想いの形 〜咲の章〜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮下茜
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/06〜05/10
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●本文
悲しい思いは風に流されて
辛い思い出は空気に溶けて
涙も嗚咽も、笑顔に変えて
感情は1つだけしかイラナイから
風に乗って、綺麗な歌声が聞こえてくる。
大園 馨は読んでいた本から顔を上げると、歌声の聞こえてくる方へと足を進めた。
少し伸びた前髪が馨の目にかかり、数度瞬きをすると首を傾げた。
「木漏れ日 慈しむ 麗しい日♪」
澄んだ声が、馨のたてたガサリという音に途切れる。
切り株の上に座った、極端に色素の薄い少女が長い銀の髪を揺らしながらこちらを振り返る。
パチリと大きな瞳を閉じ、開いた瞬間にやわらかい笑みが広がる。
「こんなところに何か用かな?それとも、咲の声が大きすぎちゃったかな?」
少女が首を傾げ、細い肩を髪が滑り落ちていく。
「咲はね、咲って言うの。君はなんて名前なのかな?」
「‥‥馨。大園、馨」
「馨君ね、うんうん、綺麗な名前だね」
咲がにっこりと微笑み、すっと立ち上がると馨の前に立つ。
「大園ってことは、咲のお家のすぐ近くだね。あの、大きい家だよね?」
「そう」
「咲はお家かここに来るかのどっちかで、他の所に行った事ないから、馨君と会うのは初めてだね」
コクリと頷いた馨に、咲は無垢な笑顔を向けると腕を取って切り株のところへと引っ張って行った。
「咲はね、18歳なんだ。馨君は幾つかな?」
「15」
「そっかぁ。咲より3つ年下なんだね」
切り株に腰かけた咲が、隣に座るようにとポンと叩く。馨は素直にその指示に従うと、切り株に腰を下ろした。
「咲さんって、白いお家に住んでる?」
「そうだよ。真っ白なお家。そこでね、徹さんと一緒に住んでるの」
馨は『徹さん』との面識はあった。つい先日、引っ越してきたからと言って馨の家に紅茶を持ってきてくれた、物腰の柔らかい男性だったと記憶している。
「徹さんにとって咲は大切な人で、咲にとっても大切な人だったんだけど、咲は昔の事を忘れちゃったんだって。でもそれは一時的なもので、すぐに治るんだって」
「咲さん、記憶が‥‥」
「そう。咲は昔の事全然覚えてないの」
ふわりと微笑む咲。一点の曇りもない、綺麗な笑顔だった。
「不便なんてないし、咲はこのままで幸せ。でもね、徹さんは早く咲に昔の事を思い出してほしいんだって」
「咲さんと、徹さんは、恋人同士だったの?」
「徹さんが言うにはそうなんだって。でも、咲は徹さん嫌いだな」
「‥‥どうして?」
「わからない。でも、咲はずっと前から徹さんが好きじゃなかったんだと思う」
「恋人同士なのに?」
「うん。だって‥‥徹さんが見せてくれた、昔の咲の写真は‥‥いつだって、辛そうだったから」
にっこり‥‥また、笑顔‥‥
「咲さんって、ずっと笑ってるよね」
「‥‥悲しいとか、そう言う感情は分からないんだよ。咲はね、記憶と一緒に感情も忘れちゃったんだって」
立ち上がり、背伸びをする。長い髪が風に靡き、馨は銀色の髪のまぶしさに目を伏せた。
「ねぇ、馨君。明日もここに来られるかな?」
「え、来られるけど‥‥」
「それじゃぁ、明日も会おうよ」
「え‥‥?」
「咲ね、馨君の事気に入っちゃったんだ」
振り返り、優しい笑顔を見せる咲。あまりにも可愛らしい表情に、馨の頬が朱色に染まった。
≪映画『想いの形 〜咲の章〜』募集キャスト≫
*大園 馨(おおぞの・かおる)
外見年齢13〜18程度の男性
性格はおとなしく、あまり喋らない
咲に惹かれている
*城崎 徹(しろさき・とおる)
外見年齢20〜28程度の男性
物腰が柔らかく、優しそうな雰囲気
逆玉を狙っている
他に好きな女性がおり、咲に愛情はない
・咲(さき)
苗字は水嶋(みずしま)
大会社の社長令嬢
繊細で大人しい少女だったが、現在は記憶を失っている
→篠宮・ユナが演じます
・その他
・敷島 円(しきしま・まどか)
外見年齢20〜28程度
天真爛漫で、少し我侭。サバサバした性格。徹の思い人
・馨の家族や友人
・咲の家族
・徹の家族や友人 など
●リプレイ本文
咲の紡ぐ歌は、喜びの歌ばかりだった。とても綺麗な声に聞き惚れつつ、馨(千架(fa4263))は咲が促すまま、一緒に歌った。毎日、昼になると馨は咲の待つあの森へと足を運んだ。輝く笑顔で手を振って迎えてくれる咲。
「僕、話すの得意じゃないけど、本の話なら‥‥少しだけ」
咲の求めるままに、覚えている物語を紐解いていく。
(毎日一緒にいる気がする。‥‥嬉しいから、いいけど)
馨はそう思うと、咲と一緒に歌声を空に響かせた
楓(悠奈(fa2726))は最近、弟の様子がどこか違う事に気づいていた。どうも最近機嫌が良いらしい馨。どこで覚えたのか、綺麗な旋律の鼻歌を歌っている時さえある。
「ねぇ馨、何かお姉ちゃんに隠していることはないかな〜?」
擦り寄ってくる楓に、馨が戸惑ったように視線を揺らす。
「あの女の子は誰〜?」
「え、いつの間に咲さん見たの!?」
「あ、やっぱり女の子なんだ!?
ニヤニヤ笑いながら、えいっと後ろからじゃれつく楓。
「そんな事じゃないかと思ってたんだよね〜。ねぇ、私もその子と会っちゃダメかな?」
馨がどう言ったら良いものかと言葉に詰まりながらも、翌日楓を咲といつも会うあの森へと招待した。咲は突然現れた楓に柔らかい笑みを見せると、まるで昔からの知り合いにでも会ったかのように楓に抱きついた。
「初めまして、咲って言います」
「馨の姉の楓です」
同じ歳と言う事で、盛り上がる2人。なんとなく疎外感を感じつつも、馨は嬉しそうな咲の表情をジっと見つめていた。
徹(椿(fa2495))は円(星野 宇海(fa0379))を客室に通すと向かい合って座った。密かな想いを表しているかのように早くなる鼓動を抑えながら、勤めて冷静に挨拶を交わす。
「最近留守が多いのね」
「外で歌うのがお好きなようですから」
咲が好きだと言っていたお菓子を傍らに、円は徹の目を真っ直ぐに見つめた。
「まだ、何も思い出せないの?」
「えぇ」
「‥‥そう。でも、必要があればいつか戻るだろうし‥‥徹さんには悪いけど‥‥記憶は戻らなくても良いのではないかなって思ってるの。今の咲ちゃんは、幸せそうだわ」
「そうかも知れませんが、しかし‥‥」
「前までの咲ちゃんは、大人しくて、可愛くて、綺麗な‥‥心を持たない、お人形みたいだったわ」
円が辛そうにそう言った時、客室のドアが派手に音を立てて開いた。
「引っ越し祝いに来てあげたよ〜!」
佐伯朋子(最上さくら(fa0169))が元気良く入って来て、先客の存在に目を丸くする。
「わ、ごめんなさい。まさか人がいるとは‥‥」
「朋子、久しぶりだね」
徹が席を立ち、朋子を中に招き入れる。玄関から咲の明るい声が聞こえ、朋子がキョトンとした顔で入ってきた咲を見つめる。
「咲さん、今お帰りですか?」
「はい。あ‥‥円さん‥‥」
「お邪魔してるわ。‥‥咲ちゃん、外に何か楽しい事が出来たの?」
「お友達が出来たんです。馨君と、楓ちゃん!」
嬉しそうな顔で話す咲。仲の良いお友達が出来たのなら良かったと円が呟き‥‥朋子がガシっと咲の肩を掴む。
「か‥‥か‥‥か〜わいぃぃぃ〜〜〜っ!!!!」
「徹さんのお友達さんですか?咲って言います、宜しくお願いしますね?」
輝く笑顔にKOされた朋子。咲と円を巻き込んでひたすら喋り続け‥‥徹がその光景を優しい笑顔で見つめる。円が美味しいケーキのあるお店を知っていると言い、咲を連れて外へと出かけて行く。
「朋子は行かなくて良かったのか?」
「うん。徹と話したい事あってさ〜。‥‥徹ってさ、円さんの事好きでしょ〜?」
「どうでしょう」
「‥‥ねぇ、本当に玉の輿目当てだけでいいのぉ〜?円さん綺麗だから、すぐ誰かに持ってかれちゃうよ〜?」
「円さんなら、既に誰かそう言う方がいらっしゃるでしょう」
「‥‥第一さ、咲ちゃんが可哀想じゃん」
ポツリと呟いた朋子の言葉を、徹はあえて聞かなかった事にした。朋子を送り出した後で書斎に篭り、お茶を運んできた静(白楽鈴(fa5541))に最近の咲の様子を尋ねる。
「最近、どこへいらっしゃるのか咲お嬢様は帰りが遅くなる事も度々で、時には何も言わずによくお出かけになっていらっしゃいます」
夕日が書斎に差し込み、書類を橙色に染め上げる。徹は時計を見ると、腰を上げた。まだ帰って来ていない咲を探すために、静に一言告げてから外へと出る。
「あれ?徹、どこか行くの?」
「咲さんの姿が見当たらないので」
「一緒に行くよ」
朋子と並んで歩きながら、咲の姿を探す。夜が近づくにつれ、少し肌寒くなっていく。
「あ、徹!この声って‥‥」
耳を澄ませば、咲の甘い歌声が風に乗って届いた。声の方角に視線を向ければ、楽しそうに話しこんでいる3人の姿があった。屈託のない咲の笑顔、馨と楓の優しい笑み‥‥。
「何だか、お似合いだね」
「そうだね‥‥咲さん、そろそろ帰りましょう。夜になると、体に障りますよ」
「あ、徹さん」
顔を上げ、どこか寂しそうな笑顔を見せる咲。馨と楓が徹に頭を下げ、咲の腕を掴むと帰路を急ぐ。朋子が不安そうな顔で徹の背中を見つめ‥‥家の前で円と鉢合わせる。
「あ、円さん!」
「咲ちゃん。また外にいたの?」
咲がタっと駆け寄り、円が優しい笑みを浮かべ‥‥徹の表情に首を傾げる。
「どうしたの?いつもと違うけれど、疲れているの?」
「‥‥何でもありませんよ」
森へ来ない咲を心配して、馨は徹の家を訪ねた。静が馨を屋敷の中へと招きいれようとしたところに、丁度徹が下りて来て2人を制した。
「折角来てくれたのに悪いけど、咲さんは体調が悪くて」
「徹様、それ本当ですか!?」
「えぇ。少し熱があるようでしたから、外出は控えるように言っておきました」
こうしてはいられないと、静が慌しく階上へと歩いて行く。
「‥‥あの、どうして咲さんは記憶喪失に‥‥なったんですか?」
馨が意を決して徹にそう尋ねる。徹はどう言ったものかと思案した後で、ゆっくりと口を開いた。
「咲さんのお母様が、病死なさったんです」
呆然と立ち尽くす馨をそのままに、徹は丁寧に挨拶をすると扉を閉めた。馨は暫くその場で扉を見つめた後で、踵を返した。咲の笑顔の下にある暗い過去を覗いてしまったようで‥‥耳に、咲の綺麗な歌声が響いてくる。空耳かと思って立ち止まり、耳を澄ませる。屋敷の2階から確かに聞こえてくる声に、馨は走り出した。
「咲さん、具合‥‥」
馨の姿を認め、笑顔になる咲。大きく手を振り、手すりから身を乗り出す。
「馨君、受け止めて♪」
「え‥‥えぇぇぇぇぇ!!!??」
ひらりと白いスカートが揺れ、馨は必死に咲の体を受け止めた‥‥が、如何せん馨は華奢だ。ベシャリと潰れ、馨の後をこっそりつけてきて一部始終を見守っていた楓が驚いて走り寄る。
「うぅ、いたた‥‥咲さん、怪我ない?」
「2人とも大丈夫!?もー、ムチャだよー、咲ちゃんは!」
「あれ?楓ちゃんだぁ〜♪」
「馨生きてる〜?咲ちゃんも怪我ない?」
「どうして姉さんが?」
「えっと、たまたまよ、たまたま!」
まさか後をつけていたと言えない楓が誤魔化し、咲が馨の腕を掴むと華やかな笑顔を浮かべた。
「いつものところ、行こっ♪」
咲に会いに来たものの、静に熱があるからと告げられた円は心配そうに眉根を寄せた。あまり体の強くない咲の事を心配し‥‥
「鈴さん、咲さんが!!」
徹が血相を変えて階上から下りて来る。窓から脱走したと言う話に、鈴が倒れそうになり、円が何とかそれを支える。
「熱があるのに平気なの?」
「それは‥‥」
口篭った徹の様子に全てを察すると、円は困ったように微笑んだ。
息子の遅い帰りを心配して、末っ子の慧(藤拓人(fa3354))を連れて探しに来た幹枝(氷咲 水華(fa3285))は隣を歩く馨に視線を向けた。
「出かける時は一声かけてからにしてほしいわ。探すでしょう?」
「ごめんなさい」
「それにしてもあの子‥‥可愛らしい子だったわね」
「咲さんって言うんだ」
「‥‥明日も帰りが遅いの?」
「分からないけど、多分」
はにかむように微笑んだ馨だったが、翌日咲は森に姿を現さなかった。
切り株に並んで座りながら、楓は声を荒げていた。
「咲ちゃんが馨に好意を持ってるのは、私にだって分かるんだよ?悩んでたって時は過ぎるだけ、想いは言葉にしなきゃ、伝わらないよ?」
「でも、咲さんには徹さんが‥‥」
「咲ちゃんは、馨が好きなんだよ!」
その言葉に立ち上がって走り去る馨。木の陰から幹枝が姿を現し、楓に微笑みかけた。
「変わるかしらね、馨」
「大丈夫だよ。だって、私の弟だもん」
聞き慣れた歌声を聴きつけ、馨は足を止めた。道の真ん中に立っていた咲が振り返り、複雑な表情を覗かせる。始めて見る笑顔以外の表情に戸惑いながらも「僕は、咲さんが好き」と呟いて抱きしめる。
「馨君、私‥‥」
ガサリと音を立て、徹が茂みから姿を現す。咲が馨の背にそっと手を回し、徹はそれが咲の答えだと知ると、2人に背を向けた。
「強くなりましたね、咲さん。彼のお陰かな」
「違います。皆の、お陰‥‥」
咲の言葉を背に歩き出す徹。道の途中で円が立っており、苦笑する。
「振られちゃったのね。勿体無いわね、咲ちゃんも。‥‥もし良かったら、私が一緒にいてあげようか?」
「大変光栄ですが、その前に、社長に小さなナイトの報告を」
徹が携帯電話を取り出す。背後からは、咲と馨の綺麗な歌声が聞こえてきていた。