山の手一周早食いソバアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
まれのぞみ
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
易しい
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報酬 |
0.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/31〜08/04
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●本文
「ねえ、ネタはない?」
「ええっと、近くの回転寿司で季節ネタの江戸前のハゼがはじまりましたよ」
「誰が百円寿司の話をしたのよ!」
「じゃあ、近くのハンバーガー店で季節もの抹茶アイスがはじまっていましたね。この前、はじめて食べたけれど、意外なほどおいしかったですよ」
「そうそう、あそこのハンバーガー店は他の店と比べるとすこし高めではあるけれど、値段を考えると、なかなかいいのをだしてくれるのよね――」
そう言って女は、うっとりとしかけて、
「じゃなくて! 番組のネタよ!」
「なんで、他人さまに自分のネタをさしださなくてはいけないんですか!」
「みんなのアイデアはすべて私との共有物だからよ」
他人のものは自分の物、自分の物は自分の物という人生哲学をもつ女にひるむ様子は見えない。
「著作権という概念を忘れていますね」
「形として存在しないものは著作権の保護権外よ。さあ、アイデアを提供しないさい! 私は時間がないのよ!」
「自業自得、自業自爆‥‥」
せまる女の視線をはずし、男は空中に格言を指で描いて見せた。
ただ、その行為は命取り。
「うるさい!」
一瞬だけ獣化した女が男の頭を叩きのめす。
いたたと男は頭をさすりながら、
「じゃあ、簡単に季節限定の食事ネタはどうです? 食べ物もの番組は底堅い需要がありますよ? それに取材を都内に限定すれば安くすむじゃないですか?」
「でも、それだとありきたりなのよね。かき氷、季節ものの素材を利用した料理‥‥あまり、おもしろみがないわね」
「どんな、おもしろさを期待しているですか?」
「そうね‥‥」
と、そんなことろへ横から声がかかった。
「おい、そこのふたり食事はどうする? これから夜食を頼むんだけれど」
「じゃあ‥‥時間も遅いですし、軽めに素ソバをお願いします」
「素ソバってな‥‥」
「もちろん、あとで自動販売機で野菜ジュースも買ってきますよ」
「いや、そういう意味じゃなくてだな‥‥まあ、いいか。それで姐さんはなにがよろしいんでしょうか?」
その口ぶりが、やくざの舎弟のような言葉遣いになっているのが、おもしろい。
「まかせるわよ。でも、わかっているでしょうね?」
「は、はい。おいしいものを用意します。いえ、用意させていただきます」
「よろしい。そういえば、あなた、今朝くるときもソバだったって言ってなかった?」
「山の手の駅で立ち食いソバでしたよ? それが、どうしたんです? もちろん、その他ビタミン剤も一緒に食べましたけれどね」
「そう!」
ふふふふ‥‥と女の口元に微笑がまたたいた。
碌でもないことを思いついたらしい。
付き合いだけは長い同僚には、それがわかった。
「それで、か弱くもけなげな子羊たちに神はどのような試練を与えたもうつもりなんですか?」
陰謀の女神の姿をした、無神論者は、かくのたまいき。
「山の手一周、駅ソバ早食いレースっていいかなと思ったのよ」
「なんですか、その押○信者の考えたようなネタは?」
「押○って誰よ?」
「某国営放送にすら、そのシンパが紛れ込んで工作を働いているらとおぼしきアニメ作品の監督です」
「シンパねぇ?」
それは、どこのセクトの支持者よとつぶやきながら、混沌の化身は企画書を書き始めるのであった。
●リプレイ本文
「食べきれる気はなぜか一切しないんですけど‥‥」
番組の趣旨をスタッフから聞き終えた駒沢ロビン(fa2172)は遠い目となった。
うつろな双眸に会議室が映る。
クールビズなどどこ吹く風、冷房温度を設定の最低まで落としたスタッフ会議の場は禁煙の風潮などどこの世界の話とばかりに、朝から白い煙幕で包まれている。さらに健康ブームなどかけ声だけだと言わんばかりのあぶらっこい食事の跡が、部屋の隅にはうず高く積もっていた。
なんにしろプロデューサーの初期案は達成不可能であるのでスタッフたちが、毎日、泊り込んで会議、会議でなんとかかんとか番組で使える案にしようと悪戦苦闘しているのである。
焦燥しきっているくせに、目のかがやきだけは異常なほどぎらぎらとしたスタッフたちと出演者たちのあいだでも論争となった。
具体的には、
「我々は大食いチャンピオンではない!」
の一言にすべてが言い表されているだろう。
実際、企画書には山の手周遊の小さな旅という副題をつけていたので、副題をメインに考えている者も出演者の中に少なくなかった‥‥というよりも、大食い、早食いという面からは目をそらしているという方が正解だろう。
結果、以下のような案が採用となった。
全員自分の「名前入りステッカー」を持ち、東京駅からスタート。
制限時間内に一番多くの駅そばで飲食した者の勝利。
ただし「早食い」っぽさを出すため、他の競技者が既に利用した店舗は原則利用不可。利用済みの店舗か否かの判別のため、収録中だけ前述の「名前ステッカー」を店の入り口に貼らせて貰う。
※
白いカーテンが揺れ、女の生まれたばかりの白い体が朝日につつまれる。シャワーをあびたての肌に朝の風が心地よい。
カーテンのレース越しに背伸びをし、大きな胸に手をあてる。
まるで、ときめきを抑えるいたいけな娘のようなものである。
そう、
「山の手一周早食い蕎麦ッ!」
森村・葵(fa0280)は、ぎゅっとこぶしを握った。
「番組経費で食べ放題なんて‥‥夢のような企画ですネ! これはもう、勝ち負け等という低い次元の話では無いですネ。 もっと崇高な‥‥そう、今この瞬間、いかに大量に食い貯め出来るかという問題ですネ!」
こぶしを天に向かって突き上げ、女は声高に誓うのであった。
「タダメシを食いまくりますよ!?」
決戦の朝となった。
※
昼すぎとなる。
山手線に乗ったことがあるものならば誰でも知っている、あの乗り換えの曲が鳴り、列車のドアが開く。
いつも混雑している東京駅も、このくらいの時間だとまだ人影がすくない。
そんななか、つんざくような悲鳴が列車の中からあがった。
「うへへ〜、夏はみんな薄着でイイよな〜」
チェダー千田(fa0427)が女性出演者にチカンのフリをして、尻をさわったのだ。
彼が決めた演出に沿って、車両の中から、蹴りだされた。
そこまではいい。
だが、そこからがシナリオとはちがった。
髪の長い女がきっとなった顔でにらみ、顔をおもいいきりはたく。
そして、襟首を持ち上げ――すごい力だな――
「この人、痴漢です!」
と叫んだ。
あたりがすこしだけ騒然となる。
よくよく顔を見れば出演者ではない。横で出演者の女の子が青い顔になっている。チェダーの顔はなおさら青い。
そこへさっそく駅員たちがやってきて、問答無用とばかりにチェダーは捕まる。
スタッフたちがようやくたどり着いたときには、彼はいかつい格好の駅員に連れられ階段を下りていくところであった。
チェダーが助かったという顔をする。
しかし、スタッフたちの声は無常なものであった。
「なにをやっているんですか! 俺たちはつぎの駅に向かいますよ。カメラマンを置いていきますから、戻ってきたら、競技を続行してくださいね!」
再び、あの音楽が鳴り出し、スタッフたちは山の手の列車に飛び乗るのであった。
「あの、俺‥‥」
「君は自分がなにをしたのかわかっているのかい?」
脇で駅員がにらんでいる。
教訓。チカンは犯罪です、絶対にやめましょう。
※
「こ〜んに〜ちは〜♪ アタシ、ザジは東京駅の観光名所を紹介するわよ。丸の内口から真っ直ぐ、その名もずばり、行幸通りを行けば‥‥そう――」
ザジ・ザ・レティクル(fa2429)の案内で駅の外へと出る。
「東京駅を後にして、丸の内口からまっすぐ歩いてくとやがて、もとの江戸城に到ります。明治以降、都から御幸にいらっしゃられた、さる高貴なお方が借りの宿りとして百年ほど住まわれている城です。怪獣がでてくるドラマや映画でさえも絶対に襲われることがない禁忌の場所ですし、あるいは、こんな番組では、そのお名前を口にすらことすら本当は憚られることなのかもしれません。そもそも、言霊の支配する国において――って、どこの誰がこんな原稿を書いたのよ?」
原稿を口にだして読みながら、編集された映像とのタイミングを計っていたナレーションの豊田そあら(fa3863)が思わずあきれたような声をあげた。
「さあ、誰だろうね」
「誰だろうねってね!」
スタッフの対応に、豊田は、かん高く、そのくせどこか甘えたような声で文句を言っていた。その脇では編集された先ほどの画面が流れている。
セミの鳴き声がする。
誰かのすすりなく声がする――
「朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク 」
ザジが、そうつぶやきながら橋の上で城跡に向かって頭を下げていた。
いかにもフリータイムの高校生っぽいキャミソール姿の堀川陽菜(fa3393)が、はらはらとした様子で、あたりを見回していた。いかつい格好の警察官が、こちらをにらんでいる様子がしっかりとカメラには映っているのであった。
なんにしろ不謹慎な冗談――あとで視聴者から苦情がくるぞ‥‥――は、そこまで。あとは都心に残った自然の宝庫でもある皇居の紹介となる。
「宮内庁のサイトから申し込めるし、なにより無料で参観出来るから、歴史好きな人は行ってみるといいかも? 江戸城時代の石垣とか、好きな人にはたまんないわよ」
※
東京駅から五つ目の駅に鶯谷がある。
一日の平均乗車人員が二万四千人程度と山手線の中でもっとも乗車人員の少ない駅であり、東京に住んでいない視聴者にとっては名を知らぬ者も多い駅であるかもしれない。
その駅のことを雪野 孝(fa3196)は語る。
「僕はこの鶯谷が好きなんです。鶯谷を降りて、谷中霊園を経て上野まで。散歩するには最適! なんですわ。谷中霊園は様々な芸能界、政治界の方が眠る墓地ではありますがおどろおどろしい雰囲気ではありませんので御安心を。特に桜の季節はホンマに最高なんですわ。山手線を乗ってますと、看板などからあまりいいイメージを持たれない方も多いかも? ですが。緑溢れる、小さくても味のあるこの駅、僕は大好きです」
上野公園から谷中墓地へとつづき、そこを抜けると、日暮里という寅さんに代表される、ある意味において、もっとも東京らしく日本らしい姿がある場所へと迷い込むこととなる。そんな場所のレポートを昨日した雪野が、今日はソバを食べようとして、その駅を訪れていた。
「お願いします」
といって食券を渡すと、隣には先客がいた。
(「早食いの勝負になるか!」)
番組の打ち合わせの時に見た顔だ。
「ねぎ抜きにして」
青山 まどか(fa3755)はそう言うと、出されたソバに七味をめいっぱいかけると、一息で食べ‥‥ようとして、あつあつあつ。
思わず、舌をだしてしまった。
ふと、雪野の顔をじっと見る。
「なんだね?」
食べかけの手を止める。
「ヤツはプロだ!」
「えッ?」
「ヤツは立ち食いプロだ! って言ってくれよ」
「そ、そうなのか?」
「相棒が、そう言ってくれないんだ!」
「相棒って?」
言っている相手の隣を見るが、昼休みをすぎ夕方の混雑を前にして、駅はひとときのまどろみの中にある。その店の中にも、雪野と青山のふたりしか客はいない。
「いるんだよ!」
「‥‥――」
背広姿の中年は、まじまじと60年代ルックの若者を見つめた。
その隙にソバを食べ終えると青山は、
「こちらハートブレイク1 目標を撃破した引き続き任務を続行する」
雪野にじゃあといって店を出て行った。
「メーデーメーデーメーデー。腹八分目を突破した。コンディション赤。繰り返す、コンディション赤」
列車に乗っていく。
あぜんとする雪野だけが店に残った。
そして、気をとりなおしたとき目に入ったのは、青山という名前のステッカーであったのである。
「やられた!」
もちろん、それが演技だと限らないのだが‥‥
※
そんな観光案内を挟みながらもソバの早食い競争も佳境を迎えていた。
なんとか誤解を解いた(誤解か?)チェダーも競技に戻ってきている。
「はるなサン、成人したら一緒に呑もうぜ!」
恵比寿の麦酒博物館を紹介する一シーンの台詞である。チェダーが、麦酒をおいしそうに飲み干すと、堀川がすこしだけうらやましそうな顔をしていた。
そんな場面を挟み、彼の走る姿が映し出される。
なかば涙目になりながらも、それでも勝負をあきらめないチェダーの顔に悲壮なBGMがかぶさっている。いかにも視聴者に感動しろといわんばかりの選曲である。
「あったぁ駅ソバッ!‥‥って、あおいサンに先越されてるじゃん‥‥」
なかば自棄になりながらもチェダーは蕎麦を探し続ける。
つぎのシーンには、
「おいしいですね」
と、にっこりと笑ったり、味をどうやって褒めようかと、すこし困ったような表情になりながら堀川が、楽しそうに東京観光とおいしい店探訪を満喫している様子が流されているあたりが、別の意味で泣かせる演出となっている。
マネージャーという仕事がらか他の参加メンバーに比べてサラリーマン気質が強いらしい雪野は、課題をもくもくとこなす。死語で語るのならばジャパニーズ・ビジネスマンまさにここにありといっていい。
それに対して、青山は通信機片手にして、
「こちらハートブレイク1。大崎駅に到着した、これより任務に入る」
と意味も無く会話をしている。あいかわらずの電波ぷりである。
そんな様子を、
「本当に東京のおそばっておつゆが黒いんですよね〜」
と驚いて見せたり、
「おおっと! 蒸せ返って鼻からそばがっ!」
やら、
「おつゆをこぼしてしまった〜っ!!」
などなど、おおげさな言葉づかいながら、すさまじい食の戦いを豊田がナレーションしていた。
そんな中、同じ女性でありながらも男性とのハンディーなしの大食いに参加した森村嬢は、すべての店舗での完食をめざしているのか、すでに別の人間が終えたという証のラベルを貼った店にすら入っていくほどである。そして、出されたものをぺろりとたいらげる。なんにしろ、美女が髪をかきあげながら食事をするというものには、ある種のエロスがあるようで、ぞろぞろとカメラマンやスタッフが彼女のあとをついてくるところからも伺える。
ただ、それは勝負は捨てているということも意味していた。
結果、勝利者は意外な人物となった。
「俺ですか‥‥?」
勝ち点計算が終えたとき、そこに立っていたものは、
「食べきれる気はなぜか一切しないんですけど‥‥」
と、ぽつりとつぶやいていた駒沢であったのだ。
作戦勝ちであるといっていい。
「作戦ですか‥‥」
と言って、戦前、彼はこんなことを語っていた。
「『すでに他の選手が入った店ではポイントは貰えないが、食べることはできる』というルールに基づき行動。最初はなるべくポイント重視で行こうと”自分が1着になる店”を狙っていきます。食べ方は『空気を胃に入れない』方法、つまり麺をすすりません」
その作戦を脇目もふらずに実行する。
ただ、それだけである。
しかし、その当たり前のことをすることがいかに困難であるか。他の参加者がもった、彼に対する、まじめっぽいという印象が物語るように、無欲の勝利だと言っていいのかもしれない。
※
番組終了後、すべての食券分の食事をおなかに収めた森村が、
「勝負に負けたけれど、戦いには勝ったんですネ!」
と、天に向かって叫んだシーンがエンディングの最後のシーンに使われているのが印象的であった。