うしろ! うしろ!アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 まれのぞみ
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 易しい
報酬 0.9万円
参加人数 10人
サポート 0人
期間 06/06〜06/10

●本文

「掃除をしない?」
 突然、女がそんなこと言った。
「掃除?」
 これはまた芸能界とは相容れないような仕事依頼である。
「そう。そ・う・じ! 女のキライなもののひとつよ」
 ちなみに、この女、他に女性のキライなものとして洗濯と日常の食事を作ることをあげている。
「はいはい、それでどこを掃除すればいいんですか?」
「鎌倉にある廃屋よ」
「廃屋!? そんな場所を掃除して、なんに使うんです?」
「ドラマの舞台に使うのよ」
 さらりとサングラスの女は言った。
 つまり、その廃屋を撮影に使えるレベルにしてこいというのである。別に難しい仕事ではない。
「あ、そうそう‥‥」
 といかにも忘れていましたといわんばかりの――だからこそ、しらじらしい――口調で、こんなこと言った。
「でもね、その廃屋っていわくつきなのよね」
「いわくつき?」
「ええ、芸能人だった――この意味はわかるでしょ?――前の主人が、その屋敷の中で消えてしまったという事件があったのよ」
「消えた?」
「表向きはね。本当は、むごい死体となって屋敷で発見されたのよ。世間には公表できなかったけれどね」
「それって‥‥」
「じゃなかったら、わざわざ、あなたたちに頼む必要はないじゃない?」

 ※

「撮影をやってくれないか?」
 突然、男がそんなことを言った。
「撮影?」
 これはまた芸能界らしい仕事の依頼である。
「そう、さ・つ・え・い! 俺達のやりがいのある仕事のひとつさ!」
 ちなみに、この男、他に芸能人の好きな仕事として取材と編集をあげている。
「はいはい、それでどこで撮影をおこなうんですか?」
「鎌倉にある廃屋だよ」
「廃屋ね? そんな場所の撮影って、なんに使うんですか?」
「怪談番組に使うんだ」
 さらりとメガネの男は言った。
 つまり夏の怪談番組に使える絵を撮ってこいというのである。そろそろ季節であるので撮りだめが必要だという。
「あ、そうだ!」
 といかにも忘れていましたといわんばかりの――だからこそ、しらじらしい――口調でこんなことを付け加えた。
「まあ、俺は信じないが、どうやらその廃屋は、本当にでるという噂のある場所でな、そういうのを期待してやってくる一般の連中も多いそうだ。まあ、トラブルには気をつけてくれよ」
「それって‥‥」
「じゃなかったら、わざわざ、お前たちに頼む必要はないじゃないか?」 

●今回の参加者

 fa0521 紺屋明後日(31歳・♂・アライグマ)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa0917 郭蘭花(23歳・♀・アライグマ)
 fa1680 碓宮椿(21歳・♀・猫)
 fa1737 Chizuru(50歳・♀・亀)
 fa2529 常盤 躑躅(37歳・♂・パンダ)
 fa2640 角倉・雨神名(15歳・♀・一角獣)
 fa2899 文月 舵(26歳・♀・狸)
 fa3861 蓮 圭都(22歳・♀・猫)
 fa3871 上野公八(23歳・♂・犬)

●リプレイ本文

「あらあら、また雰囲気のある廃屋ですね」
 文月 舵(fa2899)は思わず、口に手をあて、はとが豆鉄砲を食らったような表情となった。
 それは6月のとある晴れた日のこと、鎌倉の某所にある閑静とした住宅街の一角のことであった。
 人の手が入っていないと思しき広い庭に集まった人たちで、和風の屋敷の前にはちょっとした人だかりができていた。
 そのメンバーの前に仁王立ちした女性のサングラスの下の表情はわからないが、あきれたといわんばかりのオーラを発している。
「『そちら』の仕事ということだが、周りは獣化しても大丈夫そうなところなのか?」
 シヴェル・マクスウェル(fa0898)が女に質問した。
 ただ、その声は内容の深刻さを意味するかのように自然、小さなものとなっている。
「それは、あなたがたの判断におまかせするわ。やれとも命令しないし、やめれとも忠告しないわ。昨日、事前に不審者がいないかどうかを調べたときには誰もおらず問題はなかったようだけれど‥‥」
「よう?」
「1パーセントでも可能性があるのならば、その可能性は否定できないでしょ?」
「OK! 掃除はいいんだが、あまり建物を壊さないように立ち回らないとな」
「やりすぎたらお給金から減らすわよ」
 女が苦笑すると、つぶやき声がした。
「曰くつき‥‥掃除なんてせずに。あるがままで使った方がいいんじゃないのかしら」
「あら、そう思うの?」
 女の口調はどこまでも挑発するかのような調子がある。
「いえ、決して怖いからやりたくないとかでは」
 蓮 圭都(fa3861)は女から目を逸らすと、背中をふるわせながら屋敷の中へと向かった。その後にはChizuru(fa1737)がため息をつきながらつづいた。
「掃除は苦手ですが嫌いではありません。問題は‥‥ですわね」
 全員が屋敷の中へと入っていった。
 腰に手をあて、女はつぶやくのであった。
「さて、あちらはうまくやっているかしら?」

 ※

 男は、目を細め、意外そうな表情をした。
「なんですか?」
「ただの撮影に、こんなかわいらしい女性ばかりが集まっていただけるなんて予想もしていなかったものでしてね
 ニコニコとした表情で、その男は応えた。
「それで、今日のスケジュールですが――」
 と言って、三人にスケジュール表が配られた。そして、今日の仕事の課題ですが――と前置きをする。
「やりがいという面では落ちるかもしれませんが、夏の番組で使うかもしれない――確約できないのが申し訳ないのですが――怪談番組の素材がそろえば文句はありません。気楽な仕事だと思ってください」
 ふたりの少女たちがは〜いと応え、洋風の屋敷の中へと向かった。
 男の背後に近づく影があった。
 そして、爪先立ちして、男の耳元ににささやく。
「本当にやるんでしょうか?」
 甘い声に胸をどきりとして振り返ると、郭蘭花(fa0917)のメガネの下の瞳が訴えかけるようにして、男を見上げていた。
「なにがです?」
「別の人たちも近くの屋敷で掃除をやっているからな、なにか関係がある‥‥そんな噂ですよ」
「勘がいい方々ですね‥‥」
 すこしどぎまぎとした様子で男は郭蘭花の耳元でささやきかえした。
 知らない人間が見たら、恋人たちの密やかな会話に見えたかもしれない。いや、ある意味、それは密やかな会話に違いなかった。

 ※

「ねえ、ねえ、こんな格好ってどうかな?」
 じゃあ〜んという効果音を口にしながらわざわざよごれた格好をした碓宮椿(fa1680)が着替えを終えて、小部屋から出てきた。
「ああ、かわいいですっ」
 カメラを覗き込みこんでいた角倉・雨神名(fa2640)が奇妙な歓声をあげた。
 さっそくケチャップを血にみたて、部屋に散乱させると、碓宮は死体のふりをして横になった。まさにB級映画のノリである。
 使い慣れないプロ用の機材――さきほど郭蘭花から一通りの手ほどきは受けている――で画像を撮る練習もかねて角倉は碓宮を撮ってみたりした。
 幽霊屋敷のお化けみたいに手をつきだし、長いかつらの髪を唇にたらし、
「うらめしや〜」
 碓宮が、そんなことを言ってみせたりして、本当にかしましい。
 お仕事半分、遊びも半分という雰囲気なのだろう。
 ふとカメラのファインダーを覗き込んでいた角倉が、それから目を離した。
「ねえ、なにか動かなかった?」
「なにか?」
 碓宮はきょとんとする。
「なにか窓の向こう側に尻尾が見えなかった?」
「えっ?」
 なにを言っているのよという相手の表情に角倉は首をひねってみせる。
「だから、なんで私達の胸くらいの高さがあるところに尻尾が横切るのよ!」

 ※

「それで、どんな仕掛けなんですか?」
「うん、なにがだい?」
 ちゃっかり仕掛ける側に加わった郭蘭花は頭にクエッスチョンマークを浮かべたような表情をする。
「だから、どっきりカメラをやるんでしょ?」
「別にたいしたことはしていないさ。それどころか、なにもしないといった方が正解かな? ただ、未確認の情報をもった二組がどのような行動をとるか観察させてもらうだけだよ。人間、疑心暗鬼がいちばん恐ろしいものだからね」
「そうなんですか?」
「そんなものだと僕は思っているからね、とりあえず今回はそういう風にやらせてもらうよ。それに恐々と女の子たちが撮った映像というのは、編集しだいではいい素材になるとは思わないかい?」
「日本館側からの入場は終わったわ。洋館側からは‥‥準備はいいようね」
 ロケバンに女が乗り込んできた。
「日本館とか洋館って、旅館みたいですわね」
「旅館‥‥そうね旅館だったのよ」
 女はくすりと笑い、少女に近づくと、ふっとその耳元に息をかける。
 くすぐったそうな顔の少女に、妖しげな微笑をして――そんな女の頭を男が無言のままペットボトルではたくと、にっこりと笑い、ごめんねしつけのなっていないおばさんでと言いながらペットボトルのお茶を二人にを差し出した。
「昔からある旅館でね、増改築したりしているうちに表は洋風、裏は和風という奇妙な屋敷となってしまったわけなんだよ」
「でも、ちがう町名じゃないないのかしら?」
 近くあった応募用紙を手にして見比べる。
「屋敷の中に境界線があるからね」

 ※

「コンさん、どうしました?」
 上野公八(fa3871)が天井をはたいていた手を止め、紺屋明後日(fa0521)に声をかけた。
「うん、なんかさっき窓の外で動いたもんがいた気がしたんやが‥‥」
 その言葉に、目をぎらりと光らせた者‥‥いや、動物がいた。
「やはりいやがったか! 屋敷の掃除なんざ、後回しだ!! のん気にそんなことしてる場合じゃねぇだろ!! いつナイトウォーカーが襲ってくるか、わからねぇんだからな! 奴らを掃除するのが先だろう!」
 と、かわいらしい姿をしたパンダが叫んだ。
 さすが熊猫。元来は肉食の獣なだけのことはある。その荒れ狂う姿は手負いのツキノワグマにも似て、幼い子供が見たら泣いてしまうことはまちがいないであろう。
 実際、きぐるみの中の人――常盤 躑躅(fa2529)――は覆面レスラー志望のスタントマンだ。血の気が多いのか、そうじ係の中でも武断派であることを自他共に認め、屋敷の中に入ってからも掃除はそこのけ、NWを探すことばかりに精を出していた。その甲斐があったというところだろうか。
 なんにしろ、大きな男の子たちが、掃除の手をやすめて、そんなことを相談していると女性陣から文句があがった。
「なにを言っているのよ!」
「しっかり掃除をしなさいよ!」
 まるで中学校や高校時代の放課後――
 掃除当番もそこそこに逃げ出そうとする男子生徒をしかる女性生徒たち。いつしか、場の雰囲気がそのようなものになっていた。
「おい、おい‥‥」
 ちょっと反論できないくらいの迫力だ。
 しかも、皆、半獣化した姿を不審者のようないでたちで隠しているものだから、それこそ学生運動の内紛のようにも見える。まわりの雰囲気もあいまって、ここだけ時代が前世紀を四分の一くらい戻ったような景色である。
「それは、そうだけど‥‥」
 どうやら掃除をすることによって、NWやらなにやらの恐怖から逃げようとしているようである。できればNWとは会いたくないし〜といった口調であることからもそれがわかる。ただ、みんなでわいわいとやる掃除もたまにはおもしろいなというのも本音であるのかもしれない。
 なんにしろ交渉は決裂した。
「わかったよ! てめえらは、ここで掃除をやってろよ! 俺がNWをやっつけてきてやるからな!」
 雑巾を床に投げつけて、白と黒の熊が部屋を出て行くと、その背中に向かってChizuruがまるで別離の歌を歌うような高音で叫んでいた。
「なにかあったら携帯で呼んでください!」
 間髪をいれずに関西弁がつづいた。
「あ! それから掃除道具を持っていくのを忘れていかんてな!」

 ※

「ねえ、こっちかな?」
 カメラをかまえながら少女たちは、屋敷の奥へと向かっていた。
 逃げ出せばいいものの、そこはお仕事である。
 いや、そういうことにしておこう。
 窓の外は、真昼だというのに、あたりは夕暮れのように暗くなってきた。
 遠雷も聞こえる。
 梅雨というよりも嵐の様相であり、映画ならば、それこそお化けがでますよと言わんばかりの状況である。
 ふたり組はどきどきとしながら足を進めていた。

 ※

「いいな?」
 半獣化した掃除人たちが手短に、NWと思しき謎の存在に対する攻撃の手はずを決めていた。もっとも、敵の正体がわかっているわけでもないので策らしい策があるわけでもない。さしあたっては、まずなんにしろ非友好的なファーストコンタクトが必要なところであろう。
 もっとも、この場にはいないChizuruが、こんなアドバイスをしている。
「廃屋には路上生活者やマニアの方がいたりしますわ。NWは問題ですけど、正体がばれないようにしなくては。万一を考えて、完全獣化はNG。半獣化も正体がばれないようにしておく方が‥‥。NWへの攻撃もまず相手を見極めからで。危険ならばさっさと逃げるようにしませんか?」
「‥‥待て、なにか物音がしなかったか?」
 シヴェルがしっと言って、唇に指をあてた。
「物音?」
 狙ったかのようなタイミングで、ことが起こった。 
 床のきしむ音がする。
 隣の部屋からだ。
 きぐるみの下で完全に獣化している常磐が、うなり声をあげて突入した。紺屋は持ち込んだ愛用のこぎりをかまえながら、そのあとを追う。
 ちゅう?
 部屋の中では、小さなネズミがかれらを待っていた。

 ※

 さて、その頃――

 掃除組が隣部屋へ入り終えると、別の扉からふたり組が、その部屋に入ってきた。
「なにか音がしたよね?」
「う、うん‥‥」
「それに、なにかひそひそという」
 ぶるぶるとふるえながら、そのくせ楽しそうにふたりは顔を見合わせる。
 そして、もときた扉から外へ出て廊下の右へと向かった。
 すると、こんどは入った扉から男性がぞろぞろと出てくる。
「ちきしょう! NWは、どこにいやがるんだ!」
「なにか、外で音がしますよ」
「なんだと!」
 と飛び出て左側へ行く。
「やっぱり、音がした!」
 こんどは女の子たちが部屋に戻ってくる。
「お化けさんはどこにいるのかな?」
「あれ、こっちにも扉があるよ――」
 女の子たちが扉に消えると、
「やっぱり、音がしたんですよ――」
 と、騒ぎながら男どもが帰還して‥‥――
「わざとやっていない?」
 隠しカメラの映像を見ていた女はあきれたようにつぶやくと、髪をかきあげた。
 他のふたりも同感。
 たがいのことを知らずに入ってきた二組のおりなすどっきりを期待していたのに、これでは昔なつかしのコントである。
 そして、画面に向かって思わず
「うしろ! うしろ!」・
 と叫んでしまっていた

 ※

「いい、仕事やったわ」
 ふぅと文月は額の汗をぬぐった。
 蒸し暑い一日ではあったが、屋敷の掃除という大仕事をやり終え、充実した気持ちで一杯である。NWと出くわすこともなく、つつがなく一日の業を終えた。
 すっかり屋敷の中はきれいになっている。
「これくらい、自分の家がきれにできたらな‥‥」
 などという声も聞こえてくるほど、しっかりとやった仕事であった。
「‥‥掃除、ちゃんと終わった」
 蓮もまた満足そうな一声をあげた。
「あっ!?」
 掃除道具の片付けをしていた上野が唐突に声をあげた。
 窓の外はいつしか晴れ、遠くに見える海にはきれいな虹が浮かんでいたのである。