鈴の音が聞こえるアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
葵くるみ
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/04〜09/08
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●本文
ちりん。
風の音に乗ってだろうか、小さな鈴の音が聞こえた。
「ねえ、何か聞こえなかった?」
ちさとは周囲にいたクラスメイトたち数人に尋ねる。少女たちは顔を見合わせて、そして首を横に振った。
「おかしいな、確かに聞こえたんだけど」
ちさとは首をひねるばかり。
少しばかり古めかしい家に住むちさとは、いわゆる三世代住宅だ。
最近めっきり歳をとってきたけれど元気なおばあちゃん。
怒ると怖いけど優しい、パパとママ。
いたずら好きなちさとの弟。
そしてちさと。
家族はいつも明るくて、元気で、幸せそのものって感じだった。
「ただいまおばあちゃん!」
ちさとはランドセルを自室に置くと、和室のおばあちゃんの元へいく。いつもの日課だ。
「ああ、よく帰ってきたねちさとちゃん。変わったことはなかったかい?」
「うん、特にないけど‥‥あ、そういえば」
ちさとはおばあちゃんに、先程聞こえた鈴の音の話をした。するとおばあちゃんは少し困ったような顔をして、そしてちさとに言った。
「それは多分、山神さまのおつかいの音だねぇ」
「やまがみさま?」
聞きなれない言葉に、ちさとは首をかしげる。おばあちゃんはゆっくりと話し出した。
「あの向こうに見える山には天狗さんが住んでるんだよ。天狗さんは山神さんだ、この町をうんとうんと昔から見守ってきたんだ。そして時々、気に入った子どもを連れて行ってしまう」
「連れて行かれた子どもはどうなるの?」
「たいてい数日後にはひょっこり現れるんだけど、その数日間の記憶を失ってるんだ。神隠しってやつだよ。きっとちさとちゃんがかわいいから、見初められたんだねぇ」
おばあちゃんはにこにこと微笑む。ちさとは不思議そうな顔するばかり。
そして、その翌日――ちさとは、姿を消した。
警察による捜索などもあったけれど、わからないまま三日が過ぎて、そして四日目の明け方にふいと戻ってきた。忽然と家の前に現れたのだと言う。
手に美しい朱塗りの盃――まるで三々九度の盃のような――を持ち、姿かたちはそのままで。
事件の真相はちさとは誰にも語らなかった。だから、本当は何が起きたのかわからない。けれどもなんとなく沈んだ感じじゃなくて、少し大人びた笑い方もするようになって。
おばあちゃんは尋ねる。
「ねえちさとちゃん。何があったのか、おばあちゃんにだけ教えてくれないかい?」
●アニメーション「鈴の音が聞こえる」では、『ちさとが消えた三日間』パートを担当してくださる声優、およびスタッフを募集しています。
ちさと‥‥必須。小学校中学年〜高学年。女性。
愛嬌のある顔立ちをした少女。三日間神隠しにあう。神隠しの間、どこで何をしていたのかは不明。今回はその「どこで何をしていたか」についてのシーンです。
おばあちゃん‥‥必須ではありません。六十歳代、女性。
ただし「以前にあった、似たような神隠し事件を知っている」数少ない人間であり、ちさとの行方不明も神隠しだと信じています。狂言回し的な一面があります。
山神さま‥‥必須。年齢不詳、男性。
ちさとの住む町からほど近いところにある山の支配者です。どこかで見かけたらしいちさとを気に入った様子。
おつかい‥‥必須。妖怪ですが、正体はご自由に。本当の名・年齢・性別不問。
山神さまのお使いとして町と山を行ったりきたりしています。けっこうこき使われているようです。身体のどこかに鈴をつけています。
物語は基本的にハッピーエンドです。少女のほんの少しの成長と、淡い恋心をメインにしてください。
では、皆さんの参加、よろしくお願いします。
●リプレイ本文
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「‥‥あれ? また鈴の音?」
ちさと(姫乃 唯(fa1463))はくるっと振り返ってあたりを見回す。けれどそれらしき人影はない。
そういえば、とおばあちゃん(鈴木 舞(fa2768))に教えてもらったこのあたりの昔話を思い出した。鈴を持ったあやかしが、町で気に入った子どもを見つけさらってしまうのだと言う――。ちさとはぶるっと震える。小走りに足を動かし、そこから逃げようとする。と、声が聞こえた。
「逃げないでですにゃ〜」
可愛らしい女の子の声だ。振り向くと先程まではいなかった、着物を着た少女(ルージュ・シャトン(fa3605))が笑っている。‥‥首元には、鈴をチョーカーのようにつけて。
「だれ?」
そう尋ねると、笑って少女が言った。
「おつかいですにゃ、ちさとちゃん」
首元の鈴がちりんと鳴る。ちさとはどきりとしたが、どうしたらいいのかわからない。
「山神さまがお呼びですにゃ。来てくれる‥‥ですにゃ?」
じっと見つめられ、ちさとには頷くことしか出来なかった。
●
「ただいまですにゃ」
少女――鈴という名前だそうだ――が何かの魔法を使ったのか、気がつくとそこはすでに緑豊かな森の中だった。そして少女は、平気な顔で森をずんずん進んでいく。
「ここ、どこ‥‥? おうちに帰りたいよ‥‥」
ちさとは震えながらそろそろ後ろをついていく。と、
「ばあ!」
と天狗の面が、いや天狗の面をかぶった何者かがふってきた。
「玲矢! そんな遊んでにゃいで、ちさとちゃんを手伝ってあげるにゃ! 背中の翼は偽ものにゃの?」
そう言われると、玲矢(月見里 神楽(fa2122))と呼ばれた‥‥少年(?)は天狗の面をはずす。そこにあったのは、中性的な顔立ち。山伏の姿で、背中には翼。鴉天狗というやつだろうか?
「違うよ。鈴殿が遅いから様子見によこされたの」
ぷうっと膨れている様は子どもらしくかわいらしい。少し、ちさとの暗い気持ちが晴れた。笑顔が浮かぶくらいには。
玲矢はとりあえず、というと、手元に隠していた小さな羽扇を二三度はためかせる。ぐるんとつむじ風が三人をおおい、まばたきをした次の瞬間にはさらに森の奥深くと思われる場所――更にうっそうと生い茂った昔からの森にたどり着いていた。
「おお、きたか。鈴も玲矢もご苦労だったな」
と、嬉しそうに一人の青年(山南亮(fa5867))が三人に近寄ってくる。凛としたまなざしに古風な狩衣姿、彼こそが山神なのだろう。
「ちさとと言うたか。よくきたな、この山に。私は太郎丸と言う。しばらく、ここにいてくれないだろうか。きっとここを気に入ってくれると思う」
切れ長の瞳、いわゆるしょうゆ顔の青年は微笑む。そうやって微笑まれるのって、反則だなあと思いつつ、ちさとは頷いた。本当は、まだ少し怖かったけど。
「山神さまが人間の子を連れてきたんだって」
「まだ若い女の子だって」
「どうするのかな」
あやかしたちがひそひそと話し合っている。鈴は『気にすることないですにゃ』と笑っていたが、気にならないはずがない。遠巻きに見つめられ、噂をされる身にもなって欲しいと思うが、そんな鈴は今はとてとてと猫の姿で歩いている。聞くと、彼女は猫又というあやかしだという。年経た猫が化けるものらしいが、精神的にはまだまだ幼そうだ。
「‥‥ねえ鈴、玲矢、その子がうわさの子?」
ぱたぱたっと言う音とともに何人(本当に人なのかは大いに怪しいが)かのもの達が近寄ってきた。同い年くらいの一人は狐の面をつけて絣の着物をまとった‥‥少年だろうか? あと、中高生くらいの緑の着物を着た森の精のような少女(芳稀(fa5810))と、妖艶な感じのお姉さん(椎名 硝子(fa4563))。よく見ると耳が羽のようになっている。
ちさとが震えても仕方がないというものだ。
「ああ、震えてる。いじめちゃダメよ」
緑の着物の少女がフォローに回る。羽のような耳を持つ女性はくすくすと笑って、
「大丈夫よ、食べたりなんかしないから」
いたずらっぽい声だ。
「‥‥山神さまも人間を入れるなんて、時々何を考えてらっしゃるのか、僕にはわかんないよ」
狐面の少年(倉瀬 凛(fa5331))は明らかに歓迎という声色ではない。と、こつんと少年の頭に拳骨がふってきた。
「こら。紺ってば、またそんなこと言って」
「だって、人間はいつだって傲慢でわがままで、自分の都合に合わせて山をなくしてしまったりして‥‥! ミノリだって同胞をいっぱい殺された癖に!」
コロス。‥‥殺す?
紺というらしい少年の不穏な発言に、一瞬固くなる。が、その場を和ませてくれたのはもう一人の女性だった。
「はいはい、そこまでよ。きたばっかのお嬢さんが怖がってるじゃない? それよりも自己紹介しなくちゃねぇ。私は山吹よ。‥‥確かに似ているわねぇ」
なにやら意味深な言葉を零しつつ、羽耳の妖艶なあやかし――山吹は微笑んだ。ということは、緑の和服の少女がミノリ、なのだろう。
「‥‥確かに人間のやり方は時々間違っていると思うわ。でも、自然を私たちは守っている。ここいらは、山神さまのお力が絶大だから。最も、その範囲も狭くなってるけどね」
山吹は年長者らしく微笑む。
「‥‥」
ちさとは、言葉が出ない。
「さ、この森を案内して差し上げましょうか。ね、お嬢さん」
●
「ここの主様は、本当に素晴らしいの」
ミノリは子ども好きらしい。優しそうに微笑むと、長い髪にかんざしのようにさしていた椎の実をいくらか取り出して、
「これ、おいしいわよ。昔は子どもたちがよく食べていたわ」
ちさとが恐る恐るつまんでみると、確かにおいしい。今まで口にしたことのない味だ。
「ミノリさん、これ何?」
ちさとの笑顔に、嬉しそうに対応するミノリ。
「私の一部。‥‥どんぐり」
「へえ‥‥」
「人間は私たちを傷つける、それは確かだけど‥‥私、人間が嫌いじゃないから」
そんなやり取りを聞いて、隣にいた山吹は、くすりと意味深な笑みを浮かべる。
「それにしても本当、ちさとちゃんはよく似てるわぁ。‥‥花嫁御寮も、きっと綺麗でしょうね」
「山吹さん、私は誰かに似てるの?」
ちさとが不思議そうに尋ねる。
「山神さま‥‥太郎丸様の姉ぎみ、姫丸さま。うんと昔、遠くにお嫁に行きなさったの。そりゃあもう、そのときは綺麗だったわ。‥‥ちさとちゃんも、きっとそのくらい綺麗になるわよ」
山吹の一言に、どきりとする。‥‥およめさん?
「え、‥‥私、もしかして」
「そういうおつもりじゃないとは思うけどね。でも、本当に似てるわ、あなた」
山吹は意味深に笑った。
「花嫁‥‥お嫁さんにされちゃうのかな‥‥」
ちさとは一人、みなと離れて少し悩んでいると、
「おや、どうしたのだ」
やってきたのは太郎丸だった。ちさとは先程の話を思い出してほほをわずかに染める。
「や、山吹さんたちが言ってたの。お姉さん、お嫁さんにいったって。そのお姉さんに少しにてるって」
それだけ言うと、ごくりとつばを飲む。口の中が渇いていく。
「やれやれ、また何か言わねばならんな」
太郎丸は口元を扇で隠してわずかに笑むと、こっちへ来いと促した。そして、懐から何かを取り出す。それは、美しい塗りの盃だった。
「姉上の使った盃だ。記念にもらって、私が持っている。‥‥これをお前にやるといったら、迷惑だろうか」
ちさとは、答えない。その代わり、別の話題を切り出した。
「このお山はすごいね。みんな、生きてる。‥‥紺くんやミノリさんに聞いたの、あなたたちの居場所が、そしてみんながどんどん消えてるって‥‥人間のせい、だよね」
ちさとの声はかすかに震えている。それをぎゅっと、太郎丸は抱きしめた。
「そうやって親身になってくれるものも多い。‥‥大丈夫だ、私はまだ消えない」
そうは言っているものの、太郎丸の肩も震えている。これまでずっと山神という立場上緊張し続けていたのだろう。ちさとはそっと撫でた。
「うん‥‥守って、守られて。それが自然との生き方、なんだよね。私、太郎丸のこと、守るよ。みんなに教えてもらったもん」
ちさとは微笑む。少しばかり大人びた、やさしい微笑みで。
●
そろそろ帰らなきゃね、という言葉を切り出したのは三日目だった。
「お母さんもおばあちゃんも、みんな心配してると思うんだ」
「そっか‥‥帰っても忘れないでね?」
忘れられない三日間。その間にたくさんのことを学んだ。
「忘れないよ。それに、ほら」
そう言ってちらりと見せたのは太郎丸が持っていた朱塗りの盃。おおっと周りのあやかしたちからどよめきが起こる。
「お嫁入りじゃ」
その発言に、ちさとは苦笑した。
「まだ、そこまで決めたわけじゃないけど。でも、太郎丸‥‥山神さまの力になりたいんだ。まだまだだけど」
帰り道を案内するのは玲矢だという。みんながちさとと玲矢の周りで、輪になっている。
「忘れないでね」
「あやかしがまだこんなにいるんだってこと」
「自然と一緒に、僕たちがいるってこと」
最後の言葉は紺のものだ。ちさとはこくりと頷く。
「じゃあ、いっくよー」
玲矢の掛け声とともに、つむじ風が巻き起こり、ふたりは消えた。
●
「そうか。山神さまのお嫁さんか。ちさとちゃんはすごいねぇ」
おばあちゃんは微笑みながら話を聞いている。
「これ、みんなにはナイショだよ」
ちさとは笑った。嬉しそうに。