ラプンツェルの事情アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
宮下茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
10.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
12/20〜12/24
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●本文
思えば俺は昔から、親父だけでなく母親の職業の影響も受けてきた気がする。
‥‥まぁ、小さい頃に別れた母親の記憶なんて薄いものだけれど、それでもテレビに映るたびにドキリとさせられる。
まだ俺が『僕』と言っていた時に別れた彼女を、未だに心の中で『ママ』と当時のまま呼んでいるなんて事、親父ですらも知らない事だけれども。
そんな感傷に浸っていた峰崎 竜牙(みねざき・りゅうが)の頭を、突然パシリと何かが叩いた。
「いた‥‥」
「なに妄想に耽ってるんだよ、竜牙。お父さんは悲しいぞ!そんなムッツ‥‥」
「ルッセー!もっとナイーブな事考えてたんだよ!妄想じゃねぇっ!」
竜牙はそう怒鳴ると、父親である峰崎 龍雄(みねざき・たつお)にキっと鋭い視線を向けた。
まったく、今時の子はすぐキレる。と、口の中で呟きながら龍雄が竜牙の隣に腰を下ろす。
「今度のはどうだ?なかなかだろう?」
「んー、まぁまぁかな」
感傷に浸った原因の台本をポイとテーブルの上に放り投げると、竜牙は深い溜息をついた。
今回の主人公は飯島 翔(いいじま・しょう)金井 萌(かない・もえ)畠中 洸(はたなか・こう)そして、水無月 神楽(みなづき・かぐら)の4人だ。
4人は幼稚舎からあるエスカレーター式の有名進学校に通うクラスメイトで、それぞれ大変な資産家の家のお嬢様、お坊ちゃまだ。
1学年数百人はいる生徒達のうちで、この4人は特に目立つ存在だった。
頭脳明晰、容姿端麗、家柄も良く、性格も良い。そんな4人が交流を持ち始めるのは自然な事だった。
明るく社交的な翔が洸と親交を持つようになり、洸と従兄妹同士だと言う萌がその輪に加わる。そして最後、萌とは幼稚舎の時からの親友だと言う神楽が輪に加わり、学園の憧れの4人が誕生したと言うわけだ。
『ね〜ぇ、洸ちゃんに翔ちゃん。萌、思うんだけどぉ、最近神楽ちゃんの様子おかしいよねぇ?』
『萌、もっと頭の良さそうな喋り方は出来ないのか?』
学園近くの喫茶店で、隣に座った萌の甘えるような口調に洸が顔を顰める。
『萌はぁ、これが普通の喋り方なのぉ〜』
『普通って、水無月のおば様の前ではキチンと喋れてたじゃないか』
『だぁってぇ〜、水無月のおば様はお厳しい方だって聞いてたからぁ』
『まぁ、確かにあの方の前では多少緊張するよな』
『でっしょぉ〜。あ、それでぇ、さっきも言ったけどぉ、萌最近の神楽ちゃんおかしいと思うのぉ』
『おかしいって、どう言う風に?』
甘い香りを放つ紅茶に息を吹きかけながら、翔が心持上目使いで萌の言葉に首を傾げる。
『んー、なんかぁ、思いつめてるみたいなぁ?萌、難しい事よくわかんないけどぉ』
『全国模試2位のヤツが難しい事わかんないとか言うなよ』
萌の言葉にすかさず洸がツッコミを入れ、暫く場が沈黙する。
『でも、萌の言う事もなんとなく分かるな。俺も最近の神楽の様子は気になってたんだ』
『奇遇だね、僕もなんだよ』
洸の言葉に頷いた翔が、優雅な様子で紅茶を口に運ぶ。
『明日にでも神楽に訊いてみれば良いんじゃないかな?』
最初の内は神楽は何も言おうとはしなかったのだが、結局は翔の説得に応じる形となってゆっくりと事の次第を喋り始めた。
『予告状ぉ〜?今時ぃ、律儀な人もいるのねぇ〜』
萌が素っ頓狂な声を上げ、洸が落ち着くようにと溜息混じりに言葉を紡ぐ。
『それで、何を盗るって書いてあったの?』
『それが‥‥』
神楽はそう言って口篭ると、小さな声で『わたくし、です』と呟いた。
『それは誘拐の予告状になるね。水無月のおじ様には相談してみたの?』
『いいえ。‥‥わたくし、その怪盗様にお会いしてみたいんです』
突然の言葉に驚く3人に、神楽は予告状に書いてあった『自由な世界』に連れて行ってあげると言う言葉に心惹かれたと言う胸の内を告げた。
『わたくしはずっとお母様やお父様の言われるままに育ってきました。だからこそ‥‥』
『自由な世界に行きたい?神楽、それは違うよ。自由は与えられるものじゃなく、自分で得るものだ。そうだろう?』
『けれど‥‥』
『まぁ、誰がこんな酔狂な予告状を送ってきたのか、僕も気になるね。文面からして神楽の知り合いの可能性が高い』
翔の言葉に萌と洸も首を縦に振る。果たして誰がこんな予告状を出したのだろうか?その真意は?
『予告状に書かれた日付は今日。時間は23時。一筋縄で行くかは分からないけれど、顔ぐらいは拝みたいものだね』
『ね〜ぇ、神楽ちゃん。怪盗さんが良い人とは限らないんだよぉ?今から水無月のおじ様に相談してみたらどうかなぁ?』
『いや、萌。おじ様に相談するのはよそう。相手が神楽の知り合いの可能性がある以上、穏便にすませるのが得策だ。おじ様なら、警察を動かしかねないからね』
それもそうかも知れないと萌が頷き、それならどうするのかと首を傾げる。
『ココを使えば怪盗を傷つけずに捕まえる事くらい造作ないだろう?』
頭を指差しながら言った翔の言葉は、全国模試1位、IQ180の天才ならではの余裕に満ちた言葉だった。
≪映画『ラプンツェルの事情』募集キャスト≫
*飯島 翔
『僕』『君』他の3人は呼び捨て
穏やかだが、何を考えているのか分からない雰囲気のある少年
学園始まって以来の天才
*水無月 神楽
『わたくし』『〜様』翔と洸は君づけ、萌はちゃんづけ
箱入りお嬢様で、常識知らずで夢見がち。天然な部分がある
長い髪を1つか2つにして結んでいる
*金井 萌
『萌』『〜様、〜さん』親しい人のみちゃんづけ
トロトロとした喋り方で、洸曰く頭が悪そうな口調だがかなりの秀才
喋りも行動もいちいち遅いが、イザと言う時は別。運動神経もかなり良い方
*畠中 洸
『俺』『君』他の3人は呼び捨て
身長が高く、無表情で、見ようによっては威圧的な雰囲気がする
実はこう見えて甘いものが大好き
『お年寄りには優しさを・動物には愛を・女性には誠意を』と言うのが畠中家の家訓らしい
*怪盗
神楽を攫いに行きますと言う予告状を出した張本人
どうやら神楽の知り合いらしいが?
・その他
4人の友人
4人の家族
神楽の屋敷で働いている人 など
●リプレイ本文
○
大きなお屋敷のセットの前で監督の到着を待っていた役者一同の前に現れたのは、やけにアイドル顔をした男性だった。
「初めまして、ここの監督を任されました峰崎‥‥」
「峰崎監督ってこんなにお若かったんですか!?」
ベス(fa0877)が驚きの声を上げ、自己紹介を兼ねた挨拶を口にすると頭を下げる。峰崎映画出演を楽しみにしていた仁和 環(fa0597)が慌ててその後に続き、出演できて嬉しいと言う率直な意見を述べる。
「ちょっ、ちょっと待てよ。峰崎監督には何度か会った事あるけど、こんな若くねーぞ?」
峰崎映画には何度か出演したことのある千架(fa4263)が2人の言葉に首を振り、同じく峰崎と面識のある忍(fa4769)が難しい顔をしながら何かを考え込み、やがてポンと手を打つと顔を上げた。
「もしかして、息子さんですか?」
「えぇ。峰崎竜牙と申します」
「あの、先ほどここの監督を任されましたと仰っていましたけれど、それは一体?」
楊・玲花(fa0642)が控え目に首を傾げる。
「皆さんが考えてくださったラストのシーンと、冒頭のシーンの辻褄が合わなくなってしまっているのはご存知ですか?」
「辻褄、ですか?」
大海 結(fa0074)が大きな目を瞬かせる。
「えぇ。全員がグルだったと言うラストにする場合、冒頭の翔・萌・洸の話し合いのシーンはとても不自然です。あのシーンの会話を聞く限り、少なくとも萌と翔は神楽の様子がおかしい理由が分かっていないと言う事になっています」
「確かに、そうかも知れません」
ジュディス・アドゥーベ(fa4339)が台本をもう一度読み直す。次の神楽を交えたシーンは、神楽をその気にさせるための演技だと言えば通るが、神楽のいないあのシーンではそれは通じない。
「結末を書き直すんですか?」
雅楽川 陽向(fa4371)が不安そうな表情でそう呟く。
「いいえ、その必要はないと言ってました。ただ、峰崎はこの映画の監督を降りました」
場がざわめく。もしかして峰崎は怒っているのだろうか?そんな不安が広がり始めた時、竜牙がポケットから1枚の紙を取り出した。
「峰崎からの伝言がありますのでお伝えしますね。『ハーイ、ボーイズ&ガールズ!峰崎龍雄だよん♪』」
怒っていないと分かる文章だったが、何故にそんなテンションが高いのか。それ以前に、竜牙がイヤそうに読む声は平たんで、おかしな文章がさらに微妙なものになっていく。
『話は竜牙から聞いたよね?バッサリ冒頭を切っちゃおうかとも思ったんだけど、俺にも一応監督の意地があるから、やっぱりあの冒頭で作ることにしました。つか、ぶっちゃけ関係者に今度の映画は天才高校生が怪盗を捕まえる話ですよって言っちゃって引っ込みつかなくなっただけなんだけどね!』
竜牙の乾いた笑い声が入る。きっと伝言に笑い声の指示が入っていたのだろう。
『俺が無理矢理結末を変えても良かったんだけど、折角考えてくれたんだし、それはそれで楽しそうな映画になりそうだしで、形として残して欲しいなと思います。俺は天才高校生対怪盗の映画を作らなくちゃならないから、監督には就けないけれど完成を楽しみにしてます。ぜひ良い映画を作ってくださいね』
「基本的には皆さんが考えてくださった案を中心に作って行きたいと思います。怪我と病気に気をつけて頑張りましょう」
「はい!」
●
広いお屋敷の一室で、翔(結)と洸(忍)は水無月家の執事である有瀬 優也(環)と、その弟で翔達の通う高校と隣接する公立高校で演劇部部長をしている瑠架(千架)と向き合っていた。部屋の隅には神楽(ジュディス)の姉である舞(玲花)がジっと成り行きを見守っている。
「弟から話は聞きました。私も神楽お嬢様の事は以前より気にかけていました」
「それなら、協力してくださいますか?」
優也に微かな微笑を浮かべながら、翔が出された紅茶に手をつける。指先まで優雅なその動作に、何を思ったのか瑠架がマネをしようとするが、紅茶をひっくり返して大騒ぎになる。
「あぁぁっ!!なにやってんだ瑠架!」
優也が大声を出しながら、テーブルの上に置いてあった布巾を取ると瑠架に差し出す。
「まぁ、こう言うのもたまにはあるよね」
「たまにはじゃなく、お前の場合はいつもだろ!?」
「ふふ、兄上、いつもだなんて何を仰る。僕は常に完全無敵☆完璧素敵☆な瑠架様さ!少しの失敗談くらい、ジャジャーっと水に流してくれないかな?」
「はいはい、後でお前ごと水に流してやるから待っとけ。さて、えーっと、どこまで話しましたっけ?」
「ご協力願えますか、と言うところまでです」
「わたしは協力します。いい加減神楽にも大人になってもらわないと、何時までもわたしがあの子の面倒を見られるとも限らないのだし」
ビジネススーツを華麗に着こなした舞がそう言って、肩にかかった髪をサラリと背中に払う。
「舞さんもそう言っていることだし、ここは男らしくスパっとズバっとスキっと了解したらどうかな?優也君?」
「偉そうに人の名前に君をつけるな!大体、俺がこんだけ迷ってるのはほとんどお前のせいなんだぞ!?」
「ふむ、人のせいにするとはなんとも愚かしい!見損なったよ兄上!そもそも、僕が相談した時、返事をする前にその話が本当なのか翔君達に会ってみたいと言ったのはどう言う事なのかな!?僕の話しが疑わしいみたいな言い方じゃなかったかい?」
「お前の曲解話で、俺が何度痛い目を見たと思ってる‥‥」
優也の瞳がどこか遠くに向けられる。相当色々とあったような雰囲気だ。
「あの時は簡潔かつ分かり易く話してあげたじゃないか。かくかくしかじかと言うわけで、僕は神楽君のために一肌脱ごうと思うのだけれど、僕達の麗しい友情の陰謀のために兄上も手伝ってくれないかい?と、そう言ったじゃないか!」
かくかくしかじかの部分が一番重要なのだが、瑠架はスッパリその部分を省略していた。それでも何となく話しの全容が見えていた優也は、さすがと言うかなんと言うかである。
「とにかく、お話は本当なようですし私も出来得る限りお手伝いいたしたいと思います」
「随分大胆な計画だけれど、この屋敷の事ならわたしと優也さんでどうにか出来ますし」
「有難う御座います。それで、具体的な案なんですけれど‥‥瑠架君に色々とお願いしたい事があるんです」
翔の言葉を受けて、瑠架が胸を思い切りそらせる。
「僕をご指名とは、さすが翔君だね!やはり天才は天才を指名したがると言う1つの証明になるのかな?」
「阿呆は放っておいて、お話を進めて下さい」
優也が優しい笑顔を翔に向けながら、瑠架の足をギューっと踏みつける。
「えぇ。まず、瑠架君には怪盗になっていただきたいと思います」
○
萌(ベス)は出された紅茶を飲みながら、今しがた聞かされたばかり案に頷いていた。
「ん〜、萌はぁ、勿論大賛成だよぉ?神楽ちゃんの事に関してはぁ、萌が出来る限りフォローするねぇ?」
「お願いするよ。今頃は神楽のところに手紙が届いているはずだから、明日にでも僕達に相談があるだろう」
「なぁんかぁ、こう言うのって楽しいねぇ〜。皆で作戦考えて〜」
「萌、もっと緊張感を持てないのか?」
「だぁってぇ〜。あ、そう言えばぁ、クリスマスパーティってぇ、具体的にどうするのぉ〜?場所はぁ、どうにでもなるとしてもぉ、お料理とかはぁ〜?皆の家から持ってくるのは大変そうだよぉ〜?まさかぁ、神楽ちゃん家で作ってもらうなんてぇ、出来ないと思うしぃ〜?」
萌のそんなのんびりとした声に、暇そうにお客を待っていた波崎歌月(陽向)が興味を覚えてそちらに視線を向ける。この近くにある有名進学校の制服を着た3人組を目に留め、思わず溜息をついてしまう。
(あ〜あ、あの子達は家の手伝いなんてしなくて良いんだろうなぁ)
何せ有名なお坊ちゃま&お嬢様学校だ。あの3人だって、相当な資産家のご令息、ご令嬢なのだろう。喫茶店『Visito』の看板娘である歌月は、学校から帰ってくるとこうして毎日家の手伝いにいそしんでいる。かなり両者の間には差があるように思う。羨み半分、嫉妬半分で3人を遠めに眺めていると、外からお客が入って来た。いらっしゃいませと、笑顔を浮かべる間もなくその人物はツカツカと3人の傍に行くと、平然とした顔でその輪の中に加わる。
(あれ、あの制服って‥‥)
見慣れた学校の制服は、歌月が毎日通っている学校のものと同じだった。水を運びがてらに顔を見れば、知った顔だった。
「あれ!?瑠架君!?」
「歌月君じゃないか。久しぶりだね」
「うん、さっきまで同じ教室で授業受けてたんだけどね」
相変わらず妙な受け答えをする子だ。常々瑠架は変な子だとは思っていたが、歌月は彼の性格を嫌いではなかった。
「お友達?」
「まぁ、話せば長いことなんだけどね。僕の愚兄が彼らと同じ学校に通う神楽君って子の家で執事として働いているんだ」
「へぇ〜、執事なんて凄いね」
‥‥恐らく、愚兄ではないだろう。どちらかと言えば、瑠架の方が愚弟だ。
「初めまして。ここの喫茶店の娘さんかな?」
翔が柔らかい笑顔を浮かべながら首を傾げ、歌月が「はい」と小さく頷く。
「あ、ねぇ。萌達ぃ、クリスマスパーティを開こうと思ってるんだけどぉ、お料理って何出したら良いのかよく分からないんだぁ〜。どっかで買っちゃおっかぁって話しなんだけどぉ〜」
「クリスマスパーティ、ですか?」
具体的にどんなパーティを開きたいのか、詳しく聞いていくうちに歌月は今回の作戦の概要を聴き、身を乗り出した。
「私、料理くらいなら作れます。ここのお料理の一部も私が作ってますし。ですから、そのパーティの準備に参加しても良いでしょうか」
「勿論だよ。僕達、誰も料理なんて作れないから買ってしまおうかって話をしてたんだけど、やっぱりパーティだもの、手作りの料理の方が盛り上がるよね」
「ここの料理は美味しいしな」
翔と洸の了解を受けて、歌月はにっこりと微笑んだ。
「それで‥‥あの、私に考えがあるんですけれど‥‥」
●
夜、水無月邸はシンと静まり返っていた。舞と優也の協力もあって『少々の』ドタバタ程度ならば見逃される準備はされていた。
「そろそろ時間だね」
翔が隣で不安そうに成り行きを見守っている神楽にそう声をかける。部屋の隅でジっと様子を見守っている舞が腕時計に視線を落とす。後数分で予告時間だ。空気が張り詰める。
一方、優也はイライラしながら怪盗・瑠架の到着を待っていた。予定では玄関から侵入し、優也の導きで神楽達の待機している部屋に颯爽と入っていくはずだった。それなのに、瑠架は一向に現れないのだ。優也の時計はすでに、予告時間を10分ほど過ぎている。一体何をしているのか。こうなれば、自分が変装して‥‥そう考えていた時、突如階上が騒がしくなった。
「‥‥まさか!?あれ程玄関に回れと言ったのに‥‥」
頭を抱えそうになりながらも、とりあえず乾いた笑い声をあげつつほっと安堵する。
「やっぱり不法侵入していたか。念の為セキュリティ切っといて良かった」
優也は有能な執事であり、優秀な瑠架の兄だ。
どうして予定されていた場所から入ってこなかったのか。そんな事は怪盗・瑠架には愚問だった。怪盗は予想外の場所から侵入してこそ怪盗!と言う、意味不明の主張の元、塀を何とか乗り越え、神楽の部屋の障子の前に仁王立ちになった。役にのめりこみがちな瑠架は、心は既に一流の怪盗そのものだった。
マントを翻し、顔は白のマスカレードで半分隠している。オプションとしてバラの花を口にくわえ、スパーンと勢い良く障子を開ける。
おかしな格好をした怪盗の意外な場所からの登場に、神楽以外の人物が思わずズッコケそうになる。予定と違うではないかと反射的に口をついて出そうになるのを、なんとか押し込める。しかも、時間を10分も遅刻しているではないか!
月光を背に、怪盗が不敵な笑顔を神楽に向ける。
「ひひょ‥‥」
「え?」
何かを言おうとした怪盗だったが、残念ながら口にはバラがくわえられている。間抜けな出だしに、再び神楽以外の面々が思いっきりツッコミそうになる。が、ここは我慢だ。
「一つ、密かに忍び込み」
バラの花を口から外した怪盗がそう言って微笑む。が、まったく密かに忍び込んでいない。障子を思い切り開けたりと、かなり大騒ぎをしている。
「二つ、不敵に獲物を盗む。三つ、皆の愉快な怪盗、アリセーヌ・ルカン只今参上!」
(皆の愉快な怪盗っておかしいよ)
(只今参上とか言ってぇ〜、遅刻してるしぃ〜)
(あいつを怪盗にしたのは失敗な気がするのだが)
(あぁ、神楽は全然気付いていないわ。はぁ、この子の将来は大丈夫かしら)
「僕に盗めないものなどない!」
一同の不安をよそに、怪盗・ルカンはそう言うとヒラリと室内にはい‥‥ろうとしてズッコケるが、そこは周りのフォローでなんとか頑張る。
「来たな、怪盗ルカン!」
「神楽ちゃんは渡さないわ!」
洸が威圧的な表情で睨みつけ、萌が気丈に叫びながら神楽の前に立ちはだかって怪盗・ルカンの失態を見せまいとする。
「神楽は君なんかには渡さないよ」
翔が不敵な笑顔でそう言い、萌が「ここは萌達に任せて、神楽ちゃんは逃げてっ!」と叫ぶ。
「皆さん‥‥」
「早く行くんだ神楽っ!」
「はいっ!」
翔の言葉で駆け出した神楽に付き添って、舞も走り出す。その背中が見えなくなるまで待ってから、翔が瑠架に声をかける。
「神楽はこの部屋の3つ隣の部屋に隠れてる。で、瑠架君は神楽を連れて、舞さんのいる方とは別の道を行くんだ。良いね?舞さんの居る方の道を行くと、罠が仕掛けてあるから」
「階段を下りた後は右に行くんだ。左には優也さんがいるからな。そっちには行くなよ、罠があるから」
「翔君も洸君も心配性だなぁ。この怪盗ルカンが華麗にパパっと神楽君を攫って行くから安心したまえ」
「‥‥萌はぁ、瑠架ちゃんだから心配なんだけどなぁ〜」
無論、瑠架がそんな萌の切なる呟きを聞いているはずがない。
○
神楽は舞に指定された部屋に身を隠していた。
(こんなところに隠れていても、きっと怪盗様でしたら一発で見つけてしまいますわ)
勿論、見つけるには見つけるのだが、一発とはいかなかった。3つ先の部屋と言われたにも関わらず、順々に扉を開けて見て行く怪盗。なんとも情けない。ようやく神楽の居る部屋を見つけると、怪盗は不敵に微笑んだ。
「あっ‥‥」
「さて、見つけたのは良いとして、僕は君に訊きたい事があるんだ。君は本当に、自由の国に行きたい?自由の国は、心も自由でなければ行けないのさ!だから‥‥」
「行きたい‥‥です」
「友達とも、お姉さんとも、ご両親とも離れることになるんだよ?」
「‥‥‥‥それでも、変わりたいから。‥‥自分を、変えたいから!」
「それじゃぁ、行こうか。自由の国へ」
そう言って、神楽の手を取り走り出す。部屋を出て少し走れば、翔の言っていた通り右手には舞が立っていた。神楽と怪盗の登場に、驚いたような顔をする舞。2人は舞とは反対の道‥‥ではなく、舞のいる方を何故か選んだ。
「何で!?」
舞が思わずツッコム。が、時は既に遅し。ワックスによって滑る廊下で転ぶ怪盗。なんとも情けない。
「いたぞ!怪盗だ!」
翔が舞の背後から姿を現し、何故か罠にかかっている瑠架に呆れつつも声を張り上げる。滑りながらも起き上がり、反対の道に走り出す瑠架と神楽。そのまま真っ直ぐ進んで階段を駆け下りれば優也が左手に待機していた。
「怪盗が来たぞー!こっちだー!」
若干棒読みでそう叫ぶと、目だけで右に行けと合図を出す。だがしかし、怪盗・ルカンに不可能はなぁいっ!と、言うわけで、何故か兄上に突進し出す瑠架。
「うわ、ちょっ‥‥バカ!」
思わずそう呟く優也。こちらには、通ると網が飛び出す仕掛けが施されているのだ。
(まぁでも、発射までに時間が掛かるし、このままのスピードで走り抜ければなんとか大丈夫だろう)
そう思った優也だったが、甘かった。彼の可愛い弟は、何を思ったのか丁度網が飛び出す部分で立ち止まりクルリと振り返った。
「バカ!?僕はバカじゃな‥‥」
バサリ、網にかかった。バカじゃないとすれば、阿呆だ。
「おい、こっちから音がした‥‥ぞ‥‥?」
階上から駆け下りてきた洸が、罠にかかった怪盗と神楽を見て語尾を疑問系にする。
(何でかかるんだアホ!)
心の中でツッコミをしつつ溜息をつくが、かかってしまったものはかかってしまったのだ。
「捕まえたぞ怪盗!観念して神楽を返すんだ!」
そう言いつつ、洸はこの先をどう切り抜けていこうか必死に考えを巡らせていた。チラリと優也と視線をかわせば、用意の良いことにその右手には鋏が握られている。脱帽ものの先読みだ。
「神楽、今助けてやるからな」
「洸君‥‥」
神楽の意識をこちらに向けさせようと、必死に言葉を紡ぐ洸。その様子に、優也がそっと瑠架の手に鋏を手渡す。
「ふふ、そうはさせないよ」
瑠架がそう呟き、優也から渡された鋏で網を切ると神楽の腕を引っ張る。
「彼女は自由の国に行くんだ。君達なんかに、邪魔はさせないよ」
「神楽お嬢様!」
「神楽っ!!」
網が邪魔して先に進めない2人は、呆然と去って行く2人の姿を見つめていた。そして‥‥
「どうして次から次へと罠にかかって行くんでしょうね」
「キチンと罠の場所は教えたはずなんですけれど。それより、優也さんはさすがでしたね。瑠架が罠にかかってるのを見た時、俺はどうしようかと思いましたよ」
「はは、だてに瑠架の兄貴はやってませんから」
心中お察ししますと言うように洸が苦笑し‥‥優也がふと顔を上げる。
「萌さんと翔君はもうあちらに向かわれたんですか?」
「えぇ。俺達も早く行って準備を手伝いましょう」
「そうですね。‥‥それより、私は1つ不安な事があるのですが」
「何ですか?」
「瑠架にはキチンと会場までの道程を教えたのですが、たどり着けるかどうか‥‥」
「とりあえず、明け方まで待っても来ないようでしたら捜索願を出しましょう」
「‥‥はい」
2人の間に、妙な友情が芽生え始めていた。
●
神楽と怪盗は、見知った街中を歩いていた。もう、神楽は怪盗の正体に気付いていた。
「瑠架様だったんですね」
「何を言っているのか分からないな。僕は怪盗・ルカンだよ?」
「ふふ。そうですね、ルカン様」
ノロノロとした速度で歩きながら、神楽は背後を気にしていた。誰かが追って来るんじゃないかと何度も振り返るが、誰の姿も見えない。自由の国に行きたいと言ったのは自分。けれど、誰も追ってこない暗がりを寂しく思う。
「瑠架様、自由の国とはどこなんですか?」
「もう直ぐだよ。‥‥ねぇ、神楽君。君は自由とはなんだと思う?」
「え?」
言葉の意味が分からずに首を傾げた時、不意に瑠架の足が止まった。その瞬間、クラッカーの音が大きく弾け、明るいライトが灯り、神楽の目を眩ませる。
「めりーくりすまぁす、神楽ちゃん!」
「メリークリスマスです」
萌がクラッカーを片手に満面の笑みでそう言い、歌月が神楽に赤いサンタ帽子を被せる。驚く神楽の前には『ドッキリ大成功!』と書かれた看板と、真っ白なテーブルの上には美味しそうなご馳走。そして、バラに覆われた広場があった。
「え?」
「びっくりしたぁ〜?これ、ぜーんぶ萌達が考えた計画だったんだよぉ〜?」
「どう?逃走劇は楽しかった?」
「貴方のために皆がクリスマスパーティを開いてくれたのよ。家ではクリスマスなんて祝ったことないでしょう?」
舞がそう言って微笑み、瑠架がスルリと神楽の傍から離れると洸の背中をドンと叩く。
「今までは僭越ながら僕がエスコートさせてもらっていたけれど、ここからは君の役目だよ」
洸が照れながらも神楽に手を差し伸べ、歌月が作ってきたご馳走を前に未だに状況をよく理解していないらしい神楽に一から説明を入れる。
「‥‥そうだったんですか‥‥」
「あまり嬉しくなさそうな顔だね、神楽」
「そんな事は‥‥」
「ねぇ神楽。自由って言うのは本人の心の持ちようなんじゃないかと、僕は思うんだ。決まっている中でいかに盲点をみつけてそれを楽しむのか、自由なんて、作ろうと思えば作れるものなんだ」
「神楽君は僕に、皆と別れても大丈夫だって言ったね。もう一度訊くよ、本当に、皆と離れても平気かい?」
翔の言葉と瑠架の言葉に、神楽が目を伏せる。その様子に、洸が視線を合わせるべく膝を曲げると神楽の頭をそっと撫ぜる。
「神楽、お前はどうしたいんだ?」
「わたくしは‥‥」
「神楽ちゃんのぉ、素直な気持ちを言えば良いんだよぉ?」
「‥‥わたくしは、皆さんと一緒に、いたいです」
「よく言ったね神楽君!それこそ、君の自由なんだよ」
「自由、ですか?」
「自分で物事を決めることも自由の一部だと、僕は思うけどね」
「うんうん、萌もぉその意見には賛成だなぁ〜」
「自分を変えるのって大変なように思うけどね、そんなに難しいことじゃないと思うよ」
それならそのぶっ飛んだ性格をどうにかしてくれと、これは優也の切なる願いだ。
「‥‥神楽は今、楽しいか?」
洸の言葉に、神楽が何も言わずに頷く。
「お料理が冷めちゃう前に、食べましょう!」
歌月が作ってきた手巻き寿司とサンドイッチを勧める。料理は和洋折衷、食べやすさを意識したものだ。ケーキは生クリームたっぷりの苺のケーキとブッシュドノエル。こちらは後で出そうと取ってある。洸が神楽のお皿に料理を乗せていくのを見ながら、萌が悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「神楽ちゃんもぉ、洸ちゃんの気持ちにま〜ったく気付いて無いんですもの。ね〜ぇ?」
「え?何のことですか?」
キョトーンとする神楽と、恥ずかしそうに目を伏せる洸。
「王子様もぉ、早く助け出さないと髪の長いお姫様怪盗さんにとられちゃうぞ〜ぉ?」
「僕はお姫様怪盗ではなく、素敵に無敵の怪盗ルカン様だよ」
あれだけ罠にかかりまくっておきながら、素敵に無敵もない。萌が「おおラプンツェル〜」と言いながら洸の背中をドンと押し、洸が翔に救いを求めるが案外腹黒の彼は爽やかな笑顔で首を振るだけだった。
「お嬢様、あの‥‥」
「優也様、いかがいたしまして?」
困っている様子の洸の隣で黙々とサンドイッチを食べていた神楽に、優也がおずおずと声をかける。
「お嬢様に1つ、お知らせしたい事があるんです。お嬢様は旦那様と奥様を厳格なお方だと思っていらっしゃるようですけれど‥‥ああ見えて、かなりのバカっぷるですから」
はっはっはと爽やかな笑い声を上げながら「誤解されがちで分かり難いんですけれどね」と付け足す。その言葉を聞いていた舞も大きく頷き、優也の言葉を肯定する。
「神楽の前では結構気を張ってるみたいなんだけれどね、本当にバカっぷるとしか言いようがないわよ。2人きりの海外旅行も良いけど、わたしとしてはきちんと会社にも顔を出して欲しいって思っているのよね‥‥」
心底困ったと言うような顔をした後で、舞が神楽の肩をポンと叩く。
「で、神楽。十分自由は堪能できた?」
「はい。とっても楽しい日でした‥‥」
「‥‥大切なもの、見つかった?」
「はい!」
神楽は大きく頷くと、楽しそうに料理を食べている面々に視線を向けた。
○
「寒い中、お疲れ様でした」
竜牙がそう言って、今しがた撮影が終わったばかりの出演者達に頭を下げる。パーティのテーブルを囲んでいた出演者達がバラバラに頭を下げると、口々に「お疲れ様でした」と言ってクランクアップを喜ぶ。
「えーっと、許可も取ってありますので、折角ですから皆で料理を食べましょう」
「良いんですか?」
若干瞳を輝かせた忍がそう言って、お皿の上に乗ったままのサンドイッチに視線を落とす。
「えぇ、どうぞ。飲み物も用意しましたので、お酒の飲める方はシャンパンでもどうぞ。未成年の方はジュースを用意しましたので」
竜牙の言葉で、奥から飲み物のビンが運ばれて来る。
「それにしても、ずいぶん弾けた内容になってしまいましたね」
これで良かったのでしょうか?と言うようにジュディスが首を傾げる。
「瑠架君がとても良い味だしてたと思いますよ。それから、優也君も」
指名された千架と環が苦笑しつつも「有難う御座います」と言って竜牙の隣でテーブルの上の料理を取って食べ始める。
「翔君も、天才少年‥‥と言うより、腹黒い感じが出てて良かったと思いますし」
それは褒め言葉なのか、何なのか、微妙な発言に結が戸惑ったようにジュースを口元に持っていく。
「最後は少しシリアス路線に入ってた気もしますけれど‥‥。皆さんが楽しんで演じられたならば、この映画は成功かなと思います。勿論、峰崎の評価はどうなるか分かりませんけれど」
「あっ、そう言えば、峰崎監督も見るんですよね?」
玲花の言葉に、竜牙が「俺も峰崎なんですけれどね」とポツリと呟くと小さく微笑む。
「多分、面白かったと言ってくれると思います」
「そうだと良いですね‥‥」
環がそう呟くと、ふっと白い息を吐き出した。
『ハーイ、ボーイズ&ガールズ!バッチリ見てきたよ、ラプンツェル!いやぁ、なかなか楽しかったよ。竜牙も結構やるなぁと、思わず対抗意識を燃やしそうになったけれど、出演者の皆が頑張った結果、良い作品が出来たんだと思うんだ。竜牙はお手伝い程度しかしてないと思うし(笑)おーっと、手紙を書いてるところに竜牙が帰って来た!それじゃぁ‥‥by龍雄ちゃん』