パーティーへ行こう!南北アメリカ
種類 |
ショート
|
担当 |
宮本圭
|
芸能 |
2Lv以上
|
獣人 |
フリー
|
難度 |
易しい
|
報酬 |
なし
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
3人
|
期間 |
08/08〜08/10
|
●本文
談笑しているその横をすり抜けた人影に、ご婦人はわずかに首をかしげた。
「奥様。今の方、ご覧になった?」
「いえ奥様。お知り合い?」
「いいえ、そうではないのですけど‥‥ほら今、あそこのウェイターに話しかけている方」
「‥‥私も見覚えがありますわ。確か、テレビに出ている方じゃありませんこと?」
「あら、そうだったかしら? わたくしは最近、映画で見た気がいたします」
「そうだとしても不思議はありませんわね。昔はテレビスターが映画に出るなんて考えられませんでしたけど、昨今は話題性さえあれば、歌手やコメディアンがスクリーンで顔を出すご時世ですもの」
「そういう時代なのですわ。どなたが招待したのでしょう」
「さあ」
ご婦人がたの話題に挙がっているとも知らず、映画スターだかテレビスターだかは料理に夢中の様子。
自由の国アメリカでは、毎晩のようにどこかでチャリティー目的のパーティーが催される。ある程度以上裕福なアメリカ人にとって慈善事業は半ば義務のようなものだし、慈善目的のパーティーならばチケット代は税金控除の対象になる。
もっともたとえ金持ちといえども(または、金持ちだからこそ)、得体の知れないパーティーにわざわざ金を払って出席はしない。出席率が悪ければ資金も集まらない。料理に工夫を凝らしたり、有名人を招待したりと、主催側にも営業努力が必要なのだ。
さいわい今日の催しは高級ホテルが会場だけあってサービスの質も高く、供されている料理も素晴らしい。会場はなかなか賑わっていた。
「なんでも主催に、芸能界に顔の利く方がおられるそうですわ。その関係ではないかしら」
「でも、あらためて見るとなかなか素敵な方ですわね。そう思いませんこと?」
「きっと人に見られることに慣れているのですわ。ああやってただ立っているだけでも、まるで一幅の絵を眺めているよう」
「着こなしも気が利いているのにさりげなくて」
「何より所作のひとつひとつに品格がありますもの」
「そうかもしれませんわ。ご覧になって、あんなに大きなローストビーフの塊ををひとのみ」
「ええ、本当に。そしてフランスワインを手酌でがぶ飲み」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
一瞬、彼女たちの間で沈黙が流れた。
テレビスターだか映画スターだかよくわからない件の芸能人から、ご婦人たちはそっと目をそらした。そして今のは見なかったことにして、話題はさりげなく別のゴシップへと移っていくのだった。
●リプレイ本文
営業用のにこやかな笑みのまま、行きかう人々の合間に相手が見えなくなったのを確かめる。
「ふう」
ようやく一息、エルヴィア(fa0095)は手元のグラスを傾け、からからになった喉を潤した。その様子にくすくす笑いながら、シーヴ・ヴェステルベリ(fa3936)が彼女の肩を叩く。
「お疲れさま」
「もう、他人事だと思って」
エルヴィアがちょっと恨めしげな目で睨むが、当のシーヴは何食わぬ顔で手近なテーブルから料理を取り分けている。そんな二人の様子を発見したのか、人の波の向こうから片倉神無(fa3678)が近づいてきた。
「よう。あー、どうした? 随分くたびれてるみたいだが」
「あら。片倉さんこそ、どうしたの?」
なんだか落ち着かないみたいだけど‥‥とエルヴィアに指摘され、片倉は決まり悪げに頭をかいた。セットされていた髪がたちまち無造作に乱れ、エルヴィアとシーヴは目を見合わせる。
「いやまあ‥‥こういうかしこまった場は苦手でな」
歯切れの悪い物言いは彼にしては珍しい。
改めて見れば片倉は、いつも着崩しているスーツをきちんと整え、タイの結び目は曲がっても緩んでもおらず、シャツのボタンも一番上まで留まっていた。なのにどうも場から浮いている。
「‥‥服に着られてるって感じ」
「悪いわよ」
遠慮のない感想を呟くシーヴの脇腹をエルヴィアがつつくが、片倉は反論もなく肩を聳やかした。
「いつもだらしない格好だからな、仕方ないさ。‥‥で、エルヴィアはどうした?」
話が元の地点に戻ってきて渋い顔をした本人に代わり、からかうようにシーヴが口を挟む。
「私たち、さっきパーティーの主催の人に挨拶してきたのよ」
「ほう?」
「彼女、ずいぶん気に入られたみたいで、食事のお誘いを断るのがそりゃ大変だったんだから」
誘われること自体は構わないのだが、どうも下心を感じたので一度はやんわりお断りした。だが向こうは諦めずに食い下がる。何しろ相手は主催者だし、表面上は紳士的なものだからあまり無碍な断り方も憚られる。シーヴにそれとなく助け舟を出してもらって、ようやく脱出できたのだ‥‥事の次第を聞いて、片倉が皮肉げに口元を緩める。
「チャリティーの主催者だからって、必ずしも立派な奴とは限らんってことだな」
エルヴィアの白のマーメイドドレスは彼女の白銀の髪とあいまって、清楚かつ華やかな雰囲気をかもし出している。人目を引くのは確かだが、それも時と場合によっては困った事態を引き起こすらしい。
「私だったら、喜んでお誘い受けちゃうけどね。コネもできるし」
「おいおい」
本気か冗談かわからないシーヴの言葉に、片倉は苦笑いした。
‥‥何故、こんなことになってしまったのだろう?
カリン・マーブル(fa2266)は確かに正式な招待状を持って、このパーティーに出席しているはずだ。確かに他の出席者たちに比べて若すぎるきらいはあるが、彼女と同じ年頃の者もいなくはない。
だというのに会場に入ってくるなり通りすがりのウェイターに皿を積んだワゴンを押し付けられ、まごついていたところをさっさと動けと怒鳴られ、言われるままに各テーブルの汚れた食器類を新しい物と替えて、カトラリーやナプキンを補充し、時にはチップを受け取って‥‥めまぐるしく働いている途中でなにか変だと気がついた。何故、自分はこんなことをしているのか?
「‥‥たぶん、原因はその格好ではないかと」
会場の片隅で考え込んでいるカリンに、南央(fa4181)は仕方なく声をかけた。
「似合いませんか?」
「似合いますけど‥‥」
似合っているのが問題なのだとは言いあぐね、南央は口をつぐんだ。
本日のカリンのお召し物は、黒のドレスに白いエプロンにカチューシャ、いわゆるメイド服。日本では一部の層にもてはやされるこの衣装も、アメリカ、特にこうしたフォーマルな場では単なる『使用人の服』である。ホテルのウェイトレスと間違われても仕方がない。
「姉からのもらいものなんですよ。可愛いでしょう」
「はあ‥‥」
学生とはいえまさか制服で来るわけにもいかず、南央は無難なカジュアルスーツを着てきていた。カリンの衣装は確かに愛らしいが、自分と並ぶと凄まじくミスマッチだ。周囲から浮いているのを感じ、南央は軽く溜息をついた。
「あ、これ美味しいですよ」
もっとも本人は視線などどこ吹く風、結構楽しんでいるようで、手近なテーブルから大きなローストビーフの塊を取り分けてもぐもぐと食んでいる。南央は首を振り、自分もひとつ分けてもらうことにした。
「ほんと、おいしい」
「ね?」
中まで風味のしみた肉に、酸味のあるさっぱりしたソースがよく合っている。邪気なく笑いかけてくるカリンに、南央も笑い返そうとして――。
「あ」
「あ?」
「あれ」
南央が指した先にいるのは、会場の隅のテーブルで熱心に食べていたダイナマイト・アスカ(fa0383)だ。ウェイターがその場を離れた隙を狙って周囲を窺いつつ、アスカはさっと懐からタッパーを取り出した。
自分で試食して味を確かめた料理を、次々とタッパーに詰めていくアスカ。
「‥‥お持ち帰りしていいんでしたっけ? お料理」
「いけないとは言われてませんけど‥‥」
周囲の出席者は誰もそんなことをしていないが、ウェイターにでも言えば詰めてくれるのが普通である。なにもわざわざ隠れてこっそり詰めなくても‥‥と本人に言ってやるべきか否か、カリンと南央が悩んでいる間に、アスカの姿は別の料理を狩るべく、人の波にまぎれて見えなくなってしまった。
藍川・紗弓(fa2767)と劉葵(fa2766)はというと、こちらは料理を前に苦戦していた。
すぐにでもデザートに走りそうな紗弓を、その前に食事だろうと劉が説き伏せ、まず最初に目についた中華料理のテーブルは、見るからにどの料理もえらく油っこそうだった。
「やめておこうか」
嫌な予感を覚えた劉が首を振ってパスし、手巻き寿司のテーブルに行ってみれば、今度は紗弓がギブアップした。
「百歩譲って海苔を巻いてないのはよくても‥‥具がどれも原色なのはちょっと」
お互いに母国料理のなれの果てを目にして憂鬱になりながら、ではせめて本場のアメリカ料理なら‥‥と挑戦したローストターキーはフォークがまともに刺さらないほど固く、切り分ける途中で腕が疲れてその場を離れてしまった。
つまり彼らは、まだ実質的にほとんど何も食べていない。
「‥‥甘味は万国共通だし」
「だからそれはもっと後にしなさい」
奥のケーキバイキングに逃げようとする紗弓を引き止め、劉はやれやれと首を振る。これだけのホテルだからそれほどひどい料理は出ないと思っていたのだが‥‥無意識に点が辛くなっているのか、単に二人の運が悪いのか、それともよく言われるようにアメリカ人の味覚がおかしいのか。
「最後だけはないと思いたいんだけど‥‥あ、あれはどうかな?」
呟きつつそのテーブルに近づいたのは、鍋からのいい匂いに引かれたからだ。
「タンシチューか。二皿もらえるかな?」
「かしこまりました」
配膳役のウェイターから皿とスプーンを受け取り、紗弓にひとつ渡す。覚悟を決めてひとくち啜ってみると、二人からようやく安堵の吐息が洩れた。
「よかったあ‥‥やっと美味しい食べ物にありつけたって感じ。さすがクー」
「まともな料理もあるとわかって、俺も安心したよ‥‥やっぱり洋食中心でいったほうがよさそうだ」
あまりよその国の味付けをどうこう言いたくはないが、先ほどの経験から考えても、和食や中華は避けたほうが賢明だろう。
「一通り食べたら、その後はケーキね、ケーキ」
「はいはい」
その後ふたりはいくつかのテーブルを回って空腹を落ち着かせ、意気揚々と向かったケーキバイキングで、台所スポンジのように固い生地のケーキをを引き当てて悶絶することになるのだが、それはまた別の話ということにしておく。
昨今のアメリカの嫌煙の時流に乗ってのことなのか、出席者のための喫煙スペースは会場の外に設置されていた。喫煙者そのものも減っているのだろう、今は片倉以外には人影も見えない。だいぶ短くなった煙草を灰皿に押しつぶしていると、会場の方角からたくさんの人々の流れがやってくるのが見えた。
「お、終ったか」
招待された者としては問題なのかもしれないが(なにしろ主催者の挨拶すらまともに聞いていない)、フォーマルな席が苦手な片倉にとっては、パーティーが終ってようやく帰れるのはありがたいことだ。
「ま、タダ飯が食えたのはありがたかったかな‥‥」
呟きながら、先ほどから苦しくて仕方なかったネクタイのノットを緩めていると、なぜかメイド服の娘が、カジュアルスーツの少女と連れ立ってエレベータの方へ歩いていくのが見えた。従業員にしては、少し堂々としすぎているような。
「なんだ、ありゃ?」
このホテルの女性従業員は、あんな制服だったろうか。まさか客だったのだろうか? 口を開けて眺めていると、今度はやけにこそこそと別の娘が出てきた。何か隠しているのか、やけに大事そうに懐を押さえている。
「あっ」
何かの拍子につまずいて、その懐から落ちたのは‥‥半透明の、四角い、箱のような‥‥。
‥‥タッパーウェアか、もしかして?
「今夜はまあ‥‥随分面白い客が多かったようだな」
タッパーを拾い上げ逃げるように去っていった娘を見送って、片倉は頭をかいた。出がけにはきちんとしていたはずの髪は、もはや見る影もなくなっている。
パーティーの半分以上の時間を喫煙所の主となって過ごした彼だったが、あんな変わった客がいたのなら、会場にいれば案外面白いものが見られたのかもしれない。その可能性について考えつつ、片倉はとうとうネクタイを外してポケットに押し込んでしまい、ついでに首をしめつけるワイシャツの一番上のボタンも外して、新しい煙草に火をつけた。