謡初アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
まれのぞみ
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
6人
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サポート |
0人
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期間 |
01/01〜01/05
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●本文
「正月か‥‥」
椅子に腰掛け、腕を組み、男は天井をうつろな目をして見つめていた。
いい企画が浮かんでこない。
すでにクリスマスも過ぎ去り、正月の番組の季節も近いというのに番組のお題――つまり、歌手たちに唄ってもらう詩歌が浮かんでこないのだ。
と、いつものように隣の席の娘がなにかをごそごそとやっていた。
小さな紙の机の上に出し、ならべ始めている。
「なにをやっているんだ?」
「百人一首を出しているんですぅ」
「百人一首だって!」
「はい。もう正月ですしぃ、歌を確認をしておかなくっちゃぁと思うんですぅ」
「どういう意味だ?」
「昔から実家では正月には、おせち料理をかけて家族で百人一首をやるのが恒例行事になっているんですぅ」
「正月に家族でマージャンをやるという知人はいるが、百人一首をやるという家族は初めてだな」
「よく、そういわれますぅ。それに、こう見えても強いんですよぉ」
おっとりとした姿からは想像もつかないが本人は自分の腕を誇示するも。もっとも、相手がこの娘の家族となるわけだから‥‥
(「性格は環境に影響される‥‥か」)
などと考えてしまう。
なんにしろ、百人一首とはいまさら正月に位にしか遊ぶ余地のないものなのかもしれない。それに、きょうびの若者がどれほど、これに親しんでいるか――
「百人一首の歌を題材‥‥」
ふと、思い浮かんだ。
「どうしましたぁ?」
「こんどの番組のお題は百人一首でいこうかなと思ったのだよ」
「百人一首ですかぁ?」
あなたの担当する番組の視聴者である若者はあまり知りませんよ――古典番組を担当する娘の目は、そう語っている。
男の口元に微笑が浮かんだ。
(「それは、わかっているさ。わかっているうえで――」)
「正月らしくていいだろ?」
●リプレイ本文
「それでは、四番目は――」
和服を着た司会の女性に札が渡された。
「風をいたみ岩うつ波のをのれのみ くだけてものをおもふ比かな」
女の口から句が発せられ、あるグループの面々から気合のはいった声があがる。四番目の演奏は、かれらのグループということなのだろう。
つづいて、司会の相方が箱に槍をつきさし、五番目の句を選ぶ。
ふたたび札を手にした女の発した最初の文字を耳にしたとたん、声をあげた少女たちのグループがあった。たしか、大学の文学部の同級生で組んだメンバーだと自己紹介に書かれているから、いかにも句に慣れ親しんでいるという感じだろう。
その日のポップスの歳時記は新春らしく百人一首を題材とした番組構成で、番組冒頭から正月らしさ、日本らしさを意識した演出になっている。
もっとも裏話をしてしまえば、スタッフのひとりが、どこから借りてきたのかは不明なのだが、実際に富くじで使っていたものだとうそぶいて大きな木の箱を持ち込んできたのが話のはじまりで泥縄方式で演出が決まったという流れがある。だから事前に募集した出場グループの格好までには注意が行き届かず、やや中途半端な感じだ。
(「まあ、私らしいことだけれどね――」)
そんな風にプロデューサーが苦笑したという噂もあるが、はじまってしまえば、はじまったでやるしかない。決められた範囲の中で、全力を尽くす。それがいかに年が変わろうとも、変わりはしないプロたちの仕事というものであった。
「ハイ!」
アシスタントディレクターがカメラの横に片膝をついて出演者に撮影開始の合図をした。近くにいたタイムキーパーの娘が時間を計り始め、サクラとして呼ばれた観客たちは声をのむ。
額に汗すら浮かぶほどの強烈なライトに照らされ桐間玲次(fa5149)は息を吐き、そして、ギターの弦をつむいだ。
女性のスタッフに、
「今年最初の曲だから、がんばってね!」
と演奏前に声をかけられたが、それははたして応援であったのか。緊張しながら、最初のフレーズを口ずさむ。
「いつから好きになったんだろう」
桐間は仲間とともにアップテンポな明るい調子で歌い始めた。
「何だかとても昔の事みたいだ。
いつから好きになったんだろう。
バレないようにそっと思っていた。
それなのに、噂になっている。僕が君を好きだっていうこと。
君も噂を聞いたのかな?
君が最近僕を避けている、そんな気がする」
ミディアムな間奏曲が流れる。
そして、桐間はマイクを持ち直した。
「僕も最近君をまともに見れてない。
複雑な思いを胸に抱えて、僕は毎日を過ごしていく。
いつかこの気持ち君に伝えよう」
拍手が鳴り響き、最初の曲の収録は終了した。
ところで、スタッフたちの間で話題になったことがひとつある。桐間たちの歌はどの和歌をもととした歌であるのかということだ。これは書類選考の段階でスタッフが見落としたのが原因なのだが、そこについての記述が漏れていたのである。
「なんとなく、わかりそうな気がするんだけれど‥‥」
スタッフのひとりが、そんなことを言う。
中学や高校の頃に、なにかしらで習った記憶があるせいだろう。みんなで頭をつきあわせ、ああだこうだと言い合ったが、それも短い食事時のあいだだけのこと。収録が再開されると、すぐに忘れ去られてしまった。
後日談がある。
プロデューサの男が出勤すると、いつもの娘が、かるたを読んでいた。
「しのぶれど色に出でにけり我が恋はものや思ふと人の問ふ迄」
※
スタジオの脇から紗原 馨(fa3652) が不安げな面持ちで、演奏中のグループを見つめていた。
「おい、なにをやっている?」
鶤.(fa3351) が紗原の背後から頭を軽く小突く。
自分たちから志願してスタッフの手伝いをしているのだから、まじめに働けということなのだろう。もっとも、まがりなにりも出演者に大変な仕事をまわすスタッフなどいない。それが原因で撮影が遅れたり、もしものことがあったらお目玉どころの話ではないのだ。だから、紗原も仕事が終わって手持ちぶさた。それに、鶤.の仕事が終わらないことには約束もはたせない。だから、他人の演奏を聞き、不安になる。心配げなまなざしで紗原は鶤.を見つめた。
「音楽番組って、緊張するんですねぇ‥‥上手く歌えるかなぁ」
鶤.はため息をつき相方の頭をなでた。
「安心しろ。不安になるといことは、心のどこかに自信があるということの裏返しなんだからな」
そんな少女もいれば、同じように不安げなふたり組もいる。
各務聖(fa4614) と七瀬紫音(fa5302)のふたりで、次に歌うのが彼女たちなのだ。
黒と茶色の瞳が、たがいに何を語りかけるように見詰めあう。たがいのドキドキがわかるようで、そっと互いの胸に手を置いた。
前のバンドの音楽が終わった。
「つぎは奏嵐です!」
司会が彼女たちを呼んだ。
左右の髪をしばった少女が行こうかと無言でうながし、年上の女性もうなずきかえす。そして、手に手をとってカメラの前へと向かった。
観客たちが拍手で迎えてくれる。
マイクをもった着物姿の男女の司会が楽しそうな様子で奏嵐のふたりにありきたりの質問をしてくる。各務は歌手以外にもいろいろな仕事をこなしてきているので、こういうやりとりは手馴れたものだ。
ただ、もうひとりはちがう。
「そういえば、歌番組は今回がはじめてとか?」
「ええ。ですから、初の音楽依頼に二人でドキドキしながら参加させて貰います」
キーボード担当の七瀬の、素人めいた正直な反応に司会の女性の目元がやさしくまたたいた。
「そうですか。それじゃあ、歌に行ってもらいましょう!」
かるたを手にして、ふたたび女は課題の句を吟唱をした。
『ながからむ こころも知らず 黒髪の みだれて今朝は ものをこそ思え』
奏嵐のふたりが手に手をとりあいマイクの前に立つ。
拍手が止み、照明の明かりがしだいに落ちてくる。それに合わせて、七瀬の指が鍵盤を叩き、曲のイントロがはじまる。目を閉じ、足でリズムをとっていた各務が目を開き、マイクを握り、ロック調の激しい歌を唄った。
「あなたの温もりが残っている日は
淋しさで目が覚める
本当に愛されているのかと‥‥問わずにはいられない
愛されているなんて
本当は幻なのかも知れない
私の思いあがり・勘違い・ただの気のせい
そう想えば思う程
堪えきれない想いが溢れてくる
私を見て・抱き締めて・私だけを感じてと叫びたくなる」
汗が滴り落ち、各務は肩で息をするなか、七瀬の演奏する静かな間奏曲がはじまる。
あたかも後朝のあとの別れの女の思い。朝霧の中に去ってゆく恋人の後姿に、届かぬと知りながらもこぼれる女のささやきでもあるかのように、その静かながらも豊かな旋律は豊潤な音の変化をみせ、やがて熱情的な思いへと高ぶっていく。ふたたびメインフレーズが流れると、それは、一分ほどの間奏曲の終わりを告げるものであった。
ふたたび言葉が音に重なる。
「素直にあなたが好きだとは言えなくて
強がる私
あなたの気持ちを問うように‥‥私はあなたを困らせる
私の事だけを見つめているなんて
そんな事はありえない
あなたの嘘・きまぐれ・ただの遊び
あなたの愛を確かめたくて
気持ちを隠して仮面を被る
私が好き・愛してる・私だけに夢中
聞く事さえ出来はしない
愛されていると感じたくて
あなたの温もり求める私
私を見て・抱き締めて・私だけを感じてと
その言葉を飲み込むように
あなたの温もりに身を子猫のように包み込む」
ふたたび音は静かなフレーズを奏でる。あたかも、恋人と出会い、ともに眠りの誘う
まどろみの中に消えていくつぶやきのように――
※
鶤.がギターをはじくと紗原が声を出す。
「そうだ!」
もう一段高い音程をかき鳴らす。
紗原の声が高くなる。
どうやら、音程あわせと発声の練習をかねているらしい。
「そうだな、紗原、音程は、そんな感じだ。どうだ、歌詞は覚えれたか?」
「なんとか‥‥」
ちょっと眠たいなという目をして紗原は目をかく。どうやら、テスト前の学生どうぜん一夜漬けで覚えてきたらしい。
おいおいという流し目で長髪の男は短い髪の少女を見た。
スタッフが呼んでいる。
「さあ、行くぞ!」
「はい」
とてとてと少女がつづく。
ピンクの上着に白いスカート。洋服なのだが、どこか和風――巫女の格好の色を逆転させたような服装だ。紗原は桜散る白い道というイメージを服飾デザイナーに伝えて作ってもらった衣装である。
「馬子にも衣装だな」
あまりにも似合っているため、つい鶤.が軽口をたたく。
そんなことを言う彼の格好は白一色の和服姿であり、デザイナーに烏帽子をかぶせられたせいで陰陽師にも見える。
「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」
司会にうながされ、鶤.の低い声が和歌を吟じる。
そして、ギターの弦をはじきながら、白い陰陽師が呪文を唱えると、弟子の少女が後について唄う。
「出会いと別れ 繰り返し
ただ今日も 歩き続ける
約束なんて 無くしてしまった
道の 途中に」
時に男の、時に女の声がメインとなり、まじりあい、いかにも子弟が恋の問答するような歌となっている。
「消えて行く 誰も皆
道の先に 何があるのか
判らないまま
続いてゆく 物語
一欠けらの真実と 少しの偽りだけを
抱締めたまま
もう一度此処で 出逢えたら
その時には 言えなかった
想いを 伝えよう」
呪術を唱え終えると、あたりの明かりが消えた。
そして、一条のスポットライトが歌い手である少女にあたる。白いものが天井からふってくる。そっとのばした少女の手のひらに、一枚の花が散る。
「桜?」
ふりつもり、ふりつもり――
いつしか、あたりは明るい光の中にあった。
のちにインターネットの掲示板で、いまどき安いCGを使った方が簡単だろ? と批評された花吹雪の演出である。。
「まあ、今回の優勝作品だし、それに手伝ってもらった御礼もあるよ。うまくいかなかったとしたら、それは私の不徳のいたすところだね」
というのが、ディレクターの弁解であった。
「おや?」
すでに収録が終わったものと勘違いしたのだろうか。
緊張から開放された、ほっとした顔になって紗原が鶤.に声をかけていた。
「お疲れ様でした。音楽番組って難しいイメージが有ったんだけど、凄く楽しかったです♪ また参加したいなぁ〜。」
そんな紗原の最高の笑顔が番組のエンディングのラストショットであった。