映画をかたろうアジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 松原祥一
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 難しい
報酬 なし
参加人数 7人
サポート 0人
期間 10/20〜10/24

●本文

 某月某日。
 映画好きが集って、自分達で撮る映画の話をしていた。
 一本うん億円、うん十億円の商業映画でなく、映画会社もスポンサーも絡まない低予算の自主制作映画。
 何の束縛も無く好き勝手に撮れるのは楽しい。
 話すうちに夢は際限無く膨らむ。
 もちろん、酒の席で話すのと実際は違うものだ。いざ撮り始めれば現実的な問題は山盛り。拘りぬいた挙句に延期、分裂、空中分解‥‥未完成の道を辿る場合も少なくない。仮に完成しても、上映のアテも無い。
 それでも趣味としての映画作り、或いは映画界のステップとして自主映画を作る人は多い。

「やってみようよ」
 誰かが言った。
 監督も、脚本も、俳優も、カメラも美術も音楽も何もかも未定である。
 すべて白紙のキャンバスに、これからみんなで色をつけていく。
 果たして、どんな映画が出来上がるだろう。


●そのあと

 そして、ものの見事に出来なかった或る作品。
 スケジュールが合わない、キャストが揃わない、最終稿に近づかない脚本。
 夢破れたあと、編集されることの無かった未完成のフィルムが残る。

 忘れかけた頃に、一本の電話。
「あの映画‥どうなった?」
 去来する想いは様々。完全に忘れた人もいて、やるせない想いを持つ人もいて。
「そう言えば俺、編集前に抜けたから、あのシーンまだ見てないんだよな」
「データまだ残ってるか?」
 なんとなく、久しぶりに会って話をしようという事になった。未公開の映像の上映会となるか昔話となるか。完成させようと息巻く人もいたりいなかったり。


 ‥‥さて、どうなっただろう?

 決めるのはあなた。

●今回の参加者

 fa1339 亜真音ひろみ(24歳・♀・狼)
 fa2315 森屋和仁(33歳・♂・トカゲ)
 fa2321 ブリッツ・アスカ(21歳・♀・虎)
 fa5054 伏竜(25歳・♂・竜)
 fa5055 鳳雛(19歳・♂・鷹)
 fa6093 亜真音ひかる(28歳・♀・狼)
 fa6101 明日葉 保美(36歳・♀・ハムスター)

●リプレイ本文

 秋空の下、都内某所。
「野郎、また遅刻か‥‥?」
 本名葛西亮明ことプロレスラーの伏竜(fa5054)は、留守電に繋がった携帯電話をスーツのポケットに捻じ込んで歩きだした。

「‥‥あれ?」
 曽我部統矢は見慣れた天井をぼんやり見つめる。
「たしか昨日は遅くまで旦那と飲んでて‥‥まだ朝じゃん、眠ぃ」
 時計を見て顔をしかめる。寝てからまだ三時間も経っていない。ぼんやりするのは寝不足からか。何か奇妙な夢を見ていた気がするが、よく思い出せない。
「ま、いっか‥‥寝よ寝よ」
 当然の如く二度寝を決め込んだ統矢は携帯の着信に気づかなかった。

「あれ、メールが入ってる‥‥」
 徹夜明けのカメラマン森屋和仁(fa2315)は携帯電話の中の懐かしいアドレスに、サングラスの奥で目を細めた。
「今日だったのか‥‥どうするかな」
 その気は無かったが、仕事が終わったばかりで丁度時間が空いている。皮ジャンに袖を通しながら、森屋はあの時の事を少しだけ考えてみた。

「あの時のメンバーは、さすがに集まらなかったかぁ」
 格闘アイドル女優のブリッツ・アスカ(fa2321)は自宅の玄関で寂しい表情を浮かべた。ともすれば元気が良すぎると言われるブリッツには珍しい顔だろう。
「まあ、これはこれで‥‥仕方ないよなぁ」
 あれから色々な事があった。ブリッツも変わった。
 気持ちを切り替えようとドアを開ける。

「あら?」
 たまたま帰国したタレントの明日葉 保美(fa6101)は扉を開けたブリッツを見て目を丸くする。
「あれ、何で居るの‥‥?」
 同様に驚いて立ちつくす娘に、保美はムッとした。
「もう、ご挨拶ねぇ。久しぶりに帰って来た母さんに向かってそれは無いわ〜」
 外出しようとする娘を押し戻して家にあがる。ブリッツ・アスカ、本名は明日葉飛鳥。この二人は親娘らしい。似てないと言われるが、ブリッツが虎で保美はハムスターだからそれも当然か。
 外出の事情を聞いて、保美の好奇心が刺激される。
「貴女がお世話になった方達なら、私もご挨拶しようかしら」
「いいよ。そんなの関係ないし、母さんも予定があるだろ?」
 にべもなく拒絶されて、ムクムクと好奇心が増す。母親の嗅覚が、何かイベントがありそうだと察知する。
「あら遠慮しなくていいのよ。そうだ、まだ時間はあるわねー。アスカ、少し手伝ってくれるかしら♪」
 有無を言わせぬ口調で言い、荷物を置いた保美はとても嬉しそうに着替え始めた。
「えー‥」
 娘は不平を訴えたが、しかし言い出したらこの母親は聞かない。仕方なく家の電話で一人増えたことを彼女の家に伝える。

 バンドヴォーカルの亜真音ひろみ(fa1339)の実家は、剣術と古流合気柔術の道場である。
 ひろみ自身も子供の頃から鍛えられて師範代を務めているが、今は芸能界の方が忙しい日々を送っている。
「ただいま」
 実家に帰るのは何日ぶりだろう。そんな事をぼんやり思っていると、奥からドタドタと慌ただしい足音が聞こえた。
「お嬢さんが帰ってきたぞ〜」
「ひろみさん、久しぶりに稽古を‥」
「お勤め御苦労様です!」
 瞬く間に道場の門下生がひろみに群がる。今や大歌手の彼女は彼らの誇り。
「あ、悪いな。今から友達が来るんだ。悪いが、稽古はまた今度だ」
 傍目に分かるほど落胆する門下生を家人に任せて、ひろみは実家の台所に向う。途中でブリッツから電話があった事を伝えられる。
「ひろみさん、持ってないんですか携帯電話?」
「持ってない訳じゃないんだが、あまり使わないからな」
 そう云えば映画を撮っていた時も、携帯電話を持てと言われた。あれから随分と時間が経った。
「お茶くらいは出さないとな」
 棚からコーヒーカップを出しながら、ふと手を止めて、ひろみは今日来ない人達の事を考える。
「あの映画に携わった者で集まったのはあたしとブリッツの二人か‥。一応、皆に声かけたんだがな‥」
 結局、公開する事も完成する事も出来なかった映画。
 契約して受けた仕事ではない。あくまで自分達で勝手に作り始めた物だから、直接的な損害は無いが。
「保美さんと伏竜、鳳雛、それにひかるが来るって言ってたな。それが救いかな」
 時計を見る。間もなく友人達が来るはずだ。ひろみは大急ぎで準備にかかった。


「開けろ。おい、居るのは分かってるんだぞ」
 伏竜は扉の前に立ち、借金の取り立てのような声を出す。身長194cm、スーツとネクタイの下に隠しきれないレスラーの肉体は、どう見ても本職だ。
「た、たんま。そんなに叩くなよ。朝っぱらから近所迷惑だぜ」
 慌てて鍵を開ける鳳雛(fa5055)、職業は総合格闘家。本名は曽我部統矢。
「だったら時間に遅れるな」
「いや俺は行くなんて言ってねえよ」
「ほう、面白い‥」
 巨漢の伏竜と並んで立つと、鳳雛も低い方ではないのだが痩せているので二人は凸凹コンビに見える。二人とも格闘家で芸人では無いが、相棒と相方と言い合う仲だ。
「伏竜のダンナ、いつになくマジじゃんよ? ええ〜、何か理由あるのかい」
 結局押し切られて慌ててライダースーツを着た鳳雛を、伏竜は引っ張るように連れていく。
「昨日言っただろう。ひろみとアスカの自主映画の話、あいつらがどんな映画作ってたか興味無いか?」
「ふーん、あー‥‥そうね、おいら興味無い事も無い事も無いかな」
 意味ありげに笑う相棒を、伏竜は特に気にした様子もなく先を歩く。こっそり肩をすくめた鳳雛がその後を追った。

 亜真音道場の前。
「あ、初めまして、亜真音二刀流、継承者、殺陣師の亜真音ひかると申します。よろしくお願い致します。うちのひろみがいつもお世話になっているようですね。ふつつか者ですがよろしくお願いします」
「あらあら、こちらこそ、いつもうちの子たちがお世話になってるわ〜♪ 私はアスカの母で明日葉保美(アシタバ ヤスミ)よ。やっしーって呼んで頂戴♪」
 偶然玄関前で顔を合わせた殺陣師の亜真音ひかる(fa6093)と保美が互いに挨拶をかわす。母親の隣に立つブリッツは居心地の悪さを感じていた。
「話の分かる人みたいだね。あたしも堅苦しいのは苦手だ。やっしー、よろしくねっ」
 一瞬で打ち解けた保護者達。ひかるはひろみの叔母にあたり、今日はたまたま数年ぶりに挨拶に立ち寄った所らしい。
「それなら積もる話もあるんじゃ‥」
「お邪魔かい? まあ、そうだろうけど、あたしが知らないひろみの事も聞きたいし、賑やかな方がいいと思わない?」
 ここは亜真音の家だし、保美を連れて来たブリッツに断る気も無いが、保護者同伴の上映会はかなり気恥かしい。これは上映前に未編集フィルムの内容を確認しなければと考えていると、もう中に入った母と叔母に呼ばれた。

「あ、いらっしゃい、今道場で稽古付けてるから中入ってちょっと待っててもらえるかい?」
 奥から息を切らせたひろみが現れる。その格好は稽古中には見えなかった。軽食の準備に手間取っていた。
 門下生に案内されて部屋に入ると、
「よう、久し振り」
 見覚えのある皮ジャンとサングラス。座布団に腰をおろして茶を啜っていた森屋和仁に驚いてブリッツが声をあげる。
「ええ〜、森屋さんいつの間に!?」
「ついさっきだが。仕事が早く片付いたんでね、俺も見ておこうと思ったんだ」
 サングラスで表情は分かり辛いが、抑えた声の裏に複雑な感情があるように思える。自主映画、それも未完成作品の上映会。割り切っていればこの場には居ないか。ともあれ仲間が増えた事は喜ばしい。保美とひかると簡単に自己紹介を済ませると、森屋の隣に座ったブリッツが話しかける。
「フィルム集めるのに森屋さんも手伝ったって聞いたけど‥」
「ほとんどひろみ君だよ。俺は頼まれた分を出しただけだからな。そう云えば、ひろみ君が映像を一つにまとめたいと言っていたが」
 テスト映像としてかなり撮ったので量だけは十分あるが、一本の映画になるかと言われたら、監督だった森屋にも分からない。
「ふーん、あなたが森屋さん? ちょっと線が細そうだけど‥‥年上もいいわね〜」
 母親モードでチェックを始める保美。そんな母親を睨みつけ、森屋に肝心の所を聞くブリッツ。
「あのさ、俺もあの時は練習だからって、いっぱい撮ったから全部は覚えてないんだけど‥‥」
「ああ、あれの事か」
 もじもじするブリッツの様子に思い当たる節があったのか森屋が顔をあげる。
「アレって何かしらね〜?」
 興味津津の保美とひかるが耳をそばだてていると、お盆に飲み物と和菓子を乗せたひろみが入ってきた。その後ろに伏竜と鳳雛の姿もある。
「お待たせ。監督も来てくれて嬉しいよ」
 ひろみが手を差し出すと、森屋は「暇なだけさ」と言ってその手を握った。
 部屋の面子を眺めて鳳雛が声を出す。
「こいつはまた、美人の姐さん方がお揃いじゃんか。おいらたちみてぇのが混ざってもいいのかねぇ」
 そう言って無理やり連れて来られた不満を伏竜に向ける。
「余計なことは言うな」
 相棒に釘を刺し、伏竜はひろみに声をかける。
「俺達は関係者でも身内でも無い。場違いは承知の上だが、興味があってな。そこは笑って許してくれると助かる」
「許すも何も、こちらは大歓迎さ。正直観賞に堪えるものじゃないと思うんだが、そこは笑って許してくれ」
 言い返されて伏竜はちょっと考えこむ。
「そんなに酷いのか?」
「いや冷静に問われると恥ずかしいな」


 上映会が始まった。
 当時の人間は三人だけで後の四人は初めて見るが、逆にいえばこの映像を誰か他の人に見て貰える機会は今日しか無い。ある意味、貴重な時間と言える。

 薄暗い病室。
「どうかした?」
 女医の声にアスカは恐怖に歪んだ顔を向ける。
「なんでもない!」
 アスカの大声に金髪の女医は眉を顰めた。
「何でも無い顔はしてないようだけど。‥‥あなた、真青よ」
「‥‥」
 何も言わないアスカに、溜息をついて女医は立ち去る。
「俺‥‥幽霊を見た。だけど、こんな事言えない」
 顔を伏せたアスカの瞳から涙がこぼれおちる。

「ほら、そこに幽霊が居る。窓の外に‥‥なんで、みんなあそこに幽霊が居て俺を見てる!」
 見舞いに来た友人達の前でベッドに眠るアスカは半狂乱に叫ぶ。
「幻覚だわ。早く、先生を呼んできて!」
 看護士姿のひろみが暴れるアスカを押さえ付ける。両手を振り回すアスカがひろみの伊達眼鏡を弾き飛ばし、二人はベッドを転がって床に倒れ込んだ。

「うわー‥‥今見ると結構アレだよな」
 画面の中の自分の演技は今と比べても未熟で、ブリッツは居た堪れない。
「撮ってた自主制作映画のフィルムって、これかい?
 アスカの姐さんとは何度か共演したことがあるが、正直その時と比べると段違いだな。おいらもそんなに演技に自信があるわけじゃないから、でかいことは言えないけどさ。ある意味凄いよなぁ」
 厭味でなく、鳳雛は感じたままを話している。素人故の無遠慮さにブリッツはうーむと唸る。
「う〜、最低の演技で悪かったな。まあ、これが女優としての俺の原点なのかもしれないけど」
「あら、そんなこと無いわよ〜」
 保美は面白がって画面とブリッツの顔を交互に見ていた。
「そうだな。卑下することは無い。演技について俺はコメントできる立場にないが、撮影の雰囲気が伝わってくる。活気があっていい現場だったようだな」
 真面目な顔で伏竜が言う。
「‥‥」
 撮影の雰囲気が画面から透けて見えるのは長所ではないと森屋は思ったが、口には出さなかった。
「ああ、あなたが伏竜さんね? 良いこと言うわね〜、ふーん。アスカもなかなか見る目があるわ〜♪」
 伏竜との関係を勘ぐって妙なことを言い出す保美。余裕のないブリッツは母親のそんな思いにも気付かないが、伏竜を見ると満更でもない様子だ。
「うふふ〜、何だか楽しいわね〜♪」

 住宅地。
「どなたですか?」
 ドア越しに覗いた有衣は、酷く思いつめた表情のひろみに当惑を見せる。
「あたしはひろみっ。あんたはあたしを知らないかもしれないが、あたしはあんたを知ってる!」
 有衣は背筋が寒くなった。
「おかしな事を言わないで! 警察を呼びますよ!」
「違う! 信じてくれ、守りたいんだ、あたしの全てを懸けてでも!」
 ドアを強く叩くひろみ。怯える有衣の視界の隅に木刀が目に入る。震える腕を伸ばして木刀の柄を握る有衣。
「頼む、ここを開けて、あたしの話を聞いて!」
「今開けるから‥‥」
 焦るひろみの目の前でドアが開き、木刀を構えた有衣がひろみの前に現れた。
「ああ、会いたかったよ」

 深夜の公園。
「あたしの邪魔をするなぁ!」
 ロック歌手は怒りに任せて抜いた白刃をアスカに向ける。
「止めるんだ、ひろみ!」
 アスカの制止に構わず、刀を高く掲げたひろみは彼女に襲いかかる。
「あたしの前から消えてなくなれ!」
 ひろみは容赦なく刀を振り下ろした。慌てて飛び退るアスカ。相手が殺す気だと気づいて、もう一度叫んだ。
「何で、何でこんな事するんだよ!」
「ああ‥‥あたしもこんな事はしたくない。だけど、もう闇は嫌だ‥‥だから頼む」
「ふざけんな!」
 ひろみの凶刃を距離を取って避け続けるアスカ。
「これで終わりだ!」
 ひろみのフェイントでアスカに隙が出来た。避けられないと悟ったアスカは思い切って前に転がり‥ひろみの膝に頭からぶつかって動かなくなった。

「‥‥今みると顔から火が出るほど恥ずかしいね」
 ひろみが照れたように言う。
「あ、なんかひろみの演技、初々しぃ〜」
 ひかるは食い入るように画面の中のひろみを見つめた。
「初々しいっつーか、見てられねーっつーか、素人丸出しっすねえ」
 鳳雛の感想は歯に衣着せない。
「‥‥まあ、な」
「落ち込む事無いわ。だってひろみさん、かっこいいわ〜♪」
 保美の評価にひろみは微笑する。
 ブリッツとひろみの配役はそれほど変わらないが、ひろみは演技に力を入れ、ブリッツはアクションシーンを追及したので自然と方向性は分かれた。
 不得意分野に挑戦した分、ひろみの映像の方が羞恥度は高い。表情こそ殆ど変えないが、随分前から顔は真っ赤だ。
「だけど、さっきの動きは何回もやったよな。あの時は痛かった〜」
「痛いで済むのか、たしか病院に行っただろ」
 ブリッツは平気で話すが、脇で聞いていたひかるの目が光る。
「アスカちゃん、あれは何をやろうとしたの?」
「無刀取りだよ。最初は全然駄目だったけどさ、最後の方は2割くらいは成功するようになったんだ。多分身体で覚えてるから、今でもできるぜ」
 嬉しそうに語るブリッツに、ひかるは無言で震える。殺陣師としては無茶苦茶な練習ぶりに激怒していたが、ひろみの手前、この場は我慢した。
「あとでお仕置きしなくちゃね‥‥」
 映像はまだまだあったが、休憩を入れる事にした。
 ひろみがサンドイッチと巻き寿司を持ってくると、待ってましたとばかり保美が持参した差し入れを広げる。
「こっちが韓国風唐揚げね、それはインド風の肉団子よ〜。いっぱい持ってきたから遠慮しないで沢山食べてね♪」
 皆で食事を取りながら雑談に興じる。
「だけど、昔は無駄に尖ってたあのひろみがねぇ、立派になったね」
 ひかるは姪の頭をなでくり回す。上映会のダメージが抜けないひろみはされるまま。
「確かに決して上手とは言えないけど、初々しくていい感じじゃない? 観てるだけで一生懸命さが伝わってくるわ〜♪」
 保美は終始ご機嫌である。
「ひろみが原案と聞いたが、‥‥なかなかいい話だ。何年も経ってからこうして笑顔で話せるというのは中々出来る事じゃない。出来る事なら、俺もその場所にいたかったものだ。もっとも、こんな大根役者が増えたらもっと大変だったろうがな」
 あまり表情を変えない冷静沈着な伏竜が微笑を浮かべる。
 当事者の三人にはこの上映会は必ずしも良い感情ばかりでないだろう。それを慮る気持ちが感じられる。
「‥‥(カーッ、たまんねえ)」
 相方の横顔を眺める鳳雛は心中でぼやいた。
(「なんか相方、柄にもなく青春しちゃってるし。似合わねえっつーの。‥‥時々本当においらより年上なのか疑うぜ。だけど下手に冷やかすと後が怖ぇぇんだよなぁ」)
 映画の感想は素直に言う鳳雛も、そっちの方はダンマリを決め込んでいる。

 奇妙な空気で食事が終わると、上映会の続きだ。
「‥‥あれ? 何これ」
 映画のシーンでも練習風景でもない映像が映し出されて、ブリッツが首を傾げる。
 画面の中央、テーブルの上に脚本が置かれている。匂宮が一人でノートパソコンを叩いている所に、扉が開く音がして森屋が現れた。二人で脚本の打ち合わせを始める。内容は不明瞭で半分も聞き取れない。
「これは‥‥隠し撮りか? 誰がやったんだ」
 森屋が聞くと、ひろみは首を振った。
「それが、整理してたら結構知らない映像が混じっていたんだ。撮影の合間とか、打ち合わせの時とかのな。誰の悪戯かは分からないが‥‥」
 その言葉は嘘ではないが本当でも無い。中にはひろみが撮ったものもある。撮影にも興味はあったし、悪戯心もあった。
「まったく‥‥ちゃんとチェックしたのか?」
 仕方が無いなと森屋が聞くと、ひろみは首を振る。
「私ひとりで見る訳にはいかないと思ったから私も殆ど見てない。‥‥恥ずかしい映像があったら困るしな」
「‥‥」
 言葉を失う森屋。鳳雛は、そんなドッキリ映像を部外者の俺達が見てもいいのだろうかとドキドキした。
 彼らの心配をよそに画面は切り替わり、有衣がブリッツとひろみに演技指導をしている場面を映し出す。
 映像のひろみは現実と同じくらい顔が赤い。ひろみは気付かないが、ブリッツは真っ青な顔で立ち上がった。
「え、これ撮ってたのか!? いつの間に‥‥」
 まだ演技に慣れず、自分に適したタイプを模索していた頃。ブリッツが演技指導を頼んだ有衣は練習用の台本だけでなく、様々なシチュエーションに慣れさせようと即興劇も試した。

「えーと。それじゃ、次はアスカさんだね」
 有衣は限界のひろみに代わって、アスカを指名する。
「よし、任せろ!」
 気合い十分のアスカはひろみに近づく。
「お前が好きだ! 俺の女になれ!」
 この時の課題は好きな人に告白する、というもの。
「‥‥はい」
 男前な告白に思わず頷くひろみ。
 どうだとVサインを決めるアスカ。うーん、とこめかみを押さえる有衣。
 画面を見て硬直する面々。
「あー、なしなし、これなーし!!」
 ブリッツは映像を隠すように両手を振り回した。
 未熟な自分の姿を正視出来る者は稀である。それだけブリッツが成長したと言えるが、まだまだ精進が足りない気もする。
 上映中止にしようと意見が挙がったが、ひかると保美はもっと見たがった。ヤバそうな映像は飛ばすという事で、上映を続ける。
「いいのか? 俺は別に困らないが君達は違うだろう」
 森屋が二人に確認する。
 集まる機会がそう簡単に持てない以上、ここで確認しておきたい気持ちも無くはない。監督の森屋が居るのは都合が良い。

 何か方向性が思いきり横滑りした気もするが二人が赤面する映像が続く。存外に恥ずかしいシーンが幾つもあったのは森屋を驚かせた。脚本家の匂宮が恋愛を避けた反動でお遊び映像を撮ったのか。
「あ、これ撮ったの俺かも。この時ちょうどやることなくてさ」
 暫く経つと吃驚映像に慣れてきたのかブリッツは調子を取り戻す。
「凄いな。あたしは全然慣れないぞ」
「最近はそういう仕事も受けてるんだぜ」
 ラブいシーンを平然と見ながらブリッツは笑った。今では立派な『女優』だ。演技力ではまだまだ大女優とは行かないがアクション映画では欠かせない人材と言っても良い。
「あたしはまだまだだ」
「なんだって。いつの間にか、ここまで名を上げたってのに、この子はまだ満足しないのかい」
 ひかるが悪戯っぽく笑う。歌手としてのひろみの評価は抜群に高い。自分では器用貧乏と思う事もあるが、日本を代表するロック歌手の一人だろう。
「‥やめてくれ。‥そんな事はない‥‥」
 そうこうするうちに日が暮れて、上映会は終了した。
 ひろみの話ではまだまだ未整理の映像があるそうだ。
「とても人に見られない物が大半だが、元々人に見せる作品にする事にそれほど拘っていた訳では無いしな」
「方向性を絞り損なったのは失敗の要因の一つだな」
 森屋の言葉にブリッツとひろみも頷く。
「台本、結局各所に粗が目立ってる。‥‥やりたいことを出来るだけ盛り込みつつどこで妥協するか、上手く回避する方法が見つからないままで、ギリギリまで考えあぐねてしまった‥‥」
 森屋は自分の失敗を痛感する。脚本家の責任ではない。今さら取り返せるものでは無いが、自分の問題点が良く分かった。それを生かせるかは現在の自分次第だろう。
「まとめるなよ。俺はこのままじゃなんだかスッキリしない」
「‥‥あの時の脚本、捨てられなくてね‥‥とってあるんだ、もう一度、やってみないか?」
 ブリッツとひろみが森屋を見る。
「本気か?」
「今からどれだけできるかわからないけど、やるだけのことはやってみたい!」
「完璧なものじゃなくて構わない、これで一つの句切りにしたいんだ。撮影場所とかは前に当たりを付けた場所もあるし、やってみないか?」
 二人は本気らしい。森屋は即答した。
「断る。今回の映画はこれで終わりだ」
 今の彼らなら、前とは自主映画作りも変わってくる。少なくとも予算の問題は無くなるだろう。本気でやれば、映画は完成するだろうし、どこかで上映する事も不可能ではない。
「悪いが俺は今日で区切りをつけたよ」
「‥‥そうか。仕方無いな」

「私は大賛成よ〜。脚本もあるみたいだし、お話を知ってる二人がいれば大丈夫よね〜♪ 私でよければ撮影でもちょい役でも手伝うわよ〜?」
 保美が手を挙げる。
「よっし! お姉さんが一肌脱ごうじないか!」
 ひかるも参加を表明する。
「アクション映画なんだろ? 伊達に殺陣師は名乗っちゃいないよ」
 ひかるの脳裏には先程の無茶な特訓シーンがある。誰かが見守らなければ怖くて仕方がない。
「乗りかかった船だし、せっかくなので俺たちも手伝わせてもらおうか」
 伏竜の言葉に、隣に座る鳳雛が驚く。
「これだけ素材があるんだ。ちょっと撮り足せば、ダイジェスト版を作るくらいは出来るだろう」
「マジか? おいらには「ちょっと」撮り足すなんて甘いものには見えねえけど。そっちの方が多くなりそうな気がするのはおいらだけかね?」
 映画作りは素人の鳳雛だが、心配はもっともだ。
「大丈夫だ。面白い映画にしようなんて気は全然ない!」
 耳を疑うような事を言うブリッツ。
「へ?」
「俺達は森屋さんみたいにケリをつけられないんだ。何か成果を形にしない事には‥‥だから、これは俺とひろみの我儘だ。最低限映画を完成させて終わらせたい。それだけなんだ」
 夢も希望もない映画。しかし、それが事実である以上、話さずに巻き込む事は出来ない。
「ひろみも同じ考えかい?」
「ああ。やるからには真剣にやる。だけど、これはあたし達の区切りなんだ。それ以上じゃない」
「馬鹿だね。いくら何でも二人で作れるかい? 二人とも本業はどうするつもりさ」
 ひかるの指摘にひろみは答えに詰まる。彼女達は今やスターだ。スケジュールはぎっしりで、仕事を休めばそれだけ多くの人々に迷惑をかける。
「それでも諦めたくない」
「ようし! それならあたしは協力を惜しまないし、人数不足は門下生でも駆り出せば何とかなるんじゃないか?」
 ひかるが言うと、保美もうんうんと頷いた。
「エキストラでも、撮影助手でも、俺にできることがあったら何でも言ってくれ。技術はないが、熱意だけならあるつもりだ。記録の中のお前たちにもらったからな」
 伏竜が明るい笑顔を見せた。真っ暗な顔で鳳雛も付き合う。
「やっぱりアスカが選ぶだけはあるわ〜。アスカは妙に神経質なんだからこういう真面目そうな人の方がいいわ。
 父さんみたいなタイプは絶対アスカの手には負えないものね〜♪」
 保美は一人で満足している。
「あのな‥‥いやいいんだ」
 伏竜はブリッツに何か言いかけて、いつもの顔に戻った。

 そのまま親睦会に突入し、一口目で保美は酔い潰れた。
「昔からいっつもこうなんだよな‥‥全然変わってない」
 きりのいいところでブリッツは母親を連れて帰る。
「じゃあ、またな」
「ああ、また」


END