夢先案内人絵夢 因縁アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
葵くるみ
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/12〜09/16
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●本文
その日、妙に眠たかった。
少年は午睡のために学校の保健室に忍び込み、そっとベッドに横になる。
くらり、目の前の世界が回る。
少年は白いシーツのかかったベッドの、少しばかり消毒薬のにおいのするのが大好きだった。病弱だった母と、同じにおい。
「母さん‥‥」
ふっと懐かしい想いが頭をよぎる。幼いころ、母がお守りにとくれた小さな巾着。
開けてはいけないと言われていた。子どもっぽい微笑みを浮かべて、母が渡してくれたその巾着は、今も少年のポケットに入っている。ポケットをまさぐると、ちりめんで出来た小さな巾着袋が姿を見せた。それをぎゅっと握る。母のぬくもりを感じられるものは、これだけ。
これをくれてからまもなく、少年の母は帰らぬ人となってしまったから。父は幼い少年の世話をするために粉骨砕身してくれたが、それでも少年の心の隙間は埋まりきることはない。
しかも、先日。父は若い女性を連れてきて、こういった。
「お前にも苦労をかけたからな。今度からこの人に甘えていいんだぞ」
突然の再婚宣言。
納得できるはずもない。彼の母はあくまで一人だけだったのだから。
「かあさん」
少年は声を押し殺して泣く。‥‥それが悪夢を開く扉になると知らずに。
「中学生が昏睡状態?」
『ドリームリサーチ』事務所で、絵夢が不思議そうに尋ねる。
「はい。昏睡状態に陥ったのは学校と言うことで、そのまま病院に搬送されたそうです。えっと‥‥この少年ですね」
助手の末永(人間の姿をしているが、その正体は貘と呼ばれる幻獣である)が、簡単なファイル――カルテのようなものだ――を絵夢にひょいと渡す。それを見た絵夢はわずかに顔をしかめた。
「‥‥いやな感じ。またあいつが絡んでる気がする」
少年の経歴や状況を聞く限り、あいつ――絵夢の宿敵である夢魔・合歓がからんでいるような気がしてならない。
「とりあえず外的要因が見つからないので、病院側からこちらの管轄としてまわってきたようです。お嫌かもしれませんが、参りましょう」
末永はにこりと笑うと、絵夢の手をがっしとつかむ。
逃げられない――絵夢はため息をついて、支度を始めた。
●アニメーション「夢先案内人絵夢 因縁」では、声の出演およびスタッフを募集しています。
絵夢‥‥見た目は幼さを残した女子。他人の夢への介入が出来るサイコダイブの能力を持つ『ドリームリサーチ』の最高責任者。絵夢というのも偽名らしい。夢魔・合歓とは色々と因縁を持っている。夢の中では羽ペンを使って悪夢を封じる。
末永‥‥人のいいお兄さん的存在。その正体は悪夢を食らうと言う伝説を持つ幻獣・貘であり、絵夢とは何がしかの契約をして彼女の助手を行っている。
少年‥‥母を幼くに亡くし、父の再婚話があがったために心が弱っていたところを夢魔に付け込まれ、昏睡状態に陥った中学生。名前などは適宜。
合歓‥‥愉快犯的な一面を持つ夢魔。絵夢とは何度か対決したことがあるが、いつもすんでのところで逃げている。人間の心の隙をついて夢を見せ、現実世界と隔離させる。
以上四人は必須。
他の役は適宜決めてください。
では、皆様の参加、楽しみにしています。
●リプレイ本文
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「息子が倒れたというのは、本当ですか」
冷や汗を滑らせながら、昏睡した少年・司(ウィン・フレシェット(fa2029))を目の当たりにした父親――俊浩(水沢 鷹弘(fa3831))は困惑する。横にいるのは彼の再婚相手である葵(姫乃 唯(fa1463))だ。医師(Rickey(fa3846))はおもむろに頷いて、簡単に説明を始めた。
「肉体的な外傷はありません。ただ、精神的に‥‥恐らくわれわれ医師の手に余ると判断して、スペシャリストを呼ぶことにしました」
「すぺしゃりすと?」
不思議そうな顔で、葵が尋ねる。医師はまた頷いた。
「司くんは、恐らく悪夢に蝕まれている‥‥そこで呼んだのはこちらです」
入ってくださいと呼ぶと、小柄で知的そうな少女(あずさ&お兄さん(fa2132))と、優しそうな雰囲気の背の高い男性(明石 丹(fa2837))が病室に静かに入ってきた。
「『ドリームリサーチ』の所長、絵夢です。こっちは助手の末永」
きびきびした口調で挨拶をしたのは少女のほうだった。不思議な組み合わせ、そして聞きなれない『ドリームリサーチ』という言葉に困惑する二人。医師はそれを察してか、笑顔を向けた。
「彼女は人間の心の闇につけこむ存在を払うことができるんです。‥‥まだ認知度は低いですが、彼女に任せれば大丈夫です」
「はぁ」
やや気抜けした返事のふたりに、絵夢は微笑む。
「こちらもプロですから」
その微笑みは相手に安堵を与え、自分に決意を与えるもの。絵夢はそっと少年――まだ幼さを残したあどけない顔つき――の額に手を当て、夢の世界へと旅立った。末永はてきぱきと絵夢の処置を頼み、
「それでは、少々お話をお聞かせ願いますか」
そう両親に言って微笑した。
●
「‥‥また、甘ったるい匂いの夢ね」
サイコダイバーである絵夢には、夢空間でも五感が機能している。少年の夢の中に見えるのは、桜色の空、白い雲、おもちゃのような世界。菓子の類だろうか、甘い匂いが鼻につく。どう見ても普通の夢ではない。それに、この違和感は‥‥
「やっぱり夢魔の仕業、ね」
絵夢は小さくため息をつく。夢魔と対立する立場上、あまり夢魔にはいい印象を持っていない。もちろん害のない夢魔の存在も知っているが、職業病というものだろう。
夢というものは都合がいい。ある程度は自分の思い通りにできる。絵夢は羽のついた靴を履いているかの如く軽く地面をけってふわふわと移動する。
「‥‥あ」
発見したのは、絵本に出てきそうなお菓子の家そのままの建物だった。
「‥‥あの子の母親は、体の弱い人だった」
いっぽう末永は、父親と後妻からいろいろ話を聞いていた。問診のようなものだ。患者の心の闇の原因や、隠された事情などを聞き出し、伝えるのが彼の役目。貘と言う人間ならざる存在ゆえに出来ることも多い。
「司が小さいときに、亡くなってね。寂しい思いをさせてしまっていた‥‥」
「その‥‥私が、挨拶したころから、笑わなくなったと、聞きました」
葵が顔を伏せる。切なそうに、私のせいですよねと言って。
母親の面影を知らずに育った少年が、急に再婚相手を紹介されても戸惑うばかりだろう。末永は小さく頷いた。
「今回のことはあなた方だけのせいではありません。心の闇につけこんで生気を奪う夢魔という存在が、彼の心に巣食っているんです。‥‥確かに、引き金がなかったと言えば嘘になるとは思いますが」
「‥‥実は、あの子の母親も‥‥原因不明の昏睡を経て亡くなっているんだ。お願いだ、助けてやってくれ」
父親がすがるような目で、末永を見つめる。末永は笑った。
「大丈夫です。絵夢は強いですから」
●
窓から、絵夢はそっとお菓子の家の中を覗く。蝋燭の立った巨大なケーキが目立つ。それを嬉しそうに見つめる少年もいる。彼が――やや実物よりも幼いが――司少年なのだろう。少年はきゃらきゃらと笑いながら息をふっと蝋燭に吹きかける。と、少年の姿がぐにゃりと歪んで、一回り小さくなった、
「‥‥退行してる‥‥?」
絵夢は慎重にその様子を見つめる。もし、これが退行だとしたら、非常にまずい。あっという間に赤ん坊に戻り、そして「生」を知らぬモノとなり、精神が綺麗に夢魔の手に落ちてしまう。それは即ち死を意味する。絵夢は唇を噛んだ。その傍には女性もいる。葵ではない。恐らく実母だろう、虚像だろうが。末永にそれを伝えるために、絵夢は集中をはじめた。貘である末永は、夢の中の出来事を外から把握できるのだ。
と、後ろで声がした。
「おや。覗きとは、趣味が悪いですねェ、絵夢?」
聞き忘れようもない、ねっとりとした嫌な声。
「合歓!」
絵夢は顔をぱっと上げると、すっと羽ペン――彼女の武器――を取り出す。
合歓(茜屋朱鷺人(fa2712))。絵夢の宿敵の夢魔だ。名前こそ可愛らしいが、性根は腐りきった愉快犯。
「今日こそ決着をつけてあげる。‥‥いざ」
羽ペンを回し地を蹴ると、一気に合歓の懐に入った。ペンで大きくバツ印を書こうとする――が、合歓は夢空間を自在に操る夢魔だ。空間に歪みを作り、それを素早くかわす。
「‥‥! ちょっと、厄介なことになっているようです」
大体の事情を聞きだし終わった末永は夫妻にそう告げると、困惑気味の夫妻に少年の手を握っていてもらうように頼み、気付かれにくい場所で姿を変えた。人間の姿はあくまで変身。貘の本性はずんぐりとした四足獣だ。ただ、さすがにその雰囲気は禍々しさを覚える。そしてそのまますうっと姿を消すと、司の夢の中に突入した。
「絵夢!」
末永の声に、絵夢ははっとする。末永――いや、貘が近づいてきている。
「いいところに! 今回の元凶は‥‥あのお菓子の家の中のケーキ。あれを、食い尽くして!」
絵夢はサイコダイバーとは言え、人間だ。人間の手におえない作業をするのも、助手である貘の役目。貘は了解とばかりにお菓子の家に近づくとドアに体当たりをして、室内に突入した。少年はさすがに驚いているようだ。そして、その手に何も持っていないことを確認する。
『司は、母親の形見としていつもお守りを持ち歩いているんだが、見当たらないんだ』
父親の言葉を思い出す。夢の中にそのお守りも取り込まれてしまっているとしたら、それがあるのは恐らく――ケーキの中。
(「甘い物は苦手じゃないですけどね」)
貘は口を大きく開き、パクリとケーキをひと飲みにした。
「‥‥っ」
貘は声にならぬ声をあげる。夢魔の作り出した人工の悪夢は、貘にとっては間違えると毒にもなりうる。今回は悪意がひときわ強かったようだ。しかし、口の中の違和感に、貘は何かを吐き出す。それはまぎれもなく、巾着だった。と同時に、貘も姿を消す。強い悪意に満ちた空間は毒なのだ。
(「‥‥こいつ」)
絵夢もリードはしても決着をつけることがなかなか出来ないでいた。合歓の力が、普段に増して強いのだ。それでも、好機を見つけてはじわじわとダメージを与えていく。もう少し、というところで、急に腕が止まった、いや止められた。絵夢は戸惑う。
「な‥‥何?」
と、くすくす‥‥と笑い声が聞こえてきた。
「だぁめじゃない。澪がせっかく力、貸してるんだから」
そこにいたのは、絵夢と同じくらいの年頃の少女(各務聖(fa4614))だった。大きな鎌を持ち、黒いフリルワンピースに身を包んでいる。その大鎌に刻まれた毒々しい紋章は。
「死神‥‥!」
「あ、ばれちゃった、うふふ。鋭い子なんだ‥‥絵夢、ね。覚えておくわ」
そう言い捨てると姿を消す。合歓も追いかけるようにして姿を消した。
「‥‥何、今の」
これは絵夢だけで解決できる範疇を越えている。もし合歓が死神と手を組んでいるのだとしたら‥‥恐ろしい話だ。
しかしこの悪夢はまだ終わりきっていない。絵夢は慌しくお菓子の家に突入すると、末永が残していった呪具の巾着を少年に手渡した。少年はきょとんとした顔でそれを見つめている。
「これはお母さんの形見でしょ?」
すると、やさしげな微笑みを浮かべた女性がふっと現れた。少年は顔を明るくさせる。
「お母さん!」
「うん。でもお母さんはもういないからあなたを待っている人のところに帰りなさい。ね? 私は司ちゃんと一緒にいるから‥‥」
母・静(各務聖(fa4614)・二役)はそう微笑み、消えた。この夢空間も崩壊の時を迎えている。
「この悪夢を振り払って‥‥強くなりましょう。司くん」
絵夢はそう笑った。そして――
●
「司くん!」
司が目を覚ましたとき、最初に声をあげたのは葵だった。手をしっかりと握り締められている。
「ごめんなさい‥‥急にお母さんって言っても戸惑うの、わかってたのにね。でも‥‥少しずつでいい、仲良くなりたい。だから、‥‥」
葵の言葉に、自分がどうなっていたのかを司は思い出す。そして、手の中にあの巾着がまたあることに気付いた。
まだ道は長いけど、何とかやっていける。
少年はそう心に刻み、歩き出すことを決意した。
「死神、ですか‥‥」
絵夢が、合歓とともに現れた澪と名乗る存在を告げると、末永は眉をひそめた。不味い悪夢を食べたせいか、まだ顔が少し青い。
「‥‥次こそ、決着をつけなくちゃね」
絵夢は顔を険しくして、握りこぶしを作った。
きっと遠くない未来、彼女は宿敵との決着をつけることになるだろう――。