人狼の願いアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 宮下茜
芸能 3Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 難しい
報酬 7.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/30〜02/01

●本文

 丸い月を見ていると、彼女の顔を思い出す
 今、どうしているのだろう
 今、何を思っているのだろう
 1つだけ、声を上げる
 高い空は声を全て吸収してしまうけれど
 決して、君に聞こえはしないと知っているけれど


 俺は人狼。普段は狼の姿をしているのに、満月の晩にだけ人の姿になれる。
 あれは、去年の満月の夜だった。俺は1人の少女と出会った。
 そこは真っ白な外壁の病院の中庭。
 病室から抜け出てきた彼女は、頬を赤く染めて白い息を吐いていた。
 そう、あれは寒い夜だった。
 雪が降ってくるかも知れないと思わせるほどに、凛と澄んだ空気の日だった。
 雪のように白い肌をした少女は、俺に気付くと薄い色の瞳をこちらに向けて笑顔を浮かべた。
『何、してるんだ?』
『雪を待ってるの』
『何で?』
『必要だから』
 少女の答えは簡単で、鈴を転がしたような声を発するたびに真っ白な息がふわりと宙に溶けた。
『私、もしかしたら今年で最後かもしれないの。雪、見れるの』
『どうして?』
『命の期限が、迫ってるから』
 少女は酷く真剣な顔でそう言うと、空を見上げた。
『今日なら降るかも知れないって思ったんだけど、無理みたい。そっか。それじゃぁ、今年じゃないんだ』
 何かを納得したらしい少女が、クルリと踵を返す。
『おい?』
『多分、貴方にはまた会える。私の命の期限は今年じゃないの』
『どう言う意味なんだ?』
『満月の晩、雪の降る日、私は貴方に会う。そして、私はそこで命の期限を迎える』
『は?』
『私は、小さい頃から命の終わりが見えてた。そう言う不思議な力、貴方は信じない?狼さん』
 不思議だった。
 俺は今は完璧な人間の姿をしており、彼女が俺を狼だと疑う理由は何一つ無かったはずだ。
『貴方は満月の夜だけ人の姿になれるのね』
 目を瞑って、何かを考え込むように胸の前で手を組み合わせる。そうする事によって、全てを見る事が出来るようだった。
『狼さん。貴方は、私が死ぬ事によって、人になる。満月の夜だけじゃなく、ずっとずっと』
『何でそんな事が?』
『私には何でも見えるって、言ったでしょ?これはね、過去から引きずる約束の1つなの。貴方は昔、私のために命を落とした。だから、今度は私が貴方を助ける番』
『おい!?』
 病室へと帰って行く少女は、もう振り向く事はしなかった。でも、最後に一言だけ呟いた。
『私の名前は柚(ゆず)でも、昔は菫(すみれ)って呼ばれてた。貴方の名前は洛(らく)だった』


 俺はあれから、満月の夜になると必ず病院に足を向けた。でも、柚には会えない日々が続いた。
 そして、もう今年も雪の降る季節になった。
 俺は神様の元を訪れた。彼女の言葉の意味を知るために、彼女を、助ける術はないかと聞くために。


『彼女は特別な存在。姫巫女だったのです。だから、過去も覚えており、未来も知る事が出来た』
『俺はどうして狼に?』
『姫巫女の心を奪ったからです。姫巫女は神の子』
『あんたの?』
『私ではなく、その土地の神でしょう』
『それじゃぁ、やっぱりアイツは今度の雪の降る満月の夜に?』
『姫巫女の予言は絶対です。そして、それは明日にでも現実になるでしょう』
『明日だって!?』
『貴方は死ぬまで人として生きる事を許される。今まで辛かったでしょう。もう何も、心配することはないのです』
『神様!アイツを助ける方法は無いのか!?』
『どうして助けるのです?彼女が命を落とせば、貴方が完全な人間になる』
『ダメだ!俺のために誰かが死ぬなんて、ダメだ』
『前世の記憶はないのに、貴方は少しも変わっていない。良いでしょう、柚を助ける方法を教えます』
 神様はそう言うと、銀色の銃を作りだした。
『この中には銀の弾が1つだけ入っています。それで貴方の心臓を撃ち抜くのです』
『俺の?』
『柚の命を助ける。それには、貴方の命が必要なんです。でも、貴方は自分で撃ち抜いてはいけません。撃つのは、柚です』


≪映画『人狼の願い』募集キャスト≫

*俺(過去:洛)
 外見年齢18〜28程度
 不器用だけれども優しい性格
 過去、姫巫女である菫を連れて村から逃げた
→菫は生贄にされようとしていた

*柚(過去:菫)
 外見年齢15〜18程度
 神秘的な雰囲気の美少女
 見える全ての未来を受け入れており『命の終わりの日』を静かに待っている

・その他
 患者
 医者
 柚の家族   など

●今回の参加者

 fa0048 上月 一夜 (23歳・♂・狼)
 fa0467 橘・朔耶(20歳・♀・虎)
 fa0612 ヴォルフェ(28歳・♂・狼)
 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1077 桐沢カナ(18歳・♀・狐)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa3611 敷島ポーレット(18歳・♀・猫)
 fa3800 パトリシア(14歳・♀・狼)

●リプレイ本文


 瑞樹(パトリシア(fa3800))はカーディガンを軽く羽織ると、病室を抜け出した。誰かに見咎められないかと思いつつ、スルリと柚(富士川・千春(fa0847))の病室に入った。お見舞いに来ていた緑(桐沢カナ(fa1077))の明るい声が聞こえて来る。
「柚!ひっさしぶり〜!元気してた?って、入院してる人に言う台詞じゃないよね」
 大きな花束を柚に手渡し、カタンと言う微かな音に振り向く緑。
「あ、瑞樹ちゃんだー!」
「お久しぶりです」
 緑が明るい笑顔で瑞樹の頭を撫ぜ、柚が花束をサイドテーブルの上に乗せる。
「瑞樹ちゃん、具合の方はどう?」
「先生も順調だって言ってます。柚さんはどうですか?」
 緑から勧められた椅子に腰を下ろした瑞樹が、柚の顔色を窺うように首を傾げる。
「どうにも言えない、かな?」
 困ったような微笑を浮かべる柚は、相変わらず実年齢よりも少しばかり大人びていた。何かを悟っているような表情に胸騒ぎを覚えた緑が、思わず目を伏せる。
(もしかして、死を覚悟してるのかも)
 柚の病気は、治り難いとは聞いている。けれどそれは、治る可能性が無いと言う事ではない。だからこそ、希望を捨ててはいけない。
「一緒に病気を治して、元気になりましょう」
 瑞樹が柚の手に自身の手を乗せてそう呟いた時、病室の扉が開いて柚の主治医の先生(上月 一夜(fa0048))が入って来た。パジャマ姿の瑞樹に視線を向け‥‥苦笑する。
「また君はここにいたのかい?先生が捜していたよ」
「あ、いけない!」
 瑞樹がはっとした顔で立ち上がり、緑が腕時計に視線を落とすと床に置いていた鞄を持ち上げる。
「私も予定があるんだった。それじゃぁ柚、また来るから」
「うん。気をつけて帰ってね」
「柚、絶対希望を捨てちゃダメだよ。柚とはまだ遊び足りないんだからね!」
 ビシっと指差した緑が先に病室を出て行き、瑞樹がそれに続こうとし‥‥ふと足を止めると柚の枕元まで引き返してくる。
「どうして柚さんは、満月の晩に病室を抜け出しているんですか?」
 瑞樹の声は小さすぎて、先生の耳には届いていないようだった。
「必要、だから」
 柚はポツリと呟くと、今にも消えてしまいそうなほどに儚い笑みを浮かべた。


●過去
 その村は、閉鎖的な空間だった。姫巫女と宮司を中心とした村はこじんまりとしており、村人は土地神(敷島ポーレット(fa3611))の力を恐れていた。だからこそ、加護の代償として姫巫女の菫(富士川・千春)を差し出せと言われた時も、村人達に抵抗する術はなかった。
「全ては定めなのです。私1人の命で村が救われるのならば、喜んで贄になりましょう」
 菫は全てを悟っている様子で赤い瞳を細めると、目の前に座った洛(ヴォルフェ(fa0612))の肩をそっと叩いた。
「だが‥‥」
 凛とした強さの中に見える、哀しい弱さ。洛は菫の表情から2つの相反する感情を読み取ると、細い手首を掴んだ。
「一緒に、逃げよう‥‥」



 梓(橘・朔夜(fa0467))は眼鏡を親指で押し上げると、医学書と睨めっこをしていた。既に妹の蜜柑(美森翡翠(fa1521))は眠ってしまった後で、家の中は無音に近い状態だった。暫く夢中で読み漁り、ふっと息を吐き出すと柚の事を思い出す。明日は何時頃に病院に向かおうか。授業が午前で‥‥カタンと背後で微かな音が聞こえ、振り返れば蜜柑が青い顔をして壁に寄りかかっていた。
「どうしたの?」
「‥‥梓お姉ちゃん、柚お姉ちゃんは相変わらず『生きる事を』諦めてるよ」
 突然の言葉に戸惑う梓。けれど、蜜柑がこうして不思議な事を言うのには慣れていた。蜜柑も柚も、どうやら過去の記憶があるらしい。だからこそ、梓は戸惑いを押し殺して蜜柑の顔を覗き込んだ。
「どう言う事なの?」
「‥‥今日が危ないの」
 イライラとした様子で親指の爪を噛み、左手に持ったウサギのぬいぐるみをギュっと抱き締める。揺れていた瞳が何かを見つけたかのように、部屋の隅でピタリと止まり‥‥
「柚お姉ちゃんが、死んじゃう。梓お姉ちゃん、病院に行って!急いで!」
 突然取り乱し始めた蜜柑に驚きつつも、その言葉を信じ、梓は直ぐに支度を始めた。


●過去
 花(桐沢カナ)は病気がちな少女だった。人に迷惑をかけながら生きる事を負い目に思い、いつだって人の顔色を窺ってひっそりと生きていた。けれど、そんな花にも手放しで慕える相手がいた。姫巫女の菫は、花の病魔を恐れる事無く普通に接してくれる数少ない人の1人だった。だからこそ、菫と洛が手を取り合って逃げ出した時、花は2人に秘密の逃げ道を教えてあげた。
「姫巫女様と洛様が村の正面へと走り去るのを見ました」
 そして、2人を追う村人達に嘘の証言をした。その嘘が自身を滅ぼすものだと知っていても、2人のために少しでも時間稼ぎがしたい、その一心だった。



 烙(ヴォルフェ)銃を持って柚のいる病院へと急いでいた。空から舞い落ちてくる雪の白さに目を細めた時、突然背後から小さな悲鳴が上がった。何かと思って振り返れば、小さな少女が走って来る。どこかで見たような顔だった。目を大きく見開いた彼女が、烙の袖を掴む。
「洛!」
 その瞬間、今まで封印されていた烙の記憶が蘇った。


●過去
 追っ手に囲まれた菫と洛の前に、菫の姉である藍(橘・朔夜)が歩み出る。
「神と鬼は紙一重の存在。生贄を土地神に与え続ける限り、この村では誰も幸せを手に入れる事は出来ない。けれど、土地神に背く事、それは即ち死を意味する」
 藍が目を伏せる。分かっていた事。けれど、それは辛い事だった。村人達が洛を菫から引き離すと乱暴に突き飛ばし、地面に組み敷く。その様子を藍の背後から見ていた妹の紅梅(美森翡翠)が小さな悲鳴を上げる。
「わらわのものを奪った不届き者の顔でも拝みたいのじゃがのう」
 突然頭上から声が聞こえ、真っ白な和服を着た獣が村人達の前に降り立つ。『山神様』と呼ばれた獣は、村人に下がっているようにと命令すると洛の横腹を蹴り上げた。呻き声を上げた洛の髪を掴み、顔を上げさせると残酷な笑みを浮かべる。
「わらわのものを奪ったのじゃ。ただ殺めるだけでは飽き足らぬ。それ相応の罰を受けて貰わねばの」
 菫が甲高い悲鳴を上げた次の瞬間、土地神は洛の魂に『人狼の呪い』を刻んだ。そして、激痛に喘ぐ洛から手を離すと、村人の持っていた刀を奪い取った。



「こ、紅梅?」
「洛!思い出したの!?」
「それに、藍?」
「‥‥梓お姉ちゃんは、過去の事は覚えてないの」
 烙の体を支えていた梓が、複雑な表情をして微笑む。
「洛、お姉ちゃんを助けて!今日が柚お姉ちゃんの『命の期限』なんでしょう!?」
「あぁ、そうだ‥‥でも‥‥」
「貴方の命が必要」
「どうしてそれを?」
「‥‥確かに、柚お姉ちゃんがここで亡くなったら、烙は完全な人間になれる。でも、次の転生から洛への呪いは未来永劫有効になっちゃうの!お姉ちゃんの力はあの土地神が源だから、それが見えないけれど、紅梅は力の源が違う。だから『見える』の!ずっとアイツの思い通りになんかなっちゃ駄目だよ!」
「でも、柚の決意は‥‥」
「‥‥貴方は、逃げている途中で菫姉様と『ある約束』をしたはずなの。逃げ切れないと分かっていたからこそ、何か約束をしたの!それを思い出して!」


●過去
 洛の死後、菫は自ら命を絶った。そして、目の部分に杭の突き出た仮面で顔を覆われ、土地神の元へと差し出された藍と紅梅は菫の代わりに生贄として命を奪われた。
 藍は、さる旧家へと嫁ぐ予定だったが、その家には病死したと伝えられたと言う。まだ幼かった紅梅は、流行り病にかかって死んだと記録には残っている。菫と洛の存在は記録から消され、その遺体すらもどこに運ばれたのか知る者はいない。



 キラリと光った拳銃を見ても、柚はさして驚いた様子はなかった。
「あの時、貴方は私を助けようとしてくれた。だから、今度は私が貴方を助ける番」
「違うんだ。このままじゃ、何も変わらない!一生、あの土地神の言いなりにならなければならないんだ」
 烙は柚の手を掴むと、その手の中に銀色に光る拳銃を握らせた。驚いた様子の柚から離れ、軽く首を振る。
「永遠の連鎖を解く、唯一の方法なんだ。その銃で、俺を撃つんだ」
「出来ない。私は、2度も貴方の命を奪う権利はない」
「呪いを解く方法は、コレしかないんだ」
「ダメよ。だって‥‥私の姫巫女としての力は、もうなくなるの。来世になったら、私は貴方を見つけられない」
「『今だけじゃない、生まれ変わってもきっと菫を見つけ出す。2人で幸せになるんだ。約束する』
 烙の声が、記憶の中の洛のものと合わさる。確かに、彼は過去にそう言った。
「柚を、見つけ出すよ」
 例え姫巫女の力をなくしたとしても、烙が覚えていれば、来世では必ず会えるから。人狼としてではなく、人として、2人はきっと来世で結ばれる。
 柚はゆっくりと銃口を烙に向けると、目を閉じて引き金を引いた。
 乾いた音が、静かに雪の降り積もる世界に響き渡る。スローモーションで倒れていく烙の傍に駆け寄ると、柚はその手を掴んだ。儚い笑顔を浮かべ、来世を誓い合う烙と柚の姿は、過去の姿とリンクした。


   過去から繋がる現世はまだ闇を引きずろうとも
   現世から繋がる来世は輝いていると信じて‥‥