蒼月の事情5アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
|
担当 |
宮下茜
|
芸能 |
3Lv以上
|
獣人 |
2Lv以上
|
難度 |
やや難
|
報酬 |
7万円
|
参加人数 |
6人
|
サポート |
0人
|
期間 |
06/29〜07/02
|
●本文
・物語り憑き
それは、物語の登場人物達と触れ合う事の出来る、神秘の職業
それは、親から子へ、子から孫へと受け継がれる伝統の職業
それは、物語憑き本部からの指令により、日々物語の安全を守る、名誉ある職業
*紅斬の部屋*
鋭い赤の瞳を細め、紅は蒼の頬をつぅっと撫ぜた。細く白い手を握り、蒼は目を伏せた。
「いつか、こうなる事は分かっていた。そうだろ、紅斬?」
「はい。私と貴方がいる、それは即ち、物語りの危機。私と貴方の力をあわせれば、きっと防げる」
柔らかく微笑むと、紅は手を引っ込めた。
「私と貴方の力を合わせるか、弟に全てを託すか。2つに1つです」
「最初から、決まってるだろ。あいつには任せられない」
「あの子は優秀な子です。少し頑固な所がありますが、マスターとしての条件を持ち合わせている」
「それも、1人でな」
「そうです。私と貴方は不完全な存在。2人で1人‥‥」
「‥‥居場所が分かったら、連絡してくれ」
「分かりました。‥‥蒼慈、貴方は最後まであの子に兄だと名乗り出るつもりはないんですか?」
何も言わない蒼の背中に頷くと、紅は唇を噛み締めた。
「貴方には、悪いと思っています。本来は私の領分であるはずの事を押し付け、私は‥‥」
「双子の妹を守るのは、双子の兄の仕事だろ?」
出て行く蒼の背を見つめ、紅はその場に座り込むと深い溜息をついた。
「紅斬は命を狩る者の名前。蒼慈は命を守る者の名前‥‥私は、自分のやりたくない仕事を蒼慈に押し付けた‥‥」
彼は、決してイヤだとは言わなかった。ただの一言も‥‥
*物語り憑き本部*
物語り憑き本部に危険を知らせるアラームが鳴り響き、本部員達は赤く点滅する光をジっと見つめていた。
「マスターからだ」
誰かが呟き、成り行きを見守っていた特殊部隊員が壁のスイッチを押し込んだ。
西側の壁の前に巨大なスクリーンが現れ、厳しい表情をした紅の姿が映し出された。
『物語の魔王が蘇り、108の悪魔達が目覚めました』
「初代マスターの施した封印が解けたと言うのですか‥‥?」
『そうです。既にいくつかの物語は悪魔達の手により、運命を捻じ曲げられています』
「物語り憑きは、どうすれば良いんです?」
特殊部隊員の言葉に、紅は暫し目を伏せると言葉を紡ぎだした。
『特殊部隊員は、直ちに物語の中に入り、悪魔の討伐を』
*蒼慈家*
本部から戻った岬の顔色の悪さに、蒼は心配そうに眉根を寄せた。
「岬ちゃん?」
「‥‥蒼さん、もう知ってますよね。物語の魔王が蘇ったって」
「あぁ。その討伐の仕事はウチに来たぜ?さっすが蒼月隊って感じだな。紅斬の信頼も厚い」
「‥‥ずっと、知らないふりをして来ましたが‥‥本来、マスターの座に納まるのは蒼さんのはずでした。双子の妹の紅斬様じゃなく」
「それがどうした?俺には向かなかっただけだ」
「違います!蒼さんには向いていたはずです!その名前が何よりの証拠じゃないですか!蒼さんは‥‥蒼さんは、優しすぎたんです」
「俺が優しい?お前、大丈夫?熱でもあるのか?」
「本来は先代のマスターから依頼されていた裏の仕事を片付けるのは紅斬様のお役目でした。でも、蒼さんは人を斬る紅斬様を見ていられなかった。マスターの話を蹴ったのも、紅斬様のため。あの方に居場所を与えるためでした」
「買いかぶりすぎだ。紅斬は知略に優れ、人望もあり、何よりも深い慈愛の心を持っていた。だから推薦した」
「‥‥蒼さん、魔王の封印の仕方を知らないとは、言わせませんよ。魔王を封印する時、初代のマスターは命を落とした。何故なら、ソレが封印の要だからです!最高の物語り憑きの血が、不可欠なんです。紅斬様の血じゃダメなんです。蒼さんの血じゃないと!」
「なんだ?いつもは酷い事ばっか言ってるクセに、俺の身の心配してくれるわけ?やっさしーなぁ、岬ちゃんは」
「はぐらかそうとしないで下さい!」
「‥‥お前は、俺が最高の物語り憑きだと言ったな。でも、それは違う。今この世に生きている中で最高の力を持つ物語り憑きは、俺でも紅斬でもない」
「誰なんです!?それは‥‥」
「誰なのか、名前は言えない」
「でも‥‥!」
「俺と紅斬の弟なんだよ。その、最高の物語り憑きってヤツは」
「‥‥弟さんなんか、いたんですか‥‥?」
「半分しか血は繋がってねぇけどな」
蒼がそっと岬の頭を撫ぜ、ふっと柔らかく微笑む。
「俺は魔王を封印しに行く。お前は、どうする?行きたくないなら、来なくて良い。人は、他にも呼ぶつもりだ」
「何言ってるんですか。僕と蒼さんで『蒼月隊』なんでしょ?」
「‥‥‥‥ごめんな、時岬。もう、決めたんだ」
「蒼月隊最後の仕事です。絶対に成功させましょうね‥‥」
≪映画『蒼月の事情5』募集キャスト≫
*蒼慈(通称:蒼)外見年齢21〜25
高身長の色っぽい二枚目。いたってお馬鹿のボケ属性
物語り憑き特殊部隊始まって以来の天才
武器は、青白い光が宿る特殊な日本刀
*時岬(通称:岬)外見年齢16〜20
クールで落ち着いた雰囲気の少年。身長は普通。常識的でツッコミ属性
武器は二丁拳銃。特殊弾は2種類(普通の弾を入れて撃つ事も出来る)
・結界弾:相手の攻撃を1回だけ弾く事が出来る
→対象は1人だけ(対象に向けて撃つ)
・捕縛弾:相手の動きを一定時間(相手の強さによって長さは変わる)止める事が出来る
→対象は1人だけ(対象に向けて撃つ)
*紅斬(通称:紅)外見年齢21〜25
紅の瞳をした美女。柔らかい物腰で丁寧な口調で喋る
その名の通り、天才的な戦闘センス
武器は、紅の光が宿る特殊な日本刀
・物語の魔王:外見年齢20以上
ヴィジュアル系の色っぽい外見
圧倒的な戦闘力を誇り、様々な魔法も使える
物語の世界を混乱に陥れようとしている
『物語り魔王の書』と言う本の中にいる
・物語り悪魔
外見は総じて整っている
ヴィジュアル系の服装を好み、背中に黒い羽が生えている
・その他
・蒼月隊&紅と共に魔王を封印しに行く物語り憑きor物語りの住人
●リプレイ本文
風に乗って流れてきた声は、普段の彼女とはかけ離れた、弱弱しいものだった。
『死にたくない』
手を握る。細く白い手は、微かに震えていた。
『貴方の名は、永遠に語り継がれる』
手を握り返す。弱弱しい力で。本当は、もっと強く握り締めてあげたかった。不安を消し飛ばすように、力強く‥‥。しかし、私にどれほどのことが出来るのだろうか。私は、あと数刻の後に消えてしまうこの命を救うことは出来ない。
『永遠の記憶になら、喜んで残るわ。でも、永遠の記録に残るのは、イヤ。私を繋ぎとめる永遠の鎖は、記録ではなく記憶であってほしい』
『難しい事を仰いますね。貴方の記憶を持つ人が、永遠の生を生きられはしない。人は、必ず死を迎える』
刹那の沈黙。北から吹く風は、冷たい。
『‥‥貴方は、いつだって私の我が侭をきいてくれましたね』
視線を向ける。彼女の笑顔はいつだって魅力的で、今日は特に、悪魔的な色香を纏っていた。
岬(千架(fa4263))はゆっくりと起き上がると、いつの間にか頬を流れていた涙を拭った。ぼやけていた視界がクリアになり、見慣れた室内が広がる。
(‥‥今、何か妙な夢を見た気がする)
覚醒の後に覚えているのは、頬を撫ぜた冷たい風のみ。どんな夢だったのか、また、どうしてその夢を見て泣いたのか、岬には覚えが無かった。
起き上がり、顔を洗う。岬は、基本的に朝は食べない習慣だった。それが身体に悪いことだとは知っていたが、朝から何かを食べれば気分が悪くなることが常だった。台所に立ち、珈琲を淹れる。玄関から聞こえてきた微かな音は、新聞が配達された音だろう。まだ熱いカップに口をつけ、香りだけ楽しむとテーブルに乗せる。小さな卓袱台が置かれた部屋を横切り‥‥いつもとは違う様子に、岬は足を止めた。
「相変わらず早いねー!低血圧なのに、大丈夫〜?」
「蒼さん、どうしたんですか?こんな朝早くに」
「んー、ちょっとココアが飲みたくなって起きたら、そのまま眠れなくなってなー」
蒼(笙(fa4559))がゆっくりと立ち上がり、大きく背伸びをする。口を開け、盛大に欠伸をすると岬を台所へと押し戻し、珈琲と呟くと玄関へ歩いて行く。
(蒼さん‥‥眠れなかったんですね)
卓袱台の上には空のカップが置かれており、岬はそれを台所で軽く濯ぐと新しいカップに珈琲を注いだ。
次々と報告される、捻じ曲げられた物語の情報に、紅(冬織(fa2993))は目を閉じると喉の奥で低い呻き声を上げた。後ろで束ねられた赤茶色の髪が背を滑り、それを乱暴に払うとデスクの上に広げられた書類を脇に押しやった。
「紅斬様、蒼月隊が到着いたしました」
「通してください」
両開きの扉が遠慮がちに開かれ、側近の女性が深く頭を下げる。その後ろから現れた2人の姿に、紅は一瞬だけ蒼に視線を向けた。刹那、結ばれる視線の架け橋。けれどそれは、どちらからとも無く崩壊する。
「話は、聞いていると思います」紅は意識的に岬の方を向いて話し始めた。
「魔王を封印するにあたり、蒼月隊に力を貸して欲しいのです。‥‥一緒に、戦ってくれますね?」
「御意」蒼がその場に跪き、岬もそれに従う。
「御意。マスターの御心のままに」
岬の言葉に、紅が複雑な表情を浮かべて目を伏せる。喜び、悲しみ、愛しさ、それらの感情を受け取ったのは、蒼だった。紅に強い意思を含んだ視線を投げ、岬が顔を上げる前に紅が背を向ける。
「つか、御意って舌噛みそーじゃね?」
「‥‥折角キメたのに、それ以上喋んな」ギロリと冷たい視線で睨みつける岬。
「どうせならさ『ギョミ』とかの方が言い易いじゃん」
「ゴミは蒼さんですよ」
「や、ゴミじゃなくって‥‥てか、岬ちゃん酷くねー!?」
言い争う2人に、紅は口元に笑みを浮かべた。
「さて‥‥お困りの皆様の為、ちょっくら行ってくるか」
ニカリと歯を見せて笑う蒼。岬が紅に頭を下げた後で、退室する。蒼もその後を追って踵を返しかけた時、そっと右手を後ろから掴まれた。
「蒼慈‥‥本当に、良いのですか?」
「‥‥俺が、嫌な事を嫌って言わなかったこと、あったか?」
腕を引き離す。それは、とても弱い力ではあったけれども、紅にとっては強い意思を感じざるを得なかった。振りほどかれた手を握り締める。扉の向こうに消えて行く後姿に、紅はそっと呟いた。
「嘘吐き‥‥なんですね‥‥」
鴉の濡れ羽色の長い髪を、優雅な手つきで払いのける。豊かな胸元で光る金色の髑髏が、蝋燭の光を受けて笑っているように見える。豪華な椅子に座った魔王・フィセル(氷咲 水華(fa3285))は長い脚を組むと、赤く濡れた唇を歪めた。深いスリットから見える白い脚は、絡みつく漆黒のドレスとは対照的だった。
「久しぶりの外の空気は、斯くも甘美なものだとは、知らなかったわ」
手元には水晶が1つ、様々な場面を映し出していた。
「全ての物語は、終わりから始まりへ、始まりから終わりへと向かう。終わりなき無限の世界。味気ない、螺旋の世界。‥‥それは、永久と言う名の牢獄ではないのかしら?」
フィセルが優雅に宙を手で撫ぜる。赤い絨毯の敷かれた巨大な広間の中央に、一筋の光が現れる。それは円状に大きくなり、その中心に人の姿が形作られていく。
「その牢獄から解き放とうとしている私を封印した、悪しき物語り憑き達‥‥。さあ、行きなさい、私の可愛い子。この私を長いこと封印してくれた恨み、思い知らせてやりなさい」
黒のロングスカートが広がり、裾に施されたレースが不規則な波をうつ。フィセルに生み出された悪魔・リリア(芳稀(fa5810))は跪いたままの格好で顔を上げた。
「全てはフィセル様の御心のままに‥‥」
リリアはそう言うと、立ち上がった。その動作は優雅で洗練されており、人から見られる事に慣れている者特有の立ち振る舞いだった。深いスリットからチラリと見える脚は細く長く、足元を彩るのは攻撃的なまでに鋭いピンヒールだ。ゴシック調のワンピースの胸元には白い薔薇の刺繍が施されており、袖の代わりに肩口には繊細なレース、そこから伸びる病的なまでに白く細い腕には悪魔の羽のタトゥーがいれられていた。
「わたくしにお任せくださいませ、フィセル様。物語の住人達を永遠の檻から解き放ち、自由と言う名の地獄へとご案内いたしますわ」
潤んだ唇を歪め、妖艶なまでの邪気を放ったリリアは、首にかかっていた水晶の髑髏を両手で包むと目を閉じた。横顔を蝋燭の炎がなめるように照らす。長い睫が頬に濃い影を落とし、炎が揺れるたびに、微かに濃度を変える。
「ふふふ♪シンデレラに迎えは来ませんわ。白雪姫も永遠にお眠りなさい。人魚姫は隣国の姫さえ幸せにはなれない‥‥‥‥‥だって、男達は全てわたくしの虜ですもの」
細い肩が揺れる。上下に、緩やかに‥‥それがだんだんと激しくなる。口元に浮かんでいた笑みが、禍々しい色を帯びてくる。―――目を開ける。その瞳に宿るは、残酷な狂気‥‥リリアの甲高い笑い声が、蝋燭の炎を揺らす。フィセルは満足そうに目を細めると、微かに口元を上げた。右手を蝋燭の炎の上に乗せ―――ふっと、炎が消える。闇の中で、リリアの声だけが木霊していた。
斉天大聖(マリアーノ・ファリアス(fa2539))は唇を噛み締めると、目に憎しみを宿らせて本部の中を闊歩していた。周囲の人々が止めるのも構わず、目指すは魔王の書ただ1つ。
「牛魔王だろうと大魔王だろうと、この斉天大聖・孫悟空様がギッタギッタにしてやるぜっ!」
物語が進まなくなり、困ってしまった住人達は数多くあれど、彼のように討伐をしようと名を上げたものは一人もいなかった。住人達にとって、魔王と言えば恐怖の対象である。そんな人に喧嘩を売るのは、凄まじい勇気の持ち主か、あるいは‥‥
「とんでもない大馬鹿者かのどちらかだとは思うのですけれども」
背後から聞こえた声に振り向くと、真ん中にいた少年を睨みつけた。華奢な体つきの彼は、ばつの悪そうな顔をしつつも曖昧に微笑んだ。
「あん、なんだお前ら。この斉天大聖・孫悟空様に物申そうってか!?」
「‥‥やっべ、岬ちゃん聞いた!?この人名前長いよ!しかも、セルフ様付けだよ!」
蒼が岬の耳元で笑いを含んだ声を上げ、岬が鬱陶しそうにそれを払いのける。
「あれ!?もしかして、その後ろに居るの、マスターか!?」
蒼の半歩後ろにいた紅がコクリと頷き、前に出る。斉天大聖がマジマジと彼女を見つめ、「あぁやっぱり」と口の中で呟く。
「マスターがいるって事は、お前ら魔王を封印しに行くんだな!それなら丁度良い!俺様も一緒に行ってやるよ!」
「ですが、これは物語り憑き達の問題です。物語の住人達のお手を煩わせることは‥‥」
「ンなこと言ったって、こっちだって豚と河童が見あたらなくて話が進まねぇんだよ!」
紅のやんわりとした断りに反発する斉天大聖。困ったように紅が蒼と岬に視線を移すが、どちらも軽く首を振っただけだった。
「‥‥もういい、わかった。俺様は俺様一人でやらせてもらう!」
口を真一文字に結び、意志の強さをアピールする斉天大聖。魔王封印に住人達を同行させるのは非常に危険だが、単独行動の方がよほど危険だ。
「分かりました。くれぐれも無理はしないように‥‥」
「よっしゃー!そうと決まれば、とっとと行ってとっとと帰ってくるぞ!行くぞ、物語り憑きどもーっ!」
「‥‥って、聞いてませんね」
我が侭なのは自覚があった。人よりも長く生きられないこと、魔王の封印によって命を落とすこと、それは生まれた時からの定め。だからこそ、私の我が侭を、誰もが笑顔で受け止めてくれた。じきに散る命だからこそ、彼らの平安のために犠牲になる命だからこそ。私の些細な我が侭を聞く事によって、自分達が救われる事を知っているからこそ―――
『‥‥貴方は、いつだって私の我が侭をきいてくれましたね』
彼もそう。いつだって、優しく我が侭を叶えてくれた。どんなに無茶な事を言っても、困ったように微笑んで、精一杯の努力をしてくれた。
視線を向ける。困ったような顔、寂しそうな顔。彼にそんな顔をさせているのは、私。それが嬉しくもあり、悲しくもあった。彼にそんな顔をさせられるのは私だけだと、胸を張って言える。だって、私は彼の気持ちを知っているから。彼だけが、私の気持ちを知らないから。
『これが、最後の我が侭です。叶えて、くれますよね‥‥蒼慈‥‥』
「おう、物語り憑きども!間違っても俺様の足だけは引っ張んじゃねぇぞ!?」
斉天大聖の怒声に、岬ははっと顔を上げた。如意棒が空を切り、獅子奮迅の働きで下級悪魔を相手に大暴れしている斉天大聖の隣では、蒼がそれをフォローしている。
「時岬、どうしましたか?顔色が悪いようですが」
「‥‥何でもありません。少し‥‥白昼夢でも見ていたようです」
大丈夫ですからと言い置き、走り出す。
(呆けていたらダメだ。斉天大聖に怪我でもさせたら大変な事になる)
「だぁぁっ!!物語り憑き!今のは俺様の獲物だったんだぞ!?」
「まぁた、照れちゃって♪俺様の美技に惚れるんじゃないぜ?」
「‥‥蒼さん、俺様って、移ってますよ」
「あ、本当だ!ヤッベー!もしかして、あと数時間一緒にいたらあの乱暴な言葉遣いも移るかも知れないってことか!?どうしよう岬ちゃん!」
「良いんじゃないですか?普段の蒼さんとの阿呆な会話が減るのであれば、僕はどんな言葉遣いでも構いません」
シレっとした様子で銃を撃つ岬。蒼が情けない顔をしながら日本刀を振るう。青白い光が斜めに宙を切り裂き、悪魔が霧散する。
そんな4人の様子を上空から見ていたリリアは、小さく舌打ちすると唇を噛んだ。
「まさか、ここまで使い物にならないとは思いませんでしたわ」
だから急ごしらえの悪魔はダメなのだと、心の中で悪態をつく。雑魚悪魔達を生み出したのは、リリアと同じようにフィセルから生み出された真の悪魔の内の1人だった。
「雑魚がいくら集まろうとも、ただ目障りなだけですわ」
彼女の美意識に反する悪魔達を真下に見ながら、リリアは右手を高く頭上に掲げた。胸元で揺れる水晶の髑髏が禍々しい色の光を放ち、地上に降り注ぐと一気に悪魔達をかき消す。
「今のは何だ!?」
「蒼さん、上です!上に悪魔が‥‥」
「悪魔なんて、不細工な名前で呼ばないでくださいませんこと?わたくしの名前はリリア。フィセル様に生み出されし真の悪魔の内の1人‥‥」
リリアの指が宙を撫ぜる。小さな光の粒が幾つかリリアの周囲に浮かび、徐々に大きくなっていく。七色の光の中から姿を現したのは、数人の王子達だった。
「わたくしの忠実な僕たちですわ。‥‥物語り憑きとして、物語の住人達は倒せない。お前たちは、わたくしに指一本触れる事すら叶わない‥‥」
「‥‥弱りましたね、蒼さん、どうします?」
「ンなん簡単じゃねぇか!あいつらごとぶっ飛ばす!」
如意棒を振り回しながら突撃しようとした斉天大聖に向けて、岬が捕縛弾を撃つ。
「ダメですよ!王子様の顔に傷なんか作ったら‥‥」
「俺様はまどろっこしいのは嫌いなんだ!」
「あら、わたくしと少しは話があうようですわね。わたくしも、まどろっこしいのは嫌いですの。時間の無駄ですしね。‥‥ですから、お前たちもわたくしの僕となりなさい!」
リリアの瞳が赤く光り、続いて紫色へと変わる。不思議な力の瞳を凝視していた蒼と岬、そして斉天大聖は眉を顰めると顔を見合わせた。
「ちょっと、何故わたくしの術にかかりませんの!?」
「は?術ってなんだ?」
「‥‥これだから馬鹿な猿は‥‥!豚も河童も術にかかりましたのに‥‥!!」
「それ、魅了ですよね?‥‥非常に不本意ですが、蒼さんの方が色気ありますし」
岬が困ったような顔で眉根を寄せる。
「‥‥くっ‥‥男に負けるなんて屈辱ですわ!」
ハンカチをぎりりと噛み締めるリリア。岬が「すみません」と反射的に謝ってしまう。‥‥物語り憑きとしては間違った対応だが、男の子としてはあながち間違った対応ではないかもしれない‥‥
「俺も、岬ちゃんの方が可愛いと思うし‥‥ツン100%に見えて猫舌だとか、ちょっぴり萌えポイントな可愛さがあるんだぞ!」
胸を張って誇らしげに声を張り上げる蒼。紅が「そうなのですか?」と呟き、首を傾げる。岬が呆れたように片頬だけ笑みを浮かべ、冷たい視線で蒼を見つめる。
「僕の分が冷めるので、蒼さんのご飯を先によそっていただけです」
「酷いっ!嫁いびりだったのね!‥‥リリアちゃん、こんな人どう思う!?酷いと思わない!?」
「‥‥縋るような瞳でそんな事を言われても、わたくしはどうも思いませんし‥‥」
「最近の子は心が冷たいわっ!!」
号泣する蒼にリリアが溜息をついた時、ふっと背後に殺気を感じて振り返った。いつの間にか接近していた紅が赤く光る日本刀を真っ直ぐにリリアの胸に突き刺した。
「‥‥え?いつの間に‥‥」
口の端から一筋の血を流したリリアは、呆然と胸に突き刺さった日本刀を見つめた。
「ふっ‥‥計算通り」
「生憎と、彼等では私を阻む事は無理です」
不敵な笑みを浮かべた蒼と、赤い瞳を細めてゆっくりと刀を抜く紅。支えを失ったリリアがぐらりと揺れ―――
「この程度の力では‥‥フィセル様は倒せません、わよ‥‥」
地面に倒れこむ前に、霧散した。暫くはリリアのつけていた薔薇の香りのコロンがその場に残っていたが、それも、吹いた風に流されて行った―――
『記録ではなく、記憶に残りたい』
そう言う彼女が、永遠の記憶を与える者として私を選んでくれた事が嬉しくもあり、悲しくもあった。永遠の記憶とは即ち、永遠の生であり、私はこの世界が終わりを迎えるその時まで、無限に蓄積される記憶を持て余さなければならないのだ。
『貴方を、封印の書の守人とします。魔王の封印は、紅斬を継ぎし者と蒼慈を継ぎし者が対でなければならない‥‥そして、貴方‥‥初代蒼慈には、私たちの後継ぎを永遠に見守る任を課します』
『‥‥御意』
『貴方は、紅斬と蒼慈を継ぎし者達の封印をサポートしてあげて欲しいのです。物語世界の安泰が長く続くように‥‥封印のために命を散らす者達を、悪戯に増やさないためにも』
岬は目を開けると、今見えた光景に眉根を寄せた。
(あれはいったい何なんだろう‥‥。確かに、紅斬も蒼慈も継がれる名前ではあるけれど‥‥)
「やっだなぁ、岬ちゃんてば眉間に皺よってるぞ☆」
くねりながら裏声でそう言うと、蒼が岬の眉間を親指で力いっぱい押した。岬が反射的に裏拳を喰らわせ、後ろに吹っ飛ぶ蒼。
「‥‥って、何であんたはいつも通りなんだ!?これから魔王戦!ピクニックに行くんじゃないんですよ!?てか、馬鹿ですか!?真性の馬鹿なんですか!?」
「えー、だってぇー。頼りにしてるからな。何たって、俺の岬ちゃんだし?」
「‥‥蒼さん‥‥て、何勝手に『俺の』にしてるんですか!?僕、いつ蒼さんのものになったんですか!!」
言い争う蒼と岬に微笑みながらも、紅は目を伏せた。優しすぎるが故に自らを犠牲にし続けた蒼、彼に謝罪ではなく、感謝を述べたかった。‥‥けれど、ソレを蒼が望んでいない事は分かっていた。だからこそ、秘める思い―――
「ごめんな‥‥紅」
いつの間にか隣に来ていた蒼が低く呟き、紅は目を丸くすると首を傾げた。
「何故、謝るのです?」
「‥‥有難う、紅‥‥」
きっと蒼も自分と同じ気持ちを抱いているのだろう。自らの死よりも怖いのは、相手の死。大切だからこそ、生きて欲しい。けれど、相手がいなければ封印は施せない‥‥。
「‥‥初代の紅斬は、一人で逝くのが怖かったのでしょうか‥‥?」
「さぁな、俺にはわからない。封印の強度を増すためって理屈も分かるし、一人で逝くのが怖かったのかもしれない。‥‥もしかしたら、蒼慈に永遠の生を与えたかったのかもしれない」
「‥‥初代の蒼慈に、今日‥‥会えますね」
「あぁ‥‥」
フィセルは水晶に手を翳すと、小さく溜息をついた。切れ長の目を細め、血のように赤い唇を自嘲気味に歪めると、艶やかな黒髪を手で梳いた。
(やはり、私が直接相手をしなければならないようね)
目を閉じ、意識を集中する。館の扉が壊される音を遠くに聞きながら、フィセルは背もたれに身体を預けると、傍に控えていた悪魔に視線を向けた。彼は恭しく頭を下げると、宙を手で撫ぜ、銀のトレーに乗ったグラスを1つ、光の中から生み出した。
(悪魔が使う術はいつだって、光と共に‥‥皮肉なものね)
グラスの中では、ルビー色をした液体が揺れていた。フィセルはグラスを受け取ると、液体から立ち上る甘い香りを胸いっぱいに吸い込み、目を閉じた。唇をグラスにつけ、一気に呷るとグラスを持つ手に力を込める。グラスが砂のように崩れ、絨毯の上に降り注ぐ前に空気に溶ける。
身体の芯から沸き起こる力に立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。両手を天井へと差し伸べ、そこから何かを掴もうとするかのように、掌を広げる。フィセルの手の上で青白い炎が灯り、ゆっくりと白い指が炎を握り締めた瞬間、部屋の中に炎が燃え移った。
最上階の扉を開いた蒼と紅は、その場で立ち止まった。部屋中が青白い炎に包まれており、そこからは冷気が放出されている。
「いつかは来ると思ってたけど、結構早かったじゃない」
部屋の中央、豪華な椅子に座っていた女性が立ち上がる。
「魔王フィセルですね‥‥」
「いかにも。そう言う貴方たちは、紅斬に蒼慈‥‥そして、時岬ね」
「‥‥どうして僕の名を‥‥!?」
「それが、いつもと同じ事だからですよ、時岬」
悲しそうな顔でそう囁いた紅の脇を、斉天大聖が駆け抜ける。冷たい炎が揺らめく中へ突っ込み、フィセル目指して如意棒を構えた次の瞬間、絨毯が波打ち、斉天大聖を後方へと吹き飛ばした。何とか受身を取った斉天大聖だったが、腕と背中を強かに打ったらしく、苦痛に顔を歪めると唇を噛み締めた。
「ちっ、お釈迦様の時と一緒かよ!」
「この者は、住人では倒せません。ここは、私たちに任せていただけませんか?」
「‥‥分かった。まだ悪魔の残りがいるだろうから、俺様は下で守ってる。‥‥ここには、ネズミ一匹通さねぇから、安心しな!」
「有難う御座います。‥‥とても、助かります」
「斉天大聖さん、宜しくお願いします」
紅と岬に元気の良い笑顔を見せると、如意棒を握りなおし、走り出す。
「岬ちゃんの次に頼りにしてるぜ、斉ちゃん♪」
「お前らも、ぜってー‥‥仕留めろよ」
一度立ち止まり、振り返った斉天大聖だったが、気を取り直すと走り出す。その姿が廊下の向こうへと消えた後で、紅はフィセルを真正面から睨みつけた。
「まずは、お礼を言わせていただきます」
「あら、何の事かしら?」
「貴方は、斉天大聖を亡き者にしようとすれば、出来た。けれど、手加減をした‥‥」
「‥‥ただの、気まぐれよ。そんなことより、また封印に来るなんてご苦労なことね。簡単に出来ると思ったら、大間違いよ。初めて私と対戦する貴方たちとは違って、私は何度も『貴方たち』と戦っているんですから‥‥」
青白い炎の中から、数人の悪魔達が生み出され、襲い掛かる。岬が的確な銃捌きで悪魔達を倒し、蒼と紅が双方の背中を守るように立ち回りながら悪魔達をねじ伏せていく。ものの数分のうちに片付けられた悪魔達を見つつも、フィセルは満足そうに目を細めると右手を高く掲げた。
「同じ名前の物語り憑き達‥‥見た目も、力も同じ‥‥にも関わらず、微妙にそれぞれが違う‥‥けれど―――」
鋭い純白の光が室内に満たされ、バチリと言う強い音が空気を震わす。紅が日本刀を自身の前に突き刺し、蒼が岬の腕を掴んで自分の背後に回すと日本刀を床に突き刺す。宙を切り裂く放電音に岬が思わず耳を塞ぎ、紅と蒼が奥歯を噛み締めると日本刀を持つ手に力を込める。
「貴方たちの根底にあるものは皆一緒。互いを思い、相手の心配をし―――だから‥‥」
フィセルが指先を蒼たちに向ける。細い指先に赤い点が光り、瞬く間に巨大化すると床に叩きつけられる。爆発の一瞬前に、右へと回避した紅が爆風に飛ばされ、背中を壁に打ち付けられる。日本刀の結界に守られてはいるものの、煙までは防げなかった蒼と岬が涙を流しながらむせる。フィセルの高笑いが煙の向こう側から聞こえ、蒼が意を決して立ち上がった次の瞬間、壁際で倒れこむ紅の姿を見つけ、走り寄る。
「紅ざ‥‥」
右胸に熱い痛みが走り、蒼はその場で膝を折った。視線を下げれば、銀色の刃が蒼の胸元で光っていた。先についた血が絨毯に落ち、じわりと服を濡らしていくのが分かる。気を失っていた紅が薄く目を開け、蒼の胸元を見ると短い悲鳴を上げた。
「蒼慈!!!」
「だから、自分がやられるの。貴方たちは、相手を庇い合って私と戦えるほど、強くは無いのに!―――愚かな者達‥‥」
「蒼さんに‥‥蒼さんに何を‥‥!!」
岬が低い呻き声を上げ、フィセルに向かって銃を撃つ。1発、2発、3発。正確にフィセルの胸元を狙って放たれた銃は、彼女を傷付けることは出来なかった。青白い炎に包まれ消えて行く銃弾に、岬は唇を強く噛み締めた。
「時岬に封印の力はない。貴方は、私を傷付けることすら叶わない‥‥!」
高らかに声を張り上げるフィセルの背後から、紅が日本刀を振り降ろす。力を込めたその一撃は、直前で回避され、腕に小さな切り傷を作った程度だった。
「‥‥あぁ、自分の血なんて久しぶりに見るわ‥‥」
恍惚の表情で唇を歪め、指先で血を拭うと舌で舐めとる。
「‥‥時岬、援護を頼みます」
「分かりました、紅斬様」
「蒼慈‥‥いけますか?」
「あぁ、平気だ。しっかし痛てぇなコレ。‥‥岬ちゃんさ、今度機会があったら、刺されても痛くない剣作ってくれない?」
「‥‥何言ってるんですか‥‥」
「や、そう言うのがあればさ‥‥良いと、思わねぇ?」
「‥‥思い、ます‥‥」
「‥‥頼みましたよ、時岬」
紅が慈しむような眼差しで岬の頭を撫ぜると、フィセルを睨みつける。日本刀を包む紅の光りが強さを増し、床を蹴るとフィセルに向かって一直線に走り出す。
「わざわざ弱い方が封印をするのね。強い方がやれば良いのに、頭おかしいんじゃないの?」
紅が日本刀を振りかぶった次の瞬間、それまでの赤から一変して紫色の光りがほとばしった。
「命を狩る者と守る者の名において魔王を封印します!」
「再び長き眠りにつけ、フィセル―――」
紅の背後から飛び出した蒼の日本刀もまた、紅と同じ紫色の光りに包まれていた。2本の日本刀がフィセルの身体を貫く。純白の光りが室内に広がり、青白く燃えていた炎が消えて行く。岬はあまりの眩しさに、腕を顔の前でクロスさせると目を閉じた。
「ふん‥‥死なない限り、何度でも復活してみせるわよ!覚えてらっしゃい―――」
白で満たされた空間の中でフィセルの声が響く。瞼の向こう側で光が何度かスパークし、強い風圧で後ろへと押しやられる。暫しの沈黙の後に目を開ければ、そこには倒れこんだ紅と蒼、そして1冊の本が落ちていた。
「蒼さん、紅斬様‥‥!」
走り寄ろうとする岬の前に、1人の男性が立ちはだかると首を振った。
『本に、鍵を』
蒼と良く似た顔立ちの彼はそう言うと、起き上がった紅と蒼にナイフを手渡した。不安そうに成り行きを見守る岬に、蒼が満面の笑みで親指を立てた。
「どんまい!」
それは、蒼月隊の合言葉―――。こんなのが、合言葉なんて‥‥そう文句を言った日々が、懐かしい。岬はぐっと涙を堪えつつも、同じように親指を立てた。
「どんまい!」
蒼と紅がナイフを相手に向ける。互いの刃が相手の掌を傷付け、組み合わせた手から落ちる雫が封印の書の上で混じり合う。混じり合った雫は光へと変わり、封印の書が七色に輝きだす。
「‥‥蒼さん!紅斬様!」
岬が堪らずに走り出し、封印の所の前で膝を折った瞬間、蒼の手が頭へと伸びてきた。
「やっぱキツイな‥‥寝るわ。‥‥おやすみ」
「おやすみなさい、時岬」
穏やかに微笑む2人を前に、岬は頬を滑った涙を乱暴に拭うと微笑んだ。
「おやすみなさい、蒼さん、紅斬様‥‥」
光が、2人を包み込む。頭を撫ぜてくれていた手から、温もりが消えて行く。封印の書が開き、2人の姿を呑み込むと音を立てて閉まる。カチリ‥‥鍵の閉まる乾いた音に、岬は目を伏せた。深呼吸を繰り返し、涙を押し止めると立ち上がる。振り返れば斉天大聖が涙を流しながら、初代蒼慈の隣で立ち尽くしていた。
「魔王が封印されても、生み出された悪魔は残るんですよね?」
『そうだ』
「‥‥本部に戻り、魔王の封印を報告した後で対策を立てなければ‥‥」
「お‥‥俺様も手伝うぞ!乗りかかった船だからな!」
「有難う御座います、斉天大聖‥‥」
『これから暫くは、厳しい戦いが続くだろう。魔王自身が生み出した悪魔は、手ごわいぞ』
「分かっています」
『‥‥封印の書は、再び鍵が壊れる日まで、私が預かっておく。その代わり、お前にはコレを引き継いで欲しい。代々、時岬の役目だ』
初代蒼慈が手渡した、分厚い本に視線を落とした岬は、茶色い皮の表紙に彫られた金色の文字を指先でなぞると苦笑した。
「これも、物語りだったんですね‥‥」
『物語り憑きと魔王のお話・END』