満開の桜の樹の中ではアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 まれのぞみ
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 易しい
報酬 0.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/04〜04/06

●本文

 気象庁が春の開花を宣言し、気の早いところでは花見が話題になる季節となった。
 実際、その日のビーストナイト・ニッポンも桜が話題となりゲストのアイドル、篠原麗華とパーソナリティーの大槻昭次が残り時間を花見の思い出でつぶしていた。
 のだが‥‥――
「そういえば、よく桜の下には死体が眠っているという話がありますよね!」
 と篠原が、そんなことを言ったあたりから様子が変わってきた。
「それは梶井基次郎が桜の樹の下にはで書いた一文がもとかな? いかにも氏らしい自由奔放でいて豊かなイメージの世界を描いた文章だったね」
 大学に政治学部で入学したはずなのに、文学部の授業ばかりに顔をだし、教授たちにすら文学部の学生だと勘違いされていたという過去をもつ演劇人は、楽しそうに薀蓄を語りだしていた。
 それが罠とも知らずに――
「そうそう、鬼が出てくる話でしたよね!」
「それは坂口安吾の桜の森の満開の下じゃないかな? 女と思っていた者の正体が実は‥‥とあって、最後の桜の舞い散るシーンの美しいことといったら、ありはしないよ」
「なんだ、記憶がまざっていたのか、ぶつぶつ。そうそう、大槻さんは、それを何かの劇で使っていませんでしたっけ?」
「さすがに、それを生では使っていない。そのシーンを一度分解して、意味と象徴だけを抜き取って変換し、とある劇で某キャラの自殺シーンとして使わせてもらってはいるけどね。ただね、いまだから言えるけれど、うまくいったとはとても言えるものではなかったよ。やはり、桜というものもつ象徴性の強さに引っ張られすぎたなというのがいまから考えると反省点だね」
「そうですね、桜に死者や霊的な存在‥‥ってなにか似合いますよね」
 なにか意味があるような間があった。
「似合うか?」
「ほら、いまの二作品や大槻さんの劇はもちろん、切腹のシーンなんかで桜が散っているシーンがあるじゃないですか」
 と深夜放送でなくては、あぶなくて放送できないようなことを、この娘は平気で言い出す。
「どんな番組を見ているんだろうね、このアイドルの人は?」
「おじいちゃんと一緒に見ていた時代劇ですよ。それに、ひとが思いを重ね、身勝手な思いを抱かせる存在だから、偶像なんですよ。そしてアイドルという金メッキがはがれたとき、そこに残るものはどんな木か鉄か‥‥」
「なにか憑いてない?」
 すこし気味悪げな返しである。
「かもしれないな。丑三つ時もすぎましたし、また、なにか憑いたかな? わたし霊媒体質なんですよ」
「いやなアイドルだな、おい!?」
「いえいえ、これはこれで便利ですよ。ドラマのときなんて、それにふさわしい役どころになりきるのは簡単ですから」
 どこまで本気なのかわからないなことをいって、その実、たしかに大槻を、そして番組そのものを、この娘は罠にはめようとしている。
「ああ、そんな怪談めいた話はやめ、やめ!」
「じゃあ、話を戻して大槻さんはどこの桜が好きですか? 私は千鳥が淵や上野なんかがすきなんですよ」
「だから、そういうネタはやめてくれって、お願いだから」
「わかりました。でも、桜が好きなのは本当ですし、お花見なんて、どうです?」
「個人的に?」
「みんなで!」
「なんで、そうなる」
 と大槻が笑った。
 完全に罠にはまってしまった。
「こんどの番組は花見をしながらしましょうと言ってくれって、プロデューサーさんから指示をもらったんですね」
「おいおい、そういうことはメインの俺に言ってくれよ。まあ、この前の鍋を囲みながらの放送もよかったし、花見をしながらってのもいいかもしれんな」
「じゃあ、お花見をしながら怪談をするということで」
「だから、なぜ‥‥」
 その言いを篠原が遮った。
「ほら、もう時間ですよ。大槻さん」
「謀ったな、し‥‥――」
 そして、その叫び声とともに、その日の放送は終了し、つぎの番組のOPが流れてくるのであった。

●今回の参加者

 fa0104 水守竜壬(24歳・♂・竜)
 fa0377 ASAGI(8歳・♀・蝙蝠)
 fa0924 谷津・薫(9歳・♂・猫)
 fa1683 久遠(27歳・♂・狐)
 fa1719 風和・浅黄(20歳・♂・竜)
 fa2370 佐々峰 菜月(17歳・♀・パンダ)
 fa2657 DESPAIRER(24歳・♀・蝙蝠)
 fa2997 咲夜(15歳・♀・竜)

●リプレイ本文

 風が吹く。
 木々の枝が揺れ、白い春の化身が春の中へと一枚、また一枚と散って、舞って、溶け込んでいく。
 スーツ姿の水守竜壬(fa0104)が、それを見上げていた。
「どうしたんだ?」
 聞きなれた声がして、水守は笑いながら片手をあげた。合方の風和・浅黄(fa1719)が来たのだ。
「気になることがあってな」
「気になること?」
 そう問われると水守はあたりの目を気にしながら風和に顔を近づける。
 周囲でどっと黄色い声があがった。
 ふたりの様子を、別の意味で解し、妄想したらしいファンたちの歓声だ。
「人が集まるところには情報が集まり、情報が集まるところにはヤツらがくる‥‥」
「ヤツら?」
「NWだよ」
 暗い顔をした水守が舌打ちしたように言うと、つぎの瞬間、いつもの表情になってファンたちの歓声に応えていた。その時の声に、むかしなじみの風和は、ふと昔、ケンカをよくしていた頃の水守を思い出していた。
 やれやれとつぶやき、あたりを見る。
(「お、いい女だ」)
 合方のつぶやきが聞こえる。
 同業者だ。
 たしか名前は――
「咲夜(fa2997)さんだね」
 さらりとメガネの男が言ってのける。
 本人は認めていないが、天然のすけこましとしての才能はあるのだろう。そういうところにはぬかりがないのだ。
 あとひとり――こちらは性別さえ違えばよかったのだが――いる。
「久遠(fa1683)さんだね」
 歌舞伎の女形だ。
 現実の話として、化粧を落とした女形には意外と男らしい素顔の者が多く、男らしいからこそ美しい女を演じることができるのものなのだと観客に思わせたりするのだが、久遠は、私服の時すらもどこか女のような色香をただよわせている。
「こんばんは、夜桜というものはきれいですわね」
 背筋をのばし、凛とした姿のまま頭を垂れる。ちょうど風呂敷で包んだ重箱を持った姿で辞儀をしたので、それが着物姿だったら、どれほどよかったであろうかとさえ二人は思った。正直、女ですらも嫉妬を覚えるような女らしさがあるように思えたのだ。
 声が聞こえてきた。
 特設公開会場では番組がはじまっていた。
 ハイなテンションのサブのパーソナリティーが進め、何度となくため息をつくと、メインのパーソナリティーが、
「大槻昭次のビーストナイトニッポン‥‥」
 と、番組史上、もっともやる気と生気のない番組コールをささやいた。
 すっかりしょげたような声とともに番組がはじまる。
 そんな舞台裏では、こんな、やりとりが繰り広げられていた。
「バカ、バカ、バカ!?」
 大きな眼に涙をため、西洋人形のような格好のASAGI(fa0377)が谷津・薫(fa0924)の胸を叩いていた。
「ただの花見だっていったじゃない!」
「そうだっけ?」
 そう言って彼女をこの番組に連れ出した――ということになってしまった!――谷津がしらっとした調子で言って、わざとらしく彼女の視線をはずす。
「うそつき!」
「うそつきってなんだよ!」
 売り言葉に買い言葉、いつもふたりは、こんな調子なのだ。なんとも思春期どまんなかな様子が微笑ましい。
「佐々峰 菜月(fa2370)さんはどうですか?」
 なかば用を成さないメインを尻目に、きょうも姿をあらわしたアイドルが番組を進行する。
「そうですねぇ〜‥‥霊体験かどうかわかりませんけどぉ〜
家に帰るために夜道を歩いてたんですよぉ〜。
それでですねぇ‥‥住宅街にはいってぇ、もう夜も遅いときでしたからぁ、電気も全然ついてなかったんですよぉ〜。それでもチラホラついてたんですけどねぇ〜? でもぉ、早く家に帰りたかったせいもありますけどぉ‥‥近道になりそうなところを見つけたんですよぉ〜。いつもは気にしなかった場所に細道みたいなのでぇ
『あ、これは近道できそうかもぉ〜♪』
 という気持ちで入っていったんですぅ。
 そしたら、少しもしないうちに後ろから誰かついてくる気がしたんですぅ。それにぃ、さっきまでチラホラと電気がついてる家はあったのにぃまったくなくなってたんですよぉ〜。ちょっと怖かったけどぉ、すぐ近くまで気配が迫ってましたからぁ、勇気を出して振り向いたんですぅ。でもぉ、誰もいなかったんですよねぇ‥‥気のせいだったかもしれませんけどねぇ〜あはは〜」
 この話程度では、大槻もまだ無事なようだが、それでも顔がだいぶ青い。もっとも、大槻が耐えれたからといって、他の人間が耐えれるというものではない。
「きゃあ!」
 ASAGIが悲鳴をあげて、それまで文句をたれていた相手にだきついている。かっと顔を真っ赤にして、谷津がASAGIを突き飛ばして、またひと悶着。
「なにすんのよ!」
 というわけで、番組とは関係ないところでまたいがみあうふたり。
 まだ春には遠い、ゆえに春を思う時期だとはよくいったものである。
 久遠が皆に重箱の弁当を薦め、語りだした。
「知人の家の近くに『出る』と噂のトンネルがあるんです。日中は車通りは多いんですが夜になると気味が悪いの。ある日ねその知人が深夜の仕事から帰ってきてちょうどそのトンネルに差し掛かったところ何だか視線を感じたらしいの。で、何気なくバックミラーを見たら‥‥」
 ひぃ〜という悲鳴がふたつあがった。
 ひとつは男、もうひとつは少女である。
「もう、これからが盛り上がるところでしたのに」
 といって久遠が話を締めた。
「それでは、続きはご想像にお任せすることにします」

 ※

 桜をふと見上げ、咲夜がこんなことをしゃべりはじめた。
「‥‥実はね、あたしって怪談とか得意じゃないんだよね。一生懸命話すんだけど、何でか怖がってくれないし。でも一生懸命お話するね。
『題して、呪いの桜!』
「これはあたしがお師匠様から聞いた話なんだけど、お師匠様の更に師匠の人の兄弟子に当たる人がね、ある時果たし合いの結果、誤って相手を殺してしまったんだって。
 でね、その相手に身寄りがないし、その人が桜が好きだったから、好きだった桜の樹の下で眠らせてやろうと、こんなような桜の根元にその遺骸を隠したんだって。
 そしたらね、その次の年からその桜はぱったり花を咲かせなくなっただって。
 あまりにも何年も花を咲かせないものだから、病気かもしれない他の桜に移る前に伐ってしまおうって話になって、植木屋がその桜に斧を入れたその時! 幹から鮮血のような樹液が噴き出して、植木屋さんの身体を真っ赤に染め上げたんだって。で、その樹液を浴びた植木屋さんはその後すごい高熱を出して、苦しんだ挙げ句そのまま息を引き取ったんだって。
 その後何人もの人が伐ろうとした挙げ句にやっぱり最初の人と同じ運命を辿ったそうだよ。今でもどこかにその桜の樹はあって、伐られるのを拒んで居るって話だよ」
 なかば死んだ目の大槻が、
「そうか、よくある話だね‥‥」
 と棒読みな調子で返してくる。
 からかってやろうと思っていた面々も、すこし、かわいそうに思えてきた。
 しかし一方で、桜という題材が他の参加者の心をつかんだらしい。
「桜は不思議な魅力があったりしますね。‥‥ちょっと怖い雰囲気もあるけど。」
 そう言って風和が語りだした。
「‥‥でも、不思議って言ったら最近2人で仕事に出てて、偶然一緒に帰ったんですよ。そしたら家の近くの小さな公園に桜並木があるんですけど、その一本が満開で、その下に女の人が居たんですね。和服を着てて、すごく儚げで綺麗だったんですが‥‥」でも、こんな夜中にどうしたのかな? って思ってたらあっという間にその人は姿を消してしまって。何かの見間違いかな? って思ったんです。そしたら次の日その桜の木が寿命で枯れてしまったから取り払われたんだ、って。‥‥よく、桜の木の下には鬼が棲んでいる、って言いますけど‥‥その鬼だったんでしょうかね?」
 そういって風和はにっこり笑った。
「じゃあ、僕が見たのも鬼だったのかな?」
 と言ったのは谷津であった。
 ただ、ASAGIに抱きつかれ、顔をまっかにして、しかも声もどぎまぎしたものになっている。ラジオだったからいいものの、テレビだったらちょっとしたスキャンダルであろう。
 少年は少女など気にもしないようなぶっきらぼうな調子で、でもその実は気を使いながら、こんな思い出話をした。
「以前、ちょうどこんな時期に入院をしたことがあるんだ。
 で、その病院の中庭には1本の桜の古木があったんだ。まだ桜も咲ききらない頃のことだけど、同じ部屋におじいちゃんがいた。話を聞くと桜が好きらしく、その古木が咲くのを楽しみにしていたみたいだった。
 そんなある日、5、6歳くらいの桜色の無地の着物を着た女の子があらわれたんだ。
 最初は、そのおじいちゃんの孫か誰かかと思ったんだ。
 こんなことを話していた。
「桜、好き?」
「ああ、好きだよ‥‥美しい花だからね」
「綺麗な桜、見たい?」とも尋ね、
「見たいさ」
「わかった‥‥」
 というと、その子は去っていった。
 数日後、おじちゃんは突然、亡くなってしまった。ただ、古木に咲いた美しい桜を見ながらね。
 あとで人づてに聞いた話では、そのおじいちゃんには身寄りがなかったんだって。それに、これは噂で人の命と引き換えに桜の花を咲かせる女の子がいるんだってね――」

 ※

 CMがあけると、ラジオからは鬱ソングが聞こえてきた。
 どこまでも暗く、どろどろとした人間のネガティブ面を歌っている。ここで思わずラジオを切ってしまった者もいるだろう。
 DESPAIRER(fa2657)の登場である。
「いますよ‥‥」
 声の主が、闇の中からぬっと姿をあらわす。
 ちなみにこの段階で、大槻氏はもはや口から魂が抜け出しているような状態である。
「私がまだデビューして間もない頃の話です。当時つきあっていた男性に別れを告げられた私は、その悲しみを題材に曲を作っていました。その頃借りていたスタジオは防音の設備がよくなかったので、周囲の迷惑にならぬよう、小声で歌を口ずさみながら、微調整をしていたら‥‥」
 しばらくの沈黙。
「‥‥出たんです。女の人の幽霊が」
 ただしゃべっているだけなのに、なぜこれほど恐ろしいのか。
 暗い空から、冷たいものが降りてきていた。
「彼女は悲しそうに言うんです。今の歌で自分の昔を思い出したと。
聞くと、彼女はそれより五年ほど前に、悪い男に騙され、捨てられて、この近くで自殺したとのことでした。彼女は言うんです。こんな辛いことを思い出させた私が憎いと。
そこで、私は‥‥」
 周囲の電灯が消え始める。
 あたりから自分たち以外の姿が消えている。
 自分はどのように話そうかと考えていた水守は、立ち上がり、あたりを見回した。さきほどの追っかけの姿すらない。
 たぶん、本人としては、たんたんと語っているのだろう。
 DESPAIRERの話がつづく。
「彼女に、私自身の過去の話をしてあげました‥‥。彼女も最初は怖い顔をしていましたが、だんだん話を聞いてくれるようになり、最後には、涙を流してこう言ってくれたんです。あなたは私より何倍も辛い思いをしてきたんだね、今までよく頑張ってきたね、って‥‥。それからも、彼女は時々私のところに化けて出てきて、いろいろと心配してくれたり、相談に乗ってくれたりするようになりました」
 遠雷が聞こえてきた。
「よろしければ、ちょっと彼女を呼んでみましょうか? 結構、呼ぶと出てきてくれるみたいなので‥‥」
 ラジオにすさまじいまでの雑音が入ってきた。
 水守の
「来たか!」
 という叫び声が聞き取れ、あとは、とぎれとぎれになった騒音と雑音まじりの甲高い音ばかりして、最後に、
「桜の木の下?」
「ねえ、女の人が‥‥――」
 というASAGIの悲鳴があがり、轟音が聞こえたかと思うと突然、ラジオの放送が途絶えた。あとにはただざーというノイズだけが響いているだけとなったのである。

 世にいう桜の呪いの一夜の出来事であった。