歌に春を託して アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
まれのぞみ
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/13〜03/17
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●本文
「それは、私に死ねとでもいっているのかね?」
広告会社の人間から電話越しに語られた予算の額に、プロデューサーは肩をすくめた。
「いや、まあ、そうですけどね、そこはそれ。いまどき、深夜の音楽番組にお金をだしてくれるところなんてないんですよ」
「そりゃあ、時間がら有名企業に広告を打ってもらおうなんて考えていないがな、それでもこれじゃあやりようがないだろ?」
「そうはいっても、無理なものは無理なんですよ。スポットCMで逃げるとか、貴社広告でがまんしてくださいよ」
「おいおい、それは貴社が貴社の仕事をほっぽらかしたにも等しいぞ」
「そんなことを言ったって、いままでだって、そういう状況で先輩たちと仕事をやってくれたじゃないっすか」
「そりゃあ、まあね――」
文句をたれこそすれ、別に番組を作ることが不可能な額というわけではない。これまでだって、不可能だと思える金額で番組を作ってきたことも一度や二度ではないのだ。ただ、だからといって、そんな困難を粛々と受け入れるほど、人がいいわけでもない。だから、しばらく交渉というか会話をかわしフリーハンドの確約をとると、電話をきり、録音を切った。
「これでいいな」
もしもの時には、この録音が交渉の足しにはなるだろう。
さてと――
「なにをやるべき‥‥いや、なにをやっているんだ?」
斜め向かいのデスクの同僚に目がゆく。猫耳をピンとのばし、猫の形をしたカップを両手でもって読書中であった。
「休憩中ですぅ」
同僚と呼ぶには親子ほど歳が離れていて、見た目だけだったら祖父と孫ほどの違いがあるようにも見える相手が言う。
「なんの本だ?」
「歳時記ですぅ」
女が差し出した。
「歳時記?」
めずらしいものをといった調子で男はページをぺらぺらとめくった。
彼自身、俳句を嗜んではないので、こんなものを読んだことはないのだ。
「ほぉ‥‥――」
大文字単語がならんでいる。そして、その言葉の説明が書かれ、その後に十句ほどの俳句が並んでいる。なんとなく知っている句からまるで知らない句までさまざまだ。
「よくも、これだけの言葉があるものだな!」
五十になって初めて見聞きするような単語もある。
「それが、日本語というものですぅ」
まるで、ひとの心を読みでもしたかのように猫娘は笑った。
「日本語か‥‥」
「なんですか?」
「なんだい?」
「なにかを思いついたような言い方だったですぅ」
「なにかを‥‥そうか、なにかをか!」
はははと笑い、男は椅子に腰掛けた。
「策はあるさ。策は‥‥新人歌手ばかりの勝ち抜き音楽バトルがな。問題は、それが受けるようにするには、どうするかだな!」
そういって男は歳時記から、春の言葉を選び始めていた。
●リプレイ本文
ぼんやりと見つめていた中空にタバコの煙がゆれる。
スタッフたちがかけまわり、美術が安いなりに見栄えを気にしながら大工道具でとんかちとやっている音が聞こえてくる。
祭りの前の喧騒は胃をきりきりとしめつけもするが、同時に興奮もおぼえる。やはり、自分はこの仕事が好きなのだろう。
金がないのはないとして、やるべきことはやった。
あとは、参加者たちがどんなミュージックを奏でてくれるかである。
※
本番まで、まだしばらく時間がある。
待合室の椅子に腰掛けた藤野リラ(fa0073)は手書きのメモを見ては目を閉じ、あるいは天井を見ては、作詞した曲を口ずさんでいる。いままで何度も練習してきているとはいえ、初公開の新曲だ。どうしても不安が先立ってしまう。
とちってしまうのではないかという心配が先立ち、気持ちがざわめき、廊下から聞こえる足音、空調の音、どこからか聞こえてくるスタッフの怒声にすら顔をしかめてしまう。 絶対音感を持っている彼女にとって、普通のひとにとっては雑音ですむ、そんな音さえも音階を持った不協和音なのである。
そんな彼女の耳に夫である藤野羽月(fa0079)がバイオリンの調律をしている音が入る。春となり、湿度が上がってきて、このような微妙な楽器の調律は大変なのだ。夫の耳にはよしとなったようだが、彼女にとっては、まだすこし音がずれている
リラは、まあいいかと思った。
どうせ、あと一回、舞台に上がってから音をあわせる必要がある。
(「ほら‥‥」)
カメラが――ふだんのスタジオよりも少ないが――並びスタジオに立つと、もうバイオリンの音がすこし狂ってしまっている。まぶしいほどのライトがふりそそぐなかではバイオリンは渇く。木でできたこの楽器は生き物なのだ。
(「もう、さっきとはちがった音になっています」)
わずかな変化でも聞く者が聞けばわかる。だからクラッシクのコンサートなどでは開演した舞台上でなおもオーケストラが最後の音あわせをする。しかし、そんな繊細さをこの番組のスタッフに期待するのはないものねだりの類なのだろう。
スタッフたちが、さっさと歌ってくれ! とか時間が‥‥と時計を見ながらハラハラしている。
「さあ――」
夫のうながす声が、イントロにかぶった。
息をつく。
夫のバイオリンの音がする。指がギターの弦をはじく。
ふたつの弦楽器の音が見えない指のからみあうかのように手に手をとりあって、メロディーが流れる。
透明感のある凛としたヴォイスがスタジオに響いた。
「桜雨 ぽつり ぴちりと土に花
涙雨 ふわり ふらりと風攫う
待ちわびて眠る日は終わり告げ
爪先にそっと 紅のせる」
夢をみたのです
雨(あま)上がり
足跡 ふたつ
いつの夜に 夢見草見た夢でしょう
貴方 見た夢でしょう
手を引かれ泣いてぐずった花衣
いつのあいだに 恋衣
一雨 一雨 綺麗になる
貴方を追ううちに
身に纏う糸は 薄紅染めつ
桜の色した影は ふたつ
いつか いつかと願います」
春の暖かさ、柔らかさといったイメージを重ねた、その歌は、たしかに美しく、童謡かとも思え、見えないはずの桜が風にのり、スタジオに舞い散っていく幻惑をプロデューサーは覚えた。
※
「よぉ」
プロデューサーはひとりのスタッフ首を腕で組んだ。
ギブアップギブアップと、そのスタッフは笑っている。
「どうだ最近のパチンコの具合は?」
「まあまあっすね」
仕事をやっていない時にはパチンコばかりをやっているスタッフを捕まえたのだ。実際、そちらでも食っていける自信があると豪語している、そんな男にプロデューサーの男は、ぴらと万札を一枚とりだした。
「まあ、録画が終わるまでだからたいした時間じゃないがな」
そう言って耳元でごにゃごにゃとやった。
スタッフの男は苦笑いをすると、
「どうなっても知りませんよ!」
とだけ言って、万札を受け取り、スタジオを後にした。
そんなスタッフの横を、三味線をもった和服の男が横切っていく。
※
ピアノと三味線の音がからみあい、とけあい、ひとつのメロディーとなってスタジオに響く。
「春咲花はそっと見守る――」
そのヴォーカルの伴奏は、ピアノと三味線という現代音楽めいた組み合わせだが、ぎりぎりのところでポップスとして成り立っている。一歩まちがえれば不協和音になりそうだが、そうなっていないのは、ふたりの音楽センスによるものかミューズの加護による賜物なのか――しかし、一方にとっての神の恩恵は、他方にとっての悪魔の仕打ちに他ならない。
「な、なによ!」
スタジオ脇から邦岐の演奏を見ていた少女たちはたがいの顔を見合わせた。
ぇみる(fa2957)と七瀬・瀬名(fa1609)のEMISENAの二人組だ。前の組のうまさに、すこし戸惑ってしまっている。
二昔前のアイドルといった感じの衣装の二人組みは、ちょっとちょっと互いにすねを小突きあい、困惑したような顔をした。
「ちょっとぉ‥‥」
「これじゃあオチ要員じゃない!」
と、かわいらしい顔で、ふたりともぶつぶつの文句のひとつも言って、偉大にして永遠にダイスを振り続ける運命の賭博師に呪いの言葉を吐くと、ため息をついた。
「どうしたんだい、お嬢さんたち?」
背後から声がした。
見れば同じように参加している同業者の先輩だ。
「前の連中はうまいね」
素直に認めて、
「しかし、主食だけの定食なんて、定食じゃないだろ?」
と奇妙な喩えをだした。
「なんのことかしら?」
「いや、録画時間が長いから俺の腹がすいたから‥‥」
意味がわかったようなわからないような事を言う。思わず、ふたりが突っ込み、彼は笑った。
「上等、上等。さあ、本番だよ‥‥」
「えッ?」
「それぞれの個性があって、それをうまく編集して、番組は番組になるんだ。 それが番組というものだよ。そして、君たちには、君たちのよさがある。たとえば、さっきのような明朗さがね。さあ、君たちの番だよ」
ふたりはうなずき、スタジオに立った。
ふりふりのついたスカートが揺れ、赤と青のドレスがおじぎをする。
「花びら舞う公園で 見かける貴方
何時も同じ場所で 何処かを見ている」
スローテンポで歌いだされた、ぇみるの歌は、きわだって上手いとは言いたがったが魂がこめられた歌いぶりであることに疑いはなかった。
「誰かを待って居るのかしら?
何かを待って居るのかしら?」
しだいにテンポが上がっていく。七瀬の歌はさすがで、その明るいポップな調子は彼女の元気一杯なイメージにあっている。
たがいに手を伸ばし、左右の立ち位置を変える。
(「おいおい、なつかしいな‥‥」)
そんなささやきがスタッフの一部からあがった。
たしかに、ふたりの振り付けは最近ではすっかり主流になったダンス的なものでなく、中年世代が見知ったアイドルの踊りを思い出させる。
「そんな貴方が気になって」
最後にふたりの声が唱和した。
「こんな気持ち初めてなの 此れってもしかして‥‥恋?」
※
ひざが震えている。
歯もがくがくとなり、アキラ(fa1633)は両手で顔を押さえ、緊張と戦っていた。冷や汗が流れ、胃の中の物が逆流するような違和感をおぼえる。
「おいおい、大丈夫かい?」
紙コップを持った背広の男性が声をかけてきた。
青ざめた顔で見上げると、
(「だれだったかな?」)
どこかで見た顔だが、いまは思い出せない。
それどころではないのだ。
きりきりとする胃を押さえ、真性のびびりはすっかり緊張でまいってしまっていた。友人の影でこっそりとしているつもりだったのだが、ストレッチとボイストレーニングの後、三味線奏者の演奏が気になって見に行ってみれば、このざまだ。
相手の予想以上のよさに、いらぬプレッシャーを受けてしまった。
豊城 胡都(fa2778)にささえられて、準備に向かう。
最初からならばということで――つまり、演奏の途中で変身するなと注意を受け――許可された翼をはだけだし、半獣化したアキラはギターを手にした。
とたんに、さきほどまでの様子からは一変した。
「よっしゃ! やるぜ!」
アキラは目をぎらつかせ、スタジオに入ると、カメラの前で挑発するように指を鳴らしたりして見せた。
それを見て、プロデューサーには飲みかけのコーヒーを吹いた。
(「プロデューサーどうしたんです? きたないじゃないですか!」)
(「すまん、すまん。いやな――」)
そして、夜桜をイメージしたジャズティストな音楽が流れ、豊城の叩くピアノの音に、静かなざわめきがあがった。
録画の為の演奏中なので、それは小さいが、しかし、はっきりとしたものだ。世間にあふれたまがいものやホンモノではない、本物を見つけたときに叫んでしまう、これだという叫び。その声々には、それがあった。確かに豊城のサウンドはすでに凡百のそれではない。プロデューサーもまた、呆然としたような顔になって、その演奏に聞き入っていた。正しく成長できたのならば――それが難しいのだが――末恐ろしいものがある。
その証拠に、サクラの観客たちすらも、その音に聞き入ってしまっている。
「春風に舞う蝶が誘うは 闇
朧月夜に誰かを待つのは 花衣の君
無口な僕を惑わせしは 愉しげに踊る花びら」
ギターのテンポがアップし、ピアノの音が激しくなる。
「薄紅色の頬に触れれば 唇は新たな連鎖欲す
真っ直ぐと 貴方だけに捧ぐ気持ち
言の葉には収まらない」
アキラと豊城の艶かしいサウンドは、会場をしだいに熱気に包んでいった。
「降り止まない花びら
手を取って 言葉飲み込み歩み出す
豪華絢爛たる宴 誘われるまま行きませう」
もう一度、あのフレーズが繰り返される。
「薄紅色の頬に触れれば 唇は新たな連鎖欲す
真っ直ぐと 貴方だけに捧ぐ気持ち
言の葉には収まらない」
※
「優勝は、邦岐!」
発表を聞くと、仁和 環(fa0597)と椿(fa2495)は乾杯するように、たがいのこぶしをぶつけ、みずからの勝利を祝福した。第一回目の番組だとはいえ、八組の演奏者のなかでの優勝だ。悪くはない成績である。
まとまっていたということが、優勝の要因とされた。
全体的に期待されていたよりもレベルが高く、優勝については邦岐とWWINGにするかで審査員のあいだでも意見がふたつに分かれたという。幸い、スポンサーや事務所からの圧力はなかったので、能力だけで判定することができた。
意外だったのは賞金がでたことであったかもしれない。
金がないことを売りにするとプロデューサーみずからが公言していた番組なので、そのようなものは期待されていなかったのだが、
邦岐の再演を聞きながら、番組の終わりとなった。
紅白のふたりにスポットライトがあたる。
ふたたび三味線が鳴り、ピアノの伴奏が流れ、あの曲が奏でられた。
「春夏秋冬 また季節(とき)は廻り
今年も真東風が春を告げる
元気ですか 泣いていませんか
花ほころぶように 笑ってくれていますか」
仁和の歌うバラードに、やがて椿の声が重なり、ハーモニーとなる。
「愛(いと)しい出逢い 愛(かな)しい別れ
春咲花はそっと見守る
揺蕩う想い 背中押すように
穏やかな風に 空薫の香をのせて
あの日 僕が天に昇ってから
さらさらら流れる 煌く雫
キミを 花にしてあげられず ゴメンね‥‥」
その切なげな歌詞に反して、曲調はどこまでも穏やかで優しい。その三味線の曲調はどこか三線の奏でる曲調に似ていたかもしれない。
「でも忘れないで 何時だって傍にいる
キミが花咲くその日まで
僕は腕(かいな)広げ 全てを優しくするよ
見霽かすビルの杜さえ
朧に包む 花曇の空
だから見せて 花の笑み
夢見月の天(あめ)の下」
※
「おやじ、ラーメンふたつ」
プロデューサーとスタッフは駅前の屋台に駆け込んだ。
収録終了後、居酒屋を何軒か梯子し、まだまだこれから徹夜だ! という酒豪のスタッフたちとは別れて駅にまできた。
終電にはまだいくらか時間がある。
深夜近くではあるが、山手線は動いているし、私鉄の最終にも間に合う。東京の街は、こんな時間になってもまだ明るい。
「それにしても、ありがとう。すくないなりに賞金がだせたのは、お前さんのおかげだ。さあ、これはおごりだぞ」
「屋台のラーメンで、おごりもなにもないでしょ」
そう言いながらも、ごちそうさまと言ってパチンコで賞金分を稼いできたスタッフはラーメン食べていた。
どこから舞ってきたのか、プロデューサーに出されたラーメンの碗に花びらが落ちてきた。どこかで歌声が聞こえた気がした。歌の世界がまだつづいている――そんな夢想が起こると、