陰の巻〜塔を築くものアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
姜飛葉
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/26〜07/30
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●本文
朧に霞む朱陰の塔。
人の魂を重ねて作られるそれは五重塔。
けれどそれは未完。
四重までは重ねたけれど。
人の魂を重ねて作る塔は、五重塔。
‥‥もう少し、あと少し。
●築くものたち
「‥‥‥‥もう少し。あと数十も狩れば塔は完成する」
抑揚の無い冷たく澄んだ声音が響く。
それは、朱い陰影を刻む塔を見上げる白い白い色彩の女のものだった。
「そうすれば、公子様に‥‥」
「邪魔が入りそうじゃのぅ」
女の呟きを遮る呟き。
かちゃりかちゃりと、石を積み始めた声の主を女は軽くねめつける。
「‥‥邪魔?」
「そうさの。この近隣の村はどこも我等に逆らおうとする者はおらなんだ。だが‥‥」
「邪魔なら、塔に積む魂共々狩っちまえばいいだけの話だろ?」
勝気そうな精悍な声が、老爺の危惧を一蹴する。
「ふむ‥‥そう容易く事が片付くならな」
重ねた石を、かちゃりと崩し、小さく嘆息した老爺。
女は二人を見比べ、僅か考える様子をみせた。
そんな彼女が出した結論は男に同意するものだった。
「ここまで重ねた塔を、公子様をお迎えするまえに崩されるわけにはいかないわ」
紫紺の瞳は冷たいままだったけれど、どこか決意を秘めた瞳で塔を見上げる。
男は承知したように頷くと、鬼達を率い老爺が告げる石占が示す村を目指し、姿を消した。
「翁、あなたもあと少し‥‥魂を、塔を築く重ねを集めて頂戴」
老爺が否とも応とも言う前に、女も姿を消した。
朱陰の塔の前に残されたのは、崩れた石の塔を、蛙のような翁だけだった。
●募集配役
・凍女:妖の女。揺らがぬ感情、変わらぬ面をもつ凍えた女。
・焔男:妖の男。攻撃的で粗野な男。
・雷老:妖の老爺。小柄で得体の知れない風体に違わぬ狡猾な翁。
・村を襲う鬼:権力欲の強い力だけが取り柄の異形の大男。
・村を眺める者:塔の完成をただ『見ている』存在。
※その他の役は、シナリオに応じて求めるものとする。
なお、凍女ら3者を束ねる鬼公子は、今回のシナリオ上、登場しない。
●リプレイ本文
●CAST
凍女:チェリー・ブロッサム(fa3081)
焔男・焔真:藤宮 誠士郎(fa3656)
雷老:日下部・彩(fa0117)
朱:鷹野 瞳(fa2151)
志妖:マーマレード(fa3180)
氷女(菫姫):姫月乃・瑞羽(fa3691)
風遊:藤川 静十郎(fa0201)
巴:白蓮(fa2672)
●密談
「塔が完成するまであと少しなんじゃがのぅ。全く、静かに密かに、厄介な術士共に気付かれぬよう、最後まで事を運び終えるとは思うておらなんだが‥‥ここまで塔を築く事が出来ただけでも御の字かのぅ」
朱陰の塔を見上げ、耳障りな甲高い声で呟く雷老の声に、不快気に口元を歪める焔男・焔真。
「ここまできたんだから完成させるぜ、勿論な‥‥凍女、とっとと仕上げにいくぞ?」
「わかっているわ。志妖、朱‥‥」
冷たい声音に応じるように姿を現したのは、全てが闇色に染められた青年と燃える炎の如き髪が印象的な少女だった。
二人ともその背に、人ならざる異形の翼を生やしていた。
「何をすべきかわかっているわね?」
「勿論、わかってるよ」
「あははははは、当然」
小さく頷く小柄な青年の隣りで、少女は大仰に笑い飛ばす。
凍女が雷老を振り返る。その視線に、翁は芝居じみた動作で小さな肩をすくめて見せた。
「まず魂を集め易いよう、村に塔を出現させるかのぅ‥‥」
かちゃりかちゃりと石を積み始めた雷老に背を向けた凍女の前に唐突に現れた白い影。
突然の闖入者に鋭い爪を向けた志妖らにおかまいなしに影は凍女に飛びついた。
飛び掛られた方はといえば、顔色を変える所か眉すら動かす事無くソレを見下ろしていた。
「あなた‥‥」
「だって退屈なんですもの。良いでしょ、姉さん?」
凍女を『姉』と呼び、笑いかけたのは同じ氷の女だった。
闖入者の正体に呆れたように焔真が姿を消すと、志妖と朱もそれぞれその場から姿を消した。
塔を築く役目をおった姉とは違い、表情豊かに笑う氷女は、役目もなく気軽な存在。
自分とは違い自由気侭な性質の妹が此処まで来てしまった以上は何を言っても無駄かと、無邪気な笑みを浮かべる妹を見下ろすと、彼女は雷老を指差し妹に命じた。
「‥‥そなたの能力が役に立つ事もあろう。雷翁といるが良い。邪魔はせぬようにな」
「勿論よ」
にっこりと笑って頷く妹を見届け、仲間の後を追うように凍女も次の行動へと移るため姿を消した。
掻き消えた姉の姿を見送った氷女は、口の中で小さく呟く‥‥冷たい笑みを浮かべる。
「ふふふ‥‥この間見つけた面白そうな玩具、逃さないわ」
氷女の呟きが聞こえていたのかいないのか。
かちゃり、かちゃりと積んでいた石を見下ろし、奇怪な翁は声高に周囲へと命じた。
「さあ鬼共‥‥鬼公子様のため、邪魔者を排除し、残る村人の魂を奪ってくるのじゃ!」
夜の宴はこれから‥‥。
●見守るもの壱
僅かに時は遡る。
村を朝霧が包む幻想的な雰囲気を持つ明け方の風景のなか、高台から見下ろす者がいる事に彼は気付いた。
己が見つめる村を見る、己ではない存在。
「‥‥公子様に諍う塵は掃っておきましょうか」
深紫の狩衣に身を包んだ青年・風遊は、身に纏う貴公子然とした雰囲気に似合わぬ物騒な言葉を呟いた。
額に角を生やした彼こそが、人ならざるものだったのだけれど。
「そなたも見物かえ?」
けれど彼女は、唐突に背後に現れた風遊の事を知りながら、さして大した事でもないように悠然と構え、そのまま振り返ろうともせずに呟きに答えた。
色鮮やかな扇で、目元は隠されていたけれど‥‥その艶やかな声や、覗く朱を刷いたふっくらとした形の良い唇から、彼女が稀に見る美貌の主である事は想像に難くない。
だが、風遊こそ彼女の魅力に心動かされる事も無く淡々と問う。
名を尋ねられれば彼女は「『巴』と呼ばせておる」と、やはり振り返らずに事も無げに答えた。
「ええ、其の様なものです。尊き方よりの命にて‥‥鄙の姫君はお一人で? ‥‥おや失礼を、巴殿」
慇懃無礼な風遊の物言いにも、気を害した様子も無く巴は笑う。
「人は愚かしくも哀しく美しい‥‥そうは思わんかえ?」
漸く僅かに風遊を振り返り問う巴は、同意が欲しいわけでもないらしい。ただただ楽しそうに、朝靄煙る村を見つめる。
巴に戦意はないと悟り、今回の己が役目を全うすべく得物を収めた風遊は小さく眉根を寄せる。
「人は――そう、美しき礎となりましょう。公子様をお迎えする塔の」
「礎か‥‥。アレは妾の気に入りの演者での、そう上手く事を運ばせてくれるかのう?」
巴の言葉に内心片眉を跳ね上げながら、村を見下ろす視線を巴へと移した風遊。彼女も己と同様、観者である事を知り「目的が同様なら御供仕りましょう」と申し出た。
供ではなく、得体の知れぬ巴を監視下とするための申し出であろう事は想像に難くなかったが、彼女は否とは言わなかった。
「ここで朽ちるのならそれまでの者というだけじゃ‥そうはなるまいが」
小さな呟きが、風遊の耳へと届いたかは分らぬけれど。
巴は微笑を浮かべたまま、ただただ煙る村を見下ろしていた。
●重ねを求め
朧に霞む塔が像を結ぶ。
じき道が開かれる‥‥それを前に、仕上げとばかりに村を狩る役を担った妖らは、小鬼や餓鬼を僕に、件の場所を文字通り天より見下ろしていた。
「やつらを倒せば鬼公子様の覚えもよくなるだろう」
「言うまでも無い。気に入らないしな」
志妖が指し示したのは、村を護る男女。
朱が瞳を細め、狙い定めたのは女の方だった。
「参るか」「応!」
有翼の男女は月の輝く夜空へと舞い上がる。指し示されるまま餓鬼達は、村へ向けて駆け始めた。
先触れの妖が村になだれ込む様をみていた焔真は、護らの手により築かれていく餓鬼達の骸の山を見て毒づいた。
魂の有用を諌めはしたが、塔を築く糧を得る以前に襲う事が出来ていない。
「チッ‥‥所詮は餓鬼か」
けれど、餓鬼の役目はそれで十分だろう。真向うに愉快そうな人間を見つけ、知らず男の顔に笑みが浮かぶ。
「凍女、後は任せる。アイツ等を殺る方が楽しそうだ‥‥」
「勝手な事を。役目を見失わないようにね」
抜き去った大太刀に炎が走るのを横目に、無駄とは理解しつつも凍女はそれでも釘をさしたが、やはり笑いながら村へと跳んだ焔真からは返事は無かった。
「‥‥‥‥」
目障りな人間達の相手は適当に彼らに相手をさせておけば良いだろうと喧騒から未だ遠く、家屋の中で息を潜めている人間の気配に凍女は意識を向けた。
何も無粋に音を立て、奴らに気付かせる事もない。そっと家屋に溶けるように滑り込むと、村人が気付く前に静かに息を吹きかける。
蒸し返るような暑い夜だというのに、瞬時に村人は悲鳴を上げる間もなく凍りついた。
「今宵この村で塔は積み上がる‥‥邪魔などさせない」
彼女の呟きを耳にするものは、家中には誰も居なかった。
雷老は、塔の前でじっと座していた。
村の様子を覗き見ては嬉しそうに笑いさざめく氷女と後背に建つ塔の守役が如く。
村を守る術士は相応に出来るようには見えたが、凍女らが向った事を思えば大丈夫だろうと断じていた。
それよりも気になる事は‥‥。
「魂の集まりが悪いのぅ‥‥」
未だ積み上がらぬ塔に小さな呟きが零れる。
自身が相対しなければならない時には、精々正々堂々と戦ってくれるわ‥‥と思いつつ、翁は石を積んでいた。魂を重ねるように。
●塔をめぐる攻防
かちゃり、積み上げられていた石が崩れる。
塔の眼前に現れたのは人の術士。その姿に雷老は元より細い瞳を更に眇めた。
村の騒ぎを抜け出し朱陰の塔を崩すべく駆けつけたのは、香月と桃だった。
そんな彼らの前で、月下の塔のもと佇む陰。それは雷老とおぼしき妖の老爺。そして‥‥
「た‥‥助けて。兄様の目を盗んで抜け出したばかりに捕まってしまって‥‥」
「菫姫!? 何で、如何してここに‥‥?」
かつての依頼主の妹姫たる菫の姿に、桃の困惑の呟きがもれる。
だが香月は小さく笑みを零すと、弟子の困惑をよそに符をかさりと揃え口中で呪を刻んだ。
雷老の放った石礫をそれで弾き落としながら、桃に目に見えるものに惑わされないようにと諭す。
桃は再び集中し、菫姫を見つめた。力が集まりじんわりと目元が熱くなる。
訴える菫の悲しげな顔を振り切るように、桃は手にしていた符を構えた。
「お願い、助けて‥‥!」
「違う、貴女は菫姫じゃない」
「騙されないで、私が菫よ!」
訴える表情は菫そのもの。けれど、桃が捕らえたのは、隠された姿から時折垣間見えた人には無い妖気だった。
振り切るように放たれた符は、菫と雷老目掛け飛ぶ。
「残念、思ったよりやるのね」
そう言ってちらと舌を覗かせ菫姫は、雷老が落とし損ねた符を自ら叩き落としす。
「気の真似方が達者でなかったな。最も人の繋がりは疎かにできないもの‥‥かの姫が攫われたなら都は大騒ぎだろうが、それも無い」
「‥‥本物はもっと人の気が独特で生き生きしてました。貴方は姿を写しただけです!」
師の助言に、妖の罠を看破した桃。雷老と共に在ったのは妖の変化であったのだ。
「それがわかったからとて如何いたす? 成る程姫ではないかもしれぬが髪の毛一本あれば呪は出来る。姫に呪いが行くやもしれぬな」
「なっ!?」
塔は壊させないとばかりに、その場に新たに現れた凍女が冷たい言葉を付きつけた。
菫姫が偽者だと見抜かれても彼女らの表情は変わる事はなく、冷えた物言いに桃の顔色こそが変わった。
そして塔を守る存在が戻る間を稼ぎ出す事も叶った時点で彼らのほうが上手だった。
白い細い手に鋭い氷の刃が生み出される。弟子を片手で制し、瞳を細めた香月は淡々と言い放った。
「かの家に身を預けたは先まで。関係あるまい」
「思い切りがいいのね」
投げられた符を切り裂きながら凍女は瞳を細め、香月を見遣った。
幾ら攻撃を加えようと平然と受け流し、肌を凍らせ焼く息を吐き、氷の刃を向ける凍女に香月は僅かに眉根を寄せた。
雷老と菫姫に動きが無いのが幸いだったが、いつ奴らが動くかもわからない。
「先ほどまでの威勢はどうした? 元より抗おうというのが愚かなのだ。お前達も塔の礎の一つとおなり」
「師匠っ!」
桃の叫び。降り注ぐ氷の礫に香月の袍が穿たれた。だが、礫の間隙を縫い放たれた香月の符‥‥それは、眼前の凍女だけではなく、菫姫や雷老へもその力を注ぐものだった。
表情の変わらなかった凍女の顔が、僅か苦しげに揺れた。その一瞬を桃は見逃さなかった。
「‥‥全く同じ気配と力‥‥ううん、命と力を共にしている‥‥?」
菫姫と凍女の気配を見抜く。桃の言葉になるほどと頷いた香月は戦場に似つかわしくない微笑を浮かべた。
得た情報と術の結果を見れば、おそらく彼女らは二人で1つの命を二分しているのだろうと確信する。
「冥土の道も、二人なら愉快であろう」
「出来るのならばな」
それがわかったから如何するとばかりに、氷の刃を振り上げた凍女の表情が不意に歪む。翁を呼ばい後背を顧みたその眼前にあるのは朱陰の塔‥‥のはずだった。
何かに捕らわれたかの如く、塔の陰影がゆらりと歪む。
香月らに場を託し、塔を含めた村の四方を囲むように浄化の符を配し陣を組んだ朋青の手による、魂を還す浄化の磁場の発現だった。
機が満ちたのは、人間達の方だった――意を得たと香月は符を捌き、呪を踏み、高らかに読み上げる。
「奇一忽ちして雲霞を結び、八方忽ち急を貫き、幻塔達せば太一真君に感ず、忽ち感通‥‥」
塔を破壊すべく符に呪を重ね始めた香月に、桃も懐より取り出した紫水晶の勾玉を握り締める。
「大和の国を守りし天津神・国津神。妖に利用されし魂達を根の国へ導きたまえ」
「「如律令‥‥!」」
地に施された符呪と言霊と呪が絡み合い、また築き上げられた塔とは真逆の空間が存在を打ち消していく。
「新たに生まれるまで魂の安息を‥‥」
得たりと微笑む香月らの後背にてあがる末声に、その場に居る誰が気付いただろうか。
桃を襲おうとした餓鬼が事切れていた事を。
櫛が炎餓鬼の背に、身を貫くように刺さっていた‥‥。
●塔の崩壊
「礎があれば再建も容易。全てが崩される前に引くぞ」
「‥‥口惜しいがそれが賢明じゃな」
凍女は忌々しげに術士を睨めつけ、青白い唇をかみ締めた。
雷老が、崩れた石積みの場を蹴り飛ばし更へと戻せば、瓦礫となれ果てようとしていた朱陰の塔が薄らぎ始める。
霞み始めた塔を逃すまいと更に呪を重ねる香月に対し、置き土産とばかりに砂利交じりの吹雪が襲う。
眼を庇った袖を外した時、彼らの前から妖達はその痕跡すら残さぬかの如くその場から掻き消えていた。
●見守るもの弐
「‥‥人間風情に、こうも勝手を許すとは‥‥三将も存外情けの無い」
塔が崩落する音を聞きながら、風遊は冷たく零した。
一方、巴は気に入りの人間達の力を改めて確認できた事で、満足そうに微笑んでいた。
「あの魂の美しいこと‥‥口にすればさぞ美味しかろうな、食べたりはせぬが」
妖らしからぬ言葉に風遊が僅かに眉尻を上げる。が、それには気付かぬ振りで心中呟きを零すと、巴は扇をぴしゃりと閉じた。
「また会うこともあろうぞ」
巴の身を包むように、何処からか蝶が無数に舞い飛ぶ。
いつの間にか、蝶に紛れるように巴の姿がその場から掻き消えていた。
「小煩い羽虫も時には美しく舞いますか‥‥ふむ」
風遊にとって煩わしいものは、鬼公子にとって邪魔な存在のみ。
安易にはいかぬ事を胸に朱陰の塔を眺めていた彼。
けれど、深紫の青年の姿もいつの間にかその場から消えていたのだった。