闇より出でてアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮本圭
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芸能 |
フリー
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
4.6万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/18〜10/24
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●本文
穴ぐらはぽっかりとその口を開け、そこに沈む黒々とした闇をさらしていた。それまで土と岩と雑草ばかりだった足元が、入り口近くから急に平らに、歩きやすくなっているようだ。確かに人の手の入った痕跡がある。それが果たしてどのような時代の、どのような人々の手かはさておいて。
「遺跡? ですよね?」
「たぶんな」
ペンライトを取り出して光をかざすと、道は蛇のようにうねりながら明らかに下、地下へと降りていた。穴ぐらの中へ吹きこむ風が、不気味で虚ろな声を上げている。先生がペンライトをしまい、知覚を強化するための獣化を解くのを見て、佐伯百合は不満の声を上げた。
「嘘。中へ入らないんですか、先生」
「こうなったらWEAへの報告が先だろう。この遺跡の内部に何があるかもわからんのだから」
――山深く、周囲に民家は影もない。
WEAからの情報を受け、一体のナイトウォーカーを追いかけること実に三日間。まことに苦労してなんとか追い詰めることができたと思ったら、この遺跡に逃げ込まれてしまった。不覚である。
「じゃあ、ナイトウォーカー退治は」
「すくなくとも、たった二人で足を踏み入れるのは自殺行為だ。こちらは情報も足りない、探索に必要な装備も用意していない、おまけに相棒は頼りない」
最後につけくわえられた言葉に、百合はぷうと頬を膨らませた。そりゃ、自分はまだ二十歳にもなってないけれど、そんな言い方はないではないか。
「悪かったですね、頼りなくて‥‥あいたッ」
口を尖らせた呟いた百合が、不意打ちで額を小突かれてもんどりうつ。
「卑屈なことを言ってる暇があるか。内部の探索については、君に任せる」
「は」
「応援が来るまで、出入り口は押さえておく必要がある。その役目は私が引き受けよう。君は他の獣人たちを連れてきて、遺跡に下りてNWを探せ。頼りないと言われたくなければ、ちゃんと己の役目を全うしろ。いいな?」
頭が言葉を理解するのに一瞬かかり、続いて百合は精一杯うなずいた。
「わかったらさっさと休め。その後山を降りて、WEAに連絡すること。私のことは心配いらん」
「は、はい」
言われてはじめて、百合は自分がくたくたなのに気がついた。NWを追っている間中、神経を張り詰めさせていた。そのせいか、今まであまり疲労を感じていなかったのだ。
先生のほうはといえば、どうやら少女が寝ている間見張りをする構えらしい。疲れていないのだろうかとちらりと見ると、視線に気づいた男は意地の悪い笑みを浮かべた。
「寝込みを襲ったりせんから心配するな」
「そんなこと考えてません!」
セクハラで訴えますからね、と言いつつ、百合は顔を赤くして寝袋に入り横になった。地面に近いせいか、何か聞こえてくる。遺跡の内部からかすかに、でも確かに聞こえるこれは。
――水の音‥‥?
その意味を理解するより早く、少女の意識はすみやかに眠りに落ちた。
●リプレイ本文
右に左に蛇行しながら、道は確かに地下へと降りていく。冷気を蓄えた石造りから、ひやりとした気配が這いのぼってくるようだ。遺跡の黒々とした闇の中を、獣化して彼らは進んでいた。周囲を窺いながら、夏姫・シュトラウス(fa0761)が呟く。
「‥‥し、静かですね」
耳に届くのは反響する自分達の足音ばかり。視界の助けとなるのは、何人かが手にした照明器具の頼りない光だけ。少なくとも今回、人目の心配だけはしなくても済むわけだ。夏姫の言葉に、シヴェル・マクスウェル(fa0898)が軽く肩を聳やかす。
「周囲が観光地ってわけでもないし、見物に来る物好きもそういないんだろ」
「たいした物は残ってないって話だしね」
篠田裕貴(fa0441)も頷く。
出発前の下調べによれば、この地下遺跡は過去何度か、秘密裏にWEAによる調査が行われているという。その折に、めぼしい宝もほぼ引き上げられているそうだ。
「宝がないノは残念デスが、内部ノ構造がわかルのは助かりマス」
そう言うミカエラ・バラン・瀬田(fa0203)の口調は場違いに明るい。手元の地図のコピーと周囲を何度か見比べ、その動きに合わせてヘッドランプの光が遺跡の中を往復した。
「この先ガ広くなっていルようデスネ」
「二手になって正解だな。思ったよりも広そうだ」
シヴェルたちは先遣、さらに少し時間をずらして、後発の獣人たちが来ることになっていた。追っているNWは二体、それぞれ別行動している可能性もある。捜索にあまり時間をかけて万一情報体になられては、ますます退治が難しくなる。
「ともかく先へ進もう。百合さんは俺の後ろに」
「は、はい」
一角獣の獣人の百合は、癒しの力はあるが戦闘力は低い。本人もサポート役に徹するつもりらしく、裕貴の陰になり、軽く頭を下げる。しばらく進むと、夏姫がまず水の音に気がついた。
「この音ですか? 百合さん」
百合がうなずいたとき、足音の響き方が変わった。広い場所に出たのだ。
急に視界の拓けた遺跡の道の下を、川が流れている‥‥いやむしろ、川の上を道が通っているというほうが近かった。手持ちの明かりではよくわからないが、水深は相当に深いように見える。眼下を滔々と流れていく地下水脈は、一体どこから来てどこへ出ているのか。
そしてヘッドランプの明かりの中、流れ行く水面の上に、遺跡の道や建造物が点在している。水上遺跡は他で見られなくもないが、こんな地下に現存しているのは珍しい。
そしてこの遺跡のどこかに、NWがいる。
●水上の戦い
「よっ‥‥と」
水溜まりで道が途切れた場所を、各務神無(fa3392)がひらり跳び越える。
下を水が流れていることもあり、石造りの遺跡は所々濡れていて、注意しないと滑りそうだ。まして細い道でうっかり足をとられようものなら、下の水脈まで真っ逆さま。この寒々とした地下では、できれば遠慮したい事態である。
神無に続いてそこを跳び越しながら、イルゼ・クヴァンツ(fa2910)がわずかに眉をひそめた。
「意外と厄介な場所ですね、ここは」
戦闘があるかもしれない以上、足場が悪いのは間違いなく悪条件だ。加えてこの水脈で多少の物音はかき消されてしまうし、匂いを追うのも難しい。NWを発見する上で、これらも不利な要素である。遺跡の歴史的、学術的価値はともかくとして、今のイルゼたちには間違いなく『厄介』な地勢だった。
「見つけるにはまず、視覚が頼り‥‥ですか」
「シヴェルさん達は、大丈夫かな」
翼のおかげで足元については心配がない槙原・慎一(fa4077)が、ふわりと次の足場に下りてイルゼたちを振り返った。
「心配ないと思う」
ヘッドランプで前方を照らしていた神保原和輝(fa3843)が、振り返らぬままそう告げた。彼女は遺跡の探索を始めてから、裕貴の知友心話で互いの状況を伝え合っている。
「それよりまず、自分たちのことを心配しましょう」
「‥‥いるのだね?」
和輝の声にわずかな緊張の色を読み取り、神無は取り出しかけた煙草を再び懐にねじこんだ。
うなずいた和輝が目顔で示した方向で、わだかまる何かがかすかに動いていた。水ではない‥‥それにしては影がはっきりとしすぎている。影は石造りの床を這いながら、肉食獣が獲物を測るように、距離を保ちこちらを窺いながら右へ、左へ。
イルゼが軽く唇を噛んで、よりによってこんなところで‥‥と呟く。
今いるあたりは道幅が狭く、おまけに所々に溜まった水で、進路が細かく途切れていた。普通に進む分には跳び越えればすむものの、接近戦を主とするイルゼや神無にとっては立ち回りにくい。柄に手をかけていつでも抜刀できるよう構えたまま、神無がすっと目を細める。
「そこまで考えて待ち伏せていたとすれば、大した知能だ」
「ただの偶然かもしれないけどね」
それほど知性の高いNWであれば、そうやすやすと追い詰められるとも思えないが‥‥しかし向こうの意図がどうあれ、この条件下ではいささか不利なことは明らかである。だがNWは既にこちらを捕捉しており、場所を移そうというのは無理な話だった。
幸い飛ぶことのできる慎一と和輝には、地勢についてはあまり関係ない。せめて先手を打つべく、銃口を上げて前方へ向ける。
影は明かりを恐れてかなかなか距離を縮めてこない。かといって無闇に撃って外せば、また逃がしかねなかった。確実に命中させるには、あと少し標的が近いほうが望ましい。焦れるほどゆっくり、影が近づいてくる。
一歩‥‥二歩‥‥もう少し‥‥もう少し‥‥。
「今だ!」
銃声が響いた。
「始まった」
知友心話を通じて、裕貴にも和輝たちの状況は伝わっていた。小さいがよく通る呟きに、夏姫が足を止めそちらを振り返る。
「逃げ込んだNWって、二体いるんですよね。二体とも和輝さんたちのほうに?」
「いや。一体だけだって言ってるな」
「ってことは」
‥‥NWは、本能的に、獣人を獲物として狙うようにできている。
「こちラにも、近づいてルかモしれまセンネ」
愉しげなミカエラの声も、どこか昂ぶっているようだ。裕貴がNWの気配を感じ取るドーマンセーマンを取り出したが、火をつけるべく懐を探っているところで夏姫がそれを制した。
「います」
――視覚を強化した夏姫は、足元の水面がさざなみ立っているのにいち早く気づいていた。
一瞬の間。
大きくうねった水面から、黒々と大きな影が弾丸のように飛び出した。
とっさに身をかわした夏姫の鼻先を、頭部から大きく張り出したNWの角がかすめていく。姿を現したそれは、巨大な蟲のような奇怪な形態をして、水に濡れた外骨格をてらてらと光らせていた。
風のような音とともに、NWがもう一度突進してくる。
角の攻撃の勢いを、完全獣化状態のミカエラが正面から受けた。ナイトウォーカーとがっちり組み合う形でその場に踏みとどまり、突き倒し貫こうとする力に全身で対抗する。
「こ、ノ」
濡れて滑りやすい床に踏ん張ったミカエラの足が、ふと宙に浮いた。
NWが鼻面を上げ、角を掴んでいるミカエラごと持ち上げたのだ。力の差は獣化で埋められても、体重はどうにもならない。
「ミカエラさんっ」
咄嗟に裕貴が呼びかけるが、彼女は手を放さなかった。それどころか角を抱え込むようにして、渾身の力をこめる。みし、とそこが軋み、振り落とそうとNWが激しくかぶりを振った。一瞬動きを止めた獣人たちだったが、NWにしがみつくミカエラをぼんやり眺めているわけにもいかない。
「ちっ。振り落とされるなよ!」
大きく踏み込んだシヴェルの拳が、鞭のように伸びてNWの脇腹へ。上体を持ち上げた不安定な体勢だったこともあり、衝撃でたやすくNWはよろめく。
同時にばきりという音がして、へし折れた角を抱えたままミカエラが着地した。角を欠いてとうとうバランスを失い、NWは水音をあげて転倒する。
――横倒しになり露わにされた腹部には、宝石のようなコアがあった。
「そこですか!」
いち早く弱点を見つけた夏姫が走り、遅れて気づいたシヴェルも、水飛沫を蹴って駆ける。
夏姫の拳による連撃、そしてシヴェルのホーリーファングが発した衝撃波。いずれも、NWのもろい核を粉砕するには充分すぎるほどだった。
●決着
一方の神無たちのほうはといえば、慎一と和輝の発砲をきっかけに一斉に動いていた。
ふたりの撃った弾は、一発はNWの足元をかすめ、もう一発はその胴、脇腹のあたりに見事命中した。悲鳴じみた甲高い音を確かめるよりも早く、ほぼ同時に俊敏脚足を発動したイルゼと神無が足元を蹴る。
痛みに身をよじり、長い触角を振り乱すNWめがけて。
「まだいける!?」
翼で滑空しながら慎一は追撃しようと試みるが、暗いせいでなかなか銃の狙いが定まらない。
今の明かりとえいば、和輝が装着したヘッドランプぐらいしかない。先ほどまでは神無が明かりがわりにライトバスターを掲げていたのだが、今彼女の手のうちにあるのはソニックブレード、白い拵えの刀のみだ。本来の神無の武器なのかもしれない。
先に接敵したのは、元々身の軽いイルゼのほうだった。獣化で伸びた爪が、薄闇の中で走る。
眼と思しき所を狙ったのだが、動き回る相手の特定の箇所を狙うのは難しい。鼻先を裂かれ、反撃とばかりにNWが前足を振り上げた。とっさに顔をかばったイルゼの腕から血が噴き出し、足元の石畳を染めていく。
「退がれっ」
後ろから追いついてきた声とともに、神無が飛沫を跳ね上げて迫っていた。イルゼが身をひねって場所を空けるのと同時に、NWめがけて白刃が閃く。
初撃で仕留めるつもりだった一閃は、残念ながらやや浅かった。半ばで断ち切られた黒い触角が、不気味な色の体液を撒き散らしながらくるくると飛んでいく。反撃を受けるより早く神無は離脱し、今の一撃の隙にイルゼも間合いを取っていた。
俊敏脚足の助けもあって、足場の悪さを差し引いても、速さではこちらに分がある。
かなわないと悟ってか身を翻そうとしたNWの、その足元に和輝の銃が着弾した。敵がひるんだのを見逃さず、神無が、そしてイルゼが大きく踏み込む。
NWの背中にあったコアが破壊されるまで、さほどの時間はかからなかった。
負傷者に百合の手当てを受けさせ、簡単な後始末の跡山を降りて人里まで帰り着いた獣人らがまずしたのは、WEAへの連絡でもなく帰宅の準備でもなく、まず風呂に入ることだったという。
その真偽は定かではないものの、のちの百合の話によれば、皆が(特に接近戦組が)遺跡で水溜まりを蹴立てつつNWと戦い、遺跡を出る頃には皆服といわず髪といわずずぶ濡れの状態になっていたらしい。水浴びが気持ちいいという季節はとうに過ぎているし、案外これも本当の話かもしれない。