有坂家の事情アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 宮下茜
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 7.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/29〜01/31

●本文

・物語り憑き
 それは、物語の登場人物達と触れ合う事の出来る、神秘の職業。
 それは、親から子へ、子から孫へと受け継がれる伝統の職業。
 それは、物語憑き本部からの指令により、日々物語の安全を守る、名誉ある職業。


*物語憑き本部*

 その日、物語憑き本部は荒れていた。
「どうして俺が亀なんかに負けるんだよぉぉぉぉぉっ!!!俺はあんなところで寝たりしないっ!!」
「落ち着いてください兎さん!」
「ひっく、なんでいつもいつも狼に食べられるの!?‥‥おばあちゃぁぁぁんっ!!」
「赤頭巾ちゃん、泣かないで!」
「もう月に帰るのなんてイヤぁぁぁぁっ!!いつも乗り物酔いするんだもんっ!」
「かぐや姫さん、いい加減慣れてください!」
 あちこちの物語からの苦情やら泣き言やらで、本部内は大変な騒ぎになっていた。
 神秘・伝統・名誉の3つは如何したと言いたくなる様な荒れようである。
 まぁ、こんなことは今に始まった事ではない。
 そりゃぁ、何十回何百回と同じ事を繰り返している彼らにしてみれば、嫌気が差して来る時もあるのだろう。
 特に、毎回死んでしまう役の人とか。
「お腹に石つめるとか有り得ないっスよーっ!!」
「狼さん落ち着いて!顔近づけないで!牙が!牙がっ!!」
 そんな大騒ぎの本部内で、1人の物語の登場人物がこっそりと本部を抜け出した。
 オロオロしている物語憑き達の背後を忍者のように通り過ぎ、そっと扉を開けると外へと飛び出す。
「よし、上手く行った。これで世界はアタクシのもの!オーッホッホっ!!」


*有坂家*


 物語憑き本部からの緊急の連絡を受け、有坂家では家族会議が開かれていた。
「えー、本部から緊急の指令が入った。とある物語の登場人物が1人どこかへ行ってしもうたのじゃ!」
 有坂 源(ありさか・げん)はそう言うと、その場に集まっていた孫達の顔を順に見た。
 右側には長男の凌(しのぐ)がやる気のなさそうな表情で座っており、その隣では長女の妃(きさき)が爪を磨いている。
 左側には次女の湊(みなと)が欠伸を噛み殺しながら座っており、その隣では次男の雪(ゆき)は暇そうに視線を宙に泳がせている。
 源の正面に座った末っ子で三女の姫(ひめ)は枝毛探しに夢中だ。
「ちょ、おまえら、ジジの話を聞けっ!!!」
「しっかり聞いてますよ」
「ジジが最後まで言うのを待ってるんじゃない」
 凌と妃が素っ気無く言い、湊がグっと奥歯を噛み締めると先を促すような視線を向ける。
「その逃走した人物とは誰じゃと思うかの?なんと、白雪姫の継母なのじゃ!」
 かなり感情を込めて言ったのだが、冷たい孫達は「あ、そー」と言う冷えた空気を醸し出しているだけだ。
「白雪姫の継母は魔女じゃ!早急に捕まえんと大変な事になる!人類の破滅じゃ!」
「って、言ってもさ、白雪姫の継母って別にそんな凶悪な人じゃないよね?」
「そうそうー。自分が一番キレーって勘違いしてるオバサンだよねー」
 雪の言葉を受けて姫が頷く。確かに継母は悪属性だが、その悪意は主に白雪姫にしか向いていない。
「ところがじゃ、継母は大胆不敵にも本部にこんな事を言ってきたのじゃ!」

『アタクシがこの世界の美No1になってみせますわ!アタクシ以上の美少女や美少年は狩って行きますの事よ!』

「ってゆーかー、姫思うんだけどー、美少女と美少年って、あのババア自分の歳分かって言ってる?」
「姫。ババアなんて言うんじゃない。せめて年増と言いなさい」
「凌、それあんま変わんないと思うから。つか、継母以上の美少女・美少年ってどんだけいるの?」
 妃の言葉に、源が軽く首を振る。つまり、計測不可能なくらい沢山いるのだ。
「一刻も早く継母を捕まえ、物語の中に戻すのが我らの役目じゃ」
「やーん、姫、超美少女だから、狙われちゃーう」
「‥‥雪も、危険」
「やっだー!湊ちゃんったらー!ゆんちゃんはぁ、凌君と妃ちゃんが作りだしたサイボーグなんだよー!知らないのぉ〜?」
 姫が雪の頬を抓りながら笑みを浮かべる。
「いひゃいいひゃいっ!!!」
「だってー、サイボーグでないとー、姫よりキレーな顔してる意味わかんなーいっ!」
 継母と同じ思考を持つ姫は、綺麗な顔の雪がものすごく嫌いなのだ。
「あぁっ!!お主ら静かにせぬか!まったく。この緊急事態にキャイキャイ騒ぎおって。‥‥で、今回は誰を行かせようかの?」


≪映画『有坂家の事情』募集キャスト≫

*白雪姫の継母
 世界で1番美しい人になろうと奮闘中

・凌
 有坂家長男。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
 冷酷無慈悲、高身長で運動神経S級、容姿端麗で秀才。完全無欠の嫌味な男
 外面が良く、面倒ごとに巻き込まれないように細心の注意を払って生活している
 ただし、売られた喧嘩はキッチリと買う。笑顔で相手をぶちのめすような最悪の性格

・妃
 有坂家長女。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
 高身長で腰が細いモデル体型の美少女。凌の双子の妹
 兄同様運動神経S級で秀才。凌と良いコンビで最強の名をほしいままにしている
 兄同様喧嘩には強く、女の子だから良いわよね精神で武器を振り回す凶暴ぶり

・湊
 有坂家次女。実年齢17(外見年齢16〜20程度)
 高身長で兄と良く似た面差しをしており、女の子からモテル
 必要最低限の事しか喋らない。何に関しても不器用で、そこがまた女子からの支持を受けている
 争い事は嫌いで平和主義者だが、喧嘩は兄姉以上に強い

・雪
 有坂家次男。実年齢15(外見年齢13〜18程度)
 低身長で色白、美少女顔。全て母親遺伝子で生まれて来てしまったと言う不幸な少年
 凌と妃から溺愛されており、愛情表現ともイジメともつかない仕打ちを受けている
 更には妹からは嫌われ、サイボーグ呼ばわりをされている。薄幸の美少女‥‥いや、美少年
 湊だけが家の中で頼れる存在と認識している

・姫
 有坂家三女。実年齢13(外見年齢10〜15程度)
 低身長で色白、ふわふわとした可愛らしい少女。
 常に姫が1番!と思っており、自分よりも美少女顔の雪を嫌っている
 ゆんちゃんがいなければ姫が世界で一番可愛いのにー!と、雪をサイボーグ呼ばわりする始末
 世界は姫中心に回ってるの!と疑いも無く言っている少女

・その他
 物語の中の登場人物
→有坂の母や父、源などは不可。有坂家以外の物語り憑きも不可。


*子供達全てをキャスティングする必要はありません
→最低1人いれば問題ありません

●今回の参加者

 fa0074 大海 結(14歳・♂・兎)
 fa0117 日下部・彩(17歳・♀・狐)
 fa1359 星野・巽(23歳・♂・竜)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2370 佐々峰 菜月(17歳・♀・パンダ)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)
 fa2993 冬織(22歳・♀・狼)

●リプレイ本文

 誰を行かせようか。悩んだ源は一番無難な線と言う事で湊(椿(fa2495))を指名した。
「私1人で?」
 不安げな表情を浮かべる湊。
「確かに1人ではのぉ。‥‥雪と一緒ならどうじゃ?」
 名前を呼ばれた雪(大海 結(fa0074))が可愛らしく首を傾げ、暫く目を伏せた後で了承の言葉を述べ‥‥ようとしたところで、凌(星野・巽(fa1359))と妃(冬織(fa2993))がガタリと立ち上がり源に鋭い視線を向けると口を開いた。
「こんな、女の子みたいにひ弱でか細くて頼りなくて儚げな雪に何が出来るって言うんです!」
「そうよ!雪は普通の女の子以上にか細いのよ!年増のババアなんかの前にでたら、鼻息だけで吹き飛ぶわ!」
 2人は心底雪を心配しているように聞こえる。が、その言葉は悪意を持っているとしか思えないほどに雪の心を深く抉る。どれだけペラペラなら鼻息だけで吹き飛ぶのだろうか。それとも、風速20m強の鼻息でも出すのだろうか?
「この間なんて雪、知らないおじさんに声かけられて泣きそうになってたのよ!目に涙いっぱい溜めて、抵抗も出来なくてただイヤイヤって首振るだけで!」
「男性からナンパされても、如何する事もできなくて泣きそうになるような子なんですよ!?」
「‥‥お兄ちゃんと妃お姉ちゃん、見てたの?」
 雪が顔を真っ赤にしながら妃と凌に視線を向け、そのあまりの可愛らしさにキュゥゥ〜ンとなる2人。だが、ポーカーフェイスな2人の表情は微塵も変わっていない。
「えぇ、しっかり弟の美少女ぶりをこの目に焼き付けておきましたが?」
「私も、雪が小鹿みたいにプルプルしてる様子をしっかり見てたわ」
「じゃぁ、どうして助けに来てくれなかったの!?」
 涙が盛り上がり、妃と凌がそっぽを向く。弄り倒したくて、構い倒したくて、うずうずするのを何とか押し止める。
「雪、男の子なんだから、そのくらいは自分でどうにかしないと」
「そうですよ。せめて自分の身は自分で守れるようにしないといけません」
 そうは言うものの、その光景を電柱の影で見詰めながら、直ぐに湊を呼んだのは2人だった。可愛い弟に手をだしやがった輩を怪我程度で無事に帰せる自信が無かったため、手加減と言うものを良く心得ている湊に応援を頼んだのだ。‥‥勿論、雪はその事実を知らないのだが。
「しかしのぅ、湊だけでは荷が重いしのぅ」
「それなら、俺と妃に任せてください」
「それはダメじゃ」
 却下までに要した時間はコンマ単位だ。
「継母を死なせるわけにはいかんからのぅ」
「どうして最初から継母が死ぬと決められているんです?」
 それは、アンタら2人が手加減と言うものが出来ないからだ。
「それなら、仕方ないわね。可愛い雪と湊だけを行かせるわけにはいかないから、私と凌も手伝ってあげるわ」
 妃が女王様よろしく黒髪を背に払いながらそう言い、緑色の瞳をすぅっと細める。源が湊に憐れみの視線を送り、軽く首を振る。
 手加減の出来ない凶暴兄姉を止められるのは、恐らく湊だけだろう。普段は温厚だが、本気になった時の喧嘩の強さは兄姉以上のものがある。
「今回行くんは、凌と妃、湊と雪で良いかの?姫はどうするんじゃ?」
 枝毛探しに夢中になっていた姫(月見里 神楽(fa2122))が顔を上げ、鼻で笑うと肩を竦める。
「姫、白雪姫の継母を捕まえるなんて事、か弱いから出来なぁ〜い」
 甘えるような口調でそう言い「姫には、真っ白なドレスに真っ白なティーセット、詩集なんかが似合うのぉ〜」と言い放つ。見た目だけ見ればそうかも知れないが、残念ながら中身は10tハンマーなんかがよく似合う。
「それじゃぁ、早速継母の後を‥‥」
「いいえ。俺達がわざわざ出向く必要はないでしょう。向こうから出てきてもらいます」
 凌の言葉に、妃と湊がコクリと頷く。頭の回転の速い2人は凌のやろうとしている事が分かっているようだが、雪と源にはサッパリ分からなかった。
「どうやったら出てくるの?」
「コンテストですよ」
 凌がテーブルの上に置いてあった紙を1枚取り、端正な字でツラツラと概要を書き連ねていく。妃が途中で案を出したりしながら、2人は10分程度でコンテストの内容を決めてしまった。
「有坂家主催『世界美少年美少女コンテスト』です」
「参加条件は不問、優勝者には『世界No.1美少女or美少年の称号』の他に『豪華賞品』」贈呈」
「ほう、それは良い考えじゃのぅ。本部の力も借りて大々的に宣伝するかのぅ」
「流石はお兄ちゃんと妃お姉ちゃんだね。会場に来たところを捕獲するんだよね?」
 雪の言葉に首を振る凌と妃。キョトンとした雪が首を傾げ‥‥
「え、本当にやるわけじゃないんでしょう?」
「本当に」
「やるんですよ」
 妃の言葉尻を凌が引き受け、驚いた雪が椅子から転げ落ちそうになるのを湊が止める。
「ええ!?だ、だって『超豪華賞品』ってどうするの!?優勝した人にあげなきゃいけないんでしょ!?」
「愚問だよ、ゆんちゃん」
 それまでは聞いてるのか聞いてないのかと言う態度だった姫が、低い声で呟くと立ち上がった。
「美少女コンテストなんて、最初から姫が優勝に決まってるじゃない!姫、別に超豪華賞品なんかいらないしー」
「で、でも‥‥」
「なによー!ゆんちゃんはぁ、姫が優勝しないとでも思ってるの〜?サイボーグのくせに、生意気―!」
「僕はサイボーグじゃないって言ってるだろ!?」
「自分の出生の秘密も知らないゆんちゃんはぁ、哀れ〜」
「2人とも、落ち着いて」
 雪と姫の仲裁に入った湊が、何かを言いた気な視線を兄姉に向ける。
「本当にやるとして、会場とか、どうするの?」
「「全て湊に任せた!」」
 双子の声が綺麗に合わさる。
「‥‥何故いつも私ばかり」
 遠い目をして自身の不幸を嘆く湊だったが、この兄姉の下に生まれて来てしまった時点で全ては決定されてしまったのだ。
「頑張れ?」
 笑顔で凌が湊の肩を叩く。疑問系なのが尚更虚しくなり‥‥
「そう言えば、姫は結局参加‥‥」
「勿論!姫が出なかったら誰が優勝するの!?」
 姫以外の誰かだろう。そもそも、出たからと言って優勝できるわけではない。
「ちなみに、雪は強制参加だから」
「え!?何で!?」
 妃の言葉に雪が立ち上がり、抗議の声を上げる。湊が双子の暗黒オーラを感じ取り、そっと目を伏せると『あぁ、やっぱり』と心の中で呟く。
「雪は『小さくて可愛い』からな」
 やけに強調した凌が、雪の肩にそっと手をかけると座るように促す。
「もしかしてお兄ちゃん達、僕の事女の子として出そうとしてない?」
「それが何か?」
「酷いよっ!僕は男なんだから、ちゃんと‥‥」
「雪、落ち着いてよく聞きなさい」
 やけに黒い笑みを浮かべた凌がそっと雪の頬に触れ、雪がビクリと肩を震わせる。妃がその様子を心底楽しんでいるかのような瞳で見詰め、湊が弟の可哀想な姿を直視できなくて視線をそらす。姫が良い気味とでも言うかのように薄い笑みを浮かべ、後は若い者達で‥‥と言う事で、源は何処かへと行ってしまっている。
「雪、お兄ちゃんの言う事は絶対だから、反抗しちゃいけないって、言ったよな?」
「お、おにい‥‥ちゃん?」
「俺が美少女として出ろって言ったら、勿論喜んで参加するよなぁ、雪?」
 口調が乱暴になっている。雪が目に涙を溜め、恐怖のあまり凍りつく。
「雪、返事は?」
「参加、します‥‥だ、だからお兄ちゃん、怒らないで‥‥」
 うりゅうりゅとした瞳を向けられ、暗黒オーラをしまう凌。姫が小声で「えー、それだけで許しちゃうの〜?つっまんなーい」と呟き、湊に叱られる。
「怒るわけないでしょう?こんなに『小さくて可愛い』雪に」
 背後から抱きつき、ホールドし出す凌。雪がジタバタと暴れ、首が絞まるか絞まらないかの微妙なラインで力を調節する。
「「じゃぁ湊、後は任せた!」」


 自分の世界で起きた不始末は、自分達で解決しなくてはならない。そう思った小人達は、力を併せて継母を捕まえるべくこの世界に降り立った。
 勿論、最初は継母に関しての情報は皆無だったためにかなり途方に暮れたのだったが、なんと、この度継母がとあるコンテストに参加すると言う貴重な情報を秘密裏のうちに仲間の1人が掴んできたのだ!‥‥まぁ、物語憑き本部の壁一面にコンテストの告知ポスターが貼ってあったのだが。
「此処が会場か。結構広いな」
「間違いないよ。本部で貰ってきたパンフレットの通りだし」
「でもでもぉ、継母は本当に来るかな?かなぁ?」
「来るんじゃないのか?」
「あ、そうだ!無事に着きましたって本部に伝えないと」
 小人ちゃん7(佐々峰 菜月(fa2370))はそう言うと、ポケットをまさぐり始めた。彼女の周囲には半径3m程度空間が出来ている。小人達は、力を併せて継母を捕らえるべく、合体をしたのだ。つまり、彼女1人の体の中には7人の魂が宿っていると言う事になる。こう言えばなんとも神秘的に聞こえるが、実際はただ単に女子高生が独り言を呟きまくっているようにしか見えない。
「ヤバイ!電波がない!」
「マジかよ!?電波ないと本部に連絡入れられないじゃねぇか!」
 小人ちゃん7の呟きに、近くを通りかかった女子高生が携帯電話をポケットから取り出し電波状況を確認する。アンテナは3本しっかりと立っている。女子高生が気味悪そうな視線を彼女に向け、そそくさとその場を後にする。
「確か、ちゃんとポケットに電波入れてきたはずだよな!?」
 小人ちゃん7は、電話の事を電波と間違えて言っているだけの事なのだ。電話と電波、一文字違いでとても不思議な会話になってしまう。勿論、1人でブツブツ呟き続けている小人ちゃん7は、存在自体が不思議だが。
「くそ、どっかに電波ねぇかな」
「あの‥‥」
 スーツを着たサラリーマン風の男性が小人ちゃん7の肩を叩く。
「今、相談中なんです!話し掛けないで下さい!」
 『誰』と相談中なのか。男性は引きつった笑顔を浮かべて手を離すと、足早にその場を後にした。


 魔法の鏡の精(日下部・彩(fa0117))は物語憑き本部に貼られていた『美少年美少女コンテスト』のポスターを見つけると、思わず震えた。かけていたサングラスをとり、マジマジとポスターに視線を落とす。見間違いなんかではない。正真正銘『美少年美少女コンテスト』と書かれている。
「このような美しいコンテストが開催されるとは!ぜひぜひ審査員として加わらなければ!魔法の鏡の名にかけて、世界一の『美』を追求せねば!それが使命なのだからっ!!」
 デカイ独り言を呟くと、本部に掛け合ってコンテストの主催者である有坂家に電話を入れる。少々大人っぽい少女の声に、魔法の鏡の精は早口に言葉を紡いだ。
「やあやあ、私の名前は魔法の鏡の精。略してイケメンと呼んでくれたまえ!」
 何も略していない。更には厚かまし過ぎて涙が出てくる。
「魔法の鏡の精の務めとして、今回のコンテストの審査員に名乗りを挙げてみたと言うわけなんだ。それと、コンテストの要綱に少々の付け加えをしたいと思ってね」
 電話を片手に、黒いバッグの中からカメラを取り出す。綺麗どころの晴れ姿をゼヒゼヒアルバムに納ねばと、カメラを弄くっているわけなのだが‥‥電話の向こうの湊が一瞬沈黙し、主催者に代わりますと言って凌へ受話器をパスする。
「君が主催者かい?やぁね、この要綱には決定的に足りない事があるんだよ!忘れてはならない、最重要事項が書かれてないじゃないか!」
『最重要事項、ですか?』
「学生服着用は基本だよ!基本!」
 結局その案は、双子の独断と偏見で採用された。その心は『雪の学生服が見たい』と言う事だったのは、双子と湊しか知らない‥‥


 コンテストの準備が着々と整っていく中、継母(稲森・梢(fa1435))は魔法の鍋で作った毒林檎を参加者全員に配って歩いていた。
(とりあえず、制服を着ている人が参加者よね)
 一人でそう呟き、主催者でありながら白の詰襟を着用していた凌にも、薄いグレー地に白襟のセーラー服を着用していた妃にも林檎を配ってしまう。更には、ミッション系のお嬢様風ワンピースの制服を着用していた湊にまで‥‥
「進歩の無い人だな」
「ワンパターンね」
 凌が苦笑し、妃が溜息をつく。とりあえず、働き蜂のようにいそいそと動いている湊がうっかり毒林檎を食べてしまっては危険なので、湊に事情を説明し、彼女の手から林檎を受け取る。
「雪と姫のところにも配られてるはずだから、それも回収しないと。あ、他の参加者さんのも‥‥」
「その必要はないわ」
 キッパリとした口調の妃に、湊が訝しげに眉を跳ね上げる。
「何故?」
「先ほど継母のバッグから解毒剤を抜き取っておきましたから」
「それは理由になってないわ」
「第一、姫は食べないと思うのよ。ほら、あの子って勘が鋭いじゃない?でも、雪は食べると思うのよね。って言うか、姫に無理矢理食べさせられると思うの」
「なら、尚更止めないと」
「余計な事をしてはいけませんよ、湊」
 どす黒い笑みを浮かべた凌が、湊の肩をポンと叩くと妙に威圧感のある笑みを浮かべたまま顔を近づける。湊が思わず言葉を失い、後退ろうとするが、肩を掴まれている為に逃げられない。
「想像してみなさい。毒薬によって動けなくなり、助けを求める雪」
「すごく可哀想だと思うけれど‥‥もしかしてお兄ちゃんとお姉ちゃん、苦しむ雪の姿が見たいの?」
「違うわよ。苦しんで、助けを求めてくる雪が見たいの」
 どっちにしろ、雪が苦しむと言う未来は揺るがないらしい。どうしてこんなにも愛が屈折しているのか。どうしてこんなにも超ドSなのか。‥‥どうしてこんな鬼畜が兄姉なのか。湊は深い溜息をつくと、可愛い弟の不幸を事前に知っておきながら何も出来ない自分の無力さを呪うとともに、未来の雪に向かって謝罪の言葉を述べた。
「あ、そうだ。私達、湊ちゃんにやって欲しい事があるの」
 妃が湊の耳元でそっと『とある提案』をし‥‥
「そ、そんな事‥‥!」
「湊が拒むと、雪が苦しい思いをするんですよ?何せ解毒剤は俺の手の中ですし」
 爽やかな笑顔の凌が、湊の一番弱い部分を攻撃し出す。
「卑怯よ!」
「何とでも言ってください」
「‥‥もう、仕方ないなぁ‥‥」
 湊は渋々承諾すると、林檎を手にキッチンへと走った。
(継母には悪いけど、これも全ては雪を助けるため)


「何で制服?」
 手渡されたセーラー服のようなデザインをしたブレザーを見詰めながら、雪が溜息をつく。でも、今更「出場しません」とは言えない。既に運命の歯車は加速してしまっているのだ。
「早く着替えたら〜?それともぉ、サイボーグ君は自力で洋服が着れないのかなぁ?」
「姫がいるから着替えられないんだろ!」
「サイボーグの体なんて見たってどうしようもないし〜」
「あっち向いてろよ!」
「はいはい」
 ふわふわとした制服にベレー帽を頭に乗せた姫が、雪を視界の外へと追い出すと先ほど継母から受け取った林檎を人差し指の上で回す。
「姫、それ怪しいから食べるなよ?」
「んー、姫は食べないよぉ」
 それなら誰が食べるのか。詰問しようと姫の方を向いた瞬間、強い力によって床へと押し倒される雪。頭をしたたかに打って小さな呻き声を上げる雪の口に、姫が林檎をグイグイと押し付ける。
「でも、ゆんちゃんは食べないと♪」
 抵抗をしてみるものの、可愛らしい外見とは違い兄姉の血を濃く受け継いでいる姫の力はかなり強い。口の中に林檎の汁が滴り落ち‥‥ゴクンと、飲み込んでしまう。
「‥‥ひ、姫!?」
「あれ〜?何で大丈夫なのぉ?もしかして、毒が入ってないとか?んー、なら姫も食べようかな〜。か弱いのに力使って、喉渇いたし」
 姫が林檎を少しだけ齧った時、会場内にアナウンスが響き渡った。
『参加者の皆様は至急舞台袖へとお集まり下さい』


「まずは今回の審査員をご紹介します。『ぐぅれいと!』な美女、妃様!」
 魔法の鏡の精がマイク片手に妃に微笑を向ける。別に自分が超美少女な事実は変わらないし、興味ないしと、言うわけで、妃は今回のコンテストは不参加だった。隣に座る凌と優雅にお茶を楽しんでいる。
「そして『こんぐらっちゅれーしょん!』な美男子、凌様!」
 同じく興味の無い凌は、魔法の鏡の精の言葉すらも聞こえていないらしく、視線は舞台の上で大人しくしている雪に注がれている。
「こちらの『わんだほー!』な美女は、湊さん!」
 様からさんに変わったのは、単に親しみやすさの問題なのだろう。魔法の鏡の精の紹介に、少しだけ和んだのか、頬を緩ませる湊。
 彼女は先ほどまで、継母の持って来た毒林檎を使ってとあるお菓子を作っていたのだ。そして、それが誰の口に入ったのかは‥‥わざわざ言う必要もないくらいに簡単な謎だった。『前祝い』と言う名の報復の品は、継母の口に無理矢理押し込められた。
「そして、最後はこの私!その名も、まほ‥‥」
「それでは、早速始めましょう」
 魔法の鏡の精の言葉をぶった切って、凌が1番の札をつけた姫に視線を送る。姫が軽く頷き、背後からフルートを取り出すとゆっくりと音を紡いでいく。
「1番有坂姫。特技はフルートです」
 驚いた様子の雪に『どうよ?』と言う視線を向ける姫。『クラシックは超美少女の当然の嗜み』『能ある鷹は爪隠す』を地でやってのけたのだ。まぁ、直前まで裏で必死に特訓をしていた成果だと言えばそうなのだが‥‥
「びゅーちほー!」
 魔法の鏡の精の叫び声に被せるように、凌が雪の名前を呼ぶ。あまり乗り気でない様子の雪が舞台の中央に立ち、自分の名前を告げた後で沈黙する。雪には姫のような特技なんて何も無い。
(まぁ、姫が優勝すれば満足するんだろうし)
 特技は何もありませんと素っ気無く告げ、舞台を下りようとした雪に、暗黒オーラを纏った凌の笑顔が突き刺さる。明らかに『それだけで終われると思ってんのか!?』と言う笑顔だ。思わず足を止め、湊に縋るような視線を向けるが、困ったような笑顔を返されるだけだ。
「で、でも、本当に何にも無くて‥‥」
 うるりとなった雪に満足そうな表情を浮かべる双子。鬼だ。
「えくせれんと!きゅーと!すぃーと!」
 魔法の鏡の精が激しく悶えながらカメラで雪を激写しまくる。
「さて、お手並み拝見と行こうか。継母さん」
 凌がすぅっと目を細め、湊が継母の名前を呼ぶ。妃が口の端をキュっと上げ‥‥舞台の袖から出てきた継母の姿に失笑する。見ていて痛いほどに若作りの衣装は、セーラー服とメイド服が混ざり合ったようなフワシャラな衣装だった。
「げっ、何で継母が‥‥え、えっと‥‥で、でりーしゃす!ごーじゃす!」
 頭に浮かぶ単語をとにかく言い続ける魔法の鏡の精。背中に背負った大きな姿見がどんどん曇って行く‥‥顔が引きつっているのは、遠めに見ても分かるが、継母はまんざらでもないらしい。元々ヨイショされる事に慣れてしまっている継母は、周囲の精一杯の気遣いを全く無視し、自分が本当に美少女だと信じ込んでしまっているのだ。哀れと言えば哀れだが‥‥少々同情の念が芽生え始めようとした時、突然舞台に女子高生が乱入してきた。呆気に取られる会場を尻目に、女子高生‥‥小人ちゃん7は継母にピっと人差し指を突きつけると高らかに言ってのけた。
「年増のオバサンが美少女コンテストに出るなんてあつかましいんじゃない?」
「そーだ、そーだ!」
「アンタ、鏡見たことある!?」
「ないな、ないな!」
 ちなみにコレは全て1人で言っているのだ。変な子以外の何者でもないが、言っていることはかなり的を得ている。
「な、何なのよコレは!早く誰かつまみ出して頂戴!」
 継母が金切り声を上げた時、湊がマイクを片手に淡々とした声で『只今結果が出ました』と告げる。シンとなった会場の中で、視線が湊に集まり‥‥
『優勝は‥‥雪』
「流石だな」
「ま、当然よね」
 双子が満足げに微笑み、紅茶に口をつける。
「な、なんですって!?優勝は、雪!?審査員はどこを見てるのよ!アタクシの美しさを理解できないコンテストなんて‥‥こうしてやるわ!」
 激昂した継母が、マイクスタンドを振り回し始める。舞台の上に居た雪が、こんな時のためにとポケットに入れていた短い棒を取り出すと思い切り引っ張る。武器として役に立ちそうな長さにはなったのだが、太さの方はあまりない。とは言え、雪は攻撃のためにこれを隠し持っていたわけではなく、防御と逃げのために忍ばせておいたのだ。年増で勘違い女だとは言え、女性に暴力を振るうわけにはいかない(言葉の暴力もダメな気がするが)
「継母、大人しく戻って‥‥」
 雪を守るべくステージへ急行し、継母と対峙する湊。流石は王子様(?)だ。
「雪はお兄ちゃん達のところに行ってて」
「でも‥‥」
「私は大丈夫だから。ね?」
 湊の言葉に走り出す雪。勿論、ただ逃げたわけではない。紅茶を飲んでゆっくりと見物している凶暴な兄姉に『お願い』をするためだ。
「湊ちゃん、ゴーゴー!」
 姫が高み見物をしながらはやし立てる。その隣では小人ちゃん7が口々に(と言っても口は1つしかないが)継母の事を「年増」と言っては笑い声を上げる。
「ととと、年増ですってー!?小人なんかにアタクシの美しさは理解できるはずがないわ!」
「小人でなくとも、理解は出来ないと思いますが」
「同感ね」
「年増のくせにー、美少女とか言うからー」
 凌と妃、姫までもが苦笑し‥‥継母が肩を震わせながら涙目になる。
「く、口を揃えて言う事じゃない!何よ、何よっ!!」
「ちょっと、皆止めてよ!継母を怒らせて湊お姉ちゃんが怪我したらどうするの!?」
「ゆんちゃん、湊ちゃんの強さを知らなさすぎー」
「姫は他人事すぎなんだよ!」
「だぁってー、姫はか弱い女の子だし」
「どこがだよ!姫は馬鹿力で乱暴で傍若無人だからいっつも彼氏に‥‥」
 雪が言いかけた言葉を慌てて飲み込むが、時既に遅し。姫の目は据わっており、双子と同様の暗黒オーラを出しながら雪を戦闘中の継母と湊の方へと突き飛ばす。
「ゆんちゃん『逝って』らっしゃい」
 笑顔でそう言い、取り出したのは10tハンマーだ。「湊ちゃん、加勢するね♪」と言いつつ、ハンマーの先には雪が居る。命の危険を感じた雪が湊の元へと走り、姫の持っているハンマーに目を移すと壁を思い切り殴って鋭い視線を向ける湊。
「姫、やりすぎは駄目」
「えっとー、姫、継母とゆんちゃん間違えちゃったみたーい」
 引きつった笑顔を浮かべてハンマーをしまう姫。湊が怒った時のオーラは、双子の暗黒オーラ以上の『何か』があるのだ。小人ちゃん7も乱闘に加わり、大変な事になっている舞台の上を見詰めながら、凌が腕時計をチラリと見ると妃と視線を合わせる。
「そろそろだな」
「随分遅効性の毒薬ね」


 体の異変を感じた継母が、はっとした顔で双子を見ると走り出す。その背後では、小人ちゃん7がガクリと倒れこむ。
「毒とは卑怯な!継母、許すまじ!」
 流石は物語の住人と言うかなんと言うか、小人ちゃん7は自分の体に起こっている異変が継母が良く使う毒のモノである事に気がついた。恐らく、ちょっと失敬したクッキーにでも入っていたのだろう。痺れる体に顔を顰めながら、チェンジをしたら治るのではないかと思い、他のメンバーに意識を交代させる。が、体は1つなため、まったく意味は無い。舞台の中央でもがきながら様々なうめき声を上げる小人ちゃん7は、ホラー映画にでも出てきそうな有様だった。
「危機管理力の無い年増ね」
「お探しの薬はこれですよね?」
 逃げ去ろうとする継母を投げナイフで張り付けにした妃が艶やかに微笑み、緑色の液体の入った小瓶を持った凌が邪悪な笑みを浮かべる。
「なっ!」
「あら、動くと刺さるわよ?」
 凌の手から薬を奪い取ろうとした継母に、右手のナイフをちらつかせる妃。
「早くよこしなさいよ!」
「あぁ、騒がれると俺は気が小さいから、うっかり落としてしまうかも知れません」
 凌が心臓を押さえながらふらりとよろけ‥‥継母が声を上げる。
「あー、危ない。手が滑って零れてしまいそうですね」
「ダメ!それこぼしちゃったら、他の人だって治せないのよ!?良いの!?」
「それは困りましたね。でも、別に貴方を助ける義務はありませんし‥‥」
「貴方達物語憑きでしょ!?アタクシがいないと、白雪姫はどうなるの!?」
「仕方がないですねぇ」
 凌が溜息をつきながら継母の口元に解毒薬を持っていく‥‥継母がコクリとソレを飲み込むと、凌の手からビンを取り上げて地面に叩きつけた。
「おーっほっほ!これで弟とやらは毒が回ってじきに死ぬわ!」
「それはどうでしょう。後ろを見てはどうです?俺の優秀な妹が持っているビンが見えますか?あれにも、解毒薬は入ってるんですよ」
 いそいそと倒れた者達を介抱している湊は、白衣の天使ならぬ、白馬の王子様のようだった。
「それから、貴女の食べた物には有坂スペシャルをブレンドしてありますから」
 にっこりと微笑むと、持っていたもう1つのビンを見せる凌。喧嘩を売る相手が悪かったのだ。継母は観念したようにその場にしゃがみ込むと、魔法の鏡の精や小人ちゃん7と一緒に物語本部へと連行されて行ったのだった。


 痺れて動けなくなった雪が、早く助けてくれと言うようなか弱い視線を向ける。
「自らの力で見破れるようにならないと」
 妃が腰に手を当てながらそう言い、今助けてあげるからねと優しい事を言いながら手刀で毒を吐き出させようとする。が、飲み込んだものはそうやすやすとは出てこない。激しく咳き込みながら涙を流す雪に、凌が助けの手を差し伸べる。
「もっと優しくしてあげないと。そう、優しく口移しで飲ませてあげるからね?」
 超ドSの笑みを浮かべて雪を膝の上に乗せる凌。姫がブスっとした顔をしながら「写真撮ってどっかに送っちゃえー」と恐ろしい事を言い、携帯を取り出す。逃げる事も出来ず、拒絶の言葉も言えない雪が潤んだ瞳を双子に向ける。が、そんなのは火に油を注ぐようなものだ。
「お兄ちゃん!雪をあんまりいじめない!」
「あぁ、湊。早かったですね」
 湊が溜息をつきながら解毒薬を凌の手からひったくり、雪に飲ませる。やはり味方は湊しかいない。雪は、この不条理な家の中で彼女と言う存在がいることの幸福を改めて実感したのだった。
「ちゃんと物語に戻してきたからもう大丈夫」
「まぁ、ここの後始末は本部に任せるとして。お茶にしましょう」
 グチャグチャになった会場をそのままに、妃が紅茶を淹れ、その場に居た皆に振舞うと空を見上げる。青い空に白い雲、か細い声を上げる小鳥に冷たい北風。
「あぁ、平和ね」
「平和だな」
 紅茶を飲みながらのほほんと呟く双子に『どこが平和だ!この悪の元凶!』と言いたいのをグっと堪えると、妃の淹れた紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


  『鏡よ鏡。世界で一番怒らせてはいけないのは‥‥訊くまでもないわね』
  『では、世界で一番哀れで惨めなのは?』
  (それはお后様、貴女様に御座います)
  『‥‥もう、物語の外になんて絶対出なーーい!!!』