ホワイトデー遁走劇アジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
宮本圭
|
芸能 |
フリー
|
獣人 |
2Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
なし
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
03/10〜03/14
|
●本文
たとえCDを出し、映画やドラマに出演し、コンサートで多くのファンを沸かせていようとも、カメラやマイクの前を離れれば一個人にすぎない。
網の目をくぐるようなタイトなスケジュール、歌に踊りに気の利いたトーク、営業スマイルの裏はストレス、ストレス、ストレス。仕事がいくら好きでも忙しければそりゃ疲れるし、疲れれば他に何か安らぎを求めたくなることもあるだろう。まして彼らは、多くの場合お年頃の少年少女である。
――彼らの職業をアイドルという。
特に名を秘すが、ここにもひとりのアイドルがいる。
やっぱり年頃の少女である。
「どうしても駄目なの?」
「駄目」
にべもないマネージャーの返答に、控え室の椅子で足をぶらぶらさせながら頬を膨らます顔も愛らしい。
小さな事務所の稼ぎ頭である彼女の機嫌を損ねないよう、日頃マネージャーも細心の注意を払ってはいるが、この日ばかりはすんなりお願いを聞いてやるわけにはいかない。断固とした態度であった。
「せっかくのホワイトデーなのに、私ってば好きな人とデートもできないわけ?」
「仕事があるだろう?」
「スタジオの都合が悪くなって、撮影が別の日になったってこの間言ってたもん。まる一日は無理でも、三時間ぐらい空くでしょ?」
仕事の予定は忘れても、休みや空き時間の予定はしっかり覚えているアイドルであった。眼鏡のブリッジを押し上げながら、マネージャーは溜息をつく。
「どこで誰が見ているかわからないんだ。カメラマンにでも撮られたらどうする」
恋愛で消えていくアイドルは多い。多少の騒ぎではびくともしない不動の売れっ子に育てばまた別だが、伸び盛りの彼女に色恋がらみのスキャンダルはまだ早いというのが事務所の見解だった。年頃だから誰かを好きになるのは仕方ないにしても、それが公になるのは絶対に避けたい。
マネージャーの科白を聞いて、アイドルは悪戯っぽい表情になった。
「実はねーえ? 他の人たちと面白い計画があるんだ」
「他の人?」
「やっぱり付き合ってる相手がいたり、単純に悪戯が好きだったりする芸能人の人たち。この間話したら、みんなでカメラマンの追跡をまくのに協力してくれるって」
「な」
なんという軽はずみなことを。もし失敗してことが公になったらどうするつもりだ。しかも『他の人』について聞いてみると、名前だけは知っている有名人も混じっていてまた呆れた。頭痛をなだめるように眉間をもみほぐしながら下を向く。つくづくこの世界は奥が深い。
「協力するよね?」
「‥‥どうせ実行するつもりなんだろう?」
「だってせっかくホワイトデーなのに」
どういう理屈だと反論しようとしてキスされた。勢いあまってぶつかった眼鏡がずり落ち、マネージャーはいつもの仕草でブリッジを押し上げようとして、少女がじっと見つめてくるのに気がついた。
もう一度溜息をついて眼鏡をはずし、アイドルに目を閉じさせた。
彼女が十八になるまで、この関係は公にできない。
●リプレイ本文
「本当に申し訳ありません」
開口一番、マネージャーの男は謝罪した。
場所は都内の某スタジオ内、件のアイドルの控え室である。アイドル本人は仕事中で、現在この部屋に居るのはマネージャーと計画に協力する面々だけだ。
計画開始前の、ちょっとした作戦会議中なのだがマネージャーの反応が悪い。一端は協力すると言ったが、本心は違う。
「まあまあ。とりあえず頭をあげてよ」
下げた頭を上げないマネージャーに、新人歌手の涼原 水樹(fa0606)は人懐こい笑顔を向ける。
「困ったときはお互い様だしさ。折角のホワイトデーだもの、俺達のことは気にしないで楽しんでくれよな」
仲間達の方を見ながら言う水樹に、その通りだと他の者達も頷いた。
「しかし‥‥それでは貴方達に迷惑をかけることになります」
マネージャーは本心から申し訳無く思っているようだ。
確かに彼の立場では、この計画に反対するのも無理は無い。パパラッチ対策に只今売り出し中の同業者を使うというのは、どう公平に見ても危険行為である。水樹にもその気持ちは良く分かるが、今回は女性陣がやけに張り切ってしまっている。
「まだ準備してないのかい?」
スタジオの周りを軽く見回ってきた歌手のMIDOH(fa1126)は部屋の様子から事情を察して、呆れ顔でマネージャーを見やる。
「あんたも、今更ジタバタしない。‥‥まったく、ロリコンの癖に気の小さい男だね」
言い難い事をさらりと言うMIDOH。彼女は積極的に今回の事に関わっているからその分、言いたい事も言う。危ない橋を渡るのだから半端ではやれない。
「MIDOHさんの言う通りよ、マネージャーさん」
なお言いよどむマネージャーに、静かな口調で舞台役者の白井 木槿(fa1689)が語りかけた。
「ここまで来て中止は有り得ないわ。あたし達も軽はずみなことはしないから安心して。そんな事より、彼女と甘ーい時間を過ごす用意は大丈夫なの? あたし達が出来るのは、お二人に少しの時間をプレゼントするだけなんだよ」
「そうですよ。私達の為にもしっかりお願いしますね。そこが肝心なんですから」
念を押すようにMCタレントの結城 紗那(fa1357)にまで言われて、マネージャーは顔を苦しそうに歪めた。これ以上反対しても無駄と諦めたのか、彼は深々と溜息をついた。
「分かりました。宜しくお願いします」
「そうこなくちゃな。後のことはあたし達に任せな」
パパラッチ対策の作戦は事前の話し合いで決めてある。準備があるのでマネージャーは部屋から追い出される。
「あ、そうだ」
思い出したようにMIDOHはマネージャーに顔を近づけた。
「今日はキス厳禁! フォローができないからね」
「なっ!?」
唖然とするマネージャーに悪戯ぽく微笑みかけてドアを閉める。ひとまず彼には恋人の所に戻って貰い、その間にMIDOH、木槿、紗那はこの部屋で戦闘準備だ。
「もっと体型を誤魔化せる服を用意できたらよかったんですけど」
鏡の前で服装をチェックする紗那は、眉を顰めた。
着ているものを今日のアイドルの服装に似せて髪もそれらしくいじったが、間近で見れば違いは明らかだ。ダミー役としては不安が募る。
「うーん。でも、あからさま過ぎてもこっちの意図が読まれたら終わりだし」
女性陣が悪戦苦闘している間に、1人だけ男性の水樹は空き部屋で着替えを済ませて戻ってきた。
「どう? こんなの着慣れないから、どっかおかしくない?」
水樹の恰好も一変していた。銀髪を隠すウィッグをかぶり、紺のスーツに伊達眼鏡。
「さすがに七五三とは言わないけど、成人式みたいだ」
「‥‥うん、せいぜい近づかれないようにするよ」
彼女らの計画は単純である。
アイドルとマネージャーのダミー役でパパラッチを混乱させ、更に別の人間が取材を妨害することで二人から一時的に引き離す。肝心なのは、引き離す事だけでなく何かがあるとパパラッチ達に勘付かれないようにすることだ。そうしなければ今回は成功しても、最終的な危険は増える。
そのためにはアイドルを狙うパパラッチ達の行動を把握する必要があり、MIDOHの指示で今何人かが外で不審者を洗い出していた。
●接触遭遇
「おねがーい! お礼はたーんと弾むからさぁ」
スタジオ近くの裏路地で新人女優の森宮 恭香(fa0485)が野良猫相手に説得をしていた。
「こういう箱を持っている人を見かけたら、教えて欲しいの」
手に持った一眼レフを見せながら身振り手振りで説明し、パパラッチ捜索を猫に依頼する恭香。野良猫達は小さな首を傾げている。猫の視力は人間より悪いので通行人の識別は簡単ではないが、人手を使うのと異なり、パパラッチ達に彼女達の動きを知られずに済むという利点もある。
猫の手を借りようとしたのは恭香だけでなく、新人ギタリストのMICHAEL(fa2073)も同じ事を考えていた。
「探してるのはね、隠れている人とかキョロキョロしている人とか、それからじっと動かない人も怪しいわ」
帽子とサングラスで変装したMICHAELが一番不審人物ぽいが、猫だからツッコミはない。隠れて猫と会話する二人は道行く人の注意を集めるが、怪訝な顔をされるだけで通り過ぎる。しかし、その中に彼女達のお目当ての人物もいた。
「‥‥うん?」
ビニール袋を提げてコンビニから出てきたその男は、物陰にしゃがみ込んで誰かと話している茶髪の女性に気付いた。
(「あれは女優のキョーカじゃないか? こんな所で何をしてるんだろう‥‥」)
まだ新人の恭香の事まで知っているのは伊達に芸能記者ではないという所か。男は、大した意味はなく背後から何気ない調子で声をかけた。
「あのー、どうかしましたか?」
「にゃ? ‥‥あはは〜、何でも無いんですよぅ」
猫の体を両手で抱いていた恭香は苦笑いを浮かべてあとずさる。猫と恭香を見比べて、男は微笑した。
「なんだ猫か」
「む〜? おじさん、猫好きなの?」
男の様子に何かを感じて、恭香から話しかけていた。
恭香がパパラッチと話している間に、スタジオの裏口からマネージャーに変装した水樹が出てきた。こそこそと周りを伺い、携帯で連絡を取る素振りを見せてから移動する。
「さあ、来いパパラッチ‥‥」
物陰で見ていた人影が動いたことに、水樹は気が付かなかった。
●ホワイトデー遁走劇
水樹が出発したあと暫くして、スタジオ前の駐車場に本物のマネージャーとアイドル、それにMIDOHの三人が姿を見せた。MIDOHの恰好はアイドルとお揃いだった。
「スカートなんて久しぶりだよ」
見られているかもと思うと、恥かしさで彼女の顔が少し赤い。
「やっぱりカメラマンがいるの? どこにも見えないけど?」
MIDOHの横に隠れるように立つアイドルは好奇と不安の混ざった表情で辺りを見渡す。
「よさないか。わざわざ刺激することは無い」
「まさか。カメラに怯えてたらデートにならないもん。それに、ちょっとワクワクしてこない?」
悪戯っぽい笑顔で言う彼女に、マネージャーは肩をすくめた。三人で車に乗り込むと、マネージャーはMIDOHに言われた通り、品川方面に車を走らせる。
「ねえ、カーチェイスとかしないの?」
後ろを振り返ってどれがパパラッチの車だろうと観察していたアイドルがマネージャーに尋ねる。
「冗談じゃないな。それこそまさかだ」
交通違反で警察の厄介になるのはパパラッチ以前の問題だし、何より事故が怖い。悪質なパパラッチになると取材対象をわざと挑発して煽る者もいるから、下手に相手をしても喜ばせるだけだ。
「ねえ。ところで、その指輪のことだけど」
マネージャーの態度が冷たいのでアイドルの矛先はMIDOHに向く。噂に聞く事務所公認のお相手の事を根掘り葉掘り聞かれて、まるで彼女がパパラッチだった。
ショッピングモールで待機する格闘家の苺(fa3120)と子役俳優の正利(fa3181)は、MIDOHの携帯から連絡を受けた。おそらくカメラマンだと目星をつけた車の特徴を聞く。
「ブルーのミーニクパが一台‥‥ふむふむ、分かったなのだっ♪」
携帯越しでも苺の声には張りがある。彼女と正利はカメラマンの顔を覚えるため駐車場へ急ぐ事にした。
「おい。そこには苺と正利だけか? MICHAELと恭香は?」
「ここにはマサくん達だけです。えっと、MICHAELさんは電車が遅れて、先に次の場所に向うとさっき電話がありました」
一方、恭香も猫達の情報を元に怪しい人物を追いかけていて合流は遅れそうだと連絡があった。マネージャーの車はショッピングモールの駐車場に止まった。MIDOHは二人に降りるのを待って貰い、車内から残りのメンバーの携帯にかける。
「あたし達はあと15分ほどで着くと思います。着いたらケータイに連絡しますね」
スタジオから電車で移動した木槿と紗那は、ここで合流の予定だ。携帯を切ろうとした木槿に、紗那がそっと耳打ちする。
「白井さん、あの‥‥少し気になる人が」
紗那はスタジオからずっと尾けられている気がしていた。自分達のどちらかをアイドルと誤認したパパラッチかもしれない。
「本当?」
「間違いないと思います」
木槿は己の赤いくせ毛を弄りながら、考え込んだ。もし本当なら、何も此方から本物の所に案内する事は無い。作戦には臨機応変な対応が不可欠だ。
「なら合流は確かめてからの方がいいかもね」
「無理しなくても、このままつかず離れずで引きずり回せば良いのでは?」
紗那の意見も尤もだし、危険も少ない。だが、此方の勘違いという事もあるし、上手く諦めさせる事が出来れば合流もできる。
「あの二人にとって、今日が幸せなホワイトデーになるように協力したいの」
「そう言われたら、嫌とは言えませんわね」
紗那は微笑む。あの二人が少し羨ましくなった。
「はーい、WildReportの苺なのだっ♪
今日はホワイトデー! バレンタインデーにお付き合いを始めた人、それとも新たに互いの思いを確認した人、そんなカップルたちが再び盛り上がるこの日っ♪」
小型のレコーダーを手に持った苺は、ミーニクパから降りてきた二人組の前に立ちはだかった。
「な、なんだ、お前達は?」
場所はショッピングモールの次にアイドル達が訪れた美術館。
「アンケートにもご協力お願いします♪」
脇から現れたMICHAELが両腕でアンケート用紙を突き出して男達の進路を妨害する。強行突破された場合に備えて、その奥では正利が通路の角で息を潜めていた。小学生の彼は、いざという時には迷子の演技で足止めする気だった。或いはもっとストレートに男達にしがみ付いても良い。
(マサくんは無名ですから気付かれる恐れは無いですし。‥‥それはそれで悲しいですけど」
溜息をつく正利。その間も、男達は苺の質問責めを受けている。
どんな場所でスクープが取れるのか、取材対象に悟られない接近法、カメラの隠し方、などなど。
「WildReportが何でこんな所に? 取材なんて聞いてない。何のつもりだ?」
男達の質問は苺もMICHAELも無視した。パパラッチ達も、この業界で飯を食っているだけに状況をすぐ理解する。
「仕方ないな」
「ああ。WildReportもおかしな事をするもんだ。‥‥取材なら、勿論ギャラは出るんでしょうね?」
男にそう言われて、苺は一瞬きょとんとした。
「ちょっと待つのだ。今、上の人に聞いてみるのだ」
マネージャーの携帯にかけると、何故かMIDOHが電話に出た。
「今取り込み中だよ。え、なんだって? ‥‥ああ、その線で任せるよ」
休暇は終わった。アイドルとマネージャーの二人はこれから次の仕事先であるTV局に向う。
パパラッチは協力者達のおかげで分断され、二人は僅かな時間を共に過ごすことが出来た。スカートからヘビメタ衣装に着替えたMIDOHとMTBで必死に追いかけてきた水樹が二人を見送る。後の面子も一応は無事であるらしい。
「ありがとう。貴方達に頼んで本当に良かったわ」
「なら我が侭はこれっきりにしなよ。今回は協力したけどな」
アイドルは微笑し、マネージャーの車に乗った。
なお今回の顛末は一部ゴシップ誌に流れたが、決定的な写真を欠いた憶測中心の内容で、記事の扱いも小さかった。作戦は一応成功と言える。
(代筆:松原祥一)