恋鬼 〜狂い〜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮下茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
8.8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
01/25〜01/28
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●本文
冷たい風に髪を靡かせながら、真っ暗な道を歩く。
等間隔に並ぶ街灯の光は朧気で、滲むような儚い光だった。
『満月の晩に、青い花が咲く』
足音の無い『彼女』はそう言うと、遙(よう)の頬を撫ぜた。
冷たい手はそれでも、血の通っているモノ。
『触れれば切れる、鋭い棘に触れなさい』
「痛そう」
『血は出るから、痛いかも知れないわね。でも、大丈夫。一瞬で終わるから』
彼女はそう言うと、優しい笑みを浮かべた。
彼女は『恋鬼(れんき)』
それが名前なわけではないと言っていた。私達が『人間』と呼ばれるものであると同じように、彼女達は『恋鬼』と呼ばれるものなのだと言った。
『かつては人だった。けれど、今は人でないの』
以前、彼女は寂しそうに言っていた。
彼女達の役目は、人を救う事。
悩み、苦しみ、狂っていく人を、救う事。
遙は幼馴染の春(はる)が好きだった。
でも、言えない気持ち。
膨らむだけの、哀しい気持ち。
好きな心と、言えない心。気付いてくれない春と、友達皆に笑顔を向ける春。
少しずつ、おかしくなっていく。
だんだん、心が軋み出して行く。
「好きなのに、どうして」
どうして伝わらないの?
どうして春はこっちを見てくれないの?
どうして?何で?何が悪いの?どうして!?
『貴方が悪いんじゃないのよ』
聞こえた声は、透き通った優しいものだった。
『春が、悪いの。貴方がこんなに好きなのに、気付かない、春が悪いの』
「でも‥‥」
『私は、貴方を助けに来たの。私は、貴方の味方よ』
目の前に現れた女性は、はっとするほどに美しく、優しい笑顔を浮かべていた。
『春は、悪い子。貴方の気持ちに気付かないばかりか、貴方以外の子と付き合ってる』
「え‥‥?」
『でもね、それは貴方が春の事を好きだと知らないから。春は、貴方の事が好きなの』
彼女の言葉は、絶対的な響きを持っていた。
『春はずっと、貴方に好きだと言いたかった。でも、言えなかった。たまたま告白してきた子と付き合った』
「そんな事が‥‥?」
『春に、チャンスを与えてあげて。春の口から、貴方の事が好きだと言わせてあげて』
彼女はそう言うと、遙の耳元でそっと、こんな事を囁いた。
『満月の晩に開く青い花があるの。その棘に触れ、貴方の血で花弁の縁を染めるの。甘い香りがするわ。とっても、甘い香り。それををハンカチに包んで、ハンカチに匂いが移るから。明日、それを持って春の所へ行くの』
一気にそこまで言って、一息つく。
そして、悪戯っぽい笑顔を浮かべると、唇に人差し指を押し当てた。まるで、内緒話でもするかのように‥‥
『その匂いを春に嗅がせて。春は少しだけ眠ってしまうけれど、大丈夫。それはね、素直になるための準備なの。外で眠ったままでは可哀想だから、私が春を素敵な場所に運んであげる。素直になれる場所。貴方と、春の、出発の場所』
彼女の声は、何の抵抗も無く遙の心に入って来た。
彼女の言葉は、遙の心を侵食して行った。
遙は、彼女の言葉に従わざるを得なかった。
満月の晩に咲く、青い花。
触れれば切れる、鋭い棘に人差し指を押し付ける。
微かな痛みに顔を顰め、青い花の縁を赤く染める。
ジワリと、染みて行く、鮮やかな紅‥‥
甘い甘い香りは、トロリと蕩けるようで、遙は胸いっぱいに花の匂いを吸い込むと、口元に笑みを浮かべた。
面白くも無いのに、笑い声を上げる。
クスクスと、小さく、肩を震わせながら‥‥
≪映画『恋鬼 〜狂い〜』募集キャスト≫
*遙
大人しいタイプの子
恋鬼の声に心を奪われている
*春
遙の思っている人
明るい性格で友達が多い
*恋鬼
遙の心を侵食している声の主
少女のような声をしている
*鬼断ち
恋鬼に心を奪われた人の目を覚まし、恋鬼を倒す事を生業とする人
数枚の御札と銀のナイフを持っている
・その他
遙や春の友人
春と付き合っている人
→恋鬼の言っていることは基本的に嘘ですので、春と付き合っている人の有無はお任せいたします
『恋鬼 〜狂い〜』
・シーン1
遙が春の前に現れ、花の香りをかがせる
倒れ込む春
・シーン2
恋鬼によって連れてこられた先は古い倉庫
暗く埃っぽい中で、身動きのとれなくなっている春
春の言葉を待ちながら、だんだん心が崩れて行く遙
・シーン3
鬼断ちが登場し、遙の目を覚ますと恋鬼を倒しにかかる
・シーン4
恋鬼が消滅し、鬼断ちが姿を消した後の春と遙のこれから
恋鬼以外の登場人物の外見年齢や性別はお任せいたします。
恋鬼は女性(10代〜20代程度)になります。
●リプレイ本文
遙(DESPAIRER(fa2657))は春(蘇芳蒼緋(fa2044))との通話を終えると、憎しみを宿した瞳を恋鬼(冬織(fa2993))へと向けた。恋鬼は楽しそうにその様子を見詰めると、遙の背中を叩いた。
『早く行かないと。春が待ってるわ』
無言で歩き出す遙が、携帯を弄って佇んでいた中性的な美しい外見をした人の傍を通り過ぎる。恋鬼がクスリと口元に笑みを浮かべると、そっと暁(椿(fa2495))の頬に触れた。一瞬頬を撫ぜた風に暁が顔を上げ‥‥恋鬼の姿が見えていない暁は、再び携帯電話に視線を落とした。
「こんな所に呼び出して何の用だ、遙?この後先約があるから手短に頼む」
春が素っ気無くそう言い、持っていた携帯電話をポケットにしまうと、無言で俯いている遙に首を傾げる。
「遙?」
「暁さん、って、言う人と会うの?」
「あぁ。よく知ってるな」
『‥‥春は、暁と付き合ってる』
恋鬼が遙の耳元でそう呟き、遙のポケットに入っているハンカチをそっと指し示す。今しか、チャンスはないのよ?と言うかのような笑みを浮かべ‥‥
虚ろな瞳の遙に気付いた春が、顔を覗き込もうと屈んだ次の瞬間、遙が春の口元にハンカチを押し当てた。
「遙っ!?何を‥‥」
驚いた春が遙から逃れようと咄嗟に身を引こうとして‥‥ふっと、目を閉じた。ふわりと香る花の匂いに、遙が目を細める。
『さあ、此れから春は貴女のものになるの。お役に立てて私も嬉しいわ。‥‥二人の為の場所へ、行きましょうか』
恋鬼がそっと宙を指でなぞれば、紅梅の花吹雪が巻き起こる。ゆらりと溶け出した周囲の風景に、遙がそっと目を閉じ‥‥春の手を握り締めた。
夢現の中、女性の声が響く。まるで会話をしているかのような声は、1つしかない。一体何が起こっているのだろうか。春は朧な記憶を辿りながら身体を起こそうとして‥‥身動きが取れない事に気付くと目を開けた。
「目が覚めたの、春?」
「遙。ここは?」
「私と、貴方の為の場所。恋鬼が、連れてきてくれた素敵な場所」
素敵と言うにしては、あまりにも埃っぽい場所だった。そもそも、恋鬼とは何なのだろうか?自身を見やれば、春は両手両足を縛られていた。
「何でこんな事するんだ!」
「素直になるためには、こうするしかないって、恋鬼が言ったから」
遙の様子は、いつもと違っていた。虚ろな笑顔、時折愛しげに触れる、その指先はやけに冷たかった。
「解いてくれ!」
「ダメ。まだ、春は素直になってないから」
「遙、何言って‥‥」
どうすれば良いのか。考えを巡らせようとした時、突然場違いなまでに軽快なメロディが流れ出した。はっと思い出す。そう言えば、暁と約束をしていたんだ。春は、時間に正確だった。もしかしたら、なかなか来ない春を不審に思って暁が電話して来たのかも知れない。
『あら、邪魔者は何処までも邪魔をするのね。春は貴女のものだって、教えて上げると良いわ』
遙が恋鬼の言葉に軽く頷くと、春のポケットから携帯を取り出した。
『もしもし、暁ですけれど』
「貴女が彼を誑かしたのね?」
『え?あの、これ、春さんの携帯ですよね?』
「彼が本当に愛しているのは私だけなの」
『え?あの、貴女誰ですか?』
「‥‥貴女に春は渡さない!!」
「暁、倉庫だ!でかくて、使われてない倉庫!!」
咄嗟に春が声を荒げ、向こうで暁が驚いたような声を上げるのが聞こえる。
「春さん!?春さん、何があったんで‥‥」
プツリ、遙は電話を切ると肩で荒い呼吸を繰り返した。
『大丈夫よ。春は貴女の気持ちを知らないから、だから邪魔者を呼んでしまっただけ。私が邪魔はさせないから、安心して?』
恋鬼が美しい笑みを浮かべながらそう囁き‥‥薄紅梅の単の袖で、そっと遙の涙を拭った。
倉庫と言われても、暁がその場所を特定するまでには時間が掛かるだろう。暁の性格からして、きっと捜してくれているとは思うのだが‥‥
『遙、春にコレを飲ませなさい。そうすれば、直ぐに素直になるわ』
恋鬼が袖元から緑色の液体の入った小瓶を取り出すと遙に差し出した。遙はそれを受け取ると、春の隣にしゃがみ、そっとビンのふたを取った。
「!?や、止めろ!遙!?」
「コレで、春はワタシノモノ‥‥」
「そこまでよ。恋鬼」
凛とした声が響き、黒のスーツを着た女性が入って来た。その後ろからは、3人の少年少女がついて来る。
恋鬼が鋭い視線を向け、それに共鳴するかのように、遙も敵意の視線を向ける。
『遙、早く春に薬を』
頷いた遙が、春の口元へと小瓶を近付け‥‥
「やめろっ!!‥‥よぅ姉!!」
絞り出すような声だった。遙の動きがピタリと止まり、恋鬼が苦々しい表情で遙から離れる。
『あと少しのところを‥‥』
「1号2号3号。後は任せた」
言葉(シヅル・ナタス(fa2459))はそう言うと、数歩下がった位置で鬼断ち見習いのお手並み拝見とばかりに煙草に火をつけた。
簓(南央(fa4181))と篁(十軌サキト(fa5313))が左右から同時にナイフを投げ、恋鬼が難なくかわすと口元に笑みを浮かべる。まだまだ鬼断ちとしては未熟だと言っているかのような、余裕のある笑みだった。菜月(月見里 神楽(fa2122))が術符を取り出し、招雷を展開させようとするが、残念ながら展開させられるほどの力は無かった。見習い程度では、恋鬼の動きを止める術符ぐらいがせいぜいだろう。簓が術符を投げ、恋鬼が身を翻してそれをかわす。篁と菜月がナイフを取り出し、左右から同時に投げ‥‥菜月の投げたナイフが、恋鬼の腕を掠った。
ふっと目を閉じた恋鬼が、鋭い爪で見習い達に襲い掛かる。術符で恋鬼の動きを止めようと奮闘するが、展開するまでに時間がかかる。守りしか出来なくなった見習い達に言葉が軽く溜息をついた。
「まだまだだな。それじゃぁ、未熟なひよっこ達にお手本を見せるか」
見習い達が退いたのを確認した後で、言葉が術符を取り出し、真っ直ぐに恋鬼に投げるとすかさず展開させた。身動きの取れなくなった恋鬼に目を細めると、銀色のナイフを取り出し胸に突き刺す。恋鬼を倒すのに、高度な技術はいらない。力のある鬼断ちは、捕縛のための術符と銀のナイフさえ持っていれば、後は一瞬にして終わってしまうものなのだ。
『人が人である限り、心を持つ限り、私達が消える事は、ないわ』
艶やかな微笑を浮かべる恋鬼を前に、言葉は薄く微笑んだ。
「知ってるよ」
ナイフを引き抜く。恋鬼がそっと目を瞑り‥‥ふっと、掻き消えた。
鬼断ち達は、多くは語らなかった。ただ、最後に菜月が不思議な笑みを浮かべながら去って行ったのが印象的だった。
「鬼さんがずっといれば、鬼断ちもずっといるの」
恋鬼の言った台詞と重なる。
『人が人である限り、心を持つ限り、私達が消える事はないわ』
人が誰かを好きになる。それが必然ならば、恋鬼の存在も必然。恋鬼の存在が必然ならば、鬼断ちの存在もまた、必然。
残された遙と春の間に微妙な沈黙が訪れようとした時、息を切らせた暁が駆けつけてきた。
「はぁ、無事で良かったです‥‥」
ほっと安堵の溜息をついた暁が、未だに縛られたままの春に近付くと縄を解く。その様子を見ていた遙が泣き始める。
「ごめんなさい。私、幸せなお2人を‥‥春をこんな目に遭わせて‥‥」
「え、ちょ、待ってください!幸せなお2人って誰ですか!?」
驚いた暁が遙の顔を覗き込む。今にも消え入りそうな声で「春と暁さんは付き合っているんですよね?」と呟いた遙に、暁がキョトンとした表情を浮かべ、春と顔を見合わせると同時に口を開いた。
「僕、男です!」
「コイツは男だ!」
中性的な外見に、男性にしては少し高めの声。名前も中性的とくれば、遙が間違えるのも仕方がないかも知れないが‥‥
「それに、俺が好きなのは今も昔も遙ひと‥‥」
はたと口を閉ざした春に、暁が穏やかな笑みを浮かべる。
「僕、遙さんの事でずっと相談受けてたんですよ。でも、必要なかったみたいですね」
「暁!余計な事を‥‥」
「お2人もご無事のようですし、邪魔者は退散しますね」
暁がそう言って立ち上がり、長い髪を背に払うとひらりと手を振って去って行ってしまった。
「‥‥ごめんなさい。私、春にとんでもない事をしてしまって‥‥」
「いや、気にするな。別に遙が気に病む事じゃない。操られてたんならしょうがないだろ?」
「でも、私‥‥勘違いで‥‥春にも暁さんにも‥‥」
「気にするなって言ってるだろ?」
「でも‥‥」
「俺は、昔から遙の事しか見てない」
「え?」
「昔から、遙が好きだった」
「‥‥こんな私で、いいの?」
「勿論」
優しい笑顔を浮かべる春の胸に縋りつくと、遙は再び泣き出した。様々な気持ちが胸の中に渦巻き、遙の中を駆け巡る。申し訳なさ、嬉しさ、春の体温をじかに感じながら、遙は気が済むまで泣き続けた。そして泣き止むと、2人は薄暗い倉庫から出て、繁華街の方へと足を向けた。
途中で遙のポケットからハンカチが落ちたが、2人は気がつかなかった‥‥
白いハンカチが落ちているのを見つけ『その人』はソレを拾い上げた。誰にも踏まれていないハンカチは、本当に真っ白で‥‥
ふわり、鼻をくすぐる甘い香りに目を閉じる。深くその香りを吸い込み、目を開ければ目の前に美しい女性が立っていた。
『私の名前は、恋鬼』
トロリと、蜂蜜のような甘い声は『その人』の心の中に深く入って来た。
『貴方を助ける為に来たの』