ロック野郎ぜ! 挫折編アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 緑野まりも
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 0.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/28〜03/04

●本文

 音楽スタジオ『かなで』、小さいながらも機材が揃っているこのスタジオは、巷で人気のインディーズロックバンド『Venus(金星)』のよく利用するスタジオだ。
「白い吐息を吹き飛ばす、一陣の風〜、ふんふふ〜ん‥‥」
 年の頃17歳ほどの赤毛の少年が一人、スタジオの中で歌を口ずさんでいる。彼の名はNASU(ナス)、幼い顔立ちと高い声、それにくわえ力強い歌声が人気の『Venus』のメインボーカルだ。どうやら、ほかのメンバーを待っている様子であった。
 『Venus』は男性4人組のロックバンドで、激しいギターソロ弾きと、NASUの歌声が人気のインディーズバンドだ。熱狂的なファンも多く、近々メジャーデビューするのではないかと噂になっている。メンバーは、リーダーでギター担当のIWAN(イワン)、ベース担当ARU(アル)、ドラム担当はSIRO(シロー)、そしてボーカルのNASUである。
「それにしても遅いな奴ら、いったいなにしてんだろ?」
 スタジオの時計を見上げて顔をしかめるNASUは、自ら作詞した詩を早くみせたいとウズウズしている。
「朝霧立ち籠める夜明け前、吐く息は白く霧に紛れる。進む道に迷い、帰る場所も無く、ただ立ち尽くす俺達は‥‥お、来たみたいだな」
 スタジオのドアが開くのに気付いたNASUは、顔をあげ腰を下ろしていたスピーカーから立ち上がる。
「遅かったじゃないか! なにやってたんだよ?」
「あ、ああ‥‥ちょっとな」
 スタジオに入ってきたIWAN達に駆け寄るNASUだが、IWANはなにやら居心地悪そうにNASUから顔を背ける。ARUやSIROもなるべくNASUを見ないようにしているようだ。
「どうしたってんだよ? ああ、それより‥‥俺、新しい詩を」
「NASU! 話があるんだ」
「なんだ?」
 仲間の様子に不審がるNASUだが、まずは自分の詩を見てもらいたくて、持っていた詩を綴った紙を渡そうとする。しかし、それを遮ってIWANが声をあげた。
「実は、俺達‥‥大手プロダクションに所属してメジャーデビューすることになった‥‥」
「!? ほんとか!! やったじゃないか! よし、じゃあこいつをさっさと仕上げてデビュー曲にしようぜ!」
 IWANの告げる朗報に、喜びの笑みを浮かべるNASU、ついに念願のメジャーデビューに大きな期待が膨らむ。しかし、IWANの表情はなにやら困惑したような暗い表情で。
「それでだ‥‥プロダクション側からメジャーにデビューするために、一つ提示があったんだ」
「‥‥提示?」
「それが‥‥ボーカルを変えることだ」
「‥‥‥!! な、なんだよそれ!!」
「‥‥‥」
 言い辛そうに告げるIWANの言葉。ボーカル、つまりはNASUをバンドから外せということだ。一瞬、なにを言ってるのかわからない様子で呆然としたNASU、その意味に声をあげるもIWANは顔を背けるのみ。
「つまりは、君はもう用済みってことさ!」
「誰だ!?」
 NASUに声をかける者、いつのまにかスタジオの中に入っていた少年が、嫌味に口を歪ませてNASUの前に出る。
「僕はHIRO(ヒロ)、今日からこのバンドのメインボーカルになる。君に代わってね?」
「う、嘘だ! みんな! なんでだよ! いままで一緒にがんばってきたじゃないか!」
「すまない‥‥俺達はやっぱりメジャーになりたいんだ。このチャンスを失いたくない」
「ARU! SIRO! お前達もなんか言えよ!」
「‥‥‥」
 優越感たっぷりの声で告げるHIRO。苦虫を噛み潰したような顔でIWANがバンドの意思を伝える。NASUは、ARUとSIROをすがる様に見つめるが、二人は顔を背けたまま何も言わない。
「これからは新生『Venus』として、メジャーで活躍するよ。残念だけど、君はこれでさよならさ」
「‥‥‥4人でメジャーにあがろうぜって約束したのに‥‥バカヤロ!!」
「NASU!」
 孤立無援の状況に顔を歪ませ、IWANの顔を殴りつけたNASUは、言葉を吐き捨ててスタジオを出て行くのだった。

「なんで、なんでだよ、馬鹿やろぅ‥‥」
 凍える夜の街を、涙で顔を腫らしながら歩くNASU。一瞬のうちに、自分の全てを失ったような気分になり、その姿はまるで迷い子のような小ささであった。持っていた詩の紙はクシャクシャになり、自慢の声は枯れている。絶望、ただそれだけがNASUに残ったもののような気がした。
「男になってまで、この道を歩んでいこうって誓ったのに‥‥こんなところで‥‥」
 NASU、本名飯岡奈須香、メンバーにも秘密であったが、彼は17歳の女の子であった。中学卒業後、男性のフリをして『Venus』に参加、それ以後男としていままで生きてきた。それも全てはロックをやるため、自分は一生男でいようと心に誓っていたのだ。
「もうこんなもの‥‥!!」
 挫折、絶望に打ちひしがれるNASU。しかし、ひたすらに握り締めクシャクシャになっている詩の紙を、地面に叩き捨てようと腕を振り上げたそのとき、熱く胸にこみ上げてくるものが‥‥。
「‥‥いやだ‥‥俺はこんな所で諦めたくない‥‥まだ!」
 こみ上がってくるものを口にしたそのとき、NASUは瞳に光を取り戻し顔をあげた。自分にはまだ、自分が残っている。ロックをやりたいと強く想う自分が残っている。自分さえあれば、全てを新しく始めることができる。そう、NASUの瞳は物語っていた。
「俺は負けない! 何度でも這い上がってみせる!」
 グッと拳を握り締め、NASUは星の無い空で唯一輝く北極星に強く誓うのだった。

 その後、NASUは新しいメンバーを探し始める。とりあえずは臨時でかまわないので、歌を歌う機会が欲しかった。
「よし! まだ、登録枠は残ってるな! 俺もここに出てやる!」
 臨時メンバーを探しながら、ライブイベント『Breath of music 2006春』にエントリーするNASU。このイベントは、『Venus』も参加することになっていた。即席バンドでどこまでできるかわからなかったが、NASUは全力で戦いに挑戦するのだった。

●今回の参加者

 fa0510 狭霧 雷(25歳・♂・竜)
 fa1590 七式 クロノ(24歳・♂・狼)
 fa1591 八田 光一郎(24歳・♂・虎)
 fa1592 藤宮 光海(23歳・♀・蝙蝠)
 fa1634 椚住要(25歳・♂・鴉)
 fa2105 Tosiki(16歳・♂・蝙蝠)
 fa2401 レティス・ニーグ(23歳・♀・鷹)
 fa2778 豊城 胡都(18歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

「予約で一杯? そこをなんとかなりませんか! お願いします!」
「お願いします、どうしても必要なんです!」
「そうか‥‥すまない‥‥ああ、それでいい、あとで連絡をくれ」
 狭霧 雷(fa0510)、藤宮 光海(fa1592)、七式 クロノ(fa1590)の三人は、練習に使うスタジオの確保に奔走していた。急であり、イベント間近のため、なかなか開いてる所を探すのは難しかったが。
「キャンセルがでたそうで、なんとか使わせてもらえることになりました」
 雷が、付近のスタジオに片っ端から連絡を取ったお陰で、偶然キャンセルの出たスタジオを確保できた。喜ぶ一同だが、問題はまだ残っていた。
「一日で曲を作れか、まったく無茶を言ってくれる‥‥」
「徹夜だなこりゃ。いいさ、やってやるよ!」
 場所が確保できても曲が無ければ練習はできない。バンドを外されたNASUが『Venus』の曲を歌うわけにもいかなかった。椚住要(fa1634)とTosiki(fa2105)を中心に、一同はNASUの詩を元に、急ぎ曲を作ることになる。

「なんとかできた‥‥さすがに疲れた」
 練習スタジオに集まった一同に、楽譜を渡しながら最後に仕上げをしたトシがため息をついた。あからさまに寝不足のクマが目じりにできている。
「よっしゃ、さっそく分けて、音あわせしようぜ!」
 八田 光一郎(fa1591)が待ってましたとばかりに渡された楽譜に目を通す。曲ができた後は、パート分け。各々が自分の受け持ちを決め、音を合わせていく。
「よう、楽しんでる?」
「はぁはぁ‥‥。こんなんじゃないんだ、もっと‥‥もっと激しくいかないと」
「焦る気持ちはわかるけどよ、まずは自分が楽しもうぜ。即席だからこそ楽しめる音ってのもあるしな。もっと笑って歌おうぜ!」
「コウ‥‥そうだな、俺が楽しまなきゃ、聞く方だって楽しくないよな!」
 練習の合い間、コウは焦るNASUに気楽に行こうと話しかける。気負いすぎて、本来の力を出し切れて無いと思ったからだ。コウの言葉にハッとなったNASUは、歌う楽しさの中で、失いかけた自信を少しずつ取り戻すのだった。
「まだまだ音がバラバラだ! NASU! お前が皆を引っ張っていくんだ!」
「NASUを中心に全体の調和を考えていきましょ!」
 クロノと光海が完成度の向上を目指し厳しい声をあげる。しかし、短い練習期間のため妥協点も見出さなければならない。調整しつつの激しい練習は、体力的にも精神的にもかなりの疲労を強いることになる。
「はい、みなさんそろそろ休憩にしましょう」
「夜食作ってきたよ!」
 ついつい長引いてしまう練習に、雷が上手くスケジュールを管理しながら、タイミングよく休憩を入れる。それにあわせてレティス・ニーグ(fa2401)が食事をもってきた。
「‥‥これは食い物か?」
「う‥‥、見た目は悪いけど、栄養はたっぷりだよ! 文句があるなら食べなくていいんだよ!」
「冗談だって! いただきます、いただきますよ!」
「ふふ、たしかにあまり見た目はよくありませんが、美味しいですよ」
 トシが、レティスの手作りだという夜食に顔をしかめると、レティスがそれを取り上げようとする。二人の様子を見ては、豊城 胡都(fa2778)が面白そうに笑みを零してフォローを入れた。
「それはともかく、NASU」
「ん‥‥?」
 皆が夜食を取りつつ休憩していると、レティスが気になったようにNASUを見て問いかける。
「あんた女だろ?」
「ぐっ!? 俺は男だ! 急に何言いやがる!」
「あ、いや、すまない。喉仏、出てないだろ? だから、さ、そうじゃないかなって。違ってたらごめん」
「間違えないでくれ、俺は男だ! ‥‥ちょっと外の空気吸ってくる」
「本当の姿をさらけ出さなきゃあんたはずっと今のまま上には上がれない、だからあたし達には本音で向き合ってほしいんだけどね‥‥」
 突然のことに、夜食を噴出しそうになりつつ否定するNASU。ロックをやるためにと女性をやめようとするNASUは、メンバーにもそのことを隠そうとしていた。
「女‥‥か。たしかに、微妙に違和感を感じるが‥‥」
「コウやクロノと比べるとたしかに違和感あるのよね。コウは一緒にやってどうだった?」
「そうだな‥‥尻がエロいよな」
「あんたはセクハラ親父か! って相手は一応男の子でしょ!」
「いやいやいや‥‥つーかヤローの尻じゃないって、アレ。危険なカーブだって。あ、俺がマジLOVEなのは光海ちゃんだけだから安心してね」
「バカ! そんなことは聞いてないわよ!」
「一つの可能性だがな‥‥」
「まぁ、中性的っていうのは一つの武器になるけど」
「まー他人事だし。しゃーないだろ、どっちでも」
 外に出るNASUを見送りながら、クロノ達がNASUの性別について話し合うが、結局は自分の問題で他人が口出すことではないのかもしれない。

「寒くないですか?」
「あまり喉を冷やすのはよくないですよ」
「胡都? 雷も‥‥そうだな、気持ち良いけどほどほどで戻るよ」
 外に出たNASUに話しかける胡都と雷。二人は短い間とはいえ、仲間としてお互いを知り合いたかった。
「さっきの話‥‥僕もよく女に間違われるんですよ、はは‥‥」
「ははは‥‥たしかに、間違われそうだよな、お互い大変だ」
「ここだけの話、私も音楽を志していたんですよ。もっとも、私は実力がなくって今は見てのとおり裏方ですがね。‥‥それでも‥‥音楽が好きですから」
「雷‥‥だったら一緒に歌おうぜ! 歌は技術じゃない、ソウルだよ!」
 胡都の苦笑につられて笑い、雷の話にはグッと拳を握って見せるNASU。メンバーは、少しずつお互いを分かり合いながらも、本番はもう間近に迫っていた。

「特に反対もでませんでしたので、バンド名は『NASU with STARDUST』で登録してあります。スケジュールは‥‥」
 ライブイベント『Breath of music 2006春』当日、会場であるライブハウスに集まった一同は、雷の説明に耳を傾けながら準備を行っていた。
「ふん、参加者の名前を見てもしやと思ったけど、ほんとにいるとはね」
「NASU‥‥」
 雷の説明が終わる頃、一同のもとに、『Venus』のHIROとIWANが現れた。HIROはNASUと同年代の少年、IWANは二十歳過ぎの長身の男性だった。
「NASU、お前がまだ‥‥」
「よくもまぁこんな所に。君は実力が無いからバンドから外されたってのに‥‥」
「IWAN‥‥俺は一人でも歌い続けるよ」
 何かを言おうとしたIWANを遮り、HIROが呆れた口調で憎まれ口を叩き。NASUは、IWANに向かって強い意志の言葉を伝える。無視された形のHIROは顔をしかめた。
「せっかくの僕のお披露目に、とんだ邪魔者が現れたものだ。さっさと消えちゃってよ!」
「弱い犬ほどよく吠えるってね、自信ねーだけの三下のやる事だな」
「なんだと!?」
 NASUに向かって汚い言葉を吐くHIROに、コウが睨みつけつつ言葉を返した。
「どのみちお前らは僕の前座さ、せいぜい場を盛り下げないよう注意してくれ。じゃあね!」
「‥‥‥」
「今日来てる観客は、お前の歌を聞きに来てるんだよ。あんなポッと出のボーカルじゃない、お前の歌をな。自信を持て」
 捨て台詞を残し立ち去るHIRO達。それを辛そうな表情で見つめるNASUに、カナメが声をかける。普段無愛想な彼の、珍しい励ましの言葉に、NASUは驚きながらも頷いた。
「そろそろ時間です。みなさん行きましょう!」
 しばらくして、時計を見ていた胡都に促され、一同は頷きステージへと上がるのだった。

「おい、あれって『Venus』のNASUじゃねえ?」
「ほんとだ、いったいどうなってんだ?」
 ステージに上がると、NASUを知っている『Venus』ファン達がざわめきだす。
「‥‥『The light of day(夜明け)』」
 戸惑う客席に説明も無く歌いだすNASU。それは自分の想いを全て歌に託そうとする意思だった。
 チッチッチッ、ドラムの胡都のスティックの拍子から、クロノとカナメの二人のギターが続く。
「朝霧立ち籠める夜明け前、吐く息は白く霧に紛れる。進む道に迷い、帰る場所も無く、ただ立ち尽くす俺達はどこへも行けやしない」
 コウのベース、トシのキーボードに乗ってNASUの高く響く歌声が場内を包む。始めは静かに、しかし徐々に激しく強く、魂を叫ぶようなサウンドに観客もヒートアップしていく。
「何が嘘で本当なのか! そんなの知ったこっちゃねえ! 俺達の道を信じて進め! それが俺達のlight of day!」
 NASUの高い声と、クロノとコウの低く力強い声が合わさって、聴く者を魅了する歌となる。歌い終わったとき、観客は最初の戸惑いなど忘れたかのように歓声をあげるのだった。
「お疲れ様。『Venus』の歌、聴いてかないのかい?」
「ああ‥‥俺は、俺の道、俺のロックを歌うって決めた。だからいいんだ」
 歌いきったNASUに、レティスが問いかける。しかしNASUは、汗だくで疲れながらも晴々とした表情で首を振るのだった。
「みんな、ありがとう‥‥。みんなのお陰で今日歌うことができた。そして、俺はこの先何があっても歌い続ける勇気を貰った‥‥。本当に、ありがとう‥‥」