蕪村をめぐる歌アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
まれのぞみ
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや難
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報酬 |
1.2万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
07/03〜07/07
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●本文
「梅雨ですぅ‥‥」
「梅雨だな‥‥」
うっとしそうに窓の外をにらみ、半獣人化した隣席の娘がネコミミをつんと立てている。ヒマそうだねという顔をして男は女の横顔を見た。
女のぶちぶちとした苦言は、やがてため息となり、吐息となり、いつしか吐息は唄となっていた。
「さみだれや大河を前に家二軒」
「?」
どこかで聴いたことのある句だ。
「蕪村の句ですぅ」
つまらなそうに女は付け加えた。
「さみだれということは五月の雨だろ? なぜ梅雨に季節なんだ?」
「旧暦だといまは何月ですかぁ?」
猫はにゃんと微笑した。
「旧暦? 二月に旧正月があったから、だいたい1ヶ月遅れ‥‥そうか、いまが五月雨になるのか!」
今年の二月に中華街に旧正月の取材にいったプロデューサーはぽんと手を叩いた。
「そうですぅ」
にっこりと笑い、まぶたを閉じ――
夕立や草葉をつかむむら雀
いづこより礫うちけむ夏木立
花いばら故郷の路に似たるかな
憂ひつつ丘にのぼれば花茨
博識な猫娘が、たてつづけに蕪村の句を諳んじた。
「どんな気分なんだ?」
「蕪村に浸りたい気分ですぅ」
よくわからない返答である。
もっとも、それを中年の思考もよくわからないといえるかもしれない。
「なにを考えてるんですかぁ?」
「わかるか」
男の口元には微笑が浮かんでいた。
それは生徒にとっては性質のよくないテストの問題を思いついた教師という風貌で、当該の者にとっては悪魔の嘲笑のようにしか見えなかったであろう、そんな笑みである。
「こんどのポップスの歳時記の題材は蕪村にしようかなと思ってな」
「また、難題ですぅ」
「夏休みの前の宿題にちょうどいいだろ?」
「宿題じゃなくて、演奏者たちの技術も競わせて順位をつける番組なんですから、それは宿題じゃなくてテストですぅ!?」
意地の悪い期末テスト――しかも、それを抜き打ちで宣告された生徒のような表情を猫娘はするのであった。そして、意地の悪い教師はにやにやとしながら問題を練りはじめるのであった。
●リプレイ本文
「あッ!?」
麻倉 千尋(fa1406)は顔をあげ、コンピューター上の小さな時計で時間を確認した。「もう、こんな時間なのか!?」
いつの間に、うとうととしていたのだろうか。
窓から見える東の空は紫だちたる色に染まったかと思うと、さっと茜色に染まり、やがて夏の日差しの照らす白々とした朝の空へと変わってゆく。
打ち込みをやっているうちに眠ってしまったらしい。
なんにしろ、本番までにはまだ時間がある。
「さて、つづきをやろう」
コンピューターの画面上の譜面を確認しては、自分で苦笑してしまう。
(「なんで、こんな風な作曲をしたのかな?」)
半獣化して作曲した音楽を、ひとの姿に戻って聴きなおしてみると、どうしても腑に落ちないところがあったり、あるいは、こんな曲を自分が書いたのかという驚きが生まれたりする。同じ自分であるのに、どうして、こんなに違うのだろうか。ただ、半獣化すると感覚が鋭くなっているということなのか――それとも朝な、夕なと私という人間は変わっているということなのか――歌ってみよう――春をしむ人の榎にかくれけり――
巷のカラオケボックスじゃまだまだ
桜や粉雪舞い降りて
ノースリーブにホットパンツの私
なんだか不思議な気分
この夏流行りのブランドの
タンクトップの君が
リモコン叩いて入れた曲は
昨年末の流行歌
帰り道 午後の日差しは強く
木陰が優しく涼しく揺れる
大きな入道雲 深い緑の木々
だって夏じゃない?
秋も冬も 春も素敵よ
だけど「今」を楽しみましょうよ
惜しみすぎてちゃ勿体無いわ
季節はほら また巡るから
いつしか麻倉はスポットライトの下の人となり、ポップス調の旋律にのった声はいつしスタジオにこだましていた。セミの声が、木の葉のこすれるかすかな音が、その声と旋律に重なり、目を閉じ歌の世界に陶酔した者達の心に夏の風景を描き出している。
(「遠い日の夏のを思い出させる歌だな。そして、なんともはやテクノロジーの進化はすさまじいものだ!」)
プロデューサーの男は舌を巻いていた。
なんにしろ明和の句に平成のコンピューターサウンドとは、考えようによっては、おもしろい組み合わせである。
(「おッ?」)
曲が終わった。
拍手が起き、麻倉は深々とおじぎをする。
やるだけのことはやった。
あとは、結果を待つだけ――とはいっても、くじ引きの結果、トップになってしまったので待つ時間は長いのだが――
彼がさきほどまでいた場所には、いま、涼しげな浴衣姿の少女がたっている。
(「おや?」)
スタジオの脇にもひとりの女がいた。
黒いワンピースを身にまとい、頬を紅潮させ、何度もなんども深呼吸している。マイクを握った両手が震えていて、すこし緊張している様子が見て取れる。
彼女が歌を謡うとは知らなかった。
女優の和泉 姫那(fa3179)である。
プロダクションの戦略なのか、本人の希望なのかはわからないが、歌にも活動分野を拡げるべく番組に参加してくれたのだという。
演技には慣れた彼女でも、歌は初めてである。
人には常に初めてというものがある。
つぎは自分の番だ。
初めての歌番組だという緊張感が彼女を襲う。
スポットライトの元、ピアノの前に座り、一度、深呼吸。
まぶたを閉じ、もう一度、深呼吸。
女優仕事の合間にヴォイストレーニングを重ね、時間をみての作詞と添削、趣味としてやってきたピアノを仕事とするための特訓ともいっていい訓練。
それが、いま歌――七夕の逢はぬ心や雨中天――となる――
七夕の逢はぬ心や雨中天
交わした約束
今日は守れそうにないわ
この雨が邪魔してる
あなたの側にいたいけれど
時には一人で雨宿り
だけどとても不安だから
心の短冊に願い書き
お願いするわ
心はいつも一緒にいられるように
七夕の逢はぬ心や雨中天
どんなことがあろうと
二人の間に邪魔はさせない
初めての本番を彼女をうまくやってのけた。さすがは芸能人であり、プロであるといえよう。そして、初めてを踏みはじめれば、やがて場を重ね、慣れてゆくものである。
例えば、彼らのように――
スタジオの隅に茶席を設けて抹茶をたて和菓子を食べているのは、香凪 志乃(fa3997)とjoker(fa3890)である。
余裕なのか、たんなる時間つぶしなのかおいしそうに間食をしている。俳句の鑑賞のつもりで用意したのだが、観客に配りながら、自分たちもいただいている。
さて、順番である。
「香凪さんと組めてとても光栄だよ!がんばろうね」
「ええ!」
「さて、どんな句をもとにしましたか?」
司会の娘が問う。
「夏河を越すうれしさよ手に草履」
「それでは優しい音色を奏でてくれるのでしょうか? 優音のふたりです!」
空を見上げて 流れる雲に心が和がれ
視線は高く 連なる山々故郷の匂い
さらさらひやり 撫ぜる水は変わらず迎え
いつか貴女と歩いた道を 今は一人で辿っています
白靴脱いではしゃいだ季節(とき)を 微笑みそえて見守って
雲を眺めて 白い綿飴 手を伸ばし
視線は低く 泳ぐ小魚 こそばゆく
ぴちゃぴちゃひらり 跳ねる水音、いと楽し
白き細指 手を引いて 一人小川で水遊び
水面に映った貴女と私 ただひたすらに稚(いとけな)く
追いかける雲 かの地は遠く 貴女もまた 過ぎてしまった
いつか貴女と歩いた道を 今は一人で辿っています
水面に映った青い高空(たかそら) 微笑みそえて想い出し
風凪の蛇をかたどったリングがアップとなって曲が終わった。優音の歌を褒め、司会の女の子が、つぎのグループの名を呼ぶ。
「朧月読です!」
三人組があらわれた。
こちらもいかにも慣れた態度だが、ある意味でなれすぎているかもしれない。ダークスーツをラフに着崩した柊アキラ(fa3956)を先頭にしての入場である。リラックスしたもので、男は脇の女の耳元に耳打ち。
「圭のサンドリヨン姿、すごく可愛いね。しっかりエスコートするよ」
蓮 圭都(fa3861)の肩と腰に手とまわした柊の額を彼女の指先がはたいた。
「アキ、エスコートは嬉しいけど抱っこはいらないわ」
「かわいくねぇな」
額をさすりながら入場。
その後ろから、こちらもダークスーツ姿の佐武 真人(fa4028)が苦笑しながらついて来る。言いたいことはあるが、二人に加えさせてもらっている身なので、突っ込むのはよしている。佐武のピアノに腰掛けると、その指が鍵盤を叩き、柔らかな音を響かせる。蓮と柊のツインギターがピアノのメロディーにリズムをつけ――憂ひつつ丘にのぼれば花茨――
日差し透く緑の影の下
眩しさに そっと瞳閉じた
待つばかりの頃は過ぎて
前を向いている 山背にのせて
陽炎の揺らめく花の頃
懐かしくて そっと瞳開く
今はない優しい笑顔
想いこみあげる 夏雲とともに
青い空に地図を投げた
いつか振り返る時がきても
小さな花咲く坂 のぼるこの道を
歩いてゆく 歩いてゆく
※
「『かけ香』って何だろう?」
「えッ?」
セーヴァ・アレクセイ(fa1796)にインタビューしていた司会の娘の頭にクエッスチョンマークが浮かんだ。
「かけ香や 唖の娘のひととなり というのがインスピレーションの源なんだけれど、いや、よくわからなくて。俺がアメリカ人だから知らないだけで、かけ香って日本人にはわりとポピュラーなのかな?」
微妙な表情をして司会は歌手に謡うようにと求めた。
川を渡る夏の風が
隣で眠る君の儚い香りを
僕に運ぶ
静かな微笑み
穏やかな声
でも狂おしいほどに
僕に恋した
人の夢を儚いというなら
血を吐くほどの激しさも
儚い夢と言うのだろうか
穏やかに眠る君の香り
君が秘める吐血の想い
僕を狂わす甘美な媚薬
そして今日も君と眠る
「はい、ありがとうございます」
謡い終える司会が拍手をしながら出てきた。
そして、こんなことを言う。
「どうです、匂いなどいかがですか?」
「匂い?」
こんどはセーヴァが頭に疑問符を浮かべる番だ。
「はい」
司会が懐中から小さな袋を取り出した。
金の刺繍のほどこされた赤い袋で、セーヴァにとっては、オリエンタルなアイテムである。
「これは?」
「これが、かけ香ですよ。いまどきでは日本人にとってもめずらしい薫り袋ともいいますけれどね」
女の手から薫り袋が手渡された。
「It’s cool!!」
プレゼントに感激にしながらも、セーヴァはこんなことを考えていた。
(「『岩倉の狂○』も誰のことかよくわからなかたんだけど、イメージで。これが終わったらゆっくり調べてみるよ。でも、これはあくまでも句から与えられたイメージから作るものみたいだから」)
そして、その句は別の問題も含んでいた。
「そうであるのならば、一位はなしとしたいものですな」
プロデューサーが鼻白んだ調子で上司に食って掛かっていた。こんな態度だから昇格できないのである。芸能界は実力(人気)本位だといっても、そこは人間関係の形成も含めた上での実力社会である。今回の場合、 審査員たちが押した曲が優勝とすることに、上司から物言いがつき、中間管理職の悲哀を男は経験することになったのである。
曲そのものや演奏の腕、あるいは音楽性についてではない。もっとも、微妙な問題である。
「待ち時間は梅昆布茶が欲しいのう」
歌う前も同じようなことを言っていた冬織(fa2993)が、演奏終了後も同じ事をつぶやく。はいはいといった態度で椿(fa2495)が梅昆布茶を持ってくるが、審査時間が、だいぶかかっているの確かだ。
故なきことではない。
「まあ、でもネ、肝心の俳句がNGワードらしいんダヨ‥‥」
椿がつぶやく。
こうなることはうすうすわかっていのたである。
危ない橋をわたったつもりはないが、マスコミが忌み嫌う言葉が入っている句を選んでしまったという後悔もないと言えばウソになる。
「いいではないか。やるだけのことはやったのだし、よい演奏だったと思うぞ――岩倉の狂 女戀せよほととぎす――」
あたかも白き衣をまとった巫女の言霊がそうさせたかように、それは追憶の中の音楽へと溶け込んでゆく――
水簾の瀬に 揺らめく真白き衣
ゆらゆらと水面に漂うが如く 想ひも緩やかなら
どんなに悠揚なことでせう
帛(はく)裂くが如く 啼く不如帰の聲
皐月闇にて貴方戀ふ私の さみだる心にどこか似て
瞳瞑ることさえ忘却の彼方でせう
上下も分かぬは戀の道 古人は詠います
焦がるる程に戀ひ 狂える程に想ひ
滝の凍水(しみず)も 分竜の雨も 胸の炎は消せやせぬ
霖雨に項垂る手鞠花 香細(かぐわ)しくも儚く
されど花の色すら変えゆく雨も 私の戀は染められぬ
上下も分かぬは戀の道 古人は詠います
焦がるる程に戀ひ 狂える程に想ひ
滝の凍水(しみず)も 分竜の雨も 胸の炎は消せやせぬ
闇を切裂き血を吐けども 貴方啼き誘ふ
戀に狂えし私は不如帰
※
結局、その回は優勝者なしという奇妙な結果となった。
誰かさんが、意地を通した結果である。
そんなせいで、片付けの手伝いをしたjokerが、こんな場面に遭遇している。
「おばかさんですぅ〜」
他のスタッフたちに背を押されて、隣の席の娘が番組のプロデューサーの耳元に叫んでいた。
「悪かったな!」
「狂女は確かにマスコミ的にはできれば避けたい言葉ですけれど、それだけを気にしていたら物狂いなんて言葉が普通に出てくる能番組を国営放送で放送することはできないですぅ」
「それは、お前が古典という先祖伝来のお墨付きの番組を持っているからだろ!」
「悪かったですぅ! 短夜や金も落とさぬ狐憑き」
そんな蕪村の句を口ずさんで、猫が狐に向かって笑うのであった。