ビターバレンタインアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 まれのぞみ
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 易しい
報酬 0.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/13〜02/17

●本文

「季節ですね」
「本当、季節ね‥‥」
 まったくの棒読みな調子で、そんなことをつぶやきあうとう、ふたりのプロデューサーは目の前にあった箱の中からチョコレートを取り出しては、口にしていた。別の番組でバレンタインデーチョコの特集をやっていたので、そのおこぼれをハゲタカのように、かっさらってきたのである。
「そういえば先輩は、だれかにチョコを送るんですか?」
 チョコを口に放り込む年下の男が、女に尋ねた。
「相手なんて、いないわよ? あなたこそ、誰かにもらうあてがあるの?}
「同じですよ、相手なんているわけないでしょ」
 そういうと、ふたりは大きくため息をついた。
 男女ふたりで向かい合ってする会話とは思えないのだが、両人たちにとってはそれはそれで深刻な話なのである。しかも、企画のひとつも思いつかないときた。こんな日は、どうせたいした企画など出てこない――というのが、これまでの経験からはわかっていたが、酒を呑みに行くにはまだ日が高い。
 テレビをつけたら、ワイドショーをやっていた。
「ああ、あちらさんもネタがないと見えてバレンタインですか」
 男は苦笑した。
「季節定番物っていってあげなさいよ」 
「定番物‥‥物は言い様ですね。それでは、どうしましょうかね? うちの番組でもやりますか? 季節定番のバレンタインネタ‥‥」
「だれが他人の幸せを見せられて喜ぶのよ?」
「喜べる人だっていますよ。他人の不幸は蜜の味かもしれませんが、先輩が考えるみたいに、全員が全員、他人の幸せを見せられても苦いコーヒーを飲まされているだけだとはかぎりませんよ‥‥」
「それ!」
 女が立ち上がった。
「それよ、それ! どうせならばバレンタインの悲惨な思い出を語ってもらうのよ。しかも、ギャラの安い、売れない若手芸能人ならば金でこまってとか、別れて‥‥とかいろいろとあるでしょうね」
 不幸の女神が絶好のいたずらを思いつきでもしたら、こんな顔になるのではないかと思わせる表情で、女は嬉々としながらノートパソコンを立ち上げると、企画書を書きはじめたのであった。
「コント方式がいいかしら、再現ドラマ? それとも突撃レポートで、その心情を暴露させる。ふふふ‥‥さみしいのは、わたしたちだけじゃないのよ!」

●今回の参加者

 fa1136 竜之介(26歳・♂・一角獣)
 fa1322 shion(14歳・♂・狼)
 fa1769 新月ルイ(29歳・♂・トカゲ)
 fa2657 DESPAIRER(24歳・♀・蝙蝠)
 fa2738 (23歳・♀・猫)
 fa2837 明石 丹(26歳・♂・狼)
 fa2899 文月 舵(26歳・♀・狸)
 fa2927 篠依瑞樹(8歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

 スタジオ内の空気が一変した。
 タイムキーパーがストップウォッチを緊張した面持ちで見つめ、カメラの横に陣取ったADが指先で時間を指示する。
「3‥‥2‥‥1‥‥――」
 ライトがぱっとつくと、ぶわっと煙があがり、その中shion(fa1322)と篠依瑞樹(fa2927)が出てきた。
 こほんこほんと篠依が咳き込んでしまったが、かわいらしいハプニングということで、そのまま番組は進行。
「一人身にはさびしい季節になりましたが、寒い思いをしているのはあなただけじゃない! 芸能人のほろ苦いバレンタインの思い出を語ってもらうバラエティー『ビターバレンタイン』の始まりです」
「はじまりです」
 シオンのあいさつを篠依がまねる。
 その瞬間、スタジオには、この番組らしからぬ暖かな空気が生まれた。
 本当であるのならば、深夜に売れない芸人たちを集め、スタッフルーム内におしこんだ上で、酒を飲ませ、うらみつらみのこもった話を延々と語らせ、その負エナジーによって妖を生むという――おっと、これは特撮番組の企画書だ! ‥‥――訂正。
 ぐだぐたとして深夜番組を作る予定だったのだが、なにをとち狂ったのか、普通の時間の番組になってしまった。しかたなし、スタッフ、参観者の知恵を拝借して、大人の秘密をさぐっちゃえ! というイメージとなったのである。
 サングラスをかけたプロデューサーが足を組み、チョコ菓子を食べながら、画面を食い入るように見ていた。
 司会の二人が、それぞれのバレンタインに対する思いを語り――あたりのライトが落ちる。
 舞台中央で円椅子に腰掛けた竜之介(fa1136)にスポットライトがあたる。画面が、ぐっとアップになって、その顔を映した。
「実は、僕は病に冒されているんだ‥‥」
 竜之介深刻な告白をする。
「なぜだか、この『バレンタイン』という時期になると、決まって当日、風邪を引いてしまう‥‥なぜだ!? なぜなんだ!?」
 大きく頭を左右にふり、竜之介は司会のふたりに訴えた。 
「嗚呼、僕に手渡したい女性はたくさんいるというのに!」
 胸に片手をあて、もう片手はその上目遣いの視線ともに虚空をさまようと竜之介の手には一輪の薔薇があった。
(「どこから出したの?」)
 篠依が、シオンの袖をちょんちょん突っつく。しっと言って、ぽつり。
「遠足とかテストの日になるとカゼをひく子っているよね」
 うんと篠依がうなづいた。
「はぁーい、どーもー」
 と、つづいて新月ルイ(fa1769)が舞台に出てきた。
「普段はデザイナーをやっているけれど、表舞台には初挑戦♪ 皆さん、よろしくねん♪」
 ウィンクをする。しかし、その声は女性というには低くすぎる。
「バレンタイン‥‥苦い思い出‥‥そうね、あたしの人生バレンタインなんて苦い思い出ばかりよ‥‥」
 ハンカチで目元を抑えると、新月はよよと泣いた。
「いつも、がんばって愛情をたぁぁぁぁぁぁぁっぷり込めて、手作りチョコを作るんだけれど『悪いけど、友達にしか思えないから』って受け取ってもらえなかったり、『お、サンキュー!』って受け取ってもらえても、愛を感じてもらえなかったり‥‥」
 と、まるで容姿そのままに女性の苦い思い出を語る。
 ただ、その後には、こうつづいたのは、まあ、なんだろう。
「四月四日に『は〜い、オカマの日☆』とか、わけのんわからない日にお返しを貰ったことがあったわ」
 と、新月が苦笑したところで、プロデューサーがカットを切るように命じた。
 CMが明けた。
「さきほど四月四日の呼称に関しまして、正しくはトランスジェンダーの日であり、俗称でもオカマの日でないとの抗議が多数ありました。関係者ならびに視聴者の皆様に大変ご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」
 アナウンサーのような調子でシオンがADから渡された手書きの原稿を諳んじた。
「こんどは私ですね」
 不思議な声であった。少年とも少女ともとれる中性的な声音だ。アニメか声優のファンならばピンときただろう。
「晨(fa2738)さんです」
 この時ばかりは、会場の隅から声の低い声援があがった。
「声優さんのバレンタインって、どんなの?」
 篠依が目をぱちくりさせながら質問した。
「普通‥‥じゃないんですよね」
 晨の唇から、ふっと、ため息をもれる。
「あれはもう昔の事。まだ小学生だっとき、クラスで一番の男子――顔も、勉強も、運動も、性格も飛びっきりのキラキラした少年だったわ。本当は本名を公共の場でぶちまけたいところだけれど、惨めになるから、やめておくわ」
 プロデューサーはホットチョコを飲みながら、その画面を見つめている。
「そんな彼に私は一生懸命に作った本命チョコを渡したの。イニシャルつきで――。これが私の気持ち。本命だから受け取ってってね」
 その口調がナレーターのものになっていることに彼女は気がついているだろうか。
「放課後の彼の鞄からはあふれんばかりのチョコがこぼれていたわ。でも、勇気をだしたの。そしたら、彼は『今の声、美少女天使ブレーザーソーラーの水樹ゆたかの声でやってくれ、耳に残るんだよな。だから、チョコを受け取るから代わりに、な?』って言い出したの。その後、どうしたかって? もちろん問答無用、チョコレートでその頭を割ったわ! まるで石板を持ったアン・シャーリーみたいにね」
 そして、そのところどころに出てくる単語は、かなりマニアックなものだ。正直、ディレクターの女も、その単語がわからずに、どんなものだったかしら? モニターの前と頭を悩ましていた。
 なんにしろ、それはまだ声優たちの園へ通っている時代の話へとなった。そこでも、やはり聖ヴァレンタインさまは見ていらっしゃる。
「声優養成所に通っていても、やっぱりヴァレンタインはやってくるわ。そこで目をかけている後輩に、義理チョコだからね♪ と書いたチョコを渡したの。すると後輩はこう言い出したの『晨先輩、今の声で、もう一度、サイルマスターズの琢朗きゅんでやってください』――腐女子ならぬ腐男子だったの、彼。とことん見る目がないね、私。どう、不幸?」
 たぶん、不幸なのだろうが、それがどんな意味をあらわしていたのかをわかったのは、その会場に彼女と、会場の隅のファンたちだけであったろう。
「ふじょし? ふだんし?」
 プロデューサーがチョコクッキーを食べながら、頭をなやましていた。
 つぎである。
 髪を無造作に流し、サングラスをかけ、カジュアルな格好をしている。スタイリストがコーディネイトしてくれたのだろうけれど、本質的にセンスがいいのだろう。そして、それもかなり感覚的なタイプなようにも見える。
「明石 丹(fa2837)です。職業は歌手です。宜しくね」
 そういってサングラスをはずすと、優しげなまなざしが司会のふたりを見つめた。そして、年長者が自分の若い頃の過ちを年少者に語るように話し始める。
「実は‥‥過去バレンタインデーに、同じ職業で仲の良かった女の子に歌をプレゼントしたことがあるんだ。歌手同士だし、これが一番のプレゼントだと思って。でも、当日それを聞いた彼女には『重い』の一言でばっさり切られたよ‥‥」
「それなんですけど、その彼女からお手紙をもらいました」
「えッ!?」
 明石の顔がとまどい、かがやき、司会が手紙を読み始めた。
「あの時、彼の音楽に『重たい』といったのは売るのならば、もうすこし軽めでポップでキャッチーな曲調にするべきだと思ったの」
 ただ、この時点で明石との認識にずれがあったようである。しかも、その手紙はこのようにつづいている。
「それに音楽に付随した歌詞というのは――英国のシェークスピアシアターでの彼の舞台を見たときに私は確信したのだけれども――言葉と意味と音楽は一体化しているのが理想なのよね。ただ、日本語という言語が内包する非論理性、叙情性は得てして、それを排除する方向にある。たとえば万葉集の時代にあった素直な心情の発露は、早くも古今集の時代にすでに恋愛の為の恋愛。つまり、歌の為にはウソをつくことさえもいとわないレベルにまでなっている。これは研究者たちからも指摘されていることだけれど‥‥――」
 その後、番組はCMに入った。
 なお、原稿用紙数十枚におよぶ、その手紙――というよりも、論文をシオンが読む終えるのに1時間ほどついやされたことをここに記しておきたい。うとうととしていた篠依が目を覚ますと、文月 舵(fa2899)が座っていた。
「――‥‥ライブと俺――夢と恋人――とどちらが大切やねん! という彼にライブ――収入源――や! と応えるしかなかったうちの乙女心‥‥というか懐事情‥‥。仕事か恋人かってNGワードやと思わへん?」
 まったく同意と会場の空気がひとつになっていた。
 ちりーん――と鈴の音が響く。
 とたん、そんな会場の空気がいてついた。どす黒いオーラに導かれ、暗黒のオーラを身にまとったDESPAIRER(fa2657)の登場である。
「悲惨な思い出ならば、売るほどありますから」
 さびしげな微笑をたたえ、女は語りだした。
「中学生時代のことでした――」
 ふたたび鈴が鳴った。
「『両思いになるおまじないをした』チョコレートを憧れの先輩の机に置いておいたんですよ。ところが、次の日からなぜか私は、ちょうどクラスメートだった先輩の弟のいじめっ子に異様にからまれるようになった。食べ切れなかったチョコを先輩が彼にあげたのか、彼が先輩からチョコを盗んだのかは不明ですけれど‥‥」
「どんな本を参考にしたんですか?」
「なんのことです?」
「いえ、ただ‥‥それで、まだお話があるとか?」
「去年のことです――」
 暗黒歌手が告げる。
 やはり、鈴の音が鳴り響く。
 さすがに薄気味悪そうに、観客やスタッフ達が舞台中を見回していた。
「デビュー直後のことで疲労の為にダウンした私のところへ当時、つきあっていた彼がお見舞いに来てくれたんです。でも‥‥そこでなんと看護婦をしていた初恋の人とばったり再会。とっさに寝たふりをして聞き耳を立てていましたが、妙に話が盛り上がって嫌な予感。そしたら案の定、退院数日後にあっさり振られてしまいました‥‥」
「それで、そのふたりはどうなったんですか?」
「それでって‥‥」
 寒々とした空気が会場に吹き、やはりあの音がしたかと思うと、スタジオの電源が落ちたのであった――

 ※

「文月さん、だったかしら?」
 スタジオを出た彼女を呼ぶ声がした。
(「だれや?」)
 と、振り返ると、見覚えのある女性がいた。さきほど出演していた番組のプロデューサーだ。
「なんでしょうか?」
 めずらしく共通語で返答してしまったのは、我知らず緊張してしまったからだろう。
「チョコレート、ありがとう」
「ああ‥‥」
 文月はチョコレートをスタッフや参加者に配っていたのである。
「お礼を言いたかったの。それから、どう? お話できないかしら?」
「お話?」
「ええ‥‥」
 女は微笑した。
 その赤い唇に指をたて、艶かしい笑みを浮かべながら不可思議な誘いを女は同姓に向けるのであった。
「大人の世界って‥‥なんだかすごんいんだねぇ‥‥」
 たまたま通りかかった篠依が、その後姿を見て、ぽつりとつぶやいていた。