ウラ事 境界線上の芸人アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 松原祥一
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 1.7万円
参加人数 10人
サポート 0人
期間 11/03〜11/09

●本文

「――これから時間空いてるか?」
 都内某TV局の廊下で、某プロダクションのプロデューサーに声をかけられた。
 駆け出しではなかなか来れない高そうな蕎麦屋に連れてこられる。個室に通され、しばらくそばをたぐっているとおもむろに話し始めた。
「お前達、有名になりたいよな?」
「そりゃあ、勿論ですよ」
 まだ無名、新人の彼らだが夢は大きい。口々に言うのを、プロデューサーは眼鏡の奥に笑みを張り付かせて聞いていた。
「お前達なら有名になれるよ。この俺が保障する」
「本当ですか!」
「ああ‥‥だけどな、世の中には有名になれない奴らもいるんだよ。その事を忘れるなよ」
 その時は、何故今そんな話をするのか分からなかった。
 プロデューサーは、一枚の写真を取り出す。
 眼鏡をかけた若い男が正面から写っている。履歴書か何かの写真のようだ。
「お笑い芸人の卵の岡村良治。才能はあるが、こいつは有名になれない側だ」
 何故か、それは岡村が人間だから。
 獣人が芸能界を支配する現代では、人間の芸能人は少数派だ。有名と云える人となると殆ど皆無。無名か新人のうちに排除するシステムが出来上がっている。
「今のうちに諦めた方が彼の為だ。そう思うだろう?」
 現在、岡村はお笑い芸人の養成学校に通っているが、今度郊外のホテルに宿泊してそこで一週間の合宿が行われる。
 その間にどうにかして岡村に芸人への道を諦めさせる、それが仕事だ。
「断っておくが、リンチなんかは駄目だぞ。警察沙汰になるような真似もな‥‥それ以外だったらやり方は任せるよ。お前達の身分は体験入学かゲストって事にしておくからな」
 関係者には一応事情は説明してあるので、ちょっとした事なら協力もしてくれるらしい。


●ターゲットプロフィール
氏名:岡村良治(本名)
年齢:24歳
出身:愛知県
略歴:高校卒業後、俳優を目指して上京。幾つかの劇団を転々とした後、お笑いの道へ進む。
特徴:感受性が強く、笑いのセンスがある。努力家で粘り強いが、ナイーブな一面を持つ。

●今回の参加者

 fa0352 相麻 了(17歳・♂・猫)
 fa0597 仁和 環(27歳・♂・蝙蝠)
 fa0629 トシハキク(18歳・♂・熊)
 fa0640 湯ノ花 ゆくる(14歳・♀・蝙蝠)
 fa1402 三田 舞夜(32歳・♂・狼)
 fa1420 神楽坂 紫翠(25歳・♂・鴉)
 fa1656 ウィン・クラートゥ(17歳・♂・狼)
 fa1657 光城 白夜(16歳・♂・虎)
 fa1697 ボンゲポン・柿崎(25歳・♀・アライグマ)
 fa1788 碧野 風華(16歳・♀・ハムスター)

●リプレイ本文

 俺が将来に不安を感じていた時。
 合宿で、おかしな人達と出合った。

「お笑いも含めてこの業界、過当競争で業界そのものが袋小路に来てるからねぇ。ライバルになりそうなものは早めに蹴落とそうとする‥‥いずれ消えていくとしても、目新しいモノが出てこなければ古いのは生き残りやすいからね。早い話、弱肉強食。芸能人の大半なんか、人の皮を被ったケモノさ。ケモノ」


「今度うちに入る事になった新人なんだが‥岡村、おまえが彼女とコンビを組んで面倒を見ろ。たまにはコンビでやるのも良い経験になるだろう。任せたぞ」
 棒読みチックな教師の言葉が気になったが、紹介された湯ノ花ゆくる(fa0640)を一目見て、驚きが疑問を打ち消した。
(「ちっさっ‥‥てゆーか中坊か? こっちはガキのお守りなんてしてる暇ないのに」)
 愛想笑いを浮かべて固まる岡村に、ゆくるはぎこちない挨拶をした。
「お、岡村センパイっ。‥‥よっ、よろしくお願いしま‥ます」
 気恥ずかしさで顔を赤くする少女に、紹介した教師と岡村は別々の意味で先行きに不安を感じた。簡単な自己紹介でゆくるが新人声優である事やお笑いは素人だという事を聞きだす。
「だからゆくる、センパイに付いて一生懸命お笑いのスキルを磨きたいんです。お、お願いします」
「そんな堅くならなくていいから。俺も新人だし、こちらこそ宜しくお願いします」
 初日は緊張して壊れかけのロボットのような少女との稽古であっという間に過ぎた。
「ふーん‥‥年下の女の子に個人指導か‥‥ひわいな」
 ゲストで来ている演奏家の神楽坂紫翠(fa1420)は意味ありげな視線を岡村に向ける。
「嫌な冗談は止めて下さいよ。代われるものなら喜んで代わりますよ」
「‥‥素っ気無いな。面白みの無い奴だ‥‥」
 紫翠は会話の中でわざと岡村の地雷を踏む。岡村の表情はこわばった。普段ならどうと云う事は無いが、今日は他のゲスト達も何故か彼に集中攻撃をして気が滅入っていた。
(「まるで皆で示し合わせて俺を虐めてるみたいに‥‥俺疲れてるのかな‥‥自意識過剰すぎ」)
「自分は岡村さんの味方ですよ。今日はたまたま調子が悪かったんですよ」
 同室の後輩、トシハキク(fa0629)がフォローする。トシハキクは筋骨隆々の体育会系青年だ。芸人よりプロレスラーの方が向いてそうである。
「ゆくるも。岡村センパイには沢山良い所があると思います」
 だから頑張って下さいとゆくるが励ます。
「そうだ。良かったら一緒にメシどうすか? 折角の合宿なんですから楽しくやりましょうよ」
 トシハキクが岡村を宴会に誘う。岡村は彼の背後で数人の男女が目配せしたのには気付かなかった。

●酒宴、それから
 部屋には酒宴の用意が出来ていた。手回しの良さに岡村が気付いたかどうか。
「お、宴会か‥‥俺もご相伴に預かろうかね」
 同室の仁和環(fa0597)もそんな事を云って酒宴に参加した。環の本業は三味線弾きという話だが、この合宿には体験入学としてやってきた。何となく岡村に親しく接している。
「さあさあ、先輩どうぞ」
 ゆくるとトシハキクが両脇を押さえて、缶ビールをコップに注いだ。
「はい、岡村さん一気〜♪(べべん)」
 環が三味線を取り出して囃した。酒は一昨年に肝臓を壊しかけてから控えていたが、今日の事を思うと飲まずにはいられない。岡村と飲ませる連合軍の攻防の末に、岡村の目がとろんと溶けていく。
「‥‥ニン以外でも、人を笑わせることで喜ばれる仕事はありますよね」
「え?」
 トシハキクが話しているのを少し聞き飛ばしていた。
 芸人以外? 何故そんな会話になったのか覚えが無い‥頭を振る。
「どうかしました?」
 岡村が急に大声をあげたのでゆくるが心配そうに彼の顔を覗きこんだ。大丈夫というと、トシハキクが話を続けた。
「例えば、保育士や老人ホームのヘルパーとかですが、別に職業を限定しなくても笑いで人を喜ばせる事は色々な仕事に共通します。身近な人に笑ってもらえる人生というのも悪くないんじゃないでしょうか」
「ん‥‥ああ」
 ふと岡村は養成学校の面接を受けた時を思い出した。あの時も同じような話をされた気がする。何度も何度も。気分が悪くなり、ふらつく頭をすっきりさせようとトイレに立つ。
 窓の外の笑い猫と目があった。
「ぇ!?」
 猫の顔が浮かんでいる。しかし岡村達の部屋は三階である。それに猫にしては頭が大きすぎる。硬直した岡村をあざ笑うように猫は不意に掻き消えた。
「岡村さん、どうかしましたか?」
「え? ‥‥いや、いま外に猫が‥‥」
 振り返ると熊頭の異形が隣に座っていた。
「ッ&%$!?」
 言葉にならぬ悲鳴が岡村の口から漏れる。
「セ、センパイ?」
 ゆくるが岡村の声に吃驚して声をかける。説明する方法が分からない。いや説明の必要も無い筈だが、ゆくるも環も平然としている。
「岡村さん? どうしたの、恐い顔して?」
「違う、熊が‥‥え?」
 振り返るとトシハキクが心配そうに岡村を見つめている。どこにも熊は居ない。
「寝惚けてた? しょうがないなぁ、俺の唄は眠たくなる代物かい?」
 環は苦笑している。誰も猫も熊も見ていない振りだ。ゆくるは目を伏せた。真青な岡村が気の毒でボロを出してしまいそうだった。
「もしかして新しいネタですか? 迫真の演技だなぁ、まるで本物のお化けを見たみたいだ」
 トシハキクはしきりに感心し、少し心が痛んだ。岡村が見たのは獣化した相麻了(fa0352)とトシハキクだ。計画通りとは言え、化物を見たような岡村の顔は痛い。
「騒がしいな‥‥」
 紫翠が入ってきた。まだ動揺してる岡村を見て、声をかける。
「大丈夫か? ‥‥何があったか知らないが、暖かい物でも飲めば落ち着くぞ」

「反応はどんなものかな。‥‥もう少し脅かしておくか」
 外で様子を伺っていた相麻了は合宿所の中に入り、足音を忍ばして岡村達の部屋に近づいた。
 丁度、岡村がトイレに立つ所だ。仲間と目配せして後をつけた了は獣化して彼の背後に立つ。岡村にとって最悪の夜はまだ終わらない。

●遅刻、嫌がらせ
「話にならないよ」
 ウィン・クラートゥ(fa1656)は遅れてきた岡村を叱りつけた。
「遅刻というのは、何千万何百万と損失を出すものです。まぁ養成学校は一つの通過点に過ぎませんが、最低限のルールすら守れず、その通過点すらまともに通って行けない様な者はいりません。貴方がこの学校を卒業しても誰も貴方を取らない!」
「‥‥」
 昨夜、トラウマ級の衝撃を受けた岡村はウィンの説教に項垂れている。
 ゲストで呼ばれたウィンは弱冠十七歳にしてプロレスプロダクションの所長という立場にある。常態がコスプレという奇人で、職業は戦う萌え戦士と云って憚らない変‥いやプロ意識の激しい人である。説教は一時間近く続いた。
「岡村センパイ‥‥」
「お待ちなさい。これも岡村さんのためだ」
 駆け寄ろうとするゆくるを環が止める。
「でも‥」
「こっちの世界は苦界だ。面倒に巻込まれる前に――偽善かもしれんがな」

 ウィンから午前中の稽古は出なくていいと言われて、岡村はぼんやりとロビーの椅子に座っていた。
「あっ、清掃員さん? さっきコーヒーを床にこぼしてしまいましたの。お掃除して頂けないかしら」
 ボンゲポン・柿崎(fa1697)が憔悴した岡村に声をかけた。着飾ったドレス姿の柿崎は酷く場違いな存在に見えた。
「‥‥俺が?」
「そう、他に誰が居るのかしら? 早く頼むわ、汚したままで困るのはあなたでしょう?」
「‥‥」
「清掃員さん? 聞こえないの、清掃員さんったら」
 連呼されて岡村は立ち上がる。そのまま立ち去りかけたが、笑顔を作って柿崎を見た。
「すみません、今行きます。こぼした所はどこですか?」
「あら、そう‥‥こっちよ」
 床のコーヒーを拭かせた柿崎は岡村が芸人と知っても悪びれなかった。
「ごめんあそばせ、岡村様があまりにも日陰がお似合いだったものですので」
 形だけの敬語の裏に露骨な悪意がちらつく。出演者達は芝居が上手く無い。普段の彼なら一連の行動に不審を覚えたかもしれないが。

「わたくしのダイヤイヤリングが片方ありませんわぁぁ〜〜!」
 柿崎の嫌がらせはなおも続いた。
 午後の稽古に復帰した岡村の前で柿崎が喚き散らしている。ヒステリックに叫ぶ柿崎は岡村を見つけるとツカツカと歩み寄ってきた。
「清掃員さん、良い所に。わたくしのイヤリング、探してくださらない?」
 腕を引っ張られ、その拍子に何か足元でコツンと音がした。床を凝視する柿崎に釣られて足元を見ると、小さな耳飾りが落ちていた。
「‥‥これは!」
 イヤリングを拾い上げた柿崎が岡村を睨みつける。
「岡村様、お金に困るのは分かります。ですが、人としてやって良い事と悪い事をお勉強なさってから夢をお目指しになられる方が宜しいと思いますわ」

(「あ〜あ、不憫だね。救われないねぇ‥‥それにしてもみんな演出がベタだね」)
 それまで眼前の悲喜劇を見守っていた音楽演出家の三田舞夜(fa1402)は眼鏡の奥で目を細めた。そろそろ自分の出番だろうと、孤立した岡村に舞夜は近づいた。
「‥‥で、自然淘汰のケモノな世界を生きているわけよ。人間性を大切に思うなら、この業界はやめておいた方が良いね。でないと人として大切なモノ失うから、俺、見たいに」
「‥‥はぁ、でも」
 岡村は時折頷くだけで覇気が無い。一日二日で人間ここまで憔悴するのか。今直ぐ退学届けを出すべきだと説得する舞夜から逃れるように岡村は自室に戻る。

「ぉぃ! 誰の許可得て通ってんだよ」
 自室の前で学生服姿の光城白夜(fa1657)が待ち伏せていた。
「は?」
 白夜は現れた岡村の襟首を掴んで廊下の壁に叩き付ける。
「は、じゃねえだろ! この野郎気に入らねえなぁ、迷惑料もらわねぇとなぁ」
 目を白黒とさせる岡村の頬を掴んで左右に乱暴に振る。ふらつく彼の足を白夜は乱暴に蹴ると、岡村は独楽のように半回転して床に倒れた。
 その背中を踏みつけ、ズボンの後ろポケットに入っていた財布を抜き取った。
「ちっ、おっさん、しけてんなぁ‥‥」
 千円札を数枚手に取り、財布は窓から捨てる。
 立ち上がれない岡村と騒ぎに気づいて周りを囲むギャラリーを交互に眺めた白夜は、おもむろにケチャップを取り出して両手と腹にひっかける。
「なんじゃコリャ〜!!」
 白夜は叫ぶと、満足げに退場した。
(「‥‥わけわかんねぇ」)

●始末
「ちとやりすぎの感もあるが、良くやってくれた」
 プロデューサーは今回の仕事の参加者達を集めて労う。
「いじめかっこわるいの! ふ〜かちゃんはいじめにだんこ反対するの!」
 碧野風華(fa1788)は機嫌が悪かった。他にも表情の張れない者が数人いた。
「でも芸能界に居たら良ちゃんは‥‥彼の命を護る為には仕方ないの‥‥」
 風華は自分の言葉に沈んでぐすぐすと泣き始める。
 華やかな芸能界の裏で行われている獣人とナイトウォーカーの死闘。芸人が警察や軍人以上に危険な職業だという事を考えれば人間を遠ざけるのも無理の無いことか。
「だけど、現状のままで良いのか? 確かに必要な事かもしれないが、獣人のことが発覚した際に、人間と獣人の対立を激化させる要因になるんじゃないか」
 トシハキクが言う。ゆくるも頷いた。
「いつの日か‥人間と獣人が本当の意味で共存‥いえ、家族になれる日が」
「若いうちは仕方無いが、難しく考えるな。俺達は少しだけ世の中の裏側を知ってるが、勘違いして世直しなんて考えたら終わりだぞ。世間様を敵に回して良い事は無い」
 ゆくるの言を遮ってプロデューサーは真面目な顔で忠告した。それなら楽しい仕事だけを紹介して欲しいと思ったが、世の中は世知辛い。
「そうそう、人の夢とかいて『儚い(はかない)』、人の為とかいて『偽(にせ)』と読むのですわよケケケッ!」
 柿崎が邪な笑みを浮かべている。
「でも岡村さん、結局退学届けは出さなかったんだろう?」
「ああ、しかし今回のダメージは大きいと学校の連中が言っていたからな。時間の問題だろう」
 追い詰めすぎは逆効果だからなとプロデューサーは呟く。
「好きな仕事が選べないなんて‥‥ごめんね良ちゃん。ほんとの事言えなくて‥‥」
 ぐすっ‥ぐすん‥‥風華の目から涙が落ちた。