オフィス街の悪夢アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮本圭
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芸能 |
フリー
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
3.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/16〜06/20
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●本文
頭上のビルの窓を破って、黒い影が弾丸のような勢いで飛び出してきた。
「ちっ」
休日で人通りが少ないオフィス街とはいえ、窓ガラス二枚がサッシごと吹っ飛んだ音は相当派手なものだ。聞きつけた通行人たちが何だ何だと上を見上げる中、三階の窓から一気に外へ投げ出された影は、ひとつ舌打ちする。
宙返りして空中で体勢を立て直すと、鉄製の街灯の天辺へ着地した。がん、という衝撃と共に街灯は折れ曲がっておじぎをし、電灯が砕けて無数の細かなガラス片が道路へ降り注ぐ。五条大橋の牛若丸もかくやというアクロバティックな光景に、おおーっと感嘆の声が上がった。
――腕や足を覆う細かな獣毛、髪の間からのぞく大きな獣の耳。
半獣化した獣人はひしゃげた街灯の上に立ったまま、服にまとわりつくガラスの破片を払い落とした。集まってきた野次馬たちを見下ろして、こういう時のお決まりの科白を叫ぶ。
「映画の撮影です! 危険なので、見物は離れてお願いします!」
とたんに周囲にカメラがないかと気にしだした野次馬はひとまず放っておいて、放り出された窓を振り仰ぐ。昆虫のものに似た頭を持つ怪物の半身が、破れた窓から這い出してきていた。トカゲのように四つんばいでビルの壁にはりつきながら、こちらの様子を窺っているようだ。
「ナイトウォーカーめ。さっきみたいな不意打ちが、二度通用すると思うなよ」
ぺっと血の混じった唾を吐くと、獣人は足元の街灯を蹴るようにして大きく跳躍した。
一気に三階以上の高さまで飛び上がり、地面に叩き落としてやろうと繰り出した必殺の蹴りは、しかしむなしく宙をかいた。
かわされた? 蹴りをかいくぐったナイトウォーカーの動きは驚くほど素早く、四つ足の姿勢のままかさかさと壁を這って逃げていく。獣人のほうはといえば、いくら身軽でも空が飛べるわけではない。やむなく落下に身をまかせ、さっきとは別の街灯に着地する。
「ちょこまかとっ。逃げてねえで戦いやがれ!」
いまいましげに怒鳴りながら見上げれば、ナイトウォーカーは破れた窓からまたビルの中へと這い戻っていくところだった。まともに戦っては勝てないと判断したのか、この場は逃げを打つつもりのようだ。口の中で罵り言葉を呟きながら街灯の上から飛び降り、獣人はポケットから携帯電話を取り出した。別の場所で待機している仲間に向けてコールする。
「悪い、逃がした。ビルん中に戻ってったから、そっちでなんとかしてくれ。あ? コア?」
先の姿を思い出す。コア――大きな宝石に似た、NWの弱点――らしきものは見えなかったが。
「四つんばいだったからな。腹側にコアがあるのかもしれねえ。いいか、向こうはゴキブリみてーにすばしっこいけどよ、確実に仕留めろよ。逃がすと後が厄介だ。俺も援護できればいいんだが‥‥」
言葉を切って、獣人は周囲を見た。野次馬たちは遠巻きながらも興味津々の様子でこちらを眺めている。自分までもがこれを放ってNWを追おうものなら、続きを見物しようと、ビルの中まで一般人たちが押し寄せてこないとも限らない。
「しょーがねえな。今回はお前らに手柄を譲ってやるよ。しくじんなよ」
通話を切って、獣人はビルを見上げた。今のところ、中で戦闘が行われている気配はない。ひとつ溜息をついて、とりあえず野次馬たちを整理するためにも、まずどこに隠れて獣化を解こうかと考えることにした。
●リプレイ本文
通りの鉄製の街灯が、大きく不自然にひん曲がった形で頭を垂れている。その周囲には野次馬が集まり始め、外へ放り出された獣人は今頃それに閉口していることだろう。
「迂闊といえば迂闊な」
窓からそれを見下ろし、独りごちたイルゼ・クヴァンツ(fa2910)の言葉を聞きとめて、藍川・紗弓(fa2767)も同じものに視線を移す。小さな溜息。
「不意をつかれたようだから、ある程度は不可抗力だけどな」
常ならば街中、それもこう衆目の多い場における戦闘などなかなかないのだが、ビル内の人々を巻き込まぬよう手立てを打っているうち、戦闘が始まってしまったのだから仕方がない。こちらは人目も怪我人もできる限り避けたいが、今回の敵にとってそんなことは瑣末な問題のようだ。
通話を切った携帯をしまいながら、劉葵(fa2766)が苦笑めいた表情を浮かべる。
「始まってしまった以上は仕方ない。事後処理のことを考えると頭が痛いが」
「そういう心配は後回しにしようよ」
当面の彼らの仕事はそれとは別――つまり、NWの退治にある。梓羽(fa3715)の科白に、劉も軽くうなずいた。
「同感だな。それじゃ藍川、このビルの構造はどうなってる?」
「警備室で見取り図のコピーをもらってきた」
一階に警備室とホール、それにビルの管理事務所があり、その他のフロアにはそれぞれオフィスが入っている。フロア毎の行き来には階段と非常階段が一箇所ずつ、エレベータが二基。図面を見る限りでは、何の変哲もない五階建ての小さなオフィスビルだった。紗弓の指が見取り図の上を動いて、いくつかの部分を指さした。
「警備の話だと今日人がいるのは、一階・二階・四階。警備員がいるのはまあ当然として、二階と四階のオフィスにもいるそうだ」
せせらぎ鉄騎(fa0027)が、やれやれというように首を振った。
「今日は全国的に休みだっていうのに、休日出勤って奴か。ご苦労様だな」
「働いているのは私たちも同じだ。劉さん、さっきNWとの接触があったのは」
「三階だな」
たまたま無人のフロアで出くわしたのは、この場合幸運だったというべきなのだろう。破った窓からまた中へと戻っていったそうだから、まだ三階にいるのかもしれない。ふん、と鉄騎が軽く鼻を鳴らす。
「だが逆を言えば、すぐ上にもすぐ下にも人がいるってわけだ」
「なんとかうまく、人の来る心配のない場所に追い込みたいところだが」
考え込む様子を見せた一同だったが、やがて自然に、頭上へと視線が集まった。
「‥‥屋上とか?」
●接触
佐渡川ススム(fa3134)の携帯が鳴り出したとき、ダンディ・レオン(fa2859)は何気なくこう口にした。
「鉄騎殿であろうか?」
「いーや。どうせならイルゼ君とか紗弓君がいいなっ」
そんなふうに答えられても、何が『どうせなら』なのだか。ダンディは無言で首を振ったが本人はどこ吹く風、液晶の表示もろくに見ずに嬉々として通話ボタンを押す。
『佐渡川か、俺だ』
押した途端に賭けに負けて轟沈した。
「はあ‥‥うん‥‥そっか‥‥わかった伝えとく」
「さっさと終らせて、メシでも食いに行きたいところだな」
鉄騎と電話しながら落ち込んでいる佐渡川はさておき、細長い包みでとんとんと肩を叩きつつ月影飛翔(fa3938)が言うと、我輩もそうしたいのはやまやまであるが‥‥と、ダンディは腕組みした。
「しかしまず、NWを見つけぬことにはどうにもならんのである」
彼らが今いるのは三階。オフィスは無人のためかどこか閑散として静かだ。二階でも四階でも今のところNWの目撃情報がなく、ならばまだこのフロアにいる可能性が一番高い。鉄騎や紗弓たちは人のいるフロアで、『撮影』という名目でビル内で騒ぎがあると説明して回っているという。避難訓練を装うというアイデアもあったのだが、いくらなんでも人の少ない休日にやるのは不自然すぎるということで却下された。
「もう別のフロアに移動しちまったのかな」
「その可能性は否定できぬ。だが油断は禁物である」
オフィスは机ごとにパーテーションで細かく区切られているため、視界は拓けているとは言いがたい。歩き回って、隠れ場所になりそうな物陰をいちいち確認しなければならなかった。まさか机の下に隠れているとも思えないが、念には念を入れたほうがいいには違いない。
「もう一通り調べても見つからなければ、俺たちも上か下へ移ろうか」
「うむ‥‥」
うなずきかけて、ダンディはふと佐渡川に目をやった。
ようやく電話が終ったようで、携帯を折りたたんだところだ。その頭上の天井は落ち着いたオフホワイト、煌々と光る蛍光灯のすぐ脇を、かさかさと音もなく移動しているあれは。
「ススム殿、上であるっ」
「え」
ダンディの声に佐渡川が反射的に上を見上げるのと、天井にはりついていたNWが彼に飛び掛ったのは同時。意外なほど大きな質量がのしかかってきて、不意を打たれた格好の佐渡川は床にひっくり返る。
「佐渡川!」
刀に巻いた布を解きながら走る月影、同じく彼のもとへ駆けつけるべくパーテーションを回り込むダンディ。
当の佐渡川の顔すれすれに、NWの顔がキスできそうに近い。しゃあっ、という鋭い呼気とともに口が大きく開き、その奥の黒々とした闇があらわになった。グロテスクにびっしり生えそろった、尖った牙のような器官も。
「こ、の」
噛みつかれまいと抗する佐渡川の腕に顔に、変化が顕われる。半獣化したことによって抵抗が強まり、それに負けじとナイトウォーカーもさらに顔を近づける。可愛い女の子ならともかく、NWに押し倒されるというこの体勢は彼的に大変不本意だ。
「いい加減に、っ‥‥!」
渾身の力で押し返す。
NWが佐渡川の上から転げ落ち、ほぼ同時にその脇腹にダンディの蹴りが決まった。勢い余ってすぐそばのパーテーションに巨体が激突し、うすっぺらい仕切りは倒れながらめりめり音を立ててまっぷたつに裂けていく。ダンディが追い討ちをかけようとするより早く、NWは体勢を立て直し、驚くほど素早い動きで床を這って逃げた。
「させるか!」
ビルから逃げるならまず窓からだろうと踏んでいた月影が、ようやく包みを解いた刀を抜き放って立ちふさがる。
不意打ちならともかく、まともに戦って勝てないことぐらいはわかっているのだろう。進路を阻まれたNWは方向転換し、机の合間を縫って逃げを打った。ダンディが携帯を取り出し、番号を呼び出す。
「紗弓殿であるか? NW、我輩らが発見いたした」
あとは、うまく屋上へと追い込むことさえできれば。
●追尾
「おっと」
四つ足の影がすぐそこの角を横切ったのを目に留めて、鉄騎は急停止、急転回、そちらの方向へ走り出す。携帯からの落ち着いた指示に、いま追ってる、と応じて通話を切った。
ただいま四階、オフィスには人がまばら。『撮影』の邪魔はしないようにと指示はしておいたものの、やはり気になるのかこちらをちらちらと気にしているようだ。そのためもあって、皆今のところ獣化は控えている。五階まで追い込めば人目はないはずで、それまでの辛抱ということだろう。
頭に三角巾、つなぎの作業服、片手にモップ、もう片手に布包み。どこから見ても清掃員のおにいさんといういでたちの鉄騎だが、ついでにマスクでもしていれば半獣化ぐらいは誤魔化せたかもしれない。
四つんばいのまま意外なほどのスピードで逃げていくNWの後姿はさながらゴキブリのようだ。このまままっすぐ行けば先には階段とエレベータがあるはずだ。NWがエレベータを使うとも思えないから、下り階段さえ押さえておけば上へと追い込めるだろう。
下り階段には紗弓が陣取っている。
敵が一瞬足を止めたのを見逃さず、紗弓の手元から素早く何かが伸びた。
空気を裂いて唸りを上げた一本鞭は、狙いを違えずNWの体をぴしりと打った。たいしたダメージはないものの牽制にはなったのか、NWは壁面にはりついて上り階段の方向へと逃げていく。
「お見事」
鉄騎が言うと、紗弓はわずかに口元を和らげてぐるりと周囲を見回す。
階段には人目が無い。それを確かめた紗弓の整った面に、徐々に獣相が顕われ始めた。
「人目がなくなれば、あとはこちらのものだ」
トカゲと虫の合いの子のようなNWが、壁を這ったままかさかさと逃げていく。五階、無人のオフィスの見える階段ホールで、NWは周囲の様子を窺うように足を止めた。
「劉さん!」
「わかってる」
見取り図のコピーで、フロアの構造は大体把握済みだ。NWを外に通じる非常階段のほうに逃がすのは、少々都合が悪い。紗弓に指示されるまでもなく、先回りしていた劉が姿を見せた。
「悪いが、こっちは通行止めだ」
その言葉が通じたわけでもなかろうが、NWは一瞬逡巡したようだ。だが劉が一歩踏み込むと、おびえたように後方に後ずさる。俊敏脚足を使った紗弓がすぐ階段を駆け上がって追いついてくる。
残された逃げ道はひとつ、屋上へ通じる階段だけ。
『梓羽、クー。そっちへ行った!』
「来た来た。待ちくたびれたよ」
携帯からのようやくの報告に、梓羽は大きく伸びをした。
屋上までNWが追い込まれれば、あとはここで待ち伏せている梓羽やイルゼの出番だ。壁面にはりついて素早く移動する、という特殊能力も屋上では活かしようがない。空でも飛べない限り逃げ場もないから、万一二人だけで仕留め切れなかったとしても、後から紗弓や劉、月影やダンディらが続々と追いついてくれば、さすがに倒せないはずはない。
すでに半獣化をすませたイルゼが、長大な槍を構える。
「来ますよ」
「うん」
開け放った屋上への出口を、息をつめて見守る。
そこから黒い影が飛び出してくるのと同時に、半獣化した梓羽がふるった爪がNWの体表をかすめた。そこへイルゼの槍がふるわれたが、描かれた軌跡は虚空を裂く。影は蛇の動きで、巧みに彼女の足元をすり抜けた。
「クー、下がれ!」
真っ先に駆け上がってきたのはやはり足の速い紗弓だ。イルゼが一歩退くと同時にちいさな火の球が飛び、これは命中したもののさほどの損傷を与えていないようだ。飛操火玉はどちらかというと明かりや目くらましのための能力で、ダメージの面ではあまり期待できない。
「こいつめっ」
再び梓羽が飛びかかる、NWは呼応して飛び退る。梓羽は戦闘に長けた鷹の獣人だが、なにぶんまだ子供、リーチも体格も少々たよりなく、素早い敵をなかなかとらえきれない。するすると地面を這うNWに、今度はひとりの男が立ちふさがった。
「ニコニコ清掃員、参上‥‥てな」
鉄騎の手中で抜き放たれた刀がひらめく。これはさほどの傷とはならなかったが、隙をつくるきっかけにはなったようで、次いで劉、梓羽の爪がNWの体をえぐった。
息も絶え絶えといった様子でゆっくりと足元を這う化生を、いつのまにか給水塔に登っていたイルゼの怜悧な目が見下ろしていた。生ぬるいビル風に銀髪をなびかせながら、そっと槍を構え、足元を蹴る。
「これで、終わり」
落下の勢いもこめて突き下ろした槍の穂先は狙いをあやまたず、NWの胴体中心を串刺しにした。勢いよく噴出した紅い炎はその体を焼き、それがおさまるころには、屋上には消し炭のようなものだけが残ることになる。