てんきあめ・セット編アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 宮本圭
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 3.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/12〜06/18

●本文

○映画「てんきあめ」ストーリー概要
 日本の敗戦から数年。両親を失いながらもたくましく生きる一家があった。
 上は二十四歳、下は十歳の五人兄弟。兵役にとられた長男は遠征先から未だ戻らず、しっかり者の長女は弟妹たちの面倒を見ながら、両親や兄のかわりにこの子たちを立派に育てなければと決意していた。
 だがそんなある日、長男がひとりのアメリカ人女性を伴って帰ってくる。兄さんが帰ってきたと喜び、同時に外人が来たと大騒ぎする兄弟たち。なんと兄はこの女性と恋に落ち、結婚の約束までしているというのだ!
「青い目のお嫁さんだなんて!」
 と猛反対する長女だったが‥‥。

○主なセット内容
・茶の間+台所
 作中で一番多く写ることになると思われるセット。
 五人兄弟(+アメリカ人女性)が食事を共にする場なので、それなりの広さが要る。兄弟喧嘩の乱闘シーンもあるため、それに耐えうる強度も必要。時代設定上、テレビはNG。

・長女(ヒロイン)の部屋
 六畳程度のひとり部屋。
 長女は女性教師であるという設定のため、それらしい内装が求められる。登場する回数は少ないが、後半の重要なシーンで使用。

※本作のキャストについては、追っていくつかの役を募集予定です。

●今回の参加者

 fa0182 青田ぱとす(32歳・♀・豚)
 fa0431 ヘヴィ・ヴァレン(29歳・♂・竜)
 fa0521 紺屋明後日(31歳・♂・アライグマ)
 fa0629 トシハキク(18歳・♂・熊)
 fa0750 鬼王丸・征國(34歳・♂・亀)
 fa0833 黒澤鉄平(38歳・♂・トカゲ)
 fa1769 新月ルイ(29歳・♂・トカゲ)
 fa1780 山田夏侯惇(10歳・♀・豚)

●リプレイ本文

 六月某日、天気曇天。
 天井の高いスタジオ内に金槌や工具の音が響く中、おもに資材搬入のために使われる大きな戸が重苦しい音を立ててゆっくりと開いていく。スタッフが目を向けると、外出していたはずのヘヴィ・ヴァレン(fa0431)や紺屋明後日(fa0521)らが顔を見せた。
「おう、ご苦労さん」
「どうだった?」
 間取りの図面を挟んで打ち合わせていた黒澤鉄平(fa0833)とトシハキク(fa0629)が、それぞれ声をかける。紺屋はにかっと笑って、
「ばっちりや。せやけど張替え前の畳譲ってください言うたら、畳屋のご主人変な顔しはってたなあ。映画に使うんやったら、こんなんよりも新しい畳の方がええんと違いますかー言うて」
 からから笑う紺屋につられて、だろうなとかすかに口元をほころばせるトシハキク。彼らは中古の畳を譲ってもらえないかと、都内の畳屋をいくつか回っていたのだった。
「領収書は?」
「もろてきた」
 差し出された紙切れに書かれていた数字は、新品を揃えることを思えばまあ割安の値段だ。今回の映画は戦後、それもそう裕福でない家庭が舞台だから、畳やセットが綺麗である必要はない。むしろ新品を古く見せるための手間がかかるため、中古品を調達するという案は一石二鳥だった。
 人がまばらなスタジオ内を見回しながら、ヘヴィが二、三度目を瞬かせる。
「何人か姿が見えないが?」
「ああ、鬼柾たちなら」
 黒澤によれば、テレビ局などから借り出しただけでは小道具の数が足りず、鬼王丸・征國(fa0750)は『古物商や蚤の市にでも、掘り出し物があるかもしれん』と出かけていった。中古屋でなく古物商、フリマでなく蚤の市という所が、渋い和服を着こなす風貌に似合いすぎる。
 一方青田ぱとす(fa0182)は制作サイドの方へ外出中、デザイナーの新月ルイ(fa1769)は別室に詰めてスケッチ中。主だったメンバーはこんなもの‥‥もとい、まだ一人いた。
「お帰りなさいです!」
 ヘヴィらを見つけて駆け寄ってきたのは山田夏侯惇(fa1780)、なりは子供だが実年齢もやっぱり子供、御年とって十一歳。こう見えてマネージャー見習いであるらしく、いつも元気な受け答えが売りだ。
「ああ、ただいま‥‥それで、早速畳を運び込みたいんだが、大丈夫か?」
「手伝おう。皆でやった方が早いしな」
 ヘヴィの言葉に、図面を置いてトシハキクも立ち上がる。
「山田はん、これ領収書な。あとでプロデューサーはんに渡しといて」
「あ、はいです」
 紺屋から領収書を受け取り、山田は外に向かう面々を見送った。スタジオ内は冷房がきいているが、外は時節柄じめじめ蒸しているようだ。畳の搬入が終ったら汗だくですねと、山田はタオルと飲み物を取りにまたぱたぱたと走る。

●セットは大変
「おっはよー」
 セットを組んでいるスタッフに、ルイが欠伸を噛み殺しながら声をかける。鬼王丸の見繕ってきた座卓や古い棚、青田の持ち帰った制作サイドの意見などを参考に、ゆうべ遅くまでラフスケッチを直していたらしい。
「この仕事って、こういうとこは美容によくないわあ。はいこれ」
「ご苦労さん。ちぃと拝見じゃ」
 すでに大まかな間取りは先に上げてあり、スタッフはそれをもとにして作業を進めている。今回のスケッチは、大道具類の配置やセット全体の色合いを見るためのものだ。鬼王丸がスケッチをぱらぱらとめくっていると、作業の手を休めて黒澤やヘヴィらも集まってきた。
「主人公の部屋はシンプルにまとめてみたわ。時代も時代だし、お母さん的な役でもあるからね」
 色鉛筆で簡単に色を置かれたスケッチは、日本家屋らしい落ち着いた木と畳の色だ。女性教員という設定もあってか、書き物机やその横の棚には本が何冊も並んでいた。ほとんど飾りらしい飾りのない部屋を、柄物のカーテンや小さな一輪挿し、壁にかけられたブラウスなどがかろうじて彩っている。
「ん、これでえかろ。今日中に骨組みが終るじゃろうから、小道具はそれからじゃ」
「じゃああたし、今のうちに布とか買ってくるわね。そろそろお店の開く時間だし」
 紺屋さーん? とルイが声をかけると、金槌を振るっていた紺屋が振り返る。
「これから端切れとか見に行くから、パティちゃん借りていいかしら」
「こっちは力仕事はあらかた終っとるし、青田はんがええなら」
「あたしの細腕でよければ、なんぼでもお貸ししますわ。じゃ、ちょっと財布取ってきまーす」
「お買い物ですか? 山田もご一緒します」
 威勢よおく引き受けて、どすどすとロッカーのほうに駆けていく青田。山田は鬼王丸からスケッチを受け取り、ついでにどこかで人数分コピーしてきますねと請け負っている。

 冷房は効いているのだが、なにぶんセットを組むのは肉体労働。体を動かしていれば嫌でも汗が湧いてくる。あちこちでスタッフがタオルで汗を拭う光景が見受けられた。
「‥‥だいぶ形になってきたな」
 呟くトシハキクは、ヘヴィとともに茶の間の担当ということになっている。もともと腕力がある二人ということもあって、黒澤に大まかなコツを教わったあとは、骨組みができるのも早かった。乱闘シーンがあるということで、演技の最中に崩れたりすることのないよう、土台もきちんと補強してある。
「畳を入れれば、容れ物はほぼ完成か」
「あとは中身、か。まだまだ先は長そうだな?」
 茶の間のデザイン画片手に、ヘヴィはわずかに口元を緩めた。生々しい傷跡の残る強面に似合わず、意外とこういう作業が好きなのかもしれない。そういえば重い資材の運搬などのいわゆる雑用も、積極的に引き受けている気がする。
「さて、じゃあ引き戸を入れるか」
「ああ」
 茶の間と台所は引き戸で仕切られているが、使い勝手の面から開け放してあるという『設定』だ。二人が立てかけてあった引き戸を敷居まで運ぶその横を、山田がペットボトルを抱えてちょろちょろ走っていく。
「黒澤さん、お茶ですっ」
「お、悪ぃ。あとそこの釘取ってくれ」
「はいです!」
 茶の間と続きのセットになっている台所では、黒澤が床に板を張っている。かき集めてきた建材は、カメラに写らない土台の部分を覗けば、畳同様主に中古品。柱も板も新品とは違うくすんだ色だ。
「休憩なさってます? 大丈夫ですか?」
「あー、ここが済んだらな。煙草も吸いてえし」
 台所はほぼ実質的に黒澤ひとりの担当だが、元々彼は本職の美術スタッフだ。主だったメンバーの中ではいちばん作業に慣れていて、それほど不自由している様子はない。どうしても人手が要るときは、茶の間担当の二人の手を借りていた。セット組みの仕事は煙草などの火気厳禁なので、一人でやっているとなかなか吸いに行けないのだけが、黒澤としては不満らしいが。
 一方のヒロインの部屋の担当は紺屋と青田、小道具専門にルイ。こちらも天井まで含めた外装はほぼ終わり、今は窓や襖を入れているところだ。
「押入れの中身、どないしょか」
「一応入れとこ。布団もせっかく用意したんやし」
 紺屋に言われ、青田がにんまり笑う。
 制作サイドの言によれば正式な脚本はまだ刷り上がっていないそうで、見せてもらえたのは簡単な粗筋、いわゆるプロットのみだ。ということは、あとで場面の付け足しやカットの可能性もある。準備しないよりしておいたほうがいい。
 襖や窓が開け閉めできるか確かめていると、別室で縫い物をしていたルイが呼びにきた。
「紺屋さん、ぱとすちゃーん? ちょっとこっち来てくれる?」
「はーい」

 古い端切れの集まりがみるみるうちに、パッチワーク模様のカーテンに縫いあがっていく。
「どうかしら」
「わー‥‥買い物のときも楽しそうやったけど、ほんま器用やねえ」
「そりゃ本職だもの」
 青田の褒め言葉にまんざらでもなさそうに笑い、ルイが手を休めてカーテンを手に取る。
「窓のサイズに合わせて縫ったつもりだけど、いちおう合わせてみてくれる? 大丈夫そうならもう一枚縫っちゃうから」
「じゃあ、俺ちょっと見てこよか」
 縫いあがったばかりのカーテンを片手に紺屋がスタジオへ出て行く。
 一方別のテーブルでは、鬼王丸が大道具小道具の細工兼チェック作業にかかっていた。
 足を伸ばした蚤の市で、書き物机や旧式のラジオなど足りなかったものは手に入ったのだが、中にはまだ新しすぎるものや、ルイのスケッチのカラーと合わないものが混じっており、そういった品を適当に『汚す』。煤を塗っては拭き取って、油を塗っては拭き取ってを繰り返して、質感に厚みを出していく根気のいる作業だ。
「この時代はテレビも洗濯機もまだない。かわりはラジオと洗濯板じゃな。ついでに蚊取り線香もまだそれほど普及しとらんから、夏は天井から蚊帳を吊る。本編中は主に春先みたいじゃが」
「鬼王丸さん、詳しいですねえ」
 作業しながら淀みなく説明する鬼王丸に、感心する山田、それを聞きつけ、さすがねえ鬼王丸さん、この時代詳しそうやと思ったけどやっぱりなあ、と言い交わすルイや青田。もしや自分の年齢に関して重大な誤解があるのではないか‥‥と、実はまだ三十代の鬼王丸は一瞬遠い目をする。
「空襲で焼け落ちた家を、建材足して建て直したっちゅう設定で行けると思うんじゃが」
「あ」
 布を見ていた青田が何か思いついたように振り返る。制作サイドに出かけたときに聞いた話を思い出したらしい。
「そういえば監督はん、兄弟とは別に、ヒロインの幼なじみが出てくるゆうてましたわ。大工の若棟梁だとかで、本当はヒロインと好き合うとるのに喧嘩ばかりゆう」
「あらステキ。いいじゃないそれ」
 その若棟梁が家を直してくれたということにすれば、思わぬところで設定に厚みが出そうだ、

●完成?
 約一週間の作業期間を経て、なんとかセットは組みあがった。
 板張りの台所には、使い込んだ包丁や俎板、不ぞろいの食器。足元にはちいさな漬物や梅干の壷が置いてある。窓はガラスのかわりに透明なアクリル板をはめ込み、さらにひびなどの加工を施してある。散らかってはいないが雑然とした生活感のある台所だ。
 続きの茶の間は、兄弟が集まって食事をする場所ということもあって、十畳ほどと広々していた。日に焼けた畳、古い茶箪笥と食卓。それらの小道具同様、壁や柱も丹念に汚して厚みを出し、どっしりした雰囲気を醸している。
 そして長女の部屋。こちらは三人がかりだっただけあって、結構な力作だった。
 飾り気のない和室の書き物机の上、小さな花が一輪挿しにされている。ルイ手製の造花だが、カメラでアップにされなければそれとは気づかれないだろう。天井から下がっているのはカーテン同様暖色でまとめたフードつきの電球、本棚に並んでいる教科書やノート類は、表紙はそれらしいが実は中は白紙。これは主に青田のアイデアだが、さすがに本物の古書はそう急に手に入らなかったので、わざわざ図書館まで行って資料を集めることになった。
 後日訪れる監督やプロデューサーのOKをもらえば、ひとまず彼らの仕事は完成ということになる。
「それらしい雰囲気になっていればいいんだが」
「大丈夫やて。凝り性やなあ」
「はは。美術だの大道具だのなんて、皆凝り性なもんだろ」
 心配げなトシハキクの背を紺屋が威勢良く叩き、それを眺めながらくわえ煙草で黒澤が笑う。完成したセットを皆で眺めていると、山田の元気な声が聞こえてきた。
「セット完成、おめでとうございます! お祝いがわりにお茶しましょう」
 普通の建物でいえば、竣工式ということらしい。皆に出すお茶を抱えて山田がぱたぱたと歩いてくるその光景も、この一週間ですっかりなじみのものとなった。十一歳のマネージャーの走り回る仕事場というのも、たまにはなかなか面白いものだ。

 監督とプロデューサーがこのスタジオを訪れ、セットの出来に満足げにうなずいたのは、この約三日後のことになる。