陰の巻〜影に棲むものアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
姜飛葉
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/07〜09/11
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●本文
‥‥くーずれた、くーずれた。
‥‥おにのすむいえ、くーずれた。
何れの鬼も、倒される。
何処の何方が倒すのか、それはわからぬことだけど。
今、この世に栄えるが、人の世にであることがその証。
けれどこの後も、鬼は本当に倒れるのだろうか?
‥‥くーずれた、くーずれた。
‥‥おにのすむいえ、くーずれた。
‥‥あかいおうちは、くーずれた。
‥‥くずれたおうちを、どうなさる。
‥‥おにのおうちはくずれるか。
――あるいはおうちは‥‥
●
「‥‥忌々しい‥‥」
呻くように吐き捨てたのは燃える炎の如き髪をもつ男。
苛立たしげに、朱に染められた塔であったものの果てを見遣る。
「仕方ないでしょう‥‥とは言えないわね。公子様をお迎えできないもの」
男と違い感情らしきものが感じられない冷たい声音は、白い白い色彩の女のもの。
長い睫毛に縁取られた冷たい瞳にも、彼女が何を想うかは見つけられなかったけれど‥‥女が偽りを口にしているのでなければ、その心中は愉快なものではないのだろう。
「また魂を集めなければ‥‥木を積み上げ重ねるように、人の魂でしか築けない塔なのだから」
女の呟きに舌打ちを零し、男は無造作に立ち上がる。
「狩りに行くのならば、邪魔の入らない場所でして頂戴」
「言われなくてもわかってるよ! 邪魔な奴らを潰すのは塔が出来てからっていうんだろ?!」
乱暴に髪をかきあげながら巨大な刀を二振り、無造作に掴むと男はその場から荒々しい足音を響かせながら出て行った。
その背を静かに見送りながら、女は更に抑揚の無い声で言葉を重ねる。
「雷老も‥‥動かないなんて言わないで」
そう告げると、女は男とは対照的に静かにその場から姿を消す。
そして残された雷老と呼ばれた翁は‥‥。
「風の‥‥。見とるだけじゃのうて、公子様をお迎えするに動かんものか?」
何もない空間を見上げ、小さく呟いた雷老の言葉は、誰に宛てたものだったのだろうか。
やがて、その場には僅かに残された朱陰の塔があるばかりだった。
■今回のドラマの主軸構成
『人間の敵』である、妖怪側にスポットを当て、彼らの立場や理念等を視聴者に紹介し理解してもらうための話とする。
募集配役にある4人の妖怪が『なぜ鬼公子に仕えているか』『どのような能力を持ち、性格をしているか』『互いをどう思っているか』を、放映時間内に纏まるよう構成し、シナリオを組みドラマを作り上げる。
それらに関しては、既存に出ている設定から逸脱しない範囲で、役者らの役作りに一任するものとする。
4妖にとって、人間という存在がどのようなものであるかも語ること。
■募集配役
・凍女:妖の女。揺らがぬ感情、変わらぬ面をもつ凍えた女。
妹という存在がおり、2人で1つの命を共有している。妹は凍女と違い自由気侭で氷妖としては異端。
・焔男(焔真):妖の男。攻撃的で粗野な男。
武を誇る将で、その身に妖炎気を纏う妖。二振りの大太刀を己の腕の如く扱い炎の妖術に長ける。
・雷老:妖の老爺。小柄で得体の知れない風体に違わぬ狡猾な翁。
狡猾な老人の風体と気質をもつ妖。甲高い声で話し、直接手を下す事無く物事をすすめる性格。
・鬼公子側近(風遊):額にねじれた角をもつ風の術に長けた妖。
自尊心が高く慇懃無礼で鬼公子を盲信している。冷酷かつ冷徹でもあり、己に無益な行動はおこさない。
※その他の役は、シナリオに応じて求めるものとする。
なお凍女らを束ねる鬼公子は、今回のシナリオ上の直接の登場はせず、配役も置かない事。
●リプレイ本文
●CAST
雷老:日下部・彩(fa0117)
藍:千架(fa4263)
凍女:チェリー・ブロッサム(fa3081)
氷女(菫姫):姫月乃・瑞羽(fa3691)
焔男・焔真:諒(fa4556)
蒼玉:ラリー・タウンゼント(fa3487)
慧:小峯吉淑(fa3822)
風遊:玖條 響(fa1276)
●会合
暗い闇い、どこともしれぬ冷たく空虚なまでに広い場所に幾つかの人影。
――否、人の形をしていながら人ではない者達がそこに集っていた。
人影は、6つ。
長大な二振りの刀を腰に下げた大柄の男。
感情を見つけられぬ、整った顔立ちゆえに能面の如き印象を与える白い女。
年若い半分獣のような風貌の少年。
鷹を肩に侍らせた理知的な容姿の青年。
そして、勝気そうな雰囲気を纏う少女とも少年ともつかぬ年若い者を隣りに従えた老爺が、居並ぶ面々をぐるりと見回し、ゆっくりと口を開いた。
「1人足りぬが、仕方あるまい。主らを集めた理由を話そうぞ」
聞き易いとは言えぬ甲高い声で、翁はそう切り出した。
「主らを集めたのは他でもない、塔を築くに人間の魂が必要なのは主らも知っての通り。時間をかけて人間共を狩っていては、術師に感付かれ妨害されてしまう。ならば短時間で大量の人間を狩れば良い。古き都は護りも堅いが、新しい都は妖に対する護りはさほどでもない。特に商い目的の街は人の出入りも多く、獲物には事欠かぬ。それが狙い目よ。これを実行する為には、力のある妖が多く必要だて、それがお主らを集めた理由じゃ」
「雷老様、俺、頑張りますっ。あの方のお力になれる機会が俺に来るなんて!」
翁の話に、大きく頷いたのは年若い半獣の風貌の少年・慧だった。
その言葉に嘘は無いようで、その頬は感激のためか、僅かに紅潮している。
「お前そんな簡単に言うけどよ」
半ば呆れた口調で話しに割って入ったのは雷老の隣にいた少年だった。
「人間、多いから少しくらい狩っても大丈夫だろ。むしろ増えすぎよくない」
あっさりと少年の言葉を返したのは、若さゆえの力の過信か、実力なのか。
危うさの垣間見える遣り取りを冷めた目で凍女は見つめていた。面白げに口元を歪めているのは焔真だけ。
一方、当の慧はといえば‥‥鬼公子の姿を直接見たのは一度きりで、後は話に聞くのみだったのだ。一度見た時のその風貌と噂に聞く武勇等に強く憧れ、いつか目にかけて貰える存在になりたいと思っている彼にとって雷老の呼び出しは絶好の機会。それを不意にするわけにはいかない。
「魂を得るに手は多い方が良いのだろうが‥‥次の失敗は許されぬ。塔を築き鬼公子様をこの世に迎え世を妖しの世とする為に」
「勿論、お役に立つため頑張りますよ」
打てば響くように歯切れ良く返る慧の言葉に、雷老は口角をにんまりと引き上げる。
「そうよな‥‥皆にも尽力してもらいたい」
「承知した」
それまで黙っていた蒼玉も肩の愛鷹の羽根を撫ぜ鷹揚に頷く。
「‥‥雷老、1人足りぬとは風遊か? 私達は共に鬼公子様に塔の建設を任されたもの。協力して事に当らねばならぬだろうに‥‥」
「一応お呼び出し頂きましたゆえ、おりましたが‥‥雷老、この私に計画に付き合えと‥‥?」
凍女の問いかけに雷老が答えるよりも早く不意にその場に振って来た新たな声に、焔真はあからさまに顔を顰め、慧は声の主が何処かと辺りを見渡す。
やがて、この場に現れた新たな姿を見つけた慧が目を瞠った。
紫の狩衣に身を包んだ額にねじれた角持つ青年がいつの間にか場の片隅に佇んでいたのだ。
「お主がいっぱしの妖になったのも、幼いお主を助けた鬼公子のおかげ。ここいらで恩を返すべきではないかの?」
「公子様には並々ならぬ御恩を抱えておりますが、築塔は貴方方の役目のはず」
風遊の嫌味に、焔真の眉尻が跳ね上がる。
「それに‥‥御自分から進んで協力しようという自信家な方もいらっしゃるようですし‥‥きっと期待以上の働きをしてくれるのではないでしょうか?」
「何だとっ!」
嘲笑うような笑みを浮かべ藍を一瞥する風遊の視線に、藍の頬に朱が走る。
けれどそんな藍に「黙っておれ」と鋭い一括をくれると風遊にむけ首を僅か傾ける。
「ならば仕方あるまい。公子様のために信に足りうる者達と塔を築くのみじゃ」
その雷老の言葉を、集いの締めとしたか。風遊が何か言うよりも早く無造作に焔真が踵を返した。
重い刀が鳴る音を響かせ姿を消した男を追うわけではなかろうが、凍女も無表情のままにその場を後にする。
力ある2人が去った事で、本当に集いは終わりを告げ。妖怪達は、思い思い散っていくのだった。
●翁
最後に集いの場に残っていたのは、雷老とその傍らに立つ少年だった。
そこでようやく雷老は狡猾な翁の面を脱ぐように、幾分緩んだ表情を浮かべ、傍らの少年・藍を見る。
「鬼公子は俺にゃ関係ねぇけど――爺の役に立ちたいんだ。俺にも手伝わせてくれよ」
雷老の眼差しを如何受け取ったのか、藍がおずおずと申し出る。
それは風遊の言葉にくってかかった時の様子など感じさせぬ言葉だった。
「爺、悪ぃ‥‥俺、やっぱ迷惑だったかな‥‥でも、俺も爺の役に立ちたいんだ。それに――同じ人間の父者まで殺した人間は絶対許せねぇ」
「そうさの。まあ公子様のためになるならばとは思うが、無理はするでない」
決して他の妖怪には向けぬ笑みを藍へ注ぐ雷老は、世界を妖のものにするため鬼公子に力を貸していた。
かつての翁は人へ対し否定的では無かったという。何が彼を変えたのか‥‥それは藍の存在ゆえかもしれない。
今は塔を築く事――それを思い、藍を促し翁はその場から歩み去った。
●凍女
降りしきる雪は、全てを埋め尽くすように世界を真白に染め上げていく。
真白い世界にたった2人きりの幼い少女が蹲っていた。
何が悲しく苦しいのか。只管に泣き続ける半身を守り庇うように抱きしめ、少女は蒼冷めた唇をかみ締め降りしきる雪の空を見上げていた。
少女が見ていたのは空ではなく、今は見ることの出来ない何かであったのかもしれない。
不意に雪が止む。
否、止んだわけではなく、彼女らの前に大きな人影が立ち、降る雪を遮ったのだ。
差し伸べられた手は暖かで。元より冷たい、血の通わぬ腕に、染みるような温もりだった。
「あなたは一体何なの? なんで私と同じ‥‥」
自分と同じ顔を持ち、同じ声で話す相手に『彼女』は怯えながらも問いかけた。
怯える『彼女』と違って、真向う『彼女』はにこやかに微笑む。
「初めまして菫姫。私は氷女というのよろしくね。私はあなたの魂の力に惹かれるの‥‥なんでかしらね?」
答えにならぬ言葉に菫姫は小さく息をのんだ。
毎夜悪夢にうなされる。悪夢だと信じたいだけかもしれない。こんな事は、信頼する乳姉妹にも兄にもいえない事だ。
正面にいる自分は、微笑を絶やさない。そして自分が口を開く――。
「氷女、何をしている」
氷女の微笑みは、唐突に途切れた。それは菫を捕らえる悪夢も途切れた事になる。
不意に途切れた愉しみは、姉の制止でもたらされた。
感情の無い姉の、けれど咎めるような視線に氷女は唇を尖らせた。
「何って別に。迷惑もかけてないでしょ? 姉さんの、鬼公子‥‥様のやる事なんて関係ないわ。私はただ私のやりたい様にやるだけ‥‥」
ぷいとそっぽを向いた妹に、凍女は引かずに更に言葉を重ねた。
「たかが人間風情、だが貴族の姫に手を出せばコトは大事になろう。ここは引け。いずれ手に入れ遊べる日も来よう」
「執着なんて‥‥」
唇を尖らせそっぽを向く妹に、凍女は静かに吐息を零した。
「人間如きに固執し深入りしても、良いことは何も無い」
流石に雷老のように‥‥とは口には出さなかったが、凍女はそうはっきりと断言する。
「はいはい」
姉の注意を聞き流すような返答をしつつ舌をぺろりと覗かせた氷女は、だが面白い玩具をそう簡単に手放すものかと思っているのだろう。
感情も命すら鬼公子の役に立つ為に‥‥捧げた凍女。それを悔いた日はない‥‥ただ、時に気侭な妹が羨ましくなる事も事実。
●焔男
炎がほんの数刻前まで村であったものを蹂躙していた。
形在る物すべてを許さぬかの如く、緋色の焔は内に全てを喰らい、塵へと変えていく。
そんな様を見つめていたのは、一人の男。
大柄な男の体躯と比べても未だ長大な刀を一振り、抱えるように座している。もう一振り腰に刀を抱えていた。
焔が飲み込むは、木々や家々だけではなく。
其処で暮らしていた人達すら炎にまかれ、焔に消えゆく。
元より生きて炎に追われた者等そうはいなかったかもしれないが。
男の持つ刀により、刻まれ、断たれ、潰された者の方が多かったことだろう。
己以外動くものもいなかったその場に現れた影に、焔真は顔を上げた。その顔に浮かぶ不機嫌そうな表情を隠そうともせずに何の用だと言わんばかりにねめつける。
「魂を狩り損ねていたようだから俺が狩り積んでおいた。詰めが甘いのは相変わらずのようだな」
「そりゃご苦労なこって。わざわざ嫌味を言いに来るなんざ、暇だな、お前も」
大した者ではないと焔真が放っておいた生存者に蒼玉が止めをさしたのだろう。
呆れと鬱陶しげな焔真の視線など気にする様子も無く、愛鷹たる天鋭を愛でる蒼玉の瞳は焔真へと向けるものとは全く異なるものだった。
「雷老殿に頼まれたのでね、頼りない将が居る事だし。それにしても、無遠慮で見境なし‥‥火は乱暴で傲慢なだけ‥‥兄さん、貴方のようだ」
右腕を引き、空へと天鋭を送り出した蒼玉は冷たい声音で焔真を『兄』と呼んだ。
親しげなものではない明らかに一線画された声。
「俺は兄さんとは違う。魂は俺なりに集めさせてもらうよ。兄さんが将の位にいられるのも精々が今のうちだ」
宣言にも似た言葉を突きつけ、蒼玉は炎の前から姿を消した。
属性すらも相容れぬ異母弟に、焔真は苛立たしげに舌打を零した。あんな半端者にまで声を掛けた雷老までもが憎憎しげに思えてくるから不思議である。
元より魂狩りなどという退屈なものに彼は飽いていた。鬼公子のためでなければ、こうも退屈を我慢する事も無かったかもしれない。
公子は強い。彼が膝を折ってもよしとするほどに。
かつて公子と対峙した時よりも、己の力量は増しているはず。今勝負すればどうなのか‥‥そんな興味が無いわけではない。
「魂狩りだけじゃ面白くも無ぇな‥‥」
ぼそり呟いた焔真の脳裏によぎったのは――鋼牙と呼ばれていた人間の姿。
今は未だ己に届かぬ力量だけど、人間は面白いもので瞬く間に変わる。
今度会うときはどうなのだろう。楽しみの一つくらいにはなるだろうか。
精々が塔を築くまでの猶予だなと割り切ると、焔真は炎の中を歩み始めた。次の魂を得るために。
●風遊
先ほどまで妖怪達が集っていた――朧に霞む朱陰の塔の礎が見える場所に、風遊は立っていた。
間近でみれば、重ねられた魂の嘆きを映したかの如き朱い塔は、柔らかな月の光に包まれ幻想的な色合いに染まっている。
完成まであと僅かであったにも関わらず崩された塔の名残を風遊は僅か瞳を眇め見遣る。
「私に助力を求むとは‥‥あれでよく将と名乗れる。本当に情けない‥‥ですが、あの者たちで果たして塔の再建なるか、楽しみですね」
侮蔑の色を隠す事無く零れた呟きは、秋虫の羽根の震えに霞み。
かつてか弱き存在であった幼妖は、今では他者を見下ろす事が出来る程の力を得るまでになった。
主人以外の者に対しては、一辺の情すら与えぬ青年が、斯くも心を尽くす鬼公子とはどのような存在なのだろう。
ふわりと色鮮やかな舞扇が開かれ‥‥ぱしりと閉じられる。
その場に残されたのは、秋告げる虫の音だけだった。