陽の巻〜塔を壊すものアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 姜飛葉
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/26〜07/30

●本文

 朧に霞む朱陰の塔。
 人の魂を重ねて作られるそれは五重塔。
 けれどそれは未完。
 四重までは重ねたけれど。

 人の魂を重ねて作る塔は、五重塔。
 ‥‥もう少し、あと少し。


●壊すものたち
 この近辺で、近頃死人が増えているらしい。
 流行り病でもなければ、戦の類ではなく。
 集落ごと、死体が重なっていた事もあるらしい。
 昨日笑って分かれた者が、翌日物言わぬ躯となっている事もあるという。
 病の後も、傷跡もなく。
 ただ、抜け殻のようにくず折れ重なる死人の山。
 だからこそ、近隣の住民達は、次は己か、あるいは‥‥と、家中に引きこもり息を潜め暮らしているのだという。


「‥‥辛気臭ぇなぁ‥‥」
「救いを求めたところで、差し伸べられる手があるとは限らない‥‥仕方ないだろう」
 達観したような相棒の言葉に、小さく舌打ちを零した野武士然とした男・鋼牙は村へと続く道を辿る。
 その歩みは大して早くも無いのだが、それを追う弟子は僅かに小走り。
「師匠‥‥死病の気配はありませんね。やはり妖の仕業でしょうか?」
 息を弾ませつつ、師である香月に桃が訊ねれば「どうであろうな‥‥」と、師は名言はせず言葉をぼかした。
 彼らが通ってきたこの近隣は、何処も活気はなく、静まり返っていた。
 そこはたどり着いた村とて例外ではなく。
 この有様では、酒の確保は難しいだろうなと零す鋼牙を、桃は不謹慎だと嗜めた。
「ってもなぁ! こんな‥‥」
「香月! よく来てくれたな」
 突然掛けられた声に、口を閉ざし。鋼牙が、桃を見下ろしていた視線を前へと向ければそこに立っていたのは己とそう変わらぬ年であろう男だった。
「‥‥息災そうというわけにはいかぬか? 間に合ったようで良かった」
 瞳を細め、男に小さく笑いかけた香月。
 余り見せぬ相棒の表情に、「知り合いか?」と小さく桃に訊ねる鋼牙。
 けれど、桃も知らぬのかわからないという風体で小さく首を傾げた。
「連れ合いか?」
「ああ、鋼牙と桃という。風体こそ難があろうが、求めには足ると思う」
 話が見えず、訝しげな様子の鋼牙と桃に、男は「よろしく」と笑いかけた。


 香月らの力を求めたその男の望みは『朱陰の塔を退ける事』だった。
 おぼろに霞む朱陰の塔。
 あやかしが築くその塔は、いつも在るわけではなく。
 月夜の輝く晩に何処なりかその姿を現すという。
「‥‥壊す事ができるのかわからない」
「ですが、塔が現れ続ける限り、この近隣に平穏は訪れますまい。払うなり、壊すなり‥‥あるいは、築くものを討ち滅ぼすかしなければいけないでしょう」
 男の傍らに佇む女の顔は、白塗りの面に隠され見ることは出来ない。
 けれど、男が側にあることを認める女であれば、敵ではないのだろう。
 香月の判断に、鋼牙や桃があえて否を唱える事も無く、彼らの話を聞いている。
「この近隣、生者がこれほど残っているのはこの村だけです。おそらく近いうちに塔はこの村へと姿を現すはずです」
「なんでそう断言できんだ?」
「‥‥‥‥」
 鋼牙の問いに答える事無く、女は薄い笑い声を零すのだった。
 

●募集配役
・鋼牙:野武士。長大な野太刀を扱う。
・香月:術士。符を用い戦う事を得手とする。
・桃:術士の弟子。年端のいかぬ子供ながら、見鬼の力を生まれながらにしてもつ。

・村を護る男:侍崩れの男。縁もゆかりもない村に留まり、怪異から村人を守っている。
・村を護る女:かつて霊山で巫女を務めていた女。村とは縁はなく、旅の途中立ち寄り今に至る。

※その他の役は、シナリオに応じて求めるものとする。

●今回の参加者

 fa1081 三条院真尋(31歳・♂・パンダ)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa2764 桐生董也(35歳・♂・蛇)
 fa3144 大太郎(25歳・♂・牛)
 fa3280 長澤 巳緒(18歳・♀・猫)
 fa3567 風祭 美城夜(27歳・♂・蝙蝠)
 fa3579 宝野鈴生(20歳・♀・蛇)
 fa3736 深森風音(22歳・♀・一角獣)

●リプレイ本文

●CAST
 鋼牙:桐生董也(fa2764)
 香月:風祭 美城夜(fa3567)
 桃:美森翡翠(fa1521)

 護:大太郎(fa3144)
 覚:宝野鈴生(fa3579)

 朋青:三条院真尋(fa1081)

 せつな:長澤 巳緒(fa3280)

 風夢(夢):深森風音(fa3736)


●会合
「もう日が暮れるんだから、ちゃんと家の中で大人しくしていないとだめだよー!」
「わかってるよ。せつな姉ちゃんは母ちゃんよりうるさいんだから〜」
 子供達は憎まれ口をききながらも、せつなに向け笑み浮かべ手を振り家々に帰っていく。
 最後まで手を振る子供に、手を振り返していたせつなは、その子供家に入ったのを見届け踵を返した。


 囲炉裏の炎を囲み、真剣な面持ちで語り合っていたのは、旅人でありながら村を護ろうと申し出てくれた護と覚。護が頼んだらしい、香月、鋼牙、桃‥‥そして彼らと同じ頃、村を訪れた朋青だった。
「塔の材料は人の魂‥‥で間違いないのだな?」
「ええ、そうよ。塔は奴らの主の為の物‥‥人の魂を集めて作ったものだから、塔を構築する魂を浄化することができれば崩す事が出来るわ」
 香月の確認に、各地を旅し巡る同業者だと言う朋青は頷いた。
 塔を築くのは、凍女・焔男・雷老とされるその名の通りの見目の者達だという。
 塔を造る者に因縁があるのだと彼は言う。奴らに借りを返す為に世を流れ、追うが故にこの村にたどり着いたのだと。
「顔ぶれが変わっていなければ、だけどね」
「なるほど」
 書き付けを見下ろし、香月は一人ごちた。
 月夜の晩に現れる朱陰の塔。
 護と覚が持っていた情報に朋青の話を加え、更にそこに夢という女性のものも加わり、備えるにあたり形になりそうな程には情報が纏まっていた。
 夢は、朋青とは異なり唯人だという。なぜ、情報を得られたかと問えば、塔に捕らわれていた間に見知った事と。彼女は塔から逃げ出し此処へたどり着いたのだと言う。
 塔は人の魂を重ねて築くもの。まだ完成していないはずの塔に生きた人を捕らえるくらいなら‥‥。浮かぶ疑問に朋青が言葉を発すのを目で制し、香月は「それで?」と促す。
 彼女は語る――塔が魂で作られていること。その塔を築いている妖たちの姿や特徴などを。そして、塔を完成させるためにも、近々この村を狩るだろうと語った。
 朋青が持っていた情報を捕捉こそすれ違う事は無かったが、村長の下にせつなと同じく身を寄せているものの‥‥不思議な気配の女性だった。
「で、どうする? 村人を避難させた方がいいのか? といっても何処に避難させるかが問題か」
「危険も高いが、村にいれば守る事も出来る。避難させた場所とこことを同時に襲われたら」
 護の懸念に覚も頷き。香月が言葉を引き継ぐ。
「こちらも戦力を分けなければならない事は避けたほうが良いだろうな」
「成る程な。だったら塔は月夜の晩まで出てこないんだろ? って事は、どんなに構えていても夜にならなきゃ出ねぇ‥‥準備はしてあるんだ。後は寝る」
 無造作に手を振ると、鋼牙は皆に背を向けてごろりと板間に転がってしまった。
「豪胆な男だな」
「まあな‥‥」
 苦笑まじりの呟きに、香月はそんな鋼牙の態度など慣れたものなのだろう。頓着する事無く囲炉裏の灰をかき回す。
「鋼牙の言うとおりだ、お前も今のうちに休んできなさい」
 師の言いつけに、桃は暫し迷う様子を見せた。
「どうした?」
「師匠‥‥ずっと誰かに見られてる気がするんです。声が聞こえるほど近くじゃないですが」
 眉根を寄せ困惑げに零した弟子の様子を瞳を細め見下ろしながら、香月は小さな声で打ち明けた桃の頭をそっと撫でた。
「気にする事は無い。とにかくお休み」


●犠牲
 村を護るため話を交わす術士らの様子を垣間見、せつなは小さく息をついた。
(「なんで私の村は護ってくれなかったの?」)
 忘れようにも忘れられない。物言わぬ冷たい骸と成り果てた両親の姿。
 恐怖におびえた姿のまま息絶えていた幼馴染達。
 町へ使いに出ていたせつなは、たまたま『死』を免れたに過ぎない。
「ダメダメ、今はこの村が私の村なんだから‥‥」
 小さく被りを振って過ぎる考えを頭から追い払う。
 だが護達を頼もしく思うと同時に、彼女の心からは灰暗い念を消し去ることなどできなかった。
 外を見遣れば、沈む夕日に照らされて緋色に染まった村が見えた。
 故郷をなくしたせつなを迎え入れてくれた村。
 今度こそ無くしたくない‥‥護りたい、護れればいい。そう彼女は強く願う。
 けれど、夜の帳はすぐそこまで下りていた。


●村を巡る攻防
 白く朧に霞む月の光が僅かに揺らいだ。
 誰かが雲でも出たのかと空を見上げれば――何処からか悲鳴が響き渡った。
「あははははははっ‥‥!」
 高らかな笑い声が夜闇を裂く。月光を遮ったのは、鈍錆色の翼を広げた妖怪。名を朱。
 虚空より舞い降り、人を屠り魂を狩る。
 板戸など紙切れも同じなのだろう‥‥戸板が破られ悲鳴が上がり。
 後に響き渡るは、愉悦に満ちた笑い声。
「くっそ、耳障りなんだよ!」
 舌打ちを零し、鋼牙は野太刀を手に走り駆け、妖が再び天へと舞い戻るのを遮ろうと振り薙いだ。
 けれど、刀は板戸に噛まれ止り。大きな羽ばたき音が響く。
「逆らおうなんて無駄だっ!」
 虚空を薙ぐ鋼牙の刀を天より見下ろし、嘲笑を浮かべた妖は仄かに赤い燐光を纏う緋色の刀を持っていた。同じ緋の衣が、羽ばたきに合わせ揺れる。
 妖の笑いさざめく音に惹かれるように、揺れる炎の肌を持った醜い餓鬼達が、これでもかと村へ押し寄せていた。果たしてその肌は、見まごう事無き炎だった。ちろりちろりと小さな炎が乾いた家壁に触れれば、焦げ臭い香りが流れる。
「ゆけ! 我らの力を人間どもに思い知らせよ!!」
 新たな声。闇色の身体に闇色の翼。淡い月光を背に空に佇む存在がまた一体。名を志妖。
「‥‥空からとはな」
 家壁を踏みつけ炎を潰しながら毒づく鋼牙の傍らへ、符と玉を手に香月が歩み出た。
 香月の手より零れ落ちる玉を踏むと炎餓鬼は醜い声を上げて転げまわった。
「お望み通り、降りて来てやったよ!」
 けれど、嘲笑と共に放たれた朱の言葉を聞かされたのは鋼牙らではなく‥‥覚だった。
「私達の邪魔をしてるのはお前達だっていうじゃないか。それに‥‥霊力の高い巫女ってな、嫌いなんだ!」
 振り薙がれる朱刀。高らかな笑い声と供に再び空へと舞い上がる妖に、背を仰け反らせ後ずさった覚の姿に護が炎餓鬼を斬り伏せながらその名を呼ばう。
「覚!」
「‥‥大丈夫です」
 額を押さえるように左手で目元を覆った覚。その足元には、割れた陶磁の面が落ちていた。
 袷から真白い領布を取り出すと、ふわりとその面を再び隠すように纏った。
「この村に災いをもたらそうと言うのであれば‥‥容赦する道理はありませぬな」
「はっ、どうするって?」
「容赦はせぬと申し上げたまで。私はそう人間ができておりませぬゆえ」
 真正面から見上げられた朱にだけ、覚の瞳の煌きが見えた――人ならざる色の輝きだった。


 小鬼や餓鬼は有象の群れ。いかな彼らが優れた使い手といえど全てを防ぐ事は叶わない。
 大挙して押し寄せる妖怪達に、せつなもまた立ち向かっていた。
「ここだけは護る。もう、あんな思いはしたくない!」
 せつなの村は失われた。2度もあの思いは味わいたくは無い。
 香月や鋼牙、護等の防衛線をすり抜ける餓鬼等小物へと護に師事した刀を必死にふるう。
 日々修練を重ねていたとはいえ、実践はそれとは異なる難しさに息を付いた僅かな一瞬――餓鬼の体当たりにせつなの身がぐらりと傾ぐ。
 この時とばかりに飛び掛る複数の小鬼の姿に、思わずせつなは瞳を閉じた。
 だが予想した衝撃は来ず。変わりにあがる断末魔の悲鳴。
「無理はするな」 
 斬り捨てたのは護。再び鬼達へと転じる彼もまた、村を絶対に失わせないという決意の元、刀を振るい続けていた。


「チッ‥‥所詮は餓鬼か」
 護らの手により築かれていく餓鬼達の骸の山に焔真は毒づいていたが、真向うに愉快そうな人間を見つけその顔が輝く。
「凍女、術者は任せる。アイツ等を殺る方が楽しそうだ‥‥」
 抜き去った大太刀に炎が走り、アイツに降り注ぐ斬撃。
 焔真が目を付けたのは鋼牙だった。刃が噛み合う硬質な音が響く。
 手に返る痺れる様な感触に、恍惚にさえ見える笑みを浮かべ、焔真は口角を引きあげた。
「さぁ俺が直々に相手をしてやるんだ! 少しは楽しませろよ!」
「‥‥頼んでねぇっての」
 そう吐き捨てた鋼牙。だがむしろ愉しげなのは香月の気のせいではあるまい。優れた刀の使い手との逢瀬は鋼牙にとっても望むところだ。
 鋼牙の持つ野太刀も人が扱うに長大で重いものだったが、流石妖怪。焔真の扱う大太刀はそれよりも遥かに大きい。果たして重量は如何ばかりになろうか。
 互角にも見える斬り合いが幾合か。愉しげな男の笑い声が響く。
「は! 人間にしては腕が立つようだな!」
 斬り結ぶ度に、鋼牙の肌が焼かれる。なるほど、剣術のみで言えば力量は並ぶものかもしれない。けれど、焔真の力はそれだけではなかったのだ。


 度重なる超重な斬撃に、鋼牙の手指の感覚が鈍る。
 唯でさえ重い一撃を繰り出す2刀に、気性と同じく激しさを秘めた妖の力が加われば、徐々に鋼牙の方が圧され気味になってきている。
 振り下ろした刀を刃で受け止め、じりとにらみ合う刻。だが、焔真は詰まらなさげに舌打を零す。
「所詮は人間か。‥‥つまらねぇ、もういい。魂ごと全て焼き尽くす!」
 途端に重圧の増した長太刀に、鋼牙の足が崩れ地に着く。
 そのまま頭から断ち割ってやらんと更に増す力。
 それが不意に解けた。
「大丈夫か?」
 護が焔真へと斬り込んだのだ。
「‥‥邪魔するなって言いたいトコだが、一応礼は言っとく」
「それだけ口が動けば大丈夫だな。片付けるぞ」
「増えたからって勝てると思うなよ」
 護と鋼牙の二人を前にしてもなお焔真の笑みの消えない。
 刀を振り上げた焔真の手に鋭い痛みが走る。またかと視線をめぐらせば、飄とした風体の新たな男。
「術士は俺の受け持ちじゃねーだろうよ」
 忌々しげに顔を歪めた焔真に、朋青は戦場に似つかわしくない晴れやかな笑みを向ける。
「どこいってたんだ?」
「ごめんなさいね〜‥‥」
 言葉ほど詫びれた様子も無く符を手に戦場へと現れた朋青に一瞥をくれながら、焔真の斬撃をかろうじて逃れる鋼牙。
「余所見するたぁ、余裕だな」
 その間を逃すわけも無く、炎を纏う2対の大太刀が鋼牙らを追い詰める様に迫る。頭1つ外しかわせば文字通り紙一重‥‥鋼牙の前髪が焦げ落ち、護の手には重い衝撃が走る。
 護の足に絡むように場に闖入しようとした子鬼。ぴしゃりと符をもつ手で餓鬼の頭を朋青が叩けば、耳障りな奇声を上げ事切れる。
「塔は完成させないわよ‥‥絶対に」
 笑みの下に断固たる決意を秘め、彼はそう呟いた。


●塔の崩壊
 崩落の音を立てる朱陰の塔に、焔真は怒りを露に大太刀を振り薙いだ。
 先ほどまでとは比べ物にならぬ程の緋色の炎が地を走り、周囲の木々や村を嘗め尽くす。
「人間風情がぁ!!」
「くっ‥‥!」
 真正面で炎に焼かれる事となった鋼牙は、髪や肌が焼ける嫌な匂いに眉をしかめる。
 が、その後背で幾つもの悲鳴が上がる。振り返った護の目に映ったのは、焔に舐められ燃えようとする家々だった。


「わたしの命は鬼公子さまの‥‥妖怪全体のための礎に過ぎない。あの世で、貴様らがもがき苦しむさまをとくと拝ませてもらうぞ」
 闇色の身を青白い浄化の炎で焼かれながらも志妖は、託宣のように覚に言い放った。
 鬼公子がきっと妖の世を築いてくれる‥‥それだけが、この世から焼かれ消えつつある彼の救いであり、望みであった。
 倒れた志妖が呟きを零せば、塔の崩壊を狙い築かれた磁場に支えられた浄化の炎はその口中まで入り込み、内より焦がす。
「すまなかったな。お前を利用する形になってしまって‥‥」
 志妖は唯々炎の中から、血に濡れた大地に刺さる錆び朽ちた刀だけを見つめていた。
 己が人間達への矛として利用し、散っていった同胞の事だけを‥‥。
 妖を見下ろす覚の表情は布に遮られ図る事が出来なかった。
 その物思いを遮ったのは、村からあがった人々の悲鳴だった。


「‥‥なんて事を」
「呆っとするな! 火を消せ!!」
 惑う声に叫び指示する声はかき消され。
 せめてもの置き土産とばかりに、炎を残し焔を纏う男は鋼牙らの前から姿を消した。


●見守るもの
 全てを奪い灰燼へと変える炎という名の略奪者を、ようやく鎮められた頃‥‥。
 既に朱陰の塔も、妖達も、跡形も無く姿を消していた。
 たった7人で、あれほどの妖怪達を退けられたのだから結果は成功と言えるだろう。
 生き残った村人の治療に走り回っていた覚や桃達。同様に、自身も疲れているだろうに治療に当たっていた香月が、ふと天を仰いでいるのに鋼牙は気付いた。
 どうかしたのかと問えば、僅か首を横に振り、再び治療に当たり始めたのだった。


「人間も使い方次第で役に立つわね。少し気をつけた方がいいかしら」
 一方。戦い終わった直後の混乱を利用し村を離れた女は、そう一人ごちた。
 握り締めた扇子が、軋む。
 都より離れた田舎に似つかわしくない豪奢な衣装を身に纏った女‥‥夢と名乗っていた彼女も妖怪だった。艶やかな髪を彩る玉簪に櫛飾り。髪を撫でて漸く彼女は思い出した――飾る櫛を1つ、いつ失したかを。
「まあ良かろ、櫛の1つくらい。それにしてもかの鬼公子の配下達‥‥存外情けないこと」
 彼女と同じ呟きを零した者がいた事に誰か気付いただろうか。