雷鳴の影アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮本圭
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芸能 |
フリー
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/09〜10/13
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●本文
「本当ですって! 今度こそ本当に見たんすから」
「何を」
「あれは絶対にそうに決まってます!」
「だから何の話だ」
監督に睨まれても助監督は一向にひるまず、これですよ! と言いながら、胸の前で両手をぶらぶらとやってみせた。つまり、幽霊。
「ばかばかしい。何言ってんだ」
「ホラー撮ってんのに幽霊信じないんですか!?」
「それとこれとは別だろう。大体幽霊より、撮影が遅れて編集作業が修羅場になるほうが俺は怖い」
ホラー映画『雷鳴』の撮影はいよいよ佳境を迎え、メインの舞台である館のシーンのロケに入っていた。
ロケに使っているのは、おあつらえ向きの二階建ての古い洋館。壁を覆いつくす勢いで蔦が這う古びた外観といい、重厚な内装の色調といい、今度の映画のイメージにぴったり、監督大喜び。わざわざコンテも建物に合わせて書き直すほどの気合の入れようだったという。
――ホラー映画のイメージにぴったり、ということは、つまり『出そう』ということだ。
雰囲気に呑まれたのかそれとも本当に霊現象なのか、撮影が始まってすぐスタッフからは悲鳴が連発した。いわく、ちょっと目を離した隙に書斎が散らかっていた、夜中の撮影で謎の巨大な影が画面端に、ときどき背後に不審な気配を感じるのに振り返っても誰もいない‥‥などなど。
「気のせいだろ、気のせい。それとも、撮影の話を聞きつけた誰かがこっそり悪戯でもしてるか」
「なんでそんなに楽観的なんですか!」
「この邸の幽霊ならもっと堂々と出てくるだろ。自分に非はないんだから」
一瞬、沈黙が流れた。嵐が近づいているのか、外からは遠雷の音が聞こえる。
「‥‥監督、つまり、そのココロは?」
「このお屋敷の元の持ち主な、まあこの家を見れば分かるが結構な金持ちで‥‥」
「はあ」
「あるとき夜逃げした友人の借金を肩代わりすることになったんだが、あまりに莫大な額だったもんだから返しきれずに、とうとうある日一階の広間で一家無理心中を」
「ぎゃあああああっ」」
どうりで不動産屋が、ほとんどただ同然で撮影に貸してくれたわけだと悲鳴を上げる。
「なんでそういう大事なことを最初に‥‥ッ」
「いいだろ別に、ここに住むわけでもねえし。大体悪いのはその夜逃げした友人ってやつなんだから、単なる通りすがりの俺たちを祟るのは筋違いだろう」
楽観的なんだか理性的なんだかわからない。単なる無神経なのかもしれない。やっぱり別の監督の下で働きたかった‥‥と涙しても、今更遅い助監督である。
その後も似たような怪現象が頻発した。閉めたはずの窓が開いていた、二階なのに窓の外を何か横切った、買い置きしていたお弁当がいつのまにか減っていた(これは後にバイトの若者のつまみ食いが判明した)‥‥ひとつひとつは『気のせい』で済ませられる他愛もない現象だが、こう重なるとさすがに不気味だ。
その上舞台は薄暗い洋館、ホラーな雰囲気を感じないほうが無理がある。
ほかのスタッフに次々と泣きつかれ、こう士気が下がっては撮影も思うように立ち行かず、仕方なく有志で捜索隊を組織し、怪現象の正体を突き止めようということになった。
●リプレイ本文
まだ昼間だというのに、広々とした邸内は薄暗い。そして誰もいないかのように静まり返っている。
窓の外の空は、どんよりとした陰気な雲が淀んでいた。時折吹いてくる強風に木々はざわざわ騒ぎ、窓はがたがた揺れる。突風に翻弄されつつも開け放っていた窓をなんとか閉め、楼瀬真緒(fa4591)はためいき。
「確かに、雰囲気だけは満点ですね‥‥」
彼女自身は別に幽霊の仕業などと信じているわけではないが、なるほど、『出た』などと血迷う者が出るのも無理はない。ホラー映画のロケに選ばれるのも納得の不気味さだった。まして使っている建物はいわくつき、加えて原因不明の現象が多発しているとあらば尚更だろう。
「‥‥撮れるといいな‥‥幽霊」
「もう、氷桜さんまで」
CCDを手にぼそりと呟いた氷桜(fa4254)に、真緒は先ほど自分が閉めたばかりの窓を指さした。
「幽霊がこんな跡を残すと思います?」
床の隅のほうに、小さな足跡とともに土がこびりついていた。邸内にはロケ前に一通り手を入れたというから、この汚れができたのはおそらくその後、だが跡はすでに乾ききっているから、ここ一、二時間という話でもない。氷桜はしげしげと汚れを見つめ、納得したように頷く。
「‥‥確かに、幽霊には足がないというしな」
その通りだが、はっきり言葉にされると何か間が抜けている。まあそうですねと曖昧に言葉を濁しながら、真緒は足元に軽く目を配った。どうも暗いので、Chizuru(fa1737)に明かりを渡して照らしてもらう。それ以外に足跡は残っていないようだ。
すぐそばの窓を調べてみると、どうも立て付けが悪いらしく、ちょっと力をこめただけで開いてしまうようだ。
「まだ断定はできませんが‥‥もしかして、この窓から野性の動物か何かが迷い込んだのを、スタッフが勘違いしたんじゃないですか? 雰囲気に呑まれれば、なんだって恐ろしく見えるものですし」
「なるほど」
黙して聞いていたChizuruは、窓と足跡を何度か見比べた。そして言った。
「ですがそれなら、その動物はどうやってこの窓まで登ってきたのでしょう?」
‥‥彼らが今いるのは、館の二階である。
●雷鳴
広々とした玄関ホールに、空ろに響き渡る足音。外では強い風が、窓に壁に吹き付けているようだ。自分たち以外の誰がいるわけでもないのだが、お邪魔しまーす、となんとなく声をかけてしまうのは七萱奈奈貴(fa2812)だ。
「ちょっと騒ぐかもしれません、すみませーん」
明るい彼女の声が逆に静寂を浮き立たせ、恐怖映画的な雰囲気を盛り上げている気がする。人の気配が感じられないのは、このままでは撮影にならないと監督が判断し、スタッフの殆どが宿泊先のホテルに引き上げているからだ。
「奈奈貴はん。どっから探す?」
「んー、とりあえず書斎かな? すぐそこだしね」
ゼフィリア(fa2648)の問いに、奈奈貴は目的の方向へ首をめぐらせる。
古い大きなシャンデリアの下を通って皆でホールを横切り、その先の廊下の突き当たり。書斎に足を踏み入れて、まずミッシェル(fa4658)が眉を寄せた。
「‥‥思ったより綺麗ですね」
幽霊だ祟りだと騒ぐぐらいなのだからどんな惨状なのかと思えば、床に何冊か本が散乱している程度だ。大方、邸の雰囲気に呑まれたスタッフが大げさに騒いだのだろう。
「スタッフに聞いた話やと」
こめかみをとんとんと叩いて記憶をたぐりながら、ゼフィリア。
「撮影中に音がして、見に来たらこの状態やったと」
「ネズミとかじゃないかなあ、これ」
言いながら奈奈貴は本棚を覗き込み、埃の匂いに思わず咳き込んだ。蔵書の中でも貴重なものはすでに持ち去られた後なのか、本棚はあちこちに空きが目立つ。何かの拍子で落ちてきても不思議はない。
「まず変なことが起こったのが、ここだっけ?」
「皆さんの記憶がまちまちで他は順番が曖昧ですが、ここが最初なのは間違いないようですね」
撮影にあたって館全体に簡単に手を入れたそうだが、撮影に使わない場所はそのままにしてあるらしい。どうやら書斎もそのひとつだったようで、本棚といわず机といわずびっしりと埃が積もっていた。着物の袖で鼻先を覆い、本棚を調べまわっていた奈奈貴が、あれ? と小さく声を上げる。
「どないしたん?」
「足跡」
その言葉に、ゼフィリアもミッシェルもそこを覗き込む。棚の埃の層の上に点々と跡が残っていた。
「ネズミ‥‥にしては、ちょっと足跡が違うような」
何の足跡だろうと首をかしげる。
ひとまず他の者たちにもこの発見を伝えるべく、ミッシェルは携帯電話を取り出した。
「幽霊ねえ‥‥」
撮影に使う前庭は下草が刈り込まれていたものの、カメラの届かない裏手は雑草が伸び放題。ざわざわと強風に騒ぐ雑草を無造作に踏み分けながら、森宮恭香(fa0485)は呟いた。彼女と同じく半獣化し、恭香の横にはりつくように歩いていた上野公八(fa3871)の、フードに隠れた耳がびくりと反応する。
「な、なんです森宮さん」
「いやもしかして怖いのかなーと‥‥色々怪現象が起こってるっていうし」
「幽霊の仕業とも思えませんけど」
「‥‥と言いつつその数珠やら十字架は?」
「いわくつきの建物だと聞きましたので、備えあれば憂いなしです」
今回の件が幽霊の仕業とは思っていないが、『出る』かもしれないのは否定しないらしい。
「念仏もさわりだけ覚えてきました」
十字架と数珠を一緒に持ったりして、神様と仏様が喧嘩しないのかと恭香は思ったが、面白いので黙っておくことにした。
「森宮さんは? 怖くないですか?」
「あはは、それはないない。大体私霊感ないし、本当にお化けだったら見えないかもね」
事前にChizuruが仕入れてきたこの館に関する話は、監督が言っていた内容とほぼ一致していた。この近所では有名な話だそうで、これだけの邸でありながら長いこと買い手がついていないそうだ。幽霊が出るという噂もあるにはあるが、こういういわくつきの場所で、そんな噂がないほうがおかしい。
「ま、NWとかの可能性もないわけじゃないし、気をつけていこっか」
特に何を見つけたわけでもなく、そのまま館をぐるりと半周するかと思われたとき、恭香がふと何かに気づいて顔を上げた。
「ん?」
館の裏手、塀の向こうの林が、時折吹く突風でもだえるように揺れている。そのてっぺん近くに珍しいものを見つけて、恭香は公八の袖を引っ張った。
「ね、見て見てあれ」
「え? 何です?」
「ほら、あそこの枝のとこ」
「よく見えないんですが」
恭香が見えているのは、半獣化してなおかつ視覚を強化しているからだ。距離が離れているうえに悪天候で薄暗く、公八には何がなんだかよくわからない。目を細めて、じっとそこに目を凝らす。
「‥‥何か動いているように見えますが」
さて、何が?
二階はおもに客間や私室が並んでいるようだ。手近なところから順番に部屋の扉を開け、クローゼットなどの収納まで丹念に調べても、痕跡らしい痕跡は見つからない。このまま探索は徒労に終るのかと真緒たちが思い始めたとき、Chizuruがふと顔を上げた。
「匂いますね」
半獣化して鋭敏になった嗅覚が、何かを捉えたらしい。氷桜が視線を向けると、彼女は無言で廊下の向こうを指した。玄関ホールへ降りる階段の方向だ。匂いはそちらから、ということらしい。
「‥‥念のため聞くが‥‥NWじゃないよな?」
書斎に残っていた足跡については、階下のミッシェルたちから携帯で話を聞いている。氷桜の言葉にChizuruは抑えた声で、『動物の匂いです』と答えた。
足音を殺して、皆でそっと階段のほうへ歩み寄る。
近づくにつれて、かさかさと何かの音が聞こえてくる。顔を見合わせてさらに近寄ると、どうやら階段近くに置かれた、背の高い観葉植物から聞こえているようだ。真新しいところを見ると、この鉢植えも撮影用の小道具として持ち込まれたものらしい。
「あれみたいですね‥‥」
獣人の力を使えばそう手こずるとも思えないが、万全を期すにこしたことはない。まずは皆に連絡しようと真緒が携帯を取り出したとき、鉢植えの葉の陰から小さな何かが顔を出した。チィッと鋭い鳴き声。気づかれた!
観葉植物の枝を蹴って、『何か』が空中へと飛び出す。
思わず条件反射で氷桜がナイフを取り出したが、それを投じるよりも先に影の正体を見定めて一瞬逡巡する。その間に、瞬速縮地を使った真緒の姿が消えた。
「つかまえ‥‥きゃあっ」
着地地点まで瞬時に回り込み、それをキャッチしようとしたが、いかんせん真緒はあまり運動神経のいいほうではない。捕まえ損なってもろに顔面に着地され、逆に悲鳴を上げる。
「楼瀬さんっ?」
悲鳴を聞きつけて、階下を調べていたミッシェルたちも玄関ホールに集まってくる。真緒が顔面にはりついている小動物をひきはがすより早く、『それ』がまた跳んだ。今度は階段の下、今まさに奈奈貴たちがいるホールのほうへ。
四肢の皮膜をいっぱいに広げ、グライダーのように一階まで滑空しながら降りてきたそれを、腕を伸ばしてゼフィリアが捕まえる。
「‥‥なんや、これ?」
「わ、かわいい!」
覗きこんだ奈奈貴が声を上げる。
ゼフィリアの手の中で、小さなムササビがじたばたともがいていた。
●解決?
裏庭で放してやると、ムササビは一目散に林のほうへと走り去っていった。放す前にちょっとだけ触らせてほしいと主張し、かわるがわる抱いて愛でていた何人かは残念そうだ。ムササビにとってはいい迷惑だったかもしれないが。
目のいい恭香が、ムササビが木をするする登っていくのを見つけてほっと息をつく。
「つまりあの子は、強風で裏の林からここまで飛んできちゃったわけね」
ここしばらくの天候不順で、風の強い日が何日か続いていた。突風で予想外の方向に流され、そのまま巣に戻れなくなったのだろう。たまたま立て付けの悪かった窓から邸の中に迷い込み、そのまま出られなくなっていたわけだ。
あとは監督に連絡し、ことの顛末を説明すれば、撮影は無事再開、幽霊騒ぎは解決というわけだ。
「幽霊の正体見たり‥‥ってやつですね」
「そうね公八さん。だからその数珠はもういいんじゃないの」
「いえ、もしかしたら本物が出るかもしれませんから」
‥‥たぶん、解決、したはずだ。