一角獣の願いアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮下茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
5.5万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
01/22〜01/24
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●本文
銀色のたてがみを靡かせながら走る一角獣。
その背にしがみ付きながら、少女は訊いた。
『この砂漠を抜ければ、本当に夢の島へ行く方法が分かるの?』
凛と澄んだ声は風に流されて、それでも一角獣の耳には確かに聞こえた。
『勿論です。この砂漠を抜ければ港町・アイデリアーゼ。そこに居る、メリンダと言う天使の女性ならば夢の島へ行く方法を知っています』
『本当に、夢の島へ行けばママに逢える?』
『えぇ。夢の島は、何でも叶う場所ですから』
一角獣がそう言って、微笑む。
そこに行けばママに逢える。そう聞いて、少女は安心したように微笑むと銀色のたてがみの中に顔を埋めて目を閉じた。
(ママに、逢える。ねぇ、ママ。ママが死んだなんて、嘘だよね。夢の島へ行けば、元気なママに逢えるよね)
少女が心の中で呟いた言葉は、一角獣の脳に直接響いて聞こえた。
(えぇ、逢えるわ。貴方の記憶の中で微笑むママが、目の前に現れる)
夢の島は、何でも叶う場所。
例え死んだ者でも、生きる者の記憶の中から映像化され、目の前に現れる。
まるで本当に生きているかのように‥‥
涼(りょう)はそこまで読むと、本を投げ捨てた。
くだらない本。なんてくだらない本。
でも‥‥
思い直し、床から本を拾う。
表紙には銀色のたてがみの一角獣と、それに跨ったツインテールの少女の姿が描かれている。
この本は、小さい頃‥‥まだ字もまともに書けなかった頃‥‥母親が病室を抜け出して買って来てくれた大切な本だった。
元々体の弱かった母親が他界したのは数年前。
この本は、涼が母親から貰った最後の物だった。
大切な、大切な本。
それなのに、涼はこの本が嫌いだった。
主人公の少女・美雨(みう)は大好きだったママを病気で亡くした。
ある日、毎日泣き続ける美雨のもとに一匹の美しい一角獣が姿を現した。
彼女は言った。
『ママの居るところに、連れて行ってあげる』
『本当?ママは、どこにいるの?』
『夢の島と言うところよ』
『ママは、元気?』
一角獣は頷くと、美雨を背中に乗せて走り出した。
様々な町を走り抜け、色々な困難に打ち勝って夢の島へと行く事の出来た美雨と一角獣。
変わらないママの姿に、美雨が抱きつき‥‥そして、言うのだ。
『ママ、美雨の記憶の中のママは変わらない。いつまでも、大好きよ。でも‥‥ママを思って泣くのは、もう止めるね。だってママ、美雨の笑顔が好きだって言ってたから』
成長した美雨は、ママの死を受け止め、そして‥‥前を向いて生きて行くとママに誓ったのだった。
美雨はきっと、ママがそんなに好きじゃなかったんだ。
そうでなければ、ママを過去の人にする事なんて出来ないはずだ。
「まだ、どこかで生きてるかも知れないのに‥‥」
‥‥涼はまだ、母親の死を上手く受け止められないでいた。
涼が何処かへと出かけた後で本の中から抜け出した一角獣は、神様の居る場所へと走って行った。
『神様、お願いがあります。私を人間の姿にして下さい』
『涼を、夢の国につれて行ってあげるのですか?』
『いいえ。夢の国は寂しい国‥‥私は、涼に現実を見てもらいたい。母親に縛られずに生きて欲しい‥‥』
『それは、誰の願いですか?』
神様は優しく微笑むと、一角獣の頭を撫ぜた。
細かい光の粒が体を包み込み、一角獣は1人の人間の姿になった。
涼と良く似た面差しの彼女は、涼の母親の縁(ゆかり)だった。
『涼の母親としての、願いです』
『貴方が涼の傍から離れられないのも、涼が貴方に縛られているから。でも、この縛りを解いてしまえば貴方は涼から離れなければなりません』
『分かってます。それでも、私は涼に前を向いて生きて欲しい。それが、母親としての願いだから‥‥』
『分かりました。その願い、聞きましょう。貴方を1日だけ人間の姿にしてあげましょう。けれど、12時が過ぎたら貴方は私とともに行かねばなりません』
『分かっています』
神様は優しく微笑むと、縁の頭をそっと撫ぜた。
彼女は見る見る若返り、涼とさほど変わらない年齢になった。
これなら涼も、直ぐに縁だとは分からないだろう。
縁は神様にお礼を言うと、地上に向かって走り出した‥‥
≪映画『一角獣の願い』募集キャスト≫
*涼
外見年齢18歳以下
儚く寂しそうな雰囲気を纏っている少年
外見年齢よりも少し幼い印象を受ける喋り方や行動をする
一人称は『僕』
*縁
涼の母親
最後に贈った本の中に登場する一角獣のイラストに宿り、涼の傍に居た
優しい雰囲気の女性
外見年齢は涼よりも少し上くらいに神様が設定
一人称は『私』
・その他
涼の家族
涼の友達 など
●リプレイ本文
如何してこんな事になってしまったのか。洸(タブラ・ラサ(fa3802))は言い争いをする涼(大海 結(fa0074))と駿(カナン 澪野(fa3319))に挟まれ、泣きそうな顔をしていた。
「二人とも、落ち着いてよ」
そう声をかけるものの、小さく弱々しい言葉は2人には届かない。
「いつまでそんな事言っているんだ!死んじゃったおばさんが可哀想だろ?!涼は考えが子供なんだよ!」
北風に負けて帰って来たのがついさっき。言い争いの切欠は、涼が取り出した絵本だった。最初は和やかな話しだった。お母さんから貰った最後の本を大事にしている涼の姿は、駿の逆鱗に触れるものではなかった。
「死んだ人は帰らないんだ!!もう2度と!何処にもいない!」
語気荒く激昂した駿は、涼に掴みかからん勢いだった。女の子のような愛らしい外見とは反した口調は、元からなので別段怖いとは思わなかった。ただ、2人がこんなに激しく言い争う姿を見るのは初めてで、洸は仲裁を諦めて閉口した。
「人事だからそんな風に言えるんだ」
責め立てるように激しく言葉を継ぐ駿とは違い、涼は低く呟くように言った。
「今、何て言った?」
「絶対、どこかに居るんだから!」
鋭い瞳。大好きだった祖父母の死を経験している駿にとって、涼の気持ちは良く分かっているはずだった。どんなに望んでも、帰ってこない。もう2度と、会えない、声も聞けない、触れ合う事も出来ない、そう言うもの。
「‥‥じゃぁ、そう思っておけよ。でもな、気づいた時、何倍も辛いぞ」
駿は声を落としてそう言うと、部屋から駆け出して行った。洸が後を追おうと腰を浮かすが、玄関を出て行く音を聞き、諦めて座り込む。
「死ぬってどういう事なのかな?僕には、よくわからないや」
ポツリと呟いた洸の声が、虚しく部屋に響いた。
悠(グリモア(fa4713))は手土産持参で訪れた檜山・葵(渡会 飛鳥(fa3411))と紫雲 朱音(ラフィール・紫雲(fa2059))を家の中に招き入れると階上にいる2人を呼んだ。いつも学校帰りに訪れてくれる朱音とは違い、全寮制の学校に通う葵は大きくなった涼と洸に驚きの言葉を告げた後で、仏壇に手を合わせると悠が出してくれたお茶に口をつけた。洸は気まずそうに膝の上に視線を落としており、涼にいたっては拗ねたように口元を引き結んでいる。
「縁さんは亡くなっちゃったけど、きっと2人の事を心配しているよ。姿は見えなくても、声は聞こえなくても、いつも涼君達の傍に居て、涼君達の事を思ってる。だから、あまりお母さんに心配掛けちゃだめだよ」
会話の流れでかけた言葉に、洸が愛想笑いを浮かべ、涼が唇を噛む。
「涼君、そんなに落ち込んでたら、天国のお母さんが悲しんじゃうよ」
朱音が毎日のようにかける言葉だった。そして、いつもその後には「すぐに元気になってとは言わないから、少しずつ元気になろうね」と続くはずなのだが、今日は涼の声に遮られた。
「2人とも、僕の気持ちなんて分かってないくせに!!」
「涼!何て事言うんだ!」
「お父さんだってそうだよ!お母さんは死んでなんかないんだから!!!」
まだ少しだけ高い声で、涼は叫んだ。呆気にとられる4人をその場に残し、走り出す。
「‥‥さっき、駿君とも同じような事言って喧嘩してたんだ」
「そうなのか」
「うん。お兄ちゃん、お母さんが大好きだったんだね。僕も、もっといっぱいお母さんといられたら、お兄ちゃんの気持ちも分かったのかな?」
泣きそうになりながら呟いた洸の言葉に、朱音も葵も、悠ですらも、言葉を失った。
いつも遊んでいる公園には誰の姿もなかった。ブランコに乗り、弱々しくこぎ出す。色々な事が頭の中を巡り、涼は小さく溜息をつくと視線を上げた。朱色に染まった空を背景に、優しい笑顔を浮かべて立っている高校生くらいの少女に戸惑いの表情を浮かべる。
「お姉さん誰?」
「えっと、通りすがりの女子高生?」
まさか絵本の中から現れた涼の母親・縁(エルヴィア(fa0095))だとは名乗れない。そもそも、この外見で名乗ったところで信じてはもらえないだろう。縁は涼の了解を取ってから、隣のブランコに腰をかけた。
「寂しそうな顔をしてブランコに乗ってた男の子を見つけて、思わず声をかけちゃったの」
「寂しそうな顔なんて‥‥」
「お友達と喧嘩でもしちゃった?」
「‥‥そんなんじゃない」
「何かね、私と同じような顔してるなーって思って」
「お姉さんと?」
「うん。私ね、小さい時にお母さんを亡くしちゃったの」
「‥‥お姉さんも?」
「『も』ってことは、僕も?」
「僕じゃなくて、涼って言うんだ」
「そっか。涼君ね。あの時、私はお母さんの死を受け入れられなかった」
「お母さんは、死んでなんか無いよ」
「‥‥そうだね。涼君が忘れない限り、涼君のお母さんはいつまでも消えやしないわ」
「お母さんはまだいるんだよ!!」
「‥‥辛いね」
優しい声に顔を上げれば、泣きそうな表情の縁と視線が絡まった。
「寂しいよね。別れは、とても寂しい。でも、お母さんはきっと涼君の胸の中にいると思うの。会う事が出来なくても、お母さんが消えるわけではないわ。ね?」
「お母さんに、会いたい」
涼の乗ったブランコは、止まっていた。小さく震える体を抱き締めながら、自分こそが縁だと、貴方の母親だと、名乗ろうかと思った。でも、それは出来なかった。
(言ってどうなるの?ただ、別れが辛くなるだけじゃない)
一緒に居る事はもう叶わない。どんなに願っても、叶わない。だから‥‥言えなかった。
「ねぇ、涼君。お母さんが大好き?お父さんは?弟は?お友達は?」
「皆、大好き」
「涼君が寂しいと、皆も寂しいんだよ。辛いんだよ。ねぇ、涼君。目を閉じて、胸に手を当てて。お母さんの事を考えるの。良い?お母さんを思い出して。お母さん、何て言ってた?涼君が泣いた時、必ず、なんて言ってた?思い出して?」
「ずっとメソメソしてたらダメよって。涼君が寂しいと、お母さんも寂しいから。だから‥‥いっぱい泣いたら、笑おうって。皆と一緒に、笑おうって」
頬を滑る涙。縁はそれを人差し指ですくうと、小さな体を再び抱き締めた。あの日、涼に言った言葉が蘇ってくる‥‥
今は、沢山泣けば良いの。いっぱい泣いて、涙が枯れるまで泣いて
でもね、泣いた後は笑って欲しいな
笑顔で、悲しいの全部、吹き飛ばしてほしいな
お母さん、待ってるから。涼君が笑顔になるまで、ずっと傍に居るから
だから、涙が乾いたら一緒に笑おう?いっぱい、笑おう?
暗い道を、手を繋ぎながら帰る。涼の両目は泣きすぎて腫れていたけれど、口元には笑みが浮かんでいた。
「ねぇ、お姉さん、何で僕の事知ってるの?何も言ってないのに」
弟がいるって、僕言ったっけ?と、首を傾げる涼に笑顔を向ける。角を曲がれば、息子の遅い帰りに心配した悠が外に出ていた。
「お父さん!」
「涼、こんな時間まで‥‥こちらは?」
「お姉さん。送ってもらったんだ」
「それは‥‥」
「お兄ちゃんどこ行ってたの?僕、心配したんだよ!」
父親の声に、兄の帰宅を知った洸が走り出してくる。縁の視線に気付いた洸が顔を上げ、にっこりと微笑むと頭を下げる。
「お兄ちゃんを連れてきてくれて有難う、お姉ちゃん」
「もう時間も遅いから、送って行くよ。2人とも、家に入ってなさい。朱音さんと葵さんが食事を作って待ってくれているから」
「うん、分かった!それじゃぁ、またね、お姉さん」
「またね。涼君に、洸君」
悠は、何となく縁の正体に気付いていた。それを感じ取った縁が、足を止めると頭を下げる。
「涼と、洸を宜しくお願いします」
「‥‥君は今でも2人の事を見守ってくれていたんだね。‥‥有難う」
笑顔を浮かべる。寂しいままの別れには、したくなかったから。縁が背を向け、悠も反対を向く。振り返らずに、進む。それが、今できる精一杯の事だった。
『もう、お別れは済みましたか?』
神様(葉月 珪(fa4909))の言葉に、縁は微笑みながら頷いた。
「有難う御座いました。涼も立ち直ってくれると思います。私が居なくても、あの子はきっと大丈夫」
頬を伝った涙に、両手で顔を覆う。静かに嗚咽を漏らす縁に、神様が優しく声をかける。
『きっと涼は大丈夫。傍に居る事は出来ませんが、見守る事は出来ます』
行きましょうと、差し出された手を取る。
「ごめんね、涼、洸、あなた。‥‥有難う」
朝、玄関扉を開けると、そっぽを向いて頬を染めた駿が立っていた。
「ゴメン。昨日、少し言いすぎた。‥‥死んだ人は帰ってこないけど、いつだって見守ってくれてるんだって、婆ちゃんが死んだ時に言われた。そうなのかなって思ったら、不思議と悲しくなくなったんだ。俺達は、死んじゃった人の分までちゃんと生きるのが義務なんだって、その時は分からなかったけど、今なら分かる気がする」
涼は、昨日の事について思い出していた。あのお姉さんは、もしかしたら‥‥
「なぁ、おばさんは涼の心に居るんだろう?それで良いじゃん!」
「あのね、昨日お母さんに会ったんだ。きっと、お別れを言いに来てくれたんだね‥‥もう大丈夫だよ。僕には、皆がいてくれるから」
晴れやかな笑顔で繋いだ仲直りの手は、縁の目にもしっかりと映っていた‥‥