菫姫まかり通って候!アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
姜飛葉
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/22〜06/26
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●本文
「お兄様に言いつけるなんて、誠は酷いです!」
「小言はお戻りいただいてから改めてと申し上げたはずにございます」
御簾も跳ね上がりそうな菫の声にも、表情を変える事無く誠はしれっと答えた。
いつもの事なのだろう。あるいは、信頼の裏返しなのかもしれない。
菫の正面にしつらえられた席に座っていた菫の兄は、下男にあるまじき主家の姫への返答にも何も口を挟まず、妹とその乳兄妹のやりとりを見ていた。
一通り大声を上げ終えた妹が息を切らし黙り込むと、兄はようやく口を開く。
「まあなんだ‥‥今上の憂いを僅かでも晴らすことが出来れば‥‥と、都で噂の鬼女退治を依頼すれば。まさかお前が屋敷を抜け出し鬼女見物に出かけようとは思わなかった。‥‥帝の覚えもめでたい当家の姫が、まさかはしために身をやつしてなどとは、幾ら私でも思わなかったよ」
小さく息をつき、良く手入れされた庭へと視線を移す。
その優雅な様は、まことの都の公達の姿だった。
例え話に多少どころではない棘が含まれつつも‥‥。
兄の言葉に、これから更にどれほど小言が続くのか予想がつかず、顔を顰めた菫。
けれど、庭を見つめたまま兄が語った言葉は、いっそ菫にとって小言の方がましだったかもと思われる内容だった。
「3日後に、当家で管弦の宴を催す。そうだな‥‥菫、お前には筝の琴を弾いてもらおうか。客人の皆様に礼を欠く事なきよう心得ておけ」
兄の言葉に顔色を失う菫。
筝の琴だなんて、苦手なのを知ってるくせに!
喉まででかかった言葉を飲み込み、菫は檜扇を折れんばかりに握り締めた。
菫が兄に口で勝てた事など無い。元より宮廷で狐狸の類と遣り合っている歴戦の兄に叶うはずもなかった。
何より、本気で怒っている気配が御簾越しにも伝わってくるため、下手に口答えをして火に油を注いでもまずい。
(「‥‥やっぱり鬼女見物はまずかったかなぁ‥‥」)
と思っても後の祭りである。
その後、否を言わせぬ口調で念を押すと、兄は妹姫の部屋からするすると退室していったのだった。
小言ならば、菫も右から左に聞き流す事も出来ただろうが‥‥(合掌)。
部屋を出て、角を2つも曲がった頃。
兄は足を止め、付き従って後ろを歩いてきた妹の乳兄妹達を振り返った。
そして、菫付の1番の女房たる彩を真っ直ぐ見つめ、口を開く。
「彩、お前も菫付の女房なら、菫の将来を考え尽くして欲しい。‥‥塗籠に閉じ込めてでも、外には出すな。いいね?」
屋敷の長たる菫の兄によくよく言い含められれば、否とは言えず。
彩は責任を持って‥‥と承った。
きっと部屋で、逃走を企てようとしているであろう菫をどう押し留めておくか‥‥それだけで、彩は頭が痛かった。
【撮影内容】
管弦の宴は、有体に言えば菫姫の婿選び。
貴族の姫として、結構いい年になるにも関わらず、良い仲の殿方のいない菫姫の将来やいかに?
婿選びの宴の応酬と結果を放映時間内に収まるよう話を纏め上げる事。
時代考証は大きく外れない程度の捉え方で可とする。
【募集配役】
・菫姫‥‥やんごとなき生まれの貴族の姫君。天真爛漫で好奇心旺盛。貴族の姫にしては型破り。
・誠‥‥菫姫の家に幼少時から仕え、家令のような事までしており、無駄に色んな事を知っている。
・彩‥‥菫姫とは乳姉妹で、お目付け役気味な菫姫付の女房。誠とは双子。菫の信頼は厚い。
・若(菫の兄)‥‥若いながらもかなりのやり手。出世頭と目されている公達の一人。
・管弦の宴の賓客たる貴公子達(複数)
※その他の役は、シナリオに応じて求めるものとする。
●リプレイ本文
CAST
菫姫:姫月乃・瑞羽(fa3691)
誠:玖條 響(fa1276)
彩:日下部・彩(fa0117)
将成:向島 愁夜(fa4012)
風霧:深森風音(fa3736)
影藤:藤川 静十郎(fa0201)
和歌:都路帆乃香(fa1013)
桜姫(若葉):チェリー・ブロッサム(fa3081)
●宴まで
「おや‥‥」
古馴染みの女房の一人である和歌の姿に、将成は宴の采配の手を止めた。
妹姫の様子を訊ねれば、彼女は僅かに苦笑を浮かべ答える。
「昨日までの教えを一通りおさらいして頂きましたので、後は宴に備え席が整うのを待つばかりですわ」
将成が菫に筝の琴での持成しを命じたのは、苦手と知っていてのこと。
大人しくなくても良いからとりあえず屋敷に居ついてもらわねば‥‥と、口実を作ったのだ。
口実とはいえ、宴も無事に成功してもらわねば困るのも事実。そのため、和歌が付っきりでの琴の特訓となったのだった。
元々和歌は没落寸前の貴族とは名ばかりの生まれで、一般教養のたしなみの深さに将成と菫の父母に目をかけられ、菫付きの教育係として取り立てて貰い、今に至るわけなのだが‥‥。菫自身の事は好ましく思っているものの、いつもの菫の天真爛漫な行動(※控えめな表現であることは想像に難くない)に頭を悩ませつつ礼法などを根気強く教えている。突然決まった宴も、姫が縁談をする歳になった安堵と今のままの作法で宴に出して大丈夫かという不安がない交ぜになった管弦と礼法の特訓‥‥いわば和歌の親心‥‥なのだが。
それが菫に通じているかは謎である。
宴当日、最終特訓とばかりに練習させたものの、流石に宴前に疲れさせる事がないように考えてそこそこにきりあげ、和歌自身は自分は宴の準備に赴いたのだ。
彩は将成の采配する宴の手伝いに借り出されていたのだが、その遣り取りに、ほんの僅か‥‥菫のこの後の行動が気にかかった。
和歌の目がなくなったことをいい事に抜け出してやしないか‥‥不安が胸に過ぎったものの、矢継ぎ早に用を言いつけられた彩は、結局菫姫の様子を伺いにいけず、彼女の胸中に過ぎる不安を拭う事ができなかった。
●垣根越え
その頃。
「ようやくうるさい和歌の特訓から抜け出せたのに‥‥誠がいたら息抜きにならないじゃない」
ぶちぶちと呟く菫は、ここ数日の琴特訓を終え‥‥もとい無理やり切り上げ、庭を歩いていた。
彩の予感的中。さすが乳姉妹。
――このまま行けば、隙間のある垣根。そっとくぐって屋敷を逃亡してしまえば面倒な管弦の宴など‥‥。
あの兄なら代役を立てるなりなんなりで乗り越えるだろうし。彩もいるし。あとは、誠さえ‥‥。
などと如何に誠を出し抜くかを考えている菫の不穏な表情は、残念な事に誠には見えなかった。
管弦の宴は夜とはいえ、屋敷に外の人間の目があるかもしれないことを危惧した誠が無理やり小桂を頭から被せ掛けたからだ。
もとより菫姫の年頃になれば、いかに乳兄妹といえど誠のような立場の者の前にひょいこら顔を出したりはしないのだが。
垣根を潜れば、ひっそりお忍びで抜け出す土塀の隙間まで少し。誠の目が他に向いている隙を認め、今が絶好の機会!とばかりに、ひょっこりもぐりこんだ‥‥のだが。
「‥‥きゃっ!?」
思いがけず障害物に当たり、菫は尻餅をついてしまった。
そんな菫に差し出された障害物の手。菫が躊躇う間もなく、腕が引かれ助け起こされる。
「これは可憐な方ですね。お邪魔してしまったようで申し訳ない、大丈夫ですか?」
「あ、いえ。大丈夫‥‥」
爽やかな笑顔で素直に謝られれば、逃亡妨害されたことなど訴えられるはずも無く。
逆に、見慣れぬ公達の姿に菫は小首を傾げた。
誠とも兄とも違う線の細い伸び盛りの若葉のような印象に目を惹かれた。
格好からきっと宴に招かれた公達の一人と思われた公達――屋敷の下男であればわかるはず。
「私は菫というんだけど、貴方‥‥」
「姫? ‥‥何をしておられるのですか!!」
そこに割って入った声に、菫が舌打ちを零さなかったのは重畳といえよう。
「‥‥別にまだ何も‥‥って、誠?」
「非礼は承知の上ですが、申し訳ありませんが失礼させて頂きます」
家令としては十二分な礼を公達にとると、菫の言葉には耳を貸さず小桂を被せ掛け、言葉を交わす間も許さずに菫を戻るようにと急かす。
「『姫』と呼ばれていたという事は、彼女が‥‥そうか」
誠に腕を引かれ屋敷内へと帰る菫の後姿を見つめ、彼は小さく微笑んだ。
●返礼を
「可憐な音色でしたね」
「いや、皆様にお聞かせするには少々お恥ずかしい腕前で‥‥」
「いえいえ、実に可愛らしい楽でしたよ」
影藤の言葉に苦笑する将成に、若葉が更に言葉を重ねる。けれど‥‥。
(「‥‥皆さん、菫の腕前には触れてないですよ〜」)
宴の手伝いをしながらも感想を聞き、内心涙の彩。
彩ですらそう思うのだから、御簾内の和歌の気持ちは如何程だろう。
「折角、将成殿ご自慢の妹君がいらっしゃる‥‥可愛らしい楽の返礼をいたしましょうか。ねえ、若葉殿、風霧殿」
女房から琵琶を受け取り撥を持った影藤が、同輩を促すと皆頷きを返す。
「笛の名手と伺った将成殿にもお付き合い頂ければ嬉しい」
扇を広げ、席を立った若葉が微笑む。
「ふむ、これはなかなか面白いことになりそうだ‥‥余り芸達者ではないのだけれどね」
若葉が舞を引き受けるのを見て、ひっそり微笑むと風霧も竜笛を手にする。
重ねて請われれば、断る理由も無く、応じた将成の笛も加わり、女達の鼓に始まり一夜の歌舞が幕を開ける。
先ほどまでの白々しいまでの兄達の遣り取りに、『貴族の姫らしく!』と和歌に口を酸っぱく言われ、黙って聞いていた菫だったが‥‥。
一個人の催す宴としては贅沢な有能な若い公達の即演。
その場に居合わせた者達は幸せだったろう。
屋敷の主である将成は言うに及ばない。
だが、菫が魅入られたように見つめていたのは、宴の席の中央で、凛々しく美しく舞う若葉の姿だけだった。
●真向かえし
「あの方がいない‥‥、もう休まれたのかな?」
いつの間にか、宴の間に『若葉の君』がいない事に菫は気付いた。
管弦の披露は終わり、宴席も完全な酒席に移行しつつある状況‥‥自室へ戻る事を告げ、宴席を退席した菫が向かった先は、自室ではなかった。
「あの方は私を退屈させないでくれる気がする‥‥」
鬼女退治を目撃する直感を信じ菫がとった行動は、若葉の元へと向かう事だった。
この時代、男女が直接会って恋心を育むことも稀であれば、菫の行動がどれだけ型破りだったかは‥‥あえて追記する必要もないだろう。
流石生まれ育った屋敷内。お付の女房をあっさり振り切り、客人が通される間へとたどり着いた菫。
途中で華やかな唐衣などは脱ぎ、女房でも通じそうなあっさりないでたちになる事は忘れない。
正面から入って他人の部屋では「間違えました」ではすまないから、ひょっこり裏手から覗き込んんでみた客間で菫が見てしまった光景。
部屋中にいる人物の手にある衣の色は、若葉の君が纏っていたもの。けれどそれを持つ人物は‥‥。
(「あの方じゃない‥‥!?」)
身じろぎした瞬間、戸ががたりと鳴った。
物音に気付いた若葉が振り返り‥‥二人の視線が結ばれる。
(「見られた?」)
こっそり部屋に忍び込み、着替えにでくわしパニックに陥り悲鳴をあげかけた菫の口を部屋内の人物は慌てて塞いだ。
(「‥‥表は人払いを命じておいたが、まさか裏手から‥‥」)
ぐるぐると頭の中でこの後どうするかを考える‥‥かの人物は、若葉だった。
けれど、闖入者の姿‥‥纏う薫香にその正体に思い至る。
「‥‥菫姫?」
腕の中でこくこくと頷く少女に、菫が見間違えたと思った真実――実は女性であるということを知られてしまった若葉は、開き直る事を選択したのだった。
この際だからと逆にお友達になりましょう。
鬼退治の話に興味あるわ、お話聞かせて‥‥と。
「ええっと、若場の君が桜姫でええっと‥‥」
「ごめんなさい。貴女のお話を弟から聞いて、どんな姫か会ってみたくて」
若葉は『桜』と名乗った。彼女の語ってくれた事情に、菫が異を唱える事など無く。
桜が望んだ鬼女退治の時の話などでつい盛り上がる。
「これからも桜姫が私と仲良くしてくれると嬉しいな」
「私こそ、是非」
「なんだか声が聞こえたのだけれど‥‥若葉の君、大丈夫かな?」
そこへ掛けられた落ち着いた声音は、風霧のもの。慌てて桜は菫を几帳の裏へと押しやり応じる。
「中々帰ってこないから、様子を伺いに来てみれば‥‥麗しい方との場をお邪魔してしまったようだね」
「‥‥影藤殿まで」
「お話中申し訳ないけれど、声音に気をつけた方が良いと思うよ」
ひっそりと指摘された事項に、桜の顔に朱がのぼる。
「それとも‥‥バレてしまったのかい?」
「なっ?!」
以前から知っていた事もあっさり付言し、あっけらかんとした態度で訊ねる影藤を、若葉――桜は、じろりと睨んだ。
幼馴染の様子にため息を吐きつつ、桜は弟である若葉に成りすましての男装の件に関して黙っていて欲しいと願った。
「‥‥弟に迷惑は掛けたくないの」
「もちろん‥‥互いの為にもね?」
影藤らから庇うように桜が無理に几帳の後ろに押し込んだ菫からも頷く気配に同意を得、桜は今度こそ安堵の息をついた。
男の部屋を訪ねる破天荒な菫姫に興味を惹かれた影藤がちゃっかり「ゆかりの色の花名で結ばれた縁、断たれぬよう願っているよ」などと口説く様子に檜扇を投げつつも、菫と文を交わす約束を結び、今宵の宴は終わりを告げるのだった。
「お帰りかな?」
将成の問いかけに、風霧は檜扇でひょいと肩を叩きながら笑った。
「ええ。いやいや、実に楽しい宴だったよ」
騒ぎを広げても徳はないしその気も無し。
影藤の口添えもあって、今夜の事は一切口外しないと約束していた風霧は言葉通り楽しげな笑みを浮かべる。
元より、面白いものを好む性質の彼。菫姫の噂に宴席へ参加してみたのだが‥‥。
「美しく舞う姫だった‥‥いずれまたお会いしてみたいものだな」
小さく呟く風霧の胸内には白拍子もかくやという男装の美姫の舞姿だった。
●降る心
「どうしたんです?」
先ほどから挙動不審の誠に向かい、彩は首を傾げた。
「わっ!? な、なな‥‥何でもない!」
菫が気にしていた『若葉の君』が、実は女だと知りほっと一息ついていた所に唐突に掛けられた声に、らしくもなく慌てる誠。
本人、なぜそこで安心するのか自覚まではまだ遠い。
宴の用意を整えて後、誠の様子がおかしいのは知っていたからこそ彩は心配していたのだが‥‥ぶちぶちと呟きながら、客人への持て成しの采配を家人にするために、その場を後にする誠の後姿に、彩は瞳を細めた。
兄の落ち着きの無さや気に仕方は、保護者としての心配だけでは無いようにも見えた。
双子とはいえ、性を違えた誠と彩。恋愛に関しては女の方が長じているのが世の常である。
誠の様子を察した彩は、とても嬉しそうに微笑んだ。
菫姫への恋心とは‥‥身分違いとはいえ、素敵な恋を応援するのが彩の生き甲斐。
身分違いに留まらず、うっかり芽生えた恋から友への気持ちや、影藤のような歴戦の都人の含む笑みも気になるところだが‥‥。
「本人の自覚がある無しに関わらず、応援しますね♪」
そっと呟いた言葉は、誰の耳にも届いていなかったけれど。
双子の兄の背に向けて、びっと親指を立てる彩の姿を、淡く霞む月だけが見ていたのだった。