必殺・ダイエット大作戦アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮本圭
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや易
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報酬 |
0.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/03〜08/07
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●本文
まずい、とマネージャーは思っていた。
目の前の少女が今日身に着けているのは繊細で儚い意匠のレースで飾られた、甘いあまい仕立てのブラウス、こまやかなミシンの細工にいろどられたスカート。砂糖菓子のような服装に、折りたたんだ淡い色のフリルがついた日傘がよく合っている。かろやかに翻る裾からは、ちらちらと覗く純白のペチコート。可憐、という言葉がふさわしい服装だった。
‥‥そう、可憐なのだ‥‥‥‥服は。
「やっぱりだめ‥‥まずいわ」
十秒だけなんとか真正面から正視したが限界が訪れ、ついに目をそらしながらマネージャーは呻いた。こめかみを押さえてうつむいたマネージャーに、目の前の少女は心配げに首をかしげる。
「マキさん、具合が悪いの?」
しかしマネージャーはそれに気づかず、ぶつぶつと呟きを続ける。
「放っておいた私にも非があるわ‥‥わかってる。だけど遊びたいざかりの女の子を、あれは駄目これは駄目って締めつけて追い詰めるような真似はしたくない。ただでさえストレスの多い業界なんだもの。だけど‥‥だけど」
だけどこのままにはできない!
そう叫びたいのを、本人の手前マネージャーは辛うじてこらえる。
可憐で儚い、レースとフリルのロリータファッションに身を包んでいる少女、朝倉リカ‥‥今の彼女は身長154センチ、体重は‥‥具体的な数字はとても口にできない、とだけ言っておこう。
朝倉リカは新人のアイドルである。
売り出しはじめたころ、不運にも交通事故に遭いしばらく入院。だが不幸中の幸いと言うべきか、傷跡も後遺症もなく無事退院できた。‥‥入院中から続く激太りが後遺症ではない、とすればの話だが。
前は本当に、触れれば壊れそうなほっそりした子だったのに‥‥と、思い出しながらマネージャーは遠い目をした。病院に相談してみたところ、若い子はホルモンバランスや代謝が狂いがちだから、ときどきはこういう事も起こるのだという。
太ることが一概に悪いとはいわない、むしろ入院前は少し痩せすぎだったぐらいだ。
だが状況は、女の子はふっくらしている方が可愛い、などという一般論の域を越えつつある。これ以上体重が増えるようであればアイドルとして売り出すのはとうてい無理な話だし、そもそもこんなに急に太ったら健康にだってよくない。
痩せさせなければ、とは思う。しかしどうやって、とも思う。学生時代スポーツ少女だったこのマネージャーは、いままで十キロ単位でのダイエットなどしたことがなかった。誰か詳しい人がいないか、社長にでも相談してみないと‥‥。
「マキさん、ほんとに大丈夫? 貧血? わたし飴持ってるよ、食べる?」
いい子なのよねとマネージャーは思う。だからできるだけ、彼女のためになるようにしてあげたい。無邪気にスターに憧れるこの少女を、光り輝きさえしなかったスターダストにはしたくない。
だからねリカ、頼むから今の状況で、飴とかチョコレートを持ち歩くのはやめてちょうだい。
●リプレイ本文
トシハキク(fa0629)の私物のデジカメの画面を、その場の全員が覗き込んでいた。液晶の中では、ほっそりした体つきの新人アイドルが横を向いたり上を向いたり、軽く歌ったりしているようだ。
「これがデビュー当時」
当時のカメラテストの映像を、リカのマネージャーに頼んで借り受けたらしい。こちらが、と言いながら、慣れた手つきでトシハキクがメディアを入れ替える。
「今の君を撮ったものだ」
どちらもいわゆるロリータファッション姿だが、差は歴然としている。先ほどの映像を見たばかりなだけに、『太った』という事実は否定しようがない。はっきりとした数字は教えてもらっていないが、少なくとも十キロ以上増えているらしい。小柄な彼女にとってそれが劇的な増加だということは、この映像を見れば明らかだった。
黙り込んだ少女に姫乃舞(fa0634)が声をかけあぐねていると、藤元珠貴(fa2684)がリカの肩を優しく叩いた。
「やっぱり、ショックだった?」
そんな珠貴はまっすぐな青灰色の髪の、いかにも女優然とした美人である。痩せすぎても太りすぎてもいない、理想的なプロポーションといっていい。リカは黙ってこくんとうなずく。
「これは知り合いの子の話だけど」
目を上げて、ダミアン・カルマ(fa2544)が言う。
「やっぱり去年の服が入らなかったりすると、女の子ってショックらしいよね。リカちゃんは‥‥」
どう見ても、デビュー前の服はもう入らないだろう。
「マネージャーさんの話も考え合わせて」
映像を止めてカメラをしまいながら、トシハキクは口を開いた。
「俺たちスタッフで、リカさんの健康状態改善のためにスケジュールを組んでみた。これからしばらく、それに合わせて過ごしてみてほしい」
リカには一応、名目上は健康番組の企画だと説明してある。しかしこの場合少々の荒療治も必要だろうとのトシハキクの意見で、こうしてまず『ビフォア』『アフター』の比較に踏み切ったのである。もっともリカに対しては、あくまで彼女の健康状態の把握の一環、という名目にしてある。
「運動不足解消、食事の改善、それによる体力増強」
ひとつひとつ指折り数えながら、オッドアイの目を細めて橘・朔耶(fa0467)が微笑する。
たかだか一週間かそこらで元の体重に戻すのはいくらなんでも無茶だ。つまり彼らの課題はリカに健康的なダイエットを指導し、今後も自主的に続けさせること。それには強制するのではなく、リカ本人の意思で痩せようと思わせるのが肝心。
だからこそ、今の映像は効いたはずだ。
「『健康のために』是非頑張ろう」
「は‥‥はい」
さて、彼女が少しでも発奮してくれればいいのだが。
●健康合宿
「おはようございまーす」
「おはよう。森ヶ岡さん、朝から元気だね」
朝はまず挨拶から。
森ヶ岡樹(fa3225)が台所に立つ面々に声をかけたが、挨拶を返しながらもダミアンは料理の手を休めない。台所の外までも届いていた味噌汁の匂いに、樹は鼻をひくひく動かした。
「やあ、今日もいい匂いですねえ」
健康合宿。
リカを含む皆でしばらく寝食をともにし、規則正しい生活を身につけようという企画である。リカの事務所が手配したというこの『合宿所』は郊外に位置し、程近い場所にコンビニやスーパー、プール付のスポーツクラブもあるという理想的環境だった。
運動などのメニューは他の面々に任せ、ダミアンと朔耶はおもに食事面からのフォローを担当している。皿を並べながら朔耶が『リカさんは?』と問うと、遅れて起きて来た鏑木司(fa1616)が欠伸しながら、樹の後ろから顔を出した。
「藤元さんと姫乃さんが、起こしに行ってます〜‥‥」
まだ十一歳、睡眠時間の長い子供に早起きは辛いのか、まだ目をこすっている。ダミアンは軽く笑って、
「もう少しでできるから、顔を洗っておいで」
ずっと弟妹たちの面倒を見てきたという経験上なのか、彼の口ぶりはほとんど母親のそれだ。はあい、と素直に従う司を見送りながら、樹も朔耶もひそかに笑いをこらえていることに、当の『お母さん』だけが気づかない。
「リカさん。今日はお時間があるのでしたら、少し泳ぎません?」
ようやく全員が起き出してきた頃、ご飯に味噌汁、焼き魚に漬物におひたしという典型的な日本の朝ごはん(野菜中心脂は控えめ、肉よりも魚という献立方針をまとめると、朝はどうしてもこうなる)を囲む席で、舞が何気ない様子でそう言った。
「せっかく近くにプールがあるんですし、一回ぐらい行ってみませんか」
「ああ、いいかもね。今日も暑くなりそうだし」
志羽・明流(fa3237)の言葉通り、窓の外を見れば天気は快晴。空には雲ひとつなく、朝だというのにぎらぎらとした太陽の光が照り付けている。今日も真夏日という予報に間違いはなさそうだ。だがリカはちょっと視線を泳がせて、
「水着、持ってきてないし‥‥」
「レンタルのがあるんじゃないかな?」
すかさず朔耶が口を挟む。
退路を断たれたリカが口ごもった隙を見逃さず、じゃあ何時ぐらいにしましょうかと舞が言い出した。散歩がてら私も行こうかなと珠貴が追従、プールかあ僕も行っていいですかと司、そうして喧々諤々の末、じゃあ朝のウォーキングの後に支度するぐらいで丁度いいんじゃないですかと樹が話をまとめていると、ご飯のおかわりをよそっていたダミアンが軽く手を叩く。
「はいはい皆、おしゃべりもいいけどしっかり食べて」
やはりどうしてもお母さんを思わせる二十五歳男子であった。
●ダイエット大作戦
その日の午後、プールに行った面々が戻ってきたのを確かめ、明流は隙を見て舞に声をかけてみた。
「プール、どうだった?」
「そうですね‥‥やっぱりちょっと考えたんじゃないでしょうか、リカさんも」
なにしろ水着である。彼女がよく着ているロリータファッションとは違って、体のラインがはっきり目につく。
リカも年頃、大人の女性の珠貴はもとより、同じアイドルである舞の水着姿を見て、今の自分と比べなかったとは思えない。体を鍛えるのに熱心な会員が多いのか、一般客も引き締まった体つきの人々が多かったようだ。
「荒療治だったかもしれませんが‥‥もう少し危機感を煽ったほうがいいかと思いまして」
「確かに‥‥お菓子持ってましたしねえ、昨日」
ゆうべリカから没収した一口チョコのお徳用パック(幸い未開封だった)を思い出し、コンビニやスーパーが近いのも考え物だと樹がふと遠い目をする。没収した現場を誤解され、何故か自分が反省文を書かされたのを恨みに思うわけではないが‥‥それにしてもあんな大袋をいつ買ったのかと、彼の目下の疑問はそのことだ。
「やっぱりご本人にその気がなければ、ダイエットって続かないと思いますし」
司の言葉通り、ダイエットしろと命令するのは簡単だが、それで従ってくれるのはせいぜい目の届く範囲でだけだろう。ずっと監視しているわけにはいかない以上、彼女が自発的に痩せたいと思わなければ意味がないのだ。
「あのう」
なんとなく皆黙り込んだその場に、ふと話題の本人の声が割り込んだ。
「今からまたちょっと歩きに行こうと思うんですけど、付き合ってもらえませんか?」
全員がちょっと顔を見合わせたが、一番早く反応したのは、『合宿』参加者たちの健康管理、生活習慣改善担当の明流だった。
「今帰ってきたばかりだろ? まだ外は暑いんだし、少し休憩してからでないと倒れるぞ」
間食はしてないよね? 大丈夫? 昼は何を食べた? 矢継ぎ早にしゃべる明流の面を司が仰ぐと、彼は軽く片目をつぶった、ように見えた。トシハキクのカメラテスト作戦も効いてはいたが、他人との体型の差を見せる舞のプランのほうが、アイドル志望のリカにはより効果的だったのだろう。
日が傾いてから、という明流の勧めに従って、午後のウォーキングには夕方近くに出ることになった。
「今の季節は特に汗かくから、水分は必ず持って出ること!」
珠貴の言葉通り、ペットボトル持参である。
自主的なウェイトトレーニングに勤しんでいた樹も、汗をかきかきついてきた。朔耶は合宿中に撮り溜めていた写真を整理しながら、ダミアンは今夜の献立どうしようかなあなどと悩みながら、それぞれ送り出してくれた。
「ほら、見て」
通りを横切り、車の入れない裏道を抜け、しばらく歩いて額に汗が流れてきたころ、一戸建ての住宅の前に、満開のブーゲンビリアの鉢植えがずらりと並んでいるのを発見する。今が花の盛りなのかどれも立派に丹精されているのを、いやあ見事だと樹が感嘆しながら通り過ぎる。
今度は足元に長く影を落とす影に気づく。見上げれば花の終りかけたサルスベリが、空に向けて張り出した枝を穏やかに揺らしている。その向こうに広がるのは日の傾きかけた空と太陽のつくりだす、鮮やかで透明な色彩のグラデーションだ。
「わあ‥‥」
「歩くのも悪くないでしょ」
口を開けて見上げるリカに、茜色っていうんだよと珠貴がその色を教える。
「綺麗ですねえ」
「ただ運動のためじゃなくて、こんな景色を毎日発見しながら歩けたら、きっと楽しいよ」
名前のわからない花や、めずらしい形の雲や、初めて見るお店や。
頷いてリカは、しばらく空のその色に見入っていた。ふたりで足を止めていると、いつのまにか引き離されていた樹が、ペットボトルの中身を飲みながらようやく追いついてきた。
●その後の結論
この一週間で、リカは1キロ半痩せることに成功した。
「この短期間にしちゃ上出来上出来」
ダミアンは大げさなぐらいに喜び、司は手を叩いて祝い、明流は頑張ったねと彼女を褒めた。朔耶が引き伸ばしたデビュー前の全身写真は、リカが自発的に『これください』と言い出して彼女の手に渡り、行きがかり上他の面々の写真も、それぞれ本人の手に渡ることになった。
「ちょっとすっきり‥‥したのかな?」
(自称)紅顔の美少年だったころの写真と見比べて照れつつも、樹が自分の下腹をつまんだりしていたのは内緒だ。
「あんたも彼女をアイドルにするために仕事しているんだ。甘やかしてばかりいないで、ビシッと締めるところは締めたらどうなんだ。プロだろう」
小さくなっているリカのマネージャーに説教しているのはトシハキクである。それを横目に苦笑いしながら、珠貴はリカに微笑みかける。
「いい? 成長期なんだから、無茶なダイエットは控えること。痩せるのはゆっくりでいいんだからね」
太りすぎもよくないが、痩せるために無理をするのも厳禁。多少ぽっちゃりでも、自分らしい魅力が出せるのが一番なのだから。
――その後、マネージャーのマキがリカにこんな悩みを持ちかけられたことを、このときの彼らは知らなかった。
「マキさん? ウエストは少し落ち始めたみたいなんだけど、胸が戻る様子がないみたい」
彼女が巨乳アイドルとして再デビューを果たすかどうかは、また別の話なのかもしれない。