有坂家の事情6アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
宮下茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
5.8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
04/11〜04/13
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●本文
・物語り憑き
それは、物語の登場人物達と触れ合う事の出来る、神秘の職業。
それは、親から子へ、子から孫へと受け継がれる伝統の職業。
それは、物語憑き本部からの指令により、日々物語の安全を守る、名誉ある職業。
*物語り憑き本部*
その日本部を訪れた物語の登場人物は、グスリと鼻を鳴らすと目から零れ落ちる涙を拭った。
「酷いと思いませんかぁ〜?あんなの、物語の捻じ曲げてますよぉっ!」
彼はそう叫ぶと、本部員の胸倉を掴んで唾を飛ばしながら喋った。
「僕にどうしろって言うんです!!あんなの普通に怖いじゃないですかぁっ!!」
「お、落ち着いてください!」
「誰か一緒に戦ってくれる人を連れてきてくださいっ!!」
*有坂家*
源(げん)の隣に立ち、ズビズビと鼻を鳴らして泣き続ける男性に、湊(みなと)が紅茶を差し出す。
雪(ゆき)が気を利かせてティッシュの箱を持って彼の隣に行き、そっと背中を撫ぜる。
「これは、誰ですか?」
凌(しのぐ)が首を傾げ、姫(ひめ)が読んでいた本から視線を上げる。
「眠りの森の美女の王子様じゃ」
「例の如く、言われてもよく分からないけれど」
妃(きさき)が素っ気無く返す。
「それで、どうして眠りの森の美女の王子様‥‥長いわね。えぇっと‥‥王子様は、泣いているの?」
「それがのぅ、どうやら喧嘩をしたようなのじゃ」
「だって!彼女、パンをおかずにご飯を食べるなんて邪道だって言うから!!」
‥‥そのパンとは、調理パンの事だろうか。それとも菓子パンの事だろうか。
一瞬だけ、アンパン・ジャムパン・クリームパンを片手にご飯を食べる様を想像してしまう。
「でね、聞いてくださいよっ!!姫ったら『そんな変な人とは話しもしたくない!』とか言って、お城の一室に立てこもってるんです!!しかも、その部屋に入ろうとすると恐ろしい事が起きるんです!!」
「恐ろしいとは、どんなことですか?」
「どうやら部屋の中には魔法使いもいるらしく、僕が部屋に近付こうとすると、何処からともなく女性の悲鳴が聞こえたり、天井から幽霊が落ちてきたり‥‥!!」
どうやら怖がりらしい王子。ブルブルと肩を震わせ、青ざめた顔でチーンと鼻をかむ。
「最近では城に入ろうとすると、甲冑が襲ってきたり‥‥物語の登場人物は顔が命ですから、逃げることしか出来ません」
へにょんと肩を落とす王子。
「そんなの、人の好みの問題だと思いませんか?姫だって、ご飯をおかずにパンを食べるくせに!」
‥‥なんだか両者、大して変わらない気がする。
「えーっと、それで‥‥私達は何をすれば?」
「僕と一緒に来て、部屋の中から姫を連れ出して欲しいんです!そうしないと、物語が進まないんですっ!」
「と、言う事でのぅ、お主らちょちょーいと行って、パパっと済まして来るんじゃ。言っとくが、大暴れはするでないぞ」
≪映画『有坂家の事情6』募集キャスト≫
・凌
有坂家長男。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
冷酷無慈悲、高身長で運動神経S級、容姿端麗で秀才。完全無欠の嫌味な男
外面が良く、売られた喧嘩はキッチリと買う。常に笑顔。常に雪1番。他は興味ナシ
・妃
有坂家長女。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
高身長で腰が細いモデル体型の美少女。凌の双子の妹。兄同様運動神経S級で秀才。凌と良いコンビで最強
女の子だから良いわよね精神で武器を振り回す凶暴ぶり。意外とプチ天然でキメ台詞は必ず噛む
・湊
有坂家次女。実年齢17(外見年齢16〜20程度)
高身長で兄と良く似た面差しをしており、女の子からモテル
争い事は嫌いで平和主義者だが、喧嘩は兄姉以上に強い。常に弱い者の側に立つ
・雪
有坂家次男。実年齢15(外見年齢13〜18程度)
低身長で色白、美少女顔。全て母親遺伝子で生まれて来てしまったと言う不幸な少年
双子から溺愛されているが、妹から嫌われ、サイボーグ呼ばわりをされている。
純粋で素直な性格で天然。湊を有坂の中で唯一頼れる存在と認識。常に弱い者の側に立つ
・姫
有坂家三女。実年齢13(外見年齢10〜15程度)
低身長で色白、ふわふわとした可愛らしい少女。自己中心的。常に姫1番!
自分よりも美少女顔の雪を嫌っており、サイボーグ呼ばわりしている
とにかく雪が嫌いで、雪が憎く、むしろ雪以外はどうでも良いと思っている
*王子
眠りの森の美女の王子様
怖いの苦手&泣き虫だが、優しく純粋
*姫
眠りの森の美女のお姫様
『パンをおかずにご飯を食べるなんて人とは話しもしたくないわ!』と言って城の一室に引き篭もり中
*魔法使い
眠りの森の美女の魔法使い
姫と一緒に部屋の中に篭り、王子を魔法で撃退している
・その他
物語の中の登場人物
→有坂の母や父、源などは不可。有坂家以外の物語り憑きも不可。
●リプレイ本文
ご飯のおかずにパンを食べようが、パンのおかずにご飯を食べようが、大して変わらない気がする。雪(大海 結(fa0074))はボンヤリとそう思いつつも、今しがた凌(星野・巽(fa1359))から手渡されたばかりの派手な衣装に視線を落とし、深い溜息をついた。
「ねえ、もっと別の衣装ってなかったの?」
極端に布の面積の少ない踊り子衣装は、セクハラと言う4文字のカタカナがよく似合っていた。自分は蒼い騎士服で暑苦しいまでに肌の露出を避けているのに、ずるいではないか。もしもこれから行く所が赤道直下なら、恐らく凌は熱中症で倒れ、逆に北極の場合は雪が凍死するだろう。もっとも、これから行く所は気温なんてものは関係のないところだけれども。
「良いじゃないですか。雪はそう言う服装が似合うんですから」
「似合うって言われるのは嬉しいけど、何か違う気がする」
そもそも、似合うと言われて嬉しがっている所からしてすでに違う。青春真っ盛りの男子高校生が、こんな破廉恥な女性用衣装を手渡され、似合うと言われること事態が屈辱ではないのだろうか。ドSな兄姉達のせいで、どうも最近の雪はずれ始めている。M化が始まっているらしい彼は、既に有坂家での常識人と言う看板を外した方が良いのかも知れない。
「それにしてもお姉ちゃん、無責任ね」
湊(椿(fa2495))が軽く溜息をつき、握り締めていたカンペをポケットの中へと移動させる。紅の女騎士衣装は、わざわざ『女』と虚しい自己主張をした所で、どう見てもただの騎士にしか見えない。観たいドラマがあるからと言う理由で職務放棄をした姉から丁重に渡された、恐らくこの世で最もどうでも良い必須事項の書かれたカンペ。それを手渡された際の事を思い出し、湊は顔色を曇らせていた。眉間に深く刻まれた皺は雄々しく、恐らく湊がひらフリのスカートを穿いていたとしても、男性以外の何者にも見えないであろう顔つきだ。
(妙な所で細かいんだから)
普段からその細かさを少しでも発揮してくれていれば、料理中に塩と砂糖を間違えるなんて新婚ホヤホヤの若奥さまでもしないような凡ミスはしないであろうし、洗顔フォームを歯ブラシにつけて歯を磨いてしまうと言うような、今時コントでもやらないようなネタを披露する事はないだろう。挙句、全て自分が悪いにも拘らず、ただ近くにいたからと言うだけで湊に八つ当たり気味な逆ギレなんて絶対にしないだろう。
「あー、それにしても楽しみだなぁ、お化け屋敷」
姫(月見里 神楽(fa2122))がまるでこれからテーマパークでも行くかのような、はしゃいだ声を出す。見た目は愛らしい彼女だが、こう見えてお化け屋敷の類は大好きだった。特に、スタッフがお化け役をやっている、自分の足で中を探索する形のお化け屋敷はとても好きだった。絶対にスタッフは客に手を触れないと最初にしつこいくらいに説明を受けているにも関わらず、中に入ると後ろからズルズルと歩いてこられるだけでパニックを起こして走り出し、行き止まりにぶち当たって泣きそうになる人もいる。そう言う人を見て笑いながら、時には立ち止まってマジマジとスタッフの顔を見て、ゆっくりと先に進むのが姫は好きだった。悪趣味と言われれば、反論が出来ないくらいに悪趣味だ。例えこれが盲目的に惚れた相手であっても、論理的で誰もを納得させられるような筋の通った説明で彼女の趣味が決して悪趣味なんかではないと説き伏せる事は難しいだろう。
「ぜ、全然楽しくなんかないですよ!もう、恐ろしくって」
涙目になりながら王子が姫に反論する。人は第一印象で相手のおおよその性格を決めてしまうため、姫はただ無邪気にお子様らしい楽しみを見つけ、はしゃいでいるだけに過ぎないと思っているようだ。ちなみに彼、眠りの森の王子様なんて言う曖昧な名前ではなく、デジレ(宮坂 冴(fa5592))と言うれっきとした本名があるのだが、誰に言ったところで覚えてもらえそうにないために黙っている。デジレなんてそもそも言い難いし、途中でレジメとかメジレとか、デレジとか、どうせ違う名前になってしまうに決まっているのだ。
「皆さんの準備も出来たことですし、早く現場へ行ってみましょう」
凌が敏腕刑事のように、目を鋭く光らせる。獰猛な肉食動物を髣髴とさせるような瞳の色に、雪が思わずビクリと肩を震わせた。
長い髪を背に払い、オーロラ姫(悠奈(fa2726))は遠見の水晶球を覗き込みながらプゥっと頬を膨らませた。自分ではそれなりに可愛らしい表情だと思っているらしいが、その顔はフグ以外の何者でもない。
「最初は本気で怒ってなかったのに、デジレが悪いのよ!」
ドンとテーブルを叩き、隣で同じ様に水晶を覗き込んでいたカラボス(希蝶(fa5316))を見上げ、目の前に居るにも拘らず不思議なほどに薄い存在感を体験した後で、オーロラは溜息をついた。
「はぁ、いつ見ても頭カラカラな感じだわ」
恐らく、裁判で争ったならばオーロラの負けは目に見えているような侮辱的な言葉を発する。そもそも、ご飯をおかずにパンを食べるような人に、そんな事を言われたくない。
「勢いで絶対に近づけさせないでって言ったけど、ちょっと後悔だわ。何でよりによってカラ君なんかと一緒の部屋に居るのかしら」
まるで、一秒でも長く居たら頭のカラカラさ加減が移ってしまうとでも言いたげな、非難めいた口調だった。ほぼ強制的にヒッキー仲間にしておきながら、そりゃないぜと叫びたくなるような理不尽な台詞だ。
「それなら、止めれば良いだろ。俺だって、何でこんな事してるのか不思議だ」
口調はぞんざいで偉そうな雰囲気だが、威厳はまったくない。それどころか、存在感も気配もまったくない。彼の職業が忍者ならば、天から授かった才能だと手放しに喜べる所だろうが、残念ながら彼は魔法使いだ。存在を隠すような事は何もないのに、何故か彼に向けられる台詞で一番多いものは「あぁ、そんなところにいたの?」や「いつからいたの?」など、彼の存在を真っ向から否定するようなことばかりだ。そのうち「あぁ、まだ生きてたんだ」などと言われそうで怖い。
「ダメよ!ここで引いたら男が廃るわ!」
「や、お前女だし」
「お前とか言うんじゃない。美の女神が見惚れ、崇め奉り、全世界の男がひれ伏すほどの神々しさと美しさを持ったオーロラ姫様とお呼び!」
そんな長い名前を呼んでいたら、緊急事態の時に取り返しのつかない事になるだろう。彼女の背後に刀を持った人物が居た場合『崇め奉り』あたりでバッサリと斬られている。
「とにかく、私達にはデジレの冒険を見守る義務があるのよ!」
勝手に義務化しないでほしい。第一、冒険と言うほど壮大な事ではない気がする。けれどまたそんな事を言えば反論されるだろうから、カラボスはあえて口を閉ざした。
お城の前まで着き、王子が慎重すぎる手つきで扉を開けるとスルリと中に入り込んだ。何事もなかったらしいそこを次々に通る有坂兄妹。そして最後に、白雪姫の魔法の鏡の精・イケメン(日下部・彩(fa0117))がヘルメットにジャージ姿と言う体当たり若手芸人風の衣装で滑り込む。手にしたギターとカメラがトレードマークのイケメンが何食わぬ顔で有坂一行に組み込まれたその瞬間、扉が勝手に締まった。オートロックなのか、カチャリとご丁寧に鍵のかかる音がし、王子が青ざめる。当然物語の世界にそんなハイテクナ物などあるはずもなく、突然密室に閉じ込められてしまった恐怖に慄く。
「密室と言えば、ミステリがつきものですよね!」
イケメンが明るくそう言い、貴方は誰ですかと問いた気な王子の視線にキラリと白い歯を見せて微笑む。
「さっきから居たじゃないっすか。水臭いですよ、昨日は青春の時の淡い初恋と上司への愚痴をつまみにして屋台で夜が明けるまで語り合った仲じゃないですか」
どこのサラリーマンだ。と言うか、あまりにも堂々と遠くを見詰めながら喋っており、本当に起こったことなのかもしれないと錯覚しそうになる。
「ミステリと言えば、探偵に犯人に猟奇的な殺人事件!」
「猟奇的でないものだってありますよ」
「謎が謎を生み、1人また1人と消えていく仲間達!そして最後に残った者は、探偵と犯人のみ!そこから血みどろの死闘の果てで見たものとは!?師匠の敵を討つと言う夢は達成されるのか!?彼女との甘い生活は手に入るのか!?埋められた宝物は一体どこに!?宇宙からの攻撃を食い止める手立てはあるのか!?」
何だか混ざりまくっているような気がするが、そこはあえて聞いていなかった事にする。やけに興奮して話しているイケメンをそのまま放置し、雪は流石お城と溜息をつきたくなるような広く綺麗な空間に視線を彷徨わせていた。ふかふかの毛足の長い赤絨毯に、緩やかなカーブを描いて上へと続く階段、繊細な装飾の施された花瓶に挿さっている花は大輪の薔薇だ。高そうな絵画が壁に並び、ふくよかな女性が甘い笑みを浮かべてこちらを見詰めている。天井からは大きなシャンデリアが重そうに垂れ下がっており、万が一あれが落ちてきたら確実に命はないなと嫌な想像をしてしまう。イケメンの話しは既に何の事だか分からなくなっており、主人公は職業・探偵から職業・暗殺者へと変化している。人の良い湊だけが一生懸命イケメンの話に耳を澄ませ、優しい相槌をうっているほかは誰も何も言わない。恐らく凌も姫もイケメンの話しなんて聞いてはいないだろうし、悪を狩るのが仕事だった主人公が何時の間にか猟奇的殺人を繰り返す殺人鬼に職業変更をしているような悪趣味な話に耳を傾けてあげるような心の余裕のない王子が、足元に視線を落として黙り込む。
「何にもでないの?ツマンナーイ!」
姫が唇を尖らせながら階上へと続く階段に1歩足を踏み出した瞬間、天井から重たい音が響いた。まさかシャンデリアが落ちてくるのではないかと緊張が走るが、落ちてきたのは日本刀を片手に持った甲冑だった。世界史の資料集に登場してきそうな西洋甲冑に、キラリと鋭く光るバリバリの日本刀。不恰好に見えてしまう取り合わせに脱力しかけるが、相手は武器持ちだ。模造紙で作ったと言うチープで安全な日本刀ならともかく、刃の光具合からして本物だと判断した王子がクラリと貧血を起こし、その瞬間を逃すまいとイケメンがシャッターを切り続ける。後でオーロラ姫にでも売りつけようと思っているのだろう。湊が何とか王子を抱き起こし、一先ずこの場は退散しようとした時、姫が甲冑の前に躍り出ると無邪気に声をかけた。
「鬼ごっこ、姫大好きー!」
甲冑が困惑したように一瞬止まり、すぐに日本刀を振り上げると姫に向かって走る。キャッキャと声を上げながら逃げていた姫の肩に甲冑の手が触れ、姫の目がキラリと光る。
「はぁい、鬼こうたぁい♪今度は姫が鬼だから、皆死ぬ気で逃げてね?」
10tハンマーを取り出した姫が、ピュア度100%の笑みで追いかけ始める。甲冑が逃げ出し、ハンターの目つきになった姫の視線の先にいた雪が一目散に退散し始める。湊が王子の手を引いて走り出し、数歩前を走っていた雪が床に置かれたバナナの皮に足を滑らせると言うベタなことをやってしまい、凌の胸へダイブする。
「こんな幼稚な罠にかかるなんて、本当に雪は可愛らしいですね。でも、有坂の血筋たるものこんな罠にかかっていてはダメですよ」
にっこりと微笑んだ表情からあふれ出す邪悪な空気を敏感に感じ取った雪が体を硬くして首を振る。
「僕だけのせいじゃないもん!」
姫が肉食動物系の獰猛な瞳を光らせながら追いかけてきたから、命の危険を本能的に察知して周囲に気を配る余裕もなく走り出したのだ。足元に気を取られて姫の10tハンマーの餌食になっては堪らない。
「でも、お仕置きはお仕置きです」
酷く楽しそうな様子で凌が雪を腰抱きにし、白くキメの細かい頬を撫ぜると顎に手をかける。今にも泣き出しそうな雪に「明日はきっと良いことありまっせ!」だとか「人生辛いばかりじゃないですぜきっと!」などと曖昧な言葉で励ますイケメン。最初は雪を元気付けようとかきならしたギターだったが、何時の間にかその音に酔いしれていくイケメン。俺の魂の叫び声を聞けとばかりに、髪を振り乱しながらクルリと回転した次の瞬間、イケメンの足元に盛大な音を立てて天井からタライが落ちてきた。王子が驚いて湊の背後に隠れた瞬間、先ほどまで王子がいた所に黒板けしが落ちてくる。白煙に目を瞑り、あまりの衝撃に怯え出す王子。古典的な悪戯の数々に、湊はこのどこが怖いのだろうかと内心で溜息をついた。
(流石に最初の甲冑には驚いたけれど)
そこまで考えて、はたと姫と甲冑がいない事に気付いた。いついなくなったのかすらも思い出せない事に苛立ちを感じ始めた時、ホールに並んでいた扉の1つから何食わぬ顔をして姫が出て来た。爽やかな笑顔は、湊から甲冑の事を質問すると言う気力を奪った。凌が姫の登場に雪を離すと2階へと続く階段を上がろうと1段2段と進み、微かな違和感に足を止める。2階へ行き着くどころか、1階へ押し戻されている体。どうやら動く階段になってしまったらしい。
「こんなくだらない遊びで時間を無駄にしている暇はありません」
凌がそう言って雪をお姫様抱っこし、長い足で階段を駆け上がる。難なく階上までたどり着いた凌に続き、姫が素早く上り、湊がイケメンの手を取りながら階段を駆け上がる。1階に取り残された王子が、見たこともない装置に怖がり、最初の1歩を躊躇している。
「早く来ないと置いていきますよ」
「王子、そこで待っていてください」
湊が颯爽と下へ降りて行き、王子の腕を掴むと一緒に上ろうとする。が、王子の竦んだ足は1歩でも前へ出る事を拒否しているらしく、いくら引きずってもダメだった。
「もし間違って挟まったら、どこに行くか分からないんですよ!?」
「万が一挟まって打ち所が悪かったとしたら、綺麗な白い羽根をつけた人が迎えに来てくれますよ。もっとも、黒い羽根をした人かもしれませんが」
凌が余計な事を言い、王子をさらに怖がらせる。
「王子、グズグズしている暇はありません。お姫様に会わなくてはならないんでしょう?」
湊の言葉に王子が恐る恐る足を踏み出そうとしてタイミングが合わずに引っ込める。湊が「今です!」と声をかけ、意を決して階段の上に立つ王子。華奢な腕を掴んで引っ張りながら「もう少しです、頑張って!」と声をかける湊。最初に上った凌達の時よりもスピードの上がっているらしい動く階段を何とか乗り越え、深い溜息をつく湊。元々それほど体力がないらしい王子が肩で大きく息をし、雪が優しく背中をさすりながら顔を覗き込む。
「大丈夫?きっともう少しで部屋に着くよ。オーロラ姫と仲直りできるから、ね?」
湊譲りのキラキラスマイルを浮かべる雪。湊が女性に喜ばれる王子スマイルだとしたならば、雪は男性に喜ばれる可憐な少女スマイルだろう。2人の性別がその表現に合わないと言う事が嘆かわしい限りである。何とか息の整った王子が立ち上がり、オーロラが引き篭もっている部屋の前へと近づいた時、突如としてその巨大な物体は目の前に現れた。イケメンの、状況に即しているんだかいないんだかよく分からない解説を入れるならば「地獄の大蛇がのたうちながら通路を塞いでいる」場所に出た。ちなみにイケメンは先ほどの動く階段を「奈落へ誘う呪いの階段」と解説していたが、あながちはずれてもいないかもしれない。運動音痴なドンくさい人が乗ったならば、白か黒どちらかの翼が生えた人が迎えに来てくれたであろう。
「これを越えなければ向こうにはいけないようですね」
茨の蔓を大縄のように回して通路を塞いでいる甲冑2体。とりあえずあの甲冑を倒せば全て丸く納まると、凌と湊が視線を合わせた次の瞬間、姫の瞳がチェレンジ精神に燃え上がった。
「小学生の時、縄跳び姫ちゃんと呼ばれた姫に、跳び切れない物は無い!」
果敢に茨の縄跳びの中に飛び込み、楽しそうに踊る姫。床に手をついてみたり、楽しそうに回転してみたりと、やりたい放題だ。弾ける笑顔で演技を終えた姫が縄跳びを抜け、王子と雪の腕をガシっと掴む。
「姫痛いって、放してよ!」
「いーじゃん、一緒に跳ぼうよゆんちゃん!ゆんちゃんだって、運動神経良いじゃん!」
「放してください!!転んだら怪我しちゃいますよ!?1度入ったら出られないんですよ!?」
「もー、今姫が華麗に出たの見てたでしょ〜!?」
雪の文句も、王子の嘆願もなんのその、姫は2人もろとも再び縄跳びの中へと入っていった。イケメンが3人の勇姿を必死に写し、雪が適当に飛んだところで向こう側へと脱出する。姫もその後に続き、王子だけが出るタイミングを計れずに「止めてください!」と泣き叫びながら助けを求める。いい汗かいたね〜と、なにやら久し振りに和やかムードの兄妹(雪&姫)と、どうせなら甲冑を蹴り倒して先に進もうと決める兄妹(凌&湊)
「王子、少し我慢してくださいね!あと、ゴメンナサイ!」
「邪魔ですね」
湊と凌の声が合わさり、2体の甲冑が絨毯の上に沈む。倒れた隙に通過した2人。湊が王子の怪我の有無を調べ、凌が雪の白い肌に一直線に走っていた微かな傷を目ざとく見つけて傷口を舐めて消毒する。その光景を待ってましたとばかりにイケメンが激写し、姫が久し振りの縄跳びに満足げに鼻歌を歌い始めた。
遠見の水晶球で一部始終を観察していたカラボスが、興奮した口調で「こいつらなかなかやるぞ、姫!」とオーロラに声をかけるが、姫は完全無視状態だ。王子のダメさを見てハラハラしたり応援したりと忙しい彼女にとって、カラボスの言葉なぞは埃が風に動かされた程度の意味しか持たない。るーるるるーな気分で落ち込むカラボス。乱れた水晶の映像にオーロラが眉間に皺を寄せ「集中!」と厳しい声を飛ばす。ついに王子達が難関を乗り越えて部屋の前まで来ている気配を感じ、2人はキリリと表情を引き締めた。
一向に開かない扉に、姫は苛立った。どうせ大した仕掛けも無かったのだから、最後くらいは潔くこちらの手を煩わせずにして欲しかったのにと口の中で文句を言い、10tハンマーを振り上げる。あまりにも頭に血が上っていたために手から滑り落ちたハンマーが背後で鈍い音を立てるが、何に当たったのかをいちいち気にしてはいけない。元来さほど几帳面ではない姫は、深く考えずに「大丈夫、ハンマーはもう1つあるから」と言って、オニューのハンマーを取り出すと振り上げた。
「逝って!」
姫の声が廊下に響き、扉が破壊される。何故か黙々と上がる白煙に王子がむせ返り、雪がボソリと「暴力女」と呟く。その言葉を聞きつけた姫がこちらも低い声でポツリと「凌お兄ちゃんに良いようにされてるくせに」と、突きつけてはならない事実を真正面から叩きつける。そんな兄妹のどす黒いやり取りの横では、凌と湊が空いた穴から中に入り込んでいた。
「これまでです!」
「えーっと、これかしら?これまでよ!」
カンペを見つける時間分、凌と声が合わさらなかった湊。
「噛んでも妃じゃないとダメですね」
凌が溜息をついた時、カラボスが2人の前で仁王立ちになった。
「ふっ、よくぞ数々の魔法を打ち破って此処まで来たな!俺は大魔法使いのカラボス!」
堂々と名乗るカラボスだったが、凌が鼻で笑って数回拍手をしただけでそっぽを向いてしまい、オーロラまでもが「あら、いたのカラ君?」と、ボケなことをぬかす。
「ご挨拶有難う御座います。湊です」
カラボスの挨拶に丁寧に頭を下げる湊。あぁ、これはどうもご丁寧にと再び頭を下げて笑顔を浮かべるカラボス。のほほんな空気が流れようとした時、オーロラが後ろから「ちょっとそこの人邪魔!」と、カラボスをそこの人扱いして邪険にする。更には凌までもが「貴方が魔法使いAですね」と、先ほどの自己紹介を完全に無視した形でカラボスに冷ややかな暗黒オーラをつきつける。
「俺はカラボスって名前で」
「貴方の名前なんてどうでも良いです。このお城に敷かれている絨毯の毛が何センチあるのかと言う問題以上にどうでも良いです」
酷い言い草に、イジケモード突入のカラボスがしゃがみ込み、あまりにも不憫な姿に雪がフォローを入れる。
「魔法使いAなんて適当な名前はダメだよね。きっと何かの役に立ってるはずだし『カルボス』さんってカッコ良い名前もあるんだし!」
若干名前を間違えており、折角のフォローが台無しだ。こんな時にこそイケメンの能力が役に立つ。一生懸命「悪魔の力を身につけた、真の魔法使い」だとか「ついに悪の魔王と対決!どうする王子!?」とか、何とかヨイショしまくる。存在感が皆無なために、大げさな表現を用いないと彼の存在意義すらも皆無になってしまいそうな気がする。
「オーロラ姫!」
「あら、随分とお行儀の悪い入り方をしてくれたわね、デジレ王子」
王子の声に一瞬だけパァっと顔を輝かせたオーロラが、すぐにツンとそっぽを向く。つれない態度のオーロラを何とか説得しようと試みる湊だったが、結局の所、話しは主食論争へともつれ込んでしまうのであり、果ても無い王子とオーロラの言い争いが始まろうとした時、凌がおもむろに口を開いた。
「ご飯には麺物でしょう?」
「え!?ご飯には粉物だと思うの。お好み焼き定食とかあるでしょ?」
凌と湊の主張に、やっぱりご飯に合うのはパンだと言い始める王子。
「そうよ!おかしいわ、貴方達変よ!!」
オーロラが王子の言葉に賛同し、イケメンが「食事はやっぱり『しいたけヨーグルト』のみでダイエットっすよ!!」と妙な主張を始めるが、チラリと一瞥くべられただけで誰からもコメントももらえない。そんな様子をカラボスと大人しく聞いている雪と、その隣で同じく大人しく成り行きを見守っている姫。手にはおにぎりとサンドイッチが握られており、隣の2人にもおやつと称して勧める。
「やっぱり、ご飯とパンよ!」
「そうだよね、オーロラ姫もそう思うよね?!ご飯に合うのはパンだよ!」
あっさりと仲直りした2人が手を取り合い、そんな様子にカラボスがポソリと「俺シリアル派だし、どうでも良いんだが」と呟く。雪と姫以外のその場に居た全員が『お前何言ってんだよ』とばかりに鋭い目つきでカラボスを見詰め、思わずビクリと震える。
「あぁ、何かほざいてますね」
凌が冷ややかに呟き、湊が宇宙人でも見るかのような表情でジっとカラボスに視線を向ける。居たたまれなくなったカラボスが涙目になった時、雪がゆるりとどっちが主食でも良いじゃないかと言葉をかける。
「今日はご飯が主食で明日はパンが主食みたいにしても良いかも知れないし」
「まぁ、試してみないことも無いわよ?」
目から鱗が落ちたと言うような顔をしながら、冷ややかにそう言うオーロラ。よれっとしている王子を見てそっと肩に手を置き、やりすぎた事を詫びてから「嫌いにならないでね」と俯く。王子が嫌いになんてならないからと言う事を囁き、イケメンが拍手をする。
「試練を乗り越えた愛!やっぱり2人は結ばれる運命だったんですよ!」
ほんわかムードの中で、手を握り合うオーロラと王子。
「もう問題ないでしょ?帰って頂戴。でも、礼は言っておくわ、有難う」
「僕からも、有難うございました」
ツンとした表情のオーロラと、嬉しそうな表情の王子に見送られながら、一行は物語から外の世界へと出た。
有坂家恒例のお茶会には、イケメン以外にカラボスの姿もあった。オーロラと王子が仲直りしたためにお払い箱となった彼は、オーロラの「いたのって言うか、まだいるの?」と言う冷たい視線に耐えられなくなって一緒についてきたのだ。
「ダンナがいなかったら、あの物語は成立しないんでっせ。つまりダンナこそは影の主役!」
元気付けるためにイケメンがヨイショをし、湊が「お茶請けはシリアルが良いのかしら」と真剣に悩む。凌が「何で居るんだ」と言う鋭い視線を向けていたが、暫くすると諦めて雪を構い始める。兄姉同様にカラボスの出現に驚いていた雪だったが、不憫な彼の話を凌に怒られない程度に聞いてあげる。
「ダンナの為に、これを差し上げます!」
妃や湊の秘蔵写真をプレゼントし「実はもっとスゴイ写真もありまっせ」と抜かりなく売り込みを開始するイケメン。今回は特に被害も無くて良かったと呟いていた凌がはたと顔を上げ、イケメンを正面から見詰めると絶対零度の笑みを浮かべる。
「そうだ。雪の踊り子の写真をネガ込みで出してください。こんな物が流れたらかわいそうですからね」
独り占めして妃に自慢しようと言う魂胆が丸見えの凌。イケメンが素直にネガごと写真を渡すが、勿論こんな時のために数枚写真は手元に残るようにしてある。ただ、これはほとぼりが冷めるまで店頭には出さない方が良いと密かに思った。
お茶会は和やかに進み、カラボスも元気を取り戻し始めていた時、突如その輪の中に源が顔を出した。青い顔でブルブルと震える源は、歳が歳なために、一抹の不安を煽るものがあったが彼はいたって健康だった。額に青筋を浮かべ、手に持った杖で地面を叩く。
「ばっかもーん!!あれほど大暴れはするなゆうたじゃろうがー!」
「でも、今回は誰も怪我してませんよ?」
「人の怪我じゃなく、城が大怪我じゃぁっ!!主ら城の扉を破壊しおって!しかも甲冑も数体傷ついておったそうじゃ!請求書が届いたぞ、ほれ!」
源がバシリとテーブルの上に紙を叩きつけ、震える声で叫ぶ。
「お主ら当分小遣い抜きじゃぁぁぁぁぁっ!!!!」