが一登さん?」
ぜいはあと息を切らせて、まだ幼さの残る少女が近づいてきた。少女――蓮は、泣きながらしゃがみこんだ。
「お姉ちゃんが‥‥由梨お姉ちゃんが事故に遭って‥‥! うわああん‥‥!」
遠くから聞こえる救急車のサイレン。あの音の下に、大好きな少女がいることを一登は知った。
●手渡されたもの
救急病院は、駅からほど近いところにあった。
蓮と一登は慌ててそちらに向かう。連絡を受けたのだろう、さくらも少し遅れて現れた。
「大丈夫なのかな‥‥」
心配そうな声を出すさくら。一登は椅子に座り込んで動けずにいた。
(「ぼくのせいだ」)
恐らくみなは否定するだろう。しかしそう思わずにいられなかった。
と、たんかで由梨が運ばれてきた。由梨はうっすらと目を開け、涙を浮かべている。
白いシーツに覆われていても、垣間見える腕や顔は痛々しかった。
「お姉ちゃん!」
「由梨!」
蓮とさくらの声が届いたのだろう。由梨の口元がわずかに動く。
「かず‥‥と、くん」
苦しいはずなのに、声を押し出す由梨。震える手で、小さな小瓶を差し出す。
「ごめんね、本当にごめんね。忘れない。あたし、絶対に忘れない‥‥」
その手が、だらりと垂れ下がった。意識が途切れたのだろう。それを見た少女たちは思わず息を呑んだ。
「緊急手術なので、皆さんはおとなしくしててね?」
看護婦(七瀬紫音(fa5302))が、なだめるように言う。
そのままたんかは、手術室に吸い込まれていった。
「お姉ちゃん‥‥」
蓮は、涙をいっぱいにためていた。
●そして、今
『一登、まさか忘れたなんて馬鹿なこと言わないでしょうね?』
携帯の向こうのさくらの声が、まだ聞こえる。
『そんな薄情もんだと思わなかった』
そういわれても、記憶の中から『由梨』という存在が綺麗に抜け落ちている。‥‥いや、封じ込められている。さっき、サイレンを聞いたときにフラッシュバックしたのは、なんだったのだろうか。
痛々しい姿をして、手術室に入る少女。
『忘れない』と言い残して消えた少女。
自分は忘れてしまっているのに。
『とりあえず、病院に一度くらいこないと。ばか一登』
思いっきり馬鹿にされて、電話は一方的に切れた。
「‥‥」
一登は呆然としていたが、確かにこのままでも始まらない。
「よくわかんねえけど、行くか」
数日前。
「兄ちゃん、手紙が届いてるよ」
繁から渡された封筒は、なにやら立体が入っているようでずんぐりとしている。
いぶかしみながら封を切ると、小さな小瓶と綺麗な便箋が一枚、入っていた。
『一登くんへ。
心配かけてごめんなさい。でも、今は何とかなったみたい。
まだ面会謝絶だから、看護婦さんに出してもらうように頼みました。
ごめんね。約束の映画は、また元気になったら』
少しよたついた文字で書かれた手紙。差出人がわからなくて、放置していた手紙。
ただ、瓶は気になって身につけていた‥‥
ポケットの中の感触を確かめて、そして一登は歩き出した。
●遅れてごめんね
病院に着いたとき、そこにはさくらが待っていた。
「まったく、友だち甲斐がないんだから。彼女に嫌われても知らないよ?」
さくらはそう言って苦笑する。そして、
「こっち。面会謝絶、とけたから」
そういわれて連れてこられたのは、小さな個室病室だった。
「あ、さくらさん。一登さんも」
病室にそっと入ると、蓮が出迎えた。
「今お姉ちゃん、寝たところなんです。だから、静かに」
そう言って見えたのは‥‥由梨の静かな寝顔だった。だいぶ落ち着いているのだろう、呼吸も安定している。
「‥‥ゆ、り?」
そっと、声をかける。その瞬間、流れ込む数々の記憶。
「由梨‥‥!」
一登は、涙をぽろりと零した。と、それがわかったのか、少女はゆっくりとまぶたを開く。
「一登くん‥‥!」
由梨の目にも涙が浮かんでいる。
「ごめん、由梨‥‥ぼくは弱いから、君の悲しい事故を忘れてた。君の存在も、告白したことすらも」
「‥‥」
「だから、今度こそ。好きです。決して忘れないくらいに‥‥!」
記憶を封じた少年は、それをのり越えた。
生命の危機に陥った少女は、それをのり越えた。
これからは二人、生きていく。
手を取り合って、一歩ずつ。