恋鬼アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 宮下茜
芸能 3Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 難しい
報酬 8.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/11〜01/14

●本文

 尋(ヒロ)は頭も良くて、誰にでも優しい優等生。誰からでも好かれる、人気者。
 明(アキ)は暗くてあまり喋らない、目立たない子だった。
 2人は幼馴染で、明は尋のことがずっと好きだった。
 けれど、それを口にする事は出来なかった。
 言ってしまえば脆く崩れてしまう関係だと分かっていたからこそ、言葉にする事は躊躇われた。
 そんな2人の関係が崩れたのはふとした瞬間。
 夜空の下、昔の思い出話に花を咲かせていた時。明が言ってしまった一言は、尋の足を止めた。
『ずっと、尋が好きだった』
 驚いたような顔が不思議そうに傾げられ、意地の悪い笑みを浮かべると目を細めた。
『それは、今も?』
 何も言えないでいる明に、尋は心底おかしいと言うように笑うと、今まで見たこともない残酷な表情で明を突き放した。
『冗談。ただの幼馴染としか思えない』
 拒絶の色はあまりにも切なく、明は絶句するとその場に立ち竦んだ。
『そうだな、でも、付き合ってあげても良いよ』
 尋はそう言うと、丸い月の浮かぶ空を見上げた。
『人気者は辛いよ。告白を断るのも一苦労だし。あぁ、明にはそんな事分からないか』


 例え尋の心が自分に向いていなくても、それで良いと思った。
 一緒に居られる、それだけで幸せだと思えた。
 けれど、人の欲は深い。
 明は、尋の心が欲しくなった。こちらを向いて欲しい、気にして欲しい、愛して欲しい。
 一緒に居られるだけで幸せと思う心と、もっと尋を振り向かせたいと言う気持ちがぶつかり合う。
 長い長い戦いの末、明の心は後者を選んだ。
(尋を独り占めしたい。尋の心が全て欲しい)
 それならどうするべきか?
『命を、奪うの。そうすれば、尋は貴方のもの』
 声が聞こえた。
 凛と響く声は、明の脳に直接届いた。
「そんな事出来ない」
『でも、そうしない限り尋は貴方のものにはならない』
「時間が解決してくれる」
『無理よ。だって、尋は他の人が好きなんだもの』
 少女の声は、明の心を鋭く切り裂いた。
『誰だかわかる?分かるわよね、貴方の親友だもの。ふふ、尋はその子が好きなの。ねぇ、明、私は貴方の味方よ』
 少女は優しい声色を出すと、囁くように声量を落とした。
『私に考えがあるの。尋の全てを手に入れられる、考えがあるの。ねぇ、明、私は貴方の味方よ。私だけが、貴方の味方よ』
 トロリと、蜂蜜のように甘い声。その声が、明の心を侵食していく。
『尋が、好きでしょう?尋の心を奪ったあの子が許せないでしょう!?ねぇ、明、貴方の味方は私しかいないのよ!!』
 明はドロリと濁った瞳を窓の外に向けたまま、声の言葉に頷いた。
(私は、尋の全てがホシイ‥‥ダカラ、アナタニ、シタガウ)



≪映画『恋鬼』募集キャスト≫

*明
 尋に思いを寄せている
 地味で目立たない容姿をしている
 あまり自分の意見をはっきりと言うタイプではない

*尋
 頭脳明晰容姿端麗で誰にでも優しい
 酷い事をしたり言ったりするが、明の事は好き
 感情を上手く表に出せない
→明の親友が好きと言うのはまったくの嘘

*明の親友
 明るい性格で、尋同様誰からでも好かれるタイプ
 明と尋と仲が良い
→密かに尋に好意を寄せている

*恋鬼
 明の心を侵食している声の主
 少女のような声をしている

*鬼断ち
 恋鬼に心を奪われた人の目を覚まし、恋鬼を倒す事を生業とする人
 数枚の御札と銀のナイフを持っている

・その他
 明や尋の友人 など


『恋鬼』

・シーン1
 明が親友と尋を夜の公園に呼び出す
 他愛も無い話をしていた所、突如明が豹変する

・シーン2
 明が尋と親友を追い回す
 2人はひたすら逃げ続ける

・シーン3
 鬼断ちが登場し、明の目を覚ますと恋鬼を倒しにかかる

・シーン4
 恋鬼が消滅し、鬼断ちが姿を消した後、残った3人のこれから


 恋鬼以外の登場人物の外見年齢や性別はお任せいたします。
 恋鬼は女性(10代〜20代程度)になります。

●今回の参加者

 fa0467 橘・朔耶(20歳・♀・虎)
 fa0612 ヴォルフェ(28歳・♂・狼)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa1077 桐沢カナ(18歳・♀・狐)
 fa1276 玖條 響(18歳・♂・竜)
 fa4263 千架(18歳・♂・猫)
 fa4360 日向翔悟(20歳・♂・狼)
 fa4478 加羅(23歳・♂・猫)

●リプレイ本文

 冷たい窓ガラスに掌をつけ、明(千架(fa4263))は虚ろな瞳で外を見詰めていた。凍てつくような北風の中を走って行く少女の姿を目で追う。
『明、寂しそうね』
 耳障りの良いアルトに振り向けば、薄い朱色の単衣を着た恋鬼(橘・朔耶(fa0467))が長い髪を1つにまとめて肩に流しながら微笑んでいた。
『大丈夫。何も心配しなくて良いのよ。尋は今日、貴方のものになるの』
「尋は‥‥ボクノモノ」
『そう。尋は、貴方のもの』
 恋鬼が艶やかに微笑みながら明の隣に立つと、そっと頭を撫ぜた。

 コートの襟元を合わせ、寒さに耐えながら明の部屋の窓を見上げていた1人の少女が、口元に笑みを浮かべると白い息を吐き出した。
「‥‥見つけた」


 慎(加羅(fa4478))は弟の態度の変化に気付いていた。以前までは何でも話してくれたのに、最近は声すらも聞いていない。どこか虚ろな様子で窓の外ばかり見ている明に声をかけても、何でもないの一点張りだ。この間は、明以外誰も居ないはずの部屋から誰かと会話をしているような弟の声を聞いた。一体、明に何が起きていると言うのだろうか。
 考え込む慎の耳に、玄関から微かな物音が聞こえて来た。
「明?」
 コートを着て靴を履き、今まさに外に出ようとしている様子の明に声をかける。こんな遅い時間に、何処に行くのだろうか?
「友達と、約束があって」
「こんな時間に?」
「うん。尋と、凛と」
「そうか。あんまり遅くならないようにするんだぞ」
「分かってるよ、お兄ちゃん。‥‥イッテキマス」
 微笑んだ明の表情は、恐ろしいほどに艶っぽく女性的だった。恍惚と残酷の狭間、明ではない何者かの存在を感じ、慎が1歩後ろに下がったその時、下駄箱の上に乗っていた大きな花瓶が落ち、粉々に壊れた。


 満月の夜だった。尋(玖條 響(fa1276))と凛(桐沢カナ(fa1077))は明からの呼び出しを受け、夜の公園へと足を運んでいた。公園の片隅に立っている街灯の近く、古びたベンチの上に明の姿を見つけ、凛が手を振って駆け出す。
「お待たせ、寒かったでしょう?どれくらい待った?」
「こんな場所に呼び出して‥‥何?俺忙しいんだけど」
「二人とも、一緒に来たんだね」
「偶然駅で会ってね」
 凛の言葉に、明が苦しそうに眉を寄せると目を伏せる。恋鬼が明を慰めるように肩を抱くと、耳元で言葉を紡ぐ。
『嘘よ。本当は今日、ずっと一緒に居たの。明だけ仲間外れ』
(違う‥‥尋も凛も、そんな子じゃない‥‥)
『2人は、貴方を騙そうとしているの。ねぇ、明。私は貴方の味方よ』
 優しい声は明の心を浸食していく。
「‥‥凛がいるから、尋は僕だけのものにならないんだ」
「明‥‥?どうした?」
 様子のおかしい明に尋が首を傾げ、俯いた顔を覗き込もうとした時、明が顔を上げた。頬を一筋の涙が流れ落ち、尋と凛が息を呑む。
「尋‥‥凛を好きでも、僕は尋だけが好き。だから‥‥全部チョウダイ」
 キラリ、光を受けて輝く銀色のナイフ。
「明、どうしたの!?」
「ダメだ凛!」
 明に近づこうとした凛の腕を取ると、尋は走り出した。


 どれだけ走っても、何処に逃げても、明は必ず2人を見つけ出した。ふらりとした遅い動きにも拘らず、疲れを知らない明は何時間でも2人を追いかけていられた。
「逃げても無駄。ねぇ?」
 恍惚の中に微かな哀しみを混ぜた明が、恋鬼に声をかける。

「っんだよ!あいつ!!意味わかんねー!」
 廃屋の中に身を隠した尋が苛立たしげに呟き、隣で荒い呼吸を繰り返す凛に視線を向ける。
「凛、大丈夫か?」
「私は大丈夫。でも、明が‥‥」
 唇を噛み締める。自分は今まで、明の何を見ていたと言うのだろうか。
「親友だったはずなのに、何も気付いてやれなかった‥‥」
 胸の前で掌を組み合わせた次の瞬間、明が廃屋の中に入って来た。散々走り回った体は重たく、上手く走れない。凛が小さな段差に足を取られ、転倒する。明が握り締めたナイフを振り上げた時、勇ましい声と共に遼(日向翔悟(fa4360))が走り込んで来て明の腕を取った。彼はたまたま外でいつもとは違った様子の明を見つけ、後をつけてきたのだ。
「遼!」
「いいからさっさと行けっ!」
 尋が凛の手を取り、走り出す。凛に好意を寄せている彼は、彼女が難を脱した事に安堵の溜息をつき‥‥ふっと、目の前が真っ暗になって倒れこんだ。
『邪魔者は、少し眠っていなさい』


 弦(ヴォルフェ(fa0612))と赤崎破矢子(ベス(fa0877))はナイフを持って立つ明と、必死に彼を止めようとしている慎を屋根の上から見下ろしていた。凛と尋が慎の腕を取り、明から引き剥がそうとしている。
「修羅場みたいだけど、今のところまだ誰も死んでないみたいだね」
「恋鬼の力によって意識を失っている者が1名」
「え、そんなのいるの?」
 キョトンとした破矢子の表情に、弦が軽く溜息をつくと首を振る。
「お前もまだまだだな」
 そう言って下へと降りる弦の後を追う破矢子。子供扱いされている気がしてムっとするが、確かに鬼断ちとしての能力は未熟だ。
 不意に現れた2人の人物に尋が不審気な眼差しを向ける。
「あんた達、何?」
「鬼断ちと呼ばれる者だ」
「鬼断ち?」
「この少年は恋鬼と言う鬼に憑かれている」
 弦はそう言うと、簡単に恋鬼の説明を挟んだ。恋鬼に憑かれやすいタイプの人間、恋鬼に憑かれた時の様子、そして‥‥
「恋鬼に騙され、絶望した人間は心を侵食され廃人となり、最悪死にいたる」
「どうすれば、明を救えるんですか」
 慎の言葉に、弦は軽く首を振った。目を覚ませれば、恋鬼は離れる。しかし、それに具体的なやり方はなかった。
「恋鬼に憑かれた原因を潰せば良いんだが」
「‥‥俺のせい、か?」
 尋が唇を噛む。今まで明にしてきた事が、脳裏を過ぎる。
「尋が正面から明に向き合えば、あの子は目を覚ましてくれるよ‥‥きっと」
 慎の言葉に、尋が視線を上げるが‥‥如何して良いのかわからない。正面から向き合うとは、どうすれば良いのか。自分の気持ちに正直になれずに逃げてばかりだった尋には難しい事だった。
 戸惑ったように立ち尽くす尋の背中を、凛が押す。凛は確かに、尋に惹かれていた。
(でもきっと、尋は明だからこんなに悩んでるのよね)
「直球で言えば良いの。難しく考えなくて良いの。尋は、明が好きなんでしょう?それを、正直に言えば良いの」
 凛の言葉に尋が頷き、ナイフを持って涙を零しながら笑みを浮かべる明に近づく。
「危な‥‥」
 飛び出そうとする破矢子の腕を取ると、弦が首を振る。
「アレは2人の問題だ。部外者が首を突っ込むことじゃない」
「でも‥‥」
 刺されてからでは遅いのではないか。そう反論したい破矢子だったが、弦は見守る構えだった。
 尋が明の傍まで歩いて行き‥‥明の持ったナイフが腕を掠める。無茶だと、破矢子は思った。あのままでは彼は殺されてしまう!焦る破矢子の前で、尋がナイフを右手で掴むと明の頭に手を乗せた。
「ばーか‥‥何やってんだよ。目、覚ませよ」
 尋の手から血が流れ落ちる。明がナイフを落とし、色を取り戻した瞳から大粒の涙を零す。
「どうせ、僕‥‥バカだもん」
「昔っから目が離せないんだよなぁ‥‥」
 頭を撫ぜながら苦笑する尋と明の傍から、恋鬼が離れる。弦が素早く地を蹴り、破矢子が持っていた札を恋鬼に投げつける。御札の力によって動けなくなった恋鬼が、それでもどうにか逃げようともがく。
「無駄だよ、もう逃げられない。弦!」
 破矢子の声に、弦は銀色に光る短剣を握り締め、恋鬼の左胸に突き刺した。鋭い断末魔と、眩い光が夜空を染め上げた。そして‥‥恋鬼は跡形もなく消滅した。
「帰るぞ」
「うん!」
 弦の言葉に破矢子が伸びをし、呆然と成り行きを見守っていた4人に笑顔を向ける。
「恋鬼は誰の心にもいるんだ。だから‥‥気をつけてね」
 不思議な笑みを残し、破矢子が弦の後を追いかける。‥‥去って行く2人の姿を、月光が照らしていた。


 明は凛からの謝罪に首を振ると、目を伏せた。
「ごめん、僕が悪いんだ」
「ううん。気付いてあげられなかった私も悪いの」
「「‥‥これからも、友達でいてくれる?」」
 2人の声が合わさり、苦笑する。凛は尋が好きだったと言う事を素直に明に告げ、そして、2人の幸せを願っていると付け加えた。『親友』の2人の絆は固い。遼もその輪の中に加わり、3人は以前よりも強い友情を築いて行っていた。
 一方尋はと言うと、自分が素直になれなかった事が、明が恋鬼に憑かれてしまった原因だと知っていながら、態度を改められないでいた。未だにギクシャクしている明との関係が、胸を締め付ける。凛と一緒に居る明は、以前よりもよく笑っているような気がする。‥‥ジワリと、嫉妬の炎が胸を焦がしていく‥‥
「俺だけ‥‥あいつは俺だけ見てればいーのに‥‥」
『明を貴方のものにする方法を、私は知ってるわ』
 不意に聞こえた声に、耳を傾ける。優しいアルトの声は、ゆっくりと尋の心にしみこんで来た。
『命を、奪うの。そうすれば、明は貴方のもの。貴方だけのもの‥‥』
「でも、そんな事‥‥出来ない」
『いいえ、やらなくてはダメよ。そうしないと、明は凛のものになってしまう。ねぇ、私は貴方の味方よ?』
 優しい声。全てを分かってくれている声。この声に、全てを委ねてしまえば‥‥
(俺は、明の全てが欲しい。だから‥‥)


     「俺は、貴方にシタガウ‥‥」