花暦 〜藤娘〜アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 姜飛葉
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 易しい
報酬 0.7万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/30〜05/04

●本文

「長唄や日本舞踊の演目として有名だな。現在では人気の歌舞伎舞踊の一つ、この『藤娘』を題材にドラマを1本構成し、撮ってもらいたい」
 そう製作部長は、居並ぶ面々に告げた。
 花を題材とし、ドラマを構成する。それが、スポンサーの意向だという。
 スポンサーから提示された今回の花は『藤』
 そして、藤の花精という解釈が定着した大津絵の画題『藤娘』
 スイッチを入れれば誰でも気軽に見ることができるテレビという媒体では、歌舞伎や日本舞踊といったジャンルは、中々ポピュラーとは言い難く、舞台をそのまま放送したところで視聴率を得ることは難しいだろう。
「だもんで、可能ならば若い世代に受け入れられやすいストーリーを組んで、ドラマを構成してほしい。勿論‥‥」
 と、彼は右手の親指と人差し指で丸い輪を作って見せた。
「予算は決まってるからな、なんでも出来るってわけじゃない。話の構成、役者‥‥そのへんでうまく纏めて作ってくれ。『藤娘』を踏襲してもかまわないし、アクションだろうと恋愛だろうとホラーだっていいだろう。『藤』から離れなければな。そのあたりは各自の腕を見せてくれ。時間内にまとまるように話の収集はつけろよ?」
 製作会社が纏めたスポンサーの意向らしき紙束を机に提示すると、彼は口の端を持ち上げ笑った。


●スポンサーの意向
 基本コンセプト:花を題材とし、ドラマを構成する。

■物語
 今回の題材は『藤』 ならびに、藤の花精という解釈が定着した大津絵の画題『藤娘』

●今回の参加者

 fa0117 日下部・彩(17歳・♀・狐)
 fa0201 藤川 静十郎(20歳・♂・一角獣)
 fa0371 小桧山・秋怜(17歳・♀・小鳥)
 fa0521 紺屋明後日(31歳・♂・アライグマ)
 fa0634 姫乃 舞(15歳・♀・小鳥)
 fa0826 雨堂 零慈(20歳・♂・竜)
 fa2820 瀬名 優月(19歳・♀・小鳥)
 fa3565 望逢(18歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

●CAST
 歌番組AD・藤川静哉:藤川 静十郎(fa0201)
 藤花:瀬名 優月(fa2820)
 アイドル歌手・日下彩菜:日下部 彩(fa0117)
 プロデューサー・三菱 槍太:雨堂 零慈(fa0826)
 ウィスタリア

 音楽:小桧山 秋怜
 撮影・編集:紺屋明後日(fa0521)

 OP:Footsteps of AD
 挿入歌:A Dream of Wisteria
 ED:Tears of Wisteria
 Songby『ウィスタリア』

 作詞・作曲:小桧山 秋怜(fa0371)
 歌:姫乃 舞(fa0634)、望逢(fa3565)


●苗床
「あんま金もかけられんことやし、いつも通り廃棄するセットあさってそれをもとにして音楽番組のセット組もか‥‥どんなもんになるかは、集まったもんで臨機応変にやな」
 製作部長より渡されたファイルに一通り目を通し終え、明後日はそう呟いた。
 製作に当てられる金は確かに多くは無かった。けれど、これよりもっと低予算で難しい注文は珍しくない。
 それよりも製作側のスタッフの手こそ十分とは言えず、結果明後日に負荷が集中することになった。
「ま、手間のかかる映像編集は、藤川はんも手伝ってくれはるらしいし‥‥頑張っていこか」
 凝った首を一回し。これくらいの忙しさは劇団で慣れっこだった。台本は読み終え、衣装は役者達に合わせて用意済み。次は撮影現場のお膳立て。
 頭の中で組みあがっているセットを現実のものとすべく、明後日は仕事道具を抱え動き始めた。
 現実空間とリンクする虚構の空間が明後日の手で組み上げられていく中、明るいキーボードの音色が響く。
『ウィスタリア』が奏でる軽快なポップスソングが、物語を綴るように流れ始めた。


●Footsteps of AD
 局内でも高視聴率を稼ぐ音楽番組のリハーサルが行われていたスタジオ内に耳障りなハウリング音が響いた。
 途切れた音に、ステージに立つ揃いの衣装も可憐な歌い手達が困ったように立ち尽くし。
 折り目正しいスーツに身を包んだやり手のプロデューサー・三菱槍太はため息混じりに原因となった男を見る。
「す、すいませんっ」
 セットの確認に意識を向ける余り、足元のケーブル郡に躓きカメラ前に飛び出してしまったのは、藤川静哉だった。
「また貴方なの? もう本当にいい加減にして欲しいわ」
 日下 彩菜が不機嫌そうに如何にもといった風情の草臥れた格好の静哉を一瞥した。
 音あわせが中断せざるを得なかったウィスタリアのメンバーは、彩菜程の不満を表す事は無かったが、明らかに困惑寄りの表情を浮かべる。
 ぺこぺこと頭を下げる静哉の様子に、望逢は静かなため息を零した。
 相棒の様子に釣られるように姫乃舞も苦笑を浮かべる。
「あの‥‥スケジュールが押していますので‥‥」
「本当にすみませんっ」
 特に怒った様子もなく、返って申し訳なさそうに告げる舞に、静哉は慌ててカメラ線上から離れた。
「ああ、大丈夫大丈夫。気にしないで」
 キーボードの鍵を爪弾き、和音を幾つか響かせた小桧山秋怜は笑って、舞と望逢を取り成す。
「僕達の歌を色々な人に聞いてもらうチャンスだもんね、がんばろう」
 だから君も頑張って‥‥そう秋怜に逆に励まされ、静哉は恐縮するようにただ頭を下げるだけだった。


●Talk of a dream
「今日も失敗しちゃったよ、中々上手くいかないね」
 番組収録後、静哉は苦笑を浮かべながら局の屋上で園芸本を片手に藤の鉢植えの世話をしていた。
 不要となってしまった他番組の小道具だった鉢植えの藤を、槍太に頼み込んで譲ってもらったものだった。
 その後も、厳しい上司や我侭アイドルに扱使われる下積みADの日々は続いた。
 けれど、どんなにくたくたに疲れていても静哉が藤の手入れを欠かすことは無かった。
 静哉の身の回りで不思議な現象が始まったのもこの頃からだった。
 探していたものが、不意に思わぬところから出てきたり、うっかり忘れていた準備が、いつの間にか整っていたり。
「誰がやってくれたのかな。助かるなぁ‥‥お礼、言いたいのに」
 整えられたセットの小物を見つめ、静哉は微笑んだ。
 彼をそっと見守る存在に、気付かずに。
 槍太としては、軽い気持ちで譲ったものだったのだが‥‥藤の鉢植えを静哉が世話をするようになってから数週間。
 藤が生き生きと枝葉を伸ばし、薄紫の花を咲かせるのに比例するように、失敗続きだった静哉に次第にミスが少なくなっていった。
 懸命になれるものがあれば集中力が増すのだろうか‥‥自分より優れたプロデューサーになると信じて‥‥槍太は微笑むのだった。


●Turning point
 今日の歌番組の収録は、局の屋上だった。
 屋外に吹く風に煽られ、悲鳴が響いた。
「‥‥きゃっ、あー!」
 組まれたステージに立っていた彩菜が身につけていたスカーフが風に巻き取られ飛ばされてしまったのだ。
 ふわり舞い上がった春色のスカーフは、屋上の安全柵の向こうに引っかかった。
「やだっ、ちょっと取って来て。あのスカーフ、私のお気に入りなのよ」
 居丈高に命じられて、静哉が思わず己を指差すと、彩菜はこっくりと頷いた。
「早く取ってこないと‥‥歌わないわよ」
 彩菜は今人気絶頂のアイドル歌手。彼女の出演は、番組の目玉の1つ。
『機嫌を損ねるな』とチーフが無言で訴える様子を見て、命じられた静哉は小さくため息をこぼした。
「早くっ!」
 彩菜はスカーフを指差し、静哉を急かす。
 高いビルの屋上に吹く風は強く、もたもたしていては本当に飛ばされてしまうかもしれない。
 静哉は困った表情を浮かべ、風に揺れるスカーフを見上げた。

「何をしている?」
 進行状態を確認に来た槍太は、眼を瞠った。
 彼の視線の先にあったのは、安全柵の向こうで不自然な格好で腕を伸ばす静哉の姿だった。


●A Dream of Wisteria
 もう少しで届く‥‥必死に指を伸ばした静哉の指先にスカーフが掛かった瞬間、ぐらりと身体が傾いだ。
 細い高い悲鳴が耳に届く。
 静哉には、その悲鳴がやけに遠く感じられた。
 ぐるりと回る光景。視界の端に、藤の鉢植えが映る。
(「ごめんね、もう世話出来ないや」)
 静哉がそう瞳を伏せた瞬間、屋上がまばゆい光で満たされたのだった。

 屋上の片隅に置かれた鉢植えから、藤蔓が幾重も絡み合い、静哉の方へと伸ばされる。
 遥か遠い地上へと重力に引かれる静哉を支えるように、腕に、その身に藤の蔓が巻きついた。
 落下が止まり、静哉が開いた瞳の先には、長い髪を風に舞わせ微笑む女性が居た。

 現実とは思えぬ光景に、いち早く正気に返ったのは槍太だった。
 藤蔓が絡み不安定に中空に留め置かれている静哉を引っ張りあげる。
「‥‥藤川、大丈夫か?」
「今までずっと助けてくれたのは、君だったんだね‥‥」
 引き上げられた礼も言えず、静哉は唯只管淡い藤色のワンピースが印象的な彼女を見つめていた。
 藤花は頷き微笑むと、強張った静哉の身をそっと抱きしめた。
 甘く仄かな藤の香りが静哉を包む。
「こんな所で終ってはだめだわ、貴方にはこれから輝く人生が待ってるの」
 覚えている。
 疲れてスタジオの片隅で居眠りをしてしまった時、仕事が辛くてくじけそうな時‥‥いつもこの香りがした。
 励ます声が聞こえた‥‥自分の失敗をフォローし、支えてくれていたのは彼女だったのか。
「私は静哉さんのことが好き。このような感情を与えてくれて感謝するわ、ありがとう」
 藤花を包んでいた光が、淡く霞み揺らぐ。
「‥‥っ」
 留めようと藤花に向かい伸ばされた静哉の手が宙を掻いた。
 やがて、燐光は霞み消え。静哉の元に残されたのは、断ち切れた蔓の欠片と――藤の花びらだった。

 普段から手を焼かされていた我侭。けれど、我侭で人の命まで危険に晒すなど‥‥。
 振り上げられた手に、小さく息を呑み彩菜は顔を背けた。
「やめてください!」
 静哉の鋭い声に槍太の手が止まった。
「‥‥何も無かったんですから。彼女のおかげで」
 そう呟いたきり、静哉は腕の中の鉢を見つめたまま、顔をあげなかった。 
「ごめんなさい‥‥本当に、こんな事になるなんて思わなくて‥‥私‥‥」
 化粧が流れるのも気付かぬ様子で、涙を零し謝罪する彩菜に1度は振り上げた手を下ろすと槍太は何も言わずその場を後にした。
 大事に至らなかったとはいえ、撮影現場の事故を纏め報告をしなければいけない。


●Tears of Wisteria
 それからも静哉は、変わらず局で忙しい下積みAD生活を送っていた。
 槍太に怒られる事も少なくは無かったが、期待されている分だと分った今では嬉しく思いこそすれ、悩みにはならなかった。
 そして‥‥藤――藤花の世話も諦めず続けていた。
 あの日、自分のために無理に蔓を伸ばしたためか、枯れてしまった藤の鉢。
 いや、決して枯らさない‥‥そう心に決めて。

 澄み切った五月晴れの空の下、藤花の微笑む声が聞こえた気がして、静哉は鉢を振り返った。
「‥‥また逢えるよね‥‥きっと」

 ――私は静哉さんのことが好き
 新たな巡り合いを予感させる淡い芽が、ひっそりと鉢の中で息づいていた。


 現代の夢物語にも似た光景‥‥。
 人間と藤の精‥‥決して結ばれる間柄ではない悲しいもの。
 けれど、己が身を省みず、それほどまで想えるという藤花が羨ましいと、その一途な想いに感銘を受け、彼女へと歌われた『ウィスタリア』の奏でる曲たちは、秋怜の繊細なキーボードの音色に彩られ。舞と望逢の紡ぐ美しい協和音から‥‥ドラマを発信としたグループとして話題に上り、チャートを賑せたという。
 想いがこめられたものは、歌も映像も‥‥そして、花も同じなのかもしれない。