鍋物の一夜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
まれのぞみ
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
易しい
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報酬 |
なし
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/06〜02/12
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●本文
「俺は鍋物が食いたい!」
日本人の琴線にふれる、あのテーマソングで有名な深夜放送、ビーストナイトニッポンでの一幕であった。
提供スポンサーの紹介も終わり、その日の放送時間もあとわずかというところで、鍋物を話題にした手紙を読んでいたパーソナリティーが、ふと言葉をもらしたのだ。
「いま決めた! 唐突に決めた! 俺は鍋物が食いたい! 来週の放送は鍋物を食べながらやる! 放送局の玄関に炬燵をだして、そこから放送をする! だからな、おまえら、中身をもってきて一緒に食べようぜ!」
そう言うと、自分がどんなに鍋に対して思い入れがあるのかをとうとうと語りだし、仲間たちと囲む鍋物はやはり闇鍋がいいなどと言いはじめ――どうでもいいが、時間が押しているぞ――
「そうだ! 芸能人も歓迎だ。有名も無名もみんなこい! 宣伝、講談、演説、漫才、大道芸に宴会芸にカラオケに‥‥ああ、もうなんだっていい! 芸になるものをもってきた奴は誰でもいいから番組で宣伝してやらかな!」
一気に言い切ると、パーソナリティは息も切れ切れになっていた。それでも、思い出したようにこう付け加える。
「ああ、それからな未成年はくるな。絶対に来るなよ! 俺もプロデューサーも捕まりたくは――」
ただ、そんな声はぶちりと切られ、何事もなかったようにラジオからは、次の番組のOP音楽が流れてきたのであった。
●リプレイ本文
朝からつづく肌寒さが、いまごろになってようやく気になりだして、君は、窓を開けてみる。
「あ――‥‥」
雪が舞っていた。
闇夜の街灯のもと、粉雪があたかも風の旋律にあわせて舞うかのようにただよい、舞い上がり、舞い上がり、やがて落ちていく。
受験が近づき、ずっと家の中にこもりっきりとなっていると、こんな日々の移ろいにすらうとくなってしまうものなのか。
君は、小さくため息をついた。
卓上カレンダーに刻まれた試験日まで、あと数日。
そんなあわたただしさと焦燥の中で日々は刻まれ、過ぎ去っていく。そして、こんな日々のささいなことを忘れているなんて‥‥心に余裕がなくなっているのかもしれない。
いつの間には、こんな時間になってしまった。
ラジオをつける。
「ニッポンの夜明けまで眠らない野獣たちへ、河辺野・一(fa0892)のビーストナイトニッポン!」
いつもジングルにあわせて、聞きなれない、若い男の声が聞こえてきた。
(「おや?」)
と思った。
今日の担当は別の人だと思ったのだが、特番なのだろうか。
「こらこら」
と、本来のパーソナリティーの笑い声がした。そして、彼にわざとやらせたことをリスナーにわびると、番組名を叫んだ。
「大槻昭次のビーストナイトニッポン!」
ふたたび、あのジングルが流れてきた。
なぜか、ほっとする。
「大槻さん、大槻さん、いい具財をもってまいりました」
「ええっと‥‥自己紹介よろしく」
「横田新子(fa0402)。ふだんは、DJをやっています」
「おお、本職だね。さあさあ、こっちへ――」
「ええ‥‥」
ラジオから聞こえるその声は、すこし戸惑っている。
「炬燵に入っての番組放送なんて初めてだろ」
大槻の笑い声があがった。
「はい、さすがにこの業界に入ってから、それなりにいろいろな仕事はさせてもらっていますが、こんな放送は――」
「まあ、これがBNNクオリティというところで。そうそう、河辺野くんも紹介してみせてよ」
「はい。新人アナウンサーの河辺野一です。それにしても、外は寒いですね。アナウンサーって暑いところから寒いところの仕事もあるので、こうみえても体力はあるんですよ」
「ほぉ、そうなんだ。それをいかしてなにか番組に出ているのかい?」
「特捜ロボ・ジュピター9に出演させてもらっています」
「ああ、プロットフィルムは見せてもらったよ。なかなか、おもしろかったね。そうか、そうか、あの作品に‥‥――」
それから数分もの間、劇団を主催している大槻はうれしそうな声で、その特撮がいかにおもしろ作品であったかを語った。
「それで、どんな役をやっているんだい?」
「ジュピター9の中に入って‥‥――」
そのとたん、大槻が、渇と叫び、その言葉を遮った。
「ジュピター9の中に人などいない!」
※
「君達なにをやっているんだね?」
背広姿の梁井・繁(fa0658)が手洗いから出てくると、自販機の前でジュースを買っていた者達がいた。
格好は青年びてもいるが――梁井の知る若者のセンスは年齢の差はどうであれ、似たり寄ったりなのだが――その顔の幼さは少年のものである。
(「やべ!」)
と、少年たちは顔を見合わせる。そして、メガネをした片割れが梁井に応対する。
「自分は成人ですよ」
「それじゃあ、身分証明になるもの‥‥免許書でも見せてもらえるかな?」
「そんなものを警察でもない、あんたに見せる必要はないじゃん!」
「そうだね。しかし、君も大人であるのならば、年長者として私がより大人としての態度をとらねばならぬこともわかろう?」
昔、こんな言い回しのキャラをやったなと思いながら梁井が道化を演じて見せた。
相手の表情がすこし変わる。
「うん?」
二人組みの、あとひとりが信じかねるような顔で質問する。
「昔、ガルファって作品でラン・ドゥ卿をやってらした梁井繁さんですか?」
「そうだが、それが?」
それこそが、梁井がかつて声をあてたキャラの名前であった。
「あ、ぼく、梁井さんの昔からのファンなんです」
「あ、俺もです!」
そういって、とたん、二人は目をかがやかせながら梁井を見つめていた。それは、年齢どうりの純真なもので、梁井の話をすぐに了承し、帰ると言い出した。ただ、その代わりといって、バックパックから本を取り出しサインをねだり、握手を求めると、感動したまま放送局を出て行った。
すでにカレンダーは曜日を変え、山手線すら止まっているはずなのだが、
「この雪の中をどうしようといんだろう?」
そして、その頃、その雪の走ってきたバイクが放送局の前で止まった。
「おぃおぃ!」
「路面が凍結しているかもしれないのに、いい度胸をしているよ」
そう苦笑いをして、若者たちはバイクから降りてきた人物に目をやった。
「ほぉ‥‥」
と息が呑まれたのは、それが女であろうことが、防寒具ごしにもわかったからである。そして、ヘルメットをとると、
「おおぅ!?」
野次馬たちの間から歓声があがった。
長い髪が落ち、目のつりあがったうりざね顔があらわになった。
「私は霞 燐(fa0918)という。一般リスナーとしての参加となるがよろしく頼む。‥‥まあ、放送関係とは、無縁とは言えんのだが‥‥私のところに仕事がくるのは夏の盛りの恒例特番くらいなものだからな」
「同業者で夏恒例、バイク、グラマーな美人というと‥‥」
そう指折りして、大槻は、何か思いついたように、ぽんと手を叩いた。
「鈴鹿8耐のレースクィーンか!」
「黙れ!」
そう叱咤して、霞は懐からなにかを取り出した。
※
こんこんと咳がでる。
まだ微熱があるらしく、頭がぼーとしている。それでも昼間から眠り続けていたせいで、こんな時間でも、目だけは冴えてしまった。
光(fa1247)はラジオをつけた。
(「こんな時間か‥‥」)
ちょうどBNNの放送中だった。
本当は、今晩のBNNに出演したかったのだが、この体調では無理である。
「あっ‥‥」
ラジオから、聞き知った声が聞こえてきた。
「今日は風邪をひいちゃったから、収録に行けなくなっちゃいました。今回行けなくなったのは残念だけど、次にあるなら絶対行くです!! あ、この手紙と一緒に材料を預けたからみんなで食べてね‥‥だそうだ」
霞が光の手紙を読み終える。
「おいおい、追記で俳優プロダクション、ストレンジワールドを宜しくって書いてあるじゃないか‥‥たしか、かっこいい役者さんがいるプロダクションだったな。うちの劇団にも、あそこに移りたがっている奴がいるしな、光ちゃん、お手紙、ありがとう。では、霞殿が持ってこられた具も鍋にいれますか」
※
ぐつぐつと煮える鍋からは、いい香りがしてくる。
肉やらなにやら、まともな食材が集まった為に闇鍋というよりも、正統な鍋になったようである。これならば食べられないという最悪の状況だけは免れたであろう。さすがに、ひとつだけというには材料が余るので、急遽、放送局の厨房から鍋を拝借してきて、大鍋大会と化す。
河辺野と横田がマイクをもってインタビュー。
そんななか、参加者が、ぱくりと食いつく。
隣同士で顔を見合わせる。
「なんだろう?」
「なんの肉かな?」
「世間というものを知らんな」
と若者たちが言い合っているとこへ、年長者ぶってパーソナリティーが箸を伸ばす。
「おっ!」
「なにかわかります?」
「わからん」
しらっと、貧乏な劇団主催者は返答した。
そんな様子を楽しげな様子で見つめ、如鳳(fa2722)がほっほっほと笑っている。
「あら、これって‥‥」
観月紗綾(fa1108)は、はっとして、そのまま何もいわずに口のそれを運ぶ。あまりのおいしさについつい手がのびてしまう。やがて、満足そうに一息。
「スッポンって食べるのは、ひさしぶりだったのよね」
そんな言葉に、それを持ち込んだ亀獣人はひとりにんまりと笑うのであった。
※
バックにギターのメローな旋律が流れ、音楽が聞こえてきた。
「おっ、このかっこいい曲は?」
「俺たちの曲です」
「お、いらっしゃい。あ‥‥ああ、ううう‥‥ぇえええ――」
「‥‥わざとやっているでしょ?」
「あ、ごめん。アーウェルンクスのシャルトさんです」
「アーウェルンクスのシャルト・フォルネウス(fa1050)です‥‥」
フードを深くかぶり、顔を隠している。どこか神秘的とさえいえる雰囲気があるのは、その姿がどこか占い師めいて見えるせいだろうか。しかし、一通りの対談を終え、CMに入ったとたん、その手が鍋に伸びたのは、そんな姿であっても、彼にも凡俗としての一面があるということであったろう。
番組の終了まで、残り時間も少ない。
「そういえば、観月さんも音楽が専門だって言っていたかな?」
「ええ、オペラやクラッシクが専門ですけれども、他にもいろいろ。ゆっくりと自分が歌える場所を探せたらと思い、活動しています。可能性があるのならば、どのようなお仕事もお受けしたいと思い、いろいろ探しているところ。月並みではあるけれど前を向いてがんばっていきたい」
「こちらも月並みですが、ご健闘をお祈りしますいよ。実際、大変な業界だけどね。この仕事だって有名な番組かもしれないけれど、ギャラなんて、本当に安いし。本職の劇団の方も赤貧転じて清貧の域まで行きかかっているし、まあ、たがいに――いや、きょう、ここに集まってもらったみんなはもちろん、リスナーもだけれど、日々を大切に、仕事のひとつひとつに全力であたっていってください。数年後に残るのは情熱ではなく、実際に残した実績でしかないのですからね」
そういって、今日、最後の一曲は‥‥といって、アカペラを所望した。
「ベルディーのアイーダから凱旋行進曲がいいかな? 女性の歌う曲じゃないかもしれないけれど、いや、なぜか鍋物を食べると聞きたくなるんだよ、たぶん、ほらサッカー日本代表の試合を肴にお酒を飲んでいるから――」
シャルトがギターをかき鳴らし、観月が歌いだす。その聞きなれたフレーズにあわせ、観客たちのおぅおぅといううなり声が重なり――おまえら、俺の見ていないとこで酒を飲んでいるだろ? と大槻が舌打ちしたが――感動的なフィナーレとなってしまった。
「また、やってみたいな」
なんだかんだで番組をまとめに入り、大槻がぼそりと言った。そして、先週と同じように雑談に入りかけ、時間が押している、押しているとプロデューサーの顔が真っ青になった。それを見て、横田が機転を利かせる。
「――の提供でお送りしました」
提供スポンサーをメインパーソナリティーを差し置いて読み上げたのである。そして、それは番組的には正しい判断であった。
「ちょっと、おま――」
大槻の声が途中で切れ、今週もまた、どたばたの間に、その番組は終わったのである。
※
君はラジオを切って、ベットで横になった。
すぐに睡魔がやってきて、君を夢の世界に誘う。
今晩は、どんな夢を見、そして、春から君は、どんな夢をいだいていくのだろうか――耳元に、子守唄のように観月の歌声が響いている――