錦下暴走記 〜恋心?〜アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 宮下茜
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 易しい
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/06〜07/08

●本文

 最近ユナの様子がおかしい。
 いつもボーっとしており(前からそうだとも言う)時折意味ありげに目を伏せて溜息をつく。
 どうしたのかと尋ねれば、何かを言いたそうに口を開き、思いなおして首を振っては「何でもないです」の繰り返し。
 忙しかったから具合が悪くなったのかとも思えばそうではない。
 五月病かと尋ねれば、何でそうなるんですかと溜息をつかれる。
「なぁ、ユナ。どうしたんだ?最近おかしいぞ?」
「別に、大したことじゃないんです」
「大したことじゃなくても良いから、言ってくれないか?それとも、俺には言い辛いのか?」
「そう言うわけじゃないんです」
「なら、話してみてくれ」
「‥‥気になってる男の子がいるんです」
 唐突に言われた言葉に、錦下は中途半端に口を開くと固まった。
「茶色い髪に、綺麗な黒い瞳‥‥すっごい可愛らしい男の子なんです」
 ユナの瞳が潤み、口元には柔らかな笑みが浮かぶ。
「夕方、公園で会ったのが最初でした。目が合った瞬間に、ダーって走って来て‥‥飛びついて来たんです」
「え!?と、とび‥‥!?」
「私がビックリしていたら、口にチュって‥‥」
 照れたように両手を頬に当てるユナ。錦下がフラリと立ち上がり、部屋を出て行くがユナは気づいていない。
「尻尾ブンブン振ってて‥‥あのワンちゃん、ミニチュアダックスフンドって言うんで‥‥あれ?」
 ワンちゃんとの楽しい記憶から舞い戻ったユナが見たのは、薄く開いた扉だった。
「‥‥錦下さん、どうしたんでしょう‥‥?」


「ユナに気になる男の子‥‥いや、それは良いんだ。あの奥手で人見知りの激しいユナが、気になる男の子が出来たって言うのは凄い進歩だ」
 廊下の隅でしゃがみこみ、ブツブツと呟き続ける錦下。
 ハタから見たら怪しい光景だ。
「でも、如何せん手が早い。会ったその日のうちに‥‥初対面で抱きついて‥‥キ‥‥キ‥‥キ‥‥!!」
 うわぁぁっと叫び、頭をかきむしる錦下。既に目には涙がキラリ☆と輝いている。
 心中はユナの父親か、はたまた兄と言ったところだろう。可愛い妹(娘)をそんな軽い人と付き合わせるわけにはいかない!
 錦下はポケットからおもむろに携帯を取り出すと、アドレス帳を呼び出した。
「‥‥お久しぶりです、錦下です。本日は緊急の用があってご連絡いたしました」
 硬い錦下の声に、電話の相手が戸惑いの言葉を漏らす。
「今から、とある公園に来て欲しいんです。詳しい訳は着いてからご説明します。‥‥とにかく、ユナの危機なんです!」

●今回の参加者

 fa0142 氷咲 華唯(15歳・♂・猫)
 fa0295 MAKOTO(17歳・♀・虎)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)
 fa2726 悠奈(18歳・♀・竜)
 fa2993 冬織(22歳・♀・狼)
 fa3957 マサイアス・アドゥーベ(48歳・♂・牛)
 fa5778 双葉 敏明(27歳・♂・一角獣)

●リプレイ本文

 ユナの危機と言うか、それは俺の危機だっ!とばかりに焦ったのは、ユナに淡い恋心を抱いている椿(fa2495)だ。知名度の高い彼は変装をしなくては高確率でファンに囲まれるのだが、そんな悠長な事をしている暇はない。勢い良く飛び出そうとするのを、裏ボスならぬ裏番長‥‥いや、歌姫様の冬織(fa2993)に殴りとめられる。鳩尾に綺麗に入った拳は、椿の口からぐふっと言うなんとも情けない音を捻り出した。
「己の立場を弁えい!無駄な騒動は起こさぬように!」
 しゅんとなりつつ、つけ毛をとると黒のカラコンをはめる。眼鏡にジーンズ、サンダルにシャツ。いたって普通の格好だ。
「錦下殿も何と申すか、アレな処があるからのう。話半分で聞いておった方が良かろう」
 サマーセーターにジーンズ、可愛いミュールをはいた冬織は髪を編み込むと帽子の中に入れた。黒のカラコンをはめた瞳でジっと椿を見つめ、まったく話を聞いていなかった様子に溜息をつく。


 間違い電話だとは思うものの、困っている様子はひしひしと伝わってきたし、今日はお仕事はないし‥‥と言うわけで、美森翡翠(fa1521)は伊達眼鏡に三つ編の髪を麦藁帽子の中に纏めると、白いワンピースの裾を翻しながら指定された公園に足を踏み入れた。木のベンチにブランコ、砂場に‥‥公園の片隅で意味ありげに佇む人々を見つけ、一瞬怯んだものの『お仲間』だろうと判断し、勇気を出して足を踏み出した。
「だって‥‥だって俺は『ゆっくりデ』って待ってタのにー!ソンナ、とび職が天ぷら揚げてる状態にナルなんてっ!」
「どんな状態だよ!」
 椿の言葉に、瞬間的にツッコミを入れたのは氷咲 華唯(fa0142)だ。学生服に眼鏡をかけた彼は、思わず出た言葉に自分で自分に呆れつつも、取り乱す椿に軽く首を振った。
「別に、好きな人くらい居てもいいんじゃないのか?」
「でも、でも‥‥!」
「もー、錦下さんも椿さんも変だよー!落ち着きなってー!」
 茶色のロングのウィッグに伊達眼鏡、プリントTシャツにジーンズとカジュアルな格好をした悠奈(fa2726)は呆れ顔で溜息をついた。錦下の取り乱しようも酷いが、椿はその上を行く酷さだ。年頃の娘を持つ父親であるマサイアス・アドゥーベ(fa3957)が錦下の気持ちは痛いほど分かると言って肩を叩く。サングラスに帽子と言う変装をしているマシーだったが、いかつい体格のせいで酷く目立つ。そして怖い。
「所謂一目惚れってヤツだろうね〜。初めは唇と唇の触れ合いから。次はそれ以外、そして何れは‥‥」
 サイダー片手にポップコーンを摘みながら、MAKOTO(fa0295)はニヤニヤと笑うと椿に意味ありげな視線を向けた。
「飽きたら最後に大勢で貪って捨てるというのがパターン?」
「そんなっ!!」
 絶句する椿。そんなことには絶対にならないと確信している冬織と悠奈はただ顔を見合わせて肩を竦めるのみだ。
「でもさぁ、茶髪で綺麗な黒い瞳をした可愛らしい男の子、でしょ?‥‥髪が茶色くないからなぁ‥‥」
 悠奈の視線が椿の短い髪を捉え、溜息をつく。
「茶髪ナラ良かったんデスカ!?俺がデッカイから‥‥可愛くなくてダメなんデスカー!?」
 錦下をガクガク揺さぶる椿に「恋に障害は付き物だよ!私だって片思いの時に相手に意中の人がいるんじゃないかって思って‥‥だから、元気出してね?」と言って肩を叩く悠奈。
「‥‥大体、初対面で抱きつきキスする野郎なぞ、ユナさんが許しても俺が許さん‥‥ふふふ。そうだよね、錦下さんもそう思うよね?」
 黒い笑みを浮かべる椿に危機を感じた華唯が思わず前に出る。
「お前ら少しは落ち着け!本人の居ないところで騒いでもどうにかなるもんじゃないだろ。もう少し頭を使え!そもそも、錦下さんはユナさんの話全部ちゃんと聞いてたのか。勘違いとかじゃないだろうな」
「聞いてましたよ!だからこそ、こうして‥‥」
「ふふふ、出て来いやー!成敗しちゃるきにーっ!!」
 椿がそう叫んで走って行くと、茶髪の男性に手当たり次第に質問&威嚇をする。
「初対面の女性に抱きつきキスしたの、キミ?」
 にっこり‥‥この暗黒スマイルはユナには見せられまい。はた迷惑な彼を止めるために飛び出したのは、華唯だ。年下に止められる椿‥‥これは、華唯が大人なのだろうか、それとも‥‥?


 遠目にはサラリーマンにしか見えない双葉 敏明(fa5778)は周囲に素早く視線を向けるとメモ帳にペンを走らせた。
『1545時、周辺に年下年上を含め男性の姿なし。平和そのもの』
 再び歩き出す敏明。瓢箪型をした公園は、意外と広い。瓢箪の底の部分‥‥砂場やブランコなどがある、他のメンバーが待機している所にたどり着いた敏明は、素早くその場に居る全員が誰なのかを見極めると首をかしげた。
「おかしいな。年下でありながら積極的な男の子なんていないじゃないか」
 年上で積極的な男性――主に声をかけているのは男性だが――ならば、椿がいるのだが。
「確かに年下らしい氷咲くんがいるが‥‥彼は違うみたいだし」
 彼は暴走する椿を何とか宥めようと必死になっている。他にも、年下と言うならば翡翠がいるが、彼女は男の子じゃない。敏明はひとまずマシーの隣に行くと、公園の中をグルリと見渡した。


 ポチポチとメールをうつ冬織の傍らで、翡翠は悠奈の話しに頷くと目を閉じた。一度映画で見たことのあるユナの印象は、綺麗なお姉さんだ。
「ユナちゃんが本当に『人間の男性』に惚れたらアワアワってなるに決まってるじゃない?それが無いってコトは勘違いだよね〜?」
「もしくは、小さい子‥‥5歳くらいの子かもしれません」
 そういった子がいないかどうか見てくると言って、翡翠がベンチを立つ。犬猫が多いのが怖いが、犬はリードに繋がれており、猫は翡翠には興味が無いようだ。翡翠が行ってしまうと、悠奈は携帯を取り出してユナにメールを送った。
『ユナちゃん元気〜?ユーナです!あのね、今はまってるものって‥‥』
 悠奈も速いが、ユナもうつのは速い。目まぐるしいやり取りは『最近素敵な出会いって何か有った?何か心配事とかあったら相談に乗るからね!』と、核心へと向かっていた。そんな彼女の隣で先ほどから必死にうっていた冬織のメールは、暗号文だった。
『ちや発で黒芽の河井い音子の子に鱚され田のかえ?錦下殿がそう逝っておたのじゃが。抱き憑かれた子と申すは、もしや犬蚊猫?』
『冬織さん、10点です』
 ユナのメールのチェックは厳しい。未だに冬織は最高40点しかとっていない。
『冬織さんの謎メール解析は、善処します』
 そう送ったのは悠奈だ。悠奈とユナは力をあわせて冬織の暗号メールを何とかしようとしているのだが、成果はいまいちだ。ユナとのメールによって正確な情報を得た2人は溜息をつくと、公園の中で大暴れをしている椿と、それを必死になって止める華唯に視線を移した。


 冬織と悠奈のメールに呼び出されたユナは、公園に入るなり目を輝かせた。パァっと色づく頬、細められる目‥‥
「おや??あの犬、女の子に‥‥おお!!」
 ユナに飛びついたミニチュアダックスを激写しまくる敏明。確かに茶色い髪に綺麗な黒い瞳、可愛らしい男の子だ。ユナに気づいた華唯が椿の肩を叩き、椿が涙目になりつつダッシュでユナに近付くと勢い余って抱き締める。
「ふぇ!?つ、つ、つ、椿さん!?」
 アワアワするユナがSOSの視線を冬織と悠奈に飛ばし、冬織が鉄拳で椿を地にねじ伏せる。彼に代わってユナに抱きついたのは、悠奈だ。久しぶりの友情の確認に、ユナが満面の笑みで悠奈の背に手を回す。


「つまり、全ては錦下さんの勘違いってわけ」
「人の話はちゃんと最後まで聞くこと。勘違いの早とちりに付き合わされる身にもなってみろ」
「あの、すみません。私の言い方がマズかったので‥‥」
 悠奈と華唯の言葉に、ひたすら謝るユナ。ユナのせいではないと冬織が庇い、元凶の錦下には食事を奢るようにと言って、ビシリと指を突きつける。
「そうダヨ。コレだけ騒がせたんだし、ご飯奢ってくれるヨネ?錦下サン」
 安堵と非難の入り混じった瞳で錦下を見ながら、空腹で倒れる椿。
「まぁまぁ、勘違いでよかったではないか」
 マシーが場をとりなすようにそう言い、とにかく食事に連れて行けと主張するメンバー。固辞しようとした華唯と翡翠もゼヒにと誘われ、冬織お勧めの美味しいけれど高いと言う料亭に案内される。お財布を恐る恐る覗き込んだ錦下の背中を軽く叩き、報告書を差し出す敏明。
「まるで恋人の事を心配しているようでしたけれど、どうせなら立候補されては?」
「そうそう、あの子には錦下さんみたいな人が合ってるって」
 マコトもそう口を挟み‥‥錦下は曖昧に微笑むと首を振った。そんな会話が背後でされているとは思ってもみない椿が、前を歩くユナの背中を見つめ、唇を噛むと小さな声で囁く。
「ユナさん、好きデス‥‥」
 決して聞こえない声量。でも、聞こえたらいいなと思う程度の強さ。その願いが通じたのか、ユナが振り向き、無垢な笑顔で椿を見つめ返す。
「私も、好きです」
 刹那、全ての音が止まる。風の声すらも聞こえてこない、静謐な無‥‥
「わんちゃんも、猫ちゃんも、私大好きなんです」
 椿はユナの言葉に脱力すると、華唯にもたれかかって苦笑した。
「恋って、難しいネ」
 華唯は何と答えたら良いものか迷いつつも、ただ曖昧に頷いた。