囚われのことりヨーロッパ

種類 ショート
担当 宮本圭
芸能 フリー
獣人 2Lv以上
難度 普通
報酬 3.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/12〜01/16

●本文

「‥‥困りましたねえ、先生」
「うむ」
 佐伯百合が困ったように言うと、先生は重々しく頷いた。壁の向こうでは『開けてー!』と少女の声がやかましい。
「やはり行かせるべきではなかったか‥‥」
「たぶん止めても行ったと思いますけどね」
 ことりちゃん、怖いもの知らずだから。落とされた言葉に、どちらからともなく溜息が洩れる。
 ――ギリシャ・オリンポス遺跡。
 いま彼らがいるのは、WEAでは第二階層と呼ばれている区画である。地表に近いせいか、生息するNWも大した強さではない。さほど戦闘に長けていない獣人でも、探索が比較的容易な階層だった。
 実際、WEAの獣人たちによって何度か探索の手が入り、第二階層は今では、より深い階層への通過点と成り果てている感もある。だが時々新たなナイトウォーカーが出現したり、何かの拍子で隠し部屋や隠し通路が発見されたりすることがあって、まだまだ探索し尽くしたとはいえない状況であった。
 ‥‥そう。百合たちがふと、壁に小さな横穴を発見したように。
 発見はしたものの横穴はあまりに小さく、さてどうしたものかと悩んでいたところ、同行者の少女『ことり』が『じゃああたしが行く』と申し出たのだ。多少不安ではあったが、十二歳のことりでやっと通れる横穴は、先生はもちろん百合にも狭すぎる。
 何かあったらすぐ戻れ、と言って送り出したのだが、
『あーけーろー! こんにゃろー!』
 壁の向こう側に抜けたとたん、何かの仕掛けが動いて横穴がふさがり、ことりは中に閉じ込められてしまったのである。考えてみれば、典型的なトラップであった。
「私たちが通るのは無理な以上、ことりちゃんに任せる他なかったんですけど‥‥ちょっと迂闊でしたね」
 当座の携帯食は持っていたはずだし、あれだけ元気なところを見ると今すぐどうこうということはないだろうが、だからといってこのままにはしておけない。
「見たまえ。壁に継ぎ目がある。ここには、何か大きなものが擦れたような跡も見える」
 先生が壁や床の砂を払いながら、眼鏡を軽く指で押し上げる。
「この壁はおそらく仕掛けで動くようになっているのだと思う。私はその仕掛けを探してみるから、百合くんはWEAに連絡をとって応援を。なにぶんここは広いからな、すぐ見つかるかどうかわからん」

●今回の参加者

 fa0065 北沢晶(21歳・♂・狼)
 fa0262 姉川小紅(24歳・♀・パンダ)
 fa0606 涼原 水樹(16歳・♂・竜)
 fa0640 湯ノ花 ゆくる(14歳・♀・蝙蝠)
 fa1294 竜華(21歳・♀・虎)
 fa2321 ブリッツ・アスカ(21歳・♀・虎)
 fa2910 イルゼ・クヴァンツ(24歳・♀・狼)
 fa3072 草壁 蛍(25歳・♀・狐)

●リプレイ本文

 思わぬアクシデントで慌てていた百合の手違いで、アジア地区に依頼が掲示されてしまったため、依頼を受けた者たちが集まり次第空港へ直行。WEAの輸送機で一路ギリシャへ、そして観光などする暇もないままオリンポス遺跡まで。ちょっとした強行軍である。彼らが問題の罠のある区画に到着すると、彼らを見つけた百合が明かりを掲げながら手を振った。
「皆さん、こっちです」
「中の子は?」
 会釈もそこそこに竜華(fa1294)が尋ねると、 『先生』と呼ばれている男が壁のほうに顎をしゃくる。
「無事だ。だが彼女の手持ちの食料にも限りがあるから、できるだけ早く解放したい」
「罠を解除するスイッチがある、ってのは確かか?」
 依頼の内容を思い出しながらのブリッツ・アスカ(fa2321)の問いに、先生は頷く。
「この手の殺傷用ではない罠は、大体何らかの解除方法がある。壁が動いた跡が残っているしな。スイッチと言ったのはあくまで便宜上で、実際にはどんな仕掛けで動くのかわからない。それを踏まえて探索してほしい」
 竜華は頷く。
「私たちにできることがあるなら、できるだけ手伝うわ」
「スイッチ‥‥意外と、近くにあるかも‥‥しれませんよ‥‥」
 灯台元暗し‥‥と呟いた湯ノ花ゆくる(fa0640)に、草壁蛍(fa3072)が肩をすくめた。
「ま、普通に考えて、解除スイッチがあんまり遠くにあったら不便よね。ここ、結構広そうだし」
「はい‥‥まずはこの近辺を‥‥手分けして探しましょう‥‥」
 一方、涼原水樹(fa0606)らは、閉じ込められたことりを案じて、百合と一緒に壁の向こうへ呼びかけていた。
「大丈夫かい? 食料はまだ残ってるよね?」
「うん、先生が、節約しながら食べろって言ったからー‥‥でもお腹減ったよお」
「俺たちが必ず出してあげるから、もうちょっと我慢してくれよ」
 話では、閉じ込められた当初はずいぶんうるさかったそうだが、空腹のせいもあるのか今は比較的静かだ。育ち盛り食べ盛りの女の子が、手持ちがなくならないよう少しずつ食料を切り崩していくのはさぞ苦しかろう。
「できるだけ声かけてあげたほうがいいよな。退屈も紛れると思うし」
「だよねー。お腹すいてるのって辛いから、励ましてあげないとー」
 『メシ・風呂・寝る』をの三つをこよなく愛する姉川小紅(fa0262)としては、その点で特に同情的らしい。そうだ、と荷物からチョコや飴などの菓子類を取り出し、百合に手渡した。
「あたしたちはスイッチを探すから、百合さんはこれでも食べながら、ことりちゃんのお話相手、お願いできるかな? 仕掛けが解除できて彼女が出てきたら、分けてあげてね」
「ありがとうございます。皆さんもお気をつけて」

●捜索
 階層ごとにさまざまな様相を見せる、ギリシャ・オリンポス遺跡。
 ここ第二階層は、主に砂と石と岩で構成された区画である。歩けばざりざりと靴が砂を噛み、吸い込む空気は乾燥した埃っぽい匂いに満ちている。もっと下の階層に潜ると、これとはまったく異なる光景を見られるという話だが、とりあえず今回はそれを見る必要はないはずだ。
「イルゼさん、どうだい?」
 身をかがめ壁を撫で回していた北沢晶(fa0065)は、隣を向いて呼びかけた。そうですね‥‥と、落ち着いた響きの声がそれに応える。
「今のところは、なにも」
 晶が明かりを向けると、照らし出されたのはイルゼ・クヴァンツ(fa2910)の横顔だ。整った褐色の面に、銀色の髪がよく映えている。仕掛けを探し出そうと壁や床を探る表情は真剣そのもので、晶がにへらと相好を崩して自分を眺めていることなどまったく気づかない。
「‥‥相方が美人さんで、僕ぁ幸せだなあ」
「はい?」
「いやなんでも」
 つい考えが口から漏れていたことに咳払いをして、イルゼの手元を照らしてやる。
 照明は晶の持参してきた懐中電灯ひとつだけで、そのため探索はあまり芳しくなかった。
 このあたりは壁や天井の隙間からいくらか光が入ってきているようで、全くの闇ではない。だがやはり明かりがないと探索には厳しいので、必然的にお互いくっついてスイッチを探すことになる。‥‥吐息さえ近いその距離に、ひそかに幸福を感じていたのは晶だけであった。
「‥‥だめですね。何もないようです」
 かなり時間をかけて探索した末、イルゼは首を振った。明かりがあるとはいえ、薄暗い中、長時間壁や床をくまなく探すのは結構目にくる。目頭を軽く押さえ、簡単な地図を描いたメモに小さくバツをつけた。

 二人一組で、四組に分かれて散らばってからもうかなり経っている。
 地図上の探索済みのエリアをに印をつけながら、完全獣化した蛍は首をかしげた。
「そういえば‥‥今何時ぐらいかしら?」
「どうしたの、急に」
 蛍の相方役は、水樹である。ヘッドランプを切って顔を向けると、蛍は手元の地図を指で示した。
「ここからここまでがもう探したエリアね。予定では、私たちが探すのはこのあたりまで」
 このメモはイルゼやゆくるの提案で、WEAの資料や『先生』の情報をもとに作ったものだ。多少の狂いはあるかもしれないが、今のところ地図として充分機能している。組分けして別れる際、皆この地図で大体の分担地区を決めておいたのである。
「‥‥先は長いねえ」
「でしょう? まだこれしか進んでないのよ、私たち」
 一体あと何時間かかるのかと、蛍は溜息をつく。
 あまり時間をかければ、当然閉じ込められたことりがそれだけ辛い思いをする。かといって急げば、それだけスイッチを見落とす危険も大きくなる。自分たちの分担にスイッチがない可能性もあるが、といって手を抜くわけにもいかない。
「とにかく早く見つけないとね」
「そうだね」
 頷いた水樹はまたランプを点け、周辺の床や壁を探り始めた。遺跡の雰囲気にちょっとわくわくしている、などという本音は、怒られそうなので胸にしまっておく。

●発見
 最初に気配に気づいたのは小紅のほうだった。相方の竜華に知らせる前に、からからと小石が転がる固い音がした。静かで暗い遺跡内で、その音はいやに大きく、そして不吉に響いた。
「竜華ちゃん」
「後ろへ下がって」
 小紅を背後にかばい、戦闘に長けた竜華が前に出る。近辺のNWは粗方掃討したと聞いていたが、オリンポス遺跡内ではNWはどこからともなく現れ、途切れることがないという。いつ新手が現れても不思議ではない。
 対するこちらはたったの二人。小紅は戦闘ではあまり役に立てないと自ら公言しているので、NWが現れれば実質ひとりで戦うことになる。この階層のNWはさほど強くないという話だが、もしも相手が複数だったらどこまで立ち向かえるか‥‥いつ襲いかかられても大丈夫なよう身構えながら、竜華は音のした方向へ明かりを向けた。
「いるのはわかってる。出てきなさい!」
 チチッ、という鳴き声がそれに応え、小さな影が明かりの中に姿を現した。
 しばしの沈黙。
「おお。見て竜華ちゃん、鼠だよ」
「‥‥そうね、鼠ね」
 呑気に感心する小紅の科白と目の前の光景が相俟って、竜華は力が抜けるのを感じる。
 日本で見かけるものに比べてずいぶん大型だが、ともかく、彼女たちが目にしているのは鼠だった。もしNWに寄生されているならば、こうして獣人ふたりを目の前にして襲ってこないはずはない。正真正銘、単なる鼠だろう。
「あ、行っちゃった」
 ヘッドランプの強い光を恐れたのか、鼠は姿に似合わぬ俊敏な動きで闇の奥へ消えた。溜息をついて竜華は首を振り、小紅はばいばーいと鼠のいなくなったほうに手を振っている。
「こんな所にもいるのね、動物が」
「ここ、まだ浅い階層だしねー。でもこんな砂ばっかりの所で、食べるものあるのかな」
 見ず知らずの鼠の食べ物の心配までしている所が、小紅らしいというか‥‥竜華は肩をすくめる。
 今回はたまたま無事だったが、遺跡内に棲む動物はNWに寄生されたり、殺されたりすることが多い。ましてオリンポス遺跡は、無数のNWがひしめく場所だ。おそらく外の世界よりもずっと、生き残るには厳しい環境だろう。
 ‥‥その考えに小紅が行き着くより先に、竜華は彼女の手元の地図を覗き込んだ。
「それで、今私たちはどのあたりにいるの?」
「あ、うん。えっとねー」

「何やってんだ、さっきから」
 荷物を下ろして中身を探っているゆくるに、手元にメモを書き込んでいたアスカは眉を顰めた。
「アスカさん‥‥そろそろ三時です‥‥」
「三時? なんかあったっけ」
「‥‥おやつの時間です」
 腹時計というやつだろうか。休憩しましょう‥‥と言って、ゆくるはようやく荷物の中からメロンパンを発見した。わざわざ遺跡の中まで持ち込んだのかとアスカは呆れ、また感心する。
「後にしろよ。今いいとこなんだから」
「‥‥すぐ食べ終わります‥‥」
「遠足じゃないんだぞ、おい」
「では‥‥食べながら探します‥‥」
 よほど好物なのか、単に腹が減ったのか。まあいいけどさと頭をかいて、アスカは地図の一点を示した。
「いいから後にしろって。ことりの閉じ込められてるのはここな。俺たちが今いるのはここ」
 アスカの示したのは、ことりのいる仕掛け部屋のすぐ裏側。彼女が仕掛けに引っかかった穴の、ちょうど反対側にあたる。曲がりくねった道のおかげで多少回り道をしたが、この壁の向こうにことりがいるはずだ。
「俺の推理じゃ、このへんがどうも臭い」
 一応、裏付けもある。どんな原理の仕掛けかは知らないが、壁を動かすための装置は、普通なら動かす壁の付近に設置するはずだ。そしてそういった大掛かりな装置は、おそらくそれなりにスペースが要る。だがアスカが巻尺片手に壁の厚さなどを測ってみたところ、大きな装置を収納できそうな場所は、ことりの入った横穴付近には見当たらなかった。
「仕掛け部屋のまわりであと探してないのは、裏手‥‥つまりここだけってわけさ」
「‥‥なるほど‥‥」
 ゆくるは頷く。
「探しましょう‥‥金属探知機で見つかるでしょうか‥‥?」
「ああ、頼む」
 ――しばらくして、仕掛けのスイッチを見つけたのはゆくるだった。金属探知機には何も引っかからなかったが、超音感視で壁の厚さが違う場所を発見したのだ。
 装置の大体の場所さえわかれば、それを動かすスイッチを探すのはそう難しくない。壁のに明らかに摩滅した部分があるのを見つけ、思い切ってそこを強く押してみると、壁の向こうで何かが動く音がした。

 百合や先生たちの目の前で壁がスライドし、ことりがそこから出てきたのはその数分後である。
 その後、空腹の権化となった彼女は小紅のお菓子をあっという間に食べつくし、ついでにゆくるのメロンパンにも物欲しげな視線を浴びせたらしいが、彼女が自分のおやつをことりに分けてあげたか否かまでは、さすがにWEAの記録にも残っていない。