花暦 〜龍の棲む沼〜アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 姜飛葉
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/25〜05/29

●本文

 睡蓮が花開く。
 その真白き花弁は、朝靄と共に開く可憐な花。

 睡蓮の園と化すその沼は、広くは無いがゆえに沼といわれながらも、山から沸き伝う清水を湛えた水は澄み。
 そして、その沼には‥‥龍が棲んでいた。
 天に昇る事も出来ず、空を翔けることも無い‥‥名ばかりの小さな龍。
 けれど、龍であるという恩恵だけで、それが棲まう沼の周辺は他の場所よりも常に潤い、水と緑溢れる地となった。
 結果、夏の暑さにも冬の渇きにも澄水湛える沼に、近隣の村人が自然への敬意を表して、小さな社を奉ったその沼は、素朴な進行の対象となっていた。
 そんな村人からの祈りと謝意、ささやかな祀りの念と清水によって、小さな龍は生かされていたのだ。

 日照りが続き、辺り一帯を大規模な旱魃がおそった。
 龍の棲む沼とて例外ではなく。
 常に水を湛えていた沼も少しずつ面積を減らしていった。
 やがて、近隣の池や井戸は干上がり。
 人々は水を求めて沼へとすがった。
 元より大きくは無い沼。
 少しずつ干上がる沼の水に、救いを求めたかったのは龍自身。
 全ての人々の渇きを癒すことも出来ず、水量を減じる速度を速める沼に、声無き悲鳴が響くようだった。

●睡蓮祭
「旱魃が続いて困り果てた村の連中は、一つの道を選んだ。人柱を立てたのさ。選ばれたのは、村では貧しい家の娘だったが、なかなかの器量良し‥‥本当のところはどうだかわからんが、白睡蓮の花精のような美人だって話だ。最も、美人だからこそ龍神への贄に選ばれたのかもしれん」
 昔話にありきたりな展開だな‥‥と、製作部長は笑った。
「人柱を立てられたところで、力の無い龍にはどうすることもできなかろうなぁとは思うんだが‥‥村人にはそんな事はわからなかったんだろうってトコだ」
 そう付け加えると、紫煙を深く吸い込む。製作会議の場に生まれるその間に、暫し沈黙がその場を支配する。
 目に見えぬ存在を、こうも語り継ぐのは過去の犠牲への戒めなのか。
 自然への畏敬が、空想を生み出すものなのか。
 真実はわかりえない。けれど実際、かつてその地域が大規模な旱魃に見舞われたとされる頃と前後して、局所的な水害が発生したという記録もあるらしい。
 それをどうとらえるか。
 龍はどうしたのか、娘は捧げられたのか。
「小さな龍の話は、記録としては残っていない‥‥口伝に近いものらしくてな。昔語りが得意な年寄りも減っていて、確かな話ってのはわからんらしい。ただ、実際に未だにその舞台とされる沼は残っている。で、過疎の進んだ村の将来を案じての村おこしの一環での企画となったわけだ。今では稀な澄んだ水の沼で、毎年それは綺麗に睡蓮が咲くそうだ。そうそう、睡蓮に捧げられた娘役は、出来れば美人に越したことは無いって要望だ」
 ドラマの放映時期に合わせて、その頃見ごろになる睡蓮の咲く沼で祭りをするという。
「同情を誘う終わり方でも、感動を誘うハッピーエンドでも、俺としては数字が取れれば何でもいいさ。スポンサーも村おこしの狙いが当たればいいっていうだろう」
 藤娘に続いての成功をよろしく。
 そうのんびりした口調で、製作部長は会議をしめたのだった。

●スポンサーの意向
 基本コンセプト:睡蓮が沼の象徴。祭りのシンボルでもあるため、花を印象付ける使い方をすること。
 村おこしと連動するドラマであることを踏まえ、構成すること。

■物語
 今回の題材は『龍神の住まうとされる沼』
 沼の主である『龍』
 沼の象徴である『睡蓮』と『人柱の娘』が必須となる。

●今回の参加者

 fa0094 久遠・望月(22歳・♂・獅子)
 fa0117 日下部・彩(17歳・♀・狐)
 fa0201 藤川 静十郎(20歳・♂・一角獣)
 fa1276 玖條 響(18歳・♂・竜)
 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa2684 藤元 珠貴(22歳・♀・狐)
 fa3366 月 美鈴(28歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

●CAST
 蓮:藤元 珠貴(fa2684)

 龍神:玖條 響(fa1276)

 村長・晋太郎:伊達 斎(fa1414)

 蓮の弟・束:鏑木 司(fa1616)
 蓮の母・凛:月 美鈴(fa3366)

 村娘・現代恋人(二役):日下部・彩(fa0117)
 村長の弟:直・現代恋人(二役):藤川 静十郎(fa0201)


 脚本:久遠・望月(fa0094)


●語り部�T
 白い睡蓮が咲き誇る‥‥澄水を湛えた沼。
 沼というより、小さな湖という方がふさわしいかもしれない。
 目の前に広がる光景に、知らず知らずのうちに彼女から零れたのは感嘆。
 沼畔を吹く風は、涼やかで気持ちよかった。
 周辺には新緑が溢れ、木々がさやさやと葉を揺らす。
 清涼を求めてだろう‥‥その木陰で過ごす人影が見えた。
 彼が持っているのは、本だろうか。もしかするとパソコンの類かもしれない。
 緑の中でなお文明利器から離れられない現代人の姿を見た気がして、思わずくすりと笑いが零れた。
 あそこからならば、睡蓮が咲き誇る沼を見渡せるだろうか‥‥。
「綺麗な水‥‥」
 彼女は手のひらにそっと水を掬う。
 その無邪気な様子に彼女の恋人だろう青年が、瞳を細め微かに笑う。
「知ってるかい? この沼には言い伝えがあるんだ」
「言い伝え‥‥どんな?」
「沼の主である龍神とある娘の物語‥‥」
 青年はそういうと沼を見渡し一つの伝説を静かに語りだした。

 初夏の日差しの中でその沼の水面は静かに漣を立てていた‥‥。


●人柱
 それは、とても不運が重なった年のこと。
 長く降りぬ天よりの恵み。作物は朽ち折れ、川は干上がり、村の井戸は涸れ果て‥‥生きて行く事すら難しい旱魃が続いていた。
 縋る様に空を見上げても、其処には雲ひとつない晴天が広がっているだけだった。

 追い詰められた村人達が最後に縋り付いたのは、この旱魃にも未だ枯れることのない龍神が住まうといわれる小さな沼だった。
 水を求め、村人達は村の近くの小さな沼に殺到した。
 もとより大きくは無い沼。村の生活を支えられるほどの水は蓄えていない。
 それを言い出したのは誰だったのだろう。
 今なお枯れる事無く在り続ける沼に、龍神の存在を確信し、神の情けに縋るべく人柱を立てることを彼らは決めた。

「村のためとはいえ‥‥手塩かけて育てて居る娘を差し出すなんて‥‥」
 親であれば手離したく無いのが本音だった。
 愛しい我が子を喜んで人柱に差し出すなど凛には出来るはずもない。けれど村長に、村の決定に逆らう事もできない。
 逆らえば、村にいられなくなるだろう。そうなれば、まだ幼い息子共々生きていく事すらできなくなる。
 それでも‥‥母は娘に問うた。
「本当に‥‥それで、あなたは、いいの?」
 その名の通り、睡蓮の花精のようといわれる娘・蓮は、母譲りの美貌に晴れやかな笑みを浮かべ、頷く。
 気丈な娘に母はそれ以上何も言うことができなかった。
 その微笑を正視できず俯いた凛に代わるように、淡々と直が告げる。
「申し訳ありませんが、これも村の為です」
「わかっています‥‥お勤め果たしてまいります」
 村長・晋太郎に嫁げば義理の弟となるはずだった直に、蓮は重ねて頷いた。
 蓮は、晋太郎がどれだけ自分に気持ちを注いでくれていたか、分っているつもりだった。
 だからこそ、晋太郎の村長としての苦悩も理解できる。
 自分が人柱となることで大好きな母と弟、尊敬できる村長、村の人達のためになるならば‥‥。
 私の事で心労を重ねて欲しくない‥‥許婚であった晋太郎の苦しみを軽くするために彼女は微笑んで深く頭を下げた。
 母に、弟に、村人に‥‥そして、晋太郎に。
 全てを受け入れた蓮が浮かべる笑みは、覚悟を決めた者のみが持ちえる清廉な笑みだった。

 明日、村の娘が龍神に嫁する。本当ならば、その娘は神ではなく人に嫁するはずだった。
 村の雰囲気をそのまま映したように村長の家も重い空気に満たされていた。
「兄さん、私が兄さんの立場なら‥‥。何も出来ない自分が悔しいです。他に方法は無かったのか、今更言っても仕方ないけれど‥‥」
「もう決まった事だ。人柱をやめる訳にはいかない」
 弟の言葉を遮るように晋太郎は言った。それは自身へ再度言い聞かせるための言葉だったのかもしれない。
 揺らがぬ目で家の外‥‥村内を見つめていた瞳を、だが晋太郎は僅かに伏せた。
「村の為とは言え、自分の許婚を人柱にして顔色一つ変えない‥‥さぞかし最低な男だろうね、私は」
「誰が何と言おうと兄さんは私の誇りです」
 村人、しかも許婚を犠牲とする事を内心良しとはしていない苦悩を、決して村人達に知られてはいけない。
 村長が私情によって判断を誤ってはいけないのだから‥‥。


●沼底
 晋太郎へ嫁ぐ為に母が縫い上げてくれた花嫁衣裳に身を包み、蓮は沼の淵に立った。
 静まりきった水面。
 例年であれば、この時期の沼には睡蓮が咲いていたはずなのに‥‥。
 花開かぬ睡蓮は、村の嘆きの表れのようだった。
 乾ききった空を見上げ一礼した蓮は、村人の願いと祈りと共に沼底に‥‥竜神の元へとその身を投げたのだった。

 蓮が目覚めると、そこは翡翠の煌きを湛えた空間。
 目の前に佇む青年の姿は、村では見たことの無い顔だった。
 何より彼の頭部には、人には有り得ぬものがあった。
 青年の正体に思い至り、小さく息をのんだ蓮の前で、彼は小さく頭を垂れた。
「私には力などありません‥‥貴方が命を落としても、何をしても‥‥。この沼の水を元に戻すなど‥‥私には到底無理なのです」
 青年‥‥龍神は蓮の眼差しを受け止められずに瞳を伏せた。
「‥‥私も貴方達を助けたい。力の無い私を頼って来てくれる貴方達に恵みを与えたい‥‥ですが」
 そこで言葉は途切れた。
 龍神の纏う憂いと悲嘆に、蓮はそっと手を伸ばす。
 枯れぬ沼の水は、龍神の尽きることの無い嘆きの涙。
 蓮にはそう思えた。
「‥‥泣かないで下さい‥‥貴方様が少しでも民人を思ってくださるのなら‥‥その想いが天に伝わるかもしれません」
 指先に触れる頬に、涙の跡はなかったけれど。泣いている様に見えたから。
 幼い弟が流した涙を拭ってやったように、そっと撫ぜた。
 人柱として神に嫁したこの身なれば‥‥そんな使命感より、思い遣る気持ちが勝ったのだろう。
 神への畏怖よりも、その嘆きこそ癒してあげたいという優しい感情こそ蓮という女性を形作るものだから。


●悲痛
 沼に人柱に立って暫くの時が経った。
 けれど、日照りが止む様子もなければ、雨が降る気配もない憎いほどの晴天が続いた。
 いっこうに動かぬ天候に、ますます沼は縮み、村人達の苛立ちは募るばかりだった。
「雨は降らない! じゃあ‥‥なんで、なんで姉ちゃんは死んだの?」
 優しかった姉。その姉が死んでも日照りは止まない‥‥幼いなりに感じる理不尽に束はやり場の無い憤りを母にぶつけた。
 けれど、凛に答えられるはずもなく‥‥ただ泣き崩れる母の姿に、束は沼へと走った。
「なんで‥‥なんで!? 何のために姉ちゃんが人柱になったんだよ、姉ちゃんだけじゃ足りないっていうの?」
 束の叫びに答える者はなく。空より注ぐ、じりじりと鈍い熱を伴う痛みだけが肌を焼いた。

「‥‥束?」
 沼底の翡翠の居に、叫びは届いていた。
 弟の悲鳴に似た呼び声に蓮は表情を曇らせた。
『‥‥私には出来ない、と。それは誰の命を捧げられても、貴方の命をいただいても同じこと‥‥』
 悲痛な声に返る言葉は、歪んだ信仰心には届かない。
 嘆き、憎み、恨む声は龍神の心を蝕みこそすれ‥‥心優しいゆえに苛まれる龍神を慰め励まし続けた蓮の目に飛び込んできたのは、短刀を自身に振りかざした弟の姿だった。
「やめて!」
「姉ちゃん‥‥?」
 短刀を持つ手に縋るように、沼淵から不意に姿を現した蓮の姿に、水を求め沼に居た村人は目を瞠る。
 姉の姿に喜色を浮かべたのは、束一人だった。


●嘆叫
『一人の命で全員が助かるなら仕方が無い』
 そう村人の気持ちを代弁したかのような娘の言葉。
 罪悪感が無いわけではない、けれど生きるために仕方ない‥‥大多数の気持ち。
 それが彼女の口を付いて出た。
「あんたが生きてるから‥‥だから雨が降らないんでしょ? だから‥‥!」
 束が取り落とした短刀を、思いがけない素早さで拾い上げた娘は、それを振り上げた。
 照りつける日差しが、鈍い色を返した。

 その瞬間に蓮が出来たことといえば、束が凶刃に晒されないよう庇うことだけだった。
 束を追うように沼に駆けつけた晋太郎も、直も、凛も‥‥突然の彼女の行動を制止する間など無かったのだ。
 姉の腕に庇われた束の耳に届いたのは、悲鳴でも、静止の叫びでもなかった。

 凄まじいまでの轟音が当たりに響き渡った。

 雷鳴に招かれたように、ぽつり、ぽつりと地面に浮かんだ黒い染みは、やがて白く乾いた場所が見つけられぬほど広がっていった。
 蓮の身に注いだのは痛みではなかった。
「‥‥雨‥‥」
 頬を、腕を‥‥全身を打つように強く降り始めた雨を見上げるように空を仰いだ蓮の目に入ったのは、輝くような翡翠の鱗だった。
 神の姿を目の当たりにし、村人達は次々と額づいた。
 振り上げられた短刀が、娘の手からこぼれ落ちた。
 下ろされることなく落ちた短刀は、そのまま沼の中へとゆっくり沈んでいった。

 娘の悲痛な叫びは、村人の叫び。
 けれど、蓮は、至らぬ己を龍神としてたて、無力を責める事無く孤独の中で悲嘆していた己の心を癒してくれた。
 その蓮に振りかざされた刀は、己に向けられるよりもなお鋭く龍神を貫いたのだ。
 助けたい。
 その力を心から望み、龍はようやく自覚したのだった。
 遅くは無い目覚め。力を封じていたのは何よりも己の力を信じていない気鬱。

『娘よ‥‥貴女と話せて良かった‥‥。私の、貴女への想いとそしてその記憶をこの沼に遺そう。かつてこの沼に咲き誇っていた美しい睡蓮として‥‥』

 響いた言葉に、蓮が沼へと視線を移せば‥‥花開かずにいた睡蓮が、咲いていた。
 清廉な美しさを湛えた白い睡蓮の花が。


●語り部�U
「その後、村の人達は‥‥蓮さんはどうしたの?」
 龍が昇ったという空を見上げ、彼女は恋人に訊ねた。
「娘さんはこの沼を守る巫女になって、一生を沼の傍ですごしたんだってさ」
 彼が指差した先‥‥名残だというお堂には、天に昇る龍とそれを迎える天女が刻まれた祠があった。
 青年は言う――沼に今なお清らかに咲く睡蓮は、その龍神と娘の交流の証なのだと。
「詳しいんだね」
「自分の故郷の話だからね」
 人と人ならざるものの相手を思いやる心の交流‥‥色恋とは異なる淡い物語。
 自分の昔語りに微笑む彼女に青年は微笑み返す。

 睡蓮の花言葉は、優しさ、清純な心、信仰‥‥中でも白い睡蓮は、純粋と潔白を伝える花。
 蓮の心を忘れぬ龍神の置き土産は、今の人々にこそ必要な花なのかもしれない。

 青年の昔語りこそが、かつての村長の償いだった。
 睡蓮の花は咲き続ける。
 あの時と変わらぬ姿のままに‥‥。