Liberte Neigeアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 宮下茜
芸能 3Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 難しい
報酬 8.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/23〜01/26

●本文

 東京下町にある、知る人ぞ知るバー『Liberte(リベルテ)』
 有り得ないくらいに短いスカートをはいた年齢不詳の美女・鏡(ミロワール)が経営するこの店内では、日々色々な事が起こっている。
 そして、今日もまた‥‥


 真っ赤な口紅をぬった唇の端をキュっと上げると鏡は、ボウっと座ったまま窓の外を見ていた男の子に声をかけた。
「雪(ネージュ)何をボーっとしているの?」
「ふぇ?」
 細身の筋肉質、サラサラの髪、色っぽい外見をした雪は可愛らしく首を傾げると目を瞬かせた。
「僕、今、意識飛んでましたぁ〜?」
「飛んでたわよ、もう。それより、私の前では普通に喋るのね」
 鏡が軽く苦笑しながら、スカートの裾から見えている白く細長い脚を組む。
 雪に断ってから煙草に火をつけ、ふっと紫煙を吐き出すとふわふわの金髪を肩に払う。
「あっと、僕、今普通に喋ってました!?あ、喋ってますねぇ。えっと‥‥俺、今、意識飛んでた?」
 軽く息を吸い込んだ雪がキリリと表情を引き締め、不敵な笑みを浮かべながら脚を組む。
「別に悪いって言ってるんじゃないのよ」
「‥‥あ、そうなんですかぁ」
 再びほにゃんとした笑顔に戻る雪。
 組んだ脚を元に戻し、背もたれに寄りかかると深い溜息をつく。
「他の子の前でもそうやって、ふっとした時に素を見せれば良いのに」
「‥‥無理ですよぉ。俺って言ってる時は、僕とはまったく別の人物になってるんですから」
 鏡は煙草を灰皿に押し付けると雪の傍まで行き、テーブルを挟んだ向かいに座った。
「もうこの店に来て1週間になるけれど、調子はどう?仕事には慣れた?」
「えぇ。飲み物運んで、たまにお客さんのお話を聞いてってだけですから、そんなに難しくないですし」
「最初、女性のお客様を前にするとギクシャクしてたけれど‥‥」
「大丈夫です。『俺』は」
「『僕』は?」
 鏡の言葉に、目を伏せる雪。
「他の子達との仲はどう?」
「『俺』の方は、問題ありません」
 鏡は口の中で「そう」と軽く呟くと席を立った。
(まだ、人と馴染めないのね。雪は‥‥)
 そう小さく、心の中で呟いて。


≪映画『Liberte Neige』≫

 東京下町にあるバー『Liberte』で働く人達は心に何かを抱えている人が多く、今回の雪もその1人です。

*雪(ネージュ)
本名:間宮 雪都(まみや・ゆきと)
外見:色っぽい雰囲気の美少年。ほっそりとしたシルエット
性格:子供っぽくお馬鹿。口を開けば外見台無し
口調:『僕』『〜だよね』『〜かなぁ』(通常時)『俺』『です、ます』(演技時)
特徴
1、演技をしないと人と上手く喋る事が出来ない
 →鏡とは演技なしでも上手く喋る事が出来ます
2、女性が苦手


『キャスト』
*雪
*リベルテの従業員
・リベルテを訪れる客
・リベルテ従業員の家族   など

*鏡はキャスティングの必要はありません

*舞台はバーですので、従業員・客は実年齢20歳以上の設定です
*外見年齢の幼い方は従業員・客としてのご参加は出来ません


『Liberte』

・リベルテ従業員は本名で呼び合うことはなく、本名から漢字を一字とり、それをフランス語読みにして呼び合います
・雪以外のキャストでリベルテ従業員を選択する場合も上記のように名前をつけてください
・漢字1字の言葉で、フランス語にしても音の響きが不自然でないものを探すのは意外と大変でした(実体験)ので、以下にいくつか名前案をあげておきたいと思います
『風(ヴァン)』『月(リュンヌ)』『冬(イヴェール)』『炎(フラーム)』『恋(アムール)』『空(スィエル)』『蝶(パピヨン)』『蓮(ロテュス)』『絆(リアン)』
・漢字1字のままでも名前として出しておかしくないかなと思うものを選びました
・上記で気に入ったものがない場合は独自で漢字1字を設定してOKです
→漢字は決めたけれど読みは任せた!でもOKですが、フランス語では見つからない言葉やフランス語にすると呼び名として微妙になってしまうものがありますので、あまりオススメは出来ません
 それでも自分で決めたい!と言う場合はいくつか漢字の候補を出していただけると有り難いです
・リベルテ従業員以外はお好きな名前をつけていただいて構いません


『ネージュ』

 基本的に舞台は夜のバーです
 『雪を中心とするようなお話を作る』と言う以外の展開はお任せいたします
・演技をしないと人と上手く喋る事が出来ないと言う事を何とか直そうとする
・女性が苦手になった原因を追究する
・雪の恋物語
・バーでのしっとりとした雪と客のやり取り
 など、夜のバーで起こりそうな事ならば何でもOKです
 お話の内容により、雪を含め、鏡以外の生死もお任せいたします
→鏡死亡やリベルテ崩壊などは不可です

●今回の参加者

 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa0642 楊・玲花(19歳・♀・猫)
 fa1742 スティグマ(23歳・♂・狐)
 fa3487 ラリー・タウンゼント(28歳・♂・一角獣)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa4263 千架(18歳・♂・猫)
 fa4489 リーニャ・ユンファ(21歳・♀・猫)
 fa4563 椎名 硝子(26歳・♀・豹)

●リプレイ本文

 まるで、腫れ物に触れるかのようだった。
 『リベルテ』に務める従業員達は、それぞれ心に何かしらの闇を抱えている。だからこそ雪(千架(fa4263))の演技には気づいていた。けれど、その事について深く聞こうと思う者など居なかった。雪の接客は完璧だったし、演技をしているからと言って不自然だと思う部分もなかった。何より、深く聞かれる事を雪は嫌がっている様子だった。


 夜の店内は仄暗いオレンジ色の明かりに染め上げられていた。お客の入りはまずまずで、ホールには雪の他、星『エトワール』(椎名 硝子(fa4563))空『スィエル』(伝ノ助(fa0430))月『リュンヌ』(スティグマ(fa1742))の3人が立っていた。それぞれが忙しく動き回っていた時、そっと戸惑うようにバーの扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
 雪が入って来た女性に頭を下げ、次の瞬間、笑顔が凍りつく。けれど、すぐに気を落ち着かせたのか、小さな溜息をついた後で彼女を席へと案内する。
「お久しぶりです。貴女が此の様な場所に‥‥珍しいですね」
 それは今までに見た事のない、静かな拒絶の表情だった。その笑顔を前に、女性が戸惑った様子で何かを言おうと口を開き、目を伏せて口を閉じる。
「ご注文がお決まり次第お呼びください。それでは、俺は仕事がありますので失礼します」
 深々と頭を下げた雪に、女性が手を伸ばし‥‥寂しそうな表情で俯くと手を引っ込める。注文は空が取り、カクテルは月が運んだ。雪はと言えば、違うお客のところで楽しそうに何かを話している。
 暫くは雪の背中を見詰め、静かにカクテルを飲んでいた女性だったが、哀しそうに目を伏せるとグっとカクテルを飲み干して席を立った。鏡にお金を渡した女性がもう1度だけ雪の方に視線を向け、扉を押し開ける。
「あの、鏡さん‥‥」
「お店が忙しくなる前に帰ってこないと減給」
 鏡の言葉に、月と星が去って行った女性を追いかける。その様子を不思議な笑みを浮かべながら見詰めていた鏡の前に、酷く真面目な表情をした空が座る。
「鏡姐さん、貴女何か知ってるでしょ」
「えぇ。知ってるわ。知らない方がおかしいでしょう?私は、何でも知ってる。雪の事も、彼女の事も‥‥貴方の事も」
 鏡の細長い指が空の頬に触れ、空が驚いて身をそらせる。
「でも、私が教えたらつまらないでしょう?」
 真っ赤に塗った口紅が、天井から降り注ぐ淡い色の光を鋭く反射した。


 今にも泣き出しそうな瞳をした彼女・潤(リーニャ・ユンファ(fa4489))に追いつくと、月が雪についての質問を投げかけた。暫く迷っていた潤だったが、意を決したように深く頷くと雪と自分の関係について、そして雪の過去についてを語り始めた。
「頼むのは筋違いとわかっています。でも、あの子を宜しくお願いします」
 頬を滑った涙に、星が慌ててハンカチを差し出す。真っ白なハンカチについていく涙の跡に、月と星は顔を見合わせた。


 雪の父親は大変な資産家だった。雪の母親は小劇団の女優で、いわば彼の愛人だった。雪は幼い頃、病気がちな母の元で育った。一生懸命働き、雪をどうにか食べさせていけるようにとか弱い体に鞭打って働きつめた。そして、それが原因となり、母は若くして他界してしまった。
 雪は、父親の元に引き取られた。確かに、暮らし向きは豊かになった。食べるものも困らない、欲しいものは望めば直ぐに与えられた。お金だけは沢山あった。けれど誰も雪に愛を与えはしなかった。継母は母親と同じ顔をした雪を虐待し、巻き添えを恐れる者達は遠巻きに嵐が去るのを待つしかなかった。勿論、潤も、傍観者の1人だった。
 孤独の中で成長した雪は、表情を失っていった。『資産家の跡継ぎ』に相応しい態度を強いられ、作り笑顔で乗り切る日々。身を守る術は『演技』しかなかった。
 女性が苦手な元凶は、彼を痛めつけ続けた継母であり、演技は身を守る手段だった。
 このままでは雪が壊れてしまうかも知れない。潤がやっとその事に気付いたのは、雪が蓄積した心の傷に耐え切れなくなり、家を出てしまうほんの数日前の事だった。
「お姉さんは、雪を捜し続けていたみたいなの」
「そうですか。そんな事が‥‥」
「どうにか出来ないかな」
  海『メール』(水沢 鷹弘(fa3831))が目を伏せ、冬『イヴェール』(ラリー・タウンゼント(fa3487))がそう言って、他の従業員に視線を向ける。
「何とか、しましょう。だって雪さんも、私達の仲間なんですから」
 星が小さな声でそう言った次の瞬間、雪が姿を現した。


 雪に積極的に関わろうとしている従業員達に、雪は首を傾げていた。
「雪―、ちゃんと飯喰ってるかー?」
「空さん?ちょ、重いですよ」
 空が雪の背中に乗っかり、雪が驚いてサっと横にずれる。全体重を預けていた空が地面へとダイブし‥‥ドスンと鈍い音を立てて床にヘタる。
「大丈夫ですか!?すみません。驚いてしまって」
「雪ってば、相変わらずつれないなぁ」
 大げさに泣き崩れる空に、如何対応したら良いのか分からない雪が困惑の表情で近くに居た月に助けを求める。
「こら、空。雪はか細いんだから、そんな事したらポキっと折れるわよ」
「あ〜、確かにあっけなく骨折しそうだな」
「しませんよ」
 苦笑する雪の表情は、相変わらずだったけれども、最近では格段に笑う回数が増えてきているように思う。
「雪さん、温かいココアを淹れたんですが、飲みませんか?」
 海の言葉に、空が目を輝かせて海の前に走って行く。
「飲む飲む!」
「‥‥私は雪さんに尋ねたのですが?」
「そう固い事言うなって!ココアなんて減るもんじゃないし」
「いえ、確実に減りますが」
「いーからいーから。細かい事は気にしなーい!」
「良いじゃないですか。皆さんで飲みませんか?あ、鏡さんと風さんもどうですか?」
「そうね。頂こうかしら」
 鏡の前に座っていた風『ヴァン』(楊・玲花(fa0642))も軽く頷き、それではと海がココアを作り始める。
 楽しそうに雑談を交わす4人を横目に、鏡がゆっくりと微笑むと風の前に並べられていたカードを人差し指でなぞっていく。
「‥‥あの子、最近では随分明るくなったわね」
「えぇ。でも、このままじゃ何も変わらないわ」
 鏡の手が1つのカードの上で止まり、すっとそれを表に返すと席を立った。風がカードの意味を考え‥‥次の瞬間、吹いた風にカードがひっくり返った。慌ててカードを捲りなおしてみれば、そこには先ほどとは違ったカードが、何事もなかったかのように鮮やかな色で鎮座していた。


 鏡の言った事は当たっていた。雪は、どんなに仲間に馴染んでも『演技』と言う仮面を脱ぎ捨てる事が出来なかった。雪が『演技』をする事は、自分の身を守るため。無意識の自己防衛は、既に自分では如何する事も出来なかった。


 冬は、人の気持ちに敏感だった。感情に起伏がなく表情に乏しい彼は、他の従業員と同様心に深い傷を負っていた。勿論、心だけではなく、身体にも。胸元から腹にかけての傷痕は、鏡しか知らない。彼は、鏡から聞き出した潤の家の前に立つと、ゆっくりとインターフォンを押し込んだ。潤は『リベルテ』の従業員だと聞くとすぐに姿を現した。弟に何かあったのかと問う彼女に首を振ると、冬は真っ直ぐに潤の瞳を見詰めた。
「俺達では、雪の心を完全に溶かしてやる事は出来ない。貴方の、力が必要だ。後悔しているのだろう?雪に何もしてやれなかった事を。今ならまだ間に合う」
「でも‥‥」
「またここで、雪から逃げるのか?また、雪を救えずに後悔するのか?今しか、ないんだ」
 冬の言葉に、潤は暫く目を伏せて考え込んだ後で、ゆっくりと頷いた。
「一緒に、リベルテまで行こう」


 これは雪の、いや、潤にとっても、人生における試練の1つだった。突然訪れた潤に雪が驚きの表情を浮かべ、すぐに柔らかい笑顔へと変わる。
「いらっしゃいませ。此処のカクテルは美味しかったですか?」
「‥‥変わってしまったふりをするの、やめて?演技に気付けないほど、貴方の事知らないわけじゃない」
 雪の笑顔が崩れる。潤の脳裏に、幼い時の雪の横顔が蘇る。いつも、彼は何かに耐えていた。耐える事しか、知らなかった。購う事は、許されなかったから。
「傷ついてるって分かってたのに、何も出来なくてごめんね。私、情けないね」
 涙が零れた。雪は、どれだけ泣きたいのを我慢してきたんだろう。どれだけ、甘えたいのを我慢してきたんだろう。そう思うと、潤は自然に雪の事を抱き締めていた。
「‥‥お姉ちゃん」
 遠い日、優しかった母親が雪を抱き締めてくれた、あの時の事を思い出す。今までに雪を抱き締めてくれたのは、母親ただ1人だったから。
 雪の表情から、仮面が外れる。涙を流す2人に、海がカクテルをそっと手渡す。
「お客様と雪さんが『過去と言う名の鎖から解き放たれ、自由に羽ばたけますように』との願いを込めて」
 カクテルの名前は『Liberte Neige』自由の雪‥‥
「貴方はもう、ここに縛られる必要はない。貴方の心の闇は、消えたわ」
「‥‥僕の居場所は、今はここなの。だから、ここに居ても、良い?」
 鏡に雪がそう返し‥‥真っ白なカクテル、Liberte Neigeを一口飲んだ。