ビューティーになりたいアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮本圭
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
易しい
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報酬 |
0.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/23〜09/27
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●本文
トミテレビの『ビューティーになりたい』は、美容と健康をテーマにした番組だ。
数ヶ月に一度、大体は番組改変期に思い出したように放送されており、そのあやふやな放映周期を差し引いても実は五年近くも地味に続いていたりする。
放映時間も不規則で、あまり見る人のいない週末の昼間だの、スポーツ中継が中止になった穴埋めだの、はっきりいって恵まれた環境とは言えない。だから決して視聴率は良くはない。
マイナー番組ゆえ、出演者に対して支払われるギャラも安い部類に入る。だが、ここ一年ほど、この番組に出たい、それもエステや美顔マッサージの体験リポートがしたいというタレントが、ひそかに増えているのだという。
「だってこの間テレビで自分を見たら、すごく肌が荒れててびっくりしたんだもん!」
高画質放送が急速に普及しつつある昨今、視聴者にとっては喜ばしいが出演者にとっては切実な事態である。何しろ不規則な生活が当たり前のこの世界、時には肌荒れや目の隈が気になるときもある。今まではメイクや照明の力であまり気にならなかったそんなお肌の粗も、ハイビジョンの画質ならもう、はっきりくっきり‥‥。
芸能人、特に女性にとっては切迫した問題なのだ。
そんなわけでまた放映されることになったこの番組、今回のリポート先は次の通りである。
・エステサロン
都内にある老舗のエステサロン。お風呂やサウナなどを含む温浴施設と、アロマテラピーを併用した全身マッサージ・美顔マッサージが人気。黙っていても、頭から爪先までつるつるに磨いてくれるらしい。ちなみに温浴施設は、基本的に水着着用。
・フットサロン
『健康は足から』をモットーにする施設。フットバスやマッサージなど丹念な足のケアが人気だが、実はものすごく痛い足ツボマッサージでも有名。当然番組プロデューサーは、リポーターの素敵なリアクションを期待している。
●リプレイ本文
都内某所のエステサロンに、撮影機材を乗せた局のワゴンが到着したのが朝八時半。まっとうな勤め人ならなんということのない時間だが、夜型の多い業界人にとっては早朝も早朝だ。午後は混んでくることが多いのでと、先方が言うのだから仕方ない。
ADやバイト諸君が欠伸まじりに機材を組み、ディレクターがエステのスタッフと打ち合わせている所へ、今日の出演者たちがぱらぱら到着しはじめた。ちょうどいいタイミングなので、彼女らも交え軽く説明を受けることにする。
「当店では、温浴施設を中心に体験できるお試しコースと、より本格的なサービスを提供するスタンダードコースをご用意しております。今回の取材は、主にスタンダードをご紹介いただくということで‥‥」
「温浴施設って、お風呂? お試しのほうがゆっくり入れそうよね、いいなあ」
「小紅さん‥‥」
姉川小紅(fa0262)の科白に、谷渡初音(fa1628)が苦笑い。自腹を痛めなくていいのだから、普通はお高そうなコースで喜びそうなものだが、さすがに好きなものが『メシ・風呂・寝る』な小紅だけはある。
「若いっていいわねえ‥‥えーと、それで、コースの内容っていうのは」
溜息まじりに初音が問うと、スタッフは待ってましたとばかりにパンフレットを広げた。いわく、こちらは本来会員のみのサービスですが、今回は取材ということで特別に‥‥(中略)‥‥当店スタッフにより、お客様の望む最高のケアを‥‥(後略)。
「わ、わかりました。そっちはマッサージが中心なんですね」
すぐにでも入会させられそうな営業トークにひるみ、浪井シーラ(fa3172)があわてて遮った。まだ話し足りない風情のスタッフには丁重にお引き取り願い、改めてリポートの分担について話し合う。
「じゃ、小紅さんはご希望通りお風呂のリポートで‥‥スタンダードコースでも、お風呂は入れるのよね?」
「パンフレットによれば、そうみたいね」
スタッフの置いていったパンフレットをめくりながら、椎名硝子(fa4563)が頷いた。
小紅本人はマッサージなどよりお風呂を楽しみにしているらしく、やったあ、と能天気に喜んでいる。そう歳も違わないのにこの差はなんなのかと、最近とみに野外の撮影での紫外線が気になり出した辻操(fa2564)は疑問に思う。
「お風呂に入れて綺麗になれて、その上出演料ももらえる! おいしい仕事よねー」
上機嫌の小紅の肌は見れば朝からつやつやで、やっぱりストレスの差なのかしらと、マッサージ組の女性たち皆が思ったことは秘密だ。
一方フットサロンの取材はといえば、千架(fa4263)や豊田そあら(fa3863)らがカメラと一緒に、店のすぐ近くの通りを歩いているところだった。まずはお店の外観からご紹介、というわけだ。
「この辺りはお洒落なお店が多いですねえ、まひ流さん」
「若者の多い街じゃけえ、ショッピングにもええと思うわ」
ほんわかしたしゃべりのそあらと、地方不明の奇怪な方言の霧ヶ峰・まひ流(fa2634)。ふたりのたったこれだけの前ふりだけでも実は一苦労で、午前中だというのに暇そうな若者達がカメラにVサインを送ったり、携帯カメラのシャッターを切ったりで、これまでに二回もNGが出ている。街中での撮影はこういう点が困りものだ。
今回はどうやらスムーズに行きそうで、内心ほっとしながら、千架が台本の進行通りに店の方向を指す。
「今日紹介するのは、この店ですね」
示されたビルは、まだ真新しいオフホワイトの外壁が目を引く、奥行きのある建物だった。通りに面した大きなガラス張りの外観や、そこから覗くゆとりのある内装がいかにも開放的だ。
「はー‥‥フットサロンちゅうよりも、こじゃれた美容室って感じじゃね」
「確かに、明るくていい雰囲気。駅からのアクセスも便利だし」
「初めての人でも入りやすそうですねえ」
三者三様のコメントをした後、じゃあ早速中に入ってみよう、ということになる。入り口の扉を千架が開け、まひ流とそあらがそれに続き、さらにその背中をカメラマンが追いかける。綺麗にライティングされた店内では、店長の男性がいらっしゃいませと頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします。本日はどのような‥‥」
「あのう」
おずおずと手を挙げたのはそあらである。
「あたし、こういうお店ってあんまり来たことなくて‥‥足関係のエステっていうのはわかるんですけど、具体的にどんなことするのかよく分からないんですよね。お店の人にお任せって、だめですか?」
こういうお客は多いのだろう。店長は落ち着いた様子で笑って、もちろん結構ですと頷いた。
ではこちらへ、と店の奥へ促され、ひとまずここで撮影は一旦カット。本放送ではこの後そあらの声でナレーションが入り、簡単な店内の紹介や、交通のアクセスの説明などがされる予定である。
●リラックスタイム
「こちらが入浴施設でーす。まずマッサージの前に、お風呂でじっくり体をほぐすんだね」
ビキニの水着に着替えた小紅、仕事で大好きなお風呂に入れるためか、湯船に入る前から上機嫌。悩殺ボデーじゃなくてごめんねー、などと言ってスタッフを笑わせながら、ほぼ貸切状態の温浴施設を横切り、まず小手調べにごく普通のお風呂から。
「うん、お湯はかなりぬるめ。その分長くじっくり入れます」
かわりにジェットバス、寝湯、足湯など、さまざまな種類の湯船が用意してあるようだ。お風呂だけで半日いられそう、という呟きは、果たして冗談なのか本気なのか。
ほう、とお湯につかり至福の表情で目を閉じた小紅のアップで、OKの声がかかった。
「じゃあ姉川さん、次サウナの方も」
「えーっ。まだ入り足りないよ」
「はいはい、撮影終ったら好きなだけ入ってていいから」
スタッフの言葉に、小紅はしぶしぶながら湯船から上がったとか。
「‥‥思ったんだけど」
マッサージブースで、ぽつりと言葉を落としたのは操だった。
「エステって本来、継続してこそ意義のあるものじゃないかしら‥‥」
「操さん‥‥それ禁句」
同じことを感じていたらしい初音が渋い顔をする。自腹を切らずに済むとはいえ、一回だけエステを受けても効果は気分程度、一ヶ月もすれば元の状態へ逆戻り。操も初音もお互い悩みは深刻で、思わず溜息だ。
「でもエステって、かかるお金に際限がないのよねえ‥‥」
「自分でできる美容法にも限界があるしね‥‥切実なんてものじゃないわ、本当」
ネガティブに落ち込みそうな二人だったが、幸いカメラはシーラと硝子、全身マッサージを受けている二人を向いているので問題ない。両者とも今はマッサージ台の上でうつぶせになり、とろりとした半透明のアロマオイルで背中をじっくり丁寧にさすられ、揉まれながら実に気持ちよさそうだ。
「このアロマオイル、すごくいい香り‥‥」
「こちらのお店のオリジナルですよね? 成分とか、お聞きしても?」
うつ伏せのままの硝子の呟きを受けてシーラが尋ねるが、エステティシャンは笑顔のまま企業秘密ですと逃げた。ハーブ類を中心にブレンドしてあり、肌の代謝を高めるとともに、筋肉へのリラックス効果もあるそうだ。
「最初はちょっと痛かったですけど、慣れるとすごく気持ちいいですね‥‥硝子さんはどうですか?」
「私も‥‥あんまり気持ちよくて‥‥眠くなってきそう‥‥」
きそう、と言いながら硝子は既に半分目を閉じており、カメラの目がなかったらおそらく本当にぐっすり寝ていたことだろう。もっともそれはシーラにも言えることで、心なしか目元が眠気にゆるんでいるような。
エステのスタッフの好意で、撮影にOKが出たあともマッサージは最後まで続き、それが終る頃にはシーラも硝子もすっかり寝入っていた。いざ起きてみた彼女らの全身は指の間までつるつるになっており、改めてプロの技に感嘆した出演者たちである。
●健康は足から
さてフットサロンの方はといえば、店の奥まで案内されリクライニング式の椅子に座らされ、店長自ら靴まで脱がせてくれようとしたのをさすがに遠慮して、各自で皆裸足になったところだった。
「まず、軽くフットバスからいきましょうか」
「お任せしますー」
そあらが頭を下げる。
足元に運ばれてきたフットバスに、怠りなく手入れされた千架の足がそっと浸かる。それに習ってそあら、まひ流もそれぞれ素足を浸し、店長がフットバスのスイッチを切り替えた。
足の裏を刺激する振動音に誰からともなく声が洩れ、はあ、とリラックスしきった千架の溜息はどこか色っぽく響く。店内にかすかに流れるクラシックの旋律も安らかだ。たかだか足湯と侮っていたわけでもないが、これはなかなか‥‥
「‥‥はっ!」
目が覚めた千架は我に返り、カメラのことを思い出して真っ先によだれがたれそうになっていた口元を拭った。プロ根性である。店員がひざまずいて、フットバスから引き上げた千架の足を拭いてくれている。
「え、えーと‥‥気持ちよくて、ついうとうとしちゃいました」
うとうとどころか数分ばかり夢の世界に行っていたのだが、そこは誤魔化した。仮にもモデルなのだから、寝顔はカットしてくれるよう、後でプロデューサーに頼んでおかなくては‥‥その隣ではやっぱり寝そうになったまひ流が、椅子の背もたれを倒されながら軽く伸びをする。
「うちも思わず仕事忘れそうになったわー。リラックスも考えもんじゃね」
「ではマッサージ入りまーす」
「あ、はー‥‥」
かわいらしい女性店員に軽く返そうとしたまひ流の声は、途中で遮られた。そう、足の裏から背骨のほうまで一気に駆け上ってきた‥‥衝撃にも似たずしんと重たい痛みに。
一瞬の不気味な沈黙のあと、
『‥‥‥‥!!?!』
口から声にならない悲鳴が洩れ、あまりのことに椅子から転げ落ちそうになったまひ流だったが、店員さんは可憐な外見に似合わずがっちり足をホールドしてツボを容赦なくぐいぐい押してくる。
「痛いたいた――ッ!! ちょー痛いマジ痛い! 洒落んなんないって痛いってコレ――!!」
思わずしゃべりが素に戻っている。唖然としてそれを見ていた千架だったが、自分の足元の店員もツボ押し器具を取り上げたのを見て、顔色を変えた。
「ま、待って。まだ心の準備が」
「はーい、じゃあまず消化器官のツボ」
「‥‥‥‥っ、ギブっ! ちょい、たんま! タイムっ!!」
「あれ、痛いですかー? ドカ食いとかして内臓に負担かけてません? はい次は肝臓ー」
「‥‥‥‥つーか痛えぇってマジでーッ!」
この阿鼻叫喚の様子はしばらく続き、ひとりまったく平気なそあらだけがあははーとそれを笑って眺めて、その健康ぶりを身をもって証明した。もちろんこの醜態は、余す所なく全国ネットでオンエアされる。
●絶対キレイになってやる?
肌についてのカウンセリングを受けたあと、最新鋭の機械で肌チェック。日頃のクレンジングに問題ありとのことで、高精度カメラで見せてもらった毛穴汚れの映像に初音は仰天した。
「後ほど係の者が、クレンジングや洗顔の指導をさせていただきます」
「ど、どうも」
多分指導のとき、例の営業トークの勢いで会員に勧誘されるのだろう。しかしここで気づけてよかった、という思いとともに、やっぱりこの毛穴の汚れの映像も放送されてしまうのかしら‥‥と、なんとなく微妙な気分の初音である。
スチーマーで肌を温め、プロの手で改めてじっくりクレンジング、そしてマッサージ、さらにパック。自分でもできる簡単なマッサージ法も教えてもらい、軽くおさらいをしていると、あっという間に持ち時間を使い切ってしまった。
「あ、初音さん。マッサージ、どうだった?」
小紅のほうは苦手なサウナに入って顔を真っ赤にしたまま、初音に声をかけてくる。
「そうねえ‥‥エステにはまる女性の気持ちが、ちょっとわかったかも」
鏡を見ると確かに肌の状態は格段に良くなったが、操の言うとおりエステは継続してこそだし、あれもこれもまだやっていない、という感も強い。『まだまだ綺麗になれるはず』という気持ちがある。こうなるとやはり、もう一度来てみたい、と思っても無理はなく、エステの商売上手さを感じずにはいられない。
「だけど次来るとしたら、間違いなく自腹よ」
「そうなのよねえ‥‥」
操の言葉に悩みながら、初音はエステサロンのパンフレットを広げ料金表とにらめっこをしている。
彼女が結局会員登録をしたのかどうかはさておき、こうして収録された『ビューティーになりたい』は予定通り放映され、夕方という時間帯にしては高視聴率をマークした。