花嫁衣装を誰が着る?アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮本圭
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
3.6万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/20〜06/24
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●本文
重い音をさせて扉が開くと、そこから光が聖堂内へと満ち溢れた。
メンデルスゾーンの『結婚行進曲』が鳴り響く中、扉からさしこむ逆光を背にして歩いてくる影がある。ほっそりした上半身とは対照的にたっぷりとふくらんだドレスの裳裾が、バージンロードをさらさらと滑っていく。
面の半分ほどを覆い隠す純白のベールで彼女の表情は定かではない。わずかにのぞくくちびるは甘やかに艶めいて光り、まるでキスを待っているようだ。祈るように胸元に捧げ持つブーケは淡い花の色。
ステンドグラスから降り注ぐ光の色彩の中、彼女は立ち止まる。そこで待っていたひとの手がそっとベールを上げると、花嫁は幸福そうに笑顔を浮かべ――
「だめだね」
上司にばっさりと一言で切り捨てられて、青年はがっくりと肩を落とした。
「だめですか」
「ありきたりすぎる」
今年の春入社したばかりの青年は、しぶしぶと企画書をしまいこんだ。
彼の勤める広告代理店に、結婚情報誌『マリッジ』のTVコマーシャルの依頼があったのはつい先日。上司におまえ試しに企画切ってみろと言われ、広告主の意向も取り入れて企画を書いてはみたものの、やはり結果は無残なものだった。
「コマーシャルなんていうのは、十五秒、長くても三十秒しかないんだ。つかみが命だよ。イメージ自体は悪かないが、こういうありがちな結婚式の風景じゃ、視聴者の心に全然残らない。何かしらのインパクトがないと駄目なんだよ」
「はあ」
自分を教育するつもりなのはわかるが、こうもズバズバ言われるとますます落ち込むばかりだ。溜息を落としそうになるのをなんとか我慢していると、上司は一口茶をすすって、まあ最初だしこんなもんだろとひとまず説教をしめくくる。
「それで、だ。お前にいま足りないものは、何だと思う?」
「は?」
「現場の経験ってやつだ。いいか、今回はひとつ、特別に俺の人脈で人を集めてやる。企画や撮影はそいつらに任せて、コマーシャルってもんができる一部始終を一度体験してみろ」
唐突な提案を、青年はまだきちんと把握していない。
「もちろん見てるだけじゃ駄目だぞ。広告主との交渉や予算の捻出、その他諸々は全面的にお前に任せる」
「‥‥‥‥えええええ!?」
「一度、プロの仕事ってのに肌で触れてこい」
そう言う上司自身、何のコネも実績もないまま叩き上げで今の肩書きまで上がってきた人である。突然の命令に、青年はかくんと顎を落としたまましばらく動けなかった。上司はもうなにも言うことはないとばかりに、のんきにスポーツ新聞など広げている。
●リプレイ本文
「すみませんっ、遅れました」
広告代理店の青年が息を切らせながら顔を出したときには、すでに打ち合わせの席に全員が揃っていた。見るからに気の弱そうな眼鏡のAD(fa1766)が控えめに頭を下げ、続いて他の出演者たちも思い思いに挨拶を返す。
「じゃ、代理店さんも来たことだし、始めよっか。ADくーん、何か飲み物お願ーい」
「あ、は、はい」
森宮恭香(fa0485)の『お願い』に、おどおどとADが立ち上がる。他の面々の視線が集まったことに気づいても恭香はまったく悪びれずに『なんか頼みやすいんだよねー』と評し、ADの後姿を見送りながら皆がなんとなく納得してしまったことを本人は知らない。
「‥‥では、あらためて今回のCMについてだが」
冷たい飲み物が各自に配られたころ、トシハキク(fa0629)が軽く咳払いして話を始めた。
今回は結婚情報誌『マリッジ』のコマーシャルの撮影である。結婚式のシーンが入っていること、という条件以外は、制作に関しては比較的自由。余談だが制作費も下手なテレビドラマなどより潤沢だったりするので、CMというのはなかなか『美味しい』仕事だ。
「僭越ながら、現場の撮影については俺が指揮をとりたいと思う」
トシハキクは本職は大道具だが、撮影についての知識や技術もなかなかのものだ。今回はカメラワーク全般を担当したいということでこの仕事に参加したらしい。他の面々はほとんどが出演者ということもあり、特に反対もなく拍手で迎えられる。
「制作費やスポンサーとの折衝については、代理店の方に任せるとして」
その言葉に注目された青年がおもむろに立ち上がり、『が、がんばりますっ』と頭を下げると、場にさざなみのような笑いが起こった。顔を赤くして座りなおした彼の肩を、シーヴ・ヴェステルベリ(fa3936)がまだ笑いながら軽く叩く。
「初仕事なんですって? 緊張するのはわかるけど、もっと楽にね」
「は、はあ」
きれいな年上のお姉さんの優しいアドバイスに、若者はますます緊張、背筋は硬直。すぐ傍に座っている甲斐・大地(fa3635)はこちらを見ないふりをしているが、肩が小刻みに震えているところを見るとどうもシーヴと同じ感想らしい。やだ、この人面白い。
「まあ、それはともかくだ」
トシハキクが咳払いをして、改めて場を仕切り直す。
「音楽については」
「はい、はい、はーいっ」
しかし言葉の中途で涼原水樹(fa0606)が、人懐こい笑顔を浮かべて元気に手を挙げる。
「‥‥彼が曲をつけてくれることになった。編集に関しては主に向こうのADさんの担当だから、あとでデモテープを持っていってやってくれ。きっと曲にうまく合わせてくれる」
「い、いえ、そんな。よ‥‥よろしく」
信頼に満ちたトシハキクの言葉に、却っておどおどとADが頭を下げ、一方の涼原はやはり笑顔のまま明るい声でよろしくと返す。ADと足して二で割ると丁度良さそうだと、その場の皆が思ったことは言うまでもない。
「さて、続けようか」
自己紹介だけでずいぶん時間がとられてしまったと思いつつ、トシハキクは話を続ける。
「ウェディングドレスについては」
その言葉ににっこりと笑い、まず姫乃舞(fa0634)が立ち上がった。儚げな雰囲気の、控えめそうな少女である。続いて立ち上がったのは霧島・沙耶香(fa2385)、続いて、恭香、大地、シーヴが立ち、代理店の青年は口をぽかんと開けてそれを見ていた。
「この五人に着てもらおうと思う」
かくしてCM制作、開始。
●撮影中
結婚情報誌『マリッジ』は、年四回発行される雑誌である。購読層の大部分が適齢期の女性だ。
「結構大変なもんだね、結婚式って」
『マリッジ』の見本をぱらぱらとめくりつつ涼原が独りごちると、絵コンテを確認していたADもちらりと目を向けた。
「確かに、大変そうですね‥‥その厚みから考えても」
雑誌は意外なほど分厚く、従ってずっしり重い。中身もざっと見ただけで、式場情報、引き出物情報、あなただけのブーケアレンジなど、結婚式に関するありとあらゆる情報ぎっしり。これが年四回もと思うと、なんとなく口数が少なくなる男性二人である。
「‥‥まあ、女の人が綺麗で嬉しそうなのはいいことだよな、うん」
「あら」
いたずらっぽい声が割り込んだ。
「他人事みたいにおっしゃいますけど、結婚式は新郎も出席するものですよ?」
「うわ」
声の主は、メイクと着替えを済ませてやってきた舞とシーヴだった。
舞は本番前、シーヴは衣装合わせのために、どちらも純白のドレス姿。シーヴは首まで詰まった露出の控えめなウェディングドレス、舞のほうは特に希望がなかったので、やはり裾の長いオーソドックスな型のドレスである。
「近くで見ると、やっぱりすごいなあ。綺麗だよ二人とも」
「ありがとうございます。でも‥‥」
「でも?」
「‥‥ちょっと暑いわよね、季節柄」
軽く溜息をついて、シーヴが言う。
折しも暦はもう梅雨、不快指数は最高潮の時期だ。花嫁衣装は見ているぶんには清楚で美しいが、着ている本人は暑くてたまらないだろう。おまけに、
「舞さんのシーン、野外ですしね‥‥」
同情したようにADが呟く。
いい結婚式がしたい、自分らしい式がしたい。『マリッジ』はそんな要望にお応えします‥‥そのようなコンセプトで作ろうと決まったため、花嫁四人がそれぞれ違ったドレスとシチュエーションでの挙式する場面を撮影することになった。不幸なことに舞の担当は野外、いま花盛りの薔薇園での撮影である。絵的には確かに美しいが、しかし。
撮影日和とばかりの梅雨の合間の快晴に、参列者役のエキストラたちも額に汗をにじませている。本番近くなって、汗でメイクが崩れていないか気にしながら歩いていく舞を眺めて、涼原はこっそり呟いた。
「やっぱり大変だなあ、結婚式」
撮影でさえこうなのだから、本番はもっと大変に違いない。隣の呟きを聞きとめて、シーヴはいたずらめいた笑みを浮かべる。
「あら。何かそんな予定でもあるの?」
もちろんそんなわけもないのだが、それでもつい想い人の花嫁姿など想像してしまうのが、お年頃の男の子というものだ。
「あっつーい」
一方、実に正直だったのは恭香である。
「ジューンブライドって、日本の気候に向いてないんだね‥‥。ADくん、飲み物」
言いかけて、飲み食いすると化粧がはげることを思い出す。さすがに本番近い段階では、恭香も我慢するしかない。とはいえ恭香の衣装はミニドレスタイプの比較的軽いもので、舞の着ていたドレスに比べるとだいぶ楽なのだが。
「あの」
「何?」
振り返ると、かっちりとモーニング姿で固めた新郎‥‥広告代理店の青年が、居心地悪そうに立っている。
「や、やっぱりやめましょうよ。プロの役者さんにお任せしたほうが」
「そりゃまあ予算には余裕あるみたいだけどー、節約するに越したことはないし」
恭香の言葉に、青年は蒼白な面持ちをさらしている。
新郎役に突然大抜擢され、事態が把握できぬうちにスタイリストに連れ去られたのだから無理もないが、着替えさせられてようやく遅れて緊張がやってきたらしい。ちなみに抜擢したのは恭香本人だったりする。
「だってさー、新郎が皆同じ人っていうのも変でしょ?」
舞のときは新郎役は涼原が務めたが、この暑い中四人ぶんの撮影に付き合わせるというのもさすがに気の毒だ。何より顔は写さないとはいえ、別々の花嫁の新郎がすべて同じ背格好というのも不自然である。裏方のトシハキクやADにやらせるわけにもいかず、その点彼なら涼原とは明らかに体格が違うし、体つきもまあ悪くない。
「し、しかしですね、やはり」
「オンエアじゃせいぜい二秒ぐらいしか画面に映らないしさ、顔は出ないって言ってたでしょ? メインは花嫁なんだし。ここはひとつ、経費節減だと思って、ね?」
いたずらっぽく笑む恭香の言葉は巧みで、物腰こそ柔らかだがなぜか反対しづらい。そもそも緊張と混乱でうまい反論の言葉など浮かぶはずもなく、結局青年は押し切られCM初出演まで体験する羽目になった。
「では本番だ。用意」
出演者が所定の位置についたのを確認して、トシハキクの合図。ADの出したサインとともに演技が始まる。
沙耶香のパートは、日の当たるオープンテラスでの明るい結婚式。親しい友人を招いた、小さいながら落ち着いたウェディングパーティーという趣だ。
沙耶香のドレスはチャイナ風のスリムなタイプのもので、すっきりしたラインがいかにも涼しげである。和気藹々とした席の中、新郎役の涼原と沙耶香が抱き合い、誓いのキスを交わす‥‥。
‥‥交わしたように見えるが、実際にはキスのふりをしているだけだ。トシハキクの覗き込んでいるファインダーでは、二人の顔はフレーム外になっている。何せ涼原も沙耶香も年頃の男女、周囲が却って妙に気を回し、真似だけにしましょうということになったらしい。
そっと二人が顔を離し、沙耶香が微笑を浮かべたところで、カットの声がかかった。
「よし、いい絵が撮れた」
「そうですか? ありがとうございます」
トシハキクの言葉に、上気した頬のまま沙耶香は頭を下げた。途端に額に汗が噴き出してくる。舞の撮影した薔薇園ほどではないが、このテラスも日当たりがよくて暑い。今までは緊張で汗が止まっていたのだろう。
「お疲れさん。あとは片付けるから、沙耶香さんは着替えてきて構わないよ」
「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて」
衣装に汗じみなどできないうちにと、沙耶香がそそくさと建物の中へ戻る。冷房のきいた控え室に戻ると、着替える前にそっと姿見で自分を確認してみた。
実際に撮影している時間は三分にも満たなかったし、さらにその中でオンエアに使われるのはせいぜい数秒。だがそんなこととは別に、初めて着るウェディングドレスに心中密かに浮きたっていた沙耶香は、鏡の前でしばらくドレス姿の自分を堪能したとか、しなかったとか。
結婚式でのダンスパーティー、という場面を撮影した大地にいたっては、カットの声がかかる頃には汗だくになっていた。
撮影は屋内だったので、その点では沙耶香や舞よりも涼しく撮影できたはずなのだが、何しろ踊っているのはサルサやサンバ、しかも列席者のエキストラも混じって皆で踊ったものだから、スタジオ内は彼らの熱気で蒸している。
「あー、踊った踊った!」
「お疲れ様です」
もっとも運動による汗ということもあってか、本人はすっきりした顔でADのタオルを受け取っている。南米やイスパニアなど、ラテン系をイメージのドレスは、日本人離れした体型の彼女によく似合っていた。
「うわ、汗びっしょり。ADくん、僕、お化粧崩れてなかった? 大丈夫?」
「大丈夫だと思いますよ」
これでとりあえず全員分のシーンを撮影し終え、そうなればあとは編集作業に入って、決まった時間内におさめなくてはならない。それは主にADの仕事で、その本人はそわそわと不安げだ。
「これで僕たちの仕事は終わりかあ‥‥あとはキミの腕にかかってるわけだ」
「ぷ、プレッシャーかけないでくださいよ」
●そして
結婚行進曲に見守られながら、しずしずとシーヴ扮する花嫁がバージンロードを歩いていく。
花嫁の顔を守る純白のヴェール。レースの手袋、つややかなドレスの生地。神父の前で花嫁は顔を上げ‥‥たところで、
「こういうのもいいけれど」
とおもむろナレーションが入り、音楽とともに場面転換する。
爽やかなギターとピアノの曲、そして涼原のボーカルに乗って現れるのは、大地のダンスパーティー。グラマーな体をくねらせ、セクシーなサルサを踊る。
歌詞のワンフレーズが終ると同時にまた場面は変わり、今度は舞。
薔薇の咲き誇る庭園で、友人たちに見守られて新郎を見上げている。こちらの映像はどちらかといえば優雅な印象で、撮影現場で全員汗まみれになって撮っただけの甲斐はある。この画面を見ているとあの暑さが嘘のようだ。
さらに場面が転じて、次は沙耶香。オープンテラスでのパーティーの様子をカメラが舐めていき、その中心にいる花嫁の沙耶香をとらえる。隣の新郎と視線を合わせ、そっとキスを交わす‥‥
‥‥いや交わす直前で、また場面転換、最後は恭香。チャペルの前、明るい笑顔で彼女がブーケを投げると、誰とも知れぬ手がそれをキャッチする。ブーケと一緒に手の中に受け止められたのは、雑誌『マリッジ』。
そしてブーケと雑誌をとらえたまま、画面に大きく字幕が入る。
『それぞれの理想の結婚式がここに。結婚情報誌マリッジ、発売』
ADとトシハキクの手によって編集されたラッシュフィルムは、代理店を通して広告主の目に触れることになった。反応はおおむね好評、さらに細かい直しがいくつか入り、完成品が正式にクライアントの手に渡ったのはそのすぐ後になる。
タレントや女優、巨乳グラビアアイドルなど、それぞれの個性的なその花嫁姿や、歌手涼原水樹の新曲は、結婚情報誌マリッジの発売日と前後して、日本全国のテレビでオンエアされる予定だという。