すべる、転ぶは禁句アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
まれのぞみ
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
易しい
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報酬 |
0.9万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
02/06〜02/10
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●本文
「大槻さん、やりました! ついに第一志望の大学に合格しました!」
季節柄、その夜のビーストナイトニッポンは大学を受験したリスナーたちからの失意、不安、期待、そしてなによりも喜びの手紙がたくさんまいこんできていた。
パーソナリティーである大槻昭次も、そんな手紙の一枚、一枚に一喜一憂。
もっとも、
「ついに苦節何年、大学に受かりました! れいかたんにぼくの童貞をさ‥‥」
そのとたん――この番組では――よくあることだが、なにかを引き裂く音とともに、殴りつける音が聞こえたかと思うと、なんの紹介もなく音楽が流れ始めた。
なにが起こっているのかは聞いている者たちにも、想像はついたが、とりあえずは想像は想像に留めておくことにしよう。
「まったく、なにがあったのかしらね?」
しらっとした篠原麗華の声で番組は再開だ。
しばらくのあいだ大槻の台詞はない。
まったもって、怖い人だ。
ようやくメインのパーソナリティーが復活した。
「そういえば大学受験で思い出したけれど、それまで地方の公立高校で育った俺が、大学入学後、年下の友人と徹夜で遊んだことがあったんだ。その時の俺は大学生だったから、まだいいのだが、当時は高校生だった彼が朝になっても俺たちと遊んでいる。学校はいいのかと尋ねたら、単位制だから今日は授業がないんです。と言われたときにはショックを受けたな。まさに、カルチャーショックだったよ」
「あら、ちがうの?」
「単位制の高校なんてめずらしかった、十年以上も前の話だよ。でも、考えてみれば芸能生活を優先して単位制の高校に進学したお前は賢いな。それで大学はどうしたんだ?」
「わたしの場合は、エレベーター方式」
「芸能人らしいといえば、らしいな。でも、友達――芸能人のな――の中には、ふつうに受験したやつもいるだろ?」
「もちろん、いるわね」
「あるいは若いやつの中には芸能人であることを一芸として大学に受かったやつもいたりするのかな?」
「なにが、言いたいの?」
「次回は、そんな話を聞いてみたくなったんだよ。芸能人の受験の思い出というやつをね――」
●リプレイ本文
「あ‥‥っ――」
気がつくと机にうつぶせで眠っていた。
「たしか、勉強をして――」
そうつぶやきかけて、後半は苦笑いのなかに消えてしまった。
いままで夢の中で勉強をしていたのだ。
じきに志望校のテストの日だ。
つけっぱなしのラジオから声がする。
「大槻昭次のビーストナイト・ニッポン!」
聞きなれたジングルとともに、番組がはじまっていた。
「たしか、今日のテーマは――」
※
「受験シーズンだね〜」
豊田せりか(fa5113) の子供と戯れる保母のような、暖かな声がした。
「最近は小中学の受験がすごいことになってるけど、ボクもエレベーター式の私立の女子校だったから、その大変さはよくわかるよ〜。友達なんかで、大変だった〜って言う娘多かったしね〜もっとも、試験を受けたのは小学校の一番最初の時だけだったからね〜」
「最近の娘らしいね。それでも小学生でお受験とはご苦労さま」
「お姉ちゃんが自由に生きてたからその分ボクには結構きついレールを引いたんだよね‥‥きっと。でも、そのころのボクはな〜んも知らずに遊びながら勉強をしてたって気がするね〜その結果、うまく合格して、楽しい学生生活を送れて‥‥今に至ってるんだけどね〜☆」
「学生生活はどうだったんだい?」
「‥‥男の子との会話が今までほとんど無かったのが残念かな〜。おかげで、いまだに彼氏の一人もいないんだよね〜」
「あらあら、それこそ残念ね」
「誰か、このチョコ食べてくれる人いないかな〜?」
「あら、おいしそうなチョコレートじゃない? 手作り?」
「はい、あ、これは、皆さんの分ありますので、どうぞ〜☆ ほかの参加者の分を作ってきました☆」
※
「私が受験をした時は、筆記試験がなく個人面接だけでした。今までいろいろな活動をしてきた私ですがあんなに緊張したのは初めてでした。一番悩んだ質問がもし、あなたが透明人間だったら何をしますか? 私は、世の中のために影で尽しますと答えました。そのあとは順調に進みました。私の受験の思い出はこんなものです。ありがとうございました――以上、 +(fa4173) さんからのお手紙でした。」
番組はつづく。
「さて、つぎに受験の思い出を語ってくれるのは誰かな?」
「こんばんは、女優の楊・玲花(fa0642)です」
「まず、豊田さんのチョコレートをどうぞ」
「ありがとうございます。そうそう、受験に関する思い出ですよね? 私の場合は特に変わった思い出とかありませんね。
中学までも一応劇団には所属してましたけれど、お芝居の仕事を本格的に始めたのも、知り合いの舞台演出家の人から声を掛けられて舞台を踏んでからですし、それも高校に入ってからでしたから。
リスナーの皆さんと同様にごく普通に高校受験も済ませましたよ。友だち同士で集まって、分からないところ教えあったり、遅くまで学校の図書室に篭もって志望校の過去問調べたり‥‥大変なりに楽しんでいたんじゃないかと思います」
「お、普通の受験だね!」
「そうそう、受験の思い出と言えば、やっぱり夜食を外す訳にはいきませんよね。
うちの実家は中華料理店を営んで居るんですけれど、遅くまで勉強していると父がよくあり合わせの食材で中華粥を作って持ってきてくれたんです。とっても暖かくて美味しくて、ますます頑張ろう、という気にさせてくれました」
※
「あら、お父さんどうしたんんですか?」
夜中に、ふと起き出した夫に妻が声をかけた。
「いや、ちょっとな。呼ばれたような気がして‥‥そういえば、いまごろだったな」
「はい?」
「もう何年になるんだろうな。娘のあいつが受験で遅くまで起きていたときに夜食を作ってやったのを思い出したんだよ」
「そうですね。そんなこともありましたね」
※
「伊達正和(fa0463)です今日は宜しくお願いします。」
いかつい男の声がした。
「俺は、普通に都立の高校でて普通に受験しました。正直勉強きつかったけど、合格した時は嬉しかったです。これでも国文科を卒業しているんです」
「ほお、男で国文か! 文科系ということは、記憶科目が多くて、そういう意味では苦労したろ?」
「俺の受験勉強は、文系限定ですけど図書館行って古典とか日本史の学習マンガを使って勉強しましたね。所謂、マンガで覚える何とかって奴ですあれの方が高い参考書読むよリ頭に入りました。」
「文章よりも絵の方が記憶しやすいか‥‥イメージの方が覚えやすいのは、確かだからね。それにしても、いい体をしているな。他に気をつけていたことは?」
「受験勉強は体力が大事ですね、俺のお薦めは博多ラーメン豚骨塩スープ♪ あれにごまとにんにくと辛子高菜と紅生姜入れて食って乗りきりました」
「は〜い、つぎの方〜♪」
ゲストが多いので、さくさくと番組が進行する。
「ギタリストの守都 翠(fa3964) です、よろしくお願いします。私の場合は、芸能人としての受験というか、芸能人を志す者としての受験だったのですけど‥‥大丈夫でしょうか?」
「もちろん! というか、そういう人の方が多いみたいだよ」
「大学は、普通に受験したクチです。その頃はクラシック方面、ピアニストを目指してましたんで、受けた大学も音大とか音楽科がある所でしたね」
「大変だったろ? 芸術系は、そういう専門の予備校があるくらいだからな」
「はい。高校は公立だったので、受験期は塾の対策講座とか通いながら実技の練習です。家で練習っていう訳にもいかなかったので、当時、ピアノを習っていた先生の所で練習させて貰ってました。知人のすっごく上手い子とかは推薦が決まっちゃっていて、あの時のコンクールで賞が取れていたらなぁ‥‥とか悩んだりもしました。
んー‥‥、あとは、他の受験生と変わらないかな。かなーり、地味な受験かもしれないですね」
「うん? 守都くんってギタリストだろ?」
「ギターに転向したのは大学に入った後で、友人に連れていかれたライヴで運命の出会いをした訳ですよ、ギターと!」
守都は笑って、ギターの弦をはじいた。
「それ以来、ギター一筋ですけど、大学の方はちゃんと卒業しましたよ」
「じゃあ、彼の人生を変えたギターに酔ってくれ!」
守都のギターサウンドが流れ、彼とはお別れになった。
※
「あれ、迷子かい?」
「ちがいます!!」
大槻のからかうような笑い声に、かわいらしい声が反応する。
この娘は知っている!
高白百合(fa2431) さん。恋人にしてみたい、きれいな娘で、年齢的にも自分と釣り
合っている。と、受験生としては失格な妄想をしてみたりする。
「受験ですかぁ‥‥。当時下宿させて貰っていた方に頼り切りでした。私って数学も英語も壊滅的だったので、『仕事の空き時間にこれをやって分からない所をメモしておきなさい。帰ってきたら絶対質問すること!』という言葉と一緒に大量の課題を出されたりして‥‥。あのときは、普段は優しいおねーちゃ‥‥じゃなくて下宿先の方が鬼か悪魔に見えました。私って頭が悪いですし、受験勉強に使った時間は多いほうだと思います。でも仕事柄時間が不規則になりがちなので、あっちで10分、こっちで5分って感じで、細切れで勉強してた感じですね。えっと、実を言うとおねーちゃんに最もお世話になったのは合格してからで、レポートを書くときとかは良く助けられ‥‥はっ!?」
あれ、たしか、この娘は僕よりも若かったはずだけれど?
「うん? 高白さんって17‥‥」
おなじみの謎の轟音!
「女の子が17歳っていったら絶対に17歳なの! わかったわね!」
「そ、そうにょ、あくまでこれは高校のときの話ですにょっ!?」
は、はい――
※
「受験‥‥か。あたしも結構苦労したわね〜」
笑い声まじりの声がしてきた。郭蘭花(fa0917) だ。
「何しろ、実家が中華料理屋なもんだから、受験勉強してても夕方の書き入れ時の忙しい時間帯は、店の手伝いをさせられてたし‥‥親も親で、勉強しなくても良いから、料理の腕上げろって言うし‥‥なんて親よ!」
郭の苦笑いは、それでも思いが込められた暖かなものだ。
「でもまぁ、なんだかんだで大学にも行かせてくれたし、今も好きなことやらして貰ってる‥‥ありがたいことだわね。夜食なんかも作ってくれて‥‥助かったわ〜☆ あのときの中華粥‥‥今でも夢に出るくらい美味しかった‥‥。あ、最後にみんなで記念撮影とかやりたいけど‥‥良いかな? この写真を応援メッセージ付きでリスナーにプレゼントって言うのはどうかな?
「それ、いいアイデアだね。じゃあ、プレゼントのあて先は番組の後半で。それはそうと、なにかデジャヴを覚える内容だったな。やはり華僑の方々は、そういう仕事が多いのかね?」
と大槻が笑って、つづけて、対照的なふたりがゲストととなった。
ひとりは有名私立卒業の巻 長治(fa2021) 。
「まあ、特別『受験勉強』というほど猛勉強をした記憶はありませんね。
勉強もそう嫌いではありませんでしたが、それより読みたい本がいくつもありまして、もともと文芸部と演劇部の掛け持ちみたいな形でしたからね。引退して以降は、そういうことがあまりできない分『読む』ことに夢中になってしまって。図書室から借りていたものも多かったせいで、担任に気づかれてしまいましてね。『本が好きなのは悪いことじゃないが、受験の方は大丈夫なのか』と心配されましたよ。その後の進路指導の結果、担任の方からこんな提案が――」
「ほぉ?」
「結局、『よしわかった、俺が枠をとってきてやるからお前は推薦で行け』と。そして実際、公募推薦ですが推薦入試を受けて、わりと早く進路が決まりました・その後は安心して本を読んだり、後輩に発破をかけに行ったりできたのですが、おかげでその時の先生には今も頭が上がりませんよ。今にして思えば高くつきました」
最後に巻が微苦笑した。
「多分この放送も聞いてるんじゃないですかね。あの時はありがとうございました」
※
ラジオを聴きながら仕事をしていた男は、その声に顔をあげた。
ラジオから聞こえるおしゃべりに、すでに老いのみえる口元に、苦味をたたえた笑みが浮かぶ。そして、机の上の仕事に向かった。
まだ、この時期になってもなお、書かなくてはいけない内申書が残っている。
※
僕は某二流私立大学中退なんだけれど、と前置きをしてスモーキー巻(fa3211) が語りだした。今日、最後のゲストだ。
ただ、それはかつて彼が所属していたバンドの思い出話と重なるものであった。
「当時の仲間は年に少しバラツキがあってね。僕の一つ上は三人くらいいたけど、同じ歳はいなかったんだ。作詞・作曲とかはだいたい僕がやってたから、僕が抜けると結構大きかったし。そうでなくても前の年は活動を縮小してたんで、僕の側から今年は普段通りにやろう、って。だから、受験勉強の類は実はあまりやってないんだ。余力がなくて、『やっているフリ』をするのが精一杯だった。定期試験は一夜漬け、模試はだいたいヤマを張ったら乗り切れたんで、これでいけるんじゃないかと思ったんだけど。肝心要の本番で、ヤマがことごとく大外れしてね。もう見るも無惨な点数だった」
声がすこしさみしい。
「幸い、滑り止めの私立にはどうにか滑り込めてたし、もう一年受験生やる気もなかったんでそのまま入学してしまった。ちなみにそのバンドはその後数年した辺りで空中分解し、自然消滅。最大の理由は技術的に伸び悩んだことと、大学を出ていろいろと余裕がなくなった年長のメンバーが離脱したこと‥‥」
そして、彼が大学を中退したのも、それに遠因があるというような空気となった。ただ、最後に、すこしその声は元気なものとなる。
「全く後悔してないと言えば、嘘になるけど。今あの頃に戻れても、多分同じ選択をすると思うな」
エンディングとなった。
なんとなく、思いついた様子で大槻が語りだす。
「スモーキーくんの話を聞いていて、ふと思い出したのだけれど、宿命と運命のちがいって何かわかるか?」
「同じでしょ!?」
「ちがう! 宿命とは生まれる前からさだまったものという考えに対して、変化するという考えが運命。受験生のみんなには厳しいことを言うことになるが、大学に行くということで人生が変わる。少なくとも、いままでとは違う環境におかれれば、なにかが変わるはずだ――それが、将来ふりかえった時、良かったか悪かったかは別としてな。なにかが変わる。それが運命というものだ。だから、全力を尽くせ! それが俺の言えるすべてだ」
「そうか! やはり、運命は自分の力で手にいれるべきものなのよね!」
なにか、じゃらりという不気味な音がした。
「ちょ、おま‥‥――」
「番組を革命するために!」
かくして、番組は当然のように喧騒の中、終わりを告げ、最後に楊のこんな台詞で締められた。
「これから受験シーズンの真っ直中。リスナーの皆さん、どうぞ身体だけには気を付けて下さいね 」
※
「さて――」
ラストスパートを駆けよう。
運命を手にいれる為にも――
あ、その前に、郭蘭花ちゃんの撮った写真が欲しいから、縁かつぎの為にも手紙送らなくちゃ――