Innocent Chaosアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 宮下茜
芸能 4Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 難しい
報酬 18.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/25〜05/28

●本文

 漆黒の衣装に身を包み、葉巻を燻らせながら目を細める。
 長い長い黒髪は艶やかで、天井から落ちてくる蛍光灯の光を優しく跳ね返している。
「此処の事、噂で知ったんです。何でも願いを叶えてくれる店だって」
「そう」
 瓶底眼鏡に三つ編み、真面目を絵に描いたような少女はそう言うと、妖艶な色香の漂うここの店主・更紗(さらさ)の闇色の瞳を見つめた。
「私のお願い、叶えてくれますか」
「願いに見合うものを出せるのなら、叶えてあげる」
「幾ら、ですか?」
「私はまだ、貴方の願いを聞いていない」
 硝子の粉のような、不思議な声だった。
「好きな人がいるんです。学校でも人気の人で、テレビなんかにも出てるような人で‥‥」
 少女はそう言うと、ギュっと目を閉じた。
「一度、告白したんです。でも、振られました。だって私、こんなだし‥‥ダサイって、言われました」
「でも、好き」
「‥‥はい」
「願いは何?綺麗にして欲しい?可愛くして欲しい?」
「違います。彼を、私の彼氏にしたい‥‥1日だけで良いんです」
「‥‥本当に、1日だけで良いの?」
 更紗の闇色の瞳が、一瞬だけキラリと銀色に光ったように見える。
「‥‥ずっと。って、言うのも、できるんですか?」
「見合うだけのものが出せるなら、どんな願いでも叶えられる」
「それって、どんな難しい事でもお願いできるんですか?」
「世界を支配する。それも出来る」
「‥‥願いは、1つだけしかダメですか?」
「そんな事は誰も言っていない」
 気だるそうな様子で深呼吸をすると、更紗が少女の瞳を覗きこんだ。
「願いはどんな物でも、何個でも、叶う」
「‥‥それなら‥‥」
 少女は息を呑むと、更紗に幾つか願いを述べた。

1、彼の彼女にしてほしい
2、彼に見合うだけの可愛い外見にしてほしい
3、家をお金持ちにして欲しい

 更紗は言われた願い事を紙に書くと、それを水の張った瓶の中に入れた。
「本当に、願いを叶えて良いのね?」
「お願いします」
 瓶の中に、火を入れる。ボウっと燃え上がった紅に少女が目を輝かせ‥‥
「願いはいつ、叶いますか?」
「明日にでも」
「それで、御代は何ですか?」
「‥‥明日の午後、私の部下を貴方の所に行かせるわ。彼の言うものを、払って頂戴」
「でも、急に大金を言われても‥‥」
「お金なんて、私には必要ないの。だから、もっと、違うモノ」
 更紗はクスリと声を上げて笑うと、少女を帰らせた。
 テーブルの上に乗っていた葉巻に手を伸ばし、火をつける。
「更紗様も、人が悪いですね」
 何時の間にか更紗の隣に座っていた白いスーツを着た男性がそう呟き、落ちてきた前髪を掻き上げる。
「私は別に、何一つ嘘はついていない。ただ、彼女の欲が強かっただけ」
「あの時、1日だけ彼の彼女になりたいと言ったあの時‥‥本当に1日だけで良いのかなんて訊かなければ良かったのに」
「‥‥過ぎた事は仕方のない事」
「更紗様は本当に人が悪いですね」
「‥‥明日、あの子から御代を貰って来て。彼女の願いを叶えたために、不幸になってしまった人達がいる」
「彼、ですか?」
「そう。彼女にも分かってもらいましょうか。好きでもない人と付き合わなければならない苦痛を。彼や彼の彼女、彼に憧れていた子、全ての人を悲しませた罰を」
「‥‥恐ろしい人ですね」
「それが願いの対価。あの子の願いにつく、代償」
 更紗はそう言うと、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。
 そして‥‥鏡に映った彼女の嬉しそうな笑顔を見て、呟いた。
「貴方は、自分の事しか見えていないのね」


≪映画『Innocent Chaos』募集キャスト≫

*少女
 高校生(外見年齢14〜18程度)
 願いを更紗が叶えた事により、可愛らしい外見の女の子になっている
 元は暗く真面目なタイプだが、現在は高飛車で我が侭になっている
 『私』『貴方』

*彼
 高校生(外見年齢15〜19程度)
 テレビにも出ている人気モデル
 愛想が良く大抵の人には優しいが、暗い子は苦手
 『俺』『君』

*煉(れん)
 更紗の部下(外見年齢20以上)
 白いスーツを着ており、常に穏やかな笑みを浮かべている
 物腰が柔らかく、紳士的
 『私』『〜様』

・更紗(さらさ)
 願いを叶える人(外見年齢20以上)
 長い黒髪、常に気だるげな雰囲気、神秘的で捉えどころがない
 『私』『貴方』

・彼の彼女
・彼に好意を寄せている人


*御代*
・願いの対価は彼女の『幸せ』です
→煉が御代を受け取った後、彼女は幸せを味わった分だけ不幸になります

●今回の参加者

 fa0142 氷咲 華唯(15歳・♂・猫)
 fa0470 橘・月兎(32歳・♂・狼)
 fa0634 姫乃 舞(15歳・♀・小鳥)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)
 fa2640 角倉・雨神名(15歳・♀・一角獣)
 fa4263 千架(18歳・♂・猫)
 fa4579 (22歳・♀・豹)

●リプレイ本文

 窓から差し込む朝日に目を細めながら、日向(角倉・雨神名(fa2640))は重い瞼を開けると布団から身体を起こし、階下へと足を向けた。甘いお味噌汁の匂いに目をこすりながらリビングに入り‥‥母親の洋子(稲森・梢(fa1435))が満面の笑みで日向を手招きするとテーブルの上に置かれた銀色のアタッシュケースを開いた。
「お母さん、これどうしたの!?」
「宝くじが当たったのよ!ウフフ、いくらでもあるから、好きに使って良いのよ」
 上機嫌の母親にお小遣いをねだる日向。半信半疑だった昨日の出来事が、一気に現実味を帯び、日向は心の中で小さく歓声を上げると朝ご飯をたいらげ、鏡の前に立った。
 いつもは地味に結ぶ三つ編から一転、頭の高い位置で1つに結ぶと眼鏡を置き、代わりにコンタクトを入れる。スカートも普段の膝丈からうんと短くし、元気に家を出ると真っ直ぐに学校には行かず、繁華街の方へと足を向けた。
 高級時計店へと颯爽と入り、尚輝(氷咲 華唯(fa0142))が前々から欲しいと言っていたブランド物の時計を現金で買うと、その足で学校へと向かう。
 既に1時間目は終わっており、日向は堂々と教室へ入ると窓際に座る尚輝に視線を向けた。尚輝が弾かれた様に立ち上がり、日向の前まで歩いてくると満面の笑みで挨拶をする。
「お早う、日向ちゃん。今日は遅かったんだね」
「うん、ちょっと用事があったから」
 2人の親し気な様子に、澪(姫乃 舞(fa0634))が目を見張る。
「あの日向さんが‥‥どうして尚輝さんと?」
 澪の視線は尚輝と日向から、瑠璃(千架(fa4263))へと移った。艶やかな黒髪が魅力的な、少々大人びた美少女の瑠璃は、尚輝と付き合い始めて1ヶ月が経とうとしている。瑠璃が戸惑ったような視線を尚輝へ向け、瑠璃の友人の少女がコレはどういうことなのかと尚輝を問い詰めるが、尚輝はいたってそっけない態度で少女を突き放した。
「‥‥今まで尚輝さんは皆に優しかったのに、どうして!?」
 澪の心配そうな視線に、瑠璃が哀しみを耐えるような、健気な視線を返す。日向と談笑していた尚輝が瑠璃をチラリと見つめ‥‥訴えかけるような必死の眼差しを向けた。


 日向達の担任の地学教師・森岡(橘・月兎(fa0470))は日向の突然の変化に戸惑いながらも、職員室での『年頃だから』の台詞に納得していた。初めての遅刻も、恐らく朝の体調が良くなかったのだろう、それくらいにしか思っていなかったのだが、クラス内の微妙な雰囲気に、森岡は首を捻った。
 ずっと一緒にいる尚輝と日向、元気のなくなった瑠璃‥‥普段は大人しく目立たないタイプの日向がやたら明るく元気で、森岡は躊躇いながらも名簿を取り出すと日向の家の番号を押した。1コール、2コール、3コール目で出た洋子に、日向の担任の森岡だと名乗ると口篭りながらも本題を切り出す。
「あの、最近日向さんに何か変わったことがなかったでしょうか?」
 明るい洋子の声が鼓膜を揺らす。宝くじが当たったのだと、嬉しそうに語る洋子にお礼を言ってから電話を置く。
「‥‥宝くじ‥‥ですか‥‥」


 お昼休みになり、仲良さそうに机を合わせる日向と尚輝に、瑠璃はお弁当箱を片手に澪の机の前に立った。
「ねぇ澪ちゃん、良かったら一緒にお昼食べない?」
「私は構わないけれど‥‥澪さんはそれで良いの?尚輝さんと一緒に食べるって約束していたんでしょう?私が尚輝さんに言って来ようか?」
「ううん、良いの。今日は都合が悪いみたいだし‥‥」
 机を合わせ、お弁当を広げる瑠璃。強がっている笑顔に澪が溜息をつき‥‥
「日向さんも日向さんだけど、尚輝さんも尚輝さんよね。日向さんが可愛くなったからって、突然彼女だけに優しくなるなんて‥‥」
「‥‥尚輝君、優しいから」
「‥‥ごめんなさい。‥‥きっと、何か訳があるのよ」
 瑠璃が小さな声でお礼を言い、澪は悔しそうに唇を噛むと尚輝と日向を睨みつけた。


 優しい尚輝に大満足の日向は、寂しそうに澪と昼食を取る瑠璃を横目で見ながら、鞄の中から朝買ってきた腕時計を取り出すと尚輝に差し出した。
「これを着けて‥‥貴方は、ずっと私と一緒の時を刻むの」
 甘い笑顔でお礼を言う尚輝。腕を取り、そっと時計を巻く。
「今日は、一緒に帰ってくれるよね?」
「勿論だよ」
「2人きりになって、そして‥‥」
「日向ちゃんのやりたい事、何でも言ってくれて良いよ。全部、叶えてあげるから」
 優しい笑顔、優しい言葉‥‥尚輝は自分の意思とは全く無関係に飛び出すそれらの言葉に、激しい眩暈を覚えていた。


 手を繋いで帰る道、望んだ世界。春色に染まる繁華街、ざわめきがまるで2人を祝福してくれているよう。貰ったお小遣いを盛大に使い、服を買っては家へ送ってもらうように頼んでから店を出る。
 夕暮れの空を眺めながら、人気のない公園へと入る2人。ベンチへ座り、ギュっと繋いだ手に力を込めた時、日向の視界の端に瑠璃の姿が映った。街中で2人を見かけ、気になってついてきたらしい瑠璃に勝ち誇ったような笑みを向けると、日向は甘えるように尚輝の瞳を覗き込んだ。
「貴方はもう私のもの‥‥そうでしょ?」
「うん、そうだよ。どうしてそんな事きくの?」
「‥‥なら、その証としてキスして。今、すぐに」
 優しい笑顔を浮かべ、そっと右手を日向の頬に当てる。ゆっくりと目を瞑り、顔を近づけ‥‥パチリと、何かが弾ける音が耳元で響き目を開ける日向。時が止まった世界の中、白いスーツを着た煉(椿(fa2495))が丁寧に頭を下げると持っていた綺麗な小箱を胸の高さまで上げた。
「御代を頂きに参りました」
 小箱の蓋を開け、日向に手を翳して貰うようにお願いをする煉。キラキラとした粉が日向の掌から箱の中に落ち、パチンと箱を閉じる煉。
「今のが、御代ですか?」
「はい。確かに御代を頂戴いたしました。有難う御座います」
 恭しく頭を下げ、去っていく煉。再びパチリと音がし、尚輝が目を開け‥‥ガバリと立ち上がると、左胸を抑えた。
「ゴメン。俺、今日はどうかしてた。日向さんのこと、好きにはなれない。俺が今一番大切なのは、瑠‥‥」
 涙目で俯く瑠璃の姿を見つけ、駆け寄る尚輝。瑠璃が戸惑いながらもバッグの中から雑誌を取り出し、尚輝がベストモデル賞を受賞したと言う特集記事の載っているページを開いて見せると無理やり笑顔を作った。
「おめでとうって、ずっと言いたかったの。邪魔する気は、本当になくて、ただ‥‥お祝いが言いたかっただけで、だから‥‥」
「有難う‥‥ごめん、俺、今日はどうかしてた。言い訳っぽくなるかもしれないけど、何故か自分の思うように出来なくて‥‥ずっと瑠璃の事傷付けてたよな。ごめん」
 抱きしめられ、嬉しそうに頬を染める瑠璃。そっと尚輝の背中に手を回し‥‥日向はその光景を見ると、走るようにして公園を後にした。


「日向様の御代、確かに頂戴して参りました」
 小箱の中で結晶化し、宝石となった『日向の幸福』を片手に入ってきた煉を呼び寄せ、チラリと宝石の色を見ると更紗(檀(fa4579))は葉巻の先で部屋の隅を指し示した。
「そこに置いといて」
 気だるげに葉巻を吹かし、長い髪を指先で弄ぶ更紗。煉についでだからと言って部屋の隅から鏡を持ってきてもらい、すぅっと長い指を滑らせる。それまで映っていた更紗と煉の姿が溶け、日向と洋子の姿が浮かび上がる。
『お母さん、どうして!?‥‥どうしてっ!?』
 高価な宝石を身に纏い、ブランド物の服に袖を通した洋子が、泣きながら抱きついてきた日向を振り払うと眦を吊り上げた。
『ちょっと、そんな事したら汚れるでしょ!?泣きながら抱きつかないで頂戴!!』
 再び更紗が鏡を撫ぜれば、そこには幸せそうに手を繋ぐ尚輝と瑠璃の姿があった。澪が安堵の表情で2人を見つめ、やっぱり尚輝さんには瑠璃さんがお似合いねと言って頬を淡く染める。
「男の子が、来たの」
 唐突にかけられた言葉に戸惑いながらも、煉が先を促す。
「ずっとイジメてた女の子、でもずっと好きだった。彼女と、付き合いたい、そう言ってた」
 嘲るような、同情しているような、不思議な瞳の色で鏡を見つめる更紗。するりと鏡を撫ぜ‥‥日向が楽しそうに男の子と手を繋いでいる場面が映る。
『どこへでもついていくから、貴方に‥‥』
 表面上は何事もなく平穏に過ぎる日々。担任の森岡の満足そうな顔が映り‥‥更紗が再び鏡を撫ぜれば、鏡が本来の役目をまっとうすべく、更紗と煉の姿を映す。
「相応の代償があるからこその幸福‥‥仕方ありませんね」
「そうね」
「人は苦労し、不幸から幸福になる。苦労なく幸福を得れば、不幸になる‥‥」
「そうね」
 更紗が指先で、日向の宝石を弾く。どんなに綺麗に輝いていようと、ソレが更紗の心に与える価値は皆無に等しい。貰えば終わり、興味はそこで途絶える。
「明日、御代を貰って来てほしいの。あの、男の子から」
「分かりました」
 煉が客にするのと同じか、それ以上に丁寧に頭を下げ‥‥すっと、部屋の暗がりに溶けて行った。


 街灯の灯った公園のベンチで、日向と聡は手を繋いで座っていた。日向が甘えるように腕に縋りつき、そっと顔を上げて目を閉じる。聡が頬に手を当て、顔を近付け‥‥パチリと何かが弾ける音に顔を上げる。時が止まった世界の中、暗がりから煉が姿を現し、恭しく頭を下げると穏やかな笑みを向けた。
「御代を頂きに参りました‥‥」